ニュースの真相

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リニア騒動の真相74「座長コメント」撤廃する?

川勝知事ら「座長コメント」厳しく批判  リニア静岡問題を巡る国の有識者会議が7日、開催された。会議後に出された福岡捷二座長(中央大学研究開発機構教授)のコメント「山梨県側へ流出しても、椹島よりも下流では河川流量は維持される」に、オブザーバー参加した難波喬司副知事が「河川流量が維持されることはない。納得できない」などと反論した。  さらに、川勝平太知事は9日の定例会見で、「座長コメント」を徹底的に批判した。翌日の10日付朝刊は、『知事「座長談話」ずさん 国交省の運営を批判』(毎日)、『座長コメント撤廃を 国交省会議巡り 全面公開も要求』(静岡)、『県「流量維持 撤回を」 座長コメント巡り見解 国交省送付へ』(中日)などの見出しがつけられ、「座長コメントの撤廃を求める」という県の見解に共感した紙面が並んだ。  9日の知事会見後には、難波副知事が「第8回有識者会議座長コメントについての静岡県の見解」と題した5枚の資料を配布、あらためて記者レクを行った。副知事は”精度の高くないJR東海の解析モデル”を否定した上で、そのモデルを使ったから、”誤解を生むような座長コメントの内容”がつくられたとしている。また、知事会見の中でも、リニア担当の織部康弘、田島章次の両理事が座長コメントへ強い不満を述べ、県は断固として「座長コメント」を問題にしていく姿勢を示した。  知事は「これまで座長コメントに厳しい批判があるにもかかわらず、座長コメントが相変わらず出されている。今回のコメントは要らない。蛇足だと言うこと。座長コメントは明らかに事務官が書いている。だから、座長コメントはなしにする。座長コメントはやめなさい。事務官奴隷になるような座長というのは、福岡さん、今までの学業は泣きますよと申し上げたい」などと厳しく批判、「座長コメント」撤廃を求めた。  この知事会見を受けて、静岡新聞は「県は近く、国交省に座長コメントの撤廃を要請する文書を送付する」とも伝えている。果たして、これだけぼろくそに批判されるほど、「座長コメント」はずさんだったのか? 「中下流で河川流量が維持される」を批判   有識者会議は各委員が意見を述べて、約2時間の議論を行った。その議論の方向を各委員の合意の下に、事務局が座長と相談した上で「座長コメント」としてまとめている。  座長コメントは「1、本日の主な論議事項」、「2、次回以降の議論事項」の2項目にわかれている。「2、次回以降の議論事項」は4点あり、専門的な内容を利水者にもわかりやすく説明するよう求めるJR東海への3点の指示、もう1点は、今後、行われる予定の県生物多様性部会の推移についてだった。ただ、「次回以降」については、日にちを含めて、実際には、何も決まっていない。  JR東海へ注文をつけた委員の意見を書いているが、JR東海への指示はJR東海に直接、確認すれば、それで済む話である。県の専門部会で、毎回、委員らはJR東海へ数多くの注文をつけている。いちいち、何を注文したのかまで言及すれば、それだけでややこしくなる。実際には、次回以降に何を議論するか、今回の県の批判などを受けて、内容は変わってくる可能性もある。予定は予定として、会議での決定事項のように書く必要はないではないか。  重要なのは、当日の結論となる「本日の主な論議事項」。知事らが批判しているのは、その結論部分についてである。一体、何が書いてあったのか?  『(1)前回(第7回)会議の座長コメントで今回(第8回)議論することとしていた「工事期間中における山梨県側へのトンネル湧水流出量の評価等」については、JR東海より示された以下の事項を有識者会議が確認した。  〇トンネル掘削に伴うトンネル湧水量と河川流量の概念の整理から、以下が示された。  ①椹島より上流側においては、トンネル掘削により、(a) 南アルプスの山体内部に貯留されていた地下水の一部がトンネル内に湧出して地下水貯留量が減少する。(b) (a)により山体内部の地下水位が低下することに伴い河川流量が減少する。(c) さらに地下水位の低下に伴い、地下から河川への地表湧出量も減少する。この結果、時間的な変化を伴いながら、上流では(b)+(c)が河川流量として減少し、(a)+(b)+(c)がトンネル内に湧出する。  ②これらのトンネル湧水の全量を導水路トンネル等で大井川に戻せば、椹島より下流側では、トンネル掘削前に比べて(a)の湧水量が河川流量に追加され、中下流での河川の流量は維持される。』  このわかりにくい文章を読んで、理解できる一般の人はいないだろう。この結論に異論を唱えた専門家の委員はいなかったはずだ。つまり、科学的、数学的の見地からは何ら問題ない。一般の人たちが、この文脈で理解できるのは、最後に書かれた『トンネル湧水の全量を導水路等で戻せば、中下流での河川の流量は維持される』という一項だけである。  その一項が理論的に問題ないとしても、県は大いに不満である。  『中下流の河川の流量は維持される』が科学的、工学的な議論の結論となれば、中下流の水資源への影響はほぼないことになる。それが有識者会議の結論となれば、利水上の支障があるとして河川法の占用許可を出さない姿勢の知事が問題になる。それでは困るのだ。  さて、今回、議論の中心となった工事中に山梨県側へ流出する湧水についてはどうだったのか? 県も過去には「先進坑を掘って対策を決めろ」  座長コメントでは次のようになっている。  『〇山梨県側に流出するトンネル湧水と河川流量との関係について、解析モデルにより、以下が示された。  ③JR東海の施工計画では、県境付近の断層帯を山梨県側から掘削することに伴い、当該工事期間中には山梨県側へトンネル湧水が流出する。その流出量を解析した結果、静岡市モデルでは約0・05億㎥程度、JR東海モデルでは約0・03億㎥程度と試算された。  ④当該期間中の椹島より下流側の河川流量は、導水路トンネル等で大井川に戻される量を考慮すると、平均的にはトンネル掘削前の河川流量を下回らないことが両モデルにおいて示された。これにより、両モデルの予測結果としては、トンネル湧水が当該期間中に山梨県側に流出した場合においても、椹島より下流側では河川流量は維持される。  ※今後、年変動の影響等を含め、更なるデータの提示や概念図の高度化をJR東海に指示した。』  これに対して、県はどのような批判をしているのか?難波副知事が配布した資料には、『JR東海モデルの水収支解析の問題点』を挙げている。『①このモデルは、地下水位の現状を再現できていないので、地下水位が影響する事象について、このモデルの計算結果をもって直接語る(評価を下す)べきではない。(資料ー1)②椹島付近の河川流量や椹島より下流の河川流量は、椹島付近及びそれより下流の地下水の流れの変化の影響を受ける。それにもかかわらず、JR東海モデルの解析範囲は、下流側は椹島付近であり、それより下流の地下水の動きは計算していない。また、椹島付近の地下水の流れは現況とは異なる状態を想定している。(資料ー2)  (科学的根拠についての県の見解)よって、「椹島付近及びそれより下流の地下水の動きを再現できていないJR東海モデルをもって椹島より下流(中下流を含む)の河川流量を直接、議論すべきではない」』  まず、わかるのはJR東海モデルの0・03億㎥に問題があるかどうかを書いているわけではない。ひとえに、JR東海モデルは精度が低く、そのモデルから導きだされた結論として、『中下流域の河川流量が維持される』は間違いだと言っているようだ。つまり、ここでは山梨県外への流出云々は問題にしていない。  副知事の指摘が科学的根拠に基づいているのか、疑問は大きい。資料では、『地下水の流れを正確に把握しない限り』、JR東海の計算に疑問を抱くと言っている。そんなことができるのか?もともと、掘削してみなければ、わからないことばかりだが、事前に議論できるのは「透水係数」などを使って、数学的に判断するしかない。つまり、「机上の理論」を議論している。JR東海へ求めるハードルは非常に高いのだが、出来ないことまで求めているように見える。  難波副知事名で、県が2018年8月に作成した資料には、『原則、全量を戻すとし、先進坑を掘ったときの観測結果をもとに、対策を決めるべき』と主張していた。先進坑を掘って、実際の観測結果を見て、対策を決めていくべきだと県も考えていた。それが山岳トンネルの掘削では常識だったはずだ。  それなのに、理論的な議論の末に結論となった「座長コメント」は誤解を生むとしている。難波副知事の発言及び資料は、JR東海モデルを基に議論している有識者会議の委員への批判とも言える。有識者会議は、JR東海の解析モデルによる計算結果を基に議論して、何らかの結論を導き出し、それを座長がコメントしているに過ぎないからだ。  それではどうするのか? 難波副知事の出席を要請すべきだ  知事は「座長コメントに厳しい批判がある」と言うが、批判しているのは県(県専門部会の委員を含める)側のみである。ところが、有識者会議に出席している森下祐一部会長らは、難波副知事と同じ視点に立って、批判をしているわけではない。少なくとも、森下氏は知見に基づいて、科学的な疑問を投げ掛けている。ただし、他の委員は森下氏の主張を相容れているわけではない。  まず、今回の座長コメントの文章は一般には分かりにくいから、一般にも理解できるように文書を書き直した上で、『トンネル湧水の全量を導水路等で戻せば、中下流での河川の流量は維持される』を第9回会議の冒頭で委員に配布して、合意を得ていることを確認すべきだ。  会議の場で委員は「座長コメント」の内容にすべて賛成である、という場面から始めるべきだ。どうもあやふやな議論で終えてしまった印象が強いのは否めないのだ。   もう一つの解決策として、国交省は、難波副知事を招請して、有識者会議の席で発言をさせたほうがいいのではないか?わたしには難波副知事の主張は昔、流行した『トンデモ科学』(疑似科学)ように見えるが、メディアは県の主張をそのままに大きく取り上げるから、流域の人たちの不安を煽り、国交省の姿勢に疑問を抱かせることになっている。  前回の『リニア騒動の真相73「一滴の水」か「生命安全」か?』で書いたが、県は、静岡県側からの下向き掘削を行い、山梨県側へ一滴の水流出も容認しない姿勢である。まず、下向き掘削ができない理由を明らかにして、上向き掘削工法を採用するのが有識者会議の結論としなければ、山梨県側外への流出での影響を議論しても、県は納得しないだろう。  県は、山梨県側への流出で中下流域の河川流量は維持されるかどうかではなく、湧水全量戻したとしても、中下流域の河川流量が維持されるというJR東海の主張そのものに疑問を抱いているのだ。  その結論に不満を抱く静岡県を代表して、難波副知事に出席してもらい、作成した資料を基に科学的な根拠を示し、『中下流での河川の流量が維持されない』という根拠を主張してもらうべきだ。メディアの前だけで、正当性を主張するのとは違うだろう。  県が文書で座長コメントの撤廃を求めるのだろうから、その対応策として、この2点をぜひ、奨めたい。 ※タイトル写真は、座長の福岡捷二氏(国交省提供)

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リニア騒動の真相73「水一滴」か「人命安全」か?

『毎秒2トン減る』から問題が始まった  2月7日、リニア静岡問題を議論する国の有識者会議が国交省で開かれた。最も重要な議題は、『工事期間中(先進坑貫通まで)の県外流出湧水の影響評価』である。その前提となるのが、今回のタイトルに使った『「水一滴」か「人命安全」か?』。この難しい問題が有識者会議で話し合われることを大いに期待した。  『「水一滴」か「人命安全」か?』については、静岡県地質構造・水資源専門部会が2019年10月4日、県境の畑薙山断層帯について山梨県側から上向きで掘削するトンネル工法が適当かどうかを議論する予定だった。山梨県側から上向きに掘削すれば、県外へ湧水は流出してしまう。県は湧水への影響を最大限に抑えるため、静岡県側から下向き掘削ができるのではないかと主張していた。ところが、当日、議論はほとんど行われず、終了してしまった。会議の最中に、県が「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」と題した一枚紙を配布したことが大きな原因だった。  その紙に何が書いてあったのかは後ほど説明するとして、「水一滴も県外へ流出させない」を主張する県と「工事の一定期間中、作業員の安全確保を優先させたい」JR東海との真っ向から対立する主張の結論は出ていない。  ただ、この難しい問題について理解するためには、1月31日「リニア騒動の真相72」でお伝えした『リニアトンネル設置によって毎秒2㎥減る』議論まで戻らなければないだろう。  JR東海は2013年9月、環境アセス法に基づき公表した環境アセス準備書の中で、リニアトンネル設置によって、大井川上流部の流量が『毎秒2㎥減る』と予測した。  この予測に対して、2014年3月、川勝平太知事は毎秒2㎥減少することで、住民生活や産業活動に大きな影響を及ぼす恐れがあるとして、『毎秒2㎥減少するメカニズムを関係者に分かりやすく説明するとともに、環境保全措置の実施に当たっては、鉄道施設(山岳トンネル、非常口(山岳部))への技術的に可能な最大限の漏水防止対策と同施設内の湧水を大井川へ戻す対策を取ることを求める』という知事意見を提出した。  知事はさまざまな席で、毎秒2㎥は大井川広域水道の7市人口62万人に当たるため、「静岡県の6人に1人が塗炭の苦しみを味わうことになる。それを黙って見過ごすわけにはいかない」など『生命の水を守る』などの表現を使い、『毎秒2㎥=全量戻し』を想定した発言を行っていた。  このため、JR東海は当初、椹島までの導水路トンネル設置によって毎秒1・3㎥を大井川に戻し、残りの0・7㎥を必要に応じてポンプアップして戻す対策を提案した。ただ、トンネル湧水全体は毎秒2・67㎥であり、湧水全量を戻すと表明したわけではなかった。  県の「全量戻し」の要請に対して、2018年10月17日、JR東海は「原則としてトンネル湧水の全量(すなわち毎秒2・67㎥)を大井川に戻す措置を実施する」ことを表明した。これで、「全量戻し」問題は解決したはずだった。  ところが、そうではなかった。 「県外流出は一滴たりともまかりならぬ」  2019年8月20日の会議について書いた『リニア騒動の真相13「水一滴」も流出させない』で、難波喬司副知事が県外流出を問題にした経緯を記している。その席で、県は一滴たりとも県外流出はまかりならぬと主張、その後の県知事会見を経て、各メディアは『毎秒2㎥減る』や『湧水の全量戻し』の本質論を忘れてしまった。そもそもは、中下流域への影響が出るのは、表流水の減少だったのだ。  そして、JR東海が主張する作業員の人命安全のために、県外流出はトンネル工法上やむを得ないのかどうか話し合うのが10月4日の会議だった。そこには、トンネル工法の専門家安井成豊委員(施工技術総合研究所)も特別に招請されていた。ところが、安井委員の発言はほぼ遮られてしまい、議論は尻切れトンボで終わった。  そこに登場したのが、県の作成した1枚紙「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」。内容は主に3つあり、県はここで下り勾配を強く主張している。  1点目<静岡県が疑問に思っていること>は、静岡県は下り勾配のトンネル工法ができるはずではないか、と疑問を呈していた。『JR東海は「毎秒3㎥を上限にリスク管理を行うことは技術的に可能」としながら、下り勾配で工事をすれば「水没するリスクがあり、安全性に問題がある」のは矛盾している』と指摘する。  JR東海は、畑薙山断層帯の脆い地質では、毎秒3㎥を超える可能性を念頭に、作業員の安全確保から山梨県側からの下り勾配での工事を想定している。毎秒3㎥のリスク管理では問題がある、と言っているのだが、県は静岡県側からの下り勾配でも、毎秒3㎥のリスク管理を行えば、安全な工事ができるのではないか、と疑問を呈している。  2点目の<静岡県等が懸念していること>では、『畑薙山断層帯を下り勾配で工事した場合、想定外の湧出量となり、大量の地下水が抜けきってしまう恐れがある。水資源や自然環境に与える影響は極めて甚大だ』と言っている。ここでは、湧水への影響だけでなく、自然環境の面からも県はあくまでも下り勾配でトンネル工事を行うように求めているのだ。  そして、3点目は『私たち(県)が問題にしているのは、トンネル近傍河川の表流水だけでなく、地下水を含めた大井川水系全体の水量だ』と言うのだ。こんなことを言い出せば、トンネル工事そのものはできないだろう。第7回の有識者会議でも、JR東海は大井川水系の水循環図を作成、一般の人たち向けに説明をするための資料を用意した。しかし、突き詰めて行けば、大井川水系には、2500m以上の水源となる南アルプスの山々は50座以上もあり、その全体がどうなっているのか調べる必要が出てくる。間ノ岳の源流だけの問題ではなくなってしまうのだ。  当初、JR東海が大井川の表流水について毎秒2㎥減少を公表したため、県は「全量戻せ」と言い、JR東海は毎秒2・67㎥の湧水全量を大井川に戻すことを表明した。毎秒3㎥までは、リスク管理できるとJR東海は説明した。いまでは大井川水系全体の話となり、表流水だけの問題ではなくなってしまった。  県はさらにハードルを上げて、工事中の「湧水一滴の県外流出はまかりならぬ」と主張、県は作業員の人命の安全確保に疑問を抱き、下り勾配で掘削すれば、静岡県の水は県外流出の恐れはなくなるのだ、と主張してきた。  2014年3月の知事意見書では、『水資源』について、『トンネルにおいて本県境界内に発生した湧水は、工事中及び供用後において、水質及び水温等に問題が無いことを確認した上で、全て現位置付近へ戻すこと』と書かれており、県はこれを『湧水全量戻し』の根拠としている。  さて、今回のタイトルである『「水一滴」か「人命安全」か』の判断を、国の有識者会議に求めているはずだが、果たして、結論は出たのだろうか? 県の疑問、懸念事項を解決すべきだ  結論から言えば、国の有識者会議は、『「水一滴」か「人命安全」か』の議論を一切、行わなかった。  福岡捷二座長(河川工学)は、県の作成した1枚紙「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」を全く承知していなかったのだろう。今回は、水収支解析を従来のJR東海モデルだけでなく、新たに静岡市モデルも使い、山梨県側から上り勾配での工事を前提に、トンネル湧水が県外流出するとして、10カ月間の工事期間中の河川流量の変化を計算した。  JR東海モデルでは、約0・03億㎥が山梨県側へ流出するが、湧水全量戻しによって、椹島下流側の河川流量は約0・02億㎥増加、また、静岡市モデルでは約0・05億㎥山梨県側へ流出するが、椹島下流側の河川増加分は約0・04億㎥増加する計算を示した。「両モデルの予測結果としては、トンネル湧水が工事期間中に山梨県側に流出した場合でも、椹島より下流側では河川流量は維持される」(座長コメント)を、有識者会議で確認した。つまり、山梨県側からの上り勾配のトンネル工事でも中下流域の表流水に影響を及ぼさないことが正式に認められたのだ。  JR東海は県専門部会でも、繰り返し、同じ主張をしていた。つまり、2018年10月、湧水全量戻しを表明した時点で、大井川中下流域の表流水は逆に増える可能性さえあり、全く問題ないと説明していた。県専門部会では全く相手にされていなかったが、沖大幹東大教授(水資源工学)、徳永朋祥東大教授(地下水学)、西村和夫東京都立大学理事(トンネル工学)ら国の有識者会議の錚々たるメンバーが科学的、数学的に認めたのだ。  しかし、それと県の疑問、懸念事項とは全く別の問題である。  会議後の会見で、「県外へ湧水が出ることを川勝知事はやむを得ないと思っているのか?」という質問が出た。江口秀二審議官は「河川流量が維持されるのかどうかを議論してきた。トンネルの掘削の仕方は次回の会議で行う」などと話した。さらに、「川勝知事は納得するのか?」という疑問に、江口審議官は「利水者の理解を得ることが重要だ。水を使っている人たちがどう考えるのかが重要」などと答えた。  江口審議官の回答はすべて正しいのだが、これでは県の「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」に答えてはいないのに等しい。  有識者会議には県側委員として森下祐一委員(地球環境科学)、丸井敦尚委員(地下水学)が出席していた。彼らは静岡県の疑問、懸念事項にはひと言も触れていなかった。これでは、もし、有識者会議で中間報告や結論が出たとしても、県専門部会は2019年10月4日の時点に戻って、再び議論を始めるだろう。  川勝知事は12月23日の会見で、たとえ有識者会議の結論が出ても、県専門部会に諮り、さらに中下流域の住民の理解を得るとしていた。今回の有識者会議の議論は、知事に絶好の理由を与えたことになる。山梨県側からの上向き工法で河川流量に問題ないことはすべての人が理解できたかもしれない。しかし、なぜ、山梨県側から上向きでトンネル掘削するのかを誰も理解していない。  『「水一滴」か「人命安全」か?』の結論を出したほうがいい。多分、川勝知事は問題にするだろう。  タイトル写真は2月7日開催された国の有識者会議(国交省提供)

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リニア騒動の真相72岩波書店「世界」の間違いは?

川勝知事『62万人の生命の水』の意味は?  岩波書店の月刊誌「世界」は、1946年1月号創刊であり、ことし1月号で75年目を迎えたそうだ。1月号の編集後記で「いま日本では批判的にものを考えて生きることが奨励されない。本当に批判的に考えて、考え抜くという立場をつらぬいている雑誌は『世界』だけになった。(中略)『世界』は75年かけて読者と執筆者の協力で批判性をみがきあげてきた。われわれ市民知識人の雑誌である」という和田春樹氏(歴史学者、東大名誉教授)の推薦のことばを編集長が紹介していた。また、「一号たりとも手を抜いて編むことはできない、との思いを強くします」と編集長が決意のことばを書いていた。  40年以上前、「世界」は学生たちにとって権威ある雑誌だったが、長い間、手に取ることはなかった。今回、12月号の『「オール静岡」が問うリニア建設』を読んでみて、暗澹たる思いにさせられた。「市民知識人の雑誌」としてはあまりにずさんだったからである。本質的な問題『毎秒2トン減る』は、12月号の57ページ小見出しに使われていた。その57ページを読んでいて、不思議な数字がたくさん出てきて違和感を覚えた。調べてみると、多くの数字が間違いだった。  最初に違和感を覚えた、「世界」の明らかな数字の間違いを指摘したい。2013年9月、JR東海は環境影響評価準備書の中で、リニアトンネル工事完了後に大井川の流量が、環境対策を取らなければ、「毎秒2㎥減る」と予測した。「世界」では『これ(毎秒2㎥減少)は、生活用水や農工業用水を大井川に頼る中下流の八市二町(島田市、焼津市、掛川市、藤枝市、袋井市、御前崎市、菊川市、牧之原市、吉田町、川根本町)の六二万人の水利権量に匹敵する膨大な量だ。』と大井川流域に与える問題の大きさを紹介していた。この一文の中にある間違いは、大井川流域に住む人ならば、注意して読めば、すぐに気がつくだろう。  大井川流域に住んでいなくても、こんなことは、ネットで調べれば、簡単にわかる。ことし1月1日現在の「8市2町」の合計人口は、62万人よりも10万人以上多い72万9444人である。いくら何でも数字の違いが大きすぎる。著者は何の確認もしなかったのだろう。リニア静岡問題をずっと追ってきたから、わたしはすぐに気がついたが、「世界」読者は、全く違う地域に住んでいるから、何の疑問も持たないだろう。編集者たちは、手を抜いてしまったのか?  『62万人の生命の水』とは川勝平太知事がよく使うフレーズだから、著者はそれに引きずられて、思い込んでしまったのか。2017年1月当時、大井川広域水道を利用する島田、焼津、掛川、藤枝、御前崎、菊川、牧之原の7市人口は合計62万879人で、7市は「毎秒2㎥」の水利権を持っている。多分、知事はその数字を使ったのだろう。  もし、大井川広域水道を念頭にしたならば、現在では人口減が続き、7市の合計は約60万7千人としなければならない。農工業用水まで含めると、8市1町であり、これも8市2町ではない。その場合の人口でも、72万人を超えてしまう。これでは、著者が「水利権」「8市2町」の意味をよく分かっていないことが明らかである。  こんな簡単な間違いを見れば、リニア静岡問題の実情を踏まえていないことは明らかだ。いくら批判的であってもリニア建設反対という立場だけで、リニア静岡問題を論じるのはあまりに危険である。 「毎秒2㎥減る」が大問題だった!  57ページの数字の間違いはこれだけではなく、5カ所もあった。『たとえば、2018年度には147日間もの節水期間が設定された』と書いているが、調べれば、2018年度の節水期間は95日間しかない。2019年度の52日間を入れて147日間だが、これでは節水期間を誇張したことになる。「世界」編集部は、すべての間違いをもう一度、調べて確認すべきだ。「世界」編集長宛に手紙を送るつもりだが、読者の信頼にこたえるよう、ちゃんと対応することを望みたい。  「世界」12月号を読んだことで、『毎秒2トン減る』とは一体、何だったのかをもう一度、考えてみるきっかけとなった。「毎秒2㎥減る」は本質的な大問題だからである。  『毎秒2トン減る』は、「世界」でも、最初、小見出しをつけたように最も大きな問題と考えていた。57ページでは「毎秒2㎥」を「全量戻し」の意味で使っていたが、途中から何の説明もなく「全量戻し」の意味を変えてしまう。これでは、読者には何もわからないだろう。「世界」の記事は、リニア静岡問題を反リニアの立場から都合よい情報に変えて提供しているだけで、和田氏の言う物事を考え抜く姿勢には欠けている。  JR東海が2013年9月、アセス準備書で大井川の表流水が「毎秒2㎥減少」することを初めて明らかにしたことで、川勝知事は2014年3月、大井川の河川流量の確保について『毎秒2㎥減少するメカニズムを関係者に分かりやすく説明するとともに、環境保全措置の実施に当たっては、鉄道施設(山岳トンネル、非常口(山岳部))への技術的に可能な最大限の漏水防止対策と同施設内の湧水を大井川へ戻す対策をとることを求める』などの意見書を送った。  これに対して、JR東海は「毎秒2㎥減少」のうち、導水路トンネル設置で「毎秒1・3㎥」、残りの「0・7㎥」は必要に応じてポンプアップで戻す、という対策を公表した。知事意見書には『トンネル湧水をポンプにより排水して川へ戻す場合は、温室効果ガスを抑制する方法を採用すること』となっていたため、豊水期にはポンプアップしなくても大井川表流水は十分に水量が満たされているとして、「0・7㎥は必要に応じて戻す」とJR東海は考えたようだ。  しかし、この「0・7㎥」が問題になった。「世界」では次のように指摘した。  『2018年10月、JR東海は、県に送った「大井川中下流域の水資源の利用の保全に関する基本協定(案)」のなかで、それまでの「必要に応じて」との努力目標ではなく、「トンネル湧水の全量を大井川に流す措置を実施する」という「全量戻し」を約束した』  ここでは「全量戻し」とは「毎秒2㎥減少」と書いている。導水路からの「1・3㎥」だけでなく、ポンプアップの「0・7㎥」を加えて、常時、毎秒2㎥を大井川に戻すことを県が求め、JR東海はそれを約束した。川勝知事の「62万人の生命の水」はまさに、「毎秒2㎥減少」を問題にしていた。  ところが、「毎秒2㎥」が「全量戻し」ではなくなってしまうのだ。 8月20日会議で「全量戻し」の意味が変わった  「世界」の記事も突然、「全量戻し」を「毎秒2㎥」から変えてしまう。以下の記事である。  『ところが、わずか4日後の10月4日、事態は急変した。JR東海は連絡会議の委員である有識者との意見交換会の場で、「トンネル湧水の一部は流出する。だが、大井川の流量は減らない。むしろ、湧水を大井川に戻すので流量は増える」と表明したのだ。  静岡工区は両隣の山梨工区と長野工区よりも標高が高い。JR東海の発言は、工事中に両県に流出するトンネル湧水があると説明したものだが、「全量戻し」を反故にする発言にその場が「え!」とざわつき、学識者のひとりは「水が減らない。どういうことか?」とかみつき、難波副知事は「すべての議論を振り出しに戻すとは」と驚きを隠さなかった』  JR東海は、毎秒2㎥の全量戻すことを反故にしたわけではない。県が「全量戻し」の意味を『工事中に両県に流出するトンネル湧水をすべて戻せ』にしたのは事実だが、「世界」が書いているように10月4日の会議の席ではない。だから、学識者も副知事もそんな反応をしていない。  事実を振り返ってみる。2019年6月6日、県は大井川水系の水資源の確保などに関する意見書をJR東海に送った。その中で、「既に着手している山梨工区と長野工区のトンネル工事で、静岡県内の水が県境を越えて流出する可能性があるので、対策を示せ」と書いている。これまで、この問題は県環境保全連絡会議で議論されていたから、県は他県への流出を想定して、その対策を示せと書いていたのだ。  JR東海は7月12日、中間意見書に対する回答案の中で「工事期間中、作業員の安全を配慮をした上り勾配での工事を行うため、薬液等で対策しなければ、山梨県側に最大毎秒0・31㎥、長野県側に毎秒0・01㎥が一定期間流出すると想定する。地下水への影響をできる限り低減したい」と従来通りの答えを述べている。  県が「全量戻し」を「毎秒2㎥」から「水一滴」に変えてしまったのは、10月4日ではなく、8月20日の会議である。その会議については、『リニア騒動の真相13「水一滴」も流出させない』(8月26日)に詳しく書いてある。  当日は、JR東海と県地質構造・水資源専門部会の森下祐一部会長との意見交換の場だった。森下氏と工事中の地下水への影響について議論している最中、オブザーバーとして出席していた難波喬司副知事が「全量戻せないと言ったが、認めるわけにはいかない。看過できない」などと発言、厳しく反発したのだ。会議後の囲み取材で、難波副知事は「JR東海は全量戻しの約束を反故にした」などと述べ、メディアは難波発言を一斉に報じた。この「全量戻せない」が、工事中の他県への流出だった。  3日後の定例会見で、川勝知事も「湧水全量戻すことが技術的に解決しなければ掘ることはできない。全量戻すことがJR東海との約束だ」など追い打ちを掛けた。メディアは知事発言もそのままに取り上げた。この時から、「全量戻し」が「毎秒2㎥」から、「水一滴」となったのだ。  2019年8月23日の『リニア騒動の真相13「水一滴」も流出させない』には、「血の一滴も流してはならぬ」とする「ヴェニスの商人」の物語にたとえ、これは単なる詭弁であるとわたしは書いた。メディアは県の主張をそのままに書いたから、「全量戻し」の意味が変わったのだ。  そして、「水の一滴も流出させてはならぬ」を10月4日の会議で、県はあらためて求めた。 県が求めるのは「血の一滴」と同じだ!  静岡経済新聞は、10月4日の会議について、『リニア騒動の真相19「急がば回れ」の意味は?』(10月7日)で紹介した。その内容は「世界」の記事とは全く違う。  この日の県地質構造・水資源専門部会では、森下部会長が「JR東海が上り勾配でのトンネル工法を選択する理由について科学的に議論することに限る」と冒頭、議題を述べた。そのために、トンネル工法の専門家委員も出席していた。ところが、会議をぶち壊したのは、県だった。突然、「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」と題した1枚の文書を配布したのだ。この日の議題ではないから、この文書について議論はされなかった。  会議中にいくら読んでも分かりにくい長い文書だったが、その最後の一文だけは何を言いたいのか理解できた。  『9月13日の意見交換会において、JR東海がトンネル工事中の表流水は減少しないといった内容の説明をしていましたが、私たちが問題にしているのは、トンネル近傍河川の表流水だけでなく、地下水を含めた大井川水系全体の水量です。JR東海が、そういう認識を共有しているのかも懸念されるところです』  つまり、「全量戻し」は「毎秒2㎥」ではないことをあらためて、県は10月4日、文書で表明したのだ。「地下水を含めた大井川水系全体の水量」であり、山梨、長野両県に流出する「水一滴」も含むのだ。「ヴェニスの商人」の「血の一滴」同様に、こんなことが可能であるはずもなく、静岡県の権限(権力)の恐ろしさを感じた一瞬だった。ただ、JR東海も全く、静岡県への「誠意」を見せることなく、単に科学的な議論の場に臨んでいたから、この問題は既に政治決着を図る段階にあったのだ。これ以上、議論しても結論は出ないと県は言いたかったのかもしれない。  2019年の夏から秋に掛けて、『リニア騒動の真相』を読み返して、その時々の疑問や不信な点を思い出した。それはすべてそのまま現在につながっている。  ※「世界」12月号は、リニア工事差止訴訟原告団の立場で原稿を書いたことが分かる。タイトル写真は、提訴後の記者会見

ニュースの真相

リニア騒動の真相71県知事選・中野祐介氏出馬は?

北海道新聞の伝えた「静岡県知事候補」  7月4日に任期満了を迎える72歳の川勝知事の4選出馬は、健康上など何らかのアクシデントが発生しない限り、ほぼ間違いないだろう。  リニア静岡問題との関係を含めて、川勝氏の知事選への動向について、22日東洋経済オンラインに『リニアの命運握る、「6月静岡県知事選の行方」 選挙に強い川勝平太知事、対抗できる有力候補は』をアップした。今回のリニア騒動は自民県連の対抗馬について紹介するが、もし、読んでいないようであれば、まず、こちらからご覧ください。  記事の最後に、『現在、対立候補に名前が挙がっている鈴木康友・浜松市長は、県内東、中、西の経済界が手をたずさえ、三顧の礼で迎えて、支持表明しなければ、出馬の可能性は薄い。また、圧倒的な知名度を持つタレントや県出身官僚などの有力候補者は見当たらない。このままでは、川勝知事が圧勝し、リニア計画は大幅な見直しを迫られるだろう。』と、現在のところ、自民県連の候補擁立に必死だが、具体的な立候補予定者はまだ決まっていない状況である、と書いた。  北海道新聞が16日朝刊で『静岡県知事選に道副知事擁立論 総務省出身の中野氏』という見出しのベタ記事を掲載した。県知事選でメディアが初めて、具体的な名前を挙げた。水面下で自民が擁立を目指す候補に、「北海道副知事の中野祐介氏」が浮上したのである。  と言っても、現在のところ、中野氏が出馬表明をするのかどうか分からない。当然、自民県連が出馬の記者会見をちゃんと整え、県内各支部に周知徹底を図り、党本部としっかりと連携できるかが勝負の分かれ目となるから、もし、立候補するにしても、その準備をしているのだろう。22日時点では、中野氏の立候補は全く聞こえてこないから、”川勝知事圧勝”は動かないとし、『県出身官僚などの有力候補は見当たらない』にとどめた。もうしばらくすると、中野氏が「最有力候補」となるかもしれない。自民県連は態勢を整え、今回選は背水の陣で臨むはずだ。   まず、口火を切った北海道新聞の記事を見てみよう。  概要は以下の通り。『浜松市出身の中野氏は15日に国会内で山口泰明自民党選対委員長、塩谷立元文科大臣らと会い、意見交換した。関係者によると、知事選は話題に上ったが、党からの出馬要請はなかったという。党県連関係者によると、中野氏の名前が選択肢の1つに挙がっている。中野氏は「擁立論は聞いていない」と答えた』。記事には「出馬要請はない」「擁立論は聞いていない」など否定的なニュアンスが色濃い。これをそのまま読めば、中野氏の立候補は限りなくゼロに近い。  北海道新聞は、中野氏の副知事辞職に関心があるのだろう。だから、本人のことば通りに、出馬に消極的な姿勢しか紹介していない。そもそも、15日の時点で、現職の副知事が、他県の知事選出馬を地元記者に匂わせるはずもない。記事はあいまいなものになることを承知の上で、それでも質問をして、否定的な回答を得ただけである。ふつうならば、実際の動きがあるまで内部情報にとどめ、ボツになってもいいくらいである。  16日の北海道新聞記事が出たあと、県内メディアは中野氏を追っているはずだが、いまのところ、報道は一切ない。中野氏が沈黙しているのは分かるが、自民県連も過去のことがあり、あまりにも慎重になっているのだろう。実際には、各社とも追い切れていないようだ。  さて、それでは、本当に中野祐介氏は静岡県知事選に出馬するのか? 鈴木康友浜松市長の線は非常に薄い  東洋経済オンライン記事には、対抗馬として、浜松市長の鈴木康友氏の名前を挙げたが、まず、立候補はないだろうとも書いた。鈴木氏が市長を辞職して、知事選に出馬表明するためには「大義名分」が必要となるからだ。浜松市のコロナ対策だけでなく、行政区画の再編などトップの立場にある鈴木氏は自ら職場放棄するわけにはいかない。鈴木氏が出馬する環境として、自民県連が一枚岩になって要請するだけでは足りない。  中部、東部、西部の経済界の重鎮が一堂に会して、鈴木氏へ出馬を要請する舞台を演出するくらいのことをしなければ、政令市の浜松市長という責任ある地位を放り出すわけにはいかない。数多くの団体等から請われて、出馬に至るというシナリオが必要である。  川勝氏に失政がはっきりと見えるならば、鈴木氏の出番となるが、川勝氏はコロナでもリニアでも目立ちこそすれ、県民からは失政と批判される大きなマイナス点は見えない。  もともと、静岡県の財政は他県に比べれば、ほどほどに豊かであり、県庁職員たちも優秀だから、県政運営の失政は表面的には見えない。川勝知事になってから、補助事業などで国の財政支援は減っている。ただ、それでも基準財政需要額に沿って、総務省は支援するし、コロナ臨時交付金もちゃんとついている。いくらコロナ禍で法人関係税収が落ち込んでいても、県民の生活はあまり変わらない。  現職の川勝氏が選挙に強いことを経済界は十分に承知しているから、表立って、経済界の誰かが旗を振って、火中の栗を拾うようなことはしないだろう。つまり、現時点で鈴木氏出馬の可能性は非常に低い。  こんな状況の中で、中野氏に白羽の矢が立った。15日に国会内で、自民県連が中野氏に出馬要請をしたことは間違いない。  中野氏は1994年に東大経済学部卒業後、自治省(現在の総務省)に入省。自治官僚として、福岡市、高知県、京都府へ出向した。特筆するのは、2014年に石破茂地方創生担当大臣秘書官を務めたことだ。総務省消防庁から2017年4月、北海道総務部長へ出向、19年6月、鈴木直道知事の就任に伴い、副知事に就いた。他の2人の副知事は道職員OB。中野氏の担当は財政、地域創生、環境・文化・スポーツなど、目下のコロナ対策が最も重要な仕事となっている。  中野氏出馬には、鈴木氏のように何らかのハードルはあるのか?  自民県連のシナリオ通りに、中野氏が出馬するとすれば、1月末までに北海道副知事を辞職、総務省への異動となり、退職の手続きを終えたあと、2月初旬に静岡市で出馬の記者会見を行うことになる。  中野氏は2017年4月に北海道に派遣され、19年6月に任期4年の副知事に就いた。任期に関わらず、ことし4年目を迎えるから、出向人事ではちょうど交替の時期に当たる。鈴木知事は39歳と若いから、新たな自治官僚を迎えるのに何ら問題はない。中野氏が道副知事を辞職することで、コロナ対策を担う責任ある立場を放棄したという批判を受けることもないだろう。定期異動と変わらないからだ。  同じ自治官僚だった石川嘉延・前知事が1期目の出馬を決断したのが52歳だった。現在、50歳の中野氏はキャリアだけでなく、年齢的にもふさわしい。自治官僚の多くは、知事を目指しているから、中野氏が知事選出馬を天命と考えるのかどうか、すべて中野氏次第である。 2期目からは盤石、川勝氏は選挙に強い   さて、6月27日(日曜日)が投開票日、2月初旬に中野氏が立候補表明すれば、ほぼ5カ月間の選挙戦が始まる。知名度の全くない中野氏が現職の川勝氏に選挙戦で勝つためには、どのような戦略が必要なのか?  まず、過去の川勝氏の知事選を見てみよう。2009年7月に行われた知事選は石川知事の後継を決める選挙だった。当時、石川氏は68歳で5期目の出馬に意欲的だった。ところが、静岡空港の立木問題で政治責任を問われ、任期を待たずに辞職した。その後継者として石川県政で副知事を務め、三島市出身で、労働省のキャリア官僚坂本由紀子氏が自民、公明の推薦で立候補した。  現在のリニア問題同様に静岡空港の立木問題は全国的な注目を集めた。開港前だった静岡空港建設に疑問を抱く県民は非常に多かった。一方、川勝氏は民主、社民、国民新の推薦を得て、民主旋風の追い風に乗っていた。保守王国とされる静岡県でも自民に逆風が強く、坂本氏は1万5千票余の差で涙を飲んだ。天性の雄弁家である川勝氏は爽やかな印象を与え、あっという間に女性たちの人気を得たのも事実である。  2期目が圧巻だった。64歳の川勝知事の対抗馬は、57歳の広瀬一郎氏で、自民支持にも関わらず、75万票もの大差がついてしまった。6月16日の投開票日に対して、広瀬氏の出馬表明は4月8日であり、正味はほぼ2カ月間強の選挙戦だった。自民県連が広瀬氏の推薦を求めたが、党本部は難色を示し、すったもんだの末、結局、「支持」にとどまったのが大きく影響した。自民は最後まで一枚岩とならず、その結果が選挙戦の大差につながった。  3期目では、最後に宮沢正美・県連幹事長が出馬を断念したことで、自民候補はいなくなった。柔道家の溝口紀子氏が出馬、自民静岡市支部などいくつかの支部は推薦した。徒手空拳ながら、溝口氏は27万票差で終えたから、前回選の記憶もあり、よく健闘したと見られている。  後援会組織を持たないが、川勝氏は選挙では圧倒的な強さを見せている。2期目の自民県連の惨敗、3期目の屈辱的な候補者見送りと3回の選挙に自民はなす術もなかった。4期目を阻止するためには、強い候補を擁立するしかない。 自民が一枚岩になれば勝機はある  自治官僚の中野氏ならば、全くタイプの違う川勝氏に勝てる可能性はあるだろう。川勝氏の1期目に民主旋風が吹いたように、周囲の状況が大きく左右するからだ。  今回選が、前回選(2017年6月)と大きく違うのは、国政の状況である。2017年10月の衆院選は、自民が圧勝したが、前回選には自民推薦候補を出すことができなかった。今回選では、中野氏が出馬表明すれば、党本部はすぐに「推薦」を出すだろう。  衆院選は、10月の任期までに解散総選挙があると見られるが、すでに自民が大きく議席を減らすと予測されている。自民現職は現在、必死となり、選挙区を固めているだろう。  6月までに解散、総選挙が行われない場合、静岡の8選挙区では水面下でし烈な選挙戦が展開されるだろう。知事選は前哨戦と見られるから、各候補とも必死で中野氏を支援、自らの選挙戦も有利に導こうとするはず。中野氏は現職議員の8選挙区をこまめに回り、名前を売り込むことができるのだ。  逆に、5月までに解散、総選挙が行われた場合、中野氏は8選挙区で連携して、各候補の応援に出掛けることができ、大いに名前を売ることができる。いずれにしても、衆院選の動きは中野氏には追い風となるはずだ。  自民が一枚岩になるかどうか?自民がこぞって中野氏を応援できるならば、中野氏に大いに勝機がある。2013年の広瀬氏のように、自民がばらばらで応援態勢を整えなければ、惨敗の憂き目に遭ってもおかしくない。組織を持たないが、個人的な絶大の人気を誇る川勝氏に対して、組織で対抗する戦略が機能しないようならば、中野氏は窮地に陥る。  出身、年齢、キャリアをはじめ川勝氏と中野氏では大きく違い、選挙戦略も重要となる。ここまで中野氏の出馬を前提に書いてきた。おっと、まずは、何よりも、中野氏が立候補できるのかどうか、注目したい。 ※タイトル写真は、静岡県知事室の川勝平太知事の机

ニュースの真相

リニア騒動の真相70昨夏の大騒ぎ意味があった!

JR東海ヤード工事再開の道が開けた?  1月8日、静岡県は「JR東海が千石ヤード(宿舎を含む作業基地)で実施するボーリング調査等は、土地の改変面積が5㌶未満(4・98㌶)であり、県自然環境保全条例に基づく保全協定の締結は必要ない」などとする文書を公表した。ヤードは千石のほか、椹島、西俣の3カ所あり、土地の改変は3カ所で行われ、その合計面積が5㌶未満であれば、保全協定の締結は必要ない。保全協定の有無に関わらず、県は千石ヤードの地質調査について計画書を提出させ、問題ないかどうかを確認したのだ。  千石ヤードでは非常口から約3・1㌔の「斜坑」を掘削し、リニア南アルプストンネルの先進坑と結ぶ。導水路トンネルができるまで「斜坑」によって、トンネル設置の影響で流出する湧水約0・6㎥/秒を千石非常口から大井川に戻す計画である。今回の調査は、「斜坑」に沿って斜め下向きに約200mのボーリングを実施して、畑薙山断層帯等の影響を確認する。6月までの約半年間、調査が行われる。  当初、「斜坑」を掘削することで畑薙山断層帯の湧水量がどのくらいかなどを確認する予定だったが、国の有識者会議でもトンネル本体に南アルプストンネル工事の最難関、畑薙山断層帯が及ぼす影響を予測するボーリング調査を求める意見があった。昨年9月、JR東海は千石ヤードでのボーリング調査を計画したが、県が最小限での改変を求めた結果、ヤードの改変地域を0・06㌶に縮小した。それで何とか5㌶未満におさまったのだ。  県文書には「千石ヤード」とあるが、実際には、ヤードの名称に値する作業基地としては、まだ、機能していない。作業基地には、土砂ピット(穴)、濁水処理設備、資材置き場、坑口予定個所の樹木伐採や斜面補強などの整備が必要である。他の西俣、椹島でも同様である。昨夏、JR東海は3カ所のヤードを完成させるために、県に認めてもらえるよう要望、大きな騒ぎを巻き起こした。  昨夏は、県条例を根拠にヤード工事再開は拒否されたのだ。県は「県条例に基づく保全協定を結ぶまでは準備工事の着手は認められない。保全協定を結ぶことがヤード工事再開の条件だ」と述べていた。ボーリング調査でも同じなのだろうか?  県専門部会は、他の断層帯でもボーリング調査を求めている。もし、JR東海が他の断層帯について土地改変を伴うボーリング調査を行おうとすれば、現在4・98㌶だから、5㌶以上になる可能性が高い。5㌶を超えてしまう改変について、県はボーリング調査を認めないというわけか?  県リニア担当理事は「そんなことはない。ボーリング調査はトンネル本体工事とは関係ないから、保全協定を結んでもらい、ボーリング調査を実施してもらう」とヤード工事とは違い、ボーリング調査ならば問題ないという姿勢である。保全協定は希少な動植物保全の手続きを行うだけのはずだったが、県は本体トンネルとの関連を踏まえて、ヤード工事再開では保全協定締結のハードルを高くしてしまった。  ところが、JR東海は別のボーリング調査を計画すれば、保全協定を簡単に結ぶことができるようだ。ヤード工事再開には保全協定を結ぶことが要件だったから、これでクリアできることになる。  昨夏の川勝平太知事主演”ドタバタ劇”の舞台に戻ってみよう。そうすれば、すべてがはっきりと分かるだろう。 「ヤード工事はトンネル工事ではない」と知事  金子慎JR東海社長と川勝知事との初対談が決まると、大井川流域10市町長と知事とのウエブによる意見交換会が昨年6月16日、開かれた。JR東海が要望するヤード工事再開を認めるのかどうかがテーマだった。中下流域の首長たちは、ヤード工事再開を認め、「なし崩し」にトンネル本体工事着工に向かうのは避けてほしい、と要望した。ヤード工事再開と、中下流域の水問題とは全く無関係であることを首長らは承知していたからだ。ヤード工事再開に対して、首長たちは「水を守る」立場で反対の姿勢を示した。  そんな中で、松井三郎・掛川市長は「JR東海の準備工事は静岡県の権限でストップできるのか?」と尋ねた。もし、準備工事を認めないならば、法的根拠が必要だと松井市長は指摘したのだ。公平公正に行政を司る首長であるならば、これは至極当然の話である。これに対して、難波喬司副知事が「(許可権限を持つ河川法は)河川区域に関わるものであり、(準備工事の対象となる椹島、千石、西俣の)ヤードについては対象外である。(準備工事再開によって)ヤード拡張を行うならば、県自然環境保全条例による(自然環境)協定締結は必要である」などと答えた。「県の法的権限は県条例にある」と周囲には聞こえた。  そして、6月26日、金子社長との対談を迎えた。1時間以上に及ぶ対談の最後に、金子社長は「ヤードの件は水環境問題ではない。それ以前の問題だと理解してもらいたい」と要望すると、川勝知事は「県自然環境保全条例は5㌶以上であれば、協定を結ぶ。県の権限はこれだけである」などと答えた。知事も「ヤード工事を認める県の権限は県自然環境保全条例のみ」と答えたのだ。  このあとの囲み取材で、川勝知事は「ヤード工事は明確にトンネル工事ではない。5㌶以上の開発であれば、(県自然環境保全)条例を締結すれば、問題ない。条例に基づいてやっているので、協定を結べばよい。活動拠点を整備するのであればそれでよろしいと思う」などとはっきりと述べた。「ヤード工事はトンネル本体工事ではない」と明確に示し、条例で求める協定を結ぶのが、ヤード工事再開の要件だと示した。この発言からは、知事はJR東海のヤード工事再開を認めたと取れたが、メディアは知事の発言内容が分かりにくく、再度の囲み取材を求めた。  1時間以上経過して、再び、川勝知事が囲み取材に臨むと、前回の発言を180度変えてしまう。知事は「本体工事と(準備工事は)一体であり、ヤード整備を認められない」と述べた。根拠となるのは、県自然環境保全条例であり、自然環境保全協定を結ぶことだった。この協定締結には、環境影響評価書の国交大臣意見にある地元の理解を得ることが必要で、そのためには、現在、議論をしている県生物多様性専門部会の結論を得ることが条件となるなど、と事務方が説明した。  7月10日、国交省の藤田耕三事務次官がヤード工事の再開を要請するために県庁を訪れた。川勝知事は「県自然環境保全条例では委員会を設けて、専門部会で許可する。条例について金子社長はご存じなかった」などと述べている。  JR東海、国と県の文書でのやり取りもちゃんと残っている。 「なし崩し」工事しないと担保したが  知事、社長対談を受けて、JR東海は6月29日、「当初、知事は保全協定の可否で判断すると回答、その後の会見でトンネル本体工事とヤード工事は一体と発言した。その真意を教えてほしい」などと県に質問した。  県は7月3日、わかりにくい4ページの文書で回答した。文書を公表したあと、難波副知事が会見を開き、1時間以上にわたって、メディアの質疑に応じた。「1、県自然環境保全協定の対象となる開発行為の考え方」から始まる文書には、ヤード工事はトンネル掘削本体工事の一部であり、協定を締結する段階ではない、と締め括っている。注目すべきは、「その他」項目に「地質調査は条例締結を行うことなく着工できる」など、「調査工事はトンネル本体工事とは無関係である」と書いてあったことだ。  県の回答に対して、JR東海は3日、「ヤード工事はトンネル工事とは関係なく、水資源に影響を与えるものではない」から、ヤード工事を認めてほしい、と要望書を提出した。  県は7日になって、5ページもの長い文書で回答した。「県生物多様性専門部会を開いている。その結論が出てから、保全協定を結ぶことになるのだから、その議論を進めること」を求めている。  国交省は9日、『1、「なし崩し」でトンネル本体工事はしない。2、県はヤード工事再開を認める。3、有識者会議の結論で坑口の位置や濁水処理設備等に変更があった場合、それに従う』という3つの提案を文書で県に示した。  県は17日、「1、命の水に対する思い・南アルプスの自然の保全への思い」で始まる6ページもの文書で、やはり、開発行為の一体化を主張して、条例の運用によって保全協定締結ができない見解を縷々述べている。  結局、県は条例に基づく保全協定締結がなければ、ヤード工事再開を認めることができない主張をしたのである。  一連の経過を見ていけば、県も流域自治体も、作業基地を整備するヤード工事は、河川法の許可権限に縛られるトンネル本体工事とは無関係である、と考えていた。それで、県条例を根拠に、ヤード工事もトンネル本体工事と一体化したものと拡大解釈して、ヤード工事再開を認めないことにしたのだ。  ただ、7月3日の文書では、「地質の調査工事は条例に関係なく着工できる」と記した。このときは、地質調査のためのボーリングはやぐらを組む程度であり、土地の改変などを伴わない、と見ていたようだ。 「ヤード工事」再開を認めるべきだが  そして、千石ヤードの調査ボーリングである。ある程度の土地改変を伴う説明だった。それでも、最小限の土地改変で、今回は5㌶未満におさまった。新たなボーリング調査が出てくれば、そうはいかないだろう。しかし、「地質調査は本体工事ではない」と文書に示しているから、県は地質調査と言ってくれば、認めざるを得ないのだ。  一方で、ヤード工事はトンネル本体工事の一部と判断している。「ヤード工事の再開は認められない」の主張はいまのところ、変えることはない。ただ、これまでと同様に、ヤード工事再開を認めない根拠を県条例に求めると、ボーリング調査との整合性がなくなってしまう。ヤード工事を認めないために、トンネル本体工事と一体であると県が解釈する根拠を何に求めるのか?  そうであるならば、JR東海は、県が求める井川―大唐松断層帯を調べるボーリング調査を行えばいい。このボーリング調査で、県自然環境保全条例に基づく自然環境保全協定を結ばざるを得なくなる。保全協定の締結を終えたあと、ヤード工事再開を要望すればいい。県は、これまでのように、トンネル本体工事と一体だから認めないとする法的根拠を県条例に求めることはできない。昨夏の主張はちゃんと文書に残っている。その主張の整合性を保つのは難しいだろう。  もともと、国交省の提案通り、ヤード工事を再開したからと言って、トンネル本体工事を「なし崩し」に行うことなどあり得ない。流域市町が心配したのは、ただ、それだけである。県は当初、ヤード工事はトンネル本体工事と無関係と考えていた。それなのに工事を認めない屁理屈をつくってしまった。  昨夏の大騒ぎは何だったのか?JR東海が是が非でも、ヤード整備再開を望むのであれば、土地改変を伴う地質調査を提案すべきだ。それで、大騒ぎに意味があったことがわかるだろう。 タイトル写真は、昨年6月のJR東海社長の県庁訪問に大騒ぎしたメディア

ニュースの真相

リニア騒動の真相69「工事凍結」は思いつき?

各紙の新年インタビューではどう答えたのか?   昨年12月23日の会見で、川勝平太静岡県知事は突然、リニア南アルプストンネル工事の静岡工区について、JR東海に「工事凍結宣言」を表明するよう求めた。その後、新聞各紙との新年インタビューが行われ、当然、「工事凍結宣言」が大きなテーマとなった。  昨年6月の金子慎JR東海社長、7月には国交省の藤田耕三事務次官が県庁を訪れ、トンネル本体工事とは関係のないヤード基地での準備工事について再開を要請したが、知事はトンネル本体工事の一部とみなして拒否した。このため、JR東海の工事は宿舎や市東俣林道の整備に限定され、事実上、リニア工事は全面的に凍結されている。つまり、「工事凍結宣言」の有無に関わらず、JR東海は全く、手が出せない状態である。  1月1日付中日、静岡、3日付朝日、4日付毎日、産経、5日付日経、7日付読売の各紙がすべて紙面を大きく割いて知事インタビューを掲載している。「リニア工事凍結宣言を」(読売)、「リニア工事凍結促す」(毎日)、「工事の凍結求める」(中日)、「リニア工事「一時凍結を」」(日経)など各紙のインタビュー記事の見出しに「工事凍結」が登場した。  どういうわけか、朝日はリニア問題を落として、紙面では1行も触れていない。リニア問題は全国的に注目され、県民の関心も高いから、朝日は他紙が扱うと分かっていて、リニア問題を落とした。これも見識か?  1ページ全面を割いて、知事インタビューを東海本社編集局長が行った中日を見てみよう。「リニア問題」の項目で「工事の凍結を求める」を見出しにしていた。「国交省有識者会議で結論が出た場合の対応?」が質問だった。記者会見などで知事が何度も繰り返した状況説明をした上で、「有識者会議で一定の結論が出ても、県の専門家会議でも協議し、流域住民の理解も必要になる」と有識者会議の存在を否定するような、これまでと同じ話を紹介している。全く目新しい情報はない。  最後に、ひと言、『住民を安心させるためにも「凍結する」方針をJR東海が出すしかないのではないか』と述べ、それが見出しに取られた。「住民を安心させる」理由で、知事はJR東海に「工事凍結宣言」の表明をしろ、と言うのだ。JR東海は知事権限の前に手も足も出ない、準備工事にさえ入れない状態にある。(知事はJR東海の味方だと見ている)国の有識者会議の結論が出ても、次のステップがあり、すぐに工事に入れないことを周知させているから、いまや不安を持つ県民は誰もいない。「住民を安心させる」という知事の大義名分をとやかく言うつもりはないが、そもそも誰も不安を訴えてはいないのだ。  逆に、地元の井川地区住民は早期着工を望む声がしきりだった。「工事凍結宣言」表明を迫るのは、単なる知事のパフォーマンスだろうか? 有識者会議は時間が掛かる?  「リニア工事凍結促す」。強烈な大見出しの隣でにこやかに笑う毎日=タイトル写真=は「ルート変更や甲府までの部分開業をJR東海に求める考えに変わりないか」という質問に、知事は「それを考えるべき最大の責任者はJR東海の金子社長」とした上で、「有識者会議は時間がかかる。工事凍結を公式に言うことは、地元に安心感を与える」とあり、中日とほぼ同じ回答をしている。  読売では「(有識者会議の結論が出るまで)相当時間がかかる。結論が出るまで、JR東海はトンネル工事の凍結を宣言するべき段階にきている」。いずれにしても、これからも工事の許可を出さないことを宣言している。JR東海に率先して、自ら進退を処すべきだと言っている。  静岡では、もっと踏み込んでいた。知事は「国土交通省の専門家会議で(自然環境などに)悪影響が出る、あるいは大井川の水が全量を戻せないという結論になれば、工事をいったん凍結するのが常識だ。だが、JR東海は南アルプスにトンネルを通す大方針を変えず、建設計画を立ち止まって考え直す様子は全くない」と言うが、これは何だか分からない  国交省の有識者会議は中下流域の地下水への影響はほぼない、という結論を出すことは明らかだ。ただ、「大井川の水の全量戻し」や「自然環境」はこれから議論が行われる。知事は議論の前にすでに、ダメだという前提に立ち、「工事をいったん凍結するのが常識的だ」と切り捨てる。こんな仮定に基づいた結論を導き出して、「JR東海は南アルプストンネルを通す大方針を変えて、建設計画を考え直せ」と迫っているのだ。  最後に「リニア問題は新型コロナと同じように危機として県民全体に突き付けられている」と断言する。つまり、静岡県に「リニア問題」が存在することは、コロナのような厄介な存在であり、「リニア計画を抜本的に変えろ」とは、「計画を中止しろ」と聞こえてくる。  日経は、さらに具体的に書いてあった。「私がJR東海の社長なら、これ以上話がこじれると事業それ自体をあきらめる最悪の事態になりかねないと考える。ここは事業者として静岡工区の一時凍結を表明すべき」、「三大都市圏を約1時間で結ぶリニアは感染症のウイルスを移行させるインフラにもなりかねない。国会に委員会を設け、リニアをこのまま進めてよいか、中間評価として審議すべき」と、知事の飛躍した論理にとどまるところはない。  リニア計画は三大都市圏を1時間で結ぶことに価値があるから事業化したのだ。「リニアは感染症のウイルスを移行させるインフラ」に説得力があるかどうかわからないが、知事は「JR東海がリニア事業をあきらめる最悪の事態」を演出したいようだ。「リニア計画を中止しろ」と迫っているのが、はっきりと分かる。 お金に換えられぬリニア水問題?  産経を読んで、すべてはっきりと見えてきた。見出しは「リニア水問題 お金に換えられぬ」。知事は「水の問題はお金に換えられない。南アルプスの地中は複雑で、毛細血管のような水脈がいったん断ち切られると、山は健康体でなくなる。希少な植物やさまざまな昆虫、生物を守れるのかということだ」と言っている。  まるで子供の作文を読んでいるようだ。予算(お金)と法律(条例)が県知事の仕事である。お金の絡まない問題は何ひとつもないが、そう言ったほうが正義の側に立っているように見える。  「リニア工事凍結」を求める理由を「お金には換えられない」「毛細血管のような水脈がいったん断ち切られると、山は健康体でなくなる」など情緒的なレベルで訴えられれば、リニア工事は永久に凍結せざるを得ない。JR東海がいくら科学的に説明しても、最初から聞く耳はないだろう。  知事の要請に従って、JR東海が「工事凍結」を表明すれば、リニア計画中止を求める世論の追い風となり、大騒ぎとなる。リニア工事差止訴訟は論拠を得たことになり、コロナの影響で、新幹線需要が落ち込み、在宅勤務の奨励などでリニア整備の意義に疑問符をつける学者らも多いから、全国的な反対運動は大きな盛り上がりとなるだろう。知事はそのような効果を期待して、JR東海に「リニア工事凍結」表明を迫っているのだろう。  ことし6月に知事選を控えているだけに、各紙とも4選出馬を聞いている。知事は4選出馬でも真意を明らかにしない。知事インタビュー紙面は知事として県民に対するポイントを獲得する絶好の場であり、対抗馬も出ていない現状で真意を明らかにするはずもないが、当然、出馬する意向ははっきりと見えている。  リニアをコロナと同列の危機としてとらえ、知事選の争点にするのに、「リニア工事凍結宣言」は非常にわかりやすい。暮れの記者会見で、突然、「リニア工事凍結宣言」を迫り、新年の各紙インタビューであらためて紙面をにぎわせた。そのまま、知事選の争点にするのには絶好のテーマである。JR東海は何も言えないから、誰も反対はできない。  つまり、「リニア工事凍結宣言」は、”パフォーマンス知事”の頭に浮かんだ思いつきだろう。だから、理由など何もないのだ。そのような場当たり的な思いつきにメディアは単に振り回されている。  コロナ禍の中で、静岡県のあまりに貧しい医療体制に危機感を抱く自民県議が、昨年12月の県議会一般質問で、知事の公約である「医大誘致はどうなったのか」とまじめに追及したのが印象的だった。2009年夏、川勝知事は県東部地域への医大誘致を公約に掲げて知事選に出馬、初当選した。愛知、神奈川県が4医科大学、人口70万人の山梨県に1医科大学であり、人口約370万人の静岡県に1医科大学では医師確保ができていないのは自明である。  それから10年余がたったが、医科大学誘致の声は全く聞こえてこない。医大誘致には、地域病院のベッド数緩和など政治的な課題が多く、それだけ政治家としてはやりがいがあるだろう。知事は政務が苦手だから、永田町や霞が関へ出掛けて、課題を解決できる政治力はないのだろう。清水地区の桜ケ丘病院問題を知事は批判してきたが、それよりも、東静岡駅の県有地に医科大学を誘致して、桜ケ丘病院のベッド数を活用するなどの方策を検討することはできる。ただ、そちらの難しい課題には手を出さない。  JR東海が手も足も出ないリニア問題は言いたい放題でも、静岡県が取り組むべき課題については黙ったままである。12月県議会の答弁でも、自民県議の質問をはぐらかせただけで、何の回答もしていなかった。6月の知事選まで半年を切った。川勝知事のパフォーマンス政治は4期目も続くから、リニア計画は一歩も前に進まないだろう。JR東海は本当に、リニア工事凍結宣言を表明したほうが無難かもしれない。  新年の新聞各紙インタビュー記事を読んで、その思いを強くした。

ニュースの真相

リニア騒動の真相68またまた『不都合な真実』だ!

「クエンチ」で超電導と常電導の違いが分かる  JR東海リニア中央新幹線のリスクや課題を紹介する『超電導リニアの不都合な真実』(川辺謙一著、草思社)が昨年12月に発行された。第1章「複雑な超電導の仕組み」、第2章「なぜ超電導リニアが開発されたのか」や第4章「なぜ中央新幹線を造るのか」などの補足的な説明をした上で、標題の『不都合な真実』は、第3章「超電導リニアは技術的課題が多い」が中心となっている。電磁波の影響や大井川の水、南アルプスの環境問題ではなく、リニア走行の技術的課題を取り上げている。その意味では、これまでの『不都合な真実』とは一線を画すだけに、購入時には興味深いと感じた。  同書が最も大きな問題と指摘したのは、「クエンチの発生」と「ヘリウムの供給不足」の2つである。  まず、「クエンチ」とは何か?クエンチは超電導状態から常電導状態に遷移してしまう現象を指す。超電導と常電導の大きな違いは、電磁石の種類の違いであり、強力な電磁石を使う超電導は常電導よりも非常に強い磁界を発生させることができる。この強力な磁界で、浮上する高さに違いが生まれる。  常電導リニアが約1㌢浮上するのに対して、超電導リニアは約10㌢も浮上させることができる。この力で、常電導リニアは時速300㎞走行は可能だが、時速500㎞になると超電導リニアのような安全性を確保できない、この結果、JR東海は世界初となる超電導を選択したのだ、という。  しかし、超電導では、超電導磁石が強い磁界を発生できなくなり、常電導状態に転移してしまうクエンチが起きるのは避けられない。ウィキペディアでは「クエンチに続いて全面的な常電導化が一気に進むので、電気的、磁気的、熱的、機械的に大きな変化が同時に起こる」と説明する。同書では、クエンチが起きると、電気抵抗が生じることでコイルが急激に発熱し、コイルを冷却していたヘリウムが液体から気体になり、体積が約700倍に膨れ上がる危険な状態になってしまうと説明する。  一般になじみがある、脳腫瘍、脳血管障害の検査に威力を発揮する断層画像撮影装置「MRI」も超電導磁石を使っている。MRIでもクエンチ事故(気化したヘリウムが充満して、煙がもうもうと出る。場合によっては内部にいる人が窒息する恐れもあるが、日本では人身事故の発表はない)が起きる。それでも、MRIの場合、ヘリウムガスを外に出す排気設備を設けるとともに、冷媒となるヘリウムなどの補充で事故に対応できるようだ。  一方、リニアの場合、屋外で超高速で走行する輸送機関だから、MRIのような対応はできず、クエンチを完全に回避するのは不可能だと言うのだ。もし、リニアでクエンチが起きれば、従来の鉄道では起こり得ない悲惨なトラブルが起こる可能性があると筆者は警告する。  1997年山梨実験線に移る前、宮崎実験線では4年間で14件のクエンチ事故が発生している。その後、JR東海は改良を重ね、山梨実験線で「クエンチは一度も起きていない」と説明、2010年のリニア小委員会で国交省担当者が「クエンチ現象は発生していない。技術的に解決したと考える」と太鼓判を押している。つまり、JR東海はクエンチを克服したのだ。  ところが、1999年9月の山梨日日新聞にクエンチが起きたと伝えているから、筆者は「山梨実験線でクエンチが少なくとも1回起きたことを前提に、超電導リニアの評価を見直し、導入することも改めて検討すべきだ」と主張する。  ただ、筆者が紹介している山梨日日新聞の見出しは「クエンチで車両停止」となっているが、記事をよく見ると「液体ヘリウムを供給するステンレス製の管の接合部に長さ約1㌢の亀裂が入っていた」とあるから、この亀裂の結果として、クエンチ現象は起きたが、これはクエンチではなく、何らかの他の原因による亀裂の発生がクエンチを招いてしまったと考えるべきだろう。その後、実際の原因が何かは報道されていない。  筆者は、1999年の事故がクエンチだと思い込んでいるから、JR東海は実際にはいまもクエンチを克服できていない、と判断している。ふつうに考えれば、「亀裂」とクエンチは別のものである。もっと突っ込んで取材をした上で、結論を出すべきだったのではないか。  同書では、JR東海がクエンチを克服できていない証拠が20年も前の新聞記事のみである。これでは首をかしげてしまう。 「ヘリウム供給」ができなくなる日?  もう1つの問題は「ヘリウム」の供給不足である。  超電導状態を維持するためには、コイルをマイナス269℃の極低温に冷却する必要があり、液体ヘリウムと液体窒素を冷媒として使用している。そのヘリウムについて、世界的に価格が高騰し、供給が不安定になり、入手が困難だと筆者は指摘する。全世界のヘリウム生産量はアメリカ約6割、カタールが約3割で、日本は100%輸入に頼っている。もし、ヘリウム不足によって供給できなくなれば、超電導リニアの走行ができなくなる恐れが高いという。  ところが、インターネットで「ヘリウム不足 超電導磁石」を調べると、ヘリウムを使用しない「高温超電導磁石」開発が日本で盛んに行われている記事が多く出てくる。「高温超電導磁石」では、コイルの素材を変えることで、液体ヘリウムではなく、電動の冷凍機によって冷却(マイナス255℃)を可能にする。この技術が実用化されれば、クエンチの発生についても対策を取る必要がなくなってしまうのだ。  JR東海、鉄道技術研究所はリニア用高温超電導磁石の開発を進め、リニアでもすでに一部の試験車両に搭載され、走行試験が行われている。現在、長期耐久性能を確認している最中なのだという。しかし、同書にはそのような記述は全くない。  JR東海によると、リニアに使うヘリウムは何度も使い回しができるから、ヘリウム使用量は年間に国内輸入の1%に過ぎないという。いまの段階でも、リニアにとって、ヘリウムの供給不足は考えられない、というのがJR東海の回答のようだ。『不都合な真実』筆者はJR東海への取材をしていないようだから、逆に、その点が「不都合な真実」となる恐れがある。  同書にはクエンチ、ヘリウムが何度も登場し、その結果、「リニア計画の中止」が結論となっていくのだが、全体的に見て、クエンチ、ヘリウムについての取材不足は否めない。  南アルプスの環境問題やコストやエネルギー消費量など、他の反リニア評論家らも指摘している問題に紙面を割くのをやめて、「クエンチ」「ヘリウム」だけに焦点を絞って、さらに詳しい取材をするべきだった。わたしのような素人の疑問に答えることで、本当にリニアにとって『不都合な真実』だったのかどうかが明らかになったかもしれない。  同書が指摘する技術的な課題は『不都合な真実』と言えるほどのものではない。ただ、JR東海がクエンチやヘリウムについて非常に労力を使っていることだけは理解できた。 川勝知事『不都合な真実』は言行不一致  同書では、2020年はJR東海はコロナの影響で「東海道新幹線の利用者急減」と静岡県などの反対で「中央新幹線の開業延期」のダブルパンチを受け、リニアに対して懐疑的な意見をメディアが報道されるようになり、ネットでも同様の意見が散見されることになったことで、筆者は「リニア計画の中止」を提案している。  コロナ禍の中にいると、コロナ後のことは全く見えてこない。コロナ前、インバウンド(訪日外国人)が日本の観光をけん引していたが、コロナ後にそういうこともなくなるのかどうか。もし、インバウンド需要がないとすると、静岡空港はじめ日本経済の行方は真っ暗である。  さて、『不都合な真実』を読んでいて、昨年8月に朝日新聞地方版に3回にわたって掲載された川勝平太静岡県知事の手記を思い出した。知事もクエンチやヘリウムのことを書いているのだろうか?当然、そのような記述はない。近いのは、超電導コイルに必要な希少金属(ニオブ、チタン、タンタル、ジルコニウム等)は世界中で取り合いであり、原料を確保できるのかと疑問を呈している。次回は、クエンチやヘリウムも取り上げてみてほしい。ただ、反リニアの評論等に書いてあるものを鵜呑みにしないでちゃんと調べてほしい。  各新聞社は新年紙面で知事インタビューを掲載している。朝日以外はすべての新聞が知事にリニア問題を聞いていた。  1月1日付の中日編集局長インタビュー記事に『今動けば県民に迷惑』という大きな見出しがあった。今夏の知事選で、4期目の意欲を問われると、知事は「今の危機はリニアとコロナだ。リニアで水が失われかねない、人類共有財産のエコパークが傷つけられるかねない。コロナも今は第三波の真っただ中。選挙運動はできない。県民のために働くのが知事。県民に迷惑をかけてはならない。ここで選挙のことを言うのは不適切だと思っている」。  4日の産経新聞などが川勝知事が年末に「不要不急の帰省は我慢して」と県民に呼び掛けておきながら、26日から1月3日まで長野県軽井沢の自宅に”帰省”していたのは不謹慎だと批判していた。暮れのインタビューで「今の危機はリニアとコロナだ」と言いながら、実際は、知事自身がそれほどコロナに対して危機感を持っていないことが明らかになった。ことしも川勝知事の「言行不一致」が始まったのである。  2020年に一番感じたのは、川勝知事の「言行不一致」である。菅首相批判をすると思えば、暮れには菅首相宛に飴のおまけをつけた手紙を送ったようだ。その中身は、「リニア工事凍結」だと言うが、手紙の中身は明らかにされていない。もし、菅首相が知事の手紙を公開すれば、またまた『不都合な真実』が見えてくるかもしれない。12月31日に自分で投函したことも明らかにしているから、「軽井沢からの手紙」は公的なものではなく、私信であり、年賀状のようなあいさつなのかもしれない。どうも、私的な部分と「リニア工事凍結」という公的な部分がはっきりとしない。  今夏の知事選まで、政治家として言行不一致の『不都合な真実』が続くかもしれない。4期目出馬の回答も同じだが、これは次回紹介したい。

ニュースの真相

リニア騒動の真相67JR東海に欠けているもの?

国交省異例の「人事異動」とは?  静岡県リニア環境保全連絡会議生物多様性専門部会が12月25日、開かれた。1年3カ月ぶりの会合だったが、JR東海から目新しい資料等の提出はなく、各委員もこれまでの意見を繰り返すだけだった。県が年末になって、今回の会合を開いたのは、「水環境」だけでなく、「生物多様性」問題も忘れているわけではない、今後、必ずテーブルに載せる方針をJR東海に確認させる意味のほうが強かったのだろう。国の有識者会議で、「水環境」についての結論が見えてきただけに、迷路に入るのに等しい「生物多様性」をちゃんと県民らに向けて見せたかったようだ。  ただ、今回、まず紹介したいのは、当日、国交省から驚くべきニュースが飛び込んできたことからだ。  赤羽一嘉国交相は25日の閣議後会見で、来年1月6日付で鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)副理事長に水嶋智官房長を充てる人事異動を発表した。元鉄道局長の水嶋氏は昨年10月、ことし7月の2回、当時の藤田耕三事務次官とともに川勝平太静岡県知事に面会するなど、リニア静岡問題の打開を図ろうとしていただけに静岡県でもなじみが深い。2度目の知事面会直後に、水嶋氏は鉄道局長から官房長へ移った。官房長に就いて、たった半年を過ぎたばかりでの今回の異動はあまりにも異例である。  なぜ、今回の人事が行われたのか?北陸新幹線金沢―敦賀間の建設工事遅延で開業が23年春から1年遅れ、追加工費2658億円が必要となるなど地元からの厳しい批判を受けて、国は22日に同機構へ業務改善命令を出した。その直後、電光石火の人事異動によって理事長、副理事長更迭を発表、新しい理事長が決まらないまま、実質的な責任者となる副理事長に水嶋氏を充てたのだ。2003年に同機構が設立されて以来、初めてとなる現役職員というのは、国交省の危機感を現わしているのだろう。  鉄道畑の水嶋氏には、官房長に就いたあとも、膠着したリニア静岡問題の解決を図ることは大きな使命であり、宿題でもあった。国のリニア有識者会議責任者だった水嶋氏に対して、川勝知事は「(水嶋氏は)会議の運営が拙劣である。マネジメントの不誠実さが現れている」「水嶋局長は筋を曲げている。約束を守らない、やる気がない」「あきれ果てる運営で、恥を知れ」など言いたい放題の罵詈雑言を浴びせたから、水嶋氏は何としてもリニア静岡問題を解決したかっただろう。  タフな水嶋氏の対応を厳しく批判することで、知事は赤羽大臣が(水嶋氏の更迭などを含めて)動くものと期待していたようだ。ところが、逆に、赤羽大臣は「県民を代表する知事職にある方が、公開の場で自身の部下でない者を名指しで非難されたことは、これまでなかったのではないか」と断固とした姿勢を示した。  この発言前まで、知事は赤羽大臣に是非にも面会したいと言っていたが、いつの間にか、その発言をどこかに仕舞ってしまった。逆に言えば、今回の人事を含めて、タフな水嶋氏に対する期待が赤羽大臣らには大きいようだ。 「成田空港」に地域連携を学べ!   同機構は山梨リニア実験線の整備に携わり、山梨県、長野県、岐阜県など45㌔区間の工事を請け負っているから、水嶋氏とリニアとの関係が切れるわけではない。ただ、水嶋氏が赤羽大臣に期待されているのは数多くの問題を抱える北陸や九州などの国の整備新幹線建設工事だろう。その地域に入ってみないとわからない事情や深刻な問題を抱えているから、水嶋氏の手法に期待が掛かるのだ。  昨年12月、水嶋氏はJR東海幹部らを呼び、「成田空港勉強会」を開いた。勉強会は非公開だったため、その内容が分からず、成田と言えば、どうしても「成田闘争」のイメージが強かっただけに、昨年の12月15日「リニア騒動の真相26」で『「成田」ではなく、「流木」に学べ!』と地域とのつながりを重視するよう求めた。あとで聞いてみると、「成田空港勉強会」もわたしの関係してきた安倍川、大井川の流木イベントと同様に地域との信頼関係をどのように築いていくのかが大きなテーマだったようだ。  水嶋氏は長年、成田空港問題に携わり、その解決に当たって、大規模な交通インフラ整備には事業者が地域としっかりと信頼関係を築くことが不可欠だという信念を持っている。お祭りやイベントなど日常的なつきあいを重ねて、地域とコミュニケーションを取るために成田空港株式会社は担当セクションを設けた。リニア静岡問題でも成田空港問題で培ってきた経験とノウハウをJR東海に理解してもらい、具体的に生かしてもらいたいという意図が強かった。  今回のタイトルは、水嶋氏の人事異動というニュースに触れたからではなく、県生物多様性部会を傍聴していて「JR東海に欠けているもの?」と付けた。県生物多様性部会で一体、何があったのか? 増澤委員の不在が意味するものは?  今回の生物多様性専門部会で、板井隆彦部会長(静岡淡水魚研究会会長)は会合が始まってから、何度も、増澤武弘委員(静岡大学客員教授)の不在について事務局に問い合わせた。午後3時の定刻になっても増澤氏の姿が見えないことで、板井氏は事務局にどうなっているのか尋ねた。事務局は「増澤氏は少し遅れているが、会議を始めてください」と促した。増澤氏は交通など何らかの理由で到着が少し遅れるだけなのだろう、と推測された。まさか、増澤氏がそのまま欠席するとは、そのときには板井氏は考えもしなかっただろう。  JR東海に対する4人の質疑が終わると、あらためて増澤氏はどうなっているのか、板井氏は尋ねた。事務局の回答はあまりに曖昧なものだった。各委員は都合2回ずつ、質疑を行った。板井氏は最後のまとめ前にも増澤氏の不在について、事務局に聞いたが、曖昧な回答しかなかった。  増澤氏は大学教員として南アルプスの植物研究に取り組んできた。専門部会の植物研究者は増澤氏ひとりであり、他の委員は動物を専門にする。県の他委員選考には疑問が残るが、植物と言えば、増澤氏ほどふさわしい人材は見当たらない。11月27日の県リニア環境保全連絡会議の全体会議に出席、増澤氏は塩坂邦雄委員がJRの資料に「大きな矛盾点がある」と発言したのに対して、地質構造・水資源専門部会全体の意見なのかどうかを聞いていた。つまり、増澤氏は発言が科学者の視点に立っているのかを大切にするのだ。だから、板井氏は増澤氏の意見を尊重する姿勢を持ち、今回の重要な専門部会を欠席するなどとは思えず、都合4度も増澤氏の不在について会議中に関わらず、事務局に聞いたのだ。  そして、会合は終えてしまった。事務局からは増澤氏の不在について何ら説明はなかった。多分、分からなかったのだろう。  もしかしたら、県にとって、増澤氏の不在はそれほど大きな問題ではなかったのかもしれない。23日会見で、川勝知事はJR東海に静岡工区の工事凍結を求めた。その理由のひとつが、南アルプスの重要性であり、今回はその重要性を訴えるための会合だった。だから、県は内部で何度も打ち合わせを行ってきた。その主な調整事項は会合の運営についてだった。  一体、どのような運営だったのか? 県が最も優先したのは何か?  まず、時間配分である。午後3時から4時半までが会合、その後5時半過ぎまでの1時間以上が囲み取材である。会合の中身よりも、メディアがどのように報道してくれるのか、それが県にとって一番重要な問題だったのだろう。つまり、副知事の囲み取材こそが最も重要なイベントだったのだ。副知事の主導によって、記者たちは会合の内容を理解するからである。  それが分かるのは、報道席である。県担当者、市町などの関係者があって、その後ろだから、はるかに遠い位置に設定された。それぞれがマイクを使っているのに、マスク着用もあってか、肝心の委員の質問は何を言っているのか聞こえてこないのだ。事務局はそんなことに頓着していなかった。そのため、記者たちのほとんどが報道席を離れてしまい、テレビカメラと同様に立っているか、窓際の近くに椅子を持ってきて座っていた。そんな状況で会議内容を理解するのは非常に難しい。だから、会議を終えたあとの副知事説明を記者たちは期待したのだ。  また、地元の報道陣のほとんどの顔触れが変わり、東京からのフリー記者も生物多様性部会は初めてのようだった。囲み取材で、質問内容は当日の会議とはかけ離れ、基本的な問題が多かった。ある記者がJR東海に対して、「なぜ、生物多様性部会の開催が1年3カ月も離れたのか」と聞いた。傍らで聞いていた板井氏が「県の主導でやっているのだから、そんな質問をJRに聞くべきではない」と言っているのが、聞こえた。  とにかく重要なのは、副知事の囲み取材だった。だから、副知事の囲み取材が真っ先に行われた。その際中に、小声で板井氏と話していると、事務局の自然保護課長が厳しく注意をしてきた。廊下に出たのだが、それでも何かまずい雰囲気でドアの前に立っていた。ところが、午後5時半近く、板井氏の囲み取材になった途端、リニア担当理事が会議室の電話を使い、何やら大きな声で話していた。それも2度に渡ってである。部長職の理事に課長含めて誰も注意をする者はいなかった。県職員にとって、何が重要で優先しているのかがはっきりとしている。  シナリオ通りに会議は終えた。どんな開発であれ、それなりの自然環境への負荷が出て、深刻な影響を与えるのは県の事業も同じである。ユネスコエコパークの南アルプスがそれほど重要ならば、世界文化遺産の富士山の自然環境を守るために、スバルライン、スカイラインの閉鎖などを話し合うべきである。富士山の保全措置を見る限り、JR東海に求めているような厳しい対策を講じてはいない。  JR東海は、県に会議方法を学ぶべきである。内容はともあれ、知事のように自分のことばを選ぶことも重要であり、県民らに訴える力は非常に大きいのだ。自分たちで記者会見を開くべきであるが、いまのままでは訴える力はゼロに等しい。批判の集中砲火を浴びるだけだ。  JR東海は理屈のみで説明しようとするが、それでは説得力に欠ける。県は会議の組み立てから職員総出で予習を行い、どのように目的を達成できるのかを検討している。今回の会議でも、JR東海が説明すれば、するほどボロが出ていた。専門家ばかりの席で、理屈や論理のみで応酬するのであれば、JR東海は間違っていないが、会議に出席しているのは、南アルプスの特性も環境問題もほとんど知らない記者たちである。副知事は彼らに向けてしゃべっているが、JR東海は目の前の専門家さえ分かればいいと思っているようだ。だから、囲み取材でもボロが出てしまう。  昨年12月、水嶋氏の主導で「成田空港勉強会」を開いたが、JR東海には何ら響かなかったようだ。水嶋氏が今後、民間の立場でJR東海を指導できるのか、分からないが、何よりもJR東海は自発的な取り組みをしなければならない。  29日アップの予定で、東洋経済オンライン『JR東海が見習うべき地域連携の姿』という記事を書いた。いま一度、リニア静岡問題にどのように取り組むべきか、JR東海は考えてほしいのだ。金子慎JR東海社長も読んだほうがいいだろう。

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リニア騒動の真相66「捏造」指示の狙いは?

何をもって「捏造」と言うのか?  23日、東洋経済オンラインで『驚きの事実、静岡県リニア文書に「捏造」あった 議事録に記載ないのに委員意見として文書作成』の見出し、記事をUPしてもらった。東洋経済では何と「捏造」の見出しをつけた。県が送ってきた文書を会議に参加していない国交省に、まるで会議で合意を得た意見と錯覚させるような作為もあったから、このでたらめな文書を「捏造」と考えたのだろう。東洋経済の記事は一般読者に向けて、担当者がわたしの原稿をわかりやすく直してくれた。ただ、紙面の関係もあり、工法等に関する細かい部分を省略しているため、正確に伝わらない点も多い。  今回の問題は「(JR東海の資料に)大変な矛盾点がある」と指摘した塩坂邦雄委員の意見は「仮定」を積み重ねていき、ありえない結論をつくり、その文書を国に送ったことだが、国交省に塩坂氏の意見が「仮定」だとは気がつかないくらいに、県の送った文書は巧妙にできている。なぜ、そんなことをしたのか?それを説明していきたい。  まず、わたしの最初の驚きは、12月8日、国交省で開かれた第7回有識者会議後の記者会見である。江口秀二審議官の囲み取材で、静岡新聞記者が「静岡県が送った(塩坂氏の指摘を含む)リニア環境保全連絡会議の意見書についてどう対応するのか」と疑問を投げ掛けたことだ。その疑問を聞くまで、そのような文書があること自体、全く知らなかった。すぐに、静岡県HPで、この意見書を探したが、見当たらないのだ。なぜ、静岡新聞記者だけ県が意見書を送ったことについて知っていたのか?  わたしは11月27日の県リニア環境保全連絡会議後の森下祐一部会長の囲み取材で、「塩坂氏の指摘を県専門部会で問題にして議論するのか」と尋ねた。もし、塩坂氏の「大変な矛盾点」を問題にするのであれば、県専門部会の席だろうと考えた。その後、県リニア担当理事にも尋ねた。  ところが、県はいつの間にか塩坂氏の意見を国交省に送り、有識者会議に諮るよう求めていたのだ。その事実を静岡新聞のみに伝え、わたしを含めてそれ以外の記者を無視した。静岡新聞が県の「御用新聞」だからと言えば、それで済む問題と県は考えたのだろうか。川勝平太静岡県知事がリニア問題についてはすべて公開を唱えているのだから、このような”特別扱い”は許されるはずもない。  翌日の9日に、県リニア担当理事に説明を求めると、「12月3日に事務連絡として送ったが、内容は問題にならないようなものだから、HPでも発表しなかった」と回答した。「静岡新聞記者が聞きに来たから、教えた」などととぼけていたが、「内容は問題にならない」事務連絡の文書と当該意見の議事録をもらった。 森下、安井両氏が塩坂氏に「異論」「反論」  事務連絡は、やはり、塩坂氏の「大変な矛盾点」を会議の意見にしていたから、塩坂氏の発言議事録を森下部会長に送り、「大変な矛盾点」についての見解を聞いた。  県が国に送った塩坂氏の意見は2つある。最初の意見が、その「大変な矛盾点」に当たる。資料38(図25)について「ボーリング調査の結果、(大井川支流の西俣川直下の断層)690mから700mにかけて、(JR作成の資料写真で)コアの採取率が50%であることから、当該地域に約10mの破砕帯が存在しているといえるが、その場所には湧水がない結果(図25の赤丸で示された掘削時の湧水増加区間となっていない)となっており、矛盾があるので、検証が必要である」と書いてあった。  塩坂氏の「矛盾点」指摘については、『リニア騒動の真相64JR東海批判の「無責任報道」』で詳しく書いているが、やはり、一般読者には非常にわかりにくいのだろう。  塩坂氏の指摘に対して、森下氏は「矛盾はない。(JRは)湧水したかどうかの計測値を記入したのであり、(湧水がなかったのは)JRの勝手な解釈ではない。湧水がなかったことで、逸水があったかもしれない。断層=湧水ではない」などとコメントしてくれた。これで、塩坂氏の指摘が正しいと言えないことが分かった。  もし、県が森下氏に意見を聞いていれば、塩坂氏の意見に異論、反論があることが明らかだった。ふつう、そんな異論、反論のある意見を県は一方的に「重要」とは考えない。検証しなければならないからだ。この点だけでも、今回の県の姿勢に疑問を抱くはずである。  塩坂氏の2番目の意見は、資料46ページ(図26)について、「ボーリング時の口元湧水量について、約600mのセメンチングを行った後も湧水量が上がっている。つまり、大量の出水が予測される690ー700m間の約10mにおいて、薬液注入による止水ができないと思われるので、その議論が必要である」(2番目の塩坂氏の意見は、12月9日にわたしがもらった文書をそのまま書いている。実際には、会議で議論しなかった意見に文書を「捏造」してしまった。その「捏造」については東洋経済オンラインの記事でも紹介している)  「ボーリングのセメンチング(セメントを塗るなどで固める)と実際のトンネル施工ではセメンチングの方法も違い、薬液注入等で湧水があっても止水できる」と同会議の席で、トンネル工学の専門家、安井成豊・施工技術研究所部長が述べている。そもそも、「大量の出水」について、森下氏が否定し、さらに、出水があったとしても、止水ができるとそれぞれの専門家が異論、反論を述べているのだ。塩坂氏の意見は、他の専門家から見れば、ずさんなぼろぼろの意見だと言われたのに等しい。  会議の席での安井氏の意見を無視して、県はなぜ、塩坂氏の意見が正しく、重要と考えたのだろうか?2人の異論、反論を見れば、塩坂氏の意見が正しくも、重要でもないと、静岡経済新聞の記事を読む読者には分かるが、静岡新聞だけを読んでいれば、全く、理解できないだろう。 「山梨県側へ流水する」は可能性ゼロ  そして、最大の問題は「薬液注入による止水ができなく、結果的に先進坑で水を抜くことになり、山梨県側に流水してしまうことになる」という塩坂氏個人の意見を県が会議での意見として「捏造」したことである。  安井氏は「止水ができる」と主張した。それなのに、この文書では「止水ができなく」となっている。さらに、結果的に「水を抜くことになり」とは、水没してしまう状態なのだろう。  JRは下り勾配でトンネル掘削を行う予定であり、もし、万が一、トンネル内の10m区間のみが水没するような湧水に見舞われても、排水作業を行い、薬液等で対応できると説明してきた。水没しても大丈夫と言っているのに、塩坂氏は水没してにっちもさっちいかない状態を「仮定」している。もし、そんな「仮定」をするならば、塩坂氏は、JRの主張に問題があることを科学的な根拠をもって示さなければならない。  最も大きな問題は、下り勾配の掘削では「山梨県側へ流水する」可能性はゼロであることだ。ここで、タイトル写真を見てほしい。現在、議論しているのは、西俣川直下の断層である。図には赤字で「脆い区間は延べ約200mで確認(短いスパンで繰り返し出現)」という注意書きのある場所で、この区間は下り勾配で工事をすることになっている。水は止まってしまうから、たとえ、大量湧水があったとしても山梨県側へ流水することは絶対にありえないのだ。  塩坂氏の意見は、大量湧水によってにっちもさっちもいかなくなり、下り勾配では工事ができなくなった緊急事態を「仮定」している。その結果、静岡県で下り勾配の工事から、山梨県側から上り勾配での工事に工区変更を行うことを「仮定」している。だから、「山梨県側へ流水してしまう」という結論が導き出されるが、これでは、とんでもなく飛躍していることがわかるだろう。  次回の有識者会議で議論になるのは、タイトル写真の山梨県境付近にある畑薙山断層帯の800m区間についてである。赤字で「脆い区間を約800mの区間で確認」とあるから、南アルプストンネル工事の最難関区間であり、この区間は静岡工区ではなく、山梨工区として、上り勾配で掘削していくことになっている。だから、「山梨県側に流水してしまう」のである。その流水に対して、川勝知事は「水一滴たりとも山梨県側への流出は許可できない」としているから、有識者会議でどのような結論となるのか注目される。  ところが、県の文書は、この800m区間ではなく、約10m区間の西俣川断層について塩坂氏の大きな問題があるとの指摘を取り上げたのだ。県は塩坂氏の「仮定」が重要であるとしたが、その科学的な根拠は全く持ち合わせていない。これは、振り返って考えると、「中下流域の地下水への影響」問題と非常に似ているのだ。  当初、知事は湧水全量戻しについて、山梨県側への流出のみを問題にしていた。いつの間にか、県リニア環境保全連絡会議で、ふつうではありえない約100㌔離れた中下流域の地下水への影響を問題にするようになった。わたしは、「リニア問題の真相」で何度もそんな事態は、「ブラックスワン(金融危機や自然災害で極端に確率が低い予想外のことが起こり、それが大きな波及効果をもたらす現象)」と同じだと書いてきた。たとえ、「ブラックスワン」であったとしても、JRは科学的な根拠を示さなければならなくなってしまった。  西俣川直下の断層についても、静岡新聞は塩坂氏の指摘に合わせて、何度も報道している。実際には「仮定」に基づく可能性を指摘しているだけなのだ。今回のように森下部会長や安井委員らが異論、反論をしてくれているから、塩坂氏の指摘がとんでもないことだとわかるが、県や静岡新聞が何度も言えば、中下流域の住民らは大きな不安を抱くだろう。いつの間にか、住民の不安解消のために、JRは西俣川直下の断層に大量湧水が発生しないことを科学的な根拠で示せ、ということになっていただろう。  こんな議論は、為にする議論でしかないが、「中下流域の地下水への影響」についても証明するのに有識者会議は非常に苦労しているから、もし、そのまま塩坂氏の意見がまかり通っていれば、「地下水への影響」の二の舞になっていたかもしれない。  23日の知事会見を聞いていても、リニア問題について、川勝知事の発言に進歩は見られない。有識者会議での議論を聞いて、正確に理解しているわけではない。とにかく、説明責任はJR東海にあるの一点張りだ。挙句の果てに、静岡工区のリニア工事凍結を求める発言まで飛び出した。とにかく、JRに対して、何らかの問題を提起することが知事の役割のように思っているのだろう。こんな政治的な動きではなく、ちゃんと科学的に理解して、この問題の真相が何かを見極める目をより多くの人たちが持つべきであり、そのためには、JR東海もちゃんとやるべき説明をしていかなければ、今回のように新たな問題を突き付けられることになるだろう。

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リニア騒動の真相65「御用新聞」では生き残れない

「完全な御用新聞」と批判した週刊ダイヤモンド  国交省の第7回有識者会議が8日開かれた。座長コメントは「想定されている湧水量であれば、トンネル掘削完了後にトンネル湧水量の全量を大井川に戻すことが可能な計画となっていることを有識者会議として確認した」などの結論が出された。JR東海はトンネル掘削によって、大井川流量2㎥/秒が減少すると予測、工事後は導水路トンネルを設置して、ポンプアップなどを併用してトンネル湧水量の全量を大井川に戻す措置を立てた。この計画を有識者会議が支持したわけだ。  今後は、トンネル工事中について、川勝平太静岡県知事の「”命の水”は一滴たりとも県外流出は許可できない」発言に対する議論が行われることになる。これまでの県専門部会の議論で、JR東海は、先進坑が開通するまで、工事中の作業員らの安全上、山梨県側に10カ月間0・08㎥/秒、長野県側に7カ月間0・004㎥/秒の流出があることを明らかにしている。第8回有識者会議からは「湧水の県外流出」が議論の俎上に載せられる。  これまでの有識者会議の議論で「中下流域の地下水への影響等はほとんどない」とする結論が得られ、問題解決へ一歩前進した。今後、知事の「水一滴でも流出は許可できない」発言に対しては、委員らがどのような意見を持つのか?果たして、JR東海が知事発言に対応した対策を打ち出すのか?大きな注目が集まる。  有識者会議の議論は順調に進んでいるが、その議論とは別にさまざまな”場外乱闘”が繰り広げられている。県と共闘して”場外乱闘”のタネをつくってきた静岡新聞だが、今回の有識者会議でも問題のタネをまいた。  会議後の記者会見で、静岡新聞記者が江口秀二審議官に最初に投げ掛けた質問はまさに”場外乱闘”のタネだった。11月27日に第9回県リニア環境保全連絡会議が開かれ、その席で塩坂邦雄委員(株式会社サイエンス技師長)がJR東海の資料に「大変な矛盾点、欠陥があった」と指摘した。静岡新聞記者は「静岡県が送った(塩坂氏指摘を含む)意見書にどのように答えるのか」と尋ねたのだ。  県が国交省に「意見書」を送ったことを静岡新聞記者の質問で初めて知らされた。リニアに関係する資料はすべて公開すると、県は主張してきたから、わたしが静岡県HPを見落としただけだったのかもしれないと最初は思った。  すぐに、静岡県HPを何度も探したが、そのような「意見書」を見つけることができなかった。県の環境保全連絡会議後、森下祐一県地質構造・水資源専門部会長の囲み取材で、塩坂氏の意見について、県専門部会で問題にして議論するのかを尋ねた。さらに、県リニア担当理事にも同じ質問を投げ掛けた。  それなのに、県担当者は静岡新聞記者だけに、県の作成した「意見書」を渡し、国交省へ送付したことを伝えたのだ。わたしを含めて誰も、その「意見書」を読んでないから、静岡新聞記者が何を言いたいのかさっぱりわからなかった。あまりにも不公平である。  「これでは、県の言い分を垂れ流す完全な御用新聞ですよ」(週刊ダイヤモンド2020年10月10日)。先日、リニア問題にからんだ静岡新聞を批判した記事が掲載された特集(「ジャーナリズムとは程遠い?地方紙”トンデモ”列伝」)を教えてもらったばかりだった。まさに、ダイヤモンドの記事の通りだった。  静岡県の「御用新聞」記者が、県の主張をそのままに質問したのだ!川勝知事は記者会見等で、この「御用新聞」記者を特別扱いするのは周知の事実である。県政記者クラブで問題にしないのは不思議で仕方ないが、今回のような”特別扱い”が許されるものではない。 新聞発行以外の分野に乗り出す静岡新聞  この記者による、9月10日付静岡新聞1面トップ記事『大井川直下「大量湧水の懸念」 JR非公表資料に明記 想定超える県外流出』についての問題点を何度も批判した。東洋経済オンラインの10月2日『静岡リニア「JR非公表資料」リークしたのは誰だ』、11月5日『JR東海と県の対立をあおる「静岡新聞」への疑問』、「リニア騒動の真相」連載では10月2日『県と新聞社マッチポンプ?』、10月11日『新聞記事にご注意を!』などで詳しく報じている。  県リニア環境保全連絡会議の翌日、11月28日付静岡新聞は『大量湧水止める工法限界 県有識者会議指摘 支流直下 掘削時 区割り影響、水量減も』という大きな見出しで、塩坂氏が「大変な矛盾点、欠陥があった」と指摘した意見をそのまま記事にしている。まさに「御用新聞」の本領発揮と言ったところか。この記事を受けて、県は「意見書」を作成、国交省に送ったことになる。  塩坂氏の意見等についての反証は、11月29日『リニア騒動の真相64JR東海批判の「無責任報道」』として報じた。また、静岡新聞については『政治部記者として、流域住民の不安を煽ることだけが記事の目的なのだろうか。いくら紙幅の制限があるとしても、事実を正確に読者に伝えようとする科学記者の視点に欠ける。24日の記事内容も塩坂氏の指摘だろうが、どういうわけか、記事に塩坂氏の名前は登場していない。(素人の)政治部記者の視点だけで記事が構成されている。静岡新聞では、科学的な議論についてのチェック機能が全く働いていないようだ』と書いた。最近の静岡新聞の質の低下を多くの読者らが指摘している。  12月2日付静岡新聞経済面に『新事業創出・育成へ 「未来創造工房」新設』の3段見出し記事を見つけた。「来年1月1日、静岡新聞社・静岡放送は新聞発行や番組製作など従来のメディア事業と異なる分野で新しい事業に挑戦し、育成する専門部署フューチャー・クリエーション・スタジオ(未来創造工房)を新設する」とあり、すぐ下に2人の社員が同部署に異動することになっていた。やはり、静岡新聞自体が危機感を抱いているのだ。  新聞でも放送でもない、新たな分野とは?一体、何をするのか? 静岡新聞の「イノベーションリポート」とは?  フューチャー・クリエーション・スタジオをネットで調べると、大石剛社長が12月1日、社員に送ったメッセージが見つかった。  「(コロナ禍の中)この未曽有の状況で昔のように家族的な温かさでは社を存続させていくこと、ここで働くみなさんを守っていくことはできない。この危機を乗り越えるには企業変革であり、新たな事業の創出である。志を一緒にできない方、知恵も汗も出せない方には泥舟に乗っていただく」などと述べていた。「志」とは「ユーザーにとって価値あることを提供しつづけること」であり、ユーザーのことを一番に考える「自分ごと化」をしてもらう、ともあった。  メッセージの中で「自分ごと化」や「オープンイノベーション」「ジョブ・ディスクリプション」などといった単語は初めて聞き、具体的には理解できなかった。  調べていくと、静岡新聞社がことし8月に発表した「イノベーションリポート」が全国の地元紙の注目を集めていた。昭和の終わり頃を舞台に、日経新聞と時事通信社の生き残りを賭けた記者らの姿を追ったノンフィクション「勝負の分かれ目」の著者、下山進氏が大石社長をインタビューした記事を見つけた(2020年9月20日サンデー毎日の記事「NYTと静岡新聞のイノベーションリポートは何が違うのか」)。  NYタイムズが「イノベーションリポート」によって、デジタル化を進め、デジタルの収入が紙の収入を上回るまでになったように、「静岡新聞版イノベーションリポート」に下山氏は期待を寄せたようだが、実際は、「ずっこけた」などと書いている。締めくくりに『静岡新聞の最新の部数は51万部まで落ち込んでいる。特にこの2年半、10万部以上の部数を失った。決算は直近二期連続の赤字決算。「イノベーション」は確かにまったなしに見える。リポートは議論の出発点となるか』とあるから、大石社長の危機感に共感しているようだ。ただ、下山氏は中身があまりにも具体的ではない、とも指摘している。  いずれ紙媒体は凋落してしまう。そんな中で、静岡新聞は生き残りを賭けて何をするのか? リニアに日本型「イノベーション」の可能性  Fake it til you make it(できるまではでっちあげろ、成功するまでは成功しているふりをしろ)。2018年6月、初めてシリコンバレーを訪れ、「シリコンバレーの信条」を知った。スタートアップ文化とも呼ばれ、シリコンバレーには一攫千金を狙うベンチャーが数多くいて、その多くが、VC(ベンチャーキャピタル)などに嘘や都合のいい話ばかりをしているようだ。  わずか一滴の血液で200種類以上の病気の診断法を開発したベンチャー企業「セラノス」を立ち上げて、弱冠31歳で資産45憶ドルを築いた女性起業家エリザベス・ホームズをサンフランシスコ滞在中に知り、シリコンバレーを訪ねた。エリザベスを詐欺容疑で起訴する記事をウオールストリートジャーナル(WSJ)で読んだからだ。「一滴の血液」診断はまさに「でっちあげ」だったのだ。  エリザベスの”嘘”をあばくために調査報道を続けたWSJのジョン・カレイロウ記者の著書「BAD BLOOD Secrets and Lies in a Silicon Valley startup」は、捜査当局が入るまでの一連の調査過程を描いている。ハリウッドで映画化も予定されている。シリコンバレーは光の世界だけでなく、数多くの闇の世界が渦巻いている。  シリコンバレーで、スタンフォード大学のインターンとして研修する化学者の卵や日産研究所の自動運転の研究者らと話をすることができたが、実際には、シリコンバレーのコミュニティへの参加は非常に難しい。エリザベス・ホームズのような事件は大小とりまぜて数多くあるが、日本にはそんな情報は全く入ってこない。  静岡新聞の目指すところを、シリコンバレーのスタートアップ文化から学んでいるならば、リニアについてもちゃんと理解すべきだ。日本では、「GAFA」「GAFAM」といったプラットフォーマーは創造できない。米国を受け入れるだけで、中国のように自国でつくることはできないからだ。新たなイノベーションによる大変革を何に求めるのか非常に難しい。  近い将来、電気自動車が従来のガソリン車を駆逐するように、テクノロジーはビジネスモデルを変える。現在、リニアは時速500㌔と言っているが、開業段階に時速600㌔を目指し、東京ー大阪間を約50分で結ぶ。すでに次世代交通システムは、電気自動車のテスラ創業者イーロン・マスクがぶち上げた「ハイパーループ」(空気抵抗をなくして真空状態をつくる)を目指している。時速1200㌔で、東京ー大阪間は25分に短縮される。韓国では17分の1モデルが時速1019㌔を実現、米国ではバージン・ハイパーループがたった500mだが、有人走行に成功している。まだ、多くの課題が山積している。  トヨタのハイブリッドカーが一時代をつくったが、近い将来、電気自動車がとって代わる。リニアは「ハイパーループ」の時代が来る前の新交通システムとなりうる可能性を持つ。時速600㌔のリニアの時代はすぐ目の前にあるからだ。日本の革新技術が早急に実現しなければ、中国、韓国などが追い抜いていくだろう。  大石社長が目指すところが、日本の「イノベーション」であるならば、リニアを理解できない「御用記者」による”場外乱闘”ばかりでは正しい方向を導くことはできない。個々の会社が存亡の危機にあるように、日本の国そのものに強い危機感を抱くべきである。