ニュースの真相

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「嘘つきは、戦争の始まり。」の嘘

宝島社のメッセージ広告  1月7日(月曜日)付朝日新聞朝刊の中面を見て、本当にびっくりした。16、17面の2面にわたる全ページ。強烈なインパクトを持つ紙面だった。「嘘つきは、戦争の始まり。」。大きな白抜きの見出し、左ページの中央に油まみれの鳥の大きな写真があった。見出しに比べてあまりに小さな白抜き文字の記事を読んだ。 「イラクが油田の油を海に流した」 その証拠とされ、湾岸戦争本格化のきっかけとなった一枚の写真。 しかしその真偽はいまだ定かではない。ポーランド侵攻もトンキン湾事件も、嘘から始まったと言われている。 陰謀も隠蔽も暗殺も、つまりは、嘘。 そして今、多くの指導者たちが平然と嘘をついている。 この負の連鎖はきっと私たちをとんでもない場所へ連れてゆく。 今、人類が戦うべき相手は、原発よりウィルスより温暖化より、嘘である。 嘘に慣れるな、嘘を止めろ、今年、嘘をやっつけろ。  大きな紙面の右下隅に「宝島社」。これが広告だとわかった。なぜ、広告なのに自社の広告ではなく、印象的なメッセージを読者に投げ掛けるのか。  「嘘に慣れるな、嘘を止めろ、今年、嘘をやっつけろ。」そのために何をどうすればいいのか?まず、この紙面を疑うことから始めよう。「嘘つきは戦争の始まり。」は本当なのか? 「イラクが油田の油を海に流した」の真偽 「イラクが油田の油を海に流した」 その証拠とされ、湾岸戦争本格化のきっかけとなった一枚の写真。 しかしその真偽はいまだ定かではない。  いままでそんな疑惑があったことを知らなかった。もしそうならば、「嘘つき」は誰なのか?米軍を中心とした多国籍軍か?それとも本格的な湾岸戦争を望んだ別の誰かなのか?  1990年8月2日イラクはオイル利権をめぐる意見の衝突をきっかけにクウェートに侵攻、全土を占領して併合してしまう。世界中の非難が続く中、イラクはクウェート国内の日本人を含む外国人を監禁、「人間の盾」という非人道的な行為を続けるなど国際社会のさらなる反発を呼んだ。1991年1月17日国際連合が米軍を中心とした多国籍軍を派遣、イラクへの空爆で湾岸戦争が始まった。「砂漠の嵐」作戦などさまざまな戦いが繰り広げられた結果、3月には「クウェートへの賠償」「大量破壊兵器の廃棄」などをイラクが受け入れ、停戦協定が結ばれた。  湾岸戦争の原油汚染はイラク軍がクウェートからの撤退に際して、アメリカ海兵部隊の沿岸上陸を阻むためにクウェート停泊中のタンカー3隻、原油ターミナルを破壊したことで6百万バーレル以上の原油がアラビア湾に流出した、とされる。多国籍軍によるイラクのタンカー攻撃でも数十万バーレルの原油がアラビア湾に流れ出たことも知られている。  イラク軍、多国籍軍が戦争のさなかに原油をアラビア湾に流出させた事実に疑問があるのだろうか? 28年前の「アラビア湾岸環境復元調査団」  湾岸戦争直後の1991年3月日本政府の調査団がサウジアラビアを訪れ、湾岸戦争の原油汚染を調査した。翌月の4月21日から、静岡大学教授を団長とした「アラビア湾岸環境復元調査団」に同行した。朝日、読売、共同通信社、NHKの記者も一緒だった。WWF(世界自然保護基金)による情報で、原油流出で約2万羽の野鳥が被害に遭い、野生生物レスキューセンターに搬送された野鳥のうち、約3百羽が救済された、と聞いていた。  当時のスクラップ記事を取り出してきた。特集記事「自然からの警告 進む地球汚染」を断続的に連載した。サウジアラビアで撮影した油まみれのペルシャウの印象的な写真から始まった。クウェート国境のカフジまでセスナ機で訪れ、アラビア湾の汚染を確認している。野生生物レスキューセンターでは環境庁のレンジャー、ボランティアの獣医師ら3人が2カ月間の予定で油まみれの野鳥を洗い、治療などを行っていた。記者たちの関心はそれぞれに違い、NHK記者は大気汚染の深刻さを追い、共同通信記者は入国困難だったクウェートへひそかに入り、取材を続けたようだ。  当時、多くの読者からの反響をいただいた。「フセイン大統領のやったことが許せません」(13歳女性)、「美しい自然環境を残すには戦争は絶対にしてはならない」(55歳女性)、「戦争に反対し、平和であればよいとかの議論は過ぎ去り、地球をどう救済するかが問われている」(60歳男性)などの率直な怒りの声をそのままに、紙面に掲載した。当時、そこに嘘があることなど誰も疑っていなかった。 「メディアの主張」が大げさなのか?  サウジ気象環境保護庁副長官らによる論文「1991年湾岸戦争による油流出時の国際協力」の中で「破局的な事象を未来の破滅として取り上げたメディアの主張が大げさだと判明した。戦時のプロパガンダの一環として環境破壊が誇張された」と記されている。続いて、「その結果、一般の関心は急速に薄れ、アラビア湾は破壊された環境を取り戻すための重要な味方を失った」とも書いている。  そこに「嘘つき」の正体が示唆されていた。「メディアの大げさな主張」こそが、油まみれの野鳥をつくりあげたのではないか。  朝日新聞の全国版一段広告約326万円×30段で、約9800万円。カラー料金は1段135万円×30段=405万円。それにデザイン、コピーなどの値段も入る。ふつうに計算すれば、ゆうに1億円を超える。いまの時代、大幅な値引きは当然だとしても、半端な額ではない。  同じ日に読売新聞にも30段広告を掲載している。2社の広告料だけで約2億円。「敵は、嘘。」言わんとしていることは同じだろうが、「嘘つきは、戦争の始まり。」と違い、こちらは単なるメッセージであり、アラビア湾の油まみれの野鳥は登場していない。「メディアの大げさな主張」に読者がまどわされなければいいが、「大げさな紙面」を見て、歴史事実を誤る恐れは大きい。  昨年12月19日「リニア騒動の真相 ヤマトイワナを救え」を本サイトにUPした。リニア南アルプストンネルは高速鉄道プロジェクトの開発であるとともに、自然環境の破壊につながることは間違いない。開発による環境破壊をどこまで許容できるか。ことし1月25日第9回静岡県中央新幹線環境保全会議が開かれる。静岡県、JR東海のそれぞれが科学的な根拠に基づき主張しても、事実関係は対立する場合がある。  果たして、どちらが真実なのか、記者たちはどこまで判断できるのか。「嘘つき」が誰かを見極めることではなく、どちらの立場に立って主張するかだが、渦中にいるときは判断に苦しむことが多い。28年前のことを振り返って真偽をただすのさえ非常に難しいのだから、いま現在の「ヤマトイワナを救え」という記者の主張は正しいのか、会議の行方に注目しなければならない。

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認知症のなぞ1 家庭裁判所の「診断書」

成年後見開始のための「診断書」  26日朝、NHKニュースで2025年認知症患者が約7百万人になるのを受けて、地域でどのように患者に対応していくかを紹介していた。「7百万人」は厚労省の推計だが、その数字は果たして、正しいのか?  認知症と認定するのはだれか?医者なのか、それとも家庭裁判所なのか。難聴の高齢者を認知症患者にしてしまったわたしの母の事例を紹介する。  3年前、母は90歳で亡くなった。そのほぼ2年前、静岡家庭裁判所から「後見開始申立書」を受け取った。5歳離れた姉の代理人弁護士が、母の成年後見を開始する審判を家庭裁判所に求めたのだ。申し立て理由は「認知症」にチェックがしてあった。「本人の希望として、自らの財産を弁護士等の専門職に管理を委ねたい」と特記事項に書かれていた。  何よりも驚いたのは、母の主治医(脳神経外科医、睡眠導入剤の処方で何度も付き添った)が母を「認知症」と診断していることだった。申立書添付の家庭裁判所「診断書」(成年後見用)には「アルツハイマー型認知症」とあった。所見では「物忘れ症状、会話が成立しない症状あり当院受診となり加療を行っている」。  判断能力判定について「自己の財産を管理・処分することができない」(後見相当)とされ、判定の根拠として(1)見当識 日時は(回答できない)、場所は(回答できる)、近親者の識別は(できない) (2)意思疎通(できないときが多い) (3)社会的手続きや公共施設の利用(銀行取引など)は(できないときが多い) (4)記憶力(問題が顕著) (5)計算力(計算は全くできない) (6)理解力(理解力、判断力が極めて障害されている) (各種検査)HDS-R(19点)  さらに、「制度や申し立ての意味を理解して意見を述べることは不可能」にチェックが入っていた。「成年後見」という響きはいいが、実際には母を旧民法の禁治産者、心神喪失者と考えたのだ。それがどれだけひどいことか姉は承知していたのか?  わたしの意思を伝える「照会書」はたった1枚紙。「ご本人に代わって財産の管理や契約等の法律行為を行う援助者(これを後見人と言います)を選任することによってご本人を法律的に支援する制度」などと書いてあった。必要、不要のどちらかにチェックするようになっていて、もし、「不要」にチェックする場合、その理由を記せ、とある。しかし、たった1行分のスペースしかないことを見れば、ほとんどは「必要」にチェックを入れるのだろう。すぐに家庭裁判所に出掛けた。 「診断書」が重要な判断資料  書記官に面会、審判を始めるならば、「成年後見制度の手引き」に書かれている裁判所の調査員を派遣して、母に面会して状態を調査すべきだと伝えた。母には十分な判断力があり、「認知症」に当てはまらないことを調査員が確認すれば、この申立書の根拠は失われる、と説明。しかし、書記官は「不要」の理由を別紙に記述して提出するように言うだけで、調査員の派遣などの説明はなかった。  「自分自身で財産管理をしたい」。母の意思を確認した上で、自筆の財産管理を望むと希望する書面、それを母が書いている写真、車いすの生活で、重度の難聴のため本当に大きな声を出せば意思疎通に問題はないが、もし、母の状況を知らずに会話しようとすれば会話が成立しない理由、また母がふだん新聞や雑誌の購読を楽しみにしていることなどを写真とともにまとめて記した。  その書面、写真などを裁判所に持参した。担当書記官は不在だったが、別の書記官が親切に書面等を見てくれたうえで、「別の医師の診断書を提出したほうがいい」とアドバイスした。医師という専門家の診断書は、母の自筆文書よりも評価価値が高いようだ。そのときもらった最高裁判所の「成年後見制度における診断書作成の手引き」に、「診断書を判断資料とすることが原則」と記されている。つまり、主治医の診断書に対抗できるのは、認知症専門医の診断書しかないというわけだ。 全く逆転した「診断書」  知り合いの医師に「認知症の専門医」を紹介してもらい、静岡市内の神経内科医を訪れた。この医師に記入してもらった家庭裁判所の「診断書」には「物忘れ症状に対して神経クリニックでアルツハイマー型認知症の診断を受けた。難聴があるため意思疎通困難があるが、大声でしゃべれば通じる」という所見が記された。   判断能力判定について「自己の財産を単独で管理・処分できる」。判定の根拠として、(1)見当識 日時(回答できる) 場所(回答できる) 近親者の識別(できる) (2)意思疎通(できないときもある) (4)社会的手続きや公共施設の利用(銀行取引など) (できないときもある)(3)記憶力(問題はあるが程度は軽い) (5)計算力(可能) (6)理解力(ある) (7)各種検査 HDS-R(25点) (9)その他特記事項 本人は財産管理可能としている。再度能力の鑑定を要す  全く逆転した「診断書」が出来上がった。主治医のHDS-Rの点数は19点、神経内科医は25点。これは一体どういうことか? 認知症の診断は難しい  認知症とは何か?かかりつけ医・非専門医などの医者を対象とした「事例で解決!もう迷わない認知症診断」(愛知県認知症疾患医療センター長、川畑信也著、南山堂、2013年7月発刊)を購入。この本によると、認知症を専門にしない医者たちは「自分には認知症を診断する自信がない」「不安を感じる」などと考えている場合が多いらしい。それだけ認知症診断は難しいと書かれている。  その中でHDS-Rは、改訂長谷川式簡易知能評価スケールのことで、患者の経時的な変化を評価する際に信頼の高い検査方法とされる。30点満点で20点以下は認知症が疑われるが、総得点のみで認知症の有無を判断してはならない、軽度の認知症の段階で21点以上を獲得する患者も多いからだという。  母の場合、主治医の脳神経外科医が19点、神経内科医が25点だった。これをどのように評価するのか? 母の状態を確認しない裁判所  HDS-R検査はどんなものか。  ①お年はいくつですか? ②きょうは何年、何月、何日、何曜日ですか? ③わたしたちがいまいるのはどこですか? ④これから言う3つの言葉を言ってみてください。あとでまた聞きますのでよく覚えておいてください。(例 桜、猫、電車、梅など) ⑤100から7を順番に引いてください。(100引く7は?それからまた7を引くと?) ⑥わたしがこれから言う数字を逆に言ってください。(6‐8‐2、3⁻5‐2‐9など) ⑦先ほど覚えてもらった言葉(桜、猫など)をもう一度言ってください。 ⑧これから5つの品物を見せます。それを隠しますので何があったのか言ってください。(鍵、ペン、硬貨、時計など) ⑨知っている野菜の名前をできるだけ多く言ってください(約10秒間待っても出ない場合はそこで打ち切る)  さあ、あなたは何点を獲得でき、認知症の疑いを払拭できましたか?物忘れがときどきある母が「25点」である。どう考えても認知症を疑うことがおかしいだろう。再び、家庭裁判所へ神経内科医の「診断書」を含めて1件書類を持参した。担当書記官が母の元を訪れて、自分自身の目で確認すれば、母が「認知症」でないことがはっきりとするはずだ。 無責任な主治医の診断  しばらくしてから、書記官から電話をもらった。書記官や調査官が母の元を訪問するのではなく、より高度な神経心理検査、脳画像検査が必要であり、静岡県立こころの医療センターを受診してほしいというのだ。その年の夏は猛暑で、母はなるべく外出を避けて施設でゆっくりと過ごしていた。同センターの担当医師から連絡をもらい、その旨を母に話すと、「同じ検査に行くのはもういやだ」と首を横に振った。それはその通りだろう。何かの治療ではなく、「重度の認知症」かどうかを診断するためだけの検査である。担当医師に話すと、母の心情をよく理解してくれて、そのまま家庭裁判所に連絡してくれた。  わたしは、母の主治医に内容証明郵便で「別の医師の診断とは全く違う。母を心神喪失状態とした診断の医学的根拠を回答ください」という手紙を送った。10日後に4人の弁護士名を連記した回答が送られてきた。その回答には「心神喪失状態などとは診断していない」、さらに「この診断はK医師の行った診断であり、他の医師が検査等を行って別の診断をされることは当然ありうる」と書かれていた。  あまりに無責任な回答である。「アルツハイマー型認知症」と診断されることで、母の名声、信用その他、人格的価値について社会的評価が失墜する可能性が非常に高いのだ。  もう一度、後見申立開始書の主治医「診断書」を見ていて、別紙に「鑑定に関する事項」があった。そこには、「今後、家庭裁判所から精神鑑定の依頼があった場合(鑑定医は精神科医師でなくても結構です)の問いに「鑑定を担当できる」にチェックが入れられ、鑑定費用(5万円程度でお願いしています)には自筆で「10万円で引き受ける」とあった。  認知症の診断にはくれぐれもご注意を!医者の裁量で「認知症」患者がつくられる。主治医のさじ加減ひとつで、母は立派な「認知症」患者となってしまう。果たして、家庭裁判所は2つの診断書を見て、母を「アルツハイマー型認知症」と認定できたのか、どうか。 (審判申立事件の結果等は「認知症のなぞ2」で紹介します)

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リニア騒動の真相6 ヤマトイワナを救え!

生物多様性を守るエコパーク   「ヤマトイワナを絶滅の危機から救え!」  大井川の漁協、魚類研究者、釣り人、南アルプスを愛する人々の切実な声が聞こえる。タイトル写真は「ヤマトイワナとニッコウイワナ」(静岡県内水面漁協の川嶋尚正専務理事提供)。大井川最上流域にレッドデータブック絶滅危惧種のヤマトイワナが生息する。リニア南アルプストンネルがヤマトイワナに深刻な影響を与えるのは避けられない、と魚類研究者は指摘する。   2014年6月、南アルプスはユネスコエコパークに登録。このエコパークは「南アルプス生物圏保存地域」が正式名称。その理念を基に、大切な自然環境を守る「核心地域」、環境教育や観光などで利用する「緩衝地域」、人々が暮らしを営む「移行地域」の3つの地域に区分。地域区分を決める最大の目的は「生物多様性の保全」と「持続可能な利活用の調和」。  「生物多様性の保全」を掲げる南アルプスのシンボルが「ライチョウ」ならば、大井川のシンボルは「ヤマトイワナ」だ。この2つの貴重な種を守れなければ、エコパークの看板を外したほうがいい。  「ヤマトイワナを救え」。待ったなしの緊急課題にどう対応するのか。 発電所と「維持流量」の関係  JR東海のリニア南アルプストンネル計画地を流れる西俣川と大井川本流(合流地点までを「東俣川」と呼ぶ)の合流地点に、1995年中部電力は二軒小屋発電所を設置。同発電所の最大使用量毎秒11トン、発電出力2万6千キロワットで、西俣えん堤(高さ15メートル以下のダムが「堰堤(えんてい)」)と東俣えん堤から取水して、ポンプを使って発電所まで結んでいる。  JR東海はリニアトンネル建設によって、大井川の表流水が毎秒2トン減少するとして、西俣川から導水路トンネル11・4キロを設置、椹島とつなぐ計画を示している。この結果、西俣川、東俣川の表流水は、椹島までの区間、大幅に減水するのは確実である。  水力発電は、河川の「維持流量」を上回った水量のみ使用できる。表流水が減少すれば、当然、発電量は減ることになる。大井川の表流水減少で、もろに影響を受けるのは、二軒小屋発電所、その直下にある田代ダムを水源とする東京電力の田代川発電所。2つの電力会社はJR東海と発電への影響について話し合いを始めているかもしれない。   発電所の「維持流量」は水利権更新ごとに決められ、電力会社が示す維持流量を国土交通省は判断して許可する。「大きな環境変化」がない限り、前回の維持流量が継続されるのが大半だ。  「大きな環境変化」。地球温暖化などによる気候変動が激しい現代で「環境変化」とはどんな状況を指すのか? 県自然環境保護条例の協定目指すJR東海  西俣川の維持流量は毎秒0・12トン、東俣川は0・11トン。もし、通常、この程度の水量しかないとすれば、そこに生息する魚類、水生昆虫などは最低限の生活環境しか与えられない。  現在懸念されるのは、リニア南アルプストンネル建設によって、予測できない水量の減少が起きることだ。長年ヤマトイワナの研究に取り組んできた川嶋専務は「川勝知事の心配するように地下の湧水が山梨県に流れてしまえば、底が抜ける現象が起きて西俣川、東俣川上流は涸れてしまう可能性がある」と指摘。もし、そのような状況であれば、ヤマトイワナは確実に絶滅する。  その危機感を共有して、JR東海は静岡県自然環境保全条例に基づいて、県と協定を結ぶ調整を進めている。JR東海が湧水全量を戻すと表明したのは中下流域への利水の影響を考慮してのこと。減水区間についての対応は県自然環境保全条例にどれだけ寄り添うことができるかに掛かる。利水者という目に見える人々ではないだけに、非常に難しい問題でもある。 20年前の維持流量は本当に適正か?  いまから13年前、2005年夏、田代川第2発電所の水利権更新を機に田代ダムの河川水量回復を目指して、大井川下流域の住民たちが「水を返せ」の大きな声を挙げた。話し合いは難航したが、ついに東京電力は地元の強い姿勢を受け、「維持流量」の放流と大井川への流水還元を行った。  そう、来年3月、二軒小屋発電所が水利権更新を迎える。中部電力が水利権更新を国交省静岡河川事務所に申請した際、静岡県の意見を聞くことになる。いまのところ、担当課の静岡県河川企画課は何ら意見を予定していない、という。  当然、「環境変化」がない限り、中部電力は20年前と同じ維持流量を提示するだろう。維持流量に必要な要素の中にイワナの生息環境も含まれるが、国交省は同じ維持流量で問題ないと判断する可能性は高い。  中部電力、国交省ともリニア南アルプストンネル建設での水生生物への影響は考慮の対象外である。今後、静岡県の環境保全連絡会議では水生生物への影響がテーマになるはずだが、その議論の行方は来年3月末の水利権更新に反映されないだろう。 静岡県、静岡市の連携が必要  静岡県、静岡市は早急に意見交換を行い、相互に連携して維持流量の改善を中部電力に求めるべきではないか。ヤマトイワナにとって、毎秒0・1トン程度の維持流量が適正か?他の水生生物はどうか?リニア南アルプストンネルの影響は?エコパークにかかわる人々の意見を広く聞くべきだ。  20年前の維持流量は現在も適正か?そこが問題の出発点だ。  維持流量の考え方は、河川の適正な利用や河川の正常な機能を維持するため必要な流量として、1988年国交省(当時は建設省、通産省)がガイドラインを決めた。その当時、環境に対する配慮は含まれていなかった。  91年環境庁が初のレッドデータブックを発刊。その後、97年国交省はようやく河川法を改正して地域環境への配慮を盛り込んでいる。環境アセス法が成立したのも同じ、97年である。  二軒小屋発電所は95年7月に運転を開始している。当時は、「生物多様性の保全」に対する姿勢は希薄だった。97年にアセス法が施行されたが、生物環境をめぐる事後調査を行ってはいない。このような社会情勢の変化も「環境変化」ととらえるべきではないか。 いちばん困るのはJR東海  県、市は最近の資料を集め、国交省へ意見を提出すべきだ。ことし3月、静岡市の調査報告でヤマトイワナの生息を確認した。ところが、JR東海のアセス調査ではヤマトイワナは文献のみで、生息を確認していない。  今回のタイトル写真を再掲する。魚体に斑点があるのが移植されたニッコウイワナ。昨年の日本魚類学会で川嶋専務は「斑点のあるのが通常ニッコウイワナだが、斑点のあるヤマトイワナを遺伝子レベルで発見している」と発表。大井川ではニッコウイワナ、ヤマトイワナの混雑種も当然現れているが、純粋のヤマトイワナは西俣川、東俣川上流に確実に生息する、と静岡市の調査員が証言してくれた。  現在作成中の改訂レッドデータブックで大井川のヤマトイワナは、さらに危険度の高い「絶滅危惧1A類(ごく近い将来に絶滅する)」に分類される。ヤマトイワナの生息範囲はますます狭まっている。差し迫った「絶滅の危機」も「環境変化」ではないか。  魚類研究者らは「今回のリニアトンネル建設を機に中電からもっと水を出してもらわなければ、ヤマトイワナは確実に絶滅する」と訴える。  中部電力の「維持流量」がそのままに水利権更新され、ごく近い将来の「ヤマトイワナの絶滅」にゴーサインをだしたとき、いちばん困るのは「ヤマトイワナ」は生息していないとアセス報告を出したJR東海ではないか。リニアトンネルの影響という新たな「環境変化」に対応できるの唯一の方法は「維持流量」の改善しかないと考えるが、違うのだろうか?

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三島市長選の真相 「品格」を見抜く責任は?

高さ変更「歓迎」の記事  「中止をするなら私を殺して」。7月23日、三島市役所で三島駅前再開発事業に反対する市民団体を前に豊岡武士市長が突如、靴を脱いで、部屋の壁を前にして座り込み、「はい、どうぞ殺してください」と目をつむり、両手を合わせて首を下げた。打ち首を待つようなパフォーマンスは全国ニュースに流れ、大きな話題を提供した。市長はその後の記者会見で「再開発事業に対して不退転の決意を示した」と述べた。  4日の知事会見で、読売新聞記者が「三島市長は知事の考えを踏まえて高層タワーマンションの高さを下げると表明した。これについての知事の受け止め方は?」と質問。川勝平太知事は「歓迎する。一方、コンペで負けたグループの計画は勝ったグループより高さは低かった。そちらとの調整をしなければならないのでは」と疑問を呈した。  5日付中日新聞朝刊は『三島再開発 高さ変更「歓迎」』の見出しで知事会見を記事にした。その記事によると、事業計画では、高さ99・5メートル、24階建ての高層マンション建設に対して、知事は「三島駅の玄関口にふさわしくない」と反対、豊岡市長は11月22日の記者会見で「高さを下げる必要がある」と表明し、知事や計画に反対する一部住民に配慮する姿勢を見せた、という。  もし、知事発言のように高さを下げるならば、コンペで負けたグループは黙っていないだろう。本当に大丈夫なのか? 「高さ下げる」表明は記者の誤解?  三島市を取材すると、担当者は「市長は高さを下げるとは表明していない」と驚くような発言をした。もし不審があるならば当日の記者会見資料がHPにあるので読んでくれ、という。  豊岡市長の発言は「高さを下げる必要があると感じておりますので、準備組合や事業協力者に相談するよう、職員に指示をしております」とある。担当者に聞くと、市長は単に「必要を感じている」だけにすぎず、これは”検討する”というたぐいの話らしい。いまだ、市長の指示に従って、高さをどうするかという話し合いは持たれていない。通常、行政の”検討”とは”やらない”に等しい。「高さを下げると表明」は記者たちが誤解しているというのだ。地権者、事業協力者と”検討”して、三島市はマンション計画を変えない可能性がはっきりした。当然、高さは99・5メートルのままだ。  何かおかしい。 選挙の争点から外す戦略  8日三島市に出掛けた。9日告示、16日投票という市長選の掲示板がいたるところにあった。  そうか、選挙前だったのか。7月の”首切り”パフォーマンスに続く、豊岡市長の「不退転の決意」を示す、したたかな選挙戦略だと分かった。知事らに配慮して「高さを下げる必要があると感じている」と”リップサービス”をすれば、選挙の争点から「高層マンションの高さ」は外れてしまう。新聞、テレビが市長発言を誤解してくれれば、まさに市長の思うツボである。  選挙選が終わり、しばらくたってから、3者協議したが、相手側の了承が得られないので、高さは計画通りにすると再表明すればいい。豊岡市長は最後まで「高さを下げる必要」を感じていたが、結果、そうならなかったとしても、市長の責任ではない。当初の計画通りに進めることが3者にとって都合がいいだろう。ただ、選挙前、高さに反対していた市民は「下げる」ものと誤解して、現職候補を支持するかもしれない。  市民(選挙民)はマスコミ報道を信じる。なぜ、記者たちは市長発言を誤解したのか? 「知事の品格」が問われた選挙戦略  2001年7月の静岡県知事選挙。当時、2006年開港予定の静岡空港へ即時中止を求める動きが活発だった。新聞、テレビがむだな大規模公共事業の典型として静岡空港特集がしばしば組まれ、厳しい批判が寄せられていた。その動きの中で、現職知事への対立候補として、元西武百貨店社長が出馬表明、石原慎太郎東京都知事、田中康夫長野県知事、石原軍団と呼ばれる芸能人ら多数が支持を表明、激しい選挙戦が予想されていた。  ところが、空港推進を訴えた3期目の現職が圧勝した。選挙のほぼ2カ月前、現職は空港反対勢力が求める住民投票条例案に賛成して、空港建設は「住民投票の結果に従う」と表明、住民投票案を採決する議会は知事選後に行われることになった。それで、「空港建設の是非」は選挙戦の争点からかき消されてしまった。  現職知事の当選だけで空港建設推進という結論を持つ者はいなかった。空港反対の県民だけでなく、一般の多くの県民が初の住民投票を望み、空港建設の是非を問うことに期待した。予定通りだったのか、過半数を占める自民党県議らが条例案を否決した。住民投票案に賛成した知事が、空港建設が県民をいかに幸せにするのか問いたいと、議会に強く訴えることもなかった。  住民投票条例案賛成は単に姑息な選挙戦略だった。政治家としての器の小ささにがっかりした者が多かった。2009年3月、4期目の知事は空港開港前に建設地の立ち木問題の責任を取り、失職した。県知事選当時、空港利用者150~160万人という予測は半分以下に下回り、毎年赤字を出し続けている。「知事の品格」を見抜けなかった選挙民の責任かもしれない。 ”ミスリード”は現職に有利  三島市の豊岡市長は巧妙な発言を行っていた。記者会見でどの程度低くするかの問いに「技術、経済効果、採算性など多角的に事業者が最終判断する」(静岡新聞)と、高さを下げることを前提にした答弁をした。そのような答弁に記者たちは”検討”ではなく”実施”と誤解したのだろう。  29日の市議会で、三枝邦昭計画まちづくり部長は「知事の考えを踏まえ、高さを下げる」と答弁したと静岡新聞が報道。三島市に確認すると、あくまで市長発言を繰り返しただけで「高さを下げる」とまで明言していない、という。ほぼすべての記者が頭から市長発言を誤解しているようだ。  マスメディアの”ミスリード”は市長選で現職に大いに有利に働くのだろう。「市長の品格」を見抜けないツケはどんなかたちで回ってくるだろうか?

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リニア騒動の真相5 「富士山」情報戦スタート

製紙工場の煙突が世界遺産を妨害?  熾烈な企業買収の世界を描き、NHKドラマ化され人気を呼ぶ、経済小説の第一人者、真山仁著「ハゲタカ」シリーズ。最新作「シンドローム」(講談社、2018年8月)は、東日本大震災後の東京電力(小説では「首都電力」)買収をテーマに政府、電力会社、投資会社の抗争を描いている。その中で、主人公鷲津政彦が保守党最高顧問の政治家、東海林莞爾に策を弄して近づく場面が登場する。  山梨選出の東海林の悲願は富士山の世界遺産登録だった。「富士山こそ日本の魂と主張する東海林はあらゆる手を尽くして、世界遺産登録を画策していたが、静岡側の麓にある大量の製紙工場の存在が禍して、成果を出せずにいた」。その情報を得た鷲津はユネスコの承認を得るためにコネを使った。  ”富士山の世界遺産登録に静岡側の製紙工場が禍(わざわい)?”  その印象的な一節が頭の片隅に残ってしまった。小説とは言え、なぜ、真山氏はそんなありもしない事実を持ってきたのか? 真山仁氏の「誤解」と「事実」の境  その直後、真山氏の最新作「アディオス!ジャパン」(毎日新聞出版、2018年10月)を読んで、はっきりとした。こちらは小説ではなく、「外からの視点でニッポンを見つめる」をテーマにしたノンフィクション。エピソード4「ビバ!富士山」で初の富士登山体験を記し、世界遺産登録の意義などを語っている。  『地元はもともと世界自然遺産での登録を狙っていた。日本の象徴的な山である。ある意味当然の申請だったが、自然遺産登録では「絶対に無理だろう」というのが、世界遺産の詳しい人たちの共通意見だった。  絶対と断言するのは、パルプ工場が静岡側の裾野に広がっているからだ。製紙業は、「公害型産業」などと言われる悪名高き産業である。1970年代には、富士山のお膝元の景勝地である田子の浦で、ヘドロ公害が問題になった。(略)東海道新幹線の車窓から富士山を眺める時に、無数の製紙工場が建ち並んでいて興ざめするのはまぎれもない事実だ』  多くのビジネスマンらが手にする週刊ダイヤモンドで「ハゲタカ」シリーズ、「アディオス!ジャパン」は週刊エコノミスト連載だった。今回のカルロス・ゴーン逮捕のあと、真山氏はNHKスペシャルをはじめ、数多くのテレビ、新聞に登場したオピニオン・リーダーでもある。「真山組」と呼ばれるスタッフを抱えて、小説でも東日本大震災など事実に基づいた情報を集め、分析している。当然、富士山の世界遺産登録でもしっかりと情報を集めさせたはずである。  ところが、真山氏は富士山世界遺産登録を書いた短い文章で少なくとも3つの誤解をしている。危険なのは、真山氏の「誤解」がいつの間にか「事実」として喧伝されていくことだ。もしかしたら、そうなることを意図して書いたのか?  ”東海道新幹線の車窓から富士山を眺める時に、無数の製紙工場が建ち並んでいて興ざめするのはまぎれもない事実だ”。この事実を伝えるために、富士山の世界遺産登録を持ってきたのかもしれない。  そうか、すでに「富士山」とリニア中央新幹線をめぐる情報戦がスタートしていたのだ。 富士山と新幹線は切り離せなかった  2015年9月、静岡県主催の富士山と世界遺産のシンポジウムが開かれた。日本美術史を専門にするロンドン大学のタイモン・スクリーチ教授が「富士山について、どんなイメージを持つのか」という問いに、即興的に簡単な絵を描いた。それは「新幹線と富士山」だった。タイモン教授は「日本を紹介するとき、富士山を写したあと、その手前をあっという間に新幹線が通り過ぎる映像をよく見る。ほとんどの外国人は富士山と言えば、新幹線と一緒の映像を頭に浮かべる」と説明した。  大阪万博を記念した切手をはじめ、さまざまな映画、テレビなどでおなじみの場面だ。いままでは、富士山と言えば、東海道新幹線が欠かせなかった。  しかし、リニア新幹線の登場によって、それががらりと変わるのだ。静岡駅構内にJR東海によるリニア説明パネルには、2027年からおなじみになるだろう、印象的なリニアと富士山の写真を展示してある。(タイトル画像)。いずれ、このような写真が世界中で使われるだろう。  リニアと富士山は切っても切り離せない存在となる? 真山仁氏の3つの誤解  真山氏の3つの誤解を説明する。1つ目は「世界遺産登録が絶対無理だったのは、静岡側の大量の製紙工場群」。2つ目は「地元はもともと自然遺産での登録を狙っていた」。2つは密接に関係している。  2013年、文化庁の本中真・主任調査官が月刊文化財「特集 世界遺産富士山」で「20年に及ぶ世界遺産登録記載への道のり」を書いている。  ちょうどその20年前だ、1993年から3年間余、わたしは富士山を世界遺産に登録する最初の運動に取り組んだ。そのきっかけは、過剰利用からIUCN(国際自然保護連合)総会で最も危機に瀕する国立公園と指摘されたからだ。大挙して訪れる観光客によるごみ、し尿問題、富士スバルライン、富士山スカイラインと直結した観光施設群、手入れされない森林の崩壊、オフロード車の横行などさまざまな問題に直面していた。世界遺産と富士山を結びつけることで環境問題解決の糸口を見つけようとした。  世界遺産は国内法での保全措置が求められる。富士山の場合、文化庁の文化財保護法、環境庁(当時)の自然公園法によって保護されているはずだった。ところが、どちらの法律も「ザル法」で、富士山の保全には全く機能していなかった。  「100万人」署名運動をスタート、全国から246万人もの署名が集まり、いくつもの段ボール箱に入った署名を国会に持ち込み、世界遺産登録に向けて国会請願を行った。大量の署名にびっくりした環境庁、文化庁とも「本当に富士山を世界遺産にしたいならば、『文化的景観』という新たなジャンルで文化遺産登録を目指すように」と親切に指導してくれた。 「文化的景観」とは何か   自然遺産の場合、世界で一番高い、広い、大きいとか、その地域に唯一の貴重な動植物とか他との比較が重要だった。保全管理でも文化遺産に比べて、厳しい規制が求められた。富士山のようなコニーデ型火山は世界中に数多くあり、また動植物の存在を含めて、自然遺産にふさわしい特別の存在ではなかった。  世界自然遺産と富士市の製紙工場群は全く無関係であり、また、地元のわたしたちは最初から、文化遺産を念頭に世界遺産登録へアプローチした。   「文化的景観」という新しい基準の取材のために、ニュージーランドのトンガリロ、オーストラリアのウルル(日本では「エアーズロック」と呼んでいた)を訪れた。トンガリロは先住民族マオリ族の神が住む山々、ウルルはオーストラリアの原住民族アボリジニの聖地だった。すでに自然遺産だったが、新たに「文化的景観」として文化遺産にも指定されたのだ。  「文化的景観」とは、自然景観がそこに住む人々の信仰、文化と強い結びつきを持つことが重要だった。「文化的景観」だけで文化遺産に指定された例はなかった。マオリ、アボリジニとも入植したヨーロッパ人たちから長い間、過酷な扱いを受けてきた。「文化的景観」という考えに先住民族の信仰、文化を尊重することで、彼らとの関係を改善しようという意図がはっきりしていた。世界遺産が西洋のヒューマニズムという価値観で生まれたものであることを再認識した。「日本の象徴」「日本の魂」とは違っていた。 富士山・世界遺産と観光振興  約20年前、世界遺産運動に取り組んだ最大の成果は、富士山地域では「ザル法」だった規制を大きく変え、保護・保全地区と利用地区を区別して、特に保護すべき地域には厳しい規制を敷くことができたことだ。それによって、富士山の保護・保全は大きく前進した。  3つめの真山氏の勘違いは「日本は権威に弱い。逆に言えば、世界遺産という金看板があれば、観光客はわんさかやってくると信じている」と書いたことである。本中調査官は「いまでも過剰利用の富士山だが、世界遺産登録をきっかけに、しっかりとした規制が始まるから期待してほしい」と登録の意義を話した。過剰利用で傷つく富士山の環境を守ることが世界遺産登録の最大の目的だった。  それでも、世界遺産登録によって、山梨側が観光産業振興に大きな期待を寄せたことを否定しない。  戦後になって交通の便がよくなるまで、山梨の人々は富士山を「疫病神」「貧乏山」と呼んでいた。南側の静岡は太陽をいっぱい浴びて、海では魚がとれ、作物も樹木も豊かだ。それに比べて北側は土地はやせ、水も不便で、日陰で寒くてかなわない。貧乏なのはあの山のせいだなどと山梨の人々がぼやいていたことをよく知っている。だから、観光地・山梨県の富士山への依存度が静岡県に比べて非常に大きいのは当然だ。  タイモン教授が言うように、富士山と言えば、新幹線がイメージされてきた。そのために、山梨側には、富士山は静岡のものという強い危機意識があった。リニアの登場によって、そのイメージが変わる。山梨側にとっては絶好のチャンス到来だ。 「情報戦」とは何か?  山梨側に残念なことは、リニア車窓から富士山を眺望することはできそうにないことだ。騒音対策のために地上走行区間をコンクリート製防音フードですっぱりと覆うからだ。車窓から富士山を見ることはできないが、それに代わる映像が流されるだろう。ただし、リニア利用による山梨側を入口とした富士山観光客は大幅に増えるだろう。  ところで、正確な情報の価値、事実を重んじる真山氏がなぜ、3つもの「誤解」をしてしまったのか?  「富士山の世界遺産登録」から「東海道新幹線の車窓から無数の製紙工場が建ち並んでいて興ざめする」と結論づけられれば、なるほどと誰もが思うだろう。「真山組」に、間違った情報を吹き込んだ者がいるはずだ。そして間違った情報は次々と拡散していく。それを食い止めなければ、”富士山の世界遺産登録に静岡側の製紙工場が禍(わざわい)していた”が事実としてまかり通ってしまう。  リニア南アルプストンネルをめぐる問題について、静岡県とJR東海はようやく、議論の緒についたばかりだ。議論を聞いていて、間違った情報と客観的な事実を混在させることで、正確な真相を見抜くことを難しくさせる危険な場面に出会う。  リニア南アルプストンネル問題でも「情報戦」が仕掛けられていると見たほうがいい。「情報戦」とは単純な勘違いや偽装(思い込み)と正確な事実を混ざ合わせ、自分たちにとって都合のよい結論を導き出すことだ。  「富士山」情報戦では過去の経験を踏まえ、正確な事実を伝えることができた。「リニア南アルプス」情報戦はさらに複雑怪奇なものになるだろう。「情報戦」が始まっていることを肝に銘じなければならない。

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リニア騒動の真相4 川勝知事の「飲水思源」

中国・成都郊外の「飲水思源」碑  「飲水思源」。約2千年前、長江の支流に築かれた都江堰は中国最古、当時最大の灌漑施設だった。その立地、構造に優れた都江堰があったからこそ、成都平原はうるおい、四川省の都・成都が長い間、栄えたのである。「水を飲む者は、その源を思え」。都に住む者たちにとって忘れてはならない大切なことばだった。水は生命の源であり、その水を生み出す遠い、遠い源流の地に思いを馳せよ。成都郊外の都江堰にいまも「飲水思源」碑が建っている。 会議は「ガス抜き」と考えるJR東海  21日に静岡県庁で「静岡県中央新幹線環境保全連絡会議」の議論を聞いていて、川勝平太知事が唱える「飲水思源」の思想はJR東海出席者の耳には届いていないことだけがわかった。多分、この議論を何度繰り返しても、知事の思想をJR東海に理解させることは非常に難しいだろう。  「昨年9月に合意協定寸前まで行ったのに、いまになってなぜ、知事がごねているのか、その理由がわからない」と会議後にJR東海社員の一人が正直に話した。会議は「ガス抜き」と考えているのだ。それは、澤田尚夫JR東海環境保全統括担当部長が会議後、記者の囲み取材で述べたことばではっきりとしている。  「きょう発表した資料に新しいものはひとつもない」。そう言い切ったのである。  これは真っ赤な嘘である。JR東海が当日配布した資料「水収支解析で使用した地質調査」で、鉛直ボーリングを実施したのは計画路線上の3カ所しか記されていない。このため、専門委員が「二軒小屋付近でも鉛直ボーリングを行うべきではないか」とただした。これに対して、待っていましたとばかり、澤田部長は新たなスライドを見せて、二軒小屋付近でも3カ所の鉛直ボーリングを過去に実施した、と説明した。  「澤田部長が使ったスライドは新しい資料ではないか」とわたしが聞くと、「専門委員から鉛直ボーリングをやれ、と言われたから、既にやっていると答えただけだ」と答えた。しかし、そのスライドが「新しい資料」であることをあっさりと認めた。  なぜ、そのスライドが配布資料に含まれていないのか、本当に鉛直ボーリングを行い、どのような結果が出たのかなど肝心な答えはなかった。何か尋ねれば、新しいものが次々と出てくる可能性だけは否定できなくなった。しかし、JR東海はそのような質問自体が瑣末なことで本質的な議論とは別である、と考えている。だから、「きょうの資料に新しいものはない」とまで言い切っているのだ。 「入口」が全く違う静岡県とJR東海  静岡県の河川法の許可権限を背景にした、知事の強硬な発言にこたえ、10月末になって、ようやくJR東海は「原則的に全量を戻す」と表明した。これで問題はすべて解決したと見ている。「大井川の中下流の水資源利用に影響はない」とJR東海は主張し、川勝知事の「静岡県民62万人の生命の問題」という発言に首をかしげている。知事の「飲水思源」という思想がそもそも理解できないのだ。  JR東海は南アルプスリニアトンネルの影響が及ぶ範囲を椹島周辺と考え、知事は大井川の水を利用する中下流域まで影響すると見ている。双方の議論の入口が全く違うのだから、いつまでも平行線で議論は交わらないだろう。  そもそもリニア中央新幹線南アルプスルートを採用したときに、南アルプス地域の影響は議論の対象となったが、静岡県中下流域への影響などだれも頭に浮かべなかった。関係者すべてが、静岡県など取るに足りない存在と見たのだ。  そして、いまJR東海を何とか、その議論の入り口まで引っ張り出した。 リニアは静岡県の経済的な停滞状況をつくる  2005年国交省交通政策審議会新幹線小委員会で南アルプスルート、伊那谷ルートを比較した資料を見ると、東京ー大阪間がリニアで結ばれた場合とリニアが存在しない場合の利用客数を予測していた。  リニアがない場合、東海道新幹線東京ー大阪間の利用客は936万人(70%)、その他30%は航空や車を使うことになる。リニアが開通した場合、1151万人がリニア(70%)、東海道新幹線は226万人(14%)、残りはその他になる。リニアによって、6百億円以上の地域経済に効果があり、山梨、長野の世帯当たり所得が大幅に伸びると説明している。  それでは静岡県はどうなるのか?  JR東海にリニア開通後、東海道新幹線利用客が大幅に減ってしまう静岡県のメリットは何かあるのか、教えてくれるよう何度もたずねた。回答はJR静岡駅構内のリニア説明パネルにある「ひかり、こだま号が増え、便利になる」というものだけだった。他にはいまのところ回答できるものはないらしい。つまり、静岡県の産業、経済は山梨、長野などに比べて、深刻な”停滞”状況に入ると言うことだ。 リニアによって大打撃の静岡県  2010年10月、新幹線小委員会は、南アルプスルートが伊那谷ルートに比べて費用、経済効果とも大幅に上回ると上申した。環境的な理由を含めて、多くの経済的なメリットを挙げた。年間約9百億円もJR東海の利益は上回ると見積もった。当然、その利益の一部を、リニアによって極端に利用客減少が見込まれる東海道新幹線振興策へ回すという議論などなかった。  当時の資料に、伊那谷ルートに53の代表的な湧水があるが、南アルプスルートはゼロであり、湧水をひとつも破壊することのない南アルプスルートが環境的優位性に勝るとしていた。南アルプスエリアのみを近視眼的に見ただけで、中下流域の影響など考慮する資料はひとつもなかった。当時の小委員会メンバーに河川工学や地質工学の専門家は含まれていなかった。  21日の会議で、静岡県中央新幹線対策本部長の難波喬司副知事が「協議方針」の資料を配布した。そこに「リスク(危険度)」と「ハザード(危険の源)」の説明があった。リニア南アルプストンネルが「ハザード」であり、静岡県民の生命が「リスク」である。知事の「飲水思源」の思想であり、JR東海には無縁のことなのだろう。知事、副知事は、リニアトンネル建設だけでなく、リニア開通後の「リスク」も議論されるべきだ、と見ているのではないか。副知事の協議方針に「リスクコミュニケーション」とあった。お互いの「リスク」を理解した上で、互いに歩み寄れば、成果が生まれる。だから、コミュニケーションを求めている。JR東海はリニア開通によって、さまざまな便益を得る予測をしているが、静岡県は水環境を含めてさまざまな損失をこうむる。そのアンバランスをたださなければならないのだ。 人口減少に歯止めがかからなくなる  知事も副知事も「河川法の許可権限」を取引材料にしないと重ねて明言した。これはその通りである。しかし、リニア開通後に最も大きな痛手をこうむるのは、島田、掛川、焼津、藤枝などの地域である。静岡市だけでなく、この地域の人口減少に歯止めが掛からなくなるだろう。そのとき、政治が何をできるのか。そこに知事、副知事の戦略がほの見えてくる。  リニアトンネル建設とともにJR東海にとって東海道新幹線の振興策は大命題だ。JR東海は、静岡県とともに、この問題に汗をかくと表明すればいいのだ。静岡駅構内の説明パネルの「ひかり、こだま号が増え、便利になる」。そんな木で鼻を括ったような回答では、この問題はいつまでも解決しないだろう。 「水の源流を妨げる者たちは、水を生命とする者たちに思いを馳せよ!」

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川勝VS田辺1 ”歴史博物館”建設は棚上げを!

駿府城跡地が博物館機能を有する  川勝平太静岡県知事は6日の記者会見で、2021年秋以降にオープン予定の静岡市歴史文化施設建設を「いったん棚上げすべき」という意見を述べた。「駿府城跡地自体が博物館機能を有し、旧青葉小学校跡地に博物館を建設すれば二重投資になる」という理由書を静岡市に送っている。それに対して、7日、田辺信宏市長は来年4月の市長選出馬表明とともに、「歴史文化施設建設の見直しはしない」と明言した。  今回の川勝知事と田辺市長との論争では、軍配は知事に上げるべきだ。 「世界の笑い物」になる可能性  知事の「駿府城自体が歴史博物館である」という認識は正鵠を射ている。本サイトでも「大御所石垣公開プロジェクトを目指せ」(https://shizuokakeizaishimbun.com/2018/11/11/oogosho/)という記事をUPしている。それだけではない。この博物館計画を調べていくと、あまりにずさんな内容が明らかとなった。「世界に輝く静岡」5大構想の1つとしているが、このままでは50億円から60億円という多額の事業費が無駄になることは想像に難くない。「世界に存在感を示す」を掲げているが、「世界の笑い物」になる可能性さえある。  将来に禍根を残してはいけない。田辺市長には「説明責任」が生じている。いったん、この大型プロジェクトを中止すべきだ。 展示目玉は本物ではなく「レプリカ」  何よりも、歴史博物館をなぜ、つくるのか、その理由を説明しなければならない。コンセプトが最も重要である。静岡市と静岡県が共同で取り組んだ「日本平夢テラス」は「日本一の富士山眺望」を訪れる観光客に楽しんでもらうコンセプトがあった。本サイトでは「日本平夢テラス ”稼ぐ”ことを意識せよ」という記事をUPした。(https://shizuokakeizaishimbun.com/2018/10/31/n/)  翻って歴史博物館の展示内容を見ればコンセプトが明らかになる。静岡市の説明によると、目玉展示は久能山東照宮所蔵の家康所用「歯朶具足」(国重要文化財、右の写真)、静岡浅間神社所蔵の伝家康着用「紅糸威腹巻」のレプリカだという。この2つのレプリカ制作費用が7千万円という金額にも驚いたが、目玉展示がレプリカで、そのために50億円以上の施設事業費を掛けるのは異常である。これで観光客を博物館に呼び込めるはずもない。 本物展示でも来館者は少ない  久能山東照宮博物館は家康所用の3つの甲冑(歯朶具足、金陀美具足、白檀具足)など国宝、重要文化財78種185点、歴代将軍の63領もの甲冑など2千点もの将軍コレクションを所蔵している。しかし、観光客の多くは14棟の国宝社殿や重要文化財の楼門、神楽殿、家康神廟(墓)などを参拝していくが、博物館への来館者は非常に少ない。もっと悲惨なのは、「紅糸威腹巻」を展示する静岡市文化財資料館(静岡浅間神社内)にふだん、ほとんど来館者の姿がないことだ。たとえ本物を展示していても、博物館を訪れる観光客は少ないということをまず、認識すべきだ。  そのために、久能山東照宮ではスペイン国王から家康に贈られた西洋時計(重要文化財)のレプリカを制作、本物の隣に並べて来館者を増やす努力をしている。大英博物館キュレーターから絶賛された西洋時計は摩耗を防ぐため保存展示して、その代わりに、内部の状態を見せる精巧なレプリカを動態展示している。ロンドンの古時計保存管理士による制作費用は約1千万円。日本を代表する複数の甲冑師に聞いたが、7千万円という甲冑レプリカ費用に首をかしげ、その値段に見合う来館者はないと断言した。 「徳川家康ミュージアム」の失敗  静岡市によると、歴史博物館ではビジュアルに家康の生涯を見ることができることも「売り」だと説明した。  2006年11月にオープンした「徳川家康ミュージアム」(静岡市駿河区古宿)をご存じだろうか?歯朶具足(レプリカ)着用の関ヶ原合戦に向かう馬上の家康をはじめ、家康の生涯をビジュアルに紹介、さまざまに展示の工夫が施された。目玉の一つとして家康の眼鏡、日本最古の鉛筆、コンパスなど精巧なレプリカを展示。さらに、施設隣に久能山東照宮の分社まで設置した。ところが、訪れる観光客はほとんどなく、現在、閉鎖状態である。  歴史博物館は、徳川家康と今川義元をメーンテーマに「観光施設」として多くの観光客が足を運ぶような博物館を目指しているというが、現状や過去の事例などを見れば、オープン前から将来の悲惨な姿が予測できる。  ここは、川勝知事の「いったんガラガラポンにすべき」という意見に従うべきだ。「日本一の天守台跡発見」などによって、駿府城跡地の利活用は今後議論されていくのだから、いったん中止にする理由は十分ではないか。施設設計費などの違約金を支払うのも仕方ないだろう。  わたしは地下に「大御所石垣公開施設」をつくり、地上には来館者が数多く訪れる博物館のアイデアを次回の「ニュースの真相 川勝VS田辺2」で提案したい。

ニュースの真相

リニア騒動の真相3 ”越すに越されぬ大井川”

静岡県は”切り札”を隠している?  「山梨県へ流れ込む地下湧水の全量すべて戻せ」。そのためには「リニアのルートを変えることを考えたほうがいい」と“脅し”とも取れる発言をした川勝平太静岡県知事。  そんな強硬な発言とは裏腹に、日経ビジネス特集記事では「立派な会社だから、まさか着工することはないだろう」と弱気な一面も見せていた。  知事の発言からは、静岡県はJR東海の「着工強行」をストップさせる“切り札”を持っていないようにも見える。しかし、JR東海は静岡県と協定書を結ぶために、知事の発言に沿うよう「全量を戻す」と発言、驚くほどの低姿勢に徹している。しかし、11月7日の記者会見で川勝知事は「全量回復」表明でようやく対話の段階に入ったと、さらにハードルを上げた。両方の綱引きを冷静に見れば、静岡県が何らかの許可権限を持っていると考えるしかない。 4百m地下トンネルと河川の関係   南アルプスを貫通するリニアトンネルは全25キロのうち、静岡市内10・7キロを通過する。  もう一度、大井川水系用水現況図を開いてみよう。リニア中央新幹線の南アルプストンネルは、大井川の本流(東俣川)と支流(西俣川)の地下約4百メートルを通過する計画である。  東海道新幹線では、大井川を鉄橋でわたるが、リニア新幹線の場合、地下約4百メートルの地中深くのトンネルを通過する。リニアトンネルの通過は深い地下のことであり、はるか上を流れる大井川とは全く無関係のように見える。  本当にそうなのか?  地下深くを通過するトンネルだとしても、河川に建設される工作物である。そんな事例は過去にあったのか。この点を調べていくと、思いもしなかった許可権限が明らかになった。 地下トンネルも河川法の対象  大井川は、中下流域約40キロまでを国土交通省、そこからの上流域約130キロを静岡県が河川法に基づいて管理している。となると、リニア建設予定地の大井川最上流部は静岡県が管理している。  静岡県河川砂防局に出向き、その法律について説明してもらった。  大井川の管理は国と都道府県が行い、河川区域内の土地を占用しようとする者は、河川管理者の許可を受けなければならない。これが基本だ。  河川区域内の土地に、工作物を新築する者は河川管理者の許可を受けなければならない。焦点は「河川区域内の土地」に、約4百メートルの地下も含まれるかどうかだ。  担当者ははっきりと「どんな深い地下でも含まれる」と回答した。 審査基準は「利水上の支障」  国土交通省にも確認した。こんな地下深くのトンネル建設は前例のないケースであり、そんな地下トンネルが河川法の対象になるなど、誰も考えなかっただろう。  橋や発電所だけでなく、地下深くのトンネルも河川管理者の許可を得なければ、建設できないと、法律が定めている。  JR東海は、静岡県との合意がなくても、静岡県内の南アルプス地域でリニアトンネル建設の着工はできる。しかし、いざ、大井川本流、支流部分に近くなり、その部分を貫通するためには、静岡県へ申請を行い、許可を受けなければならない。  静岡県と「水環境問題」で対立するJR東海は、この面倒な問題を抱えていることを十分承知しているのだろう。だから、川勝知事の強硬発言にも低姿勢を貫いている。  静岡県によると、JR東海から申請は出されていないとのことだ。申請書が提出されれば、静岡県はすぐにでも審査に入る。重要なのは許可のための審査基準となってくる。法律には「治水上又は利水上の支障を生じないものでなければならない」と記されている。 トンネル建設は完全にストップ  地下トンネルによって「利水上の支障」が生じるのかどうかは、現在の静岡県とJR東海の議論を見れば、一目瞭然である。  いま一度、JR東海と静岡県の争点をおさらいしてみたい。  リニアトンネルで想定される大井川の減少流量について、JR東海は約2トンと推定して、「1・3トンは導水路をつくって戻し、残りの0・7トンは必要に応じてポンプアップして戻す」という対策を説明、これに対して、知事は「減少流量を毎秒約2トンとした根拠が全く分からない。山梨県側に流れていくだろう湧水全量を戻せ」と主張、真っ向から対立してきた。毎秒2トンの根拠をすべて提出したうえで静岡県の有識者会議で精査するとまで言っている。JR東海は「大井川の中下流の水資源利用に影響はない」と主張してきたが、川勝知事は「静岡県民62万人の生命の問題」と反発、双方の入口が違うので折り合いはつかない可能性は高い。  JR東海は県と協定を結び、合意を図ることを目指しているが、実際には県との合意がなくても、トンネル工事に着手できる。日経ビジネスの記事に腹を立てたJR東海幹部の「着工強行」という発言が報道された。  しかし、JR東海がトンネル工事に入ったとしても、もし、静岡県が河川法に基づくJR東海の申請を「利水上の支障」に当たるとして却下できる。川勝知事が何度も繰り返す「県民の生命の問題」は立派な”大義名分”となり、「利水上の支障」を理由に許可しないだろう、とJR東海も見ているだろう。  いくら着工できても、肝心の許可が出ない以上、一歩も先へ進まない。リニアトンネル建設は”越すに越されぬ大井川”となる。  その時点でリニアトンネル建設は完全にストップしてしまうのだ。 JR東海の申請はこれから  リニアトンネル建設予定地の大井川本流は標高約1400m、支流の西俣川は標高約1450m辺りだ。2つの川は、中部電力の二軒小屋発電所近くで合流するまで、他の河川同様に滝のような急流なのだろう。  静岡県担当者に、それぞれの川幅はどのくらいあるのか聞いた。大井川本流は川幅8m、西俣川は川幅8~15mとの回答を得た。西俣川の源流部は烏帽子岳(標高2726メートル)の頂上付近まで伸びているが、実際にそんな場所へ行ったことのある人は数少ないだろう。そんな場所での問題だ。  万が一、川幅がたった1メートルだったとしても、静岡県が首を横に振れば、リニア新幹線の建設は1メートルのために前に進まない。JR東海が「着工強行」に踏み切れない理由はここにあった。  河川法の審査期間は標準28日間。担当者によれば、審査は、河川への影響対策が「十分」か「不十分」かについて判断する、という。いつJR東海が申請するのか、工程表が明らかにされていないので、その工事内容を含めて全く分からない状態だ。  一般的に、公共性の高い橋やトンネルを建設するのであれば、書類の要件が整っていれば「申請」の時点で、右から左へ「許可」が出される。  ところが、今回は全く事情は違う。「県民の生命の問題」として強硬発言をしてきたのだから、JR東海の対応によっては川勝知事は首を大きく横に振るだろう。 県知事はなぜ、沈黙しているのか  不思議なのは、川勝知事はこの許可権限を一言も記者会見で明らかにしていないことだ。記者たちの質問もないから、知事のほうから積極的にこの許可権限の存在を口にすることはない。沈黙に徹している。  先日、静岡県水利用課に出向いて、この許可権限の話をしたが、担当者は全く承知していないように振る舞った。取材していて、実際に担当者は知らないのかもしれない、と疑った。いくら担当課が違うと言ってもこれはおかしい。  多分、この水環境問題で重要なカギを握るのは、「難波喬司副知事」をトップに“オール静岡”と知事が呼ぶ、関係自治体の要請を受けた県庁組織なのだろう。そこでたたいているのかもしれない。  川勝知事は河川法の許可権限について沈黙を守っている。もしかしたら、この”切り札”ともいえる許可権限を“オール静岡”の戦略会議で、どのように使うのか、まだ固まっていないのではないかと疑ってしまう。  知事は記者会見で「鉄道のトンネル工事が計画通りにいかないことはよくある」とトンネル工事がいかに難しいかを承知している。JR東海の「『原則的に』静岡県内に湧出するトンネル湧水の全量を大井川に流す措置を実施する」という回答書の『原則的』の文言に不満を示したが、『原則的』が鉄道のトンネル工事ではやむを得ないことも腹の底では理解して、そう言っているとしか思えない。  知事はJR東海に一体、何を求めているのだろうか? 川勝知事の次の一手は?  「ニュースの真相 リニア騒動の真相3」で紹介したから、いずれ、この許可権限は表面化するだろう。もし、静岡県がストップを掛ければ、1分1秒の遅滞なく、東京、大阪間をリニアで結びたいJR東海だから、静岡県に政治的なプレッシャーを掛けてくるだろう。   ただ、川勝知事は記者会見で「日経ビジネスの記事がリニアの本質的な問題をついたから経済界に激震が走った。これでリニア推進という環境に変化が起きた」と話し、「2027年開通はJR東海の事情であり、単に企業目標」と、何よりも静岡県の水環境問題の解決を優先する姿勢を示した。たとえ、安倍首相の強い要請があったとしても、知事は柳に風と受け流すだろう。  もし、静岡県が不許可にすれば、JR東海は不服審査を国へ申し出る。国は静岡県の不許可理由を聞いた上で、もし、JR東海の申請に問題がないと判断すれば、意見を付けた上で申請を静岡県に差し戻す。それでも、静岡県が不許可と判断すれば、JR東海は法的措置を取るしかない。法廷闘争に移り、長い時間がさかれるだろう。  そんな悠長なことをやっている余裕がリニア建設にあるとは思えない。しかし、静岡県が黙って許可を出さなければ、実際にはそうなるだろう。リニアトンネル建設に際して、田辺信宏静岡市長は「140億円のトンネル」の“補償”をJR東海から勝ち取り、南アルプス観光の糸口をつけた。  JR東海は南アルプストンネルの直線ルートに決めたとき、静岡県の存在を全く考慮に入れていなかった。JR東海は長い間、静岡県を甘く見てきた。今度も「大人しい」静岡県は黙って許可を出すものと踏んでいたのかもしれない。いまや、「大人しくない」川勝知事がひと筋縄ではいかないことを痛感しているはずだ。  1970年代に始まったリニア計画。東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、愛知の各都県は期成同盟会をつくり、「交通大革命」リニア開業が中央沿線に大きな恩恵をもたらすと確信、積極的な役割を果たしてきた。  2011年5月、南アルプスを貫通する「直線ルート」の採用によって静岡もリニア地元県となった。しかし、リニア開業は静岡県の「衰退」に拍車が掛かると誰もが知っている。川勝知事の「深慮遠謀」に大いに期待したい。

ニュースの真相

リニア騒動の真相2 「140億円トンネル」ー南アルプス観光の象徴

よくやった!田辺市長  日経ビジネス8月20日号大特集「リニア新幹線 夢か悪夢か」は川勝平太静岡県知事の発言をクローズアップ(「リニアの真相1」で紹介)、その対比で静岡市を“悪者”扱いしている。  「JR東海は、リニアの完成が遅れれば、収入のないまま巨額の投資を続けることになる。その焦りから、カネで解決しようとする。大井川の水量問題で静岡県だけが工事に入れない。そこでJR東海は静岡市と工事連携の合意を取り付けた。だが、その見返りに、地元住民が要望していた3・7キロのトンネルをJR東海が全額負担して建設する。その額は、140億円にも上る。しかし、県知事や市民団体から猛烈な批判を浴びると、市長は大井川の問題についての発言だけ撤回。結局、JR東海は巨額のカネを突っ込みながらも、着工のめどが立たない」。  記事中にある「そこで」とか「だが、」、「しかし、」という接続詞に注意してほしい。正しくない接続詞の使い方によって、記事が悪意に満ち、内容も正確性に欠ける。  静岡市が「140億円」の札束で、JR東海に屈したような印象を持たせる記事に仕立て上げた。そんなことは決してない。「140億円」のトンネル工事は、政治家、田辺信宏静岡市長のお手柄であり、面目躍如と言っておかしくない。  「よくやった!田辺市長」の声が、各方面から聞こえてくる。 ポイントは静岡市の道路使用「許可権限」  JR東海は静岡県と大井川の水量環境問題で合意形成を目指している。その話し合いが物別れに終わったとしても、水環境問題を理由にJR東海は「着工のめどが立たない」わけではなく、リニアトンネル建設の着工を強行できる。合意形成は単に道義的な責任問題であり、法律要件ではないからだ。川勝知事は怒り心頭だろうが、着工をストップさせる権限は静岡県及び大井川沿線の自治体にはない。  「大井川の水量問題で静岡県だけが工事に入れない。そこでJR東海は静岡市と工事連携の合意を取り付けた」わけではない。  静岡市は、リニアトンネル建設の工事車両を南アルプスエコパーク内(東俣林道)で通行させる許可権限を持っている。そのための合意である。水の問題とは全く違うのだ。記事は、あたかも田辺市長が「抜け駆け」して大井川の水環境問題で合意したかのような印象を与えている。  そもそも、静岡市は大井川広域水道の受水自治体(島田、焼津、掛川、藤枝、御前崎、菊川、牧之原の7市)に入っていない。   JR東海が南アルプス地域でリニアトンネル工事に着工するためには何としても静岡市の道路使用許可が必要だった。日経ビジネスはその事実を全く書いていない。静岡市は、JR東海と水面下の交渉を続け、道路使用許可などの行政手続きを速やかに進める代わりに、山間地域・井川住民の求めていた、約4キロのトンネルを整備させることに成功した。工事を進捗させるための“補償”に見えるが、JR東海は「140億円」のトンネルをリニアトンネル建設車両通過のためとしている。  どちらであっても、静岡市民としては万々歳である。 トンネル建設で20分の時間短縮  知事はじめ大井川流域の首長はJR東海、静岡市の「基本合意」締結を批判したが、静岡市は地域住民の生活を守る役割を果たしただけである。  記者会見の中で、田辺市長が「(大井川の水環境問題で)現実的に対応可能な最大限の提案をしている」とJR東海の対応を高く評価してしまった。お互いに納得した上で基本合意にこぎつけたのだから、相手の取り組みを手放しで評価するのもうなずけるが、そこは大人の対応が必要だったかもしれない。  すぐに川勝知事は「水環境問題の本質を全く理解していない」と発言の撤回を要求、4日後に田辺市長は「問題が決着したかのような誤解を受ける発言だった」と知事の要求を受け入れた。この撤回に対して、川勝知事は「(田辺は)市民、県民の信頼を失い、県職員の信用を失った」と批判、撤回を厳しく要求しておいて、これも大人の対応ではない。  リニアトンネル建設予定地の南アルプス国立公園地域は静岡市域内である。  静岡市は貴重な自然財産・南アルプスを活用したかったが、アクセスに大きな問題を抱えていた。  約4キロのトンネル建設で、20分間の時間短縮を図ることができる。「140億円」のトンネル建設は、新東名静岡インターからのさらなるアクセス整備のきっかけにつながるはずだ。  日経ビジネス記事で、川勝知事は「おとなしい静岡の人たち」と表現した。田辺市長もその静岡人だから、川勝知事の厳しい批判に耐えて黙っていたのだろう。今回のJR東海との交渉では、静岡市長として田辺は政治的な役割を十分果たした。ふだんは頼りないように見えるが、評価すべきところはちゃんと評価したほうがいい。  大井川の水環境問題は、京都府出身で生粋の静岡人ではない、つまり、「おとなしくない」川勝知事が何とかしてくれるだろう。 知事の「井川地区ほったらかし」批判  2017年川勝知事は「静岡型県都構想」を提唱、静岡市を廃止して、「県都」として「特別区」設置を訴え、「特別区を設置して、身近な行政は身近な行政体がやるべき」と静岡市に挑戦状を投げつけた。「県庁所在地の静岡市に2人の船頭は不要」と発言をした。さらに浜松市に比べ、静岡市は自立心に欠け、二重行政で県におんぶに抱っこだとも批判した。田辺市長を「クン」呼ばわりするなど、早稲田大学後輩の田辺市長を何度も貶めた。  2017年5月県知事選の最中、川勝知事は次のように批判した。  「静岡市は人口70万人を切った。葵区は広く、南アルプスの裾野の井川地区はほったらかしだ」  そんな批判に、田辺市長はじっと耐えたのだろう。それが今回の基本合意につながり、井川住民の信頼を勝ち取った。それなのに、関係自治体の首長らは「抜け駆け」と批判、「寝耳に水」の川勝知事も怒り心頭だった。今回、JR東海との交渉を最後の最後まで川勝知事へ知らせなかったことが一番の怒りを買った要因だろう。ただ、もし、知らせていたら、基本合意はできなかったかもしれない。  「おとなしい」静岡人でもそのくらいの意地があったのだ。お互いに刺激しあうことで人口減少に悩む静岡市に南アルプス開発の夢を与えられる。基本合意だから、今後、具体的な協議に入らなければならない。南アルプスエコパーク内の工事に入る前までに、ちゃんと140億円トンネルをまとめてほしい。  JR東海との合意を生かして、“オクシズ”と呼ぶ山間地域へのさらなる支援につながっていくよう大きな期待が膨らむ。  ※日経ビジネス・大特集「リニア新幹線 夢か、悪夢か」(2018年8月20日号)                               パート1「速ければいいのか 陸のコンコルド」、パート2「安倍『お友だち融資』3兆円 第3の森加計問題」、インタビュー「どうにもとまらない 葛西名誉会長インタビュー」、パート3「国鉄は2度死ぬ」 各パートの題名の通り、リニア新幹線に対して多くの疑問、疑惑、反対運動などを紹介している。  著者の一人、金田信一郎氏は2016年6月「巨大組織が崩れるとき 失敗の研究」(日本経済新聞出版社)を発表。日経ビジネス記事には「JR東海は『平成』の終焉の象徴になるかもしれない。平成を跋扈したのは、民間の皮をかぶった政官財複合企業だった。(略)その経営が杜撰かつ無責任な状態に陥っていく。リニアはそんな『平成』が生み出した怪物」と「失敗の予感」さえ伝える。  1979年リニア建設を望んだ沿線9都府県(静岡県は入っていない)が期成同盟会を設立、92年に沿線学者会議も設立され推進に向けて地域一体となって積極的に取り組んできた。日経ビジネス記事の中には「東海道新幹線だって、最初は『世界の3バカ』と言われた」と紹介。静岡県は1964年の「世界の3バカ」東海道新幹線開通でさまざまな恩恵を受け、発展した。  2027年東京―名古屋、2037年頃東京―大阪が開通予定。交通大革命と呼ばれるリニア新時代が始まる。  日経ビジネス記事は「リニア新幹線が必要」と訴えてきた中央沿線の人々に冷や水を投げ掛けたことは確かだ。 ※掲載の新聞記事は静岡新聞2018年6月20日夕刊です。  

ニュースの真相

リニア騒動の真相1 ”塗炭の苦しみ”-嘘か真実か

JR東海の説明を受け入れない静岡県  日経ビジネス2018年8月20日号特集「リニア新幹線 夢か悪夢か」。川勝平太知事の真剣な表情をとらえた写真とともに「静岡県の6人に1人が塗炭の苦しみを味わうことになる」という発言が載った。リニア中央新幹線南アルプストンネル建設は「県民の生死に関わる」影響をもたらし、「ルートを変えることを考えたほうがいい」と提案。いまさら「ルート変更」ができないことを承知しての“脅し”に聞こえた。  なぜ、知事はそんな“脅し”めいた発言をしたのか?  南アルプストンネル建設予定地は、大井川の中下流域から百キロ以上も上流部に位置する。約百キロの間には、二軒小屋発電所から始まって20の発電所、畑薙第一、井川や長島など14のダムがひしめく。その中でも、2002年に完成した多目的用途の長島ダムは、知事が「塗炭の苦しみを味わう」と表現した約60万人へ水道用水を供給する。  「リニアのルートを変えろ」と求める静岡県に対して、長島ダムは“水がめ”の役割を果たせなくなると大騒ぎしていない。どう考えても知事の“脅し”には無理がある。  JR東海との綱引きを行う真相はどこにあるのか? JR東海はすべての資料を明らかにせよ  JR東海はトンネル建設に伴う大井川の減少流量を毎秒約2トンと推定、西側に導水路トンネルをつくり1・3トンを大井川本流に戻し、山梨県側に流れていく残りの0・7トンを「必要に応じて」ポンプアップで戻す対策を提案した。つまり、毎秒2トンの減少流量がなければ、ポンプアップの必要性がないというのがJR東海の説明。  これに対して、静岡県は、JR東海が毎秒2トンの減少流量を試算した根拠を公表していないことに不信感を抱き、大井川の減少流量2トン分だけでなく、山梨県側に流れるだろう地下湧水すべてを常時ポンプアップして戻せ、と訴える。  JR東海は工事着手後及び工事完了後にもモニタリングをした上で、何か不都合があれば改善していくと説明する。一方、静岡県水利用課は「本当かどうか分からない数字に基づいており、その対策が有効かどうかさえ疑わしい。JR東海側がすべての資料を明らかにした上で検討しなければ、いつまでも疑問は解決されない」と一歩も引かない。  JR東海が主張する通り、実際にやってみなければ分からないことも事実だ。 河川の正常な機能「維持流量」守る  そもそも、知事の発言に大きな疑問を抱くのは、百キロ以上も離れた中下流域のことであり、本当に中下流域に甚大な影響を及ぼすものだろうか?  大井川水系用水現況図を広げてみて、すぐに気づくことがある。  リニア新幹線南アルプストンネルからいちばん近いのは、二軒小屋発電所(中部電力)である。  同発電所は毎秒11トンの最大使用量を許可されている。来年3月末に水利権の更新を迎える。水利権で最も重要なのは、「維持流量」である。  維持流量とは、河川における流水の正常な機能を維持するために必要な流量とされ、当然、中下流域の水利用の影響を踏まえて決められる。発電できるのは、維持流量以上の流水がある場合に限られる。JR東海が計画する導水路は、二軒小屋発電所の下流にある椹島とつなぐのだから、大井川の流量減少の影響をもろに受けるのは、二軒小屋発電所となる。毎秒2トン減少したとしても、中電は維持流量を守らなければならない。  大きな影響を受ける中部電力が大騒ぎして、JR東海とこの問題で交渉している話は表面化していない。中部電力に問い合わせたところ、「その件はノーコメント」という回答。多分、名古屋に本社がある民間同士だから水面下での交渉を続けているのだろう。  発電量が減るようなことになれば、何らかの“補償”になるのかもしれないが、二軒小屋発電所は利水に対する義務は果たし、大井川の維持流量を守るだろう。 南アルプスから豊富な水を供給  大井川の本流は間ノ岳(3189メートル)を源流に駿河湾まで約168キロの長さ、流域面積1280キロ平方㍍の大河川だ。その間には日本第2位の高さ、白根北岳(3192メートル)、荒川岳、赤石岳、聖岳など3千メートル級の南アルプス13座の山々が連なり、北アルプスに比べて降水量も多く、リニア建設地から下流域の数多くの支流から本流に流れ込み、長島ダムなどに水を供給している。  山梨県側へ流れるという地下湧水が大井川本流部にどのくらい影響するのか、それはあまりに難しい話だ。また、山梨県側に流れ込む地下湧水は、いずれ富士川水系に入り、静岡県へ供給される。もし、西側へ地下湧水が流れ込んだとしても、いずれ天竜川水系に入り、これも静岡県を潤すのだ。  JR東海は少なくとも大井川の減少流量毎秒約2トンの対策を立て、国に環境影響評価書を提出、認可を受けた。環境影響評価書が科学的正確性を欠くのは、約4百メートル地下に建設されるリニアトンネルは工事以前には不明なことが多いというのが本当のところだろう。 国の長島ダムは“水がめ”の役割  1億トン以上の貯水量を誇る井川ダムを経て、国交省は大井川で初めての洪水調節、流水の正常な機能の維持を図り、水道、工業用水利用などを行う長島ダム(有効貯水量6800万トン)を建設した。もし、水量減少で“水がめ”の役割を果たせなくなる恐れがあるとしたら、長島ダムは真っ先に大騒ぎしなければならない。上水道への目的で利水関係7市に最大毎秒5・8トンを供給しているからだ。  国交省は「河川への影響が出ない対策をJR東海が採るべきだ」と話すが、今回の流量減少毎秒約2トンの対策については一応評価している。  「静岡県とJR東海の合意形成を図ってほしい」と話し、それが地下湧水の減少を常時ポンプアップすべきとまで話していない。これは、ポンプアップすることでの環境への負荷、その費用対効果の問題や地下湧水の減少が果たして大井川にどのような影響を与えるのかまで図りきれないからではないか。 リニア計画では“蚊帳の外”静岡  川勝知事の“塗炭の苦しみ”という表現には驚いた。  水量が大幅に減少、水道水として利用する下流域にある七市(島田、焼津、掛川、藤枝、御前崎、菊川、牧之原)約62万人が「泥にまみれ、炭火に焼かれる」(塗炭)ような、ひどい苦しみを味わうことになるというが、どうも過剰な表現のような気がする。  大井川だけでなく、天竜川、富士川、狩野川、安倍川の5大河川に恵まれ、富士山という自然の“水がめ”もあり、他県に比べれば、水はうらやましいほど豊かだ。  JR東海の対策について、川勝知事は「(地下湧水)全量を常時戻してもらわなければ、県民の生死に関わる」と握りこぶしを振り上げたが、他県の人たちから見れば、何とも説得性に乏しい。  2011年5月、国は「リニア中央新幹線」整備計画を決定、静岡県の南アルプスを貫通する「直線ルート」が採用された。  1970年代に始まったリニア計画。中央線沿線の東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、愛知の各都県は、静岡を通過しない茅野、伊奈周辺の「迂回ルート」を強く要望した。ところが、蓋を開けてみると、最も採算性の高い東京-名古屋間を40分で結ぶ「直線ルート」を選択した。  40年以上も過ぎ、最後の最後に静岡もリニア計画の地元になった。長年さまざまに取り組んできた、静岡を除く各県は、リニア新駅設置で驚異的な恩恵を得るとして、各県民とももろ手を挙げての大歓迎ムードに包まれた。静岡県はお祭り騒ぎを黙って見ていたにすぎない。  しかし、いまや他人事ではなく、静岡県もリニア新幹線建設の地元県である。 厳しい要求を通す“権限”は?  川勝知事は南アルプスに登って現地を視察、リニア長大トンネルが静岡県に何ら利益をもたらさず、下流域に深刻な影響を与える可能性を知るや、JR東海と真っ向から戦うことを決めた。政治家として真っ当であり、地域のために、開発者に厳しい要求をするのは政治家の使命だ。  何よりも、リニア工事で道路使用の許可権限を持つ静岡市が「140億円の地域振興トンネル」をJR東海から勝ち取ったことに負けん気の強い川勝に火を付けた。  果たして、「山梨県へ流れ込む地下湧水の全量すべて戻せ」という静岡県の主張が通るのかどうか。政治家川勝平太がJR東海に最大限の譲歩を引き出すための切り札があるのか。  強硬な発言とともに、日経ビジネスの特集記事で「立派な会社だから、まさか着工することはないだろう」と弱気な一面を見せた知事。  つまり、利水者との間に法的な縛りはないから、道義的な問題に目をつむってしまえば、JR東海はリニアトンネル建設を強行できる。静岡県はそれをストップさせる権限を持たないと言うことだ。  本当にそれでいいのか?知事は“脅し”発言に見合う県の“許可権限”を隠しているのではないか?戦いはこれからだ。 ※知事の写真は日経ビジネス2018年8月20日号特集誌面からです。