ニュースの真相

ニュースの真相

リニア騒動の真相3 ”越すに越されぬ大井川”

静岡県は”切り札”を隠している?  「山梨県へ流れ込む地下湧水の全量すべて戻せ」。そのためには「リニアのルートを変えることを考えたほうがいい」と“脅し”とも取れる発言をした川勝平太静岡県知事。  そんな強硬な発言とは裏腹に、日経ビジネス特集記事では「立派な会社だから、まさか着工することはないだろう」と弱気な一面も見せていた。  知事の発言からは、静岡県はJR東海の「着工強行」をストップさせる“切り札”を持っていないようにも見える。しかし、JR東海は静岡県と協定書を結ぶために、知事の発言に沿うよう「全量を戻す」と発言、驚くほどの低姿勢に徹している。しかし、11月7日の記者会見で川勝知事は「全量回復」表明でようやく対話の段階に入ったと、さらにハードルを上げた。両方の綱引きを冷静に見れば、静岡県が何らかの許可権限を持っていると考えるしかない。 4百m地下トンネルと河川の関係   南アルプスを貫通するリニアトンネルは全25キロのうち、静岡市内10・7キロを通過する。  もう一度、大井川水系用水現況図を開いてみよう。リニア中央新幹線の南アルプストンネルは、大井川の本流(東俣川)と支流(西俣川)の地下約4百メートルを通過する計画である。  東海道新幹線では、大井川を鉄橋でわたるが、リニア新幹線の場合、地下約4百メートルの地中深くのトンネルを通過する。リニアトンネルの通過は深い地下のことであり、はるか上を流れる大井川とは全く無関係のように見える。  本当にそうなのか?  地下深くを通過するトンネルだとしても、河川に建設される工作物である。そんな事例は過去にあったのか。この点を調べていくと、思いもしなかった許可権限が明らかになった。 地下トンネルも河川法の対象  大井川は、中下流域約40キロまでを国土交通省、そこからの上流域約130キロを静岡県が河川法に基づいて管理している。となると、リニア建設予定地の大井川最上流部は静岡県が管理している。  静岡県河川砂防局に出向き、その法律について説明してもらった。  大井川の管理は国と都道府県が行い、河川区域内の土地を占用しようとする者は、河川管理者の許可を受けなければならない。これが基本だ。  河川区域内の土地に、工作物を新築する者は河川管理者の許可を受けなければならない。焦点は「河川区域内の土地」に、約4百メートルの地下も含まれるかどうかだ。  担当者ははっきりと「どんな深い地下でも含まれる」と回答した。 審査基準は「利水上の支障」  国土交通省にも確認した。こんな地下深くのトンネル建設は前例のないケースであり、そんな地下トンネルが河川法の対象になるなど、誰も考えなかっただろう。  橋や発電所だけでなく、地下深くのトンネルも河川管理者の許可を得なければ、建設できないと、法律が定めている。  JR東海は、静岡県との合意がなくても、静岡県内の南アルプス地域でリニアトンネル建設の着工はできる。しかし、いざ、大井川本流、支流部分に近くなり、その部分を貫通するためには、静岡県へ申請を行い、許可を受けなければならない。  静岡県と「水環境問題」で対立するJR東海は、この面倒な問題を抱えていることを十分承知しているのだろう。だから、川勝知事の強硬発言にも低姿勢を貫いている。  静岡県によると、JR東海から申請は出されていないとのことだ。申請書が提出されれば、静岡県はすぐにでも審査に入る。重要なのは許可のための審査基準となってくる。法律には「治水上又は利水上の支障を生じないものでなければならない」と記されている。 トンネル建設は完全にストップ  地下トンネルによって「利水上の支障」が生じるのかどうかは、現在の静岡県とJR東海の議論を見れば、一目瞭然である。  いま一度、JR東海と静岡県の争点をおさらいしてみたい。  リニアトンネルで想定される大井川の減少流量について、JR東海は約2トンと推定して、「1・3トンは導水路をつくって戻し、残りの0・7トンは必要に応じてポンプアップして戻す」という対策を説明、これに対して、知事は「減少流量を毎秒約2トンとした根拠が全く分からない。山梨県側に流れていくだろう湧水全量を戻せ」と主張、真っ向から対立してきた。毎秒2トンの根拠をすべて提出したうえで静岡県の有識者会議で精査するとまで言っている。JR東海は「大井川の中下流の水資源利用に影響はない」と主張してきたが、川勝知事は「静岡県民62万人の生命の問題」と反発、双方の入口が違うので折り合いはつかない可能性は高い。  JR東海は県と協定を結び、合意を図ることを目指しているが、実際には県との合意がなくても、トンネル工事に着手できる。日経ビジネスの記事に腹を立てたJR東海幹部の「着工強行」という発言が報道された。  しかし、JR東海がトンネル工事に入ったとしても、もし、静岡県が河川法に基づくJR東海の申請を「利水上の支障」に当たるとして却下できる。川勝知事が何度も繰り返す「県民の生命の問題」は立派な”大義名分”となり、「利水上の支障」を理由に許可しないだろう、とJR東海も見ているだろう。  いくら着工できても、肝心の許可が出ない以上、一歩も先へ進まない。リニアトンネル建設は”越すに越されぬ大井川”となる。  その時点でリニアトンネル建設は完全にストップしてしまうのだ。 JR東海の申請はこれから  リニアトンネル建設予定地の大井川本流は標高約1400m、支流の西俣川は標高約1450m辺りだ。2つの川は、中部電力の二軒小屋発電所近くで合流するまで、他の河川同様に滝のような急流なのだろう。  静岡県担当者に、それぞれの川幅はどのくらいあるのか聞いた。大井川本流は川幅8m、西俣川は川幅8~15mとの回答を得た。西俣川の源流部は烏帽子岳(標高2726メートル)の頂上付近まで伸びているが、実際にそんな場所へ行ったことのある人は数少ないだろう。そんな場所での問題だ。  万が一、川幅がたった1メートルだったとしても、静岡県が首を横に振れば、リニア新幹線の建設は1メートルのために前に進まない。JR東海が「着工強行」に踏み切れない理由はここにあった。  河川法の審査期間は標準28日間。担当者によれば、審査は、河川への影響対策が「十分」か「不十分」かについて判断する、という。いつJR東海が申請するのか、工程表が明らかにされていないので、その工事内容を含めて全く分からない状態だ。  一般的に、公共性の高い橋やトンネルを建設するのであれば、書類の要件が整っていれば「申請」の時点で、右から左へ「許可」が出される。  ところが、今回は全く事情は違う。「県民の生命の問題」として強硬発言をしてきたのだから、JR東海の対応によっては川勝知事は首を大きく横に振るだろう。 県知事はなぜ、沈黙しているのか  不思議なのは、川勝知事はこの許可権限を一言も記者会見で明らかにしていないことだ。記者たちの質問もないから、知事のほうから積極的にこの許可権限の存在を口にすることはない。沈黙に徹している。  先日、静岡県水利用課に出向いて、この許可権限の話をしたが、担当者は全く承知していないように振る舞った。取材していて、実際に担当者は知らないのかもしれない、と疑った。いくら担当課が違うと言ってもこれはおかしい。  多分、この水環境問題で重要なカギを握るのは、「難波喬司副知事」をトップに“オール静岡”と知事が呼ぶ、関係自治体の要請を受けた県庁組織なのだろう。そこでたたいているのかもしれない。  川勝知事は河川法の許可権限について沈黙を守っている。もしかしたら、この”切り札”ともいえる許可権限を“オール静岡”の戦略会議で、どのように使うのか、まだ固まっていないのではないかと疑ってしまう。  知事は記者会見で「鉄道のトンネル工事が計画通りにいかないことはよくある」とトンネル工事がいかに難しいかを承知している。JR東海の「『原則的に』静岡県内に湧出するトンネル湧水の全量を大井川に流す措置を実施する」という回答書の『原則的』の文言に不満を示したが、『原則的』が鉄道のトンネル工事ではやむを得ないことも腹の底では理解して、そう言っているとしか思えない。  知事はJR東海に一体、何を求めているのだろうか? 川勝知事の次の一手は?  「ニュースの真相 リニア騒動の真相3」で紹介したから、いずれ、この許可権限は表面化するだろう。もし、静岡県がストップを掛ければ、1分1秒の遅滞なく、東京、大阪間をリニアで結びたいJR東海だから、静岡県に政治的なプレッシャーを掛けてくるだろう。   ただ、川勝知事は記者会見で「日経ビジネスの記事がリニアの本質的な問題をついたから経済界に激震が走った。これでリニア推進という環境に変化が起きた」と話し、「2027年開通はJR東海の事情であり、単に企業目標」と、何よりも静岡県の水環境問題の解決を優先する姿勢を示した。たとえ、安倍首相の強い要請があったとしても、知事は柳に風と受け流すだろう。  もし、静岡県が不許可にすれば、JR東海は不服審査を国へ申し出る。国は静岡県の不許可理由を聞いた上で、もし、JR東海の申請に問題がないと判断すれば、意見を付けた上で申請を静岡県に差し戻す。それでも、静岡県が不許可と判断すれば、JR東海は法的措置を取るしかない。法廷闘争に移り、長い時間がさかれるだろう。  そんな悠長なことをやっている余裕がリニア建設にあるとは思えない。しかし、静岡県が黙って許可を出さなければ、実際にはそうなるだろう。リニアトンネル建設に際して、田辺信宏静岡市長は「140億円のトンネル」の“補償”をJR東海から勝ち取り、南アルプス観光の糸口をつけた。  JR東海は南アルプストンネルの直線ルートに決めたとき、静岡県の存在を全く考慮に入れていなかった。JR東海は長い間、静岡県を甘く見てきた。今度も「大人しい」静岡県は黙って許可を出すものと踏んでいたのかもしれない。いまや、「大人しくない」川勝知事がひと筋縄ではいかないことを痛感しているはずだ。  1970年代に始まったリニア計画。東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、愛知の各都県は期成同盟会をつくり、「交通大革命」リニア開業が中央沿線に大きな恩恵をもたらすと確信、積極的な役割を果たしてきた。  2011年5月、南アルプスを貫通する「直線ルート」の採用によって静岡もリニア地元県となった。しかし、リニア開業は静岡県の「衰退」に拍車が掛かると誰もが知っている。川勝知事の「深慮遠謀」に大いに期待したい。

ニュースの真相

リニア騒動の真相2 「140億円トンネル」ー南アルプス観光の象徴

よくやった!田辺市長  日経ビジネス8月20日号大特集「リニア新幹線 夢か悪夢か」は川勝平太静岡県知事の発言をクローズアップ(「リニアの真相1」で紹介)、その対比で静岡市を“悪者”扱いしている。  「JR東海は、リニアの完成が遅れれば、収入のないまま巨額の投資を続けることになる。その焦りから、カネで解決しようとする。大井川の水量問題で静岡県だけが工事に入れない。そこでJR東海は静岡市と工事連携の合意を取り付けた。だが、その見返りに、地元住民が要望していた3・7キロのトンネルをJR東海が全額負担して建設する。その額は、140億円にも上る。しかし、県知事や市民団体から猛烈な批判を浴びると、市長は大井川の問題についての発言だけ撤回。結局、JR東海は巨額のカネを突っ込みながらも、着工のめどが立たない」。  記事中にある「そこで」とか「だが、」、「しかし、」という接続詞に注意してほしい。正しくない接続詞の使い方によって、記事が悪意に満ち、内容も正確性に欠ける。  静岡市が「140億円」の札束で、JR東海に屈したような印象を持たせる記事に仕立て上げた。そんなことは決してない。「140億円」のトンネル工事は、政治家、田辺信宏静岡市長のお手柄であり、面目躍如と言っておかしくない。  「よくやった!田辺市長」の声が、各方面から聞こえてくる。 ポイントは静岡市の道路使用「許可権限」  JR東海は静岡県と大井川の水量環境問題で合意形成を目指している。その話し合いが物別れに終わったとしても、水環境問題を理由にJR東海は「着工のめどが立たない」わけではなく、リニアトンネル建設の着工を強行できる。合意形成は単に道義的な責任問題であり、法律要件ではないからだ。川勝知事は怒り心頭だろうが、着工をストップさせる権限は静岡県及び大井川沿線の自治体にはない。  「大井川の水量問題で静岡県だけが工事に入れない。そこでJR東海は静岡市と工事連携の合意を取り付けた」わけではない。  静岡市は、リニアトンネル建設の工事車両を南アルプスエコパーク内(東俣林道)で通行させる許可権限を持っている。そのための合意である。水の問題とは全く違うのだ。記事は、あたかも田辺市長が「抜け駆け」して大井川の水環境問題で合意したかのような印象を与えている。  そもそも、静岡市は大井川広域水道の受水自治体(島田、焼津、掛川、藤枝、御前崎、菊川、牧之原の7市)に入っていない。   JR東海が南アルプス地域でリニアトンネル工事に着工するためには何としても静岡市の道路使用許可が必要だった。日経ビジネスはその事実を全く書いていない。静岡市は、JR東海と水面下の交渉を続け、道路使用許可などの行政手続きを速やかに進める代わりに、山間地域・井川住民の求めていた、約4キロのトンネルを整備させることに成功した。工事を進捗させるための“補償”に見えるが、JR東海は「140億円」のトンネルをリニアトンネル建設車両通過のためとしている。  どちらであっても、静岡市民としては万々歳である。 トンネル建設で20分の時間短縮  知事はじめ大井川流域の首長はJR東海、静岡市の「基本合意」締結を批判したが、静岡市は地域住民の生活を守る役割を果たしただけである。  記者会見の中で、田辺市長が「(大井川の水環境問題で)現実的に対応可能な最大限の提案をしている」とJR東海の対応を高く評価してしまった。お互いに納得した上で基本合意にこぎつけたのだから、相手の取り組みを手放しで評価するのもうなずけるが、そこは大人の対応が必要だったかもしれない。  すぐに川勝知事は「水環境問題の本質を全く理解していない」と発言の撤回を要求、4日後に田辺市長は「問題が決着したかのような誤解を受ける発言だった」と知事の要求を受け入れた。この撤回に対して、川勝知事は「(田辺は)市民、県民の信頼を失い、県職員の信用を失った」と批判、撤回を厳しく要求しておいて、これも大人の対応ではない。  リニアトンネル建設予定地の南アルプス国立公園地域は静岡市域内である。  静岡市は貴重な自然財産・南アルプスを活用したかったが、アクセスに大きな問題を抱えていた。  約4キロのトンネル建設で、20分間の時間短縮を図ることができる。「140億円」のトンネル建設は、新東名静岡インターからのさらなるアクセス整備のきっかけにつながるはずだ。  日経ビジネス記事で、川勝知事は「おとなしい静岡の人たち」と表現した。田辺市長もその静岡人だから、川勝知事の厳しい批判に耐えて黙っていたのだろう。今回のJR東海との交渉では、静岡市長として田辺は政治的な役割を十分果たした。ふだんは頼りないように見えるが、評価すべきところはちゃんと評価したほうがいい。  大井川の水環境問題は、京都府出身で生粋の静岡人ではない、つまり、「おとなしくない」川勝知事が何とかしてくれるだろう。 知事の「井川地区ほったらかし」批判  2017年川勝知事は「静岡型県都構想」を提唱、静岡市を廃止して、「県都」として「特別区」設置を訴え、「特別区を設置して、身近な行政は身近な行政体がやるべき」と静岡市に挑戦状を投げつけた。「県庁所在地の静岡市に2人の船頭は不要」と発言をした。さらに浜松市に比べ、静岡市は自立心に欠け、二重行政で県におんぶに抱っこだとも批判した。田辺市長を「クン」呼ばわりするなど、早稲田大学後輩の田辺市長を何度も貶めた。  2017年5月県知事選の最中、川勝知事は次のように批判した。  「静岡市は人口70万人を切った。葵区は広く、南アルプスの裾野の井川地区はほったらかしだ」  そんな批判に、田辺市長はじっと耐えたのだろう。それが今回の基本合意につながり、井川住民の信頼を勝ち取った。それなのに、関係自治体の首長らは「抜け駆け」と批判、「寝耳に水」の川勝知事も怒り心頭だった。今回、JR東海との交渉を最後の最後まで川勝知事へ知らせなかったことが一番の怒りを買った要因だろう。ただ、もし、知らせていたら、基本合意はできなかったかもしれない。  「おとなしい」静岡人でもそのくらいの意地があったのだ。お互いに刺激しあうことで人口減少に悩む静岡市に南アルプス開発の夢を与えられる。基本合意だから、今後、具体的な協議に入らなければならない。南アルプスエコパーク内の工事に入る前までに、ちゃんと140億円トンネルをまとめてほしい。  JR東海との合意を生かして、“オクシズ”と呼ぶ山間地域へのさらなる支援につながっていくよう大きな期待が膨らむ。  ※日経ビジネス・大特集「リニア新幹線 夢か、悪夢か」(2018年8月20日号)                               パート1「速ければいいのか 陸のコンコルド」、パート2「安倍『お友だち融資』3兆円 第3の森加計問題」、インタビュー「どうにもとまらない 葛西名誉会長インタビュー」、パート3「国鉄は2度死ぬ」 各パートの題名の通り、リニア新幹線に対して多くの疑問、疑惑、反対運動などを紹介している。  著者の一人、金田信一郎氏は2016年6月「巨大組織が崩れるとき 失敗の研究」(日本経済新聞出版社)を発表。日経ビジネス記事には「JR東海は『平成』の終焉の象徴になるかもしれない。平成を跋扈したのは、民間の皮をかぶった政官財複合企業だった。(略)その経営が杜撰かつ無責任な状態に陥っていく。リニアはそんな『平成』が生み出した怪物」と「失敗の予感」さえ伝える。  1979年リニア建設を望んだ沿線9都府県(静岡県は入っていない)が期成同盟会を設立、92年に沿線学者会議も設立され推進に向けて地域一体となって積極的に取り組んできた。日経ビジネス記事の中には「東海道新幹線だって、最初は『世界の3バカ』と言われた」と紹介。静岡県は1964年の「世界の3バカ」東海道新幹線開通でさまざまな恩恵を受け、発展した。  2027年東京―名古屋、2037年頃東京―大阪が開通予定。交通大革命と呼ばれるリニア新時代が始まる。  日経ビジネス記事は「リニア新幹線が必要」と訴えてきた中央沿線の人々に冷や水を投げ掛けたことは確かだ。 ※掲載の新聞記事は静岡新聞2018年6月20日夕刊です。  

ニュースの真相

リニア騒動の真相1 ”塗炭の苦しみ”-嘘か真実か

JR東海の説明を受け入れない静岡県  日経ビジネス2018年8月20日号特集「リニア新幹線 夢か悪夢か」。川勝平太知事の真剣な表情をとらえた写真とともに「静岡県の6人に1人が塗炭の苦しみを味わうことになる」という発言が載った。リニア中央新幹線南アルプストンネル建設は「県民の生死に関わる」影響をもたらし、「ルートを変えることを考えたほうがいい」と提案。いまさら「ルート変更」ができないことを承知しての“脅し”に聞こえた。  なぜ、知事はそんな“脅し”めいた発言をしたのか?  南アルプストンネル建設予定地は、大井川の中下流域から百キロ以上も上流部に位置する。約百キロの間には、二軒小屋発電所から始まって20の発電所、畑薙第一、井川や長島など14のダムがひしめく。その中でも、2002年に完成した多目的用途の長島ダムは、知事が「塗炭の苦しみを味わう」と表現した約60万人へ水道用水を供給する。  「リニアのルートを変えろ」と求める静岡県に対して、長島ダムは“水がめ”の役割を果たせなくなると大騒ぎしていない。どう考えても知事の“脅し”には無理がある。  JR東海との綱引きを行う真相はどこにあるのか? JR東海はすべての資料を明らかにせよ  JR東海はトンネル建設に伴う大井川の減少流量を毎秒約2トンと推定、西側に導水路トンネルをつくり1・3トンを大井川本流に戻し、山梨県側に流れていく残りの0・7トンを「必要に応じて」ポンプアップで戻す対策を提案した。つまり、毎秒2トンの減少流量がなければ、ポンプアップの必要性がないというのがJR東海の説明。  これに対して、静岡県は、JR東海が毎秒2トンの減少流量を試算した根拠を公表していないことに不信感を抱き、大井川の減少流量2トン分だけでなく、山梨県側に流れるだろう地下湧水すべてを常時ポンプアップして戻せ、と訴える。  JR東海は工事着手後及び工事完了後にもモニタリングをした上で、何か不都合があれば改善していくと説明する。一方、静岡県水利用課は「本当かどうか分からない数字に基づいており、その対策が有効かどうかさえ疑わしい。JR東海側がすべての資料を明らかにした上で検討しなければ、いつまでも疑問は解決されない」と一歩も引かない。  JR東海が主張する通り、実際にやってみなければ分からないことも事実だ。 河川の正常な機能「維持流量」守る  そもそも、知事の発言に大きな疑問を抱くのは、百キロ以上も離れた中下流域のことであり、本当に中下流域に甚大な影響を及ぼすものだろうか?  大井川水系用水現況図を広げてみて、すぐに気づくことがある。  リニア新幹線南アルプストンネルからいちばん近いのは、二軒小屋発電所(中部電力)である。  同発電所は毎秒11トンの最大使用量を許可されている。来年3月末に水利権の更新を迎える。水利権で最も重要なのは、「維持流量」である。  維持流量とは、河川における流水の正常な機能を維持するために必要な流量とされ、当然、中下流域の水利用の影響を踏まえて決められる。発電できるのは、維持流量以上の流水がある場合に限られる。JR東海が計画する導水路は、二軒小屋発電所の下流にある椹島とつなぐのだから、大井川の流量減少の影響をもろに受けるのは、二軒小屋発電所となる。毎秒2トン減少したとしても、中電は維持流量を守らなければならない。  大きな影響を受ける中部電力が大騒ぎして、JR東海とこの問題で交渉している話は表面化していない。中部電力に問い合わせたところ、「その件はノーコメント」という回答。多分、名古屋に本社がある民間同士だから水面下での交渉を続けているのだろう。  発電量が減るようなことになれば、何らかの“補償”になるのかもしれないが、二軒小屋発電所は利水に対する義務は果たし、大井川の維持流量を守るだろう。 南アルプスから豊富な水を供給  大井川の本流は間ノ岳(3189メートル)を源流に駿河湾まで約168キロの長さ、流域面積1280キロ平方㍍の大河川だ。その間には日本第2位の高さ、白根北岳(3192メートル)、荒川岳、赤石岳、聖岳など3千メートル級の南アルプス13座の山々が連なり、北アルプスに比べて降水量も多く、リニア建設地から下流域の数多くの支流から本流に流れ込み、長島ダムなどに水を供給している。  山梨県側へ流れるという地下湧水が大井川本流部にどのくらい影響するのか、それはあまりに難しい話だ。また、山梨県側に流れ込む地下湧水は、いずれ富士川水系に入り、静岡県へ供給される。もし、西側へ地下湧水が流れ込んだとしても、いずれ天竜川水系に入り、これも静岡県を潤すのだ。  JR東海は少なくとも大井川の減少流量毎秒約2トンの対策を立て、国に環境影響評価書を提出、認可を受けた。環境影響評価書が科学的正確性を欠くのは、約4百メートル地下に建設されるリニアトンネルは工事以前には不明なことが多いというのが本当のところだろう。 国の長島ダムは“水がめ”の役割  1億トン以上の貯水量を誇る井川ダムを経て、国交省は大井川で初めての洪水調節、流水の正常な機能の維持を図り、水道、工業用水利用などを行う長島ダム(有効貯水量6800万トン)を建設した。もし、水量減少で“水がめ”の役割を果たせなくなる恐れがあるとしたら、長島ダムは真っ先に大騒ぎしなければならない。上水道への目的で利水関係7市に最大毎秒5・8トンを供給しているからだ。  国交省は「河川への影響が出ない対策をJR東海が採るべきだ」と話すが、今回の流量減少毎秒約2トンの対策については一応評価している。  「静岡県とJR東海の合意形成を図ってほしい」と話し、それが地下湧水の減少を常時ポンプアップすべきとまで話していない。これは、ポンプアップすることでの環境への負荷、その費用対効果の問題や地下湧水の減少が果たして大井川にどのような影響を与えるのかまで図りきれないからではないか。 リニア計画では“蚊帳の外”静岡  川勝知事の“塗炭の苦しみ”という表現には驚いた。  水量が大幅に減少、水道水として利用する下流域にある七市(島田、焼津、掛川、藤枝、御前崎、菊川、牧之原)約62万人が「泥にまみれ、炭火に焼かれる」(塗炭)ような、ひどい苦しみを味わうことになるというが、どうも過剰な表現のような気がする。  大井川だけでなく、天竜川、富士川、狩野川、安倍川の5大河川に恵まれ、富士山という自然の“水がめ”もあり、他県に比べれば、水はうらやましいほど豊かだ。  JR東海の対策について、川勝知事は「(地下湧水)全量を常時戻してもらわなければ、県民の生死に関わる」と握りこぶしを振り上げたが、他県の人たちから見れば、何とも説得性に乏しい。  2011年5月、国は「リニア中央新幹線」整備計画を決定、静岡県の南アルプスを貫通する「直線ルート」が採用された。  1970年代に始まったリニア計画。中央線沿線の東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、愛知の各都県は、静岡を通過しない茅野、伊奈周辺の「迂回ルート」を強く要望した。ところが、蓋を開けてみると、最も採算性の高い東京-名古屋間を40分で結ぶ「直線ルート」を選択した。  40年以上も過ぎ、最後の最後に静岡もリニア計画の地元になった。長年さまざまに取り組んできた、静岡を除く各県は、リニア新駅設置で驚異的な恩恵を得るとして、各県民とももろ手を挙げての大歓迎ムードに包まれた。静岡県はお祭り騒ぎを黙って見ていたにすぎない。  しかし、いまや他人事ではなく、静岡県もリニア新幹線建設の地元県である。 厳しい要求を通す“権限”は?  川勝知事は南アルプスに登って現地を視察、リニア長大トンネルが静岡県に何ら利益をもたらさず、下流域に深刻な影響を与える可能性を知るや、JR東海と真っ向から戦うことを決めた。政治家として真っ当であり、地域のために、開発者に厳しい要求をするのは政治家の使命だ。  何よりも、リニア工事で道路使用の許可権限を持つ静岡市が「140億円の地域振興トンネル」をJR東海から勝ち取ったことに負けん気の強い川勝に火を付けた。  果たして、「山梨県へ流れ込む地下湧水の全量すべて戻せ」という静岡県の主張が通るのかどうか。政治家川勝平太がJR東海に最大限の譲歩を引き出すための切り札があるのか。  強硬な発言とともに、日経ビジネスの特集記事で「立派な会社だから、まさか着工することはないだろう」と弱気な一面を見せた知事。  つまり、利水者との間に法的な縛りはないから、道義的な問題に目をつむってしまえば、JR東海はリニアトンネル建設を強行できる。静岡県はそれをストップさせる権限を持たないと言うことだ。  本当にそれでいいのか?知事は“脅し”発言に見合う県の“許可権限”を隠しているのではないか?戦いはこれからだ。 ※知事の写真は日経ビジネス2018年8月20日号特集誌面からです。