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ニュースの真相

”W不倫報道”静岡新聞社長「創業以来の最大危機」

静岡放送社長辞任の意向は”藪蛇”だった  3月5日発売の週刊誌フライデー(発行部数約25万部)は、『平日昼間から一緒に酵素風呂、手をつないでディナーへ その後、「別宅」で密会し、週末にはゴルフ旅行ー「静岡放送社長と女子アナがW不倫」の衝撃写真』をスクープした。前日(4日)夕方からヤフーニュースが内容の一部を紹介すると、紙媒体の雑誌をはかるかに上回る百万超のアクセスとなり、静岡新聞、静岡放送の大石剛社長(51)は全国的な注目を集めることになった。  翌日(6日)には、静岡新聞は「お詫び」を掲載した。『(大石社長は)「報道されたような不適切な関係は一切ありませんでしたが、今後は誤解を与えないような行動を取るように注意してまいります」とし、責任を取って静岡放送社長を辞任する意向です』と書かれていた。  「W不倫」という不適切な関係は一切なく、行き過ぎたスキンシップで誤解を与えただけだと言うのだ。”密会用”マンションや一泊二日のゴルフ旅行などが事実とすれば、そんな言い訳が通用するとは思えない。  朝日、毎日などの一般紙も一斉に、大石社長が8日にも静岡放送社長辞任を発表すると伝えた。当然、「W不倫」報道がきっかけだとも書いている。実際には、「W不倫」報道に対する批判があまりにも多かっただけに、静岡放送社長辞任で何とか”火消し”を図りたかったのだろう。逆に、一般紙が報道するきっかけをつくってしまった。”火消し”どころか、全く事情を知らない県民にもあまねく知らせることになり、静岡放送社長辞任の意向は”藪蛇”だった。  「お詫び」は、静岡放送社長辞任の意向のみを伝え、静岡新聞社長辞任を否定した。フライデーは新聞社社長ではなく、放送会社社長、アナウンサーの「W不倫」のほうが読者が食いつきやすいと考えただけだろう。  静岡放送は、静岡新聞と管理、営業部門等すべて一体で、新聞記者が突然、放送記者となったり、垣根のない同じ会社である。静岡放送社長を辞任しても、大石社長の強大な権力はそのままである。静岡県外の読者は静岡新聞、静岡放送の特殊な事情を知らないだろう。静岡放送社長辞任を正式発表しても、大石社長に何らのペナルティもない。放送、新聞とも同じ会社なのだから、記者たちは、なぜ、静岡新聞社長辞任をしないのかを、尋ねるべきだ。  大石社長は、昨年12月1日の創立記念日(静岡新聞の創立記念日だが、ラジオ、テレビの静岡放送も同じ日を共有する)に新聞、放送の全社員に向けたメッセージで『創業以来の最大危機』を訴えた。  「W不倫」報道で事情は一変した。「不適切な関係」や「行き過ぎたスキンシップ」といった「W不倫」報道の中身ではなく、社員たちが、雑誌フライデーにリークしたことを『創業以来の最大危機』と呼ぶべきだろう。  フライデーの誌面では『(大石社長が)社員に「てめえ、トバしてやる!」と言い放ったのは有名な話。社長のパワハラのため、ここ数年、どんどん社員が辞めています』などと書かれている。  静岡新聞、静岡放送の社内でひどいことが起きていることだけが分かる。一体、何が起きているのか? 静岡新聞の改革は「待遇の改悪」  2020年10月10日の週刊ダイヤモンドが特集『地方エリートの没落』で、静岡新聞を取り上げた。ツイッター上にアカウントを開設した「静岡新聞 リニア大井川水問題を解説!」の静岡県庁「御用新聞」批判から始まり、オーナー会社(大石家が静岡新聞、静岡放送の株の大半を有する)の社風を揶揄(やゆ)している。  昨年9月20日の週刊サンデー毎日では、下山進の「2050年のメディア」連載第26回で、静岡新聞を取り上げた。こちらは、『NYT(ニューヨークタイムズ)と静岡新聞イノベーションリポート 何が違うのか』のテーマで、大石社長をインタビューしている。  「静岡新聞が今、日本全国の地元紙から注目をあびている」と期待を抱かせる始まりだったが、中身は違っていた。NYTの調査リポートをまねてつくった『静岡新聞イノベーションリポート』に、下山はずっこけてしまい、意味がよく分からないと嘆いているのだ。  <「紙かデジタルか」という話をするつもりはありません。私たちは「デジタルファースト」になるのではない。「ユーザーファースト」になるのです>という新聞社らしくない難解な文章は、読者を混乱させるだけで全く無意味だとインタビューの中で、下山は暗に批判している。  具体的に何をやりたいのか、全く分からないと首をかしげる。2ページ連載で、大石社長の写真説明の、「執務の服装もシリコンバレー風。スーツではない。役職定年とそれに伴う給与の引き下げを実行する」だけが具体的だった。要は、「待遇の改悪」を図ることが「静岡新聞イノベーションリポート」だと、におわせている。「給与の引き下げ」はすでに行われたのだろう。  これでは、社員たちが怒るのもやむを得ないだろう。 『泥船に乗ってもらう』と社員を脅す社長  「W不倫」報道の原田亜弥子アナウンサー(40)が、イノベーションリポートに関する一文を書いていた。  『Fail Fast Fail Often 早く失敗しろ! たくさん失敗しろ! 職業柄失敗は許されない精神で来た私にとっては衝撃的な言葉でした。でも失敗していないということは、裏を返せば、毎日言われたことしかやっていない、出来ることしかやっていないということ。一瞬聞けば当たり前のような言葉ですが一つ一つの講義を重ねていくと今までの自分の生き方、仕事のやり方全てにおいて考えさせられました。今変化しようとしている会社と共に自分自身も変わりたい。失われた時間をやり直すことは出来なくても、取り戻すことは出来るのではないかと確信しました』  「自分自身も変わりたい」。昨年9月、掛川で5日間、行われた「ブートキャンプ」に参加した原田アナが成果をつづった感想である。「ブートキャンプ」とは、アメリカの軍隊式訓練だが、静岡新聞、静岡放送が「ブートキャンプ」と呼んでいる意味は不明。原田アナと大石社長が懇意になったのも、「ブートキャンプ」がきっかけだとすれば、今回の報道が結果であり、原田アナの生き方、仕事のやり方すべてが変わるだろう。  とにかく、「ユーザーファースト企業」をはじめ、「ブートキャンプ」など何をしたいのか、分からないのが、静岡新聞、静岡放送の企業改革のようだ。  昨年12月1日の創立記念日に、大石社長は現在、『我々は未曽有の危機、創業以来最大の危機』にあり、『もし、この危機を全社員一丸で乗り越えなければ、「泥船に乗ってもらう」選択しかなくなるだろう』と述べていた。それに続いて、1月11日の新聞では、『静岡新聞SBSは、マスコミをやめる。』というセンセーショナルな全面広告を4ページにもわたって掲載した。それが一体、何なのか、読者には全く伝わらなかった。  下山進のように部外者ならば、「分からない」と言っても許されるが、社内で、「分からない」「意味不明」と言えば、「トバされる」のだろう。  『泥船に乗ってもらう』と社員たちを脅す社長はあまりいない。だから、社員の有志が、大石社長に静岡放送、静岡新聞の社長を辞めて、訳の分からない企業改革から手を引いてもらいたいと願い、フライデーにリークしたのだろう。 創業者大石光之助はかっこういい新聞人だった  わたしは2008年まで、30年間、静岡新聞社に勤務した。大学時代のゼミ「1930年代の思想の研究」で、地方の新聞人、桐生悠々(1873~1941)をゼミ論のテーマにした。一番有名な論説「関東防空大演習を嗤う」で、悠々は信濃毎日を追われるが、生きざまとしてはかっこいい新聞人の理想を貫いた。  静岡新聞社を辞めたあと、2009年に雑誌「静岡人」第2号「久能山東照宮」特集号を発刊した。その中に、静岡新聞創業者の大石光之助(1896~1971)を取り上げた。桐生悠々ほど知られていないが、全国一の安売り新聞をつくった大石光之助もかっこういい言論人だった。  13歳で徳富蘇峰の書生に入った大石光之助には数えきれないエピソードがある。合理主義者であり、名目を軽蔑し、名声という空虚な飾り物に反発したから、一般にはほとんど知られることはなかった。  そんななかで、東條英機の家族への物心両面での厚い支援、東京裁判のA級戦犯、拘置中のB、C級戦犯らがひもじい思いをする中で、さまざまな物資を送り、弁護団長の清瀬一郎を支えたことは特筆に値する。敗戦後、一夜にして逆賊になった東條は無謀な戦争の元凶、国を亡ぼした罪人とされ、マスコミは国民感情をあおりたて、東條らに憎しみと非難を集中させた。大石は正義心と反骨から、敢然として援助の手を差し伸べている。  勝者が敗者を断罪するのが東京裁判だったため、国際法、国際正義は無視され、A級戦犯のみに責任を押しつけた。東條の弁護を引き受けようとする弁護士がいない中で、日本を弁護するという立場で引き受けた清瀬の弁論を一貫して静岡新聞は掲載している。現在とは違い、静岡新聞の論調はマスコミ一般の傾向とは正反対を貫いていた。東條未亡人は大石の死後、雑誌婦人公論に東條一家を守った大石の「陰徳」を発表している。  東京裁判のあと、戦後の三大冤罪事件とされる、静岡県の幸浦、二俣、小島の3事件では、清瀬が弁護団長を務め、大石の静岡新聞は全面的に清瀬の弁護を支持する論調を掲げ、無罪を勝ち取るために戦った。  ユニークなのは、その経営だった。他の新聞社と違い、専売店を持たず、販売を中央紙の専売店に任せた。中央紙がカルテルを結んだルールに逆らい、1千円以上もの安売りで部数を伸ばしたが、業界の”ギャング”と呼ばれ、各社に嫌われた。30年ほど前、わたしは中央官庁の記者クラブに加入するために、地方紙の東京支社にあいさつに回ったが、安売りの静岡新聞はクオリティーペーパーではないと、何度も非難された。   わたしが静岡新聞社にいた時代、大石イズムはほんの少しだけ残っていた。幹部役員は他の社員たちよりも早朝に出勤して、他の目に見えないところで働くよう指示されていた。幹部役員が早朝、清掃を行い、偶然の来客者はその姿を見て驚いたという話をよく聞いた。  静岡新聞は給料等すべて男女同権であり、印刷、工務など現業の職場の人々と大卒の新聞記者との給料格差のない(年齢で同じになる)現在では考えられない会社だった。家族主義と呼ばれ、協同組合的な観念で社員を大切にするのが大石イズムのモットーだった。(※いまは違います)  「まことに空しきものは名なり、真に大切なものは実体なり」と大石は日ごろ言っていた。『創業以来の最大の危機』が何かは分からないが、もう一度、大石イズムをちゃんと理解すべきだ。 ※タイトル写真は、2020年12月1日の静岡新聞創立記念日で、全社員にメッセージを送る大石剛社長(静岡新聞の@エスのHPから)

ニュースの真相

リニア騒動の真相76”印象操作”にだまされる!

知事発言には”事実”チェックを!  川勝平太知事は24日の会見で、JR沼津駅鉄道高架事業に伴う、原駅周辺の貨物駅移転先での行政代執行(強制収用)で明け渡しを拒否していた地権者の久保田豊さん(81)を、昨日(23日)訪問、謝罪したことを明らかにした。この訪問についての知事の話は、目まぐるしくあちこちに飛び、とりとめがなく、何を言っているのか理解するのは非常に難しかった。それでも、最後に知事は「帰り際に(久保田さんと)ひじタッチをして、にこやかにお別れした。(久保田さんは)ずっと丁重に見送ってくれた」などと敵対していたとばかり思っていた久保田さんと関係修復ができ、久保田さんの信念等をほめたたえ、終始、友好ムードだったことを強調した。  同行した鈴木俊直秘書課長が知事に代わって檀上に立った。鈴木課長は「これ(行政代執行=強制収用)は知事が悪いわけじゃないんだからというようなお言葉を(久保田さんから)もらった。本当に5分程度の立ち話だったが、このタイミングで会っていただいてよかった」など知事発言を補強をした。この話の通りであれば、”美談”のひとつだったかもしれない。  ところが、事情は大きく違っていた。翌日(25日)新聞各紙は知事の発言から”美談”記事として取り上げていたが、毎日新聞のみ久保田さんに直接、確認した上で、知事訪問の”真実”を伝えた。  毎日記事では、【久保田さんは「知事は冒頭、『すいませんでした』と謝ったが、あとはペラペラと勝手にしゃべっただけだ。早口で何を言っているのかよく分からなかった。私がどうこういう暇もなかった。突然、来て5分もいたかどうか」と説明。「『握手しましょう』と言うから、ケンカするつもりはないのでひじで握手した。しかし、知事に対して裏切り者で許せないという思いは今も変わらない」と心情を語った。  知事の訪問の動機については「会った、顔を見せたという実績づくりのためだろう」と推測した】。毎日新聞を読めば、知事発言は眉に唾をつけたほうがよいことがわかる。  ただ、各紙の記者たちは知事の一方的な話を鵜呑みにして、そのまま報道した。読者、視聴者は数多くの報道を比べて確かめることはない。ファクトチェックはメディアの責任であるからだ。  今回の場合、当初、「絶対強制収用をしない」「貨物駅は不要」などとと啖呵(たんか)を切って、反対者から強い支持を得ていた川勝知事が約5年後に豹変、10年以上を経て、とうとう強制収用に乗り出したのだ。強硬な反対派、久保田さんが知事の突然の訪問を歓迎したという話に疑問を抱くのがふつうである。  知事会見の席では確認しようがない。さらに、秘書課長が知事の側に立って、異例の発言を行ったから、疑問を唱える記者もいなかった。一番気になったのは「知事が悪いわけじゃやない」(鈴木課長)という、久保田さんが知事に許しを与えたかのような発言だった。  権力者の知事が強制代執行を決めたあと、いずれ元地権者に面会すると記者たちの前で約束していた。久保田さんの指摘通り「会った、顔を見せたという実績づくり」が欲しかったのだろう。両者の話で合致している「5分足らずの訪問」がすべてを物語っている。  ”印象操作”とは相手に与える情報を取捨選択して、恣意的な伝え方で都合のいいように誘導することだ。メディアはまんまと知事の術中にはまってしまった。リニア問題でも、知事の”印象操作”に注意しないと結局、誤報となってしまうことが多い。 「座長コメント撤廃」を求めた川勝知事  第8回有識者会議について、2月14日付『リニア騒動の真相74「座長コメント」撤廃する?』で取り上げた、知事の9日の記者会見での発言をもう一度、振り返ってみよう。  第8回有識者会議が2月7日開催、会議後に出された福岡捷二座長(中央大学研究開発機構教授)のコメント「山梨県側へ流出しても、椹島よりも下流では河川流量は維持される」に、県庁で傍聴したした難波喬司副知事が「河川流量が維持されることはない。納得できない」などとすぐに反論した。各紙とも難波副知事の発言をそのまま報道した。  難波発言に呼応したのが、9日の知事会見だった。知事は「これまで座長コメントに厳しい批判があるにもかかわらず、座長コメントが相変わらず出されている。今回のコメントは要らない。蛇足だと言うこと。座長コメントは明らかに事務官が書いている。だから、座長コメントはなしにする。座長コメントはやめなさい。事務官奴隷になるような座長というのは、福岡さん、今までの学業は泣きますよと申し上げたい」などと厳しく批判、「座長コメント」撤廃を求めていた。知事発言を聞いていれば、座長が勝手に「山梨県側へ流出しても、椹島よりも下流では河川流量は維持される」と言ったように聞こえてしまう。  静岡新聞は「県は近く、国交省に座長コメントの撤廃を要請する文書を送付する」と伝えた。15日に国へ送る文書の素案について、県地質構造・水資源専門部会で了解を求め、22日に難波副知事名で「リニア有識者会議における今後の議論に関する提案」という文書を国交省へ送っている。  同文書では「トンネル湧水量を大井川に全量戻す時は、椹島より下流側の河川流量への影響はほとんどない。また、トンネル湧水による地下水への影響についても、畑薙第一ダムを超えて及ぶことはほとんどない」というのが(静岡県の評価)だった。難波副知事の「河川流量が維持されることはない。納得できない」という発言は影を潜めた  まして、川勝知事の「座長コメントを撤廃せよ」は影も形もない。知事会見を受けた10日付各紙は、『知事「座長談話」ずさん 国交省の運営を批判』(毎日)、『座長コメント撤廃を 国交省会議巡り 全面公開も要求』(静岡)、『県「流量維持 撤回を」 座長コメント巡り見解 国交省送付へ』(中日)などの見出し、記事を書いている。知事会見の内容は大きく伝えたのに、県の送付文書を正確に伝えた社はどこもない。知事の発言に比べて、あまりにも分かりにくかったからかもしれない。  メディアは知事の”印象操作”ばかりを伝える。流域の住民をはじめ県民の多くは新聞、テレビから情報を得ている。「座長コメントの撤廃」を求めた紙面は非常に大きく、読者の思考はそこで止まってしまっている。 第9回有識者会議の座長コメントは?  第9回有識者会議が2月28日、開かれた。座長コメントはどうなったのか見てみよう。3時間近くに及ぶ会議後に、今回も座長コメントにまとめられた。座長コメントと会議の中身を確認してみよう。  中下流域の河川水量の減少(水質への悪影響)、中下流域の地下水量の減少(水質への悪影響)について、a、地盤、b、気象、c、設備、d、施工の4つの要因から、どのようなリスクがあるのか顕在化させ、そのリスクへの対処について、JR東海が説明した。東日本大震災のような顕在化されない千年に一度のハザード(偶然性の強い危険要素)については話し合っても、解決策は見い出せないが、顕在化できるリスクについては対応できることが明らかになったのだ。  座長コメントでは『トンネル湧水を大井川に戻すにあたり、設定されるトンネル湧水量や突発湧水量等が不確実性を伴うことから、地盤状況の差異、気象や災害、設備故障等のリスク要因と、水量や水質に対するリスク対策の考え方について議論した』となっている。まさに、その通りだが、新聞記者の頓珍漢な質問を聞いていても、これだけを読んで理解できる流域の首長はいないだろう。  今回の会議で注目したのは、静岡、山梨県境の断層帯での工事法についてである。県は、山梨県側から上向き掘削で恒常湧水だけでなく、突発湧水を想定した上で、5百万㎥(10カ月間)流出と推定しているのだから、静岡県側から下向き掘削でもできるはずだ、と主張してきた。  JR東海はNATM工法で静岡県側から下向きに掘削する工法について、山梨県側への湧水流出はなくなるが、作業員の安全性を図ることができず、経済性にも疑問点が多いこと、また、TBM、シールド工法など最新の掘削機械を使った場合には、技術的に実現可能性が低いことを説明した。  座長コメントでは『山梨県境付近の断層帯のトンネル掘削については、JR東海により複数の工法について施工上の安全性等の観点からの評価が行われ、事業主体としては静岡県側からの掘削は難しいことが示された』となっている。この通りであるが、会議後に質問する記者は、座長コメントは誤解を招く恐れがあるなどと指摘していた。  座長コメントとは、議論の概略を簡単に記したものだから、もともと専門知識のない首長はじめ流域住民は当然、誤解を招くどころか、理解できないかもしれない。だから、会議を傍聴した記者がかみ砕いて、内容を説明すべきなのだ。その後の質疑もそのために取られている。知事の座長コメントへの疑問をそのままに述べているのでは、何のために会議を傍聴したのか全く分からない。  反対のための反対をしていたのは、静岡県専門部会から有識者会議に出席していた委員である。 ”印象操作”に立ち向かうには?  「トンネル掘削に伴う水資源利用へのリスクと対処」について、JR東海の説明のあと、森下祐一委員は東日本大震災のような想定外のリスク対応はどうなるのか、と聞いていた。これには、沖大幹委員がリスクとハザードの違いについて説明した上で、顕在化できないリスクには対処できないことを指摘した。  静岡県側からの下向き掘削について青函トンネル工事などで作業員の人命安全の観点から問題があったことをJR東海が指摘したのに対して、森下委員は「第2青函トンネル計画があると聞いている。この計画でも下向きでしか掘れないのか」などの疑問を投げ掛けた。第2青函トンネル計画(計画だけで実現性の根拠はない)ではシールド工法が採用されると言われるから、JR東海がシールド工法について簡単に否定したことへ釘を刺したのかもしれない。実現性に根拠のない第2青函トンネル計画についての施工技術を持ち出すことに何らかの意味があったのだろう。  さらに、地下水涵養量や表流水とともに大井川の伏流水についてカウントしろ、と森下委員はJR東海に求めた。この要請に対して、沖委員が伏流水は河川法上、表流水としてカウントされているなどと一蹴した。  国交省は有識者会議としてのこれまでの議論をまとめる方向で素案を作成したが、森下委員はJR東海に「アドバイス」をするための会議であると主張、国交省が素案をつくることに否定的な姿勢を示した。今回の会議を聞く限りでは、森下委員は「アドバイス」をするどころか、JR東海に難くせをつけているような印象があった。  もし、県専門部会の席であれば、森下委員の主張はそのまま通るのだろう。その結果、JR東海は屋上屋を重ねる作業を強いられる。科学的な”事実”を重んじる有識者会議ではそうはいかない。今回は、森下委員の質問を聞いた記者たちはJR東海への疑問としてそのまま報道するのかもしれない。  3時間にも及ぶ議論だったが、記者の質問は的外れのものばかり。”印象操作”川勝知事の影響が大きいのだろう。国交省は”印象操作”にどのように立ち向かうべきか、それを考えないと有識者会議そのものが有名無実となってしまうだろう。

ニュースの真相

リニア騒動の真相75流域自治体の「同床異夢」?

国と流域市町との意見交換会は「完全非公開」  JR東海のリニアトンネル工事を巡り、大井川流域の島田、焼津、藤枝、掛川、袋井、御前崎、牧之原の8市、川根本、吉田の2町の首長らと国交省との意見交換会が21日、島田市役所で開かれた。昨年12月20日に同様の会議を開催、10市町は、問題解決に当たって、地元の理解を得るよう求める要望書を国に提出していた。今回は、その要望にこたえるかたちで、2回目の会議が開かれた。川勝平太知事はリニア会議の「全面公開」を原則としているが、今回の会議は、報道関係者に対しても冒頭あいさつのみ写真撮影が認められただけだった。  知事が「全面公開」を強く求める国の有識者会議は、報道関係者はもちろんのこと、各市町や利水者団体、県専門部会委員、県議、市町議員ら広い範囲で傍聴できる。終了後に速やかに座長コメントが示され、後日、議事録も公開されている。  21日付中日朝刊1面は「流域市町 議事録作らず 国交省と意見交換会 要約のみ発言者なし」という見出しで、会議の”非公開”を批判する記事を会議当日にぶつけた。中日は、昨年12月20日の意見交換会について議事録、音声データ、文字起こししたもののいずれかを情報公開するよう求めた。ところが、開示されたのは、A4判4枚の箇条書きの要約のみで、約1時間半の会議内容にはほど遠かった。ざっくばらんに意見を交わす会議であり、非公開ということだが、議事録まで作らないとなると、”秘密会議”のイメージが強くなり、会議後の囲み取材で話す首長たちが、実際の中身をどこまで明らかにしているのか全くわからないことになる。(タイトル写真は会議後に囲み取材に応じた、右から藤枝、島田、吉田、牧之原の4首長)  ”全面公開”川勝知事と10市町の首長と意見交換会も毎回、首長の要請で非公開である。10市町首長は全員一致でリニア問題の解決を知事一任という姿勢だが、”全面公開”に関して言えば、首長たちは自分たちの都合を優先しているのだから、国の有識者会議に求めることはできないだろう。有識者会議委員のざっくばらんな意見交換のために、国は限定的な全面公開としてきた。「完全非公開」に比べれば、ずっとましである。国に全面公開を求めるならば、首長たちも知事と同じスタンスで臨むべきである。  22日付の各紙朝刊は、「(工事着工は)住民の理解を得ることが前提」など同じ見出しが並んだ。「住民の理解」とは名ばかりのことがわかる。住民が問題を理解するためには、国交省とどのような話し合いが持たれたのかちゃんと知る必要があるからだ。会議内容が非公開で、各首長らが約20分ほど囲み取材で話しただけで、理解が得られるはずもない。  中日の開示請求で公開された会議の要約の中に、氏名不詳の首長が「信頼を構築するには、このような会議・議論を積み重ねることが一番ではないか」という意見が登場していた。「信頼の構築」とか「住民の理解」とか、耳障りのよい抽象的なことばばかりが並ぶが、具体的には全く何もわからない。  また、島田市担当者が「誰の発言かより、流域としての発言内容が大切」と中日記者に答えていたが、”流域”と言っても、それぞれ自治体の事情は全く違うのだ。 「水利権」が各自治体の違いを鮮明にする  第8回有識者会議で実際に大きな問題となったのは、座長コメントではなく、沖大幹・東大教授(水文学)による厳しい批判だった。この批判の中身については、東洋経済オンラインの記事で紹介する予定だが、沖教授は「(JR東海作成の水循環の概念図で)神座地点では年間19億㎥流れているとされているが、その変動幅は9億㎥である。平均値の5割の変動があり、これは非常に大きい。これは水利権量という人間が使用する方を優先しているので、川に残る流量が減ってしまうということだ」などと述べていた。  『水利権量』ということばは非常に難しい。この難しい水利権量を調べていけば、流域の事情が全く違うことがはっきりと見えてくる。  現在、大井川下流域にある中部電力の川口発電所(最大出力58000kw)の最大使用量は毎秒90㎥である。発電を終えて、表流水に還元された水は、川口発電所直下の2つの取水口から広域水道、農業用水、工業用水として毎年約9億㎥が取水されている。これが大井川流域の利水のための「水利権量」となる。リニアトンネル工事によって、10市町は水利権量に影響が及ぶと考えているようだ。  県が作成した「大井川水系用水現況図」によると、川口取水口から唯一、民間の新東海工業用水(新東海製紙株式会社)が毎秒2㎥と非常に大量に利用する権利を持つ。公共では、島田市上水道が同0・173㎥、東遠工業用水同0・072㎥、大井川農業用水が季節変動で同約14・4㎥から同35・1㎥の水利権量を有している。  長島ダムが完成したことによって、新たに新川口取水口が設けられ、大井川広域水道は季節変動で同約2㎥の水利権量を持つ。  毎秒2㎥と言えば、トンネル工事に当たって、JR東海はトンネル内の湧水は、何も対策をしなければ、大井川流量は毎秒2㎥減少すると予測した。  JR東海の毎秒2㎥減少予測に対して、川勝知事は「62万人の”命の水”が失われるから2㎥の全量を戻せ」と主張した。当初、62万人とは、大井川広域水道を利用する市町の人口62万879人(2016年12月現在)を指していたはず。知事は雑誌中央公論2020年11月号に『国策リニア中央新幹線プロジェクトにもの申す』と題する論文を掲載、「”命の水”と流域県民」という見出しをつけた章で、「流域10市町の62万人が利用しています」と書いている。これはどう考えても、勘違いである。  大井川広域水道の利用自治体は、島田市、焼津市、掛川市、藤枝市、御前崎市、菊川市、牧之原市の7市で2016年当時約62万人だった。現在では、人口減少に伴い、約60万7千人となっている。この疑問を県水利用課に投げ掛けたところ、地下水利用を含めた2018年度水道統計調査の結果を示して、地下水を揚水する吉田町の上水道人口を含めて62万809人になると教えてくれた。  ただし、これでも7市1町であり、知事の書いた「10市町」ではない。つまり、袋井市と川根本町は、知事の言う”命の水”とは関係ないことがわかる。袋井市では農業用水を使っているから、9市町の全人口となれば、72万人を超えてしまう。62万人の”命の水”にこだわるならば、8市町である。  特に、吉田町は上水道をすべて地下水に頼っているから、他の自治体とは全く事情が違う。 県の文章は複雑怪奇だ  国の有識者会議では、下流域の地下水にはほぼ影響はないという方向性を確認している。県は難波喬司副知事名で国交省の上原淳鉄道局長宛にリニア有識者会議へ今後の議論に関する提案を22日、送付した。  提出書類の1枚目に鏡があり、(参考)が裏表2ページ、(資料1)が13ページ、(別紙1)が15ページ、(参考資料1)(参考資料2)。どこが肝心の提案なのか非常にわかりにくい構成である。担当理事によると、(参考)が「考察と提案」のポイントであり、それを読めばわかるのだという。  その中に、「中下流域の地下水の涵養構造」という項目がある。そこには『全体的に、「トンネル湧水量を全量大井川に戻せば中下流域の河川流量は維持される」という内容は、専門家による分析としては理解できる』と書かれていた。「中下流域の地下水の涵養構造」と「中下流域の河川流量は維持される」とがどのようにつながるのか、全く分からない。標題と中身が全く違うのである。日本語の文章としてつながらない。「座長コメント」を批判するのであれば、県は誰が読んでも分かるようにちゃんとこなれた文章にすべきである。  流域自治体の事情の違いを念頭に読めば、大井川広域水道を利用する7市は「中下流域の河川流量は維持される」に強い関心を持つ。「中下流域の地下水の涵養構造」には吉田町は特に強い関心を示すだろう。  県の文章は、”流域”全体を意識したために非常にわかりにくくなっているのかもしれない。  (資料1)と呼ばれる文章には、「4、中下流域の地下水の涵養構造」とあり、「県の考察」として『「中下流域の地下水は上流域の地下水によって直接供給されている可能性は低い」と確認されているが、地下水学的には、「上流域の深層地下水によって…」の方が正確な表現である』と書かれている。  つまり、「吉田町の地下水」にはあまり影響が及ばないことを県も認めているようだ。とすれば、知事の「62万人の”命の水”」から、吉田町民は外したほうがいい。吉田町長は意見交換会後の囲み取材に臨んでいたが、この事実を理解していたようには思えなかった。  また、県の考察には「地下水学的」という複雑な地下水の問題を簡単に表現したことばが登場している。今回、県が国に送付した文章は、難波副知事でなければ、理解できないような表現が非常に多い。  県の文章は有識者会議の事務局宛に送付しているが、これでは有識者会議委員も理解するのに苦労するだろう。14日付『リニア騒動の深層74「座長コメント」撤回する?』に書いたように難波副知事を有識者会議に招請したほうがいい。これほど一方的で難解な文章を公開されても、「流域の住民」は全く理解できない。 大井川の本当の水問題とは何か?  「水利権」問題で利水とは全く無関係なのが川根本町である。  大井川は上流部の井川ダム直下の奥泉ダムから、長島ダム、笹間川ダムなどを水路管で結んでいる。表流水のほとんどが水路管を流れている。川根本町のある中流域の河川流量は非常に少ない。県は国に送付した文書で「中下流域の地下水の涵養構造」について「非専門家が理解できるような、よりわかりやすい説明とする必要がある」と書いているが、県は中流域をつなぐ水路管によって河川流量が維持され、また、地下水は涵養されていない事実について全く触れていない。水路管によって、中流域の地下水は表流水に戻っていないはずだ。  1980年代の「水返せ」運動は、水路管で流れてしまう表流水を大井川に戻せ、という運動だった。大井川は”河原砂漠”となり、生物は生息しない場所となり、茶の栽培に必要な川霧が立たないことで川根筋の多くの住民らが運動に参加、全国的な注目を集めた。  川根本町の塩郷堰堤からの維持流量をさらに増やしてほしい、と地元の人たちは願う。川口発電所まで運ばれる水路管の大量の水は、いずれ下流域の利水に使われる。少しでも多くの水を河川に戻すことをどう考えるかのか、意見交換会後の囲み取材で4首長に尋ねた。  結局は、下流域の利水団体の水利権量は絶対に減らさないというのが回答だった。  川根本町の住民らは「川口発電所のための水路管の末端から大量の上水道、農業用水に直接、取水され、困っていない」現状をちゃんと理解している。だから、中流域の正常流量について議論すべきなのだ。  沖教授が莫大な「水利権量」を口にしたことで、何が最大の問題か明らかになった。  今回の会議の出席者は、上原淳鉄道局長、江口秀二審議官、嘉村徹也中部運輸局長で鉄道担当者ばかりだった。これでは、リニアトンネル工事推進のための説明はできても、大井川の水利権量を巡る状況を語ることはできない。ぜひ、次回の会議には大井川の水利権を説明する中部整備局担当者を出席させるべきだ。そうすれば、リニア静岡問題は解決の方向に近づくはずだ。

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リニア騒動の真相74「座長コメント」撤廃する?

川勝知事ら「座長コメント」厳しく批判  リニア静岡問題を巡る国の有識者会議が7日、開催された。会議後に出された福岡捷二座長(中央大学研究開発機構教授)のコメント「山梨県側へ流出しても、椹島よりも下流では河川流量は維持される」に、オブザーバー参加した難波喬司副知事が「河川流量が維持されることはない。納得できない」などと反論した。  さらに、川勝平太知事は9日の定例会見で、「座長コメント」を徹底的に批判した。翌日の10日付朝刊は、『知事「座長談話」ずさん 国交省の運営を批判』(毎日)、『座長コメント撤廃を 国交省会議巡り 全面公開も要求』(静岡)、『県「流量維持 撤回を」 座長コメント巡り見解 国交省送付へ』(中日)などの見出しがつけられ、「座長コメントの撤廃を求める」という県の見解に共感した紙面が並んだ。  9日の知事会見後には、難波副知事が「第8回有識者会議座長コメントについての静岡県の見解」と題した5枚の資料を配布、あらためて記者レクを行った。副知事は”精度の高くないJR東海の解析モデル”を否定した上で、そのモデルを使ったから、”誤解を生むような座長コメントの内容”がつくられたとしている。また、知事会見の中でも、リニア担当の織部康弘、田島章次の両理事が座長コメントへ強い不満を述べ、県は断固として「座長コメント」を問題にしていく姿勢を示した。  知事は「これまで座長コメントに厳しい批判があるにもかかわらず、座長コメントが相変わらず出されている。今回のコメントは要らない。蛇足だと言うこと。座長コメントは明らかに事務官が書いている。だから、座長コメントはなしにする。座長コメントはやめなさい。事務官奴隷になるような座長というのは、福岡さん、今までの学業は泣きますよと申し上げたい」などと厳しく批判、「座長コメント」撤廃を求めた。  この知事会見を受けて、静岡新聞は「県は近く、国交省に座長コメントの撤廃を要請する文書を送付する」とも伝えている。果たして、これだけぼろくそに批判されるほど、「座長コメント」はずさんだったのか? 「中下流で河川流量が維持される」を批判   有識者会議は各委員が意見を述べて、約2時間の議論を行った。その議論の方向を各委員の合意の下に、事務局が座長と相談した上で「座長コメント」としてまとめている。  座長コメントは「1、本日の主な論議事項」、「2、次回以降の議論事項」の2項目にわかれている。「2、次回以降の議論事項」は4点あり、専門的な内容を利水者にもわかりやすく説明するよう求めるJR東海への3点の指示、もう1点は、今後、行われる予定の県生物多様性部会の推移についてだった。ただ、「次回以降」については、日にちを含めて、実際には、何も決まっていない。  JR東海へ注文をつけた委員の意見を書いているが、JR東海への指示はJR東海に直接、確認すれば、それで済む話である。県の専門部会で、毎回、委員らはJR東海へ数多くの注文をつけている。いちいち、何を注文したのかまで言及すれば、それだけでややこしくなる。実際には、次回以降に何を議論するか、今回の県の批判などを受けて、内容は変わってくる可能性もある。予定は予定として、会議での決定事項のように書く必要はないではないか。  重要なのは、当日の結論となる「本日の主な論議事項」。知事らが批判しているのは、その結論部分についてである。一体、何が書いてあったのか?  『(1)前回(第7回)会議の座長コメントで今回(第8回)議論することとしていた「工事期間中における山梨県側へのトンネル湧水流出量の評価等」については、JR東海より示された以下の事項を有識者会議が確認した。  〇トンネル掘削に伴うトンネル湧水量と河川流量の概念の整理から、以下が示された。  ①椹島より上流側においては、トンネル掘削により、(a) 南アルプスの山体内部に貯留されていた地下水の一部がトンネル内に湧出して地下水貯留量が減少する。(b) (a)により山体内部の地下水位が低下することに伴い河川流量が減少する。(c) さらに地下水位の低下に伴い、地下から河川への地表湧出量も減少する。この結果、時間的な変化を伴いながら、上流では(b)+(c)が河川流量として減少し、(a)+(b)+(c)がトンネル内に湧出する。  ②これらのトンネル湧水の全量を導水路トンネル等で大井川に戻せば、椹島より下流側では、トンネル掘削前に比べて(a)の湧水量が河川流量に追加され、中下流での河川の流量は維持される。』  このわかりにくい文章を読んで、理解できる一般の人はいないだろう。この結論に異論を唱えた専門家の委員はいなかったはずだ。つまり、科学的、数学的の見地からは何ら問題ない。一般の人たちが、この文脈で理解できるのは、最後に書かれた『トンネル湧水の全量を導水路等で戻せば、中下流での河川の流量は維持される』という一項だけである。  その一項が理論的に問題ないとしても、県は大いに不満である。  『中下流の河川の流量は維持される』が科学的、工学的な議論の結論となれば、中下流の水資源への影響はほぼないことになる。それが有識者会議の結論となれば、利水上の支障があるとして河川法の占用許可を出さない姿勢の知事が問題になる。それでは困るのだ。  さて、今回、議論の中心となった工事中に山梨県側へ流出する湧水についてはどうだったのか? 県も過去には「先進坑を掘って対策を決めろ」  座長コメントでは次のようになっている。  『〇山梨県側に流出するトンネル湧水と河川流量との関係について、解析モデルにより、以下が示された。  ③JR東海の施工計画では、県境付近の断層帯を山梨県側から掘削することに伴い、当該工事期間中には山梨県側へトンネル湧水が流出する。その流出量を解析した結果、静岡市モデルでは約0・05億㎥程度、JR東海モデルでは約0・03億㎥程度と試算された。  ④当該期間中の椹島より下流側の河川流量は、導水路トンネル等で大井川に戻される量を考慮すると、平均的にはトンネル掘削前の河川流量を下回らないことが両モデルにおいて示された。これにより、両モデルの予測結果としては、トンネル湧水が当該期間中に山梨県側に流出した場合においても、椹島より下流側では河川流量は維持される。  ※今後、年変動の影響等を含め、更なるデータの提示や概念図の高度化をJR東海に指示した。』  これに対して、県はどのような批判をしているのか?難波副知事が配布した資料には、『JR東海モデルの水収支解析の問題点』を挙げている。『①このモデルは、地下水位の現状を再現できていないので、地下水位が影響する事象について、このモデルの計算結果をもって直接語る(評価を下す)べきではない。(資料ー1)②椹島付近の河川流量や椹島より下流の河川流量は、椹島付近及びそれより下流の地下水の流れの変化の影響を受ける。それにもかかわらず、JR東海モデルの解析範囲は、下流側は椹島付近であり、それより下流の地下水の動きは計算していない。また、椹島付近の地下水の流れは現況とは異なる状態を想定している。(資料ー2)  (科学的根拠についての県の見解)よって、「椹島付近及びそれより下流の地下水の動きを再現できていないJR東海モデルをもって椹島より下流(中下流を含む)の河川流量を直接、議論すべきではない」』  まず、わかるのはJR東海モデルの0・03億㎥に問題があるかどうかを書いているわけではない。ひとえに、JR東海モデルは精度が低く、そのモデルから導きだされた結論として、『中下流域の河川流量が維持される』は間違いだと言っているようだ。つまり、ここでは山梨県外への流出云々は問題にしていない。  副知事の指摘が科学的根拠に基づいているのか、疑問は大きい。資料では、『地下水の流れを正確に把握しない限り』、JR東海の計算に疑問を抱くと言っている。そんなことができるのか?もともと、掘削してみなければ、わからないことばかりだが、事前に議論できるのは「透水係数」などを使って、数学的に判断するしかない。つまり、「机上の理論」を議論している。JR東海へ求めるハードルは非常に高いのだが、出来ないことまで求めているように見える。  難波副知事名で、県が2018年8月に作成した資料には、『原則、全量を戻すとし、先進坑を掘ったときの観測結果をもとに、対策を決めるべき』と主張していた。先進坑を掘って、実際の観測結果を見て、対策を決めていくべきだと県も考えていた。それが山岳トンネルの掘削では常識だったはずだ。  それなのに、理論的な議論の末に結論となった「座長コメント」は誤解を生むとしている。難波副知事の発言及び資料は、JR東海モデルを基に議論している有識者会議の委員への批判とも言える。有識者会議は、JR東海の解析モデルによる計算結果を基に議論して、何らかの結論を導き出し、それを座長がコメントしているに過ぎないからだ。  それではどうするのか? 難波副知事の出席を要請すべきだ  知事は「座長コメントに厳しい批判がある」と言うが、批判しているのは県(県専門部会の委員を含める)側のみである。ところが、有識者会議に出席している森下祐一部会長らは、難波副知事と同じ視点に立って、批判をしているわけではない。少なくとも、森下氏は知見に基づいて、科学的な疑問を投げ掛けている。ただし、他の委員は森下氏の主張を相容れているわけではない。  まず、今回の座長コメントの文章は一般には分かりにくいから、一般にも理解できるように文書を書き直した上で、『トンネル湧水の全量を導水路等で戻せば、中下流での河川の流量は維持される』を第9回会議の冒頭で委員に配布して、合意を得ていることを確認すべきだ。  会議の場で委員は「座長コメント」の内容にすべて賛成である、という場面から始めるべきだ。どうもあやふやな議論で終えてしまった印象が強いのは否めないのだ。   もう一つの解決策として、国交省は、難波副知事を招請して、有識者会議の席で発言をさせたほうがいいのではないか?わたしには難波副知事の主張は昔、流行した『トンデモ科学』(疑似科学)ように見えるが、メディアは県の主張をそのままに大きく取り上げるから、流域の人たちの不安を煽り、国交省の姿勢に疑問を抱かせることになっている。  前回の『リニア騒動の真相73「一滴の水」か「生命安全」か?』で書いたが、県は、静岡県側からの下向き掘削を行い、山梨県側へ一滴の水流出も容認しない姿勢である。まず、下向き掘削ができない理由を明らかにして、上向き掘削工法を採用するのが有識者会議の結論としなければ、山梨県側外への流出での影響を議論しても、県は納得しないだろう。  県は、山梨県側への流出で中下流域の河川流量は維持されるかどうかではなく、湧水全量戻したとしても、中下流域の河川流量が維持されるというJR東海の主張そのものに疑問を抱いているのだ。  その結論に不満を抱く静岡県を代表して、難波副知事に出席してもらい、作成した資料を基に科学的な根拠を示し、『中下流での河川の流量が維持されない』という根拠を主張してもらうべきだ。メディアの前だけで、正当性を主張するのとは違うだろう。  県が文書で座長コメントの撤廃を求めるのだろうから、その対応策として、この2点をぜひ、奨めたい。 ※タイトル写真は、座長の福岡捷二氏(国交省提供)

ニュースの真相

リニア騒動の真相73「水一滴」か「人命安全」か?

『毎秒2トン減る』から問題が始まった  2月7日、リニア静岡問題を議論する国の有識者会議が国交省で開かれた。最も重要な議題は、『工事期間中(先進坑貫通まで)の県外流出湧水の影響評価』である。その前提となるのが、今回のタイトルに使った『「水一滴」か「人命安全」か?』。この難しい問題が有識者会議で話し合われることを大いに期待した。  『「水一滴」か「人命安全」か?』については、静岡県地質構造・水資源専門部会が2019年10月4日、県境の畑薙山断層帯について山梨県側から上向きで掘削するトンネル工法が適当かどうかを議論する予定だった。山梨県側から上向きに掘削すれば、県外へ湧水は流出してしまう。県は湧水への影響を最大限に抑えるため、静岡県側から下向き掘削ができるのではないかと主張していた。ところが、当日、議論はほとんど行われず、終了してしまった。会議の最中に、県が「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」と題した一枚紙を配布したことが大きな原因だった。  その紙に何が書いてあったのかは後ほど説明するとして、「水一滴も県外へ流出させない」を主張する県と「工事の一定期間中、作業員の安全確保を優先させたい」JR東海との真っ向から対立する主張の結論は出ていない。  ただ、この難しい問題について理解するためには、1月31日「リニア騒動の真相72」でお伝えした『リニアトンネル設置によって毎秒2㎥減る』議論まで戻らなければないだろう。  JR東海は2013年9月、環境アセス法に基づき公表した環境アセス準備書の中で、リニアトンネル設置によって、大井川上流部の流量が『毎秒2㎥減る』と予測した。  この予測に対して、2014年3月、川勝平太知事は毎秒2㎥減少することで、住民生活や産業活動に大きな影響を及ぼす恐れがあるとして、『毎秒2㎥減少するメカニズムを関係者に分かりやすく説明するとともに、環境保全措置の実施に当たっては、鉄道施設(山岳トンネル、非常口(山岳部))への技術的に可能な最大限の漏水防止対策と同施設内の湧水を大井川へ戻す対策を取ることを求める』という知事意見を提出した。  知事はさまざまな席で、毎秒2㎥は大井川広域水道の7市人口62万人に当たるため、「静岡県の6人に1人が塗炭の苦しみを味わうことになる。それを黙って見過ごすわけにはいかない」など『生命の水を守る』などの表現を使い、『毎秒2㎥=全量戻し』を想定した発言を行っていた。  このため、JR東海は当初、椹島までの導水路トンネル設置によって毎秒1・3㎥を大井川に戻し、残りの0・7㎥を必要に応じてポンプアップして戻す対策を提案した。ただ、トンネル湧水全体は毎秒2・67㎥であり、湧水全量を戻すと表明したわけではなかった。  県の「全量戻し」の要請に対して、2018年10月17日、JR東海は「原則としてトンネル湧水の全量(すなわち毎秒2・67㎥)を大井川に戻す措置を実施する」ことを表明した。これで、「全量戻し」問題は解決したはずだった。  ところが、そうではなかった。 「県外流出は一滴たりともまかりならぬ」  2019年8月20日の会議について書いた『リニア騒動の真相13「水一滴」も流出させない』で、難波喬司副知事が県外流出を問題にした経緯を記している。その席で、県は一滴たりとも県外流出はまかりならぬと主張、その後の県知事会見を経て、各メディアは『毎秒2㎥減る』や『湧水の全量戻し』の本質論を忘れてしまった。そもそもは、中下流域への影響が出るのは、表流水の減少だったのだ。  そして、JR東海が主張する作業員の人命安全のために、県外流出はトンネル工法上やむを得ないのかどうか話し合うのが10月4日の会議だった。そこには、トンネル工法の専門家安井成豊委員(施工技術総合研究所)も特別に招請されていた。ところが、安井委員の発言はほぼ遮られてしまい、議論は尻切れトンボで終わった。  そこに登場したのが、県の作成した1枚紙「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」。内容は主に3つあり、県はここで下り勾配を強く主張している。  1点目<静岡県が疑問に思っていること>は、静岡県は下り勾配のトンネル工法ができるはずではないか、と疑問を呈していた。『JR東海は「毎秒3㎥を上限にリスク管理を行うことは技術的に可能」としながら、下り勾配で工事をすれば「水没するリスクがあり、安全性に問題がある」のは矛盾している』と指摘する。  JR東海は、畑薙山断層帯の脆い地質では、毎秒3㎥を超える可能性を念頭に、作業員の安全確保から山梨県側からの下り勾配での工事を想定している。毎秒3㎥のリスク管理では問題がある、と言っているのだが、県は静岡県側からの下り勾配でも、毎秒3㎥のリスク管理を行えば、安全な工事ができるのではないか、と疑問を呈している。  2点目の<静岡県等が懸念していること>では、『畑薙山断層帯を下り勾配で工事した場合、想定外の湧出量となり、大量の地下水が抜けきってしまう恐れがある。水資源や自然環境に与える影響は極めて甚大だ』と言っている。ここでは、湧水への影響だけでなく、自然環境の面からも県はあくまでも下り勾配でトンネル工事を行うように求めているのだ。  そして、3点目は『私たち(県)が問題にしているのは、トンネル近傍河川の表流水だけでなく、地下水を含めた大井川水系全体の水量だ』と言うのだ。こんなことを言い出せば、トンネル工事そのものはできないだろう。第7回の有識者会議でも、JR東海は大井川水系の水循環図を作成、一般の人たち向けに説明をするための資料を用意した。しかし、突き詰めて行けば、大井川水系には、2500m以上の水源となる南アルプスの山々は50座以上もあり、その全体がどうなっているのか調べる必要が出てくる。間ノ岳の源流だけの問題ではなくなってしまうのだ。  当初、JR東海が大井川の表流水について毎秒2㎥減少を公表したため、県は「全量戻せ」と言い、JR東海は毎秒2・67㎥の湧水全量を大井川に戻すことを表明した。毎秒3㎥までは、リスク管理できるとJR東海は説明した。いまでは大井川水系全体の話となり、表流水だけの問題ではなくなってしまった。  県はさらにハードルを上げて、工事中の「湧水一滴の県外流出はまかりならぬ」と主張、県は作業員の人命の安全確保に疑問を抱き、下り勾配で掘削すれば、静岡県の水は県外流出の恐れはなくなるのだ、と主張してきた。  2014年3月の知事意見書では、『水資源』について、『トンネルにおいて本県境界内に発生した湧水は、工事中及び供用後において、水質及び水温等に問題が無いことを確認した上で、全て現位置付近へ戻すこと』と書かれており、県はこれを『湧水全量戻し』の根拠としている。  さて、今回のタイトルである『「水一滴」か「人命安全」か』の判断を、国の有識者会議に求めているはずだが、果たして、結論は出たのだろうか? 県の疑問、懸念事項を解決すべきだ  結論から言えば、国の有識者会議は、『「水一滴」か「人命安全」か』の議論を一切、行わなかった。  福岡捷二座長(河川工学)は、県の作成した1枚紙「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」を全く承知していなかったのだろう。今回は、水収支解析を従来のJR東海モデルだけでなく、新たに静岡市モデルも使い、山梨県側から上り勾配での工事を前提に、トンネル湧水が県外流出するとして、10カ月間の工事期間中の河川流量の変化を計算した。  JR東海モデルでは、約0・03億㎥が山梨県側へ流出するが、湧水全量戻しによって、椹島下流側の河川流量は約0・02億㎥増加、また、静岡市モデルでは約0・05億㎥山梨県側へ流出するが、椹島下流側の河川増加分は約0・04億㎥増加する計算を示した。「両モデルの予測結果としては、トンネル湧水が工事期間中に山梨県側に流出した場合でも、椹島より下流側では河川流量は維持される」(座長コメント)を、有識者会議で確認した。つまり、山梨県側からの上り勾配のトンネル工事でも中下流域の表流水に影響を及ぼさないことが正式に認められたのだ。  JR東海は県専門部会でも、繰り返し、同じ主張をしていた。つまり、2018年10月、湧水全量戻しを表明した時点で、大井川中下流域の表流水は逆に増える可能性さえあり、全く問題ないと説明していた。県専門部会では全く相手にされていなかったが、沖大幹東大教授(水資源工学)、徳永朋祥東大教授(地下水学)、西村和夫東京都立大学理事(トンネル工学)ら国の有識者会議の錚々たるメンバーが科学的、数学的に認めたのだ。  しかし、それと県の疑問、懸念事項とは全く別の問題である。  会議後の会見で、「県外へ湧水が出ることを川勝知事はやむを得ないと思っているのか?」という質問が出た。江口秀二審議官は「河川流量が維持されるのかどうかを議論してきた。トンネルの掘削の仕方は次回の会議で行う」などと話した。さらに、「川勝知事は納得するのか?」という疑問に、江口審議官は「利水者の理解を得ることが重要だ。水を使っている人たちがどう考えるのかが重要」などと答えた。  江口審議官の回答はすべて正しいのだが、これでは県の「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」に答えてはいないのに等しい。  有識者会議には県側委員として森下祐一委員(地球環境科学)、丸井敦尚委員(地下水学)が出席していた。彼らは静岡県の疑問、懸念事項にはひと言も触れていなかった。これでは、もし、有識者会議で中間報告や結論が出たとしても、県専門部会は2019年10月4日の時点に戻って、再び議論を始めるだろう。  川勝知事は12月23日の会見で、たとえ有識者会議の結論が出ても、県専門部会に諮り、さらに中下流域の住民の理解を得るとしていた。今回の有識者会議の議論は、知事に絶好の理由を与えたことになる。山梨県側からの上向き工法で河川流量に問題ないことはすべての人が理解できたかもしれない。しかし、なぜ、山梨県側から上向きでトンネル掘削するのかを誰も理解していない。  『「水一滴」か「人命安全」か?』の結論を出したほうがいい。多分、川勝知事は問題にするだろう。  タイトル写真は2月7日開催された国の有識者会議(国交省提供)

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リニア騒動の真相72岩波書店「世界」の間違いは?

川勝知事『62万人の生命の水』の意味は?  岩波書店の月刊誌「世界」は、1946年1月号創刊であり、ことし1月号で75年目を迎えたそうだ。1月号の編集後記で「いま日本では批判的にものを考えて生きることが奨励されない。本当に批判的に考えて、考え抜くという立場をつらぬいている雑誌は『世界』だけになった。(中略)『世界』は75年かけて読者と執筆者の協力で批判性をみがきあげてきた。われわれ市民知識人の雑誌である」という和田春樹氏(歴史学者、東大名誉教授)の推薦のことばを編集長が紹介していた。また、「一号たりとも手を抜いて編むことはできない、との思いを強くします」と編集長が決意のことばを書いていた。  40年以上前、「世界」は学生たちにとって権威ある雑誌だったが、長い間、手に取ることはなかった。今回、12月号の『「オール静岡」が問うリニア建設』を読んでみて、暗澹たる思いにさせられた。「市民知識人の雑誌」としてはあまりにずさんだったからである。本質的な問題『毎秒2トン減る』は、12月号の57ページ小見出しに使われていた。その57ページを読んでいて、不思議な数字がたくさん出てきて違和感を覚えた。調べてみると、多くの数字が間違いだった。  最初に違和感を覚えた、「世界」の明らかな数字の間違いを指摘したい。2013年9月、JR東海は環境影響評価準備書の中で、リニアトンネル工事完了後に大井川の流量が、環境対策を取らなければ、「毎秒2㎥減る」と予測した。「世界」では『これ(毎秒2㎥減少)は、生活用水や農工業用水を大井川に頼る中下流の八市二町(島田市、焼津市、掛川市、藤枝市、袋井市、御前崎市、菊川市、牧之原市、吉田町、川根本町)の六二万人の水利権量に匹敵する膨大な量だ。』と大井川流域に与える問題の大きさを紹介していた。この一文の中にある間違いは、大井川流域に住む人ならば、注意して読めば、すぐに気がつくだろう。  大井川流域に住んでいなくても、こんなことは、ネットで調べれば、簡単にわかる。ことし1月1日現在の「8市2町」の合計人口は、62万人よりも10万人以上多い72万9444人である。いくら何でも数字の違いが大きすぎる。著者は何の確認もしなかったのだろう。リニア静岡問題をずっと追ってきたから、わたしはすぐに気がついたが、「世界」読者は、全く違う地域に住んでいるから、何の疑問も持たないだろう。編集者たちは、手を抜いてしまったのか?  『62万人の生命の水』とは川勝平太知事がよく使うフレーズだから、著者はそれに引きずられて、思い込んでしまったのか。2017年1月当時、大井川広域水道を利用する島田、焼津、掛川、藤枝、御前崎、菊川、牧之原の7市人口は合計62万879人で、7市は「毎秒2㎥」の水利権を持っている。多分、知事はその数字を使ったのだろう。  もし、大井川広域水道を念頭にしたならば、現在では人口減が続き、7市の合計は約60万7千人としなければならない。農工業用水まで含めると、8市1町であり、これも8市2町ではない。その場合の人口でも、72万人を超えてしまう。これでは、著者が「水利権」「8市2町」の意味をよく分かっていないことが明らかである。  こんな簡単な間違いを見れば、リニア静岡問題の実情を踏まえていないことは明らかだ。いくら批判的であってもリニア建設反対という立場だけで、リニア静岡問題を論じるのはあまりに危険である。 「毎秒2㎥減る」が大問題だった!  57ページの数字の間違いはこれだけではなく、5カ所もあった。『たとえば、2018年度には147日間もの節水期間が設定された』と書いているが、調べれば、2018年度の節水期間は95日間しかない。2019年度の52日間を入れて147日間だが、これでは節水期間を誇張したことになる。「世界」編集部は、すべての間違いをもう一度、調べて確認すべきだ。「世界」編集長宛に手紙を送るつもりだが、読者の信頼にこたえるよう、ちゃんと対応することを望みたい。  「世界」12月号を読んだことで、『毎秒2トン減る』とは一体、何だったのかをもう一度、考えてみるきっかけとなった。「毎秒2㎥減る」は本質的な大問題だからである。  『毎秒2トン減る』は、「世界」でも、最初、小見出しをつけたように最も大きな問題と考えていた。57ページでは「毎秒2㎥」を「全量戻し」の意味で使っていたが、途中から何の説明もなく「全量戻し」の意味を変えてしまう。これでは、読者には何もわからないだろう。「世界」の記事は、リニア静岡問題を反リニアの立場から都合よい情報に変えて提供しているだけで、和田氏の言う物事を考え抜く姿勢には欠けている。  JR東海が2013年9月、アセス準備書で大井川の表流水が「毎秒2㎥減少」することを初めて明らかにしたことで、川勝知事は2014年3月、大井川の河川流量の確保について『毎秒2㎥減少するメカニズムを関係者に分かりやすく説明するとともに、環境保全措置の実施に当たっては、鉄道施設(山岳トンネル、非常口(山岳部))への技術的に可能な最大限の漏水防止対策と同施設内の湧水を大井川へ戻す対策をとることを求める』などの意見書を送った。  これに対して、JR東海は「毎秒2㎥減少」のうち、導水路トンネル設置で「毎秒1・3㎥」、残りの「0・7㎥」は必要に応じてポンプアップで戻す、という対策を公表した。知事意見書には『トンネル湧水をポンプにより排水して川へ戻す場合は、温室効果ガスを抑制する方法を採用すること』となっていたため、豊水期にはポンプアップしなくても大井川表流水は十分に水量が満たされているとして、「0・7㎥は必要に応じて戻す」とJR東海は考えたようだ。  しかし、この「0・7㎥」が問題になった。「世界」では次のように指摘した。  『2018年10月、JR東海は、県に送った「大井川中下流域の水資源の利用の保全に関する基本協定(案)」のなかで、それまでの「必要に応じて」との努力目標ではなく、「トンネル湧水の全量を大井川に流す措置を実施する」という「全量戻し」を約束した』  ここでは「全量戻し」とは「毎秒2㎥減少」と書いている。導水路からの「1・3㎥」だけでなく、ポンプアップの「0・7㎥」を加えて、常時、毎秒2㎥を大井川に戻すことを県が求め、JR東海はそれを約束した。川勝知事の「62万人の生命の水」はまさに、「毎秒2㎥減少」を問題にしていた。  ところが、「毎秒2㎥」が「全量戻し」ではなくなってしまうのだ。 8月20日会議で「全量戻し」の意味が変わった  「世界」の記事も突然、「全量戻し」を「毎秒2㎥」から変えてしまう。以下の記事である。  『ところが、わずか4日後の10月4日、事態は急変した。JR東海は連絡会議の委員である有識者との意見交換会の場で、「トンネル湧水の一部は流出する。だが、大井川の流量は減らない。むしろ、湧水を大井川に戻すので流量は増える」と表明したのだ。  静岡工区は両隣の山梨工区と長野工区よりも標高が高い。JR東海の発言は、工事中に両県に流出するトンネル湧水があると説明したものだが、「全量戻し」を反故にする発言にその場が「え!」とざわつき、学識者のひとりは「水が減らない。どういうことか?」とかみつき、難波副知事は「すべての議論を振り出しに戻すとは」と驚きを隠さなかった』  JR東海は、毎秒2㎥の全量戻すことを反故にしたわけではない。県が「全量戻し」の意味を『工事中に両県に流出するトンネル湧水をすべて戻せ』にしたのは事実だが、「世界」が書いているように10月4日の会議の席ではない。だから、学識者も副知事もそんな反応をしていない。  事実を振り返ってみる。2019年6月6日、県は大井川水系の水資源の確保などに関する意見書をJR東海に送った。その中で、「既に着手している山梨工区と長野工区のトンネル工事で、静岡県内の水が県境を越えて流出する可能性があるので、対策を示せ」と書いている。これまで、この問題は県環境保全連絡会議で議論されていたから、県は他県への流出を想定して、その対策を示せと書いていたのだ。  JR東海は7月12日、中間意見書に対する回答案の中で「工事期間中、作業員の安全を配慮をした上り勾配での工事を行うため、薬液等で対策しなければ、山梨県側に最大毎秒0・31㎥、長野県側に毎秒0・01㎥が一定期間流出すると想定する。地下水への影響をできる限り低減したい」と従来通りの答えを述べている。  県が「全量戻し」を「毎秒2㎥」から「水一滴」に変えてしまったのは、10月4日ではなく、8月20日の会議である。その会議については、『リニア騒動の真相13「水一滴」も流出させない』(8月26日)に詳しく書いてある。  当日は、JR東海と県地質構造・水資源専門部会の森下祐一部会長との意見交換の場だった。森下氏と工事中の地下水への影響について議論している最中、オブザーバーとして出席していた難波喬司副知事が「全量戻せないと言ったが、認めるわけにはいかない。看過できない」などと発言、厳しく反発したのだ。会議後の囲み取材で、難波副知事は「JR東海は全量戻しの約束を反故にした」などと述べ、メディアは難波発言を一斉に報じた。この「全量戻せない」が、工事中の他県への流出だった。  3日後の定例会見で、川勝知事も「湧水全量戻すことが技術的に解決しなければ掘ることはできない。全量戻すことがJR東海との約束だ」など追い打ちを掛けた。メディアは知事発言もそのままに取り上げた。この時から、「全量戻し」が「毎秒2㎥」から、「水一滴」となったのだ。  2019年8月23日の『リニア騒動の真相13「水一滴」も流出させない』には、「血の一滴も流してはならぬ」とする「ヴェニスの商人」の物語にたとえ、これは単なる詭弁であるとわたしは書いた。メディアは県の主張をそのままに書いたから、「全量戻し」の意味が変わったのだ。  そして、「水の一滴も流出させてはならぬ」を10月4日の会議で、県はあらためて求めた。 県が求めるのは「血の一滴」と同じだ!  静岡経済新聞は、10月4日の会議について、『リニア騒動の真相19「急がば回れ」の意味は?』(10月7日)で紹介した。その内容は「世界」の記事とは全く違う。  この日の県地質構造・水資源専門部会では、森下部会長が「JR東海が上り勾配でのトンネル工法を選択する理由について科学的に議論することに限る」と冒頭、議題を述べた。そのために、トンネル工法の専門家委員も出席していた。ところが、会議をぶち壊したのは、県だった。突然、「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」と題した1枚の文書を配布したのだ。この日の議題ではないから、この文書について議論はされなかった。  会議中にいくら読んでも分かりにくい長い文書だったが、その最後の一文だけは何を言いたいのか理解できた。  『9月13日の意見交換会において、JR東海がトンネル工事中の表流水は減少しないといった内容の説明をしていましたが、私たちが問題にしているのは、トンネル近傍河川の表流水だけでなく、地下水を含めた大井川水系全体の水量です。JR東海が、そういう認識を共有しているのかも懸念されるところです』  つまり、「全量戻し」は「毎秒2㎥」ではないことをあらためて、県は10月4日、文書で表明したのだ。「地下水を含めた大井川水系全体の水量」であり、山梨、長野両県に流出する「水一滴」も含むのだ。「ヴェニスの商人」の「血の一滴」同様に、こんなことが可能であるはずもなく、静岡県の権限(権力)の恐ろしさを感じた一瞬だった。ただ、JR東海も全く、静岡県への「誠意」を見せることなく、単に科学的な議論の場に臨んでいたから、この問題は既に政治決着を図る段階にあったのだ。これ以上、議論しても結論は出ないと県は言いたかったのかもしれない。  2019年の夏から秋に掛けて、『リニア騒動の真相』を読み返して、その時々の疑問や不信な点を思い出した。それはすべてそのまま現在につながっている。  ※「世界」12月号は、リニア工事差止訴訟原告団の立場で原稿を書いたことが分かる。タイトル写真は、提訴後の記者会見

ニュースの真相

リニア騒動の真相71県知事選・中野祐介氏出馬は?

北海道新聞の伝えた「静岡県知事候補」  7月4日に任期満了を迎える72歳の川勝知事の4選出馬は、健康上など何らかのアクシデントが発生しない限り、ほぼ間違いないだろう。  リニア静岡問題との関係を含めて、川勝氏の知事選への動向について、22日東洋経済オンラインに『リニアの命運握る、「6月静岡県知事選の行方」 選挙に強い川勝平太知事、対抗できる有力候補は』をアップした。今回のリニア騒動は自民県連の対抗馬について紹介するが、もし、読んでいないようであれば、まず、こちらからご覧ください。  記事の最後に、『現在、対立候補に名前が挙がっている鈴木康友・浜松市長は、県内東、中、西の経済界が手をたずさえ、三顧の礼で迎えて、支持表明しなければ、出馬の可能性は薄い。また、圧倒的な知名度を持つタレントや県出身官僚などの有力候補者は見当たらない。このままでは、川勝知事が圧勝し、リニア計画は大幅な見直しを迫られるだろう。』と、現在のところ、自民県連の候補擁立に必死だが、具体的な立候補予定者はまだ決まっていない状況である、と書いた。  北海道新聞が16日朝刊で『静岡県知事選に道副知事擁立論 総務省出身の中野氏』という見出しのベタ記事を掲載した。県知事選でメディアが初めて、具体的な名前を挙げた。水面下で自民が擁立を目指す候補に、「北海道副知事の中野祐介氏」が浮上したのである。  と言っても、現在のところ、中野氏が出馬表明をするのかどうか分からない。当然、自民県連が出馬の記者会見をちゃんと整え、県内各支部に周知徹底を図り、党本部としっかりと連携できるかが勝負の分かれ目となるから、もし、立候補するにしても、その準備をしているのだろう。22日時点では、中野氏の立候補は全く聞こえてこないから、”川勝知事圧勝”は動かないとし、『県出身官僚などの有力候補は見当たらない』にとどめた。もうしばらくすると、中野氏が「最有力候補」となるかもしれない。自民県連は態勢を整え、今回選は背水の陣で臨むはずだ。   まず、口火を切った北海道新聞の記事を見てみよう。  概要は以下の通り。『浜松市出身の中野氏は15日に国会内で山口泰明自民党選対委員長、塩谷立元文科大臣らと会い、意見交換した。関係者によると、知事選は話題に上ったが、党からの出馬要請はなかったという。党県連関係者によると、中野氏の名前が選択肢の1つに挙がっている。中野氏は「擁立論は聞いていない」と答えた』。記事には「出馬要請はない」「擁立論は聞いていない」など否定的なニュアンスが色濃い。これをそのまま読めば、中野氏の立候補は限りなくゼロに近い。  北海道新聞は、中野氏の副知事辞職に関心があるのだろう。だから、本人のことば通りに、出馬に消極的な姿勢しか紹介していない。そもそも、15日の時点で、現職の副知事が、他県の知事選出馬を地元記者に匂わせるはずもない。記事はあいまいなものになることを承知の上で、それでも質問をして、否定的な回答を得ただけである。ふつうならば、実際の動きがあるまで内部情報にとどめ、ボツになってもいいくらいである。  16日の北海道新聞記事が出たあと、県内メディアは中野氏を追っているはずだが、いまのところ、報道は一切ない。中野氏が沈黙しているのは分かるが、自民県連も過去のことがあり、あまりにも慎重になっているのだろう。実際には、各社とも追い切れていないようだ。  さて、それでは、本当に中野祐介氏は静岡県知事選に出馬するのか? 鈴木康友浜松市長の線は非常に薄い  東洋経済オンライン記事には、対抗馬として、浜松市長の鈴木康友氏の名前を挙げたが、まず、立候補はないだろうとも書いた。鈴木氏が市長を辞職して、知事選に出馬表明するためには「大義名分」が必要となるからだ。浜松市のコロナ対策だけでなく、行政区画の再編などトップの立場にある鈴木氏は自ら職場放棄するわけにはいかない。鈴木氏が出馬する環境として、自民県連が一枚岩になって要請するだけでは足りない。  中部、東部、西部の経済界の重鎮が一堂に会して、鈴木氏へ出馬を要請する舞台を演出するくらいのことをしなければ、政令市の浜松市長という責任ある地位を放り出すわけにはいかない。数多くの団体等から請われて、出馬に至るというシナリオが必要である。  川勝氏に失政がはっきりと見えるならば、鈴木氏の出番となるが、川勝氏はコロナでもリニアでも目立ちこそすれ、県民からは失政と批判される大きなマイナス点は見えない。  もともと、静岡県の財政は他県に比べれば、ほどほどに豊かであり、県庁職員たちも優秀だから、県政運営の失政は表面的には見えない。川勝知事になってから、補助事業などで国の財政支援は減っている。ただ、それでも基準財政需要額に沿って、総務省は支援するし、コロナ臨時交付金もちゃんとついている。いくらコロナ禍で法人関係税収が落ち込んでいても、県民の生活はあまり変わらない。  現職の川勝氏が選挙に強いことを経済界は十分に承知しているから、表立って、経済界の誰かが旗を振って、火中の栗を拾うようなことはしないだろう。つまり、現時点で鈴木氏出馬の可能性は非常に低い。  こんな状況の中で、中野氏に白羽の矢が立った。15日に国会内で、自民県連が中野氏に出馬要請をしたことは間違いない。  中野氏は1994年に東大経済学部卒業後、自治省(現在の総務省)に入省。自治官僚として、福岡市、高知県、京都府へ出向した。特筆するのは、2014年に石破茂地方創生担当大臣秘書官を務めたことだ。総務省消防庁から2017年4月、北海道総務部長へ出向、19年6月、鈴木直道知事の就任に伴い、副知事に就いた。他の2人の副知事は道職員OB。中野氏の担当は財政、地域創生、環境・文化・スポーツなど、目下のコロナ対策が最も重要な仕事となっている。  中野氏出馬には、鈴木氏のように何らかのハードルはあるのか?  自民県連のシナリオ通りに、中野氏が出馬するとすれば、1月末までに北海道副知事を辞職、総務省への異動となり、退職の手続きを終えたあと、2月初旬に静岡市で出馬の記者会見を行うことになる。  中野氏は2017年4月に北海道に派遣され、19年6月に任期4年の副知事に就いた。任期に関わらず、ことし4年目を迎えるから、出向人事ではちょうど交替の時期に当たる。鈴木知事は39歳と若いから、新たな自治官僚を迎えるのに何ら問題はない。中野氏が道副知事を辞職することで、コロナ対策を担う責任ある立場を放棄したという批判を受けることもないだろう。定期異動と変わらないからだ。  同じ自治官僚だった石川嘉延・前知事が1期目の出馬を決断したのが52歳だった。現在、50歳の中野氏はキャリアだけでなく、年齢的にもふさわしい。自治官僚の多くは、知事を目指しているから、中野氏が知事選出馬を天命と考えるのかどうか、すべて中野氏次第である。 2期目からは盤石、川勝氏は選挙に強い   さて、6月27日(日曜日)が投開票日、2月初旬に中野氏が立候補表明すれば、ほぼ5カ月間の選挙戦が始まる。知名度の全くない中野氏が現職の川勝氏に選挙戦で勝つためには、どのような戦略が必要なのか?  まず、過去の川勝氏の知事選を見てみよう。2009年7月に行われた知事選は石川知事の後継を決める選挙だった。当時、石川氏は68歳で5期目の出馬に意欲的だった。ところが、静岡空港の立木問題で政治責任を問われ、任期を待たずに辞職した。その後継者として石川県政で副知事を務め、三島市出身で、労働省のキャリア官僚坂本由紀子氏が自民、公明の推薦で立候補した。  現在のリニア問題同様に静岡空港の立木問題は全国的な注目を集めた。開港前だった静岡空港建設に疑問を抱く県民は非常に多かった。一方、川勝氏は民主、社民、国民新の推薦を得て、民主旋風の追い風に乗っていた。保守王国とされる静岡県でも自民に逆風が強く、坂本氏は1万5千票余の差で涙を飲んだ。天性の雄弁家である川勝氏は爽やかな印象を与え、あっという間に女性たちの人気を得たのも事実である。  2期目が圧巻だった。64歳の川勝知事の対抗馬は、57歳の広瀬一郎氏で、自民支持にも関わらず、75万票もの大差がついてしまった。6月16日の投開票日に対して、広瀬氏の出馬表明は4月8日であり、正味はほぼ2カ月間強の選挙戦だった。自民県連が広瀬氏の推薦を求めたが、党本部は難色を示し、すったもんだの末、結局、「支持」にとどまったのが大きく影響した。自民は最後まで一枚岩とならず、その結果が選挙戦の大差につながった。  3期目では、最後に宮沢正美・県連幹事長が出馬を断念したことで、自民候補はいなくなった。柔道家の溝口紀子氏が出馬、自民静岡市支部などいくつかの支部は推薦した。徒手空拳ながら、溝口氏は27万票差で終えたから、前回選の記憶もあり、よく健闘したと見られている。  後援会組織を持たないが、川勝氏は選挙では圧倒的な強さを見せている。2期目の自民県連の惨敗、3期目の屈辱的な候補者見送りと3回の選挙に自民はなす術もなかった。4期目を阻止するためには、強い候補を擁立するしかない。 自民が一枚岩になれば勝機はある  自治官僚の中野氏ならば、全くタイプの違う川勝氏に勝てる可能性はあるだろう。川勝氏の1期目に民主旋風が吹いたように、周囲の状況が大きく左右するからだ。  今回選が、前回選(2017年6月)と大きく違うのは、国政の状況である。2017年10月の衆院選は、自民が圧勝したが、前回選には自民推薦候補を出すことができなかった。今回選では、中野氏が出馬表明すれば、党本部はすぐに「推薦」を出すだろう。  衆院選は、10月の任期までに解散総選挙があると見られるが、すでに自民が大きく議席を減らすと予測されている。自民現職は現在、必死となり、選挙区を固めているだろう。  6月までに解散、総選挙が行われない場合、静岡の8選挙区では水面下でし烈な選挙戦が展開されるだろう。知事選は前哨戦と見られるから、各候補とも必死で中野氏を支援、自らの選挙戦も有利に導こうとするはず。中野氏は現職議員の8選挙区をこまめに回り、名前を売り込むことができるのだ。  逆に、5月までに解散、総選挙が行われた場合、中野氏は8選挙区で連携して、各候補の応援に出掛けることができ、大いに名前を売ることができる。いずれにしても、衆院選の動きは中野氏には追い風となるはずだ。  自民が一枚岩になるかどうか?自民がこぞって中野氏を応援できるならば、中野氏に大いに勝機がある。2013年の広瀬氏のように、自民がばらばらで応援態勢を整えなければ、惨敗の憂き目に遭ってもおかしくない。組織を持たないが、個人的な絶大の人気を誇る川勝氏に対して、組織で対抗する戦略が機能しないようならば、中野氏は窮地に陥る。  出身、年齢、キャリアをはじめ川勝氏と中野氏では大きく違い、選挙戦略も重要となる。ここまで中野氏の出馬を前提に書いてきた。おっと、まずは、何よりも、中野氏が立候補できるのかどうか、注目したい。 ※タイトル写真は、静岡県知事室の川勝平太知事の机

ニュースの真相

リニア騒動の真相70昨夏の大騒ぎ意味があった!

JR東海ヤード工事再開の道が開けた?  1月8日、静岡県は「JR東海が千石ヤード(宿舎を含む作業基地)で実施するボーリング調査等は、土地の改変面積が5㌶未満(4・98㌶)であり、県自然環境保全条例に基づく保全協定の締結は必要ない」などとする文書を公表した。ヤードは千石のほか、椹島、西俣の3カ所あり、土地の改変は3カ所で行われ、その合計面積が5㌶未満であれば、保全協定の締結は必要ない。保全協定の有無に関わらず、県は千石ヤードの地質調査について計画書を提出させ、問題ないかどうかを確認したのだ。  千石ヤードでは非常口から約3・1㌔の「斜坑」を掘削し、リニア南アルプストンネルの先進坑と結ぶ。導水路トンネルができるまで「斜坑」によって、トンネル設置の影響で流出する湧水約0・6㎥/秒を千石非常口から大井川に戻す計画である。今回の調査は、「斜坑」に沿って斜め下向きに約200mのボーリングを実施して、畑薙山断層帯等の影響を確認する。6月までの約半年間、調査が行われる。  当初、「斜坑」を掘削することで畑薙山断層帯の湧水量がどのくらいかなどを確認する予定だったが、国の有識者会議でもトンネル本体に南アルプストンネル工事の最難関、畑薙山断層帯が及ぼす影響を予測するボーリング調査を求める意見があった。昨年9月、JR東海は千石ヤードでのボーリング調査を計画したが、県が最小限での改変を求めた結果、ヤードの改変地域を0・06㌶に縮小した。それで何とか5㌶未満におさまったのだ。  県文書には「千石ヤード」とあるが、実際には、ヤードの名称に値する作業基地としては、まだ、機能していない。作業基地には、土砂ピット(穴)、濁水処理設備、資材置き場、坑口予定個所の樹木伐採や斜面補強などの整備が必要である。他の西俣、椹島でも同様である。昨夏、JR東海は3カ所のヤードを完成させるために、県に認めてもらえるよう要望、大きな騒ぎを巻き起こした。  昨夏は、県条例を根拠にヤード工事再開は拒否されたのだ。県は「県条例に基づく保全協定を結ぶまでは準備工事の着手は認められない。保全協定を結ぶことがヤード工事再開の条件だ」と述べていた。ボーリング調査でも同じなのだろうか?  県専門部会は、他の断層帯でもボーリング調査を求めている。もし、JR東海が他の断層帯について土地改変を伴うボーリング調査を行おうとすれば、現在4・98㌶だから、5㌶以上になる可能性が高い。5㌶を超えてしまう改変について、県はボーリング調査を認めないというわけか?  県リニア担当理事は「そんなことはない。ボーリング調査はトンネル本体工事とは関係ないから、保全協定を結んでもらい、ボーリング調査を実施してもらう」とヤード工事とは違い、ボーリング調査ならば問題ないという姿勢である。保全協定は希少な動植物保全の手続きを行うだけのはずだったが、県は本体トンネルとの関連を踏まえて、ヤード工事再開では保全協定締結のハードルを高くしてしまった。  ところが、JR東海は別のボーリング調査を計画すれば、保全協定を簡単に結ぶことができるようだ。ヤード工事再開には保全協定を結ぶことが要件だったから、これでクリアできることになる。  昨夏の川勝平太知事主演”ドタバタ劇”の舞台に戻ってみよう。そうすれば、すべてがはっきりと分かるだろう。 「ヤード工事はトンネル工事ではない」と知事  金子慎JR東海社長と川勝知事との初対談が決まると、大井川流域10市町長と知事とのウエブによる意見交換会が昨年6月16日、開かれた。JR東海が要望するヤード工事再開を認めるのかどうかがテーマだった。中下流域の首長たちは、ヤード工事再開を認め、「なし崩し」にトンネル本体工事着工に向かうのは避けてほしい、と要望した。ヤード工事再開と、中下流域の水問題とは全く無関係であることを首長らは承知していたからだ。ヤード工事再開に対して、首長たちは「水を守る」立場で反対の姿勢を示した。  そんな中で、松井三郎・掛川市長は「JR東海の準備工事は静岡県の権限でストップできるのか?」と尋ねた。もし、準備工事を認めないならば、法的根拠が必要だと松井市長は指摘したのだ。公平公正に行政を司る首長であるならば、これは至極当然の話である。これに対して、難波喬司副知事が「(許可権限を持つ河川法は)河川区域に関わるものであり、(準備工事の対象となる椹島、千石、西俣の)ヤードについては対象外である。(準備工事再開によって)ヤード拡張を行うならば、県自然環境保全条例による(自然環境)協定締結は必要である」などと答えた。「県の法的権限は県条例にある」と周囲には聞こえた。  そして、6月26日、金子社長との対談を迎えた。1時間以上に及ぶ対談の最後に、金子社長は「ヤードの件は水環境問題ではない。それ以前の問題だと理解してもらいたい」と要望すると、川勝知事は「県自然環境保全条例は5㌶以上であれば、協定を結ぶ。県の権限はこれだけである」などと答えた。知事も「ヤード工事を認める県の権限は県自然環境保全条例のみ」と答えたのだ。  このあとの囲み取材で、川勝知事は「ヤード工事は明確にトンネル工事ではない。5㌶以上の開発であれば、(県自然環境保全)条例を締結すれば、問題ない。条例に基づいてやっているので、協定を結べばよい。活動拠点を整備するのであればそれでよろしいと思う」などとはっきりと述べた。「ヤード工事はトンネル本体工事ではない」と明確に示し、条例で求める協定を結ぶのが、ヤード工事再開の要件だと示した。この発言からは、知事はJR東海のヤード工事再開を認めたと取れたが、メディアは知事の発言内容が分かりにくく、再度の囲み取材を求めた。  1時間以上経過して、再び、川勝知事が囲み取材に臨むと、前回の発言を180度変えてしまう。知事は「本体工事と(準備工事は)一体であり、ヤード整備を認められない」と述べた。根拠となるのは、県自然環境保全条例であり、自然環境保全協定を結ぶことだった。この協定締結には、環境影響評価書の国交大臣意見にある地元の理解を得ることが必要で、そのためには、現在、議論をしている県生物多様性専門部会の結論を得ることが条件となるなど、と事務方が説明した。  7月10日、国交省の藤田耕三事務次官がヤード工事の再開を要請するために県庁を訪れた。川勝知事は「県自然環境保全条例では委員会を設けて、専門部会で許可する。条例について金子社長はご存じなかった」などと述べている。  JR東海、国と県の文書でのやり取りもちゃんと残っている。 「なし崩し」工事しないと担保したが  知事、社長対談を受けて、JR東海は6月29日、「当初、知事は保全協定の可否で判断すると回答、その後の会見でトンネル本体工事とヤード工事は一体と発言した。その真意を教えてほしい」などと県に質問した。  県は7月3日、わかりにくい4ページの文書で回答した。文書を公表したあと、難波副知事が会見を開き、1時間以上にわたって、メディアの質疑に応じた。「1、県自然環境保全協定の対象となる開発行為の考え方」から始まる文書には、ヤード工事はトンネル掘削本体工事の一部であり、協定を締結する段階ではない、と締め括っている。注目すべきは、「その他」項目に「地質調査は条例締結を行うことなく着工できる」など、「調査工事はトンネル本体工事とは無関係である」と書いてあったことだ。  県の回答に対して、JR東海は3日、「ヤード工事はトンネル工事とは関係なく、水資源に影響を与えるものではない」から、ヤード工事を認めてほしい、と要望書を提出した。  県は7日になって、5ページもの長い文書で回答した。「県生物多様性専門部会を開いている。その結論が出てから、保全協定を結ぶことになるのだから、その議論を進めること」を求めている。  国交省は9日、『1、「なし崩し」でトンネル本体工事はしない。2、県はヤード工事再開を認める。3、有識者会議の結論で坑口の位置や濁水処理設備等に変更があった場合、それに従う』という3つの提案を文書で県に示した。  県は17日、「1、命の水に対する思い・南アルプスの自然の保全への思い」で始まる6ページもの文書で、やはり、開発行為の一体化を主張して、条例の運用によって保全協定締結ができない見解を縷々述べている。  結局、県は条例に基づく保全協定締結がなければ、ヤード工事再開を認めることができない主張をしたのである。  一連の経過を見ていけば、県も流域自治体も、作業基地を整備するヤード工事は、河川法の許可権限に縛られるトンネル本体工事とは無関係である、と考えていた。それで、県条例を根拠に、ヤード工事もトンネル本体工事と一体化したものと拡大解釈して、ヤード工事再開を認めないことにしたのだ。  ただ、7月3日の文書では、「地質の調査工事は条例に関係なく着工できる」と記した。このときは、地質調査のためのボーリングはやぐらを組む程度であり、土地の改変などを伴わない、と見ていたようだ。 「ヤード工事」再開を認めるべきだが  そして、千石ヤードの調査ボーリングである。ある程度の土地改変を伴う説明だった。それでも、最小限の土地改変で、今回は5㌶未満におさまった。新たなボーリング調査が出てくれば、そうはいかないだろう。しかし、「地質調査は本体工事ではない」と文書に示しているから、県は地質調査と言ってくれば、認めざるを得ないのだ。  一方で、ヤード工事はトンネル本体工事の一部と判断している。「ヤード工事の再開は認められない」の主張はいまのところ、変えることはない。ただ、これまでと同様に、ヤード工事再開を認めない根拠を県条例に求めると、ボーリング調査との整合性がなくなってしまう。ヤード工事を認めないために、トンネル本体工事と一体であると県が解釈する根拠を何に求めるのか?  そうであるならば、JR東海は、県が求める井川―大唐松断層帯を調べるボーリング調査を行えばいい。このボーリング調査で、県自然環境保全条例に基づく自然環境保全協定を結ばざるを得なくなる。保全協定の締結を終えたあと、ヤード工事再開を要望すればいい。県は、これまでのように、トンネル本体工事と一体だから認めないとする法的根拠を県条例に求めることはできない。昨夏の主張はちゃんと文書に残っている。その主張の整合性を保つのは難しいだろう。  もともと、国交省の提案通り、ヤード工事を再開したからと言って、トンネル本体工事を「なし崩し」に行うことなどあり得ない。流域市町が心配したのは、ただ、それだけである。県は当初、ヤード工事はトンネル本体工事と無関係と考えていた。それなのに工事を認めない屁理屈をつくってしまった。  昨夏の大騒ぎは何だったのか?JR東海が是が非でも、ヤード整備再開を望むのであれば、土地改変を伴う地質調査を提案すべきだ。それで、大騒ぎに意味があったことがわかるだろう。 タイトル写真は、昨年6月のJR東海社長の県庁訪問に大騒ぎしたメディア

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リニア騒動の真相69「工事凍結」は思いつき?

各紙の新年インタビューではどう答えたのか?   昨年12月23日の会見で、川勝平太静岡県知事は突然、リニア南アルプストンネル工事の静岡工区について、JR東海に「工事凍結宣言」を表明するよう求めた。その後、新聞各紙との新年インタビューが行われ、当然、「工事凍結宣言」が大きなテーマとなった。  昨年6月の金子慎JR東海社長、7月には国交省の藤田耕三事務次官が県庁を訪れ、トンネル本体工事とは関係のないヤード基地での準備工事について再開を要請したが、知事はトンネル本体工事の一部とみなして拒否した。このため、JR東海の工事は宿舎や市東俣林道の整備に限定され、事実上、リニア工事は全面的に凍結されている。つまり、「工事凍結宣言」の有無に関わらず、JR東海は全く、手が出せない状態である。  1月1日付中日、静岡、3日付朝日、4日付毎日、産経、5日付日経、7日付読売の各紙がすべて紙面を大きく割いて知事インタビューを掲載している。「リニア工事凍結宣言を」(読売)、「リニア工事凍結促す」(毎日)、「工事の凍結求める」(中日)、「リニア工事「一時凍結を」」(日経)など各紙のインタビュー記事の見出しに「工事凍結」が登場した。  どういうわけか、朝日はリニア問題を落として、紙面では1行も触れていない。リニア問題は全国的に注目され、県民の関心も高いから、朝日は他紙が扱うと分かっていて、リニア問題を落とした。これも見識か?  1ページ全面を割いて、知事インタビューを東海本社編集局長が行った中日を見てみよう。「リニア問題」の項目で「工事の凍結を求める」を見出しにしていた。「国交省有識者会議で結論が出た場合の対応?」が質問だった。記者会見などで知事が何度も繰り返した状況説明をした上で、「有識者会議で一定の結論が出ても、県の専門家会議でも協議し、流域住民の理解も必要になる」と有識者会議の存在を否定するような、これまでと同じ話を紹介している。全く目新しい情報はない。  最後に、ひと言、『住民を安心させるためにも「凍結する」方針をJR東海が出すしかないのではないか』と述べ、それが見出しに取られた。「住民を安心させる」理由で、知事はJR東海に「工事凍結宣言」の表明をしろ、と言うのだ。JR東海は知事権限の前に手も足も出ない、準備工事にさえ入れない状態にある。(知事はJR東海の味方だと見ている)国の有識者会議の結論が出ても、次のステップがあり、すぐに工事に入れないことを周知させているから、いまや不安を持つ県民は誰もいない。「住民を安心させる」という知事の大義名分をとやかく言うつもりはないが、そもそも誰も不安を訴えてはいないのだ。  逆に、地元の井川地区住民は早期着工を望む声がしきりだった。「工事凍結宣言」表明を迫るのは、単なる知事のパフォーマンスだろうか? 有識者会議は時間が掛かる?  「リニア工事凍結促す」。強烈な大見出しの隣でにこやかに笑う毎日=タイトル写真=は「ルート変更や甲府までの部分開業をJR東海に求める考えに変わりないか」という質問に、知事は「それを考えるべき最大の責任者はJR東海の金子社長」とした上で、「有識者会議は時間がかかる。工事凍結を公式に言うことは、地元に安心感を与える」とあり、中日とほぼ同じ回答をしている。  読売では「(有識者会議の結論が出るまで)相当時間がかかる。結論が出るまで、JR東海はトンネル工事の凍結を宣言するべき段階にきている」。いずれにしても、これからも工事の許可を出さないことを宣言している。JR東海に率先して、自ら進退を処すべきだと言っている。  静岡では、もっと踏み込んでいた。知事は「国土交通省の専門家会議で(自然環境などに)悪影響が出る、あるいは大井川の水が全量を戻せないという結論になれば、工事をいったん凍結するのが常識だ。だが、JR東海は南アルプスにトンネルを通す大方針を変えず、建設計画を立ち止まって考え直す様子は全くない」と言うが、これは何だか分からない  国交省の有識者会議は中下流域の地下水への影響はほぼない、という結論を出すことは明らかだ。ただ、「大井川の水の全量戻し」や「自然環境」はこれから議論が行われる。知事は議論の前にすでに、ダメだという前提に立ち、「工事をいったん凍結するのが常識的だ」と切り捨てる。こんな仮定に基づいた結論を導き出して、「JR東海は南アルプストンネルを通す大方針を変えて、建設計画を考え直せ」と迫っているのだ。  最後に「リニア問題は新型コロナと同じように危機として県民全体に突き付けられている」と断言する。つまり、静岡県に「リニア問題」が存在することは、コロナのような厄介な存在であり、「リニア計画を抜本的に変えろ」とは、「計画を中止しろ」と聞こえてくる。  日経は、さらに具体的に書いてあった。「私がJR東海の社長なら、これ以上話がこじれると事業それ自体をあきらめる最悪の事態になりかねないと考える。ここは事業者として静岡工区の一時凍結を表明すべき」、「三大都市圏を約1時間で結ぶリニアは感染症のウイルスを移行させるインフラにもなりかねない。国会に委員会を設け、リニアをこのまま進めてよいか、中間評価として審議すべき」と、知事の飛躍した論理にとどまるところはない。  リニア計画は三大都市圏を1時間で結ぶことに価値があるから事業化したのだ。「リニアは感染症のウイルスを移行させるインフラ」に説得力があるかどうかわからないが、知事は「JR東海がリニア事業をあきらめる最悪の事態」を演出したいようだ。「リニア計画を中止しろ」と迫っているのが、はっきりと分かる。 お金に換えられぬリニア水問題?  産経を読んで、すべてはっきりと見えてきた。見出しは「リニア水問題 お金に換えられぬ」。知事は「水の問題はお金に換えられない。南アルプスの地中は複雑で、毛細血管のような水脈がいったん断ち切られると、山は健康体でなくなる。希少な植物やさまざまな昆虫、生物を守れるのかということだ」と言っている。  まるで子供の作文を読んでいるようだ。予算(お金)と法律(条例)が県知事の仕事である。お金の絡まない問題は何ひとつもないが、そう言ったほうが正義の側に立っているように見える。  「リニア工事凍結」を求める理由を「お金には換えられない」「毛細血管のような水脈がいったん断ち切られると、山は健康体でなくなる」など情緒的なレベルで訴えられれば、リニア工事は永久に凍結せざるを得ない。JR東海がいくら科学的に説明しても、最初から聞く耳はないだろう。  知事の要請に従って、JR東海が「工事凍結」を表明すれば、リニア計画中止を求める世論の追い風となり、大騒ぎとなる。リニア工事差止訴訟は論拠を得たことになり、コロナの影響で、新幹線需要が落ち込み、在宅勤務の奨励などでリニア整備の意義に疑問符をつける学者らも多いから、全国的な反対運動は大きな盛り上がりとなるだろう。知事はそのような効果を期待して、JR東海に「リニア工事凍結」表明を迫っているのだろう。  ことし6月に知事選を控えているだけに、各紙とも4選出馬を聞いている。知事は4選出馬でも真意を明らかにしない。知事インタビュー紙面は知事として県民に対するポイントを獲得する絶好の場であり、対抗馬も出ていない現状で真意を明らかにするはずもないが、当然、出馬する意向ははっきりと見えている。  リニアをコロナと同列の危機としてとらえ、知事選の争点にするのに、「リニア工事凍結宣言」は非常にわかりやすい。暮れの記者会見で、突然、「リニア工事凍結宣言」を迫り、新年の各紙インタビューであらためて紙面をにぎわせた。そのまま、知事選の争点にするのには絶好のテーマである。JR東海は何も言えないから、誰も反対はできない。  つまり、「リニア工事凍結宣言」は、”パフォーマンス知事”の頭に浮かんだ思いつきだろう。だから、理由など何もないのだ。そのような場当たり的な思いつきにメディアは単に振り回されている。  コロナ禍の中で、静岡県のあまりに貧しい医療体制に危機感を抱く自民県議が、昨年12月の県議会一般質問で、知事の公約である「医大誘致はどうなったのか」とまじめに追及したのが印象的だった。2009年夏、川勝知事は県東部地域への医大誘致を公約に掲げて知事選に出馬、初当選した。愛知、神奈川県が4医科大学、人口70万人の山梨県に1医科大学であり、人口約370万人の静岡県に1医科大学では医師確保ができていないのは自明である。  それから10年余がたったが、医科大学誘致の声は全く聞こえてこない。医大誘致には、地域病院のベッド数緩和など政治的な課題が多く、それだけ政治家としてはやりがいがあるだろう。知事は政務が苦手だから、永田町や霞が関へ出掛けて、課題を解決できる政治力はないのだろう。清水地区の桜ケ丘病院問題を知事は批判してきたが、それよりも、東静岡駅の県有地に医科大学を誘致して、桜ケ丘病院のベッド数を活用するなどの方策を検討することはできる。ただ、そちらの難しい課題には手を出さない。  JR東海が手も足も出ないリニア問題は言いたい放題でも、静岡県が取り組むべき課題については黙ったままである。12月県議会の答弁でも、自民県議の質問をはぐらかせただけで、何の回答もしていなかった。6月の知事選まで半年を切った。川勝知事のパフォーマンス政治は4期目も続くから、リニア計画は一歩も前に進まないだろう。JR東海は本当に、リニア工事凍結宣言を表明したほうが無難かもしれない。  新年の新聞各紙インタビュー記事を読んで、その思いを強くした。

ニュースの真相

リニア騒動の真相68またまた『不都合な真実』だ!

「クエンチ」で超電導と常電導の違いが分かる  JR東海リニア中央新幹線のリスクや課題を紹介する『超電導リニアの不都合な真実』(川辺謙一著、草思社)が昨年12月に発行された。第1章「複雑な超電導の仕組み」、第2章「なぜ超電導リニアが開発されたのか」や第4章「なぜ中央新幹線を造るのか」などの補足的な説明をした上で、標題の『不都合な真実』は、第3章「超電導リニアは技術的課題が多い」が中心となっている。電磁波の影響や大井川の水、南アルプスの環境問題ではなく、リニア走行の技術的課題を取り上げている。その意味では、これまでの『不都合な真実』とは一線を画すだけに、購入時には興味深いと感じた。  同書が最も大きな問題と指摘したのは、「クエンチの発生」と「ヘリウムの供給不足」の2つである。  まず、「クエンチ」とは何か?クエンチは超電導状態から常電導状態に遷移してしまう現象を指す。超電導と常電導の大きな違いは、電磁石の種類の違いであり、強力な電磁石を使う超電導は常電導よりも非常に強い磁界を発生させることができる。この強力な磁界で、浮上する高さに違いが生まれる。  常電導リニアが約1㌢浮上するのに対して、超電導リニアは約10㌢も浮上させることができる。この力で、常電導リニアは時速300㎞走行は可能だが、時速500㎞になると超電導リニアのような安全性を確保できない、この結果、JR東海は世界初となる超電導を選択したのだ、という。  しかし、超電導では、超電導磁石が強い磁界を発生できなくなり、常電導状態に転移してしまうクエンチが起きるのは避けられない。ウィキペディアでは「クエンチに続いて全面的な常電導化が一気に進むので、電気的、磁気的、熱的、機械的に大きな変化が同時に起こる」と説明する。同書では、クエンチが起きると、電気抵抗が生じることでコイルが急激に発熱し、コイルを冷却していたヘリウムが液体から気体になり、体積が約700倍に膨れ上がる危険な状態になってしまうと説明する。  一般になじみがある、脳腫瘍、脳血管障害の検査に威力を発揮する断層画像撮影装置「MRI」も超電導磁石を使っている。MRIでもクエンチ事故(気化したヘリウムが充満して、煙がもうもうと出る。場合によっては内部にいる人が窒息する恐れもあるが、日本では人身事故の発表はない)が起きる。それでも、MRIの場合、ヘリウムガスを外に出す排気設備を設けるとともに、冷媒となるヘリウムなどの補充で事故に対応できるようだ。  一方、リニアの場合、屋外で超高速で走行する輸送機関だから、MRIのような対応はできず、クエンチを完全に回避するのは不可能だと言うのだ。もし、リニアでクエンチが起きれば、従来の鉄道では起こり得ない悲惨なトラブルが起こる可能性があると筆者は警告する。  1997年山梨実験線に移る前、宮崎実験線では4年間で14件のクエンチ事故が発生している。その後、JR東海は改良を重ね、山梨実験線で「クエンチは一度も起きていない」と説明、2010年のリニア小委員会で国交省担当者が「クエンチ現象は発生していない。技術的に解決したと考える」と太鼓判を押している。つまり、JR東海はクエンチを克服したのだ。  ところが、1999年9月の山梨日日新聞にクエンチが起きたと伝えているから、筆者は「山梨実験線でクエンチが少なくとも1回起きたことを前提に、超電導リニアの評価を見直し、導入することも改めて検討すべきだ」と主張する。  ただ、筆者が紹介している山梨日日新聞の見出しは「クエンチで車両停止」となっているが、記事をよく見ると「液体ヘリウムを供給するステンレス製の管の接合部に長さ約1㌢の亀裂が入っていた」とあるから、この亀裂の結果として、クエンチ現象は起きたが、これはクエンチではなく、何らかの他の原因による亀裂の発生がクエンチを招いてしまったと考えるべきだろう。その後、実際の原因が何かは報道されていない。  筆者は、1999年の事故がクエンチだと思い込んでいるから、JR東海は実際にはいまもクエンチを克服できていない、と判断している。ふつうに考えれば、「亀裂」とクエンチは別のものである。もっと突っ込んで取材をした上で、結論を出すべきだったのではないか。  同書では、JR東海がクエンチを克服できていない証拠が20年も前の新聞記事のみである。これでは首をかしげてしまう。 「ヘリウム供給」ができなくなる日?  もう1つの問題は「ヘリウム」の供給不足である。  超電導状態を維持するためには、コイルをマイナス269℃の極低温に冷却する必要があり、液体ヘリウムと液体窒素を冷媒として使用している。そのヘリウムについて、世界的に価格が高騰し、供給が不安定になり、入手が困難だと筆者は指摘する。全世界のヘリウム生産量はアメリカ約6割、カタールが約3割で、日本は100%輸入に頼っている。もし、ヘリウム不足によって供給できなくなれば、超電導リニアの走行ができなくなる恐れが高いという。  ところが、インターネットで「ヘリウム不足 超電導磁石」を調べると、ヘリウムを使用しない「高温超電導磁石」開発が日本で盛んに行われている記事が多く出てくる。「高温超電導磁石」では、コイルの素材を変えることで、液体ヘリウムではなく、電動の冷凍機によって冷却(マイナス255℃)を可能にする。この技術が実用化されれば、クエンチの発生についても対策を取る必要がなくなってしまうのだ。  JR東海、鉄道技術研究所はリニア用高温超電導磁石の開発を進め、リニアでもすでに一部の試験車両に搭載され、走行試験が行われている。現在、長期耐久性能を確認している最中なのだという。しかし、同書にはそのような記述は全くない。  JR東海によると、リニアに使うヘリウムは何度も使い回しができるから、ヘリウム使用量は年間に国内輸入の1%に過ぎないという。いまの段階でも、リニアにとって、ヘリウムの供給不足は考えられない、というのがJR東海の回答のようだ。『不都合な真実』筆者はJR東海への取材をしていないようだから、逆に、その点が「不都合な真実」となる恐れがある。  同書にはクエンチ、ヘリウムが何度も登場し、その結果、「リニア計画の中止」が結論となっていくのだが、全体的に見て、クエンチ、ヘリウムについての取材不足は否めない。  南アルプスの環境問題やコストやエネルギー消費量など、他の反リニア評論家らも指摘している問題に紙面を割くのをやめて、「クエンチ」「ヘリウム」だけに焦点を絞って、さらに詳しい取材をするべきだった。わたしのような素人の疑問に答えることで、本当にリニアにとって『不都合な真実』だったのかどうかが明らかになったかもしれない。  同書が指摘する技術的な課題は『不都合な真実』と言えるほどのものではない。ただ、JR東海がクエンチやヘリウムについて非常に労力を使っていることだけは理解できた。 川勝知事『不都合な真実』は言行不一致  同書では、2020年はJR東海はコロナの影響で「東海道新幹線の利用者急減」と静岡県などの反対で「中央新幹線の開業延期」のダブルパンチを受け、リニアに対して懐疑的な意見をメディアが報道されるようになり、ネットでも同様の意見が散見されることになったことで、筆者は「リニア計画の中止」を提案している。  コロナ禍の中にいると、コロナ後のことは全く見えてこない。コロナ前、インバウンド(訪日外国人)が日本の観光をけん引していたが、コロナ後にそういうこともなくなるのかどうか。もし、インバウンド需要がないとすると、静岡空港はじめ日本経済の行方は真っ暗である。  さて、『不都合な真実』を読んでいて、昨年8月に朝日新聞地方版に3回にわたって掲載された川勝平太静岡県知事の手記を思い出した。知事もクエンチやヘリウムのことを書いているのだろうか?当然、そのような記述はない。近いのは、超電導コイルに必要な希少金属(ニオブ、チタン、タンタル、ジルコニウム等)は世界中で取り合いであり、原料を確保できるのかと疑問を呈している。次回は、クエンチやヘリウムも取り上げてみてほしい。ただ、反リニアの評論等に書いてあるものを鵜呑みにしないでちゃんと調べてほしい。  各新聞社は新年紙面で知事インタビューを掲載している。朝日以外はすべての新聞が知事にリニア問題を聞いていた。  1月1日付の中日編集局長インタビュー記事に『今動けば県民に迷惑』という大きな見出しがあった。今夏の知事選で、4期目の意欲を問われると、知事は「今の危機はリニアとコロナだ。リニアで水が失われかねない、人類共有財産のエコパークが傷つけられるかねない。コロナも今は第三波の真っただ中。選挙運動はできない。県民のために働くのが知事。県民に迷惑をかけてはならない。ここで選挙のことを言うのは不適切だと思っている」。  4日の産経新聞などが川勝知事が年末に「不要不急の帰省は我慢して」と県民に呼び掛けておきながら、26日から1月3日まで長野県軽井沢の自宅に”帰省”していたのは不謹慎だと批判していた。暮れのインタビューで「今の危機はリニアとコロナだ」と言いながら、実際は、知事自身がそれほどコロナに対して危機感を持っていないことが明らかになった。ことしも川勝知事の「言行不一致」が始まったのである。  2020年に一番感じたのは、川勝知事の「言行不一致」である。菅首相批判をすると思えば、暮れには菅首相宛に飴のおまけをつけた手紙を送ったようだ。その中身は、「リニア工事凍結」だと言うが、手紙の中身は明らかにされていない。もし、菅首相が知事の手紙を公開すれば、またまた『不都合な真実』が見えてくるかもしれない。12月31日に自分で投函したことも明らかにしているから、「軽井沢からの手紙」は公的なものではなく、私信であり、年賀状のようなあいさつなのかもしれない。どうも、私的な部分と「リニア工事凍結」という公的な部分がはっきりとしない。  今夏の知事選まで、政治家として言行不一致の『不都合な真実』が続くかもしれない。4期目出馬の回答も同じだが、これは次回紹介したい。