ニュースの真相

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リニア騒動の真相46国交省「情報戦」に完敗

昨年と同じパターンの藤田事務次官訪問  10日午後5時2分前、静岡県庁5階の知事室前に国交省の藤田耕三事務次官、水嶋智鉄道局長らが到着した。昨年10月24日以来、藤田次官は川勝平太知事と2度目の対談にのぞむために来静した。定刻で対談を始めるのにピッタリの到着だった。その後の「対談」の中身とともに、藤田次官らのあまりにも律儀な到着時間などを見ていて、まてよ、昨年と全く同じパターンではないか、と気がついた。  まず1点目は「官邸の指示」である。昨年10月、藤田次官訪問の数日前に葛西敬之JR東海名誉会長は安倍晋三首相と面会、「リニア工事の静岡県での早期着工に向けて政府の積極的な関与」などを求めたという。その要請にこたえ、事務方トップの藤田次官が乗り出したというわけだ。結局、藤田次官の積極的な関与は奏効しなかったが、今回も1週間前、葛西会長は東京・赤坂で安倍首相と約2時間、会食、そこで静岡県のリニア問題がテーマになったのは間違いない。県自然環境保全条例を根拠にストップを掛けるヤード(宿舎を含む作業場)工事について、藤田次官が川勝知事に”談判”して、何とかしろというのが官邸の指示ではなかったか。  6月26日、金子慎JR東海社長が川勝知事に面会して、ヤード工事についてトンネル本体工事と切り離して認めるよう”懇願”した。川勝知事の県条例、保全協定の説明が言葉足らずで、金子社長に一縷(る)の期待を抱かせ、JR東海はあらためて文書で照会した。この照会について難波喬司副知事が3日、県条例の解釈、運用でヤード整備はトンネル本体の一部であると回答した。JR東海は昨年5月県担当者から受けた説明と違うため納得できないなど、その夜、再度確認を求める文書を提出した。  葛西会長は静岡県の姿勢が変わらないと見て、安倍首相に応援を求めたのだろう。まずは、担当の国交省が対応するのが筋であり、藤田次官の再度の出番となった。しかし、藤田次官の”談判”も金子社長の”懇願”同様に川勝知事に軽くいなされ、静岡県の厚い壁に跳ね返されてしまった。  7月中の「次官退任」の話題が出てしまえば、”談判”も迫力に欠ける。今回も官邸の期待にこたえられなかった。 「要らぬ手間」ばかり増やす国交省  昨年の同じパターン2点目は、国交省は「要らぬ手間を増やしたこと」である。  昨年10月の訪問で、膠着状態の打開を目指した藤田次官は、国が主導する静岡県、JR東海との「新たな三者協議の場」設立を提案した。この提案を了承する代わりに、川勝知事は、口頭で「国は静岡県の中間意見書、JR東海からの回答に対する見解を文書で示してほしい」と要請。このあと、10月31日の三者会議で協議されるはずだった国交省作成の合意文書案が、前日夜、地元テレビにスクープされた。31日の会議は公文書管理で紛糾、国交省から県担当者が厳しく批判されたことで知事は硬化してしまう。  川勝知事は12月末、国交省主導の「三者協議の場」に「環境省など関係省庁すべての参画」と「静岡県とJR東海との対話の内容について評価」の2点を文書で要請した。その結果、国交省はことし1月、静岡県の2つの要請を拒否するかわりに、水環境などの専門家による「新たな有識者会議」設置を提案した。その有識者会議設立でもごたごたは続いたが、その後6月までにようやく「有識者会議」は3度開催された。議論は始まったばかりで、結論を得るまでに遠い道のりだけが見える。また、次官提案の「三者協議の場」がどうなってしまったのか明らかでない。  今回のヤード整備について、国交省提案は「JR東海はトンネル本体工事に着手しないので県は認めてほしい」だった。新たな内容を全く含んでおらず、「ヤード工事をさせてほしい」金子社長の”懇願”を国交省が整理、担保しただけのものだった。「流域市町の理解が得られない」など川勝知事が提案を拒否すると、藤田次官は「直接、流域市町に説明したい」などと述べた。また「要らぬ手間」が増えただけである。  昨年の藤田次官訪問のあと、江口秀二審議官が大井川流域の10市町長と静岡市長に面会して、今後、リニア問題に国が関与していくことで理解を求めた。川勝知事は江口審議官の面会について「地元の理解と協力を確実に得ることを国が初めて実践している」など褒め称えた。この面会ではっきりとしたのは、「リニア問題解決を川勝知事に一任」だった。今後、ヤード整備について国が各市町長に理解を求めたとしても、当然、結果は同じだろう。また同じことを繰り返すのか?  昨年10月の次官訪問後、一見、国交省はさまざまな取り組みを行い、静岡県のリニア問題解決に苦労しているように見えるが、あまりに無駄が多く、膠着状態打開につながっていない。 「対談」に川勝知事は十分な準備をした  昨年の訪問と同じパターン3点目は「対談に対して全く準備をしていない」ことである。  昨年10月24日の藤田次官訪問の際、静岡県は10月12日から13日の台風19号による東俣林道や西俣ヤードの大きな被害について、写真等で詳しく説明した。現地がいかに困難な場所か藤田次官らはうなづくしかなかった。今回の訪問前、6月30日から続く大雨で被害が出ていた。知事の机には付箋のついた新聞が積まれ、一番上に「豪雨で作業用道路崩落」の大見出しのついた10日付静岡新聞朝刊があった。川勝知事は「崩土や冠水など4カ所の被害を確認し、そのうち1カ所は路肩が崩落して復旧に数カ月間かかる」「千石ヤードの作業員用宿舎の水道施設が使えない」を読み上げて、その被害の深刻さを説明した。  静岡市が10日、被害状況を発表した。大雨が続き、担当者が現地調査できるのは来週の13日以降であり、静岡新聞記事の「路肩が崩落して復旧に数カ月かかる」には、「路肩欠損により幅員減少、規模及び復旧の見込みは調査ができないため不明」と発表した。まだわからないのだ。今回の大雨ではいまのところ、台風19号のような「路肩崩落」もなく、静岡新聞記事は台風19号被害と今回の大雨をごちゃまぜに書いたようだ。大雨被害が安全確保の観点で最も重要な話題の一つだった。藤田次官は同日午前に金子社長と面会しているのだから、新聞情報以上の詳しい情報を頭に入れて、”談判”にのぞむべきだった。  今回の「対談」で、川勝知事は「県自然環境保全条例では委員会を設けて、専門部会で許可する。条例について金子社長はご存じなかった」などと述べた。知事の勘違いは、金子社長との対談でも同じだったが、藤田次官はこの点についてそのまま聞き流した。県条例では、委員会を設けることも専門部会で許可することもない。  静岡県は最近になって、自然環境保全条例の解釈、運用を変えてしまったから、川勝知事が勘違いする原因となったのだろう。藤田次官は静岡県の解釈、運用に問題なしとしたが、知事の勘違いを追及することで、政治家の知事から何らかの言質を取ることはできたのかもしれない。ヤード整備を認めさせるためにエリート事務官僚ができるのは法的根拠を追及するくらいしかない。金子社長「対談」のとき同様に、知事が勘違い発言をした場合、どのように対応すべきか準備しなかったのだろうか。 「ルート変更」を話題にした意図は?  今回の「対談」で、川勝知事は県議会委員会で「ルート変更」の議論が出たことなどを紹介、「リニアが他の公益を阻害するならば、う回したらどうか?」とまで話した。藤田次官の心中は穏やかではなかっただろう。  6日に開かれた県議会くらし・環境委員会はメンバー変更に伴い、新たに委員となった県議が質問に立ち、「JR東海にルート変更してもらったらどうか」などと述べるなど、これまでリニア問題に全く関心の薄かったことをうかがわせた。昨年9月5日、川勝知事が吉田町で開かれた会合などでJR東海にルート変更をうながすような発言をしたため、20日に開かれた県議会本会議の代表質問で「ルート変更」について知事の姿勢が問われた。川勝知事は「JR東海と対話を続けている最中にルート変更を働き掛ける考えはない」とはっきりと述べている。その後の記者会見でも、「ルート変更」について否定した上で、「ちゃんと議論してほしい、急がば回れ」の意味などとしている。  その他の県議が「金子社長はリニアは新幹線のバイパス機能を持ち、災害リスク上重要だと述べたが、南アルプスは年間4ミリ、10年間で4センチも隆起する非常に危険な地域であり、大問題ではないか」「JR東海は静岡県内で垂直ボーリングを行っておらず、危険な断層の調査が不十分ではないか」などの質問が出ている。  県議たちが正確な情報を得ていないのは、JR東海が情報提供の努力をしていないからなのだろう。3日難波副知事は回答に際して、約1時間半も掛けて詳しい説明を記者たちに行った。同日夜、JR東海からの再質問に対して、県は7日、再回答した。時間を掛けて記者会見を行い、担当理事は「県民に理解できる形で対話を進めることが一番の近道」と述べた。JR東海は、県が昨年5月の説明と違い、今回突然に条例の運用、解釈を変えたという肝となる主張について、単に文書が出されただけである。県が何度も記者会見を行い、詳しく説明するのと大違いである。  「多くの県民に情報を伝える」県議、記者たちがちゃんとJR東海から説明を受けていれば、今回の条例の運用、解釈、ヤード工事の是非の判断も違っていたのかもしれない。  7日の記者会見で浜松商工会議所会頭は「JR東海は具体的な地元貢献策を示さないで、自分たちの都合ばかりを言う」「リニア開業に間に合わないのは(静岡県に)関係ない」などと苦言を呈した。また、12日付毎日新聞社説は「リニア開業延期見通し 計画ありきの姿勢脱皮を」もまさに同じ意見を述べるとともに、藤田次官の知事訪問、提案について拙速な対応と批判した。つまり、「県民に理解できる」提案ではなかったのだ。  対談後の次官会見で、いまだに静岡県が求める有識者会議「全面公開」について記者から質問が出た。国交省の説明がわかりにくいからだろう。それで川勝知事は「約束を守らない」「詭弁を使う」などと批判、その映像を多くの人たちが見て納得してしまう。川勝知事は金子社長の対談でも使った「万機公論に決すべし(国家の政治は世論に従って決定せよ)」を藤田次官にも投げ掛けた。世論を味方につけるために、国交省、JR東海は何をすべきか? ※タイトル写真は、今回の大雨で冠水した赤崩前の東俣林道(東海フォレスト提供)

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リニア騒動の真相45「闘い」は正々堂々とやるべき

難波発言の信ぴょう性を疑う  「昨年6月13日の現地視察によって、(川勝平太)知事は(5㌶以上の静岡県自然環境保全条例に基づく自然環境保全協定締結が必要な)ヤード(宿舎を含む作業基地)工事が本体工事であることを確認した」。静岡県は3日午前、川勝知事、金子社長との対談内容に疑問を抱いたJR東海からの照会に対して、「(椹島、千石、西俣の3)ヤード整備はトンネル本体工事の一部であり、認められない」という回答書を提出した。同日午後、難波喬司副知事は記者会見を行い、昨年6月時点で「JR東海が求めている3ヤードの準備工事はトンネル掘削工事の一部」と川勝知事は認識、今回の対談で唐突に県自然環境保全協定を持ち出したわけではないことを明らかにした。  県担当理事によると、昨年5月31日大井川水利調整協議会が県庁で開かれ、「なし崩しにトンネル工事に入ることがないように釘を刺された」ことで、川勝知事は現地視察でヤード工事の現地を見るのが大きな目的の一つとなったという。  本当にそうだったのか?  昨年の現地視察2日前、6月11日の会見で川勝知事は2011年5月以来、8年ぶり2度目の現地視察について、①現場で安全に工事がなされているのか、②自然生態系に対する破壊が進んでいないか、③JR東海が整備している林道や建築物が将来の観光に生かせるのかの3点を視察の目的に挙げた。  13日現地視察では、椹島ヤード、千石非常口トンネル予定地に続いて、千石ヤードの宿舎建設予定地で囲み取材を行った。その前後で、川勝知事は今回問題になっている沈砂池、濁水処理設備、工事用道路トンネル坑口などの準備工事予定地を見学してはいない。囲み取材を終えるとすぐに、知事一行のみが報道陣とは別に西俣ヤードを視察するため慌てて出発した。千石ヤードでは今回、JR東海が申請する準備工事予定地を川勝知事は現地で確認しなかった。難波発言は額面通りに正しいとは言えない。  その後28日の会見で、川勝知事は現地視察を振り返って強く印象に残った2点を挙げて、①所有者の特種東海が全く手に負えない「赤崩れ」の山地崩壊のすざまじさ、②県公用車がパンクしたことを踏まえ、作業の安全に関わる林道整備の重要性などを詳しく述べた。作業の安全確保に関係して、JR東海による市道閑蔵線トンネル整備の必要性にも言及した。しかし、昨年視察後の会見で、「大きな目的だった」県自然環境保全条例に関わるヤード整備についてひと言も触れなかった。ことし6月11日の知事視察後の囲み取材でも昨年印象に残った①、②に触れたが、県自然環境保全条例について全く触れていない。川勝知事が県条例を口にしたのは金子社長との「対談」が初めてである。  これで果たして、川勝知事は昨年6月の時点で県自然環境保全条例の協定締結を念頭に現地視察をしたと言えるのか? 「なし崩し」を拒否できる県の許可権限  昨年7月24日、金子社長は「5月20日に申請をした静岡県の許可が非常に遅れている。これでは準備工事に入れない」などと発言した。この席で、準備工事には地権者の同意が必要であることを明らかにした。当時、金子社長が問題にした準備工事とは、千石ヤード宿舎整備を指している。  JR東海は千石ヤード整備に入るに当たって、大井川左岸から右岸を飛び越えて電線を引く必要があり、静岡県から河川法の占用許可を得なければならなかった。このため、5月20日にJR東海は占用許可申請を提出したのだが、標準審査期間の28日を過ぎ、2カ月以上たっても許可が下りていないことに金子社長が不満を述べた。その2日後、26日の知事会見で中日記者が、その件を問いただした。担当局長は、JR東海の申請が準備工事か本体工事なのかを慎重に精査している旨を述べた。それから3週間後の8月13日、県はJR東海から申請のあった河川占用を許可した。  県は、千石ヤードと西俣ヤードを結ぶ約4㌔の工事用トンネルをトンネル本体工事の一部に位置付け、掘削を認めない方針をJR東海に告げた。この結果、千石ヤード工事で必要な957kW供給できる電線架設を認めたが、工事用トンネル掘削で必要な1400kWの電線架設は認めなかった。水環境問題をテーマとする県中央新幹線環境保全連絡会議での協議を行い、「施工計画」「環境保全計画書」などを了解した上で本体工事に必要な許可を出すことになった。つまり、JR東海は「なし崩し」でトンネル本体工事へ一歩も進めないのだ。  昨年5月31日に開かれた大井川水利調整協議会は、20日にJR東海から河川法の申請があったため、それに関する意見を聞くことが目的だったのだろう。「なし崩し」云々は出たかもしれないが、県は河川法の許可権限でトンネル本体工事をストップできることを説明したに違いない。県自然環境保全条例で利水者の意見聴取をする必要性は全くないのだ。  昨年7月26日の会見で、ヤード整備について特種東海の同意が必要であることに関して、中日記者は知事の見解を求めた。結局、川勝知事は質問をはぐらかせて答えなかった。今回、県自然環境保全協定を結ぶのに当たって、当然、地権者の特種東海の同意は必要だが、利水者でもある特種東海は県の承認をJR東海が得ることを求めている。この経緯については、『リニア騒動の真相42雨中の「こんにゃく問答」対決』『リニア騒動の真相43「正直」こそ最善の戦略』を参照ください。  河川法の許可権限で「なし崩し」など到底できないことが分かっていて、さらに県が自然環境保全条例でヤード整備をストップする理由は全くわからない。 県の行政判断はあまりに一方的だ   6月26日金子社長との「対談」で、川勝知事は「県自然環境保全条例で5㌶以上であれば、自動的に委員会にかけて許可、不許可が決まる。県の権限はこれだけである」、その後の囲み取材でも「ヤード工事は明確にトンネル工事ではない。(県自然環境保全)条例を締結すれば、問題ない。条例に基づいてやっているので、協定を結べば、活動拠点を整備するのであればそれはよろしいと思う」などと述べている。  これらの知事発言を聞いて、金子社長だけでなく、JR東海関係者はヤード整備で川勝知事の了解が得られたと受け止めた。しかし、その後、事務方の説明を経て、2度目の囲み取材で、川勝知事ははっきりと準備工事は本体工事の一部であり認められないと断言した。JR東海は29日、「対談で知事は5㌶以上であれば協定締結の可否によって判断すると述べた。速やかに協定締結の準備を整え、ヤード整備に入りたい。もし、それが困難であること及びその理由についてうかがう」旨の書面を難波副知事宛に提出した。  難波副知事の回答は、「ヤード工事はトンネル掘削工事の一部である」という行政判断をしたという一方的な解釈を示した。このため、JR東海は3日、「条例の目的に照らして正当なものではなく、これまで担当課から説明を受けて準備を進めていたこととは違う」と不満を述べた上で、「変更した経緯と理由について明らかにしてほしい」旨を可能な限り早期で回答するよう求めた。  JR東海は県からすでに条例に基づいた「協定書案」まで示されていた。今回の新たな対応に、JR東海は文書に「戸惑っている」と書く通り、県は従来の姿勢を大きく変えたのだ。わたしの認識もJR東海と同じであり、もう一度、昨年来担当している自然保護課職員に取材しようとしたが、”多忙だ”と断られた。市川敏之くらし・環境部長は「いまになって考えを変えたわけではない。昨年と同じ」と回答した。難波副知事は、一つの開発行為を分割して順次認めた場合、「条例の趣旨が崩壊する」とまで述べたが、そもそも県条例はヤード整備に限定していたはずである。  果たして、どちらの主張が正しいのだろうか? お隣の山梨県自然環境保全条例は?  環境省所管の原生自然環境保全地域、自然環境保全地域に準ずる地域として、各都道府県は自然環境保全条例の地域指定している。地種区分では開発の可能な地域。静岡県条例の第1条で「生物の多様性の確保その他の自然環境の適正な保全を総合的に推進する」を目的とし、地域内の動植物の保全などを求めている。お隣の山梨県自然環境保全条例でも、「生物の多様性の確保その他の良好な自然環境の保全」が目的で、開発に対して動植物の保全措置を取ることなどを条件に協定書を結ぶなど同じである。  昨年5月、JR東海に示した「協定書案」では、トンネル坑口、濁水処理施設などの1・75㌶内のレッドデータブックに記載された動植物の保全措置を取ることでヤード整備は問題ないとするのが従来の県の姿勢だった。  ところが、今回の「対談」後に、県はトンネル掘削による河川への影響を議論している県リニア環境保全連絡会議生物多様性専門部会の結論を得ることまで求めている。  県リニア連絡会議設置は、国のリニア環境影響評価書に基づく知事意見で、大井川の河川環境に重大な影響を与えることを危惧するための対応であり、トンネル本体工事、導水路トンネル、輸送用トンネルなど水環境に影響を及ぼす恐れのある工事に対して利水者らの不安解消をJR東海に求めている。生物多様性専門部会で主に議論になっているのは、絶滅危惧種ヤマトイワナなど水生生物をテーマにしているのはこのためである。  自然環境保全条例の範囲が、県が従来の考えを変えてトンネル掘削工事すべてを含めることが適当か、少なくとも同じリニア工事を抱える山梨県あるいは環境省の意見を聞くべきではないか。いくら自治体に裁量があるとは言え、案件によって対応を変えるのはいかがなものか。  山梨県議会は3日、静岡県との対立でリニア整備の遅れについて「国が前面に立って課題解決に取り組むべきだ」という意見書を可決した。開業遅れが山梨県へ与える影響が大きいとしている。  南アルプスは本州に分布するコウモリのほとんどが生息する、コウモリ類多様性の高い地域。ヒメホオヒゲコウモリ、ニホンウサギコウモリ、キクガシラコウモリ(SARSの媒介動物とされる)、モモジロウコウモリなど準絶滅危惧種が生息しているが、その分布は正確にはわかっていない。南アルプスエコパーク保全が重要となれば、それらコウモリ類について正確に調べなければならない。生物多様性をとことんやれば果てしない。「環境」を優先すれば、「リニア」はあきらめるしかなくなるだろう。  「対談」とその後の知事会見を見れば、川勝知事が県自然環境保全条例を正確に理解していたとは言えない。そのために言い訳を糊塗するような「嘘」が出てきてしまう。川勝知事は『「嘘つきは泥棒の始まり」であり、公務員は絶対に嘘をついてはいけない」と何度も述べてきた。「闘い」は正々堂々とやるべきであり、なぜ、こんなところにこだわるのかさっぱり分からない。  ※タイトル写真は3日の副知事会見。記者たちは肝心のJR東海の疑問について理解していなかったようだ

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リニア騒動の真相44 川勝×金子対談の「裏側」

キツネにつままれた「対談」成果  静岡県庁にこれほどの数のマスコミが集まるのは本当に珍しい。本館玄関前に到着する金子慎JR東海社長を川勝平太知事が出迎えた。撮影等の場所を規制するなどメディア対応に県は職員を総動員していた。先週16日の大井川流域10市町とのウエブ会議で県の結論は決まっていたはずだが、金子社長は26日、一縷(る)の望みを掛けて「ヤード整備」への了解を求めて対談にのぞんだ。県庁2階まで階段を上ると、川勝知事に促されて、金子社長は立ち止まり、しばらく何か上のほうを見ていた(※タイトル写真)。この間に県職員が規制線の位置を変えると、2人はカメラのほうに振り返った。まぶしいカメラの放列が続いたあと、「対談」の幕は開いた。  マスコミの数の多さはこの「対談」の持つ意味の大きさなのか、それともメディア向けの単なる”茶番劇”なのか?テレビ、新聞で報道されなかった「対談の裏側」を見ることで、その真相が見えてくるはずだ。  午後1時半から川勝、金子対談は始まり、予定の1時間を20分ほど過ぎて終了した。午後3時前から10分ほど金子社長の囲み取材を経て、その後、川勝知事の囲み取材が行われた。金子社長は「ヤード整備について川勝知事には前向きな話をしてもらった。(「条例をクリアすればよい」という)川勝知事の真意がつかめず心残りだ」と、何度か「心残り」を繰り返した。  「対談」最終盤に入り、金子社長が「ヤードの件は水環境問題ではない。それ以前の問題だと理解してもらいたい」と述べると、川勝知事は「県自然環境保全条例では5㌶以上であれば、協定を結ぶ。県の権限はこれだけである」などと答えた。川勝知事がヤード整備で県条例を口にしたのは初めてであり、これまで東俣林道の安全確保を最優先にするなどといった対応とは全く違った。本当に、県自然環境保全条例をクリアすれば、ヤード整備に問題ないのか?  県自然環境保全条例は川勝知事が何度も繰り返す南アルプスエコパークの動植物保全などを担保する法的根拠だが、強制力を持たない。この条例では、業者が協定締結を怠った場合、業者名を公表する程度の罰則規定しかない。県が求める自然環境保全協定締結のハードルは非常に低い。念のため、「対談」直後に担当する自然保護課に連絡を入れて、県自然環境保全条例についての認識をもう一度、確認した。その結果、先週の市町との結論を覆し、”川勝知事はヤード整備を認めた”と理解するしかなかった。  金子社長退出のあと、川勝知事は囲み取材で「ヤード工事は明確にトンネル工事ではない。5㌶以上の開発であれば、(県自然環境保全)条例を締結すれば、問題ない。条例に基づいてやっているので、協定を結べばよい。活動拠点を整備するのであればそれはよろしいと思う」などとはっきりと述べた。条例が求める協定について担当部局から説明させるとも付け加えた。  「協定を結べばよい」と言う川勝発言からは、事務手続きさえ進めれば、問題はないと受け取るのがふつう。”ヤード整備を認めた”という判断を誰もがするはずだ。しかし、そうではなかった。  キツネにつままれたとはこんなことを言うのだろうか? 静岡県の”ダブルスタンダード”対応とは?  「対談」後、両者の囲み取材を終えて1時間以上経過した午後4時50分になってから、川勝知事は報道拠点となった県庁4階特別会議室に姿を現した。再び、記者らの囲み取材に応じたのだ。2度目の囲み取材には、ヤード工事対応の責任者である県中央新幹線対策本部長の難波喬司副知事や担当部長ら県幹部が報道陣の後ろで川勝発言に慎重に耳を傾けていた。その結果、県自然環境保全条例そのものがいままでとは違う色彩を持つことになった。つまり、「県自然環境保全条例を根拠にヤード整備を認めない」を明らかにしたのだ。  翌日の新聞紙面は『知事 ヤード整備認めず JRリニア延期表明へ 初のトップ会談物別れ』(27日付中日1面トップ)、『リニア27年開業延期へ 静岡知事、着工認めず 「JR東海の環境対策不十分」』(同読売1面トップ)、『リニア27年開業延期へ JR東海社長と静岡県知事 会談で平行線』(同日経1面準トップ)など。2度目の知事囲み取材を経て、金子社長が「心残り」と何度も述べた川勝知事の「真意」がはっきりとメディアにも伝わり、各紙の見出しを飾った。  中日「会談後の一問一答」では川勝知事と金子社長の談話の食い違いがはっきりと見えた。知事発言に期待を寄せた金子発言に対して、1度目ではなく、2度目の知事発言が記事に反映されたからである。  「条例をクリアすればOKとのことで、クリアの仕方は詰め切れなかった」(金子社長)に対して、「本体工事と一体であり、(ヤード整備を)認められない」(川勝知事)となっている。知事発言は1度目の囲み取材であれば、「条例をクリアすればヤード整備はOK」のはずだった。2度目の囲み取材で、川勝知事はJR東海の一縷の望みを見事に打ち砕いてしまった。  担当部局の説明に、「なぜ、JR東海だけ県自然環境保全条例による協定のハードルが高いのか?」を聞いた。担当理事によれば、これはアセス(環境影響評価)の続きであり、環境影響評価書の国交大臣意見にある地元の理解を得ることが必要となる、現在、議論をしている県環境保全連絡会議生物多様性専門部会の結論が前提になる、JR東海もそれを承知しているのだという。  現在認められている宿舎整備などのヤード整備に加え、トンネル坑口周辺の樹木伐採、斜面補強や濁水処理施設、沈砂池などが加わると、トンネル工事全体としての保全協定締結が必要になり、そのための手続きに生物多様性専門部会で納得できる説明を求めるというのだ。もし、そんなことを承知しているのであれば、そもそもJR東海はヤード整備の了解を求めるはずもないだろう。  これは行政のダブルスタンダード(二重基準)ではないのか? 「戦略」通りに進めた静岡県  21日付『リニア騒動の真相43「正直」こそ最善の戦略!』で、16日に開かれた流域10市町との意見交換会をシナリオに沿った”茶番劇”と批判した。静岡県が権限を有する河川法許可の審査基準に、「治水上又は利水上の支障を生じないものでなければならない」とあり、本体工事について中下流域9市町の意見を聞くのは理解できるが、今回の「ヤード整備」については河川法の「対象外」と難波副知事は明言した。水環境問題について各市町長はさまざまな意見を述べたが、ヤード整備とはかけ離れ、的外れそのものだった。  ヤード整備工事の可否を決めるのに、水環境ではなく、県は条例に基づく「自然環境保全協定」締結に求めることはできる。その結果が”ダブルスタンダード”になろうが、JR東海へのハードルを上げて、要望を拒否する方向に転換したのだろう。1971年の条例制定以来、このような運用は初めてである。当然、担当の自然保護課を超える高度な意思決定が行われたのだろう。こんな無理なことを強行すれば、いずれ静岡県行政への批判につながる恐れさえある。  今回の「対談」で、県でもJR東海と水環境問題の議論を行う意図はなかった。単に本体工事へ入るためのヤード整備をテーマにしただけである。それでも、マスコミ報道が水環境問題とヤード整備をごちゃまぜにしているから、中下流域の市町長らの出番となってしまったのだろう。  「利水者の声を聞け」。中下流域の自治体、団体はJR東海に求めるものはその一言に尽きるが、今回の「対談」の趣旨とは遠くかけ離れている。県条例の自然環境保全協定は利水者とは無縁の問題である。静岡県はようやく、県の権限に沿ったかたちで対応する戦略を立てたが、リニア担当の難波副知事らの思惑と川勝知事の理解はかみ合わず、「対談」の席で金子社長を十分に納得させることができなかった。  「ヤード整備」さえ認めない静岡県の立ち位置はどこにあるのか? 静岡県「リニア反対」の証拠とは?  金子社長訪問の1時間以上前から、びっくりするような横断幕が県庁玄関前に現れた。「リニア反対」を連呼する市議や運動家らがマイクを握って、金子社長の到着を待った。メディア対応に県職員は当たっていたが、このような派手な横断幕や「リニア反対」連呼にどうして対応しなかったのか?県庁敷地を管理する担当課長に聞くと、大々的に報道されていたので、「リニア反対」の人々が来る恐れはあったが、度を越えなければ問題ないと考えていた、と回答。警備員による注意等もなかった。派手な横断幕はまさに、静岡県が「リニア反対」を許容しているかのように映った。  「対談」の中で、川勝知事は「仮に水が戻せない場合、どうするのか?」「もしダメならばリーダーとしてどうするのか?」などリニア計画の変更または中止する事態を想定して、金子社長の対応を求めた。  さらに、3人の大学教授の名前を挙げて、リニアそのものが不要である識者意見を述べた。川勝知事が「水野和夫法政大学教授」を挙げたのは、23日付中日新聞を読んだからだろうか?『経済成長見込めず不要』『「より速く」は時代遅れ』の大見出しで、水野氏は『川勝平太知事がせっかく止めてくれている。ここで突っ走れば、後世になって誰も乗らないものを造ったということになるだろう』と予言していた。  リニア中央新幹線建設促進期成同盟会(沿線9都府県)は1979年に設立されたから、すでに40年超を経過、時代は大きく変わってしまった。今回の「対談」だけでなく、さまざまな席で川勝知事が必ず口にする「万機公論に決すべし」(「五箇条の御誓文」、国家の政治は世論に従って決定すべしの意味)からすれば、いまや「世論」はリニアに対して味方とは言えない。「鉄道大国」「技術大国」日本の威信が掛かっているのだろうが、それこそ時代遅れかもしれない。  今回の「対談」で明らかになったのは、金子社長が調整型の人物であり、川勝知事の圧倒的な迫力に押されていたことである。金子社長周辺に川勝知事、沿線の市町や大井川に詳しいブレーンが存在しないからだろう。そもそも静岡県は御しやすいとなめていた結果だが、JR東海はすべて受け身で何らの”戦略”も見られなかった。  これでは何度、「対談」を行っても結果は同じになる。「リニア反対」に屈するのかどうかは、すべて”戦略”に掛かっている。

ニュースの真相

リニア騒動の真相43「正直」こそ最善の戦略!

シナリオ通りの「知事と10市町長の会議」  静岡県の川勝平太知事は11日、リニア南アルプストンネル建設作業道となる静岡市の東俣林道等を視察した。その視察結果を受けて、「知事と大井川流域10市町長とのリニア関連意見交換会」が16日、静岡県庁と島田、焼津、掛川、藤枝、袋井、御前崎、菊川、牧之原、吉田、川根本の10市町をウエブで結び、テレビ会議方式で開かれた。袋井市長が3度も「聞こえますか?」と大きな声で繰り返すなど、相互に何を言っているのか分からず、また音が割れてネット視聴では非常に聞き取りにくかった。そのせいか、島田、御前崎、川根本、牧之原、掛川、袋井の6市町長が意見を述べたあと、県事務局から「(川勝)知事の都合で、金子(慎JR東海)社長と会うことでよろしいか?」と尋ねると、それまでの6人の回答は賛成4、反対2だったにも関わらず、全員がすんなりと了解した。  その後、藤枝、菊川、焼津の市長代理が用意した文書を読み上げるなど意見交換にはほど遠く、そんな中で、掛川市長が「JR東海の準備工事は静岡県の権限でストップできるのか?」と尋ねたのが、唯一、聞く価値のある議論だった。難波喬司副知事が「(許可権限を持つ河川法は)河川区域に関わるものであり、(準備工事の対象となる椹島、千石、西俣の)ヤード(トンネル工事を行うための宿舎を含めた作業場)は対象外である。ヤード拡張に伴う県自然環境保全条例による協定締結は必要」などと答えた。  今回の目的は、JR東海の「準備工事」を認めるのかどうかの意見を聞くことであり、各自治体の行政トップにある者ならば、「権限」があるかどうかが何よりも優先するはず。それが全く「権限外」の事案にどのように当たるのか?それでも、難波副知事の回答に疑義をはさむ首長はいなかった。  川根本町長が「ヤード内に生息する動物がどこかへ行ってしまったかもしれない」と述べたが、その疑問に回答できるのはヤード内の準備工事に関わる権限を有する自治体のみである。  しかし、その肝心の自治体は「意見交換会」の席に呼ばれていなかった。 「準備工事」権限を持つ静岡市は外された  JR東海が求めているヤードの準備工事とは、土砂ピット(穴)、濁水処理設備、資材置き場、坑口予定個所の樹木伐採や斜面補強など。これらの作業に関わる法律は土壌汚染対策法、森林法、土砂採取条例、県立自然公園条例など、さらに、宿舎建設のためには建築基準法の確認作業なども必要。それらの権限はヤード所在地(静岡市葵区田代)である静岡市が有している。  静岡県が権限を有する河川法許可の審査基準に、「治水上又は利水上の支障を生じないものでなければならない」とあるから、本体工事について中下流域9市町の意見を聞くのは理解できる。しかし、今回の「準備工事」について河川法の「対象外」と難波副知事が明言した。これまでは利水に関係する問題ということで静岡市を外していた。「準備工事」を行えるのかどうかを問うのであれば、静岡市の意見を聞くのが本来の筋である。  川勝知事と田辺信宏静岡市長との関係がどのようなものであれ、本川根町長の発言「ヤード内の工事で動植物についての影響をどう考えるか」は、川勝知事の主張する南アルプスエコパークの重要性に通じている。すべて静岡市に関わる問題であり、静岡市がリニア問題の会合を避けているかどうかは分からないが、県は静岡市に出席を求めるか少なくとも意見を聞いておくべきだった。  意見交換会の結論について、各紙は『準備工事6月再開認めず 知事と首長ら意見交換 「国の有識者会議待つ」』(日経6月17日付)などと紹介した。「JR東海社長に流域住民の思いを伝えてほしい」(島田市)、「国の有識者会議の結論を待つべき」(掛川市)、「2027年開業にこだわるヤード整備の進め方は住民の不信感が増す」(藤枝市)など的外れの意見が続いた。  結局、「準備工事6月再開認めず」の結論で終えた。島田市長は「リニア工事に反対しているわけではない」とも述べていた。政治家としての戦略の1つかもしれないが、「本体工事」に関わる水環境問題ではないところまで「反対」してしまえば、全国の有識者は「静岡県は(本当は)リニア反対」と見るだろう。  今回の意見交換会をシナリオに沿った”茶番劇”と批判する関係者がいたが、その批判を否定できない。静岡市を外した上で、このような結論では、まともな議論を行っているとは思われないだろう。 昨年9月の川勝知事「筋違い」発言  昨年9月10日の定例記者会見で、川勝知事は「(田代ダムの水利権の話をJR東海に求めるのは)筋違い。第三者のJR東海は何か言うべき立場にはない。JR東海がやるべきは湧水全量を戻すことに尽きる」と述べた。  「上流部の河川水は、その一部が東京電力管理の田代ダムから早川へ分岐し、山梨県側へ流れている。このことを踏まえた上で、静岡県の水は静岡県に戻す具体的な対策を示す必要がある」と県は中間意見書でJR東海の見解を求めた。この意見書では「田代ダムから山梨県側に流出する静岡県の水を何とかしろ」と求めているように読めるから、JR東海は「東電の管理する田代ダムについて取水の制限をするのは当社では難しい」と回答した。  このような議論に対して、川勝知事「筋違い」は、田代ダム水利権はJR東海ではなく、静岡県、中下流域の利水者と東電との問題であることを踏まえた発言だった。  川勝発言などを紹介した『リニア騒動の真相16「筋違い」議論の行方?」は、「Honesty is the best policy」を結論として挙げた。雷と電気が同一であることを立証して避雷針を発明した科学者で、アメリカ独立宣言起草者の政治家ベンジャミン・フランクリンは『「正直」は美徳ではなく、最善の戦略である』をモットーにしたことを踏まえ、川勝知事は「Honesty is the best policy」を承知して、「正直=最善の戦略」を取っていると評価した。果たして、今回はどうか?  金子社長は26日、県庁を訪れ、川勝知事と会談する。1時間の予定であるが、川勝知事は10市町長との意見交換会結論「6月中の準備工事再開は認められない」を伝えるだけなのだろうか?20日付静岡が「県庁本館の正面玄関で金子社長を知事が出迎える」として、”異例の厚遇”という記事を書いた。単にマスメディアのための演出ならば、金子社長は出迎えを断り、そっと裏口から入ったほうがいい。”異例の厚遇”が単なる表面的なものではなく、知事の「正直=最善の戦略」であるかは政治家としての評価につながるだろう。 大井川開発の歴史は大倉喜八郎に始まる  6月14日付『リニア騒動の真相42雨中の”こんにゃく問答”対決!』でそもそも「準備工事」は静岡県の権限ではないのだから、「JR東海は地権者の特種東海に要請すべき」と書いた。  南アルプスの24430㌶という広大な社有林経営のためにことし4月誕生した特種東海関連会社・十山(本社・静岡市)の鈴木康平社長は「(準備工事でJR東海が静岡県の了解を得てもらうのは)利水者でもある当社の価値を守るため」と答えている。「死の商人といわれた大倉喜八郎には、日露戦争で缶詰に石ころを入れて送ったという噂が根強く流れていた」(河原宏『日本人の「戦争」』築地書館)という大倉喜八郎がその広大な山林を買収した。噂通りの冷徹な商人を創業者に持つならば、どうしてJR東海の最大事業に手を貸さないのだろうか?  「東海パルプ100年史」(2007年12月)序章は、「大倉喜八郎と井川山林」を詳しく書いていた。「電気好き」だった大倉は渋沢栄一らと大倉組内に東京電燈(後年、東京電力に吸収)を設立したとある。関係者によると、大井川の水を田代ダムから早川に流して電力事業に乗り出したのは、大倉だったようだ。  田代川第1、第2発電所は大井川から最大取水量4・99㎥/秒の水利権を持つ。東電は田代ダムに貯水される大井川の水を最大4・99㎥/秒使用できる。南アルプストンネル開設後、大井川表流水の減量分0・7㎥/秒のうち、JR東海は0・4㎥/秒を西俣非常口から西俣川に戻すとしているが、田代ダムからの維持流量を増やすほうがずっと大井川の水は戻るはずである。  特種東海が南アルプスの地権者としてではなく、下流域の利水者としての立場で、JR東海に県の了解を求めるように主張するのは田代ダムの話を振られたくないからなのだろうか?  大倉の時代、井川地区をはじめ南アルプスは林業が栄え、多くの人々が生活の糧にしていた。11日の知事視察に同行した記者たちは、大井川河岸にあまりに大量の流木が押し寄せているのに驚き、林業がいかに廃れてしまったのかを目の当たりにした。  林業の栄えた大倉の時代は遠い昔であり、井川などの貧しい過疎地域も中下流域からは遠い場所にある。だからこそ「水を飲む者はその源を思え(飲水思源)」が大切なことばとなる。 「飲水思源」の感謝が解決の糸口だ  「飲水思源」は、静岡市出身の高橋裕東大名誉教授(河川工学)が教えてくれた。30年前、中国でその言葉を知った高橋教授は当時、日本の各地で起きていたダム反対運動を連想したという。「下流でダム開発により水資源の恩恵に浴する人々は、上流でダムによって水没した人々や集落に思いを馳せよう」と話した。  林業が廃れたいま、特種東海は椹島を中心に観光開発に期待を掛けている。それが、上流部に生活する人々に恵みをもたらす可能性は大きい。  「桶つくるさわらの島の新事業、でき上るまでたがをゆるめな」。1926年大倉喜八郎が90歳を記念して、標高3120mの赤石岳登頂のときに読んだ歌が残る。当時の新事業とは水力発電だったが、いまや観光開発こそ期待の新事業である。  26日午前、奇しくも静岡市で特種東海の株主総会が開かれる。金子社長はその席へ出向き、特種東海社長に懇願したほうがいい。さらに、午後1時半からの知事との面会に同席をお願いすべきだ。「準備工事」がテーマであるならば、地権者の同意は欠かせない。それが南アルプス観光開発につながる。  20日付中日は1面トップ記事で「2027年リニア開業が絶望的な状況」を伝えた。本体工事に6年余も掛かるのであれば、準備工事を6月から始めてもとても2027年に間に合わない。知事も副知事も「河川法の許可権限」を取引材料にしないと重ねて明言してきた。水環境問題は科学的、工学的に議論を重ねても、正しい結論を得るのは非常に難しい。当初、JR東海は流域の市町へ思いを馳せることをしなかった。だから、これほどまでに静岡県の理解が得られていない。JR東海も「飲水思源」の感謝のことばを胸に流域の人々に向かい合ってほしい。 ※タイトル写真は静岡県庁で川勝知事が10市町長とのウエブ会議にのぞむ様子。撮影後、事務所に戻り、パソコンで会議を視聴した

ニュースの真相

リニア騒動の真相42雨中の”こんにゃく問答”対決!

昨年も同じ議論、県は「本体工事」を蹴る  ほぼ1年ぶりとなる6月11日、川勝平太静岡県知事の南アルプスリニア工事現地視察に再度、同行した。時折、激しい雨が降る中、川勝知事は精力的に大井川河原を歩き回り、大規模な斜面崩壊が長期間にわたって続く赤崩(あかくずれ)の現況などをJR東海の宇野護副社長、メディアの記者らに説明した。視察終了後の囲み取材で川勝知事は「宇野副社長が赤崩を間近で見たのは初めてと聞いた。ぜひ、金子(慎JR東海)社長にも大井川両岸のすざまじい土砂崩壊をご覧いただきたい」などと話した。  赤崩から静岡工区基地となる椹島(さわらじま)ヤードに到着後、現地の作業員と話して、1年前とどこが違うのか、そして「準備工事」と「本体工事」の違いが何かがはっきりと見えてきた。  昨年7月24日、金子社長は会見で「5月20日に申請をした静岡県の許可が非常に遅れている。これでは準備工事に入れない」など、今年同様の発言をした。不当に審査を延ばしているという金子発言を受けて、担当局長は通常1カ月で終える審査が2カ月以上掛かっていることについて、「精査しているから」と答えた。  それから3週間後の8月13日、静岡県はJR東海から申請のあった河川の仮占用を許可した。この許可によって、千石ヤードに電線、水道管が通り、作業員らの8棟の宿舎のための「準備工事」が始まった。今回の知事視察に立ち会った作業員たちは千石ヤード宿舎を使っていると答え、毎日、約40㌔離れた井川地区から東俣林道を通う危険なでこぼこ道から解放された。  昨年8月の段階で、静岡県は「本体工事」について認めなかった。千石ヤードから西俣ヤードまで2車線の工事用トンネル約4㌔を建設する予定であり、工事用トンネルを掘り出すためには大量の電力が必要となるが、許可しなかった。JR東海は、あらためて大型重機などを動かす電線仮設の許可申請をしなければならない。当時、「精査」が必要だったのは、「準備工事」と「本体工事」を区別する作業をしていたからだ。その結果、宿舎用など957kWの電力供給を認めたが、工事用トンネル建設の約1400kWの電線架設は除外された。  「本体工事」に入るためにはどうしても静岡県の許可が必要となる。だから、それ以外の樹木伐採や整地など静岡県に許可権限のないすべてが「準備工事」と考えればいい。「準備工事」をJR東海が進めたからと言って、なし崩しに「本体工事」に入ることなどできるはずもない。 「準備工事」はちゃんと進んでいた!  「今月中に静岡工区での『準備工事』に入らなければ、リニアの2027年度開業は難しい」。金子社長の発言を受けて、川勝知事は「トンネルを掘るための工事なら本体工事の一環だ。2027年はJR東海の単なる企業目標にすぎない」などと答える。  金子社長の求める「6月中の準備工事再開」が大きなテーマとなり、記者たちの質問が集中した。「本体工事」と「準備工事」の違いは何か?川勝発言は融通無碍に変わった。実際のところ、川勝知事は「本体工事」と「準備工事」の違いを十分に理解した上で、「禅問答」をしていたのではないか。12日付新聞各紙は「準備工事 月内再開認めず」(産経)「知事、『準備工事』に否定的」(静岡)などの見出しが並んだ。  それでは次の2枚の写真を見てもらおう。  1枚目は2019年6月13日に現地視察をした際の椹島ヤードから大井川を見下ろしたものであり、2枚目は今回の視察で知事がJR東海からの説明を受けた、ほぼ同じ位置からのもの。左側に見える赤い矢印がリニアトンネルからの湧水を流す導水路トン ネル排出口付近を指す。ところで、1枚目の写真と2枚目では大きく違うのがわかる。昨年は大井川河原は大量の砂利堆積が続いていたが、今回は膨大な河原の砂利がきれいに片付けられ、さらに導水路付近が一段高くなり、河原には排水のための水路ができている。赤い矢印の区域は整地されている。「準備工事」は着々と進んでいたのだ。12日、JR東海が発表した資料では、赤い矢印区域の濁水処理設備等の設置や樹木伐採、斜面補強など手をつけたいようだ。ただ、2枚の写真を比べると、手前の斜面補強はすでに行っているように見える。  現地視察後、宇野副社長に「もし、『2027年度開業』が絶対に外せないならば、静岡県には何の権限もないのだから、地権者の特種東海製紙に強く要請すべきではないか」と聞いた。宇野副社長は「静岡県の”了解”をとってくれと特種東海が言っているから」と答えていた。  現地視察をしたあと、川勝知事、宇野副社長の話を聞くと、まるで「こんにゃく問答」だった。とんちんかんでわけのわからない「禅問答」である。 「こんにゃく問答」ー特種東海が”了解”求めたから?  リニア静岡工区工事で最大級の恩恵を受ける特種東海はなぜ、JR東海の意向を無視するのだろうか?  JR東海が「準備工事」を進めたい椹島、千石、西俣の3つのヤード、それに続く道路などいずれも地権者は特種東海である。また、特種東海(島田市の旧東海パルプが前身)は毎秒2㎥もの水利権を有する、大井川の恩恵を受ける利水者でもある。リニア工事は流域の10市町には何のメリットもないが、特種東海は”リニアバブル”とやゆされるくらいに経済的な恩恵にあずかるといわれる。  椹島に建設される大型の宿泊施設はリゾートホテルに転用される。また、東俣林道が整備されれば、特種東海の二軒小屋ロッジ、ウイスキー工場などを含め南アルプス観光の発展が大いに期待できる。リニア工事後にはすべて特種東海が運営していく。それなのに、特種東海はJR東海の要望になぜ、首を縦に振らないのか?  昨年のように静岡県に権限があるならば、川勝知事に許可を求めるのが筋だが、今回の「準備工事」は違う。ところが、川勝知事が認めないから「準備工事」ができないと報道、そのために、2027年リニア開業の遅れは必至とメディアは伝える。  「準備工事」再開のために、金子社長は川勝知事の面会を求める。23日開催のJR東海株主総会で、川勝知事が認めないから、「準備工事」に入れず、2027年開業が遅れると説明するのだろうか?これでは静岡県がストップを掛けているようだ。静岡県に「準備工事」を止める権限など全くないのだから、特種東海と話すべきである。  2027年開業にどうしても「準備工事」が必要ならば、民間のトップ同士で話し合えば、何とかなるはずではないか。わからないのは、川勝知事の顔色をうかがうことで特種東海にどれほどのメリットがあるのかだ。そもそも、JR東海、特種東海との間にどのような契約があるのかもさっぱりわからない。もし、「2027年開業」が遅れた場合の責任はJR東海か、静岡県か?はたまた特種東海か?  川勝知事、宇野副社長の「こんにゃく問答」を演出したのは、実は特種東海だったかもしれない。 「崩れ文化」を共有する流域市町のための視察  13日、国交省の水嶋智鉄道局長、江口秀二技術審議官らが報道陣を入れないで現地視察をスムーズに行った。午後6時半からの会見で水嶋局長は「『準備工事』、『本体工事』といったことばが乱れ飛んでいるが、観念的、抽象的なことばの議論に陥らないで建設的な議論が行われることが重要」などと話した。まさに、その通りである。  ただし、川勝発言が観念的、抽象的な「禅問答」となったのは、JR東海にも責任がある。権限に基づかない、あいまいな”了解”を求められたからである。水嶋局長は「県が判断を行う場合、どのような法的根拠によるものか明確に示す必要がある」と指摘、それでは、特種東海から川勝知事に託された”了解”はどのように考えるのか、水嶋局長に尋ねたが、はっきりとした回答は得られなかった。多分、当事者同士ではないので深く立ち入ることはしないのだろう。金子社長は昨年から「準備工事」ということばを使い、静岡県もその違いを認識していた。一度、国交省主導でJR東海、特種東海の会合を持ったほうがいいのではないか。”了解”などという法的根拠や制度とは関係のないあいまいな手続きのための面会を求められているのだから。  16日のウエブによるリニア関係10市町長意見交換会(焼津、藤枝、菊川は代理)が行われたあと、今月中に川勝知事は金子社長と話し合いを持つのだろう。  川勝知事が、金子社長にも見せたいと言った「赤崩」は崩壊面積約38㌶にも及ぶ大規模な崩壊地である。もし、赤崩の治山事業を行えば、数百億円規模に膨れ上がる。リニアトンネル工事で最大の残土置き場となる燕沢(つばくろさわ)で、堰堤の土砂が埋まっていることを川勝知事は指摘した。1966年から、静岡県の要請で林野庁の民有林直轄事業がスタートしているが、あまりに大規模なために広範囲には手が付けられない。かろうじて、燕沢には治山用の堰堤が築かれている。大井川両岸の「崩れ」はいたるところで見られる。  下流域には生命に匹敵するほど大切な水同様に、大井川の大量の土砂も大切である。長い年月を掛けて堆積していき、大井川平野を形成した。さらに駿河湾に流れ出て美しい海岸部をつくる。川勝知事は、大井川の「崩れ文化」を話すことで、その流域に暮らす人々の生活に思いをはせてほしいと金子社長にお願いするのだろうか。  どのような決着点か見えてこないが、国交省が適切な指導に入る姿勢だから、建設的な結論に向かうはずである。 ※激しい雨の中、川勝知事(左)、宇野副社長が燕沢の残土置き場を視察した

ニュースの真相

リニア騒動の真相41「県益」を考えた対応を!

100キロ離れた中下流域の影響はない!  「核心に触れてきた」。6月2日国交省で開かれた第3回リニア中央新幹線静岡工区有識者会議をまとめた福岡捷二座長(中央大学研究開発機構教授)のことばがすべてを物語っていた。福岡座長発言は、沖大幹東京大学教授(水文学、水資源工学)、徳永朋祥東京大学教授(地下水学、地圏環境学)らの発言を受けたもので、静岡県関係者を慮ってか、結論的な物言いはしていないが、議論の全体を聞いていれば、有識者会議の方向性がほぼ決まったことが分かる。  要するに、トンネル内の湧水全量を戻すことで中下流域の地下水に影響はないことを静岡県民にどのように説明していくのか、そのために、JR東海には各種データをよりわかりやすく工夫するように求めたのだ。  有識者会議は「中下流域の地下水への影響」、「工事期間中の湧水県外流出」を2大テーマとしている。この2つのテーマは密接に関連しているように見えるが、実際は全く違う。少なくとも、沖教授らはそう考えていることがわかる。  「湧水全量戻してもらう。これは県民62万人の生死に関わる」。「日経ビジネス」(2018年8月20日号)誌上に掲載された静岡県の川勝平太知事発言は、「大井川表流水」の問題だった。それがいつの間にか、「中下流域の地下水への影響」問題にすり替わった。  静岡県の専門家会議は、トンネル工事によって地下水の流れを切断、または流れを変える可能性、重金属等の有害物質が地下水に流出する可能性を指摘、百㌔も離れた中下流域の影響を問題にした。それを受けて、川勝知事は2つの違う問題を全く同じ視点で発言するようになった。川勝発言を受けてか、百㌔離れた中下流域の市町長らは過去にあった「水返せ運動」と同列で騒ぎ立てた。  JR東海は一貫して中下流域の地下水への影響は生じない、としてきた。今回の会議でも、宇野護副社長、澤田尚夫中央新幹線建設部次長は「中下流域の地下水は掘削される南アルプストンネルから約百㌔離れており、影響は生じない」を説明、沖教授らがこれを支持する発言を行った。  有識者会議に出席する静岡県専門部会の森下祐一静岡大学客員教授、丸井敦尚国立研究開発法人産業技術総合研究所地質調査総合センタープロジェクトリーダーも沖教授らの発言に「異論」を唱えなかった。水循環基本法フォローアップ委員会座長で、世界的な水の権威の発言を否定するのは難しいのだろう。 中下流域で問題が起きれば、「ブラックスワン」  大井川地域など県中部地域の地中に蓄えられている地下水賦存(ふぞん)量は58・4億㎥、そのうち地下水障害を発生・拡大させることなく利用できる地下水量は3・4億㎥。1960年代後半から焼津、吉田などで盛んに行われた養鰻業によって地下水の減量が顕著になったことから、71年に地下水の採取に関する県条例を制定、77年に改正、さらに2018年にも改正されている。  地下水採取を公的に管理する静岡県は、中下流域の15本の井戸によって、地下水の経年変化を調べている。有識者会議では、最上流部にある新東名付近の島田市島から下流域の吉田町川尻、焼津市藤守、牧之原市細江などの井戸15本の地下水位(常時計測)10年間の結果を別冊データとして専門家委員に示した。毎年の最大、最小、平均とともに、月平均水位など詳しい地下水の水位がひと目でわかるようになっている。条例制定後、現在まで大井川地域の地下水はほぼ同じであり、大きな減少などは見られない。  大井川は間ノ岳(3189㍍)を源流に駿河湾まで約168㌔の長さ、流域面積1280㌔平方㍍の大河川。間ノ岳だけでなく、大井川の水源は日本第2位の白根北岳(3192m)、荒川岳、赤石岳、聖岳など3千m級の南アルプス13座の山々が連なり、中下流域まで百㌔の間に不連続の断層帯が続き、南アルプスの地下水が中下流域まで伏流水のように流れていく仕組みは見られない。  リニアトンネル建設地の下流域には数多くの支流があり、豊富な水が本流に流れ込み、中下流域への利水の役割を果たす国交省の長島ダムに水を供給している。  中下流域の地下水量に大きな影響を及ぼすのは、それぞれの地域の雨量や工場などの取水量である。百㌔も離れた河川上流部の水の変化が地下水にどのような影響を及ぼすかという調査研究が行われないのは、JR東海の主張通り、大井川の場合、表流水として、そのほとんどが流れているからであり、南アルプスに降った雨が下流域の湧水となるわけではないからだ。川勝知事が「62万人の生命に影響」と言うのは、大井川広域水道を利用する島田、焼津、掛川、藤枝、御前崎、菊川、牧之原7市を合計した人口であり、まさしく「表流水の問題」である。  「リニア騒動の真相35『ブラックスワン』が起きる?」で、地下約4百mに建設される南アルプストンネル(約8・9㌔)が百㌔以上離れた地域の地下水に影響を与えてしまうとすれば、科学的な常識を超えた現象である、と書いた。つまり、「ブラックスワン」(常識を覆す大変化が起きること)が大井川の中下流域で起きる可能性はゼロではないが、限りなく、ゼロに近いことも確かである。そのためJR東海は期間無制限の「補償」にも言及している。  地下水を大量に使ってきた養鰻業は廃れてしまったが、生活用水を地下水に依存する吉田町はその影響には強い関心を持つ。「想定外の事態(地下水の枯渇)に対し、誰も責任を取り続けることができない。JR東海は100年、200年、300年、400年と責任を取り続けてくれない」(吉田町長)発言は政治家としては理解できるが、「科学的、工学的な議論の場」では相手にされない。つまり、もし何か万一のことがあったらという「ブラックスワン」を取り上げるのは、「政治的な議論の場」であるからだ。その役割は川勝知事に任されている。 非公開は「本県に厳しい結論を出すため」?  有識者会議を伝える3日付新聞各紙を見て驚いた。ほとんどすべてが会議開催を伝えるだけで、各委員発言を紹介したのは中日のみだったからだ。静岡は『データ不足 JRに指摘 委員「事実、推定分けて」』の見出しで、委員たちの議論の中身に触れず、JR東海のデータ提示をより分かりやすくという委員らの指摘を紹介しただけだった。中日は有識者会議各委員の主な発言をまとめた。  「トンネル湧水を全量戻すなら下流に影響しないはず。大井川の平均流量・毎秒74㎥と比べれば、先進坑掘削時に(山梨県側に)流出する毎秒0・08㎥が受忍限度かは受け手の気持ち次第。JRは住民が何に不安なのかをしっかり理解して、影響の比較対象を考えるべきだ」(沖大幹東京大学教授)、「技術者の感覚として(JRが提示した掘削予定地付近の水の浸透しやすさを示した数値からは)上流域の地下水はある程度河川に流れ出ている可能性が高く、中下流域の地下水の影響は大きくないとみられる」(徳永朋祥東大教授)など各委員の主張の”肝”をわかりやすく伝えていた。  新聞紙面が何をどのように伝えるのかは、それぞれの編集方針があるのだろうが、これでは中日以外の読者は有識者会議の議論内容を理解できないだろう。やはり、関心のある向きは国交省が公開する議事録を読むべきだ。  6日付静岡は、県議が有識者会議傍聴ができないことを問題視という記事を掲載した。取材すると、共産党、ふじのくに県民クラブの県議が傍聴を希望していた。静岡の記事では、県議の一人(匿名)が「専門家会議が委員名を伏せるのは、本県に対して厳しい結論を出そうとしているからでは」と伝えている。「本県に対して厳しい意見」とは何か?中日を読めば、どの委員がどんな主張をしているかの一端は理解できるだろう。「中下流域の地下水に影響はない」が「厳しい結論」だと考えるならば、県議は会議の趣旨を誤解しているのか、全く分かっていないかだ。  第1回会合のJR東海金子慎社長発言が問題になり、金子社長は正式に謝罪した。「科学的、工学的な議論の場」に自社の都合とも言える政治的な発言をしたからである。川勝知事は金子社長が面会を求めたのに対して、「有識者会議の検討を見守るのが筋だ」と回答している。  「会議の結論を県議会で検証するためにも傍聴は必要だ」と県議(匿名)は訴えたらしいが、会議の結論は議事録を読めば十分わかるだろうし、福岡座長がまとめるはずだ。どの委員がどんな意見を言うのかをチェックするのは「筋違い」である。  傍聴を許可されている新聞、テレビ報道が期待外れだとしたら、県議らは報道機関に厳しい意見を言ったほうがいい。 国交省全体と事を構えるのか?   前回の「リニア騒動の真相40」では、川勝知事が記者会見で水嶋智鉄道局長を批判した記事を書いた。静岡県はいまだに「全面公開」を求めている。1日付で難波喬司副知事は、赤羽一嘉大臣が「静岡県が求めている会議の全面公開との要件は、基本的に満たしているものだと考えている。こうしたことについては、静岡県の担当者の方とは事前に調整して、異論はなかったものと承知している」と発言したことに対して、『県はこれまで一貫して全面公開を求めており、「異論がない」と発言したことはない』と抗議した。  国交省に確認すると、ことし3月6日に「報道関係者の傍聴、会議後の記者ブリーフィング、議事録の速やかな開示」による「透明性の確保」について県側に説明、そこで「異論は出なかった」という。そのときに県側が「『異論がない』とは発言しなかった」とは言っているから、どちらの主張が正しいのか分からない。このような「闘い」は意味がなく、こじれれば、静岡県は鉄道局だけでなく、国交省全体と事を構えることになる。  静岡県は県民のために県土を発展させる役割を持つ。静岡県は長い間、公共事業のシェアが低く、そのために一般道路などの社会資本がお粗末だと批判されてきた。愛知、神奈川、山梨へ行ってみれば分かるが、静岡県の一般道路は各県と比較してあまりに貧弱である。国の公共事業を獲得できなかったからだ。必然的に県民は費用を支払い、東名、新東名など有料道路を使うことになる。歴代の政治家(知事、国会議員ら)が本県の公共事業をおろそかにしてきた結果は明らかである。  「国益」があると同様に「県益」もあり、各都道府県知事、地元選出国会議員らは今回のコロナ対策でも競っている。川勝知事は赤羽大臣と面会する目的を、「全面公開」を求めるだけでなく、来年の東京オリンピックなどでの支援を求めることを挙げていた。  「包帯のような嘘を見破ることで学者は世間を見たような気になる 時の流れを止めて変わらない夢を見たがる者たちと戦うため」(中島みゆき「世情」)。沖教授は自著「東大教授」(新潮新書)でこの歌をうたっていた。 ※タイトル写真は2日開かれた「第3回有識者会議」(国交省提供)

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リニア騒動の真相40「川勝劇場」の正当性探る?

なぜ、川勝知事は”爆発”したのか?   『恥を知れ、と言いたい』  あまりに強烈なひと言だった。静岡県の川勝平太知事が国交省の水嶋智鉄道局長を名指しした批判である。その他にも「folly(愚か者)、(水嶋局長は)猛省しなければならない」「(水嶋局長は)会議の運営が拙劣である。マネジメントの不誠実さが現れている」「(JR東海の)金子(慎)社長を(有識者)会議に呼んだのだから、責任を取るのは会議を指揮した水嶋局長ではないか」「金子社長の発言を許したのは水嶋局長、金子社長を(有識者会議に)呼んで謝罪、撤回させるのが筋だ」「(水嶋局長は)金子社長にすべて責任転嫁させている。水嶋局長は要するに筋を曲げている、約束を守らない、やる気がない」などなど。水嶋局長へのさまざまな不満、批判が続いた。なかでも川勝知事のボルテージが最高潮に達した「あきれ果てる運営で、恥を知れ、と言いたい」が極め付けだろう。  27日午後、静岡県庁別館の知事会見場へ足を踏み入れると、テレビ、新聞のカメラがいつもより多いのに驚いた。田辺信宏静岡市長、鈴木英敬三重県知事らに厳しい批判を繰り返した「川勝劇場」幕開けを期待していることがはっきりとしていた。  22日川勝知事が国交省主催の有識者会議について、「会議の透明性」「JR東海への指導」について申し入れを送ったのに対して、26日水嶋局長の回答が寄せられた。いずれも川勝知事の求めを退けた。ゼロ回答に対して、川勝知事コメントは「甚だ遺憾。もはや鉄道局とは話にならない。国交大臣に直接意見を述べたい」など”爆発”寸前だった。そのコメントを読めば、各社の記者たちは、恒例の「川勝劇場(激情?)」が始まるのが必至と見たのだろう。多数のカメラの中、まさにその通りとなってしまった。  さて、極め付けの『恥を知れ』である。水嶋局長の「恥ずべきこと」とは何か?川勝知事の批判は、主に1「会議の全面公開」、2「会議の運営」について静岡県の求めに応じなかったことにある。  本当に、水嶋局長は恥じなければならないのか? 水嶋局長批判は「筋が通らない」  水嶋局長は官僚であり、政治家ではない。当然、会議の運営について個人の裁量ではなく、国交省の判断基準に縛られている。法律や規則に沿って会議を運営しているはずだ。  国交省でもすべての会議は原則的に全面公開であるが、1機密性など 2個人情報などに関わるものの他に、3「率直な意見の交換若しくは意見決定の中立性が不当に損なわれるおそれがある場合」などでも会議を非公開とすることはできる。静岡県の求める「全面公開、透明性の確保」について、水嶋局長は、報道関係者の傍聴、会議後の記者ブリーフィング、議事録の速やかな公表で確保しているという。  さらに、静岡県の求めに応じて、オブザーバーとして静岡県、大井川流域の8市2町のほか、新たに大井川利水関係者を加えた。また、沿線のリニア反対運動などを念頭に、有識者会議の各委員から、生配信での発言の取り扱われ方等に懸念が示されており、「限定的な全面公開」は委員の意向でもある。つまり、委員らの「率直な意見の交換」のために報道関係者らの傍聴に限るのは、水嶋局長個人ではなく、国交省の判断基準に沿ったものである。  静岡県の求める「全面公開」が公益上の必要性を認められるのかどうかは、最終的には赤羽一嘉国交大臣の行政的な判断に任せられる。26日付川勝知事コメント「国交大臣に直接意見を述べたい」。つまり、上位者の大臣に直訴したいのだろう。優秀な官僚であろう水嶋局長がこれほどこじれている問題をなおざりにするはずもなく、赤羽大臣の判断を仰いだ上で川勝知事に26日回答したと読むのがふつう。だから、よほどのことがない限り、国交省はこれを変えない。公務員であれば、誰もが承知する”常識”を静岡県担当者はなぜ、知事に説明しなかったのか?まさか27日記者会見で再び、川勝知事から「赤羽大臣」の名前が出るとは思いもしなかった。  また、静岡県の会議の公開基準も国交省とほぼ同じであり、1機密性など、2個人情報などのほかに、3「公開することにより、公正かつ円滑な議事運営に著しい支障が生じることが明らかに予想される場合」という曖昧な規定で非公開を容認している。これが国交省の「率直な意見の交換」などに当たる。つまり、静岡県もすべての会議情報を「全面公開」しているわけではない。  静岡県との約束は「全面公開」だが、具体的な会議運営を進める中で、特に委員の意向を無視するわけにはいかない。そんな事情は静岡県でも同じだろう。ああ、そう言えば、静岡県が「非公開」にした「リニア関連会議」があった。  当然、その会議でも「率直な意見の交換」があったはずだが、会議の核心はいまでも「非公開」のままである。 10市町長は「川勝知事一任」を決めたはずだ?  ことし1月20日、「川勝知事と大井川流域10市町首長とのリニア関連意見交換会」が静岡県庁別館で開かれた。14日にもらった通知では、非公開となっていたので、「川勝知事はリニア関連会議はすべて公開と言っていた」と担当課に話した。16日の修正で「知事あいさつ」まで公開とし、会議終了後に難波喬司副知事、染谷絹代島田市長が囲み取材に応じるとのことだった。「率直な意見の交換」の場であり、「非公開」はやむを得ないのかもしれない。  事務局の島田市に「議事録」公開を求めたが、静岡県、関係市町との調整があるので、しばらく待てとの連絡。1カ月以上過ぎた3月11日になって、ようやく手続き終了の連絡をもらった。開示費用を支払った文書は、調整が繰り返され、「議事録」と呼べるものに程遠かった。「鉄道局はリニア推進の立場であり、公平・公正な調整役ではない。国の新しい有識者会議のメンバーを公平・公正にするために、県からメンバーを入れる必要がある」、「全量回復と水質保全を大前提とした上で、JR東海の責任において、不測の事態に対し恒久的な対策を行う確約がない限り、基本協定の締結は認められない」、「想定外の事態(地下水の枯渇)に対し、誰も責任を取り続けることができない。JR東海は100年、200年、300年、400年と責任を取り続けてくれない」などが首長の意見だが、すべて匿名扱い。  昨年12月、雑誌『静岡人vol4リニア南アルプストンネル 川勝知事はなぜ、「闘う」のか?』を発刊したあと、雑誌寄贈を兼ねて、10市町長に取材を申し込んだ。5市町長は受けてくれたが、日程調整を含めて残りの市長との面会はかなわなかった。藤枝市担当者は「北村正平市長はリニアに関しては知事と全く同じ考え。そう書いてくれて構わない」と回答した。  つまり、1月20日の会議は、リニア問題についてJR東海、国交省からいろいろ働き掛けがあるが、10市町長の「川勝知事一任」を決めるのが趣旨だったという。  政治家の会議でもあり、「非公開」はある意味、理解できる。ただ、川勝知事はすべてのリニア関連会議を「公開」と決めて、国交省に厳しい意見で求めるならば、まずは、「隗より始めよ」の格言を思い出してほしい。情報公開されたあの程度の意見が交わされたのであれば、「非公開」にする理由は全くないからだ。 知事の現地視察は時期尚早である  27日午前、金子社長の謝罪文が静岡県に届けられた。川勝知事は金子社長に「公の場で謝罪、撤回する必要がある」と述べ、金子社長は29日の会見で静岡県から抗議を受けた自身の発言を謝罪、撤回した。さらに、流域の10市町長に「謝罪」の手紙を送る旨も明らかにした。これで川勝知事が水嶋局長に『恥を知れ』と批判した問題は解決した。  26日の川勝知事コメントは、「面会等についてはJR東海の社長発言等を見守ったうえで改めて関係者と調整したい」としていたが、27日金子社長「謝罪」の手紙を受け取ると、川勝知事は会見で突然、現地視察をした上で金子社長と面会するのかどうか判断すると述べた。  早期の面会を要請した金子社長の手紙(20日付)について、川勝知事は静岡市と約束した三峰バイパストンネル(仮称)について、その後どうなっているのか、完成見通しをはっきりと表明せよ、リニアトンネルの作業道となる静岡市東俣林道の安全確保を放置したまま「(面会の)お願い」は筋違いなどとする手紙(22日付)を送っている。知事の手紙に対して、27日付金子社長「謝罪の手紙」は、トンネルについては「間もなく、静岡市と施工協定を締結した上で、工事発注を行う予定」、東俣林道は「12月に工事を開始した、作業員の安全については林道が完成するまでの間にしっかりと確保する」など説明されていた。  会見で川勝知事は「私は(トンネルや林道工事は)なさっていないのではとの認識だったので、実際にどのくらい進んでいるのか見に行きたい。6月中下旬にでも現場を見て判断したい」などと発言、降って沸いたような現地視察が決まったのである。  静岡市に確認すると、三峰バイパストンネルは金子社長の手紙通り、施工協定締結前なので、昨年6月の知事視察と現地の状況は全く同じとのこと。東俣林道の改良工事については、12月から沼平ゲートから1・5キロ区間の舗装工事に入ったが、作業のできない1、2月期の冬期間を挟み、現在、付帯の排水構築物などの埋め込み工事を行っている。舗装工事にまだ入っていないようだ。つまり、トンネルも林道工事も現地の状況は見た目では昨年とほぼ同じ状況である。昨年10月の台風19号の被害を受けた、林道崩落区間に仮設道路を設置するなど静岡市の災害復旧工事視察は知事の任ではないだろう。  現在の状況を知りたいのであれば、多忙を極める知事が現地に出向くまでもなく、担当者が早期に現地に入り、Webを使い、その状況を詳細に知事に報告すれば済む。その上で判断すればいい。  今回の「川勝劇場」では、新たなハードルをつくり、肝心の「議論」を遠ざけているとしか見えない。これでは周囲が不信感を抱くだろう。金子社長から、ちゃんとした「謝罪」を受けたのだから、トップ同士の「議論」を早急に持つべきである。大井川流域10市町長は「川勝知事一任」でまとまっているはずだ。  「科学的、工学的な議論」は県委員を交えた国の有識者会議に任せ、「政治的な議論」の場となる川勝、金子トップ会談スタートを周囲は期待している。当然、これは「公開」でやってほしいがー。 ※タイトル写真は「川勝劇場(激情?)」となった27日の知事会見

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リニア騒動の真相39「謝罪」と「議論」の行方

JR東海社長が静岡県批判を「謝罪」した?  22日付中日新聞1面「JR社長トップ会談要望 知事に手紙 県批判を謝罪」3段見出しにある「謝罪」の2文字に目が釘付けになった。記事は4月27日の有識者会議で静岡県を批判したことを謝罪するとともに、「直接会って謝罪する意向とみられる」とも書かれていた。調べてみると、中日は21日付夕刊で川勝平太知事に同日朝、直接取材した記事「JR社長から謝罪の手紙 知事に会談要望」(見出し)をすでに掲載していたのだ。21日夕方になって、「中央新幹線南アルプス静岡工区の準備再開について(お願い)」という標題で、川勝知事に宛てた20日付の金子慎JR東海社長文書が公表されたが、そこには「謝罪」の2文字はなかった。それだけに、中日記事にはびっくりした。  JR東海社長の(お願い)文書には、「トンネル掘削の前段で行うヤード整備等整備を進めるに当たって6月中にも準備工事を再開する必要がある。2027年開業に向けて工程は大変切迫した状況にあり、面談を早い時期に調整してもらいたい」と知事面談の依頼が書かれていた。  金子社長の面談依頼に対して、同じく21日公表された川勝知事コメントは「大井川流域市町の利水関係者に確認のうえ、新型コロナウイルスの感染状況を踏まえ、調整を進める」とあった。これまでのように面談依頼を断るのではなく、「調整を進める」とあるから、面談の手続きを進めるのだろう。しかし、どこにも「謝罪」に関することは書かれていない。  20日に開かれた県議会5月臨時会で、「新型コロナ」対応だけでなく、リニア問題に触れ、川勝知事は「JR東海の宇野護副社長が(静岡県の抗議を)重く受け止めているとしたが、金子社長が発言を撤回しないのは納得できない」などと不満を述べていた。  20日県議会で厳しい発言が出たばかりで、21日に金子社長から「謝罪」の手紙が届いたとしたら、絶好のタイミングである。中日記事を読めば、県が21日に公表した『JR東海社長の(お願い)文書』のほかに、「謝罪」したという金子社長の別の手紙があるはずだ。「謝罪」の手紙を教えてもらおうと担当課に連絡したが、担当者は不在だった。  金子社長は本当に謝罪したのか? 川勝知事、金子発言の「謝罪」求める  4月27日ウエブ方式による第1回有識者会議で、金子社長が発言した静岡県の対応に関する主な批判は以下の通り。  「南アルプスの環境が重要であるからといって、あまりに高い要求を課して、それが達成できなければ、中央新幹線の着工も認められないというのは、法律の趣旨に反する」  「有識者会議におかれては、静岡県の整理されている課題自体の是非、つまり、事業者にそこまで求めるのは無理ではないかという点を含めて、ご審議いただければ幸いです。併せて、それが達成できなければ、工事を進めてはならないという(静岡)県の対応について、これは、事業を所管されるのは国土交通省でありますけれども、こういった趣旨を踏まえて、適切に対処をお願いしたい」  上記の2項目を含めて6項目の金子社長発言に対して、静岡県は国交省の水嶋智鉄道局長宛に5月1日付で抗議文を送った。静岡県の抗議を受けた国交省は、金子社長発言が「有識者会議は科学的、工学的な議論の場」を逸脱するとして、赤羽一嘉国交省が「誠に遺憾」、水嶋局長が文書でJR東海に注意した。川勝知事は13日の記者会見で国交省の対応に「感謝する」と述べ、「(金子社長は)厳重に謹んでもらいたい」とも指摘、怒りの矛先を収めた感があった。  金子社長が川勝知事に面談を求め、謝罪の意向を示すことに何ら問題はない。ただ、担当者に確認したところ、金子社長が「謝罪」したという別の手紙は存在しなかった。中日記事は、20日付JR東海社長(お願い)文書にある「国交省から、発言は会議にふさわしくなく、今後は説明責任者として真摯に取り組むよう指導を頂いたことは、申し訳なく、重く受け止める。真摯に対応することで、地域の心配解消に取り組む」を好意的にくみ取り、静岡県への「謝罪」と受け止めたようだ。  中日記事「謝罪」が影響したのか、川勝知事は22日にあらためて金子社長宛に20日付文書に対する回答書を送り、その原文を公表した。回答書の最後に「(面談については)次回の有識者会議で発言の謝罪及び撤回を見届けた上で、関係各位と相談する」とあり、21日知事コメントよりもハードルがぐっと高くなった。水嶋局長にも、次回の会議に金子社長の出席を求め、発言の謝罪と撤回で指導の徹底を求めた。つまり、川勝知事ははっきりと「謝罪」を要求したのだ。  水嶋局長に「謝罪と撤回」で指導の徹底を求めた川勝知事の文書には「金子社長の勝手な発言を許可し、また、有識者会議の目的を全く理解していない事業者トップの不見識ぶりを如実に示した」「(金子社長は)みずからの不徳を恥じねばなりません」など厳しい文言が続いていた。  さらに、静岡県の抗議文などを有識者会議メンバーにちゃんと回覧するよう求めている。第2回会議の対応で金子発言に対する静岡県の抗議は決着をしたとばかり思っていたが、事はそう簡単に収まりそうもない。  「リニア騒動の真相38『今は来ないで!静岡県』?」で書いたが、静岡県の怒りの大きさ(wrath=憤怒、激怒レベル)に、国交省はちゃんと気がつくべきだったかもしれない。金子社長に頭を下げてもらはなくては会議が進まなくなった。 JR東海「お願い」は筋違い?  川勝知事の回答書を読むと、金子社長の依頼する6月中のヤード整備等再開へも異議を唱えている。これでは、たとえ金子社長が川勝知事と面談できたとしても、JR東海にとって首尾よい結果が得られるのか疑問は大きい。  回答書には、「当面は有識者会議の検討を見守るのが筋だ」と記した上で、1、静岡市と約束した県道三峰落合線のトンネル工事の早期着工がどうなっているのか、その完成見通しをはっきり表明してほしい。2、JR東海が「静岡工区の準備再開」を強く訴えるのであれば、畑薙から西俣へ通じる作業道の静岡市東俣林道整備を早急に進めるべきだ。危険な林道整備のほうが作業員の安全確保のために急務などと書かれている。  川勝知事は、JR東海が求める西俣ヤード整備等の準備に入る前に、1、2の懸念事項について明らかにするよう求めているのだ。いずれも静岡県ではなく、静岡市が対応する問題である。それなのに、『それ(約束した工事)を放置したまま「お願い」とは筋違いである』とまで書いている。JR東海がトンネル建設と林道整備を約束したのは、田辺信宏静岡市長に対してであり、当然、川勝知事ではない。  2018年6月20日、田辺市長と金子社長は静岡市の東俣林道をリニア工事作業道として使用の便宜を与える代わりに地域振興(県道三峰落合線トンネル建設)に関する基本合意書を結んだ。この合意書に対して、静岡県、大井川流域の8市2町は「抜け駆け」などと厳しく批判した。トンネルについては現在、静岡市が地権者との合意を結ぶ作業をしているとされる。ただ、2年も経過するのに、井川地区の期待が大きいトンネル工事についてその後、静岡市は何ら発表していない。一体、どうなっているのか、と考えるのは川勝知事だけではない。  東俣林道についても、何ら発表していない。唯一、10月12日から13日の台風19号による東俣林道の大きな被害について田辺市長は発表、沼平ゲートから3・8キロ地点の路肩決壊個所写真をメディアに提供した。12月になって、ゲート近くの舗装をJR東海は行うとしたが、これも静岡市は発表していない。だから、現在どうなっているのか全くわからない。  いずれの工事も主体はJR東海であり、静岡市は許可権限等を有し、管理監督する立場だ。川勝知事ではなく、静岡市が本来、JR東海に一体、どうなっているのか質すべきだが、静岡市にとっては全く他人事のようである。JR東海から何らかの申請が出れば、それを許可していくというスタンスを取っている。少なくとも、川勝知事のように作業員の安全確保にまで考えは及んでいない。  もし、金子社長が求めた川勝知事との面談が行われるならば、2つの懸念事項もテーマになるのだろう。静岡市の問題なのに、田辺市長は蚊帳の外に置かれてしまうのか?  いずれにしても、なぜか、静岡市の懸念事項について川勝知事がJR東海に回答を求めているのだ。 もっと早い段階で金子社長は面会すべき?  国交省に静岡県は合意5項目のうち、「会議の透明性」が履行されていない、と有識者会議の「全面公開」を求めている。「地域住民ならびに国民は、国費を使って行われる会議の内容を知る権利がある」などとして、「委員の自由な発言を阻害する恐れがあり、公開を限定する」という鉄道局の挙げた理由を退けている。  それでは、果たして、静岡県はすべての審議会、委員会を全面公開しているのか?  静岡県によると、県主催の会議はすべて原則、全面公開されているという。県表彰審査委員会、県総合計画審議会、県行政不服審査会、県情報公開審査会、県特別職報酬等審議会、県固定資産評価審議会、県感染症審査協議会などそれぞれの担当課に確認しなければならないが、「地域住民ならびに国民は、国費、県費を使って行われる会議の内容を知る権利がある」ことが守られているようだ。  金子社長とのトップ会談について、川勝知事は3月13日の会見で「金子さんが来られるとすればもっと早い段階で、社長が代わられたときに、すぐに来られる筋のものではなかったか」、「全部の地域住民の意見を尊重するべきなのに、そうした形がなかったのは残念だ」などと述べている。これが川勝知事の本音なのだろう。   JR東海は東俣林道の使用許可権限も持つ静岡市には早い時期から働き掛けを行っている。自民党静岡市議団が「南アルプスの保全が図れない工事を認めない」など厳しい姿勢でのぞんでいたこともあり、最終的に140億円の三峰バイパストンネルをJR東海の全額負担で行うという合意書を結んだ。当然、金子社長は早い段階で田辺市長と面談の機会を持ったのだろう。川勝知事になぜ、そのような面談を求めなかったのか?  それは、今回の金子社長発言から想像できる。国家的な優先度の高いプロジェクト・リニアについて、静岡県が大井川の水環境問題などで高いハードルを課すのはおかしいが見え隠れしている。(あまり知られていない)河川法の許可権限がなければ、JR東海は強行着工していたかもしれない。  この半年は、川勝戦略の”土壺”にはまったまま身動きできない。コロナ後の日本で、リニアが以前と同じ優先度の高いプロジェクトであるのかどうか?「謝罪」で「議論」が先に進むのか、全く見えてこない。 ※タイトル写真は、20日に開かれた県議会5月臨時会。当局の人数も非常に少ない

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コロナ危機4 無敵の「免疫」所有者は5人に1人!

映画「コンテイジョン」が教える現実  「新型コロナ」のパンデミック(世界的流行)を予言したと評判が高く、ネット動画配信サイト・ネットフリックスなどでランキング1位を続けるアメリカ映画「コンテイジョン(Contagion、接触感染)」(スティーヴン・ソダーバーグ監督)。題名の通り、他人との接触だけで感染していくために小池百合子東京都知事がよく使う「オーバーシュート(感染爆発)」が全世界で起こってしまう。感染したアメリカ女性の隣にいたまさしく日本人のステレオタイプ「黒眼鏡、黒スーツ」男性ビジネスマンが東京へ帰り、バスの中で意識を失い、倒れてしまうシーンが登場する。その後、日本でオーバーシュートしたかは定かでないが、病名不明の男性と接触したバスの乗客や救急隊員らが次々と感染していったと予測される。  マカオのカジノで感染したアメリカ女性は帰国後、自宅でけいれんを起こし、意識を失ったため、マット・デイモンふんする夫が女性を病院に連れていくが、女性は亡くなってしまう。夫が自宅に戻ると小学生の息子も同じ症状で死んでいる。女性の同僚、息子の学校のクラスメートなどに集団感染が起こり、全米、全世界に感染は広がり、パンデミックとなる。学校閉鎖、医療崩壊、食料品などの買い占め、ロックダウン(都市封鎖)によるパニックなどが起こり、まさにいま世界のどこかで起きていることを予言したシーンがこれでもかと続く。  UCLAサンフランシスコ校の研究者により、新型ウイルスが2003年のSARS同様にコウモリコロナウイルスの新種であることが突き止められ、CDC(米疾病予防管理センター)を中心にワクチン開発に必死で取り組んでいく。コロンビア大学感染症予防センターの研究者が監修しただけに、リアルな医療現場に焦点が当てられている。「人は1日に2千回から3千回も顔や頭を触り、起きているときには1分間に3~5回触る」として、接触感染を防ぐための水と石鹸による手洗い、マスクの着用なども映画の中で薦めている。特に、マスクの習慣のなかった欧米では、いまの現実そのものである。  最後に謎の病気の原因がわかる。ウイルスの宿主コウモリの落とした食べかすを子ブタが食べ、そのブタを調理した中国人からアメリカ女性、日本人ビジネスマンらへ感染していく。そう、まさに今回の新型コロナの発生を連想させるシーンで終わるのだ。2012年の公開当時、日本ではヒットはしなかったが、2020年の最高傑作に挙げられるだろう。  ところで、マット・デイモンふんする夫は妻、息子2人と濃厚接触するが、けいれん、意識障害など症状も出ないし、何らかの処置もしないのに元気そのものだ。周囲すべての人たちがマスクなどで防御をするのに、マット・デイモンだけは最後のシーンまでマスクさえ着用しない。  これは虚構の映画であるから、そんな設定をしたのか?それとも、現実の世界でも新型コロナに「免疫」を持っている人間がいるのか?ネットなどで情報を探したが、残念ながら、本当のことは分からなかった。  ようやく最近になって、実際に新型コロナでも最初から「免疫」を持つ人がいることを英国の科学雑誌が教えてくれた。 17・9%が「不顕性感染者」と判明  5月12日号の英感染症専門誌「ユーロサーベイランス」が、新型コロナに感染しても、全く症状の出ないまま治ってしまった人の割合を明らかにした。ウイルス名「SARS-CoV-2」(コウモリコロナウイルスに関係する、SARS-Cov-1に近い7番目のコロナウイルス)に感染しても、熱、のどの痛みや咳、だるさ、肺炎など新型コロナの病名「COVID-19」に掛からない人たちがいる。新型コロナに対する「免疫」を獲得している人を「不顕性感染者」と呼んでいる。  「不顕性感染者」はワクチンも治療薬も必要ない。どこかは分からないが、体の一部の何かが違うのだ。それで、最初から「新型コロナ」に負けない「免疫力」を持っている。そんな無敵の人たちがわたしたちの周りにいるのだ。  調査結果を発表したのは、京都大学、オックスフォード大学、ジョージア州立大学の研究者グループ。新型コロナ感染の流行で『1、亡くなった人 2、発熱や咳、肺炎などの症状の出た人 3、全く症状の出ないまま治ってしまった人(不顕性感染者) 4、未感染者』の4グループに分類した。3番目の「不顕性感染者」が数多く存在することで新型コロナウイルスは、SARSやMERSに比べて毒性が強くないことがわかる。  調査では、横浜港に停泊したダイヤモンドプリンセス号のクルーズ船乗船員3711人を対象に、3063回PCR検査が行われ、634人に陽性反応が出た。2月21日までに306人に症状が出て、2週間の潜伏期間などを経て、最初にPCR検査で陽性反応が出たが、全く症状の出ないまま治った「不顕性感染者」を113人と推計した。PCR検査で陽性とされ、隔離されたが、熱など軽い症状さえ出ない人が17・9%もいたことになる。他人への感染を考慮しなければ、「コンテイジョン」のマット・デイモンふんする夫同様にマスク、手洗いも不要な「免疫」獲得者ということになる。  静岡県では、PCR検査で陽性とされた人は2週間入院後、2回のPCR検査後に陰性と判定されれば、めでたく退院となる。県疾病対策課によると、感染者73人のうち、12人が無症状病原体保有者(不顕性感染者)だったという。単純に計算すれば、16・4%が不顕性感染者だったわけだ。その内訳は10代から60代までさまざまであり、そこにどのような共通点があるのかは全く不明である。ダイヤモンドプリンセス号の場合、さまざまな国からの50代から70代の高齢者が中心だった。今後、彼らの血液検査によって新たなことが分かるのだろう。  新型コロナの場合、今回の調査などでわかるように「不顕性感染者」の割合が高いのが特徴。だから、逆に気づかないうちに広がる恐れがある。いくら、「今は来ないで!静岡県」とキャンペーンしても、封じ込めは非常に難しいことになる。「集団免疫」を獲得することで終息を目指すほうが早いのかもしれない。不顕性感染者の割合が多いほうが治療を受けなくても免疫を獲得していく人が多いので有利だと言われる。  そして、すべての人が願うのは、自分自身も新型コロナに「免疫力」を持つ不顕性感染者に入ることである。 「不顕性感染者」になりたいのだがー  新型コロナの「不顕性感染者」の共通点はどこにあるのか?そんな調査研究はいまのところ後回しのようだ。目の前の「恐怖」に精いっぱいといったところか?  川勝平太知事は15日、休業要請を18日から解除した上で、「ふじのくに基準」に基づく新型コロナの流行は「限定期」、警戒レベル3の「注意」段階だと発表した。これまでと同様に「三密(さんみつ)」の回避、手洗い、消毒、マスク着用、ソーシャルディスタンス(約2mの距離確保)を求めている。14日現在、73人の感染者のうち、1人死亡、入院11人、退院者61人と深刻な状況にほど遠い。  「ふじのくに基準」の警戒レベルは6段階もあり、赤の「都市封鎖級」「特別警戒」、濃い黄色の「警戒」に次ぐのが、薄い黄色の「注意」だという。水色の「ほぼ日常」にも3種類もあり、全く色のない昔と同じ日常に戻るのは大変なことだ。2週間以上も感染者ゼロが続くのだから、「ほぼ日常」ではなく、「注意」とは首をかしげるが、どうも警戒度を上げることはあっても、下げたくはないらしい。映画「コンテイジョン」を見たあと、「油断するともっと恐ろしい第2波がやってくる」と脅されれば、多くの人は従うしかない。  ただあまりムダなことに予算を使うのも考えものだ。静岡市の155室のホテル「東横イン」1棟の借り上げを12日、発表している。お隣の神奈川県では隔離施設としてホテルの2450室確保したのに、滞在者は65人のみで97%が空室であり、緊急事態宣言が最初に出された東京、大阪7都府県では約9割が空室という。当初はPCR検査数の不足原因に、隔離施設の不足が叫ばれた。ところが、隔離施設としてホテルを用意すると、ほとんどの感染者が自宅療養を選んでいる。  中国製マスクの供給が進む中、いまだ「アベノマスク」が届かないように、2週間以上、感染者ゼロが続くいま、隔離対策施設に多額の予算を掛けるのに疑問が多い。各都道府県知事の知恵比べ、アイデアを競うようなコロナ対策を見ていて、”ふじのくにコロナ対策ビジョン”で「川勝流の発想」の切れが見られないと感じる県民は多いようだ。  3月13日の記者会見で川勝知事は、静岡県で感染者が少ないのはお茶をよく飲んでいるからではないかと話した。お茶にそんなパワーがあるのかどうかは分からないが、ワクチンや薬に頼るのではなく、「免疫力」をUPさせて、新型コロナに負けないほうがいいに決まっている。  「不顕性感染者」にどうしたらなれるのか? 「免疫力」はわたしたちの体の中にある  最近の報道を見ていると、専門的知識を有する医者が優位に立ち、何でも決めてしまうパターナリズム(父親的温情主義)と呼ばれる医療が支配する風潮が強くなっているよう感じられる。患者は何でもかんでも医者の言うことを聞いていればいい、と子どものように従ってしまうことだ。インフォームドコンセントやセカンドオピニオンということばが一般的となり、医者と患者がパートナーシップを持つと言われる時代になってずいぶんたつが、正体不明の新型コロナで何か昔に戻ってしまったようだ。  患者は医者の言うがままにワクチンや薬を飲んでいれば大丈夫かと言えば、決してそんなに簡単なことではない。医者も一方的な真実でしか、見ていないことが多いからだ。  いまから40年ほど前まで、お腹が痛いと言えば、何でも「盲腸」と呼んで5人に1人が手術を受けていた時代があった。(詳しくは大鐘稔彦著『外科医と「盲腸」』岩波新書)。いま「盲腸」と呼ぶ人はいない。現代で言えば、胃炎と言えば、胃がん対策として、ピロリ菌を抗生物質で”退治”してしまうことだ。ピロリ菌は病原体であり、除去すべきという医者がほとんど。ピロリ菌は日和見菌であり、除去することで、最近、急増している胃食道逆流症、その後の食道がんリスクを大きくしてしまう。びらん性胃炎の50代の患者に対して、徳島県医師会は「ピロリ菌は50歳以上の70%が感染しているが、胃・十二指腸潰瘍を起こすのはそのうちの2~3%、胃がんに至るのは0・4%に過ぎない」と回答している。胃がんを恐れてピロリ菌除去すべきか、与える障害を踏まえ、実際の症状を確認すべきである。  患者と病院とのつき合い方を取材して一冊にまとめたとき、監修していただいた脳外科医の前田稔・順天堂大学静岡病院長(当時)から言われたのは、「医者は患者を選べないが、患者は医者を選ぶことができる」(詳しくは『世界でいちばん良い医者に出会う「患者学」』河出書房新社)だった。  新型コロナでさまざまな治療薬やワクチンの開発が進んでいるが、実際は、そんな薬を飲まないでも新型コロナに負けない「免疫力」を持つ不顕性感染者であったほうがいいだろう。  静岡県は「社会健康医学」を推進する大学院大学設置を進めている。ぜひ、感染症に負けない「免疫力」についてちゃんと研究成果を出してほしい。新型コロナがちょうどよいテーマになるだろう。 ※新茶のシーズンもたけなわ、お茶と免疫力に関係があることはわかっている。写真は呉服町の竹茗堂。

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リニア騒動の真相38 『今は来ないで!静岡県』?

静岡県の対応は「法律の趣旨に反する」?  「南アルプスの環境が重要であるからといって、あまりに高い要求を課して、それが達成できなければ、中央新幹線の着工も認められないというのは、法律の趣旨に反する」(金子慎JR東海社長)  「新型コロナ」の影響を受け、ウエブ方式で国交省と各専門家、静岡県などをつないだリニア問題「有識者会議」(国交省鉄道局主催)が4月27日、初めて開かれた。第1回会議はこれまでの議論を整理することだけで本格的な論戦は次回以降に行われる予定だった。ところが、会議の前に「工事を進める事業責任者」としてあいさつをした金子社長の発言が、地元の強い反発を生んでしまった。金子発言には、JR東海が単に謝罪することだけでは済まされない内容を含んでいた。鉄道局は第2回会議で十分な時間を取り、適切な対応を迫られている。  島田市の染谷絹代市長は28日の会見で「(金子発言は)いかにJRが地元を理解していないかという表れ」とあきれ、さらに30日、川勝平太知事は金子発言を厳しく批判した。翌日5月1日新聞各紙の紙面を見れば、メディア(世論)がどちらについているのか一目瞭然である。お互いに名古屋市に本社を持つJR東海にとって、特に親しい関係を築いているはずの中日新聞が『JR東海社長の県批判 知事「無礼」と抗議』と社会面3段の大きな見出しをつけた。金子発言がいかに常識外れにとらえられたかを物語っている。  川勝知事を筆頭に、大井川流域の2市8町、大井川土地改良区など11の利水者団体連盟は1日、国交省の水嶋智鉄道局長宛に「抗議文」を送った。  静岡県が作成した分厚い「抗議文」を手にして、すぐに頭に浮かんだのは、1930年代の大恐慌下のアメリカを舞台にしたノーベル賞作家ジョン・スタインベックの小説「怒りの葡萄」だった。  「怒りの葡萄」の原題は「The Grapes of Wrath」。一般に「怒り」と来れば、「Anger」だが、「神の怒り」を象徴するWrathが使われている。Wrathは並大抵の「怒り」ではなく、「激怒」「憤怒」を指す。その分厚い「抗議文」はまさに「Wrath」(激怒、憤怒)そのものを感じさせた。抗議文を手にした水嶋局長は困惑するだけでは済まされない。静岡県側の「Wrath」に適切に対処しなければ、「有識者会議」メンバーがJR東海への反発を強めるだけでなく、会議の趣旨そのものに疑問を抱くことになってしまうのだ。  「有識者会議」開催は静岡県側がいくつかの注文をつけて遅れに遅れた。1月に鉄道局が提案してから、4カ月近くもたってようやく初会合となった。当然、JR東海は静岡県が意図的に開催を遅らせているのではといういらいらを募らせた。それだけに「有識者会議」は苦境に立つJR東海の援軍であり、会議での結論がJR東海に有利に働くと考えたのか、初会合開催を手放しで喜んでしまった。それが金子発言につながった。  JR東海トップの金子社長は、その発言の意味を理解しているのだろうか?静岡県の「抗議文」が金子発言の常識外れを事細かく明らかにした。 「有識者会議」に「政治的」役割を求める?  難波副知事が起案した「抗議文」は、A4判用紙7枚、8項目に分けてびっしりと書かれている。金子社長の発言内容を6項目で指摘、その問題点を詳細に明らかにした上で、最後の7、8項目で厳しい抗議を表明している。  1項目の「環境に関する法制としては、環境影響評価法に基づいて、資料の作成をしております。私どもは、中央新幹線の事業は、有益な事業であるからと、環境保全を軽んずるつもりは全くございません。果たして、逆に、南アルプスの環境が重要であるからといって、あまりに高い要求を課して、それが達成できなければ、中央新幹線の着工も認められないというのは、法律の趣旨に反する扱いなのではないかと考えているものです」、6項目の「有識者会議におかれては、静岡県の整理されている課題自体の是非、つまり、事業者にそこまで求めるのは無理ではないかという点を含めて、ご審議いただければ幸いです。併せて、それが達成できなければ、工事を進めてはならないという(静岡)県の対応について、これは、事業を所管されるのは国土交通省でありますけれども、こういった趣旨を踏まえて、適切に対処をお願いしたい」という金子発言が特に川勝知事らにとって「無礼」であり、「激怒」に至った内容である。  裏を返せば、JR東海が「有識者会議」に期待する「本音」そのものに違いないだろう。  ただ、トンネル工学や水文学の専門家で構成する「有識者会議」について、水嶋局長は「会議の趣旨はこれまでの議論の検証、政治的ではなく科学的、工学的な議論の場にしていただきたい」とその趣旨、役割を述べている。つまり、金子社長が「有識者会議」に「法律の趣旨に反するかどうかなど、適切に対処を願いたい」と求める役割にはほど遠いのだ。  水嶋局長の発言から読み取るべきは、『有識者会議は科学的、工学的にとどめ、「政治的な働き掛け」は水面下で行うべき、とくぎを刺している』ことである。「有識者会議」初会合で有頂天となった金子社長は、まさに「政治的な発言」にまで踏み込んだことに気づかなかった。  昨年10月、リニア南アルプストンネル静岡工区の早期着工を図るために、鉄道局主導の三者による「調整会議」設立を目指した。しかし、12月末、川勝知事が「環境省や農林水産省などすべての省庁の参画」「これまでの静岡県とJR東海との対話内容の評価」を求めたため、鉄道局は「調整会議」ではなく、水文学などの専門家による「新有識者会議」を立ち上げることとした。  1月20日付『リニア騒動の真相30「北風作戦」は失敗』で、『国は苦肉の策として「新有識者会議」設立という”奇策”に打って出た。藤田次官まで出張って事の解決に当たろうとしたが、時間の掛かる面倒な”宿題”を増やしただけである』と書いた。金子社長の”活躍”もあって、鉄道局はまさに時間の掛かる面倒な”宿題”ばかりを増やしている。第2回会合で鉄道局は設立の趣旨について、もう一度、ちゃんと有識者委員に説明しなければならない。設立の趣旨が「JR東海に有利で適切な対処をする」ことであれば、静岡県はさらなる”抗議文”を提出するだろう。 「論理」を説くのではなく、「感情」に訴える  このままでは、国の有識者会議も川勝戦略の”土壺”にはまって身動きできない状態が続いてしまうだろう。  2027年開業を目指すリニア工事は「新型コロナ」問題が絡み、各地で遅れている。いまのうちに、最大の課題とされる南アルプストンネル静岡工区の着工問題を解決したいのがJR東海の「本音」だろう。その解決のために金子社長は「企業論理」を全面に打ち出した。「企業論理」に立てば、金子社長の発言は間違っていない。しかし、いくら「論理的」に正しくても、世論が味方しなければ大衆の支持を得られない。  日経ビジネス2018年8月20日号で、川勝知事は「静岡県の6人に1人が塗炭の苦しみを味わうことになる。それを黙って見過ごすわけにはいかない」とJR東海を批判、リニア工事が大井川中下流域の62万人の利用する地下水へ影響を及ぼす危険性を指摘した。それで、「立派な会社(JR東海)だから、まさか着工を強行することはないだろう」とも訴えた。知事発言は「論理的」な部分の代わりに、わかりやすいことばで「感情」に訴えた。だから、県民から多くの支持を得たのだ。  今回の金子社長の発言で、何度も「蓋然性(がいぜんせい)」ということばが使われた。「蓋然性」とは「事象が実現されるか否か」であり、類語に「可能性」「実現性」とあるが、一般にはあまり使われない。金子発言は「有識者会議では、専門的な知見から、これまで心配な事態が起こる蓋然性について、どの程度なものなのか、また、発生する可能性が大きいと考えておいでなのか、あるいは小さいものなのかを、お示しいただければありがたい」。静岡県は不測の事態が起きないようJR東海に求めているが、いくら科学的、工学的に議論をしたとしても、「不測の事態」が起きないと断言できる専門家は、存在しないだろう。金子社長は有識者会議の議論の行方にまで踏み込んでしまったのだ。  JR東海トップである金子社長は「論理的」に話すのではなく、現在の窮状のみを「感情的」に訴えれば、まだ違っていたのではないか。トップの役割は議論に介入するのではなく、深く頭を下げるだけで十分である。 JR東海に「一定の合理的な負担を」指導すべき  4日に新型コロナでの「緊急事態宣言」延長が決まった。生活困窮者への30万円給付ではなく、国民全員に一律10万円給付が始まった。中小企業、自営業者への持続化給付金、各県での休業要請に対する補償など「緊急事態宣言」延長で、さらなる財政出動を求める声が高まるだろう。  財政出動が繰り返され国債を発行し続ければ、いずれハイパーインフレ(物価高騰)などを招く恐れがある。ほとんどの人は政治の話には無関心だが、10万円を再び、もらえるという話であれば、目を輝かせる。政治家の話に耳を傾け、喝采を送る。そんなにお札を刷って大丈夫かと心配する向きもあるが、”コロナ”だから目をつむるしかない。すべて「論理」ではなく、「感情」が優先する。  大衆が支持するのは「論理」ではなく、「感情」である。1月20日付『リニア騒動の真相30「北風作戦」は失敗』で産経新聞主張(2019年12月3日付)を紹介した。『リニア新幹線は静岡県内に駅がなく、その経済的なメリットは小さいとされる。川勝氏は今年(2019年)6月にJR東海による経済的な代償を求める考えを示唆した。同社による一定の合理的な負担を含め、国交省が主導して環境対策などでも真摯な協議を進めるべきだ』。  鉄道局はJR東海に対して、『(静岡県へ)一定の合理的な負担する』よう指導すべきと産経は書いている。これも「論理」の話ではない。有識者会議の議論とともに、JR東海が『静岡県への一定の合理的な負担』を行うことは、静岡県民の「感情」に訴える一つの方策なのだろう。  「今は来ないで!静岡県」。東西の県境道路沿いに幟や旗などで静岡県が県外ナンバーの車などに要請している。「緊急事態宣言」延長で、そのまま同じ要請を続けていくのだろう。リニアに対して、『今は来ないで!静岡県』といつまで叫び続けるのか分からないが、JR東海の「無礼」(川勝知事)な対応が続く限り、『今は来ないで!静岡県』は続くはずである。 ※タイトル写真は、国交省で開かれた有識者会議。ウエブで結ばれた(鉄道局提供)