ニュースの真相

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川勝VS田辺3 静岡市長選での戦い方

77歳天野氏の出馬、70歳川勝知事が称賛  静岡市長選(4月7日投票)に難波喬司副知事(62)擁立に動いた天野進吾県議(77)が立候補表明、田辺信宏市長(57)と戦うことになった。びっくりしたのは、何よりも20歳も違う年齢差だ。昔、77歳は喜寿と呼ばれる長寿を祝う年齢だった(いまもそうかもしれないがー)。  江戸270年の平和時代の礎を築き、75歳(数え年、満73歳)の長寿を全うした家康公が「目は霞(かすみ)耳は蝉鳴りは歯は落ちて雪をいただく年の暮れかな」(「校合雑記」四)という狂歌をつくり、晩年の感慨を読んだのは遠い昔か。ベストセラー小説「終わった人」(64歳の男性が主人公)につづく、「すぐ死ぬんだから」(いずれも内館牧子著)は元気いっぱいの78歳女性が主人公だ。  「よく決断された」。川勝平太静岡県知事(70)は、30年前に旧静岡市長だった天野氏の出馬を絶賛した。知事が天野氏を支援する構図がはっきり見える。  川勝知事が肝入りする「健康寿命の延伸」を目的とした「社会健康医学大学院大学構想」の人生区分では、77歳を「初老」、知事の70歳を「働き盛り」としているから、天野氏出馬は、まさに静岡県の「健康寿命」モデルにぴったりと考えたのだろう。ことし1月1日現在で、静岡市の天野氏と同じ77歳人口は9085人、田辺氏の57歳人口は8593人でこちらも天野氏が圧倒。静岡市には寝たきりの77歳はいないだろう(多分?)。  もし、天野氏が市長就任すれば、県庁所在地市長の最高齢(現在は佐賀市長の76歳)となり、全国から大注目を集めるのは間違いない。  「60、70鼻たれ小僧おとこ盛りは百から百から」(平櫛田中)。年齢ではとうていかなわない田辺氏はどのように巻き返すことができるか。 静岡市の課題は若い女性の流出  当然、選挙戦はそれぞれの年齢や健康を競うものではない。静岡市の未来を決める政策を競い、その政策実現に期待、投票するのが選挙である。  昨年9月、日本銀行の黒田東彦総裁(74歳)が静岡市を訪れ、「人口が全国に比べて高い率で減少し、特に若者や女性が首都圏に流出している」と分析、まさにその若い女性の人口減少が静岡市の最大の課題である。  「静岡市、推計人口70万割れ 政令市で初か」(2017年4月7日日経新聞)。各紙一斉に静岡市の人口が70万を割り69万9421人と大々的に伝えた。全国に20ある政令指定都市で70万人を切ったのは静岡市だけだから、一大事、市民に衝撃を与えた。静岡市は東京・有楽町に移住相談窓口をつくり、学生の新幹線助成を行うが、残念ながら、人口減少を止められない。  静岡市人口は30歳を境に、男女の違いがはっきりとする。30歳超はほぼ平均して男女の人数は同じだが、30歳以下の若い世代になると、各年齢の女性数が男性よりも2百人から4百人も少ないのだ。つまり、黒田総裁の分析通り、若い女性が首都圏などに流出してしまっている。  静岡市は、若い女性たちが住みたい街になっていない? 解決策は「女性活躍」と「コンパクトシティ」  黒田総裁の課題分析に対して、当然、日銀は処方箋を考えているはずだ。日銀静岡支店を訪れ、竹内淳支店長に聞いた。竹内氏は人口減少を止める対策として、「女性活躍」と「コンパクトシティの重要性」の2つのキーワードで対処することを奨めた。  昨年3月、竹内氏は前任の甲府支店から身延線に揺られて静岡へ赴任した。身延線の山並みの景色から、富士市から静岡市へと入ると「光あふれて都会を感じた」という。自転車で静岡市内を回ると、「非常ににぎわっていて活気ある街並み」と評価は高い。駅前から呉服町通りの歩行者天国は歩きやすく、週末ごとのイベントに若い家族連れなども詰め掛ける様子も魅力的。それならば、若い女性にも気に入られるはずだが?  何かが足りないのだろう。  「にぎわいのあるエリアとその影響を受けているエリアのギャップの問題」と分析。たとえば、空き店舗や空き家がそのままになっているエリアが中心部にも広く分布し、その所有者らと街づくりのデベロッパーなどと橋渡しし、開発の妨げになる規制緩和を含めて手助けする役割を行政が担い、コンパクトシティ創設につなげるのが解決策に近づくようだ。  にぎわっている中心繁華街をどのように拡大していくか。そこに交通弱者となる高齢者や若い女性の生活する場所をもたらすことができるのかなど、田辺市政も推進してきたが、なかなか効果は見られない。  竹内氏提供の資料に、平均賃金の男女格差を示す統計調査で静岡市は全国ワースト2位だ。「給料の高い女性向きのビジネスが地域の好循環を生んでいく」というが、東京並みの女性の給料を支払う企業を増やすにはどうするか。  いずれにしても、静岡市長はどのような政策を示すことができるかだ。 人口70万超を死守できるか  人口70万の政令市というブランドは極めて重要だ。2017年4月に70万割れと大騒ぎしたが、人口を知る統計数字は推計人口だけでなく、住民基本台帳(世帯ごとに住民票を基に作成した台帳)がある。  こちらの数字では「70万1937人」(2月1日現在)。かろうじて70万を維持している。住民基本台帳は1月1日住所で個人住民税の課税対象や選挙人名簿となるから、個々人には重要な届けである。ただ、住民票を家族の元に置いたまま、東京の学校に進学していたり、あるいは逆に東京から単身で静岡に赴任、住民票はそのまま東京に置いてあったり、個々人の事情で住民票の移動なしで転出入している場合も多いから、住民基本台帳の数字が正確に人口に反映されていないのは確かだ。  人口について議論するとき、国勢調査による推計人口と住民基本台帳人口の2つがあり、両方とも決して間違った数字ではない。国勢調査による数字は各戸を調査員が回って確認するから、信頼性が高いと言われるが、外国人や夜間に働く人たちなど国勢調査員を避ける場合も多々ある。  国会での統計不正にかかわる審議を見ていて、統計数字はひとつの重要な指標だが、正確性を欠くのはやむを得ない場合もある。  静岡市人口は現在「70万1937人」。この数字は70万を割っていないから非常に響きがよい。ただし、何もしなければ今年中に70万を割るのは確実だ。 70万割ったら、政令市返上を!  静岡市のピーク人口は1990年の73万9300人(人口推計)。当時の旧静岡市長を天野氏が務めている。静岡県の人生区分では、平均寿命を超える88歳以上を「長老」としているが、さすが静岡市でもその年齢になるとぐっと少なくなる。亡くなる人も多く、それが減少の一番の理由だ。  ところで、静岡市は、高齢の家康が過ごした”隠居の場所”で、若者ではなくお年寄りの街のイメージが強い。それは大間違いである。  家康は将軍職を2代秀忠に譲ったあと、駿府(静岡市)に移り、オランダ、英国との通商条約を締結する外交、金座・銀座など金融財政の実権を握り、江戸と二元政治を行った。家康は駿府に隠居したわけではない。当時の江戸人口15万人、駿府は10万人超、現在発掘が行われている駿府城天守閣は江戸城の規模を上回り、駿府は江戸、京都、大坂と並ぶ日本の大都市だった。  政令市の指定要件は法律上では「50万以上」と書かれているが、実際は「大都市性の面において大阪、横浜など既存の指定都市とそん色がないこと」を求められている。「70万を割るようなことがあれば、政令市を返上する」。両候補には、そんな覚悟を示す政策を示してほしい。70歳知事が支援する77歳天野氏は、全国から若い女性を呼び込み「77万都市」となる奇抜な公約を打ち出すに違いない。それに対して現職の田辺氏は守りではなく、びっくりするくらいの積極策で対抗してほしい。駿府城の家康公も若い女性が大好きだったという記録があるから、たくさんの若い女性が定住したい街づくりを2人の公約としてほしい。 ※タイトル写真は、田辺氏の七間町に設けた後援会事務所。1987年に天野氏が市長に就任しているから、「起点としての80年代」展も何か意味深である。

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新聞記者「正義」の話をしよう

朝日記者の「書かずに死ねるか」  朝日新聞政治部記者野上祐氏の「書かずに死ねるか 難治がんの記者がそれでも伝えたいこと」(朝日新聞出版)にはうんざりするほど「記者」あるいは「政治記者」の表記が登場する。亡くなるまで「記者」であり続けようとする筆者の思いなのだろう。だからか、「記者」としての過去の業績も自慢げに語っている。  『世のありように「ひっかき傷」をつけることができたと今も誇りに思う「調査報道」が沼津時代に二つある』。野上氏は20年前の支局時代の”手柄”をそう書いた。  『一つは、ある市長選の取材を通じて、改正公職選挙法の「抜け穴」に迫ったものだ。候補者の中に、ほかの選挙で陣営から違反者を出した男性がいた。市長選への立候補は合法だが、グレーな印象はぬぐえない。なぜこうした立候補を許す抜け穴ができたのか。法改正に関わった総務省や当時の担当閣僚の証言を積み重ねると、こうした候補者が現れるのを誰も想定していなかった実態が明らかになった。  男性の当選を受け、自民党の森喜朗幹事長(当時、後に首相)、民主党の羽田孜幹事長(元首相)がともに「釈然としない」と述べた。抜け穴対策は一時、国政の課題と位置づけられた。  この件で恐ろしいのは、過去に同じような立候補例が1件あったことだ。だが、その地元の記者が反応せず、それきりに。すべては「おかしい」と素朴に感じる目玉の働きだ』  ずいぶんあいまいで具体性に欠ける説明である。これでは何のことか、読者には理解できないだろう。  1999年12月に行われた三島市長選挙の資料を引っ張りだしてきた。 20年前、三島市長選は全国ニュースに  野上氏が書く「抜け穴」とは、改正公職選挙法で拡大連座制(対象が秘書や運動員などに拡大)の適用を受けた候補の制裁が限定していることを指す。連座制の制裁範囲は「立候補禁止の期間は連座に関わった対象の選挙に限定している」  98年4月から三島市では特別養護老人ホーム開設にからむ汚職事件で逮捕者が続き、関与の疑いの濃かった市長が病気入院、辞職した。これに伴う市長選に、96年の衆院選に出馬、落選した寺院住職、小池正臣氏が立候補した。県議から国政選挙に打って出たが、伊豆半島の郡部での運動員が買収で逮捕、小池氏は拡大連座制適用となり、5年間衆院静岡7区への出馬を禁止された。  小池氏の三島市長選へ立候補を「抜け穴」として、「法の精神に反する」と野上氏は厳しく批判した。地方版で何度も報道した記事を全国版にリライトして、夕刊1面トップ記事に仕立て上げたときにはびっくりした。この報道に対する反響は大きく、翌日には読売が追い掛け、朝日、毎日は社説でも「立法の精神に違反する」など批判、極めつけは写真週刊誌「フォーカス」が朝日の夕刊を持って取材に訪れ、「連座制失格でも市長選に出馬する坊主の厚顔」という記事を掲載、地方の市長選挙が一躍、全国レベルの話題になった。批判の渦の中で”連座制失格”候補は、大差で敗れるだろうとだれもが予測した。  反小池候補の最有力としてO県議が出馬すると、朝日は「連座制適用の小池氏を選ぶ良識を疑う」という記事を連日のように載せ、O氏支持を鮮明にした。前市長の後任と目された元市幹部、共産党女性候補による4人の激しい選挙戦が展開された。汚職の逮捕者が続いた街の再生ではなく、”連座制失格”候補への批判が選挙戦のテーマになった。  朝日の推すO氏優勢のまま終盤戦を迎えたが、候補者アンケートが地方紙に掲載されると形勢は一挙に逆転した。中心街のビル跡地活用について、O氏は「跡地活用は考えていない」と素っ気なく回答。圧倒的にO氏優勢が伝えられていたが、あまりの無責任さに市民の怒りを招いた。奇跡的な大逆転で、小池氏が3候補を大差で破り見事当選を果たした。  野上氏は翌日朝刊で『三島市長選「連座」元県議当選』(1面)、『連座再出馬 批判は埋没 制度の改善図る時期』(社会面)と全国版で報道、街の再生ではなく「連座制再出馬」批判をつらぬいた。  野上氏が著書に書いたように、総務省(当時は自治省)は本当に「このような候補を想定していなかった」のか? 朝日の「良識」と社会「常識」の違い  95年愛媛県議選で拡大連座制を適用され失職した元県議が98年4月に市議選に出馬して当選した。野上氏が「地元の記者は反応せず、それきりに。」と書いた過去の事例である。  当時の自治省選挙課を取材すると、「本人の罪と違い、拡大連座制による制裁を限定的にして、連座制を免れる方法を設けているのは憲法違反に問われないためにも必要」と説明した。最高裁の判断を含めて自治省の見解は合理的だったが、なぜか、朝日は「このような候補を想定していなかった」と書いた。  「抜け穴対策は国政の課題」(野上氏)だったはずだが、2003年民主党の都築譲代議士は連座制を適用され失職、その3年後、愛知県一色町長選に当選したのをはじめ、同じような立候補は数多く続いた。なぜか、朝日は2006年の都築氏出馬を含めて”抜け穴”立候補について、大々的な報道は行わなかった。  三島市長選での大騒ぎはマスコミによる地方選挙戦への介入に見えた。そんな逆風の中、なぜ、小池氏が当選したのか野上氏は取材しなかった。 「圧力感じたようだ」記事の裏側  「圧力を感じたようだ」。3段見出しの大きな記事が2000年3月3日朝日新聞地方版に掲載された。  三島市長選の翌年、1999年11月、場外舟券売り場建設計画にからみ伊豆長岡町長が百万円収賄の疑いで逮捕された。町長は一貫して否認、町には「町長を支援する会」が設立され、町民の7割を超える1万人以上の署名が集まり、議会の町長不信任案は大差で否決されるなど異常な事態が起きていた。  2月の初公判で町長は「全く身に覚えがない」と争う姿勢を見せ、拘留は3カ月に及んでいた。読売新聞によると、3月2日の第2回公判で贈賄側の会社役員の妻が出廷して、検察側の尋問で「(町長逮捕後に)『証言を変えろ。変えないと損害賠償請求する』というようなことを言われたことはないか」と質問。妻は「証言を変えろとまでは言われていないが」と否定した上で、✖✖(わたし)から「電話で『(町長の妻が経営する)旅館が暮れのかき入れ時なのに客が減り、損害が出ている。賠償請求すると言っている』と言われた」など証言した。  この公判後、野上氏は妻ではなく、代理人弁護士を取材、「証人威迫にあたるほどではないが、圧力は感じたようだ」と証言を得た。それで、最初に書いた「圧力感じたようだ」という大見出しが出来上がった。  当然、野上氏は知らなかっただろうが、贈賄側会社役員と逮捕の1年以上前から交流があり、わたしは何度も妻やその息子(町職員)とも会っていた。「お父ちゃんは町長に現金など渡していない」と最初に言ったのは、米屋を営む、その妻だった。伊豆長岡町の旅館が得意先であり、わたしよりも旅館の内情に通じていた。5月には町長夫妻が仲人で、息子の結婚式も予定されていた。  極めつけは、贈賄側が町長の旅館を訪れ、現金百万円を渡したという警察、検察の特定した日にちについて、数年前の手帳を探してきて、「お父ちゃんはその日は京都のお寺の会合に行っていた。寺の坊さんに確認してくれれば分かる」とその妻が教えてくれた。わたしは京都にあるその寺に出向き、同じ証言を得た。  「このまま、お父ちゃんが出てこないと、3千万円の仕事がダメになる。ごめんなさい」。それが妻からの最後の電話だった。否認すれば拘留が続くのは、カルロス・ゴーン氏の場合でおなじみだ。”自白”さえすれば、保釈され、なおかつ、贈賄事件の被告人は執行猶予付きの”微罪”判決を得る。第2回公判直前に会社役員は保釈された。  その後、現金授受の日に会社役員と一緒にいたと証言した京都の住職、同じ会合にいた他の僧侶らも証言を簡単に変えてしまった。会社役員の妻同様に彼らの都合で証言を変えたことをわたしが批判する術はない。  考えてもみてほしい。なぜ、検察側はその妻に「証言を変えろと言われたことはないか」などという不思議な質問をわざわざ法廷でしたのか?わたしが京都へ行ったことを検察官は妻から聞いていたはずだ。多くのことを知っているわたしを排除しなければあとあと面倒になると考えたのだろう。わたしは地方新聞社のサラリーマン記者であり、裁判に名前が出たことで汚職取材を一切禁じられ、直後の3月異動で本社内勤となった。その後町長は自ら辞職、町の支援ムードも一気に潮を引くように消えていった。  元町長は最高裁まで争ったが、贈賄側の証言を覆すことはできなかった。最高裁で有罪判決を受けたあと、元町長から送られてきた裁判の全記録に、唯一の頼みが、京都の寺院住職らの証言だったと書かれていた。野上氏の『すべては「おかしい」と素朴に感じる目玉の働き』では事実を見通せたはずもない。 「できる記者」とは?  「書かずに死ねるか」は、「できる記者っていうのはね」ということばから始まる。社内の交流人事で営業から記者になった入社4、5年目のことだという。「大事な話を聞いても、目が動かない」のが「できる記者」と書く。  今回、「書かずに死ねるか」を読んでいて、野上氏にとって「できる記者」であることが最優先だったことがわかる。もし、たった百万円の贈収賄事件の真実がどこにあるのか野上氏が突き止めたとき、「書かずに死ねるか」どうかは知らないし、書いたとしても元町長の有罪がひっくり返るどうかもわらかない。ただわかるのは、政治家を含めてすべての取材先が求めているのは、都合のよい「媒体(新聞紙面)」であり、「できる記者」かどうかは関係ない。贈賄側の会社役員、その妻、京都の僧侶たちなど個々の都合で「事実」は変わっていく。野上氏が属していた政治部記者の世界も都合によって「事実」そのものが変わるだろう。歴史にさまざまな見方があるように、「事実」はひとつではない。  「書かずに死ねるか」を読んで、新聞記者の「正義」とは何かをあらためて考えるきっかけになった。  野上氏は2016年1月ステージⅣのすい臓がんが見つかり、2018年12月28日に亡くなった。行年46歳だった。心からご冥福をお祈りする。

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川勝VS田辺2「劇場型選挙」は不発に

難波副知事の市長選撤退  4日県庁で、難波喬司副知事が静岡市長選に「出馬しない」ことを宣言した。また川勝平太知事に辞表願を提出したが、知事は受け取らず、引き続き、難波氏は副知事として県政にあたることも明らかにした。当初の予想通り、会見内容は「市長選不出馬」と「副知事職の継続」の2点のみだったが、テレビ、新聞の取材陣は驚くほどに多く、また、翌日の新聞報道でも中日新聞の1面準トップ、社会面トップ、中面トップの破格の扱いをはじめ各社とも大きな紙面をさいて、このニュースを伝えた。  記者会見前に「予想に反して、副知事が出馬宣言すれば大きなニュースなる」と記者の一人が冗談めかして言った。1月25日中日新聞は朝刊準トップで「難波氏 事実上の出馬表明」と顔写真入りで大きく伝えた。前回の市長選でも、田辺氏の対立候補が川勝知事の出席した出版記念会の翌日、出馬表明している。自著の出版記念会後に難波氏は「近いうちに出るか出ないか決める」と述べただけだったが、発言や会の盛り上がりなどから中日記者は「出馬の意向」と受け止めた。その報道は支援団体らの期待を膨らませた。  どう考えても、情勢を正しく分析すれば、難波氏の出馬がいかに困難か予想できた。出馬を望む川勝知事、市民団体らの声がどんなに大きくても、ほとんどの政財界メンバーは田辺氏を推薦する側に回っていた。  選挙に不可欠な3要素をたとえた「3バン」の「ジバン(地盤=支援組織など)」「カンバン(看板=容姿、知名度など)」「カバン(鞄=選挙資金など)」を見ても、地元出身、小中高時代からの友人も多く、難波氏よりも5歳年下で見た目も若い田辺氏に軍配が上がる。すぐれた政策や資質ではなく、選挙では3バンが重要であり、何よりも現職の後援会組織は大きな強みである。 「静岡県型県都構想」が争点  「信条の『共創』で、みんなと課題解決することを訴える選挙戦にできるのであれば、立候補したいと思っていたが、劇場型の選挙に出馬するのは公務員としての私の信条に合わない」。また、「相手方を徹底的にたたく」劇場型選挙は「望ましくない」と述べた。すべての新聞が「劇場型選挙を望まない」と報道している。  「劇場型選挙」とは、2005年小泉純一郎首相が「郵政民営化」の賛成か反対かという単純明快なキャッチフレーズで国民の信を問うた衆院選挙で使われた。「小泉劇場」「刺客」などが新語、流行語となり、小泉氏率いる自民党圧勝の選挙戦略となった。  2014年の大阪府知事・市長選では「大阪都構想」、また東京都知事選で「原発反対か賛成か」で同じような「劇場型選挙」が戦略として使われている。  多分、難波氏はわかっていて「劇場型選挙」を使ったのだろうが、もし、難波氏が立候補していれば、川勝知事が繰り返し述べていた「静岡型県都構想」が選挙の争点になっていたのではないか。法律的には「県都構想」は難しいが、川勝知事の意向を受けて静岡県、静岡市が連携して相互に補完し取り組む新しい行政スタイルを「静岡型県都構想」として訴え、冷え切った静岡県との良好な関係を築くかどうかが選挙の争点になったはずだ。そうなれば、多くの市民は「静岡型県都構想」に期待しただろう。  ただ、いまのままでは単に「川勝VS田辺」は一種のけんかにしか見えない。何度か「川勝VS田辺」の応酬があったが、表面的に仲の悪いことは見えても、その応酬の中身がどちらが正しいのか、また、自分たちにどんな利益があるのか市民には見えないからだ。「静岡型県都構想」で、事業整理や行革などが進み、法人、個人の住民税、国保税、水道料金などが大幅に減少できるところまで提案しなければ、市民には「劇場型選挙」同様にちんぷんかんぷんで争点にはならないだろう。 虎視眈々と知事選狙う細野豪志氏  「知事と副知事はともに静岡市政批判を口にしてきた」(毎日)、「一連の騒動で知事と田辺氏の確執は修復しようがなくなった」(読売)など今回の出馬騒動で、県と静岡市との関係は完全に冷え切ったとの見方が大勢を占める。  また、難波副知事の慰留について「知事が自らの批判を回避したとの見方がある」(静岡)、「田辺氏の対抗馬を擁立できない上に『右腕』を失うことになり、自身の求心力の低下を招きかねない事態」(読売)と見られ、さらに「市長選で『不戦敗』になった後、過剰に市政批判を重ねれば県政に対する民意は離れかねない」(毎日)と厳しい指摘もあった。  そこで登場するのが細野豪志代議士である。自民二階派の特別会員となり、党入りを目指す動きが連日伝えられる。当然、自民県連、5区支部とも入党拒否要請を本部に申請しているが、細野氏の狙いは2021年7月の知事選だとすれば、全く問題ない。京都府出身の細野氏が静岡に降り立ち、三島地域を選んだのは、全国をマーケティングして「ここならば勝てる」と踏んだからであり、生まれたばかりの赤ちゃんともども選挙区を回り、20代だった細野氏は大学生ら若者を味方につけ、圧勝。その後の活躍はご存じの通りである。  いまは風見鶏として厳しい批判を受けているが、2021年10月の衆院選ではなく7月の知事選となれば、5区支部も関係なく、川勝知事の対抗馬に悩む県連も受け入れ、田辺氏は応援に回るだろう。そこまで計算して、細野氏は自民党入りを目指している可能性が高い。川勝知事が4選に出馬すれば、今回の騒動は大きな失点となるかもしれない。  「知事と市長ではうまくいかない県との間の懸案が難波さんのおかげでうまく解決できてきた。とどまってよかった」(朝日)と市幹部の談話を紹介、副知事が県と市との接点の役割を果たしている。「実務家公務員の技術力」(発売元・静岡新聞社、1800円+税)に「60代は、実務家公務員として積み上げた技術力が社会問題の解決のための重要資源となる」と書かれている。「リニア環境問題」など静岡県の将来に向けて最善の方向で解決する「技術力」を60代の難波副知事が発揮してくれることを大いに期待したい。 ※タイトル写真は中日新聞4日朝刊1面準トップです。

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リニア騒動の真相7 「不確実性」のバトル

JR東海「”不確実性”解消できない」  リニア南アルプストンネルにかかわる静岡県とJR東海との連絡会議が1月30日に県庁で開かれた。JR東海の澤田尚夫・環境保全統括部長は「前回の会議(25日)でアセス(環境影響評価)のやり直し、あるいはアセスの追加措置を求められた。南アルプスは厳しい地形にある難所で、どんなアセスをやっても”不確実性”を解消できない。いまの段階でアセスの追加措置などを求められるのは心外であり、アセス法の趣旨にそぐわないのでは」と述べたあと、「これではいつまでたっても工事着手ができない。湧水の全量を戻すことで中下流域の利水者の不安は取り除かれたのでは」と強調した。  これに対して、会議を主宰する難波喬司副知事は「会議でアセスの不備について委員の意見は出たことは事実だが、アセスのやり直しや追加を求めた発言はしていない」と、逆に澤田部長の表明が誤解に基づいていることを厳しく追及した。  JR東海は「2027年までの工期に間に合わせる」ために、一日でも早い着工を望んでいる。そのために、現地で試掘してデータを取りながら、再度計算し直して、”不確実性”を取り除いていくのが最善と考えている。  これに対して、静岡県はJR東海と協定を結び、着工を容認してしまえば、あとはJR東海にすべて一任する危険性を承知している。このため、大井川水系の水資源確保、南アルプスの自然環境保全の2つの専門部会による”不確実性”解消に取り組む議論を重視する姿勢を貫いている。  どちらの主張が正しいのだろうか。 ”不確実性”こそ議論の対象にすべき  先日、健康寿命延伸のための「社会健康医学」大学院大学設置推進委員会の会合を取材。静岡県の健康寿命は男性72・15歳、女性75・43歳と全国ベスト3の健康寿命だが、男性約9年間、女性約12年間、健康上の問題で日常生活が制限される。その期間を縮めることが設置目的という。  それで、担当者に「健康寿命」とは何かを問いただしたが、的確な回答をもらえなかった。  英国ニューカッスル大学のコホート(年齢や地域を同じくする集団)研究で、1991年から2011年の20年間に、65歳時点の高齢者の平均余命が男性4・7年、女性4・1年増加したが、同増加分の期間で「自立」は男性36・3%、女性に至ってはわずか4・8%であり、残りは介護を必要とする状態だった。医学・医療が進歩すれば平均寿命は延びる。しかし、その結果、介護を必要とする期間も延びていくという疫学調査の成果である。(「ランセット」2017年8月24日)  1990年、米国で「科学的根拠に基づく医療」(EBM)は医療の”不確実性”を解消するための概念として提唱された。30年を経て、エビデンスということばが医療現場でふつうに聞かれるようになった。  いくらEBMが普及しても、認知症に関して言えば、高血圧や糖尿病を防ぐという時間のかかる、しかも”不確実性”をぬぐえない予防法しかないことを医療者は承知している。高血圧、糖尿病は認知症リスクを高めるが、高血圧症や糖尿病患者すべてが認知症になるわけではないからだ。  認知症を完全に予防することはできない。認知症ひとつ取っても、「健康寿命の延伸」とは一体、何なのか全く見えてこない。  認知症の最大の原因は加齢である以上、さらに高齢化が進む日本で認知症が増えることは避けられない。究極を言えば、「健康寿命の延伸」とは「平均寿命を下げる」ことしか方法はないのだ。それを本当に目的とするのか?  2つの議論を聞いていて、リニア環境問題では”不確実性”を問題にしていることで相互の姿勢が理解できた。しかし、一方の大学院大学推進委員会という最も”不確実性”を問題にしなければならない会合で、”不確実性”を無視した議論を進めることは、果たして、この施策が県民のために大きな効果をもたらすのかという疑問が見えてくる。つまり、大学院大学設置の目的をごまかしていることがはっきりする。 ”確実”に静岡県は衰退する  もう一度、リニア環境問題に戻る。この”不確実性”の問題は相互の入り口が違うことをJR東海が自覚せず、目先の方法論のみに終始していることで解決を遅らせている。結局、相互の入り口が違う”不確実性”を問題にする以上、それを取り除くための議論は続いていくしかない。  川勝平太知事はリニア中央新幹線南アルプストンネル建設は「県民の生死に関わる」影響をもたらし、「静岡県の6人に1人が塗炭の苦しみを味わうことになる」と述べ、「ルートを変えることを考えたほうがいい」とまで提案した。この議論は「静岡県民62万人の生命の問題」から始まっている。  62万人には高齢者もいれば、子供たちもいる。リニア新幹線の南アルプス通過によってそのだれもが恩恵を被らない。逆に、貴重な南アルプスの自然環境は開発の危機にさらされ、JR東海が湧水の全量を戻すと表明した水環境問題でも実際には工事に取り掛かってみなければそのリスクははっきりとしない。川勝知事の言うように「62万人の生命」が危機にさらされる可能性がないとは言い切れない。  この地域はお茶を中心とした農水産業に適した温暖な気候、東名阪に連なる太平洋ベルト地帯の一角にあり、観光産業、企業立地も活気があった。食べ物がおいしく、所得水準もまあまあだった。しかし、ほとんどすべての産業は衰退傾向にあり、人口流出が続く。過去の栄光の歴史を振り返っても仕方はないのだ。2000年を境に、静岡県は大型公共事業を積極的に展開してきたが、将来の展望は明るいとは言えない。  JR東海との関連で言えば、毎日百本以上の「新幹線のぞみ号」が素通りしていく。静岡空港の真下に新幹線新駅の計画をもくろんだが、JR東海は「東海道新幹線に新駅などまったくあり得ない」と一蹴した。  リニア中央新幹線はまさに、静岡県の衰退を推進する国家プロジェクトとなる可能性が高い。JR東海は川勝知事の「静岡県民62万人の生命の問題」の背景に思いを馳せることで、ようやく相互の対話が始まるのだ。JR東海がちゃんと理解しなければ、この”不確実性”の議論は続き、再び「いつまでたっても工事着手できない」(澤田部長)との不満をもらしかねない。

ニュースの真相

静岡県「社会健康医学大学院大学」のなぞ2

県民はマグロを大好きだが…  静岡県HPを見ていて、2016年から2018年の3年間連続でマグロ購入量、支出額とも全国1位、それも2位、3位を引き離し、全国平均の2倍以上を上回るダントツの日本一であると自慢していた。冷凍マグロ、冷凍ビンナガマグロなど全国約90%の輸入量を誇り、こちらも当然、圧倒的な全国1位だ。この数字を見れば、”日本一のマグロ自慢”はしばらく続くだろう。さらにHPで「マグロは生で食べても、調理して食べてもおいしく栄養満点で、頭に良いと言われるDHA(ドコサヘキサエン酸)を多く含む健康食品」と説明している。  それで納得した。静岡県の子供たちは、頭脳明晰になるためにおいしいマグロを食べるのが大好きなのだ。  ところで、冷や水を差すようで悪いが、マグロを多く食べる地域の人たちは、タイやヒラメなどをよく食べる関西や九州の人たちに比べて体内の水銀量がぐんと高くなっていることをご存じだろうか?  和歌山県太地町のイルカ追い込み漁を批判的に描いたアカデミー賞映画「コーヴ(入り江)」(2009年)でもイルカ肉の水銀値が非常に高いことを問題にしていた(こちらのニュースは「IWC脱退 食と文化の未来」でご覧ください)。  熊本県の水俣病の原因物質はメチル水銀だった。たんぱく質と相性がよく、メチル水銀は生物の体内に取り込まれやすい。海水から栄養素を吸収するプランクトンがメチル水銀をため込み、プランクトンを餌にする小さな魚へ、小さな魚を餌にする大きな魚へ取りこまれていく。食物連鎖の上位にあるイルカやマグロなど大型で寿命の長い生物ほど体内の水銀濃度は高くなる。水俣湾では、多くの魚が弱って浮かび、それを食べた人間、猫、カラスなどが水銀中毒になった。  水銀含有量の多い魚はマグロだけでなく、キンメダイ、メカジキなども含まれる。よりによって、静岡県民はキンメダイもメカジキも大好物だ。  本当に、そんなに危険な魚をたくさん食べて大丈夫なのか? メチル化水銀の健康被害は?  水銀に敏感な人には神経症状が出現するとして、WHO(世界保健機構)は人体含有量50ppmを危険域の下限値として定めている。水俣病では手足のしびれや震え、熱さなどを感じにくくなる感覚障害、思うように身体が動かない運動失調、見える範囲が狭くなる視野狭窄などの神経症状を訴える人が相次いで見つかり、その後激しい痙攣や錯乱状態に襲われるなどの重篤な症状で亡くなった人も出ている。50ppm超の人に水俣病の初期症状が出るのだろう。  メチル水銀は妊娠中の場合、胎盤を通して胎児に吸収され、脳性小児マヒに似た症状を引き起こすとされる。精神発達の遅れ、筋肉の異常な緊張、言語障害などとして出現する。  本当にマグロをたくさん食べて大丈夫なのか?実際にはマグロを食べても、メチル水銀は健康への影響はないのかもしれない。だから、静岡県はHPで自慢しているのか?次から次へと疑問が浮かんでいく。当然、こんな重大な問題を静岡県が放っておくはずがない。  マグロをよく食べる人たちの水銀含有量は毛髪によって調べることができる。静岡県民の場合、どうなっているのだろうか? 「健康寿命」とマグロの関係  先日「大学院大学」設置推進委員会で、設置目的を「県民の健康寿命延伸」であると何度も聞いた。そのために、県内約2万2千人の高齢者の生活実態調査を行ったそうだ。全国で、どこよりもマグロ好きな県民が感覚障害や運動失調などの神経症状を訴えるようなことはなかったのか。当然、マグロと「健康寿命」には深い関係があるはずだ。生活実態調査でも、明らかにされているかもしれない。  県は「緑茶を多く飲むと死亡率が低下する」から5年間も掛けて2百人に緑茶パウダーを飲ませて血圧、血管、心機能改善効果の研究を行う、と発表。エビデンスのはっきりしない「緑茶効果」について「その科学的な要因分析」を大学院大学で行う必要性が高いのだ、と基本構想に書いている。マグロは緑茶という嗜好品ではなく、子供から大人まで食べる静岡県民の大好物であり、産業にも大きくかかわっている。そうか、マグロについてはすでに研究は尽くされているのかもしれない。  早速、県民の毛髪水銀調査とマグロの健康影響について、静岡県健康福祉部の社会健康医学推進担当に聞いてみた。残念ながら、担当者は、良質なたんぱく源であるマグロと水銀の関係などいままで考えたこともなかったようで、「これから考えていきたい」と回答した。  なぜこんな緊急性の高いテーマに取り組まないのか。不思議な話だ。 「セレン化水銀」研究の重要性  ところで、わたしの知り合いに毎日マグロばかり食べる人がいる。しかし、その人は手足のしびれや震えを訴えてはいない。そもそもマグロは水銀値が高いのに、なぜ、あんなに元気に泳ぎ回ることができるのだろうか?  いろいろ探していて、そんな疑問に答える最新の論文を見つけた。国立水俣病研究センター(熊本県)の疫学研究部長らが、水銀値の高い歯クジラの健康状態にメチル水銀がどのような影響をもたらしているのか調べた。2015年11月国際的な専門誌に発表。その結論は次の通りだ。  「歯クジラ筋肉中に含まれる高濃度の水銀は、一定濃度(3~8ppm)のメチル水銀と残りは無機化された毒性がないセレン化水銀であることが明らかになった」  メチル水銀は低い濃度で体内に残り、筋肉組織にある高濃度のセレン(肉や植物に含まれる必須栄養素)が毒物の防御システムとして働き、残りのメチル水銀と1対1で結合するため、ほとんどのメチル水銀は無害化されているという説だ。無害化された水銀を「セレン化水銀」と呼び、人間がセレン化水銀を大量に含むマグロやイルカをどんなに食べても水俣病のような症状を引き起こさないというわけだ。  残念ながら、この研究成果が魚類の水銀含有量との関係にパラダイムシフト(その分野で支配的だった考え方に対する劇的な変化)をもたらしてはいない。厚労省HPを見ると、マグロ、キンメダイ、メカジキなどは1回80gとして週1回限りで食べることを推奨しているからだ。厚労省HPはセレン化水銀について言及していない。多分、定説にはなっていないのだろう。  だからこそ、この研究でのさらなる取り組みが必要となる。  静岡県は水銀含有量の多いマグロを食べても安全なのかどうかを早く調べて県民に知らせるべきだ。本当に「社会健康医学」大学院大学の設置が緊急性、優先度の高い施策なのか疑問は大きい。 ※グラフ、マグロ市場、刺身写真とも静岡県HPの写真です。

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静岡県「社会健康医学系大学院大学」のなぞ1

「健康寿命の延伸」が目的?  静岡県が計画を進める「社会健康医学系大学院大学(仮称)」設置について県の説明を聞いたが、信じられないほど不可解だった。「社会健康医学系」と言えば、京都大学大学院にある同じ名前の専攻を想定し、その責任者をはじめとする京大関係者が静岡県の基本計画策定委員に委嘱されている。京大の同専攻は遺伝子カウンセラー、臨床統計家、ゲノム情報処理者をはじめ最先端の専門家養成が目的である。  静岡県の「社会健康医学系」は名前だけは同じだが、そのような専門家を養成するのか全く未定であり、目的も違う。そのまま、数十億円もの費用を掛けて「大学院大学」を設置すれば、県民の混乱を招くだけでなく、厳しい批判を呼ぶだろう。  静岡県は、同大学院大学設置を「県民の健康寿命のさらなる延伸を図る」のが目的と説明。「健康寿命を延伸」とは、静岡県の男性72・15歳、女性75・43歳の健康寿命について、さらに約10年長い平均寿命の差を縮めたいのだ、という。担当者は、県民の「健康寿命」を延ばすことだから、静岡県が率先して取り組むべきテーマにふさわしいと胸を張った。  「健康寿命」と言えば、静岡県立大学が古くから、健康長寿社会の実現に向けた最先端研究と人材育成に取り組んでいる。同大学院HPに「疾病があったとしてもその進行を食い止め、寿命に至るまで生活の質を維持する『健康寿命』をいかに実現するかが重要課題」とある。まさに、静岡県が胸を張った目的「健康寿命の延伸」について長年、研究を行い、論文発表等の蓄積がある。県立大学だけでなく、県内の各自治体もさまざまな取り組みを行っている。  県の目的が「健康寿命の延伸」ならば静岡県立大学などに任せればいいのではないか。多額の費用を掛けて「大学院大学」設置の必要はない。 京大の目的には「健康寿命の延伸」はない  「健康寿命」の定義も難しい。歯科分野では古くから、「8020」運動を唱え、80歳で20本の丈夫な歯を持つことが「健康寿命」につながると訴えてきた。その他、脳科学者、大腸カテーテルの第一人者、運動療法士らが「健康寿命」延伸についてさまざまな知見を発表している。  不思議なのは、京大HPを調べても「社会健康医学」研究に「健康寿命の延伸」は登場しないことだ。  2000年「社会健康医学」専攻は京都大学に誕生した。米国ジョンホプキンス大学などで古くからある「Public Health」(日本語では当然、「公衆衛生」と訳す)講座だが、アジア地域では欧米流の学問領域が遅れていた。臨床や基礎研究に「疫学」「臨床統計」「遺伝子」「ゲノム」などの研究成果を踏まえて、論文発表をすることで内容の幅を広げるなど価値を高めるのが狙い。静岡県の目的「健康増進」との関係は非常に薄い。  また、京大では遺伝子治療診療科、ゲノム医学センターなどとの連携が密接だ。学生の発表はすべて英語論文を想定している(入試試験もTOEFL、TOEIC得点が必要)。ビッグデータを駆使した臨床統計家、疫学研究者養成などを目指している。静岡県の言う「健康寿命」延伸はどこを探しても見つからない。大学院卒業者の就職先が厚労省や東大、京大などの大学教員が多いことを見れば、県の説明にある現在の職場で働きながら取得できるほどそれぞれが簡単な資格ではない。 緑茶パウダー疫学調査への疑問  「社会健康医学」研究として、2月から島田俊夫県立総合病院臨床研究部長が5年間にわたって川根本町で緑茶パウダーを使った健康効果の疫学調査を行う。同様の調査はすでに県立大学が何度も行い、川根本町だけでなく全県にわたって調査、緑茶の効能についての成果を発表している。  2002年7月の県民公開講座で小國伊太郎教授(当時)は「がんやピロリ菌に対する緑茶効果」について、静岡県のがん死亡分布図を作成、緑茶生産地区と非生産地区を調査、緑茶生産地区の男女の胃がん発生率が著しく低いことを突き止め、川根三町の疫学調査を実施した成果などを説明した。  三井農林食品総合研究所(藤枝市)は茶カテキンの生理活性機能を研究、茶カテキンから抽出したポリフェノンEを発見、主成分として開発した新薬が米国FDAで認可された。さらに、肺や前立腺がんなどの予防薬・治療薬開発を米国がん研究所(NCI)と共同で臨床研究を行っている。当然、使用されるカテキン(渋味成分)はアミノ酸が多く渋味の少ない静岡茶ではなく、アフリカやベトナムなどの緑茶抽出物を使用しているようだ。  島田部長の調査は、どこの緑茶を使うのかなど不明であり、その他の嗜好品、運動やストレスなどの要因を考慮に入れるかなど研究内容が見えていないが、過去の知見を超えるものが期待できるのか疑問は多い 先端医療棟に「大学院大学」設置の意向  「大学院大学」とは、学部を伴わない大学院。医療系の大学院大学は滋慶医療科学大学院大学が大阪市にあり、そこは看護師、理学療法士など全国的な医療・福祉系専門学校が基盤。静岡県が計画する大学院大学の中核組織は何か。浜松医科大学の公衆衛生学講座をランクアップするならば、大学院専攻科をつくるだけだが、そうではないらしい。  静岡県は県立総合病院先端医療棟5階の「リサーチサポーセンター」に大学院大学を設置する意向だ。同センターは2017年9月に開設されたばかりで実績はほとんどない。「社会健康医学」の指導組織としての実態もない。宮地良樹センター長は「京大の大学院レベルをつくるのではない、あくまでも、静岡県の健康寿命延伸が目的だ。臨床医の研究をバックアップするためのもの」と話した。  基本構想委員会の委員長、本庶佑氏は「県内の中核病院で研修したいという若い医師が増え、中長期的に長年の課題である医師不足解消につながる」と述べた。なぜ、そうなるのか不思議だったが、宮地センター長の話で納得した。  県立総合病院は主に京大医局からの派遣病院であり、もし、そのような研究施設があれば、若手医師らがぜひ、県立総合へ赴任したいというインセンティブにはなるのだろう。しかし、若手医師らは2、3年で変わり、研究成果が蓄積されるのかどうか疑問は多い。  医師不足の根本的な理由は医科大学が県内に一つしかないことだ。隣接の愛知、神奈川県とも4医科大学、人口規模が5分の1に満たない山梨県と医大の数は同じであり、本当に大学院大学設置が医師不足につながるのか疑問は大きい。  1、目的が「健康寿命」延伸であるならば、静岡県立大学の研究成果を生かすことで十分。本来の「社会健康医学」研究の目的は地域の「健康寿命」延伸にはない。  2、京都大学「社会健康医学」専攻のような先進的な研究環境を静岡県立総合病院は持っていない。  3、喫緊かつ、長年の課題は医師確保であり、社会健康医学大学院大学はその使命を果たすのか疑問が大きい。  以上の3点から、県立総合病院に「社会健康医学」大学院大学ありきではなく、もう一度、目的を含めて県民に説明できるようにしたほうがいいだろう。「健康寿命の延伸」ではなく、目的が「医師確保」であれば、川勝知事の公約だった「医科大学」設立をもう一度正々堂々と取り組むべきだ。リニア環境問題で県民の生命を問題にした気概と覚悟があれば、国の方針を変えることもできるのではないか。 ※タイトル写真は静岡県立総合病院先端医療棟。県は5階に「社会健康医学」大学院大学を設置する方針だ

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認知症のなぞ2 効かない”薬”を処方する医師

薬で認知症は治らない  「認知症は薬で治らないの?」「治らない。認知症を治す薬は世界中、どこをさがしたってない」(「老乱」久坂部羊著、朝日新聞出版、2016年11月)  阪大医学部出身の久坂部氏は高齢者を対象とした在宅訪問診療などに従事するとともに、「廃用身」「破裂」など事実に基づく医療情報を踏まえて小説を発表。「老乱」でも、登場人物の認知症専門クリニック医師が認知症は病名ではなく、状態を指すことばであり、原因となる病気は70ほどある、さらに、記憶障害、見当識障害、判断障害などの「中核症状」を一般に認知症と呼んでいると説明する。  「認知症を薬で治すのは今のところはむずかしい状況です。脳の活性化とか刺激療法など、いずれも有効と言い難いのが実情です」  本サイト「認知症のなぞ1」で記したように、母の主治医は母を「アルツハイマー型認知症」と診断した。判断能力が著しく失われ、成年後見を受けなければならないほどの心神喪失状態という診断書を静岡家庭裁判所に提出、母は静岡市内の神経内科医から別の診断書をもらって争っていた。  当時、高齢(87歳)の母は時々、物忘れ症状を見せた。加齢に伴う物忘れは誰にでもあることで、それを認知症と区別するのは非常に難しい。母は介護度認定を受けておらず、介護保険用の主治医意見書を必要としていたため、主治医が処方する睡眠導入剤とともに、最も軽い認知症治療薬アリセプトに不満を述べなかった。主治医は母にアリセプト(塩酸ドネペジル)3mgを処方していた。 専門医はアリセプトを使わない  10年前、認知症を専門にした富士山麓にある御殿場高原病院を取材した。1979年4月に開院しているから、ことし40年目を迎える。当時、30年間の治療効果について、清水允煕(のぶひろ)院長が語ってくれた。「認知症の進行を抑えるとされるアリセプトを使うことがあっても、症状が改善されることはまずありません。わたしの経験では数百例のうちで、効果が認められたのは1例程度に過ぎません」と、清水院長はアリセプトがはっきりと効果の期待できない薬だと断言した。医師が薬の効能がない、と言うのだ。本当にびっくりした。それではどうするのか?  「老化に伴う高血圧、高脂血症、痛風などの症状に合わせた薬は別として、ここでは認知症の薬をなるべく使わず治療する方針を貫いています。それで症状が改善でき、経過が良い場合は退院させることも多いのです」その言葉にさらに驚いた。そんなことが可能なのか?  清水院長は具体的な治療法について、「75歳女性、夫の過去の浮気が許せない」「『嫁がお金を盗った』という77歳女性」「自分の家に居るのに『帰る』という74歳女性」「外出(徘徊)を止めようとすると暴力を振るう77歳男性」などそれぞれのケースに沿って説明してくれた。治療、看護、介護について、家族を含めて周囲がどのように対応するかが重要なのだ、という。  「老乱」でも、日付とか前の晩のおかずとか幼稚園の子供に聞くような質問をすることが高齢者の精神状態を悪化させる、尊厳のある一個人として認めることが重要であり、逆にほめたり、感謝することで認知症の人は自分が周囲からどう受け止められているのか敏感に感じ取って、厄介者ではなく、存在を大切にされているといい気分だけが残る、と書かれていた。  御殿場高原病院はまさに、その方法を実践し、「尊敬と感謝」を注ぐことで症状を改善させていると説明した。もし、母を認知症と診断したならば、主治医はどうして、そのような治療法を選択できないのか? グラマリールという危険な薬  「①お年はいくつですか? ②きょうは何年、何月、何日、何曜日ですか? ③わたしたちがいまいるのはどこですか?」など、長谷川式知能評価スケールを母に受けてもらったが、それさえ、母の尊厳を傷つけていたのかもしれない。静岡県立こころの医療センターでもう一度、同じことをやるのを断った母の気持ちを一番理解したのは同センターの担当医だったかもしれない。  ところで、母の場合、アリセプト3mgだけでなく、グラマリール25mgを処方されていたため、わたしはグラマリールをやめてもらえるよう話した。調べると、グラマリールは脳梗塞後遺症の攻撃的行為や精神興奮を抑える薬だとわかったからだ。そもそも脳梗塞を発症していないのに、その後遺症のための薬を処方する理由は何だったのか。その時点で、主治医に対する信頼は失われていた。 医者をしっかりと選ぶべきだ  その後母は心不全と診断されて、2週間ほど入院した。それから3カ月後、静岡家庭裁判所は姉の成年後見開始申立を却下した。理由を見ると、「難聴があるため意思疎通困難であるが、大声でしゃべれば通じる。自己の財産を単独で管理・処分することができる」というわたしと一緒に受診した医師の診断書が大きな意味を持っていることが分かった。  「この診断はK医師の行った診断であり、他の医師が検査等を行って別の診断をされることは当然ありうる」というのが、主治医の弁護士による回答だったが、もし、いい加減なK医師のみの診断書しかなかったならば、母は認知症とされ、成年後見制度の適用となっていたはずである。  もう一度、主治医宛に「どのような問診を行ったのか」など質問した。やはり、同じ弁護士事務所から、「前回の回答通り」との回答を受け取った。今後、母の主治医がこのようないい加減な診断書を出さないように自重してくれればいいのだが、逆に言えば、患者及び家族は医者をしっかりと選ぶべきなのだろう。  難聴と認知症の関係を考えるべきだった。難聴を放置すると、認知症の発症率は高くなるだろうし、医師は難聴なのに認知症と診断するかもしれない。母は何度も補聴器を試したが、すぐに手放してしまっていた。  「難聴で音の入力が少なくなると、脳の中で音をつかさどる部分の萎縮が進んでしまい、思考や記憶の働きにも影響してくる」。眼鏡と違い、聴力に合った快適な補聴器をどう探すのか、静岡市内の認定補聴器専門店を取材してみた。デジタル補聴器は必要な音だけを瞬間的に区別できるようになっていて、補聴器の改善は急速に進んでいるとのこと。いずれにしても、自分自身で試してみるしかない。  最後に、タイトル写真に使った「プラセプラス」。皮肉のような話だが、”危険な医師”からの”危険な薬”ではなく、本物のプラセボ(偽薬)として安心して患者に奨められる。最初から薬効成分を含まないのだから、副作用もない。当然、プラセボ効果(薬を飲んでいるという自覚で精神的な安心感を得る)は期待でき、自己免疫作用で病気を治す場合がある。  「自分も認知症になると思う? はい75% いいえ25%」(朝日新聞2016年1月16日付)。物忘れなのか、認知症なのか、はたまた医師を受診して認知症治療薬を処方されても、その効果を期待してはいけない。変な話である。

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「嘘つきは、戦争の始まり。」の嘘

宝島社のメッセージ広告  1月7日(月曜日)付朝日新聞朝刊の中面を見て、本当にびっくりした。16、17面の2面にわたる全ページ。強烈なインパクトを持つ紙面だった。「嘘つきは、戦争の始まり。」。大きな白抜きの見出し、左ページの中央に油まみれの鳥の大きな写真があった。見出しに比べてあまりに小さな白抜き文字の記事を読んだ。 「イラクが油田の油を海に流した」 その証拠とされ、湾岸戦争本格化のきっかけとなった一枚の写真。 しかしその真偽はいまだ定かではない。ポーランド侵攻もトンキン湾事件も、嘘から始まったと言われている。 陰謀も隠蔽も暗殺も、つまりは、嘘。 そして今、多くの指導者たちが平然と嘘をついている。 この負の連鎖はきっと私たちをとんでもない場所へ連れてゆく。 今、人類が戦うべき相手は、原発よりウィルスより温暖化より、嘘である。 嘘に慣れるな、嘘を止めろ、今年、嘘をやっつけろ。  大きな紙面の右下隅に「宝島社」。これが広告だとわかった。なぜ、広告なのに自社の広告ではなく、印象的なメッセージを読者に投げ掛けるのか。  「嘘に慣れるな、嘘を止めろ、今年、嘘をやっつけろ。」そのために何をどうすればいいのか?まず、この紙面を疑うことから始めよう。「嘘つきは戦争の始まり。」は本当なのか? 「イラクが油田の油を海に流した」の真偽 「イラクが油田の油を海に流した」 その証拠とされ、湾岸戦争本格化のきっかけとなった一枚の写真。 しかしその真偽はいまだ定かではない。  いままでそんな疑惑があったことを知らなかった。もしそうならば、「嘘つき」は誰なのか?米軍を中心とした多国籍軍か?それとも本格的な湾岸戦争を望んだ別の誰かなのか?  1990年8月2日イラクはオイル利権をめぐる意見の衝突をきっかけにクウェートに侵攻、全土を占領して併合してしまう。世界中の非難が続く中、イラクはクウェート国内の日本人を含む外国人を監禁、「人間の盾」という非人道的な行為を続けるなど国際社会のさらなる反発を呼んだ。1991年1月17日国際連合が米軍を中心とした多国籍軍を派遣、イラクへの空爆で湾岸戦争が始まった。「砂漠の嵐」作戦などさまざまな戦いが繰り広げられた結果、3月には「クウェートへの賠償」「大量破壊兵器の廃棄」などをイラクが受け入れ、停戦協定が結ばれた。  湾岸戦争の原油汚染はイラク軍がクウェートからの撤退に際して、アメリカ海兵部隊の沿岸上陸を阻むためにクウェート停泊中のタンカー3隻、原油ターミナルを破壊したことで6百万バーレル以上の原油がアラビア湾に流出した、とされる。多国籍軍によるイラクのタンカー攻撃でも数十万バーレルの原油がアラビア湾に流れ出たことも知られている。  イラク軍、多国籍軍が戦争のさなかに原油をアラビア湾に流出させた事実に疑問があるのだろうか? 28年前の「アラビア湾岸環境復元調査団」  湾岸戦争直後の1991年3月日本政府の調査団がサウジアラビアを訪れ、湾岸戦争の原油汚染を調査した。翌月の4月21日から、静岡大学教授を団長とした「アラビア湾岸環境復元調査団」に同行した。朝日、読売、共同通信社、NHKの記者も一緒だった。WWF(世界自然保護基金)による情報で、原油流出で約2万羽の野鳥が被害に遭い、野生生物レスキューセンターに搬送された野鳥のうち、約3百羽が救済された、と聞いていた。  当時のスクラップ記事を取り出してきた。特集記事「自然からの警告 進む地球汚染」を断続的に連載した。サウジアラビアで撮影した油まみれのペルシャウの印象的な写真から始まった。クウェート国境のカフジまでセスナ機で訪れ、アラビア湾の汚染を確認している。野生生物レスキューセンターでは環境庁のレンジャー、ボランティアの獣医師ら3人が2カ月間の予定で油まみれの野鳥を洗い、治療などを行っていた。記者たちの関心はそれぞれに違い、NHK記者は大気汚染の深刻さを追い、共同通信記者は入国困難だったクウェートへひそかに入り、取材を続けたようだ。  当時、多くの読者からの反響をいただいた。「フセイン大統領のやったことが許せません」(13歳女性)、「美しい自然環境を残すには戦争は絶対にしてはならない」(55歳女性)、「戦争に反対し、平和であればよいとかの議論は過ぎ去り、地球をどう救済するかが問われている」(60歳男性)などの率直な怒りの声をそのままに、紙面に掲載した。当時、そこに嘘があることなど誰も疑っていなかった。 「メディアの主張」が大げさなのか?  サウジ気象環境保護庁副長官らによる論文「1991年湾岸戦争による油流出時の国際協力」の中で「破局的な事象を未来の破滅として取り上げたメディアの主張が大げさだと判明した。戦時のプロパガンダの一環として環境破壊が誇張された」と記されている。続いて、「その結果、一般の関心は急速に薄れ、アラビア湾は破壊された環境を取り戻すための重要な味方を失った」とも書いている。  そこに「嘘つき」の正体が示唆されていた。「メディアの大げさな主張」こそが、油まみれの野鳥をつくりあげたのではないか。  朝日新聞の全国版一段広告約326万円×30段で、約9800万円。カラー料金は1段135万円×30段=405万円。それにデザイン、コピーなどの値段も入る。ふつうに計算すれば、ゆうに1億円を超える。いまの時代、大幅な値引きは当然だとしても、半端な額ではない。  同じ日に読売新聞にも30段広告を掲載している。2社の広告料だけで約2億円。「敵は、嘘。」言わんとしていることは同じだろうが、「嘘つきは、戦争の始まり。」と違い、こちらは単なるメッセージであり、アラビア湾の油まみれの野鳥は登場していない。「メディアの大げさな主張」に読者がまどわされなければいいが、「大げさな紙面」を見て、歴史事実を誤る恐れは大きい。  昨年12月19日「リニア騒動の真相 ヤマトイワナを救え」を本サイトにUPした。リニア南アルプストンネルは高速鉄道プロジェクトの開発であるとともに、自然環境の破壊につながることは間違いない。開発による環境破壊をどこまで許容できるか。ことし1月25日第9回静岡県中央新幹線環境保全会議が開かれる。静岡県、JR東海のそれぞれが科学的な根拠に基づき主張しても、事実関係は対立する場合がある。  果たして、どちらが真実なのか、記者たちはどこまで判断できるのか。「嘘つき」が誰かを見極めることではなく、どちらの立場に立って主張するかだが、渦中にいるときは判断に苦しむことが多い。28年前のことを振り返って真偽をただすのさえ非常に難しいのだから、いま現在の「ヤマトイワナを救え」という記者の主張は正しいのか、会議の行方に注目しなければならない。

ニュースの真相

認知症のなぞ1 家庭裁判所の「診断書」

成年後見開始のための「診断書」  26日朝、NHKニュースで2025年認知症患者が約7百万人になるのを受けて、地域でどのように患者に対応していくかを紹介していた。「7百万人」は厚労省の推計だが、その数字は果たして、正しいのか?  認知症と認定するのはだれか?医者なのか、それとも家庭裁判所なのか。難聴の高齢者を認知症患者にしてしまったわたしの母の事例を紹介する。  3年前、母は90歳で亡くなった。そのほぼ2年前、静岡家庭裁判所から「後見開始申立書」を受け取った。5歳離れた姉の代理人弁護士が、母の成年後見を開始する審判を家庭裁判所に求めたのだ。申し立て理由は「認知症」にチェックがしてあった。「本人の希望として、自らの財産を弁護士等の専門職に管理を委ねたい」と特記事項に書かれていた。  何よりも驚いたのは、母の主治医(脳神経外科医、睡眠導入剤の処方で何度も付き添った)が母を「認知症」と診断していることだった。申立書添付の家庭裁判所「診断書」(成年後見用)には「アルツハイマー型認知症」とあった。所見では「物忘れ症状、会話が成立しない症状あり当院受診となり加療を行っている」。  判断能力判定について「自己の財産を管理・処分することができない」(後見相当)とされ、判定の根拠として(1)見当識 日時は(回答できない)、場所は(回答できる)、近親者の識別は(できない) (2)意思疎通(できないときが多い) (3)社会的手続きや公共施設の利用(銀行取引など)は(できないときが多い) (4)記憶力(問題が顕著) (5)計算力(計算は全くできない) (6)理解力(理解力、判断力が極めて障害されている) (各種検査)HDS-R(19点)  さらに、「制度や申し立ての意味を理解して意見を述べることは不可能」にチェックが入っていた。「成年後見」という響きはいいが、実際には母を旧民法の禁治産者、心神喪失者と考えたのだ。それがどれだけひどいことか姉は承知していたのか?  わたしの意思を伝える「照会書」はたった1枚紙。「ご本人に代わって財産の管理や契約等の法律行為を行う援助者(これを後見人と言います)を選任することによってご本人を法律的に支援する制度」などと書いてあった。必要、不要のどちらかにチェックするようになっていて、もし、「不要」にチェックする場合、その理由を記せ、とある。しかし、たった1行分のスペースしかないことを見れば、ほとんどは「必要」にチェックを入れるのだろう。すぐに家庭裁判所に出掛けた。 「診断書」が重要な判断資料  書記官に面会、審判を始めるならば、「成年後見制度の手引き」に書かれている裁判所の調査員を派遣して、母に面会して状態を調査すべきだと伝えた。母には十分な判断力があり、「認知症」に当てはまらないことを調査員が確認すれば、この申立書の根拠は失われる、と説明。しかし、書記官は「不要」の理由を別紙に記述して提出するように言うだけで、調査員の派遣などの説明はなかった。  「自分自身で財産管理をしたい」。母の意思を確認した上で、自筆の財産管理を望むと希望する書面、それを母が書いている写真、車いすの生活で、重度の難聴のため本当に大きな声を出せば意思疎通に問題はないが、もし、母の状況を知らずに会話しようとすれば会話が成立しない理由、また母がふだん新聞や雑誌の購読を楽しみにしていることなどを写真とともにまとめて記した。  その書面、写真などを裁判所に持参した。担当書記官は不在だったが、別の書記官が親切に書面等を見てくれたうえで、「別の医師の診断書を提出したほうがいい」とアドバイスした。医師という専門家の診断書は、母の自筆文書よりも評価価値が高いようだ。そのときもらった最高裁判所の「成年後見制度における診断書作成の手引き」に、「診断書を判断資料とすることが原則」と記されている。つまり、主治医の診断書に対抗できるのは、認知症専門医の診断書しかないというわけだ。 全く逆転した「診断書」  知り合いの医師に「認知症の専門医」を紹介してもらい、静岡市内の神経内科医を訪れた。この医師に記入してもらった家庭裁判所の「診断書」には「物忘れ症状に対して神経クリニックでアルツハイマー型認知症の診断を受けた。難聴があるため意思疎通困難があるが、大声でしゃべれば通じる」という所見が記された。   判断能力判定について「自己の財産を単独で管理・処分できる」。判定の根拠として、(1)見当識 日時(回答できる) 場所(回答できる) 近親者の識別(できる) (2)意思疎通(できないときもある) (4)社会的手続きや公共施設の利用(銀行取引など) (できないときもある)(3)記憶力(問題はあるが程度は軽い) (5)計算力(可能) (6)理解力(ある) (7)各種検査 HDS-R(25点) (9)その他特記事項 本人は財産管理可能としている。再度能力の鑑定を要す  全く逆転した「診断書」が出来上がった。主治医のHDS-Rの点数は19点、神経内科医は25点。これは一体どういうことか? 認知症の診断は難しい  認知症とは何か?かかりつけ医・非専門医などの医者を対象とした「事例で解決!もう迷わない認知症診断」(愛知県認知症疾患医療センター長、川畑信也著、南山堂、2013年7月発刊)を購入。この本によると、認知症を専門にしない医者たちは「自分には認知症を診断する自信がない」「不安を感じる」などと考えている場合が多いらしい。それだけ認知症診断は難しいと書かれている。  その中でHDS-Rは、改訂長谷川式簡易知能評価スケールのことで、患者の経時的な変化を評価する際に信頼の高い検査方法とされる。30点満点で20点以下は認知症が疑われるが、総得点のみで認知症の有無を判断してはならない、軽度の認知症の段階で21点以上を獲得する患者も多いからだという。  母の場合、主治医の脳神経外科医が19点、神経内科医が25点だった。これをどのように評価するのか? 母の状態を確認しない裁判所  HDS-R検査はどんなものか。  ①お年はいくつですか? ②きょうは何年、何月、何日、何曜日ですか? ③わたしたちがいまいるのはどこですか? ④これから言う3つの言葉を言ってみてください。あとでまた聞きますのでよく覚えておいてください。(例 桜、猫、電車、梅など) ⑤100から7を順番に引いてください。(100引く7は?それからまた7を引くと?) ⑥わたしがこれから言う数字を逆に言ってください。(6‐8‐2、3⁻5‐2‐9など) ⑦先ほど覚えてもらった言葉(桜、猫など)をもう一度言ってください。 ⑧これから5つの品物を見せます。それを隠しますので何があったのか言ってください。(鍵、ペン、硬貨、時計など) ⑨知っている野菜の名前をできるだけ多く言ってください(約10秒間待っても出ない場合はそこで打ち切る)  さあ、あなたは何点を獲得でき、認知症の疑いを払拭できましたか?物忘れがときどきある母が「25点」である。どう考えても認知症を疑うことがおかしいだろう。再び、家庭裁判所へ神経内科医の「診断書」を含めて1件書類を持参した。担当書記官が母の元を訪れて、自分自身の目で確認すれば、母が「認知症」でないことがはっきりとするはずだ。 無責任な主治医の診断  しばらくしてから、書記官から電話をもらった。書記官や調査官が母の元を訪問するのではなく、より高度な神経心理検査、脳画像検査が必要であり、静岡県立こころの医療センターを受診してほしいというのだ。その年の夏は猛暑で、母はなるべく外出を避けて施設でゆっくりと過ごしていた。同センターの担当医師から連絡をもらい、その旨を母に話すと、「同じ検査に行くのはもういやだ」と首を横に振った。それはその通りだろう。何かの治療ではなく、「重度の認知症」かどうかを診断するためだけの検査である。担当医師に話すと、母の心情をよく理解してくれて、そのまま家庭裁判所に連絡してくれた。  わたしは、母の主治医に内容証明郵便で「別の医師の診断とは全く違う。母を心神喪失状態とした診断の医学的根拠を回答ください」という手紙を送った。10日後に4人の弁護士名を連記した回答が送られてきた。その回答には「心神喪失状態などとは診断していない」、さらに「この診断はK医師の行った診断であり、他の医師が検査等を行って別の診断をされることは当然ありうる」と書かれていた。  あまりに無責任な回答である。「アルツハイマー型認知症」と診断されることで、母の名声、信用その他、人格的価値について社会的評価が失墜する可能性が非常に高いのだ。  もう一度、後見申立開始書の主治医「診断書」を見ていて、別紙に「鑑定に関する事項」があった。そこには、「今後、家庭裁判所から精神鑑定の依頼があった場合(鑑定医は精神科医師でなくても結構です)の問いに「鑑定を担当できる」にチェックが入れられ、鑑定費用(5万円程度でお願いしています)には自筆で「10万円で引き受ける」とあった。  認知症の診断にはくれぐれもご注意を!医者の裁量で「認知症」患者がつくられる。主治医のさじ加減ひとつで、母は立派な「認知症」患者となってしまう。果たして、家庭裁判所は2つの診断書を見て、母を「アルツハイマー型認知症」と認定できたのか、どうか。 (審判申立事件の結果等は「認知症のなぞ2」で紹介します)

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リニア騒動の真相6 ヤマトイワナを救え!

生物多様性を守るエコパーク   「ヤマトイワナを絶滅の危機から救え!」  大井川の漁協、魚類研究者、釣り人、南アルプスを愛する人々の切実な声が聞こえる。タイトル写真は「ヤマトイワナとニッコウイワナ」(静岡県内水面漁協の川嶋尚正専務理事提供)。大井川最上流域にレッドデータブック絶滅危惧種のヤマトイワナが生息する。リニア南アルプストンネルがヤマトイワナに深刻な影響を与えるのは避けられない、と魚類研究者は指摘する。   2014年6月、南アルプスはユネスコエコパークに登録。このエコパークは「南アルプス生物圏保存地域」が正式名称。その理念を基に、大切な自然環境を守る「核心地域」、環境教育や観光などで利用する「緩衝地域」、人々が暮らしを営む「移行地域」の3つの地域に区分。地域区分を決める最大の目的は「生物多様性の保全」と「持続可能な利活用の調和」。  「生物多様性の保全」を掲げる南アルプスのシンボルが「ライチョウ」ならば、大井川のシンボルは「ヤマトイワナ」だ。この2つの貴重な種を守れなければ、エコパークの看板を外したほうがいい。  「ヤマトイワナを救え」。待ったなしの緊急課題にどう対応するのか。 発電所と「維持流量」の関係  JR東海のリニア南アルプストンネル計画地を流れる西俣川と大井川本流(合流地点までを「東俣川」と呼ぶ)の合流地点に、1995年中部電力は二軒小屋発電所を設置。同発電所の最大使用量毎秒11トン、発電出力2万6千キロワットで、西俣えん堤(高さ15メートル以下のダムが「堰堤(えんてい)」)と東俣えん堤から取水して、ポンプを使って発電所まで結んでいる。  JR東海はリニアトンネル建設によって、大井川の表流水が毎秒2トン減少するとして、西俣川から導水路トンネル11・4キロを設置、椹島とつなぐ計画を示している。この結果、西俣川、東俣川の表流水は、椹島までの区間、大幅に減水するのは確実である。  水力発電は、河川の「維持流量」を上回った水量のみ使用できる。表流水が減少すれば、当然、発電量は減ることになる。大井川の表流水減少で、もろに影響を受けるのは、二軒小屋発電所、その直下にある田代ダムを水源とする東京電力の田代川発電所。2つの電力会社はJR東海と発電への影響について話し合いを始めているかもしれない。   発電所の「維持流量」は水利権更新ごとに決められ、電力会社が示す維持流量を国土交通省は判断して許可する。「大きな環境変化」がない限り、前回の維持流量が継続されるのが大半だ。  「大きな環境変化」。地球温暖化などによる気候変動が激しい現代で「環境変化」とはどんな状況を指すのか? 県自然環境保護条例の協定目指すJR東海  西俣川の維持流量は毎秒0・12トン、東俣川は0・11トン。もし、通常、この程度の水量しかないとすれば、そこに生息する魚類、水生昆虫などは最低限の生活環境しか与えられない。  現在懸念されるのは、リニア南アルプストンネル建設によって、予測できない水量の減少が起きることだ。長年ヤマトイワナの研究に取り組んできた川嶋専務は「川勝知事の心配するように地下の湧水が山梨県に流れてしまえば、底が抜ける現象が起きて西俣川、東俣川上流は涸れてしまう可能性がある」と指摘。もし、そのような状況であれば、ヤマトイワナは確実に絶滅する。  その危機感を共有して、JR東海は静岡県自然環境保全条例に基づいて、県と協定を結ぶ調整を進めている。JR東海が湧水全量を戻すと表明したのは中下流域への利水の影響を考慮してのこと。減水区間についての対応は県自然環境保全条例にどれだけ寄り添うことができるかに掛かる。利水者という目に見える人々ではないだけに、非常に難しい問題でもある。 20年前の維持流量は本当に適正か?  いまから13年前、2005年夏、田代川第2発電所の水利権更新を機に田代ダムの河川水量回復を目指して、大井川下流域の住民たちが「水を返せ」の大きな声を挙げた。話し合いは難航したが、ついに東京電力は地元の強い姿勢を受け、「維持流量」の放流と大井川への流水還元を行った。  そう、来年3月、二軒小屋発電所が水利権更新を迎える。中部電力が水利権更新を国交省静岡河川事務所に申請した際、静岡県の意見を聞くことになる。いまのところ、担当課の静岡県河川企画課は何ら意見を予定していない、という。  当然、「環境変化」がない限り、中部電力は20年前と同じ維持流量を提示するだろう。維持流量に必要な要素の中にイワナの生息環境も含まれるが、国交省は同じ維持流量で問題ないと判断する可能性は高い。  中部電力、国交省ともリニア南アルプストンネル建設での水生生物への影響は考慮の対象外である。今後、静岡県の環境保全連絡会議では水生生物への影響がテーマになるはずだが、その議論の行方は来年3月末の水利権更新に反映されないだろう。 静岡県、静岡市の連携が必要  静岡県、静岡市は早急に意見交換を行い、相互に連携して維持流量の改善を中部電力に求めるべきではないか。ヤマトイワナにとって、毎秒0・1トン程度の維持流量が適正か?他の水生生物はどうか?リニア南アルプストンネルの影響は?エコパークにかかわる人々の意見を広く聞くべきだ。  20年前の維持流量は現在も適正か?そこが問題の出発点だ。  維持流量の考え方は、河川の適正な利用や河川の正常な機能を維持するため必要な流量として、1988年国交省(当時は建設省、通産省)がガイドラインを決めた。その当時、環境に対する配慮は含まれていなかった。  91年環境庁が初のレッドデータブックを発刊。その後、97年国交省はようやく河川法を改正して地域環境への配慮を盛り込んでいる。環境アセス法が成立したのも同じ、97年である。  二軒小屋発電所は95年7月に運転を開始している。当時は、「生物多様性の保全」に対する姿勢は希薄だった。97年にアセス法が施行されたが、生物環境をめぐる事後調査を行ってはいない。このような社会情勢の変化も「環境変化」ととらえるべきではないか。 いちばん困るのはJR東海  県、市は最近の資料を集め、国交省へ意見を提出すべきだ。ことし3月、静岡市の調査報告でヤマトイワナの生息を確認した。ところが、JR東海のアセス調査ではヤマトイワナは文献のみで、生息を確認していない。  今回のタイトル写真を再掲する。魚体に斑点があるのが移植されたニッコウイワナ。昨年の日本魚類学会で川嶋専務は「斑点のあるのが通常ニッコウイワナだが、斑点のあるヤマトイワナを遺伝子レベルで発見している」と発表。大井川ではニッコウイワナ、ヤマトイワナの混雑種も当然現れているが、純粋のヤマトイワナは西俣川、東俣川上流に確実に生息する、と静岡市の調査員が証言してくれた。  現在作成中の改訂レッドデータブックで大井川のヤマトイワナは、さらに危険度の高い「絶滅危惧1A類(ごく近い将来に絶滅する)」に分類される。ヤマトイワナの生息範囲はますます狭まっている。差し迫った「絶滅の危機」も「環境変化」ではないか。  魚類研究者らは「今回のリニアトンネル建設を機に中電からもっと水を出してもらわなければ、ヤマトイワナは確実に絶滅する」と訴える。  中部電力の「維持流量」がそのままに水利権更新され、ごく近い将来の「ヤマトイワナの絶滅」にゴーサインをだしたとき、いちばん困るのは「ヤマトイワナ」は生息していないとアセス報告を出したJR東海ではないか。リニアトンネルの影響という新たな「環境変化」に対応できるの唯一の方法は「維持流量」の改善しかないと考えるが、違うのだろうか?