リニア騒動の真相13 「水一滴」も流出させない

JR東海「湧水全量戻せず」は”公約”破り?

中日新聞8月21日付1面記事

 リニア中央新幹線の南アルプストンネル工事に伴う大井川の水環境問題で静岡県の専門部会メンバーとJR東海との公開協議が8月20日開かれた。21日付の中日新聞、静岡新聞ともそろって1面トップで『JR「湧水全量は戻せず」 副知事反発』(中日)、『「湧水全回復一定期間困難』JR認識、県は反発』(静岡)とほぼ同じ内容の記事を大々的に報じた。品川ー名古屋間の2027年リニア開業を推進する国交省鉄道局から調整役を期待される担当者、森宣夫環境対策室長が出席、会議後に感想を求められた森室長は「科学的知見に基づいた議論。期待は大きい」など紛糾した議論とはかけ離れた意見を述べた。

 専門部会メンバー、森下祐一静岡大学教授との意見交換の中で、JR東海が山梨側からのトンネル工事中に湧水が流出することに触れたのに対して、オブザーバーで、意見を言うべき立場にない難波喬司副知事が「全量戻せないと言ったが、認めるわけにはいかない。利水者は納得できない。その発言は看過できない」など厳しく反発した。その後の囲み取材でも、JR東海が工事中の湧水は一定期間、静岡県側から流出することを正直に認めた。その上で取材を受けた、難波副知事は「湧水全量が返せないことが明らかになった」などと述べたことから、”公約”破りを記者たちが確信したのだろう。日経、読売とも同じ内容を伝えている。JR東海が”公約”を破ったとしたら、当然、利水者たちも黙っていないだろう。

 23日の記者会見で川勝平太静岡県知事は「湧水全量戻すことを技術的に解決しなければ掘ることはできない。全量戻すのがJR東海の約束だ」など「(静岡県の)水一滴」でも静岡県側から流れ出すことを容認できない方針を示した。

 果たして、トンネル工事に際して、湧水の一滴でも山梨県側に流れ出さないことなど可能なのか?そもそも、「湧水全量戻せず」はJR東海の”公約”破りなのか?

JR東海は毎秒0・32㎥流出を文書回答

 7月12日、JR東海の宇野護副社長から難波副知事宛に提出されている「中間意見書に対する回答案」では、すでに「湧水全量は戻せない」ことを詳細に記している。

 「中間意見書」の1水量「全量の戻し方」イとして「既に着手している山梨工区と長野工区におけるトンネル工事が先行することにより、静岡県内の水が県境を越えて山梨・長野側に流出する可能性がある。これについての評価と対策を示す必要がある」とあるから、当然、静岡県は山梨・長野へ流出する可能性を承知していた。

 これに対して、トンネル掘削工事を山梨、長野工区で先行して掘削しなければならず、JR東海は「これまでも環境保全連絡会議でも説明したように、山梨県側で毎秒最大約0・31㎥、長野県側で毎秒約0・01㎥の湧水量流出を想定している。この湧水量をできる限り低減していく」などと回答案に記した。

静岡県作成の資料

 トンネル湧水は毎秒2・67㎥流出するとJR東海は見込み、当初毎秒2㎥を導水路によって大井川に戻すと説明していたが、静岡県の厳しい反発を受けて、昨年10月17日に「トンネル湧水の全量を戻す」とJR東海は表明した。JR東海「湧水全量を戻す」は、工事後のことであり、工事中には合計毎秒最大0・32㎥流出することを環境保全連絡会議で説明していた。

 静岡県は、山梨・長野へ湧水が流出する可能性を承知して、JR東海の見解を求めたのだ。JR東海は、流出する湧水量を毎秒最大0・32㎥と見積もり、その対応策を回答案で述べた。ただ、静岡県はJR東海の回答案について、「ほぼゼロ回答」などと低い評価をつけ、難波副知事は「これではダメだということで意見交換したほうがいい」とJR東海に改善を求めている。まさに”ダメ”なのが、この工事中の湧水流出を指しているのかもしれない。

 しかし、冷静に見て行けば、工事中の湧水流出について静岡県、JR東海とも承知した上で、静岡県の中間意見書に対して、従来と同じかもしれないが、JR東海は毎秒0・32㎥の回答案を示した。

「科学的な議論ができた」と呑気な意見を述べた国交省鉄道局の森宣夫室長

 21日の会議では、JR東海側から工事中の湧水流出について唐突な発言があったため、オブザーバーの難波副知事が「看過できない」とイレギュラーな発言をした。当然、すべての会議に出席する難波副知事は毎秒0・32㎥を承知していて、その発言をしているはずだ。どう考えても、JR東海が”公約”を破ったわけではないが、難波副知事の発言で、あたかも”公約”破りのような印象が持たれ、中日、静岡などが翌日の新聞紙面で大騒ぎし、記者会見での川勝知事の「JR東海は湧水全量戻す約束を守れ」につながった。

 本当にこれが「科学的な議論」(森室長)なのか。科学的な議論などではなく、単にレトリック(詭弁)を使った戦術ではないのか。

 ああそうだ。この議論は、シェークスピア「ヴェニスの商人」の有名な裁判の場面とそっくりではないか。

「ヴェニスの商人」を彷彿させる戦略

 「ヴェニスの商人」アントーニオはユダヤ人の金貸しシャイロックから3カ月、3千ダカットの金を借りる。返済できなかった場合、自分の肉1ポンドを切り取らせる契約をする。ところが、アントーニオは嵐で所有する貿易船が沈み、全財産を失い、借金を返すことができなくなってしまう。シャイロックは強硬に契約の履行を求め、ついには裁判となる。

 そこに登場するのは、アントーニオの親友バサーニオの婚約者ポーシャ。彼女は裁判官として法廷に立ち、シャイロックの言い分通りにアントーニオの肉1ポンドを切り取ることを認める。だが、そのためには「血の一滴も流してはならぬ」と詭弁的弁論が始まり、「証文にないから、1ポンドに髪の毛一本の違いがあっても許さぬ」と言い渡した。

 「血(水)の一滴も流してはならぬ」。ポーシャのセリフが難波副知事の発言と重なってしまった。

 JR東海の「湧水全量戻す」は、果たして「(静岡県外に)水の一滴も流してはならぬ」となってしまうのかどうか。昨年11月21日静岡県庁で開かれた会議で、JR東海は「湧水全量を戻す」として、ポンプアップ設備で対応することなどを説明した。これはトンネル工事後のことであり、当然、工事中については「湧水全量を戻すことはできない」前提での説明だった。JR東海の認識は工事後を想定していた。

 つまり、JR東海「湧水全量戻す」は工事中であっても守らなければならない”公約”ではなかった。ところが、21日の会議で唐突に、静岡県側から「湧水の一滴」も山梨、長野県外に流出することはまかりならんとさらなる難題を突き付けられた。「湧水全量返す」だけを聞けば、すべての場面で適用されるのかもしれない。ただ、実際には静岡県もそれが非常に難しいことを承知していたはずだ。

 そもそも、本当に科学的にそんなことができるのか?

「人命の安全確保」を優先すべき

 地質構造が複雑な南アルプス静岡工区を貫通するトンネルは長さ約10・7キロ、約4百メートルの大深度地下を通過する。弾性波試験、電気探査、湧水圧試験、水平ボーリングなど数多くの調査方法を駆使するだろうが、地層の大雑把な性格をつかむことができても、事前調査には限界がある。20日の会議で、JR東海は西俣非常口ヤード付近で鉛直ボーリング調査を実施することを初めて明らかにした。それで、さらに多くの情報が期待できるが、鉛直ボーリング1カ所で得られるのは”点”の情報でしかない。

 地質工学、岩盤工学など先端的トンネル調査技術をもってしても、山岳トンネルの工事は何が起こるのかすべてを事前に予測できない。大地溝帯、中央地溝帯などと呼ばれる大構造帯(フォッサマグナ)では造山運動が常時進行し、糸魚川静岡構造線が通る南アルプス地域の地質構造は異常なほど複雑だからだ。

 南アルプス静岡工区を施工するゼネコン『大成建設「トンネル」研究プロジェクトチーム』による「トンネル工法の”なぜ”を科学する」(アーク出版)では、褶曲(地層に横からの力が加わった場合、地層が波型に変形すること)によるグチャグチャに乱れた地層を指す「褶曲じょう乱帯」、褶曲作用や地殻に割れ目ができる断層作用によって岩盤が破壊され、それが帯状になった部分が「断層破砕帯」は水を通さない遮水層となることがあり、そこを突き抜けると「帯水層」に当たり、突然大出水する。「特殊地山」と呼ばれる山岳で、まさに南アルプスは「特殊地山」である。

 映画「黒部の太陽」(日活配給)は黒部第四ダム建設のために、同じ大地溝帯にある北アルプスを貫通する関電トンネルに挑んだ実話をもとにしている。しかし、断層破砕帯、褶曲じょう乱帯の「特殊地山」の大破砕帯に挑み、大出水で多くの犠牲者を出した。リニア南アルプストンネルには関電トンネルとまさに同じ「特殊地山」が待ち構えている。掘ってみなければ、分からない難工事だ。そんなところで、どのような方法を取れば、湧水一滴も静岡県外に流出させずに済むのか。

 静岡県では、掘削を静岡県側からも行い、山梨県境近くでいったんストップして、山梨県側からの掘削との距離を大幅に近づけた上で一挙に双方から貫通すれば、静岡県の湧水が山梨側へ流出するのを防ぐことができるのではないか、と考えているようだ。

 静岡、山梨県境には「畑薙断層」が通っている。そのために山梨県側から掘削しなければ工事の安全を確保できないのがJR東海の立場だ。静岡側から掘削したら、断層破砕帯の大出水に見舞われたとき大量の水の貯留ができないからと回答した。川勝知事は23日の記者会見で「畑薙断層」がいかに厄介かを説明、「JR東海は大きな課題に直面している」と述べた。

 JR東海は「人命の安全確保」と「湧水一滴の流出」を秤にかけた上で、工事中の湧水全量戻しはできない、と正直に話してきた。時速500キロのリニア実用化を成し遂げた技術力を持つのだから、工事中の湧水全量戻しも不可能ではないかもしれない。ただ、費用さえ掛ければできる簡単な話ではない。

リニア見学センターに沿線の着ぐるみ勢ぞろい

 JR東海が工事中の湧水流出分を毎秒0・32㎥と想定したのは科学的な水収支解析の結果に過ぎず、実際には、掘削してみなければ分からない。施工は「大成建設」だが、掘削するのは”トンネル屋”と呼ばれる専門下請け業者である。いくらトンネル技術が進んでいるとしても、いまの段階で水環境のためとは言え、静岡県の要請にすべてをこたえていけば、トンネル工事に携わる技術者たちを危険な目に遭わせることになりかねない。この点を「大成建設」に質問書を送ったが、JR東海との守秘義務契約で一切回答できないと返ってきた。 

 毎秒0・32㎥程度、一定期間の湧水流出想定ならば、大井川の水がめとされる多目的ダム・長島ダム貯水量7800万㎥で調節できる手段を考えてもいいのではないか。また中部電力、東京電力、特種東海製紙など発電のための水利権を持つ企業は毎秒676㎥も使用できる。現在の議論からすれば、不思議な話である。

セントクンも登場(山梨県リニア見学センター)

 ところで、23日、山梨県リニア見学センター(都留市)でリニア建設促進期成同盟会加盟の神奈川、山梨、長野、岐阜などの着ぐるみが勢ぞろい、それぞれを宣伝するブースが登場した。はるばる奈良県のセントクンまでやってきた。残念ながら、「期成同盟会」入会を求める静岡県のふじっぴーは今回、仲間に入れてもらえなかった。

 「期成同盟会」はリニアを中心に「地域振興」で手をつないでいる。川勝知事はそのことを承知して、「期成同盟会」入会を求め、リニア沿線駅同様の「地域振興」策をJR東海に求めたのだろう。その求めに応じたところで、長島ダムなど別の議論が始まるのかもしれない。

 「血の一滴も流してはならなぬ」。詭弁的弁論でシャイロックは財産の半分を没収されてしまう。「ヴェニスの商人」は喜劇に分類されるが、シャイロックの立場からは悲劇である。静岡県、JR東海はそれぞれの立場で科学的な議論を続けるだろうが、国交省鉄道局はポーシャのような裁判官役を果たせないことが明らかになった。

※タイトル写真は8月20日の専門部会メンバー森下祐一部会長とJR東海との意見交換会

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