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リニア騒動の真相58新聞記事に、ご注意を!

なぜ、インチキ記事が横行するのか?  毎日の新聞は、記者が原稿を書き、デスクが記事の判断をして、事実関係を確認させた上で、その日の紙面でどのように扱うのかを編集会議で決めて、整理部へ回して、見出しとともに新聞紙面が出来上がる。7日の川勝平太静岡県知事会見を取材した。わたしは記者たちと全く同じ情報を得た上で、翌日になって各社の新聞記事を読んで、あんたんたる思いにとらわれてしまった。あまりに新聞記事の質がひどいのだ。  もともとは9月10日付静岡新聞1面トップ記事に端を発した問題である。もう一度、おさらいしよう。9月10日付記事は「大井川とリニア 築けぬ信頼」のワッペン付きで、大見出し『大井川直下「大量湧水の懸念」 JR東海非公表資料に明記 想定超える県外流出』などで紙面のほぼ3分の2を占める大分量の記事が掲載された。この記事についての詳しい批判は、10月2日にアップした東洋経済オンライン『静岡リニア「非公表資料」をリークしたのは誰だ 怒り心頭の川勝知事発言はマッチポンプか』にあるので、確認ください。  また、「リニア騒動の真相57県と新聞社がマッチポンプ?」でも補足している。いくつかの疑問点のうち、『大井川直下「大量湧水の懸念」』という記事に登場する専門家は、『南アルプスの地質に詳しい狩野謙一静岡大防災総合センター客員教授(構造地質学)』のみで、他の専門家の固有名詞はない。  記事中の「談話」では『「追加調査の必要がある」と指摘している。』とあった。狩野教授に電話で確認すると、「大井川直下の断層については✖✖✖が言っているが、わたしには関係ない」などと言う。よく聞いてみると、以前取材を受けた記事とは全く関係ない断層について指摘したことが「談話」として使われたことが分かった。1面トップのスクープ記事のニュースバリューを高めるために”権威”による箔付けが欲しかったのだろうか、ふつう、そんなインチキなことは決してしない。そんなことが分かれば、新聞記事としての質どころか、信頼性が問われてしまうからだ。  一体、なぜ、こんなインチキが起きてしまったのか?狩野教授に直接、会って聞いたほうがいいと考えた。 「井川ー大唐松山断層」は存在しない!  狩野教授と面会する前に、ちゃんと地質学のことがわかるようにさまざまな宿題をもらった。雑誌静岡人vol4『なぜ、川勝知事は闘うのか』の「7つの謎を巡る旅」のうち、7番目の『光岳を「世界遺産」にしよう』は唯一、地質学のことを紹介している。  「日本地質学の父」と呼ばれるドイツの地質学者ナウマンが鳳凰岳や駒ケ岳、赤石岳、塩見岳などの赤石山脈がちょうど壁のように続くのを見て、こんな光景は世界にはない、世界唯一の大地溝帯として発見した「フォッサマグナ(大地溝帯)」などについて紹介した。南アルプスが「世界最大級の活断層」の巣であるのだが、フォッサマグナとは何かを含めて、中央構造線、糸魚川静岡構造線など解明されていないことのほうが多いことも承知しておいたほうがいい。  まず、驚いたのは、狩野教授らの書いた「南アルプス南部、大井川上流部のジオサイト・ジオツアーガイド」という論文の中に、1988年狩野教授らが命名した「井川ー大唐松断層」が登場するが、そこに「井川ー大唐松山断層は存在せず、地層は走向を南北方向に、変えながら、北北東に連続するとする見解もある」(徳嶺・久田、2005)とあったことだ。  静岡県が国交省に提出した「県境付近の断層の評価」について、JR東海が「畑薙山断層帯」としているのに対して、「もっと大きな構造で見ると、山梨県境付近の断層は井川ー大唐松山断層の一部であると考えるのが妥当である」と自信たっぷりに書いてあった。当然、「井川ー大唐松山断層」は科学的に証明されているとばかり考えていた。(写真は県提出の資料。赤い点線が井川ー大唐松山断層)  ところが、そうではないのだ。  2005年の筑波大学発行、徳嶺庄一郎、久田健一郎の両氏論文「大井川上流域(井川湖~畑薙湖)に分布する四万十帯の地質」に確かに、井川ー大唐松山断層は認められなかったと書かれていた。筑波大学の演習林が東河内川の上流域にあり、その周辺が筑波大学の研究フィールドである。久田氏は現在、筑波大学地圏変遷科学分野教授(地質学分野)を務めている。論文の中身は、ほとんど地質学の専門用語であり、全く理解できなかった。  新聞記者、県庁、国交省の役人含めて地質学を専門にしていない限り、内容の理解、評価はできないだろう。あとで書くつもりだが、県が「JR東海に公表しろ」と言っている資料はその類のものである。新聞記事同様に評価した上で、一般にも分かりやすいように紹介することをJR東海がやり、会議資料として提出している。それでもほとんどの参加者には理解できないのだ。  久田教授たちの調査フィールドは畑薙湖までであり、リニアトンネル建設の地域ではない。だからと言って、井川湖ー畑薙湖までの地域については井川ー大唐松山断層を否定する研究者もいることを承知しておかなければならない。科学的に考えるというのはそういうことであり、地質学の場合、科学的証拠をどのように判断するのか非常に難しいのだ。 地質学では「推定」はするが、断定できない  最近の地質学教科書には、「断層とは、1本ではなく、短いセグメント(小分け)の集まりであることが分かっている」とある。狩野教授が命名した「井川ー大唐松山断層」は非常に長い断層として線が伸びている。その一部分を調査した筑波大グループは、少なくとも井川湖から畑薙湖までを否定している。では、その北側はすべて狩野教授が調べたことで正しいのか?医療のようなエビデンス(科学的な証拠)は全くない。セカンドオピニオン、サードオピニオンを受けることができないからだ。  南アルプスの険しい地形の中で、フィールド調査を簡単にできるはずもない。そもそも、リニア工事がなければ、この地域に注目が集まることもなかったからだ。  狩野教授によると、フィールドの経験と地形の連続性から全体の地質構造を推定したのだ、という。つまり、「推定断層」ということになる。すべての断層が絶対に正しいなどと言えないのだ。地質学はあまり科学的ではないのではと疑問を抱いてしまう。そんな疑問に答えてくれたのが、 藤岡換太郎氏の『フォッサマグナ 日本列島を分断する巨大地溝の正体』(講談社ブルーバックス)。  同書の「地質学とは何か」という章で、「地質学者が研究を行う手法は、いわば探偵が殺人事件の全貌を明らかにするのとよく似ています。いわゆる『5W1H』について、証拠捜しや聞き込みなどによってあらゆる材料を手に入れます」。そして、地質学が殺人事件と違うのは、「何万年(南アルプスの場合、何十万年前)も昔に起こった事柄に対してただ1つの解答を求めること自体が無理なことで、3つくらいの可能性に絞ることができれば、上出来であろう」と記している。  だから、JR東海になるべくたくさんのボーリング調査をやってもらいたいのだ。そうすれば、「可能性」が「事実」に近くなるからだ。フィールド調査とは、足で歩いて周辺の岩層や地形を見ていき、その材料を持って仮説を立てることであり、井川ー大唐松山断層、畑薙断層もすべて仮説でしかないのだ。  2019年9月16日付『リニア騒動の真相16「筋違い」議論の行方』で紹介したように、県地質構造・水資源専門部会で、複数の委員が「畑薙断層で鉛直ボーリングをやれ」「畑薙断層西側でもやれ」などJR東海に求めているのだ。狩野教授も当然、「井川ー大唐松山断層」でのボーリング調査を求めている。つまり、地質調査でおカネが掛かるのはボーリング調査であり、ほとんどボーリング調査はやっていない。 狩野教授は大井川直下を調査すべきとは言っていない  南アルプスの険しい地形の中では、資機材を運搬して、鉛直ボーリングを行うのは費用的な問題だけでなく、物理的にも難しい。通常の山岳トンネルは先進坑を掘って、その地質構造をすべて把握した上で、本坑を掘っていけばいいのだが、今回は静岡県が許可を出さないから、事前の調査が必要であり、地質学者の出番というわけである。何をどのようにやるのかは、専門部会で議論すればいいことである。  狩野教授に確認したかったのは、それでは、7日に知事会見で問題になった静岡新聞記事の指摘する東俣川直下の断層についてはボーリング調査をやるべきかどうかである。南アルプスのフィールド調査を長年、やってきた研究者は非常に少ない。さまざまなハードルがあるからだ。だから、狩野教授のことばは重いのだろう。  「ノーコメントにしてくれ」。つまり、やる必要はないと狩野教授は考えているが、相手のことがあるからはっきりとは言えないわけだ。  中日新聞1面トップ記事『JR、資料公開拒否 湧水「大井川流域住民に不安を与えかねない」』、静岡新聞1面準トップ記事『湧水資料 JR非公表 県に回答「不安を与える」』、毎日新聞地方版『「大量湧水」資料は非公開 県要望にJR東海が回答』などなど。  県、県専門部会委員は、何度も資料を手にしているのだ。本当に重要な資料であるならば、県専門部会で議論していたはず。JR東海が回答に書いてあるように、評価もできない生資料のメモには住民に不安を与えるような記述ばかりだ。あらゆる文献を調べた地質調査会社はいろいろ書かなければ、おカネをもらって南アルプスの調査をしたことにならない。現地調査をしたわけではない。これまでの地質資料に基づいた仮説の類でいっぱいである。確実なことは何もない。  JR東海は資料メモを評価した上で、県専門部会に畑薙断層などをテーマにして議論していた。大井川直下の断層を問題にしたのは、✖✖✖だけである。記者たちが取材すべきは、静岡新聞の談話に登場していた狩野教授だった。本当に1面トップで伝え、読者に不安や恐怖を与えるような印象の記事を提供すべきかどうかの判断を仰ぐべきだった。  県がJR東海の印象操作をやりたかったのだろう。それにそのまま、乗っかってしまうのは記者という職業にある者ではない。ちゃんと取材するのが記者のはずである。  ただし、これまで何度も書いてきたが、JR東海の広報の仕方に問題があることは確かだ。県が情報操作をすることは分かっているのだから、墓穴を掘るような回答を寄せるべきではない。  別の中日記事には本当に驚いた。『川勝知事一問一答』があり、知事は『一部の文献にのっぴきならないことが書いてあって、多大な関心がある。全文を知りたい。当然知る権利がある。南アルプスに関わることだから。巨大な湧水が発生する可能性があると書いてある。根拠を知りたいし、知る必要がある』と言っている。当然、県も県専門部会委員もデータで資料を持っている。川勝知事は全文を知る立場にある。いくら教養が高い知事でも生の地質資料は簡単に理解できない。一部のメモのみを見て、判断すべきではない。  教訓。わたしはこの記事の内容についてよく承知しているので、このような意見を言える。しかし、わたし自身全く知らない記事を読んで、そのままに信じてしまっていることも多い。つまり、新聞記事には眉につばをつけたほうがいい、ということだ。 ※タイトル写真は県庁”リニア三銃士”のうち、2人を従えた川勝知事の会見

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リニア騒動の真相57県と新聞社がマッチポンプ?

週刊東洋経済オンラインをご覧ください!  2日に東洋経済オンラインで『静岡リニア「非公表資料」をリークしたのは誰だ 怒り心頭の川勝知事発言はマッチポンプか』という記事をUPしました。ぜひ、こちらからご覧ください。URLは以下の通り。https://toyokeizai.net/articles/-/378666  東洋経済オンラインは字数の関係もあり、また、わかりにくい点もあるので、少し説明を加えたい。まず、9月10日付静岡新聞1面トップ記事は4回連載の第1回であり、スクープ記事仕立てで、JR東海の”非公表資料”を入手したと大騒ぎしていた。東俣川(大井川最上流の西俣川分岐から大井川本川の呼び名、タイトル写真)直下の断層について、地下水が大量に存在している可能性があり、高圧大量湧水の可能性がある、と指摘している。  県地質構造・水資源専門部会でも東俣川直下の断層については、塩坂邦雄委員が指摘していた。9月5日のリニア工事差し止めを求める準備学習会でも、講師となった塩坂委員は「東俣川直下の断層で背斜構造となっていて、力の掛かり具合が非常に複雑である」などの懸念を示していた。  ところが、静岡新聞記事には塩坂委員の名前は登場せず、南アルプスの地質に詳しいとして狩野謙一静岡大学防災総合センター客員教授(地質学)が「追加調査の必要がある」との談話を寄せていた。狩野教授は、ことし7月3日付静岡新聞で山梨県境付近の大規模断層について、詳しい調査が必要だとの見解を示し、さらに同じ内容を詳しくまとめた記事が7月31日付でも掲載されている。いずれも今回の東俣川直下の断層の話ではなく、井川ー大唐松山断層についてである。狩野教授に連絡を入れて聞くと、「塩坂委員の指摘については承知していない」と回答した。つまり、「追加調査が必要」は以前、別の地域を問題にしたことを、今回の記事でニュースバリューを高めるために使ったようだ。「追加調査が必要」と言ったのは事実だが、東俣川直下の話ではないのだ。  なぜ、こんなことが起きるのか?  報道機関としての姿勢は別にして、地質学が非常にわかりにくい分野の学問であることが理由のひとつである。日本列島に関係しただけでも、地質学的に不明なことが多く、学者はそれぞれの専門、フィールド調査などによって主張が大きく異なる場合がある。専門用語ひとつとっても、一般には理解しにくい。地球科学を専門にする磯崎行雄東大教授によると、日本が火山と地震列島である理由について、ユーラシアプレートの下に、東から潜り込む太平洋プレートが押し合い、「しわ(付加体)」ができるからだと説明する。押し合う2枚のプレート表面の「しわ」が日本列島ということになる。しかし、県専門部会の議論を聞いていると、「付加体」はしわの意味のようだが、それぞれもっと細かい個所を指している。7億年前から日本列島を形作り始めた「しわ」は、ときに弛んでひっくり返ったりもする。伊豆半島も「しわ」のひとつのようだ。  そのせいか、静岡新聞の記事、解説ともJR批判の強烈な見出しを印象づければそれでいいとしか思えないほどわかりにくい。一般読者がこの記事を理解できるはずもない。  静岡新聞連載2回目に、2018年10月に段ボール箱を県庁に運び込まれた当時の話が出てくる。そこで、問題になる個所は、『JRとやりとりした県の稲葉清環境政策課長(当時)は「JRの担当者から、外部に公表しないでもらいたいのでサインがほしい、と求められた」と明かす。稲葉氏は公表すべきだと考えたが「資料の所有者はJRなので、条件をのむしかなかった」と振り返る。』である。稲場氏に連絡を入れて、「本当に公表すべきと考えた」のか疑問をぶつけた。  稲葉氏は「報道機関には写真と報告書の内訳のみ公表すればいいと考えた」と回答をしたから、なぜ、記事には『稲葉氏は公表すべきだと考えた』と書いてあるのか、聞くと、「これは電話での取材で、そんな成り行きだった」という。実際には『公表すべきだと考えていたわけではない』ようだ。  また、記事には『川勝平太知事は昨年9月の記者会見で「いろいろな専門家、隠れた知識人の意見を聞くために公表したほうがいい」と述べたが、借用書の条件に沿って資料は既に返却されていて、踏み込んだ対応は取れなかった』とある。そんなはずはない。条件には、コピー、データ化を禁止していないのだから、踏み込んだ対応とは何かわからないが、やればいいのだ。相手の機密情報とも言える資料をすべて県側は持っていたはずである。  当然、県専門部会委員の要請で必要と思われる個所はすべてデータ化している。県委員が”非公表資料”を使って、説明しているのは、何度も目にしている。  大きな問題となるのは、JR東海しか所持していない”非公表資料”をどのようにして静岡新聞は入手したのかである。JR東海が提供したわけではない。県関係者からリークされた以外に入手する方法はない。ただ、県は「第三者へ提供しない」と借用書に署名した。コピー、データであれ、その条件は守らなければならない。たとえ、県委員がリークしたとしても県の責任は免れない。警察であれ、検察であれ、リークとはその組織がメディアを使って、それぞれの業務を都合よく進めるためのものである。企業であれば、内部情報などで企業の被害や悪事を暴露することもある。今回の場合は、全く違う。「第三者へ提供しない」とされる文書を県関係者が提供すれば、社会的な信用を失い、県がいくら正当性を主張しても、議論そのものへ影響も出てくる。  JR東海の主張について批判するのならば、県専門部会の議論の中でやるべきである。マッチポンプのような手法を使って、JR東海批判をすべきではない。JR東海は方針なのか、自ら説明するようなことがないから、批判されてもそのままというのがいまの状況である。こんなみっともない場外乱闘を見ていれば、静岡県はリニア反対だと考えざるを得ない。  リニアトンネル建設、リニア計画そのものを推進するのかどうかは「人間の都合」である。コロナ禍でリモートワークが主流となり、リニアの存在価値についても議論はある。長野県、山梨県沿線にはリニア開通を期待する住民の数は多く、さらにリニア工事だけでなく、リニア開通後もさまざまな雇用も生むだろう。リニア反対の声もあるから、「人間の都合」は全体の中で決めるべきだが、これまで経済的に豊かではなかった長野、山梨県民など地方からのリニアに期待する声を無視すべきではない。同じ地方の静岡県は他の地域の発展を願っているはずだ。 週刊東洋経済10月3日号もご覧ください!  そんな中で、週刊東洋経済10月3日号『エアライン鉄道 激震!』に、『リニア「工事再開」への”秘策”』という題名の原稿を掲載してもらった。こちらもぜひ、ご覧ください。やはり、字数の問題もあり、東洋経済オンラインに近いうちに、リニア静岡問題の解決を期待される「静岡市の実力」を含めて、あらためて紹介したいと考えている。まずは、週刊東洋経済を手に取っていただき、どんな”秘策”なのか読んでもらえれば、幸いである。  2日、日本記者クラブ(東京・内幸町)で開催された難波喬司副知事の会見をウエブで傍聴した。難波副知事が県の正当性について詳しく説明した。「リニア問題で国論を巻き起こす」と息巻いている政治家、川勝知事ならば、全く違った会見になっていただろうが、官僚である難波副知事のそつのなさはさすがである。過去に川勝知事が主張していたメリット論についても論理的に説明していた。  今週は非常に難しい「生物多様性」とは何かについて、別のところに原稿を書いていたので、「リニア騒動」はお休みにしようかと思ったが、東洋経済オンライン、週刊東洋経済での記事をみなさんにお知らせすることにした。ぜひ、ご覧ください。

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リニア騒動の真相56オオカミが南アルプス救う?

オオカミ再導入は解決策になるのか?  修禅寺の吉野真常住職から会報「如去如来(NYOKONYORAI)」第47号をいただいた。吉野住職の巻頭言「新型コロナウイルスの感染拡大の中で思う事」に続いて、日本オオカミ協会の丸山直樹会長「日本を救うオオカミの復活」の寄稿文があり、その最後に、吉野住職が「環境保護・生物多様性の保護はなぜ必要なのか、ぜひ、丸山先生の著書を読んでください」と薦めていた。  オオカミが絶滅した?「オオカミ復活」については、全く知らなかった。そんな活動があることを初めて聞いた。早速、丸山会長の寄稿文を読んでみよう。  『日本はいまや獣害列島と化しています。シカ、イノシシ、サルなど中・大型ほ乳類が増えすぎて、その対策に困っています。特にシカの被害ははなはだしく大きく、オオカミ復活でしか、その解決はできません。  日本中に増えすぎたシカが田畑を荒らし、森林や草原を破壊し続けています。増えすぎたシカの食害で尾瀬や霧ケ峰、釧路などの各地の美しい湿原、草原は姿を消し、知床半島や屋久島といった貴重な森林はボロボロになってしまっています。北海道の道東だけでシカに衝突する自動車事故は毎年1千件にも上っています。  シカは4つの胃を持つ反芻動物であり、植物だけでなく、樹皮まで食べつくしてしまいます。どんなに防止柵や網を張っても増えすぎたシカにはかないません。狩猟や駆除が一番の対策ですが、ハンターは1970年代に50万人、現在10万人台で減少傾向が続いています。また、高齢化していますから、とても増え続けるシカを止めることはできません。  シカを捕食していたオオカミを絶滅させてしまったのが最も大きな原因の一つです。  もう一度、オオカミを復活させることがシカ対策の唯一の希望です。ヨーロッパでは2万頭、北米には5万頭のオオカミが生息しています。オオカミが昔から生息する中国、モンゴル、ロシアなどで犬と違って、人を襲うことはありません。日本にオオカミを復活させるためには、オオカミが怖いものだという偏見をまず取り除くことが必要です。  日本の国土を救うためには、オオカミに対する偏見と誤解をなくし、正しくオオカミとの関係を持つことが大切です。自然生態系の保護のためには、食物連鎖の頂点に立つオオカミの存在が欠かせません』(※寄稿文を要約して、シカの被害について焦点を当てて一般読者向けに書き直してあります)  9月13日付『リニア騒動の真相55「南アルプス」最大の問題は?』で「南アルプスの自然を食べつくす」ニホンジカの被害について紹介した。全国で毎年50万頭のシカ駆除をしても追いつかない状況に対して、「オオカミ復活」は最良の解決法となるのかもしれない。 現在の対策ではシカ急増を止められない  日本オオカミ協会の所在地は南伊豆町伊浜であり、丸山会長は東京からここに移り住んでいる。1943年、新潟県生まれ、東京農工大学を卒業後、新潟県林業試験場勤務を経て、同大学に戻り、自然保護学講座で一貫して野生動物保護の研究に従事している。シカの生態・保護・管理を研究するうちに、オオカミの重要性にたどり着き、93年に同協会を設立、会長に就いた。著書に『オオカミが日本を救う!』(白水社)『オオカミ冤罪の日本史―オオカミ人食い記録は捏造だった―』(日本オオカミ協会)などがある。  早速、『オオカミが日本を救う!』を手に取ってみた。何と南アルプスのことがたくさん書いてあった。  『南アルプスでは西暦2000年頃から、多くのシカが、夏季、高山地帯にまで出現するようになりました。シカによる植生の破壊が原因でライチョウが急減していると報告されています(増沢武弘編著「南アルプスの自然」静岡県、2007)。植生を破壊されたことでライチョウの幼鳥が隠れ場所を失い、猛禽類のチョウゲンボウの攻撃に曝されるようになっただけでなく、食物を失ったからであると説明されています。』  『伊豆半島の天城山系や神奈川県の丹沢山地、南アルプスや北アルプスなどの高山帯、四国の剣山、屋久島では、シカの過度の摂食によって、裸地が広がっています。こうした地域では、環境が荒廃している割にはシカの姿はまばらです。シカは食べ物を求めて、周辺部のまだ植生の破壊が進んでいない地域に移動したからです。このように「爆発的振動」は周辺部へと、まるで水紋の輪のように広がっていきます。何年かすると、シカが少なくなった中心部から植生が復活し、その復活に応じてシカは戻ってきて再び増加します。シカがすぐに戻ってくると、環境収容力は以前ほどに回復しませんから、最初のような「爆発的」な激しい増加は起きません。しかし、回復した植生を食い尽くせば、再びシカは姿を消してしまいます。そしてまた植生の回復が始まります。そしてまた……。  昔からこのようであったのなら、日本の生態系はシカが食べない植物だけが繁茂し、山々の多くは土壌を失い岩山になっていたことでしょう。(略)シカに影響されて、大昔から生物多様性が低下し続けてきたことになります。しかし、私たちが目にしている自然はそうではありません。これまで高い生物多様性を擁してきた生態系は、今まさに破壊が進みつつあるところなのです。』  つまり、県などが支援して行っているヤシ・マットを使う高山植物の復活では根本的な解決にはならないようだ。南アルプスへハンターを派遣して、シカ駆除に乗り出すしかないが、予算は確保できるだろうか? 米国ではオオカミ復活で自然生態系が戻った!  オオカミ復活は米国のイエローストーン国立公園で大成功を収めたようだ。オオカミの絶滅した米国では、エルクジカが急増して、南アルプス同様に森林や灌木林などの植生が破壊されたため、1995年から31頭のオオカミが再導入され、十数年後には90頭以上まで増加した。その結果、エルクジカは4分の1に激減し、それまで後退していた植生が回復、姿を消していたビーバーや鳥類など、いろいろな動物の復活が見られるようになった。  丸山会長は、イエローストーン国立公園で頂点捕食者オオカミの果たした役割を日本へ持ち込もうとしているのだ。  『高山地帯までシカが出現しライチョウが絶滅に向かって減少しつつある南アルプスの場合、適地は50万㌶、約100頭の生息が可能です。もっともこの生息推定数は、獲物であるシカやイノシシの頭数によって大きく変動しますし、地形や土地利用など他の条件によっても変動しますから、あくまでも目安にすぎません。』  ここまで来ると、どうしてオオカミ復活はできないのか、数多くの疑問でいっぱいになった。オオカミに対する偏見と誤解を取り除くためにどのような活動をしているのか、直接聞いてみることにした。 環境省はオオカミ復活に反対だ!  日本オオカミ協会は丸山会長を中心とした一般社団法人であり、南伊豆町の本部のほか、北海道、千葉、神奈川など14の支部で講演会などの活動を行っている。本部で「フォレスト・コール」という題名の年刊誌を発行、丸山会長の新書「オオカミ冤罪の日本史」などを使い、一般の人たちにオオカミに対する誤解と偏見をなくすための活動に取り組んでいる。吉野住職とは地元のライオンズ・クラブ主催の講演会で面識を得たようだった。「地元の人たちはよく理解してくれていて、近所の方たちには、『先生、いつになったらオオカミを伊豆に導入してくれるのか』という声ばかりを聞きます。先日も地元選出の国会議員と話しましたら、オオカミ復活は大賛成であり、環境省等へ積極的に働き掛けていくと話してくれました」。それでもオオカミ導入の道のりは遠いようだ。  なぜ、オオカミ導入が難しいのか?「安易にオオカミを導入することは、生態系へのさまざまな影響が懸念され、家畜を襲う事例もあることから、人々の安全に対する不安などの社会的な問題がある。過去に捕食性の外来生物を野外に放った結果、さまざまな生態系や農作物の被害などが確認された。現在生息していないオオカミ導入は慎重に考えるべきであり、人の手による捕獲を進めることが有効である」が野生生物を所管する環境省の姿勢で、これは長い間、一貫してきた。オオカミ復活に舵を切り替えるつもりはないようだ。  シカなどの野生動物の被害に悩む英国、ニュージーランドは羊の国でもあり、オオカミの再導入に反対している。  WWF(世界自然保護基金)日本支部、日本自然保護協会、日本野鳥の会など自然保護団体は反対している。  どうしたらいいのか?「万機公論に決すべし」。静岡県の川勝平太知事がよく使うフレーズである。「国家の政治は世論に従って決定せよ」の通り、世論を盛り上げることが一番の早道のようだ。丸山会長によると、電車内、週刊誌や新聞への意見広告などを出稿して、なるべく多くの不特定多数の人たちに「オオカミ復活」を知ってもらうために会費や寄付金を使っている、という。長野県支部では「オオカミ復活」意見書を県などの行政機関に提出、回答が戻ってこなければ、再提出をするなどして地方からの声を挙げてもらおうとしている。  リニア問題に揺れる南アルプスへ「オオカミ復活」を川勝知事に要望したほうがいいのかどうか?とりあえず、オオカミ復活は「生物多様性」とは何かを考えさせるきっかけにはなるだろう。  吉野住職の巻頭言には「自然界の調和が取れている中、ある種類の生き物が異常に増殖した場合、必ず伝染病が起こり、その種の数は減少すると言われる」として、シートンが北極平原で経験した話を紹介していた。ニホンジカの増加は異常かどうか?  1990年9月、IUCN(国際自然保護連合)総会でIUCN総裁のエジンバラ公フィリップ殿下が「2020年には全生物の4分の1が地球から姿を消す。人口の爆発的な増加が地球上の生物の存在を危うくしている」と警告していた。30年がたち、その予言は当たったのか?  30年前、50億人だった世界人口は、昨年77億人を超えた。新型コロナ禍による死者(現在、百万人弱)は、77億人からすれば微々たるもので、人口減少どころか、ことしも世界人口は大幅に増える。4分の1の生物を絶滅に追いやる「人口爆発」からすれば、南アルプスのニホンジカ急増など大した問題ではない。「人を襲わない」オオカミは日本を救うかもしれないが、世界を救うことはできないようだ。さて、どうするか? ※タイトル写真は、白水社発行の「オオカミが日本を救う!」の表紙からです。

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リニア騒動の真相55「南アルプス」最大の危機は?

南アルプスは食べつくされた!  JR東海は国交省の第4回有識者会議に資料を提出、環境アセスメントの水収支解析結果として、リニア南アルプストンネル周辺の地下水位が3百㍍以上低下する予測値を添付した。この3百㍍以上の地下水位低下に対して、静岡県の川勝平太知事は「生態系に大きな影響を与える」と問題視、県は8月13日、「地下水位の影響範囲は南アルプス国立公園の特別保護地区等に及び、景観や希少な野生動物に影響を与える懸念がある。この問題をどのように取り扱うか」などの質問書を環境省に送った。  有識者会議の議論を見守ると回答した環境省だが、担当課は「JR東海がトンネル新設の許可申請を提出すれば、現地を見た上で、自然公園法の規定に基づいて厳正に審査をする」と話した。南アルプス国立公園は「多くの固有種・遺伝種がみられ、植物相が多様であり、樹林帯が垂直分布し、一体性のある地域」と高く評価されている。  ところが、この数十年間にわたって、南アルプスの多様な植物相は深刻な被害を受け、生態系は大きく変わてしまった。  「シカが日本の自然を食べつくす」。環境省パンフレットは、南アルプスで高山植物をニホンジカが食べつくしてしまった3枚組の写真を紹介した。1979年夏には見事なお花畑が広がっていたのが、同じ場所が2005年夏には草原となり、2010年夏にはとうとう草原も消え、石ころがむきだしの状態となってしまった。まさに、南アルプスは食べつくされた状態で、植物相の生態系にとって、まさにいま、最大の危機に直面しているのだ。南アルプスエコパーク保全を最優先する川勝知事が、どうして、何も言わないのか?  南アルプスの地下約4百㍍に建設されるリニアトンネルの影響を環境省が現地を調査して、どのように審査するのか、全く分からない。「生態系に大きな影響を与える可能性」云々どころか、現地へ行けば、生態系への大きな被害がすでに明らかになっている。南アルプスは遠く離れた場所にあるため、一般の人たちは全く知らないのだ。JR東海の「全面公開」ばかり問題にする県は、なぜ、南アルプス最大の危機について、もっと声高に叫ばないのだろう。  一体、何が起きているのか? 南アルプスのシカ増加は止められない  環境省の昨年11月発表によると、全国のニホンジカ推定数は244万頭だが、全日本鹿協会は、ニホンジカは2013年には北海道を除く、全国で304万頭と推定している。2023年には450万~500万頭に達する見込みだ。全国でシカの駆除は優先され、毎年50万頭のシカが殺されている。それでも毎年、シカは増加傾向にある。  南アルプス地域にどのくらいのシカが生息するのか調査は行われていない。シカ対策として柵やネットを施しているが、駆除まで行われないから、増加傾向を止めることはできない。増えすぎたシカは、2千㍍を超える辺りまでやってきて、高山植物まで食べつくしてしまったから、現在は餌を求めて縄張りを拡大しているだろう。  1980年代には、県内では野ウサギ、サル、ニホンカモシカの食害被害が増加していた。特に、ニホンカモシカは国内全体で一時期、3千頭余りの絶滅の危機に直面、1955年に国の特別天然記念物に指定されると、増加に転じ、数十万頭までに回復した。人工林の食害が出たことでカモシカの特例駆除が認められた。90年代に入ると、カモシカを上回る勢いで急増したのが、ニホンジカだった。シカ被害は限られた地域のみだったが、現在では全国各地で深刻な問題をもたらしている。  なぜ、シカは駆除してもこれほどに増加していくのか?シカは反芻胃と呼ばれる4室の胃を持ち、複胃動物と呼ばれる。イノシシのような単胃動物が消化できない繊維や細胞壁なども分解してしまう強い胃を持っているのだ。有毒物質を含まない植物だったら何でも食べることができる。最初の胃は大変大きく、ここにはバクテリア、菌類など、いろいろな微生物が生息、十分にかまれて唾液と混じった植物をさらに分解し、2番目、3番目の胃に送り、もし、十分に分解されない食物は前の胃に戻る反芻を繰り返す。そして、最後の4番目の胃室に送り込まれ、そこで人間の胃と同じ機能を果たして小腸へ送り出す。  シカは植物であれば、何でも食いつくすことができる。イノシシ、サル、クマは人間と同じ単胃動物だから、消化が容易な植物や動物しか食べることができない。イノシシなどは畑の作物を荒らす害獣だが、シカのように樹皮など植物すべてを食いつくすわけではない。南アルプスなど国立公園では駆除しないのだから、シカは増える一方なのだろう。 シカ増加も長い間の自然環境の変化?  県がシカ被害の対策に重点を置いているのは、伊豆と富士山周辺エリア。同エリアでは、2016年の5万6千頭をピークに、毎年5万頭以上を駆除している。本年度は3億5千万円の予算を確保、7月までの4カ月間に3200頭を駆除した。特にメスジカ駆除を強化、毎年秋以降に「シカ殺し」が本格化する。  県森林・林業研究センターによれば、伊豆エリアではスギ、ヒノキなどの樹皮、ワサビの葉、ミカンは果実だけでなく、葉や樹皮まで食べ、シイタケの原木となるクヌギの皮まで食べつくしてしまう。伊豆、富士山周辺エリアでの被害が大きいだけに、生活する人はほとんどいない南アルプスエリアのシカ対策にまで手が回らない。  伊豆エリアなどのシイタケ、お茶、ワサビなどを食べるシカは憎い害獣であるかもしれないが、南アルプスの高山植物が被害に遭っても、県民生活には関係ない。南アルプスでお花畑が消えたとしても、登山者はがっかりするかもしれないが、誰も困らないのだ。長い間の自然環境の変化だと受け止めればいいのかもしれない。  シカの増えた要因を環境省が説明する。1、人間が、シカを肉や毛皮として利用する機会が減り、シカの捕獲数が減ったため。2、ハンターの高齢化・減少によって、シカの捕獲数が減ったため。3、積雪が減り、シカが生息できる範囲が増え、冬を乗り越えられるようになった。4、放棄された農地が増え、雑草や低木がシカの餌資源として利用されたためなどとしている。  これには首をかしげるだろう。  南アルプスでシカが増えた要因を指摘していないからだ。交通不便な南アルプスの山岳地域まで行って、シカ猟をするハンターはいない。南アルプスのシカ増加は、環境省が挙げた4つの要因には当てはまらないだろう。  実際には、シカの天敵だったニホンオオカミを絶滅させてしまい、2006年まで続いたメスジカの禁猟政策がシカ増加につながっている。だから、いま躍起になって、県でもメスジカ駆除を強化するのだ。ディズニー映画「バンビー」は、日本では「小鹿のバンビ」として親しまれているが、シカの駆除には「くくり罠」を使っているから、小鹿も犠牲になる。かわいい小鹿は禁猟という法律はない。 「人間の都合」で「生物多様性」が変わる  環境省パンフレットには「シカは植物を食べる日本の在来種で、全国に分布を拡大し個体数が増加、シカが増えるのは良いことかと思うかもしれないが、全国で生態系や農林業に及ぼす被害が深刻な状況となっている」と説明、だから、「小鹿殺し」も善となる。ただ、「日本の在来種のシカが増えるのは良いことかと思うかもしれない」と自信なげな1行がある。  日本では増えすぎた動物を徹底的に駆除したことで、絶滅に追いやった過去を持つ。毛皮のための乱獲や開発による生息地からの迫害でニホンカワウソが消えてしまい、水田、畑を荒らす害獣として全国各地で駆除したトキも絶滅した。国内では22種以上の動物が姿を消している。  いま、日本で徹底的な駆除の対象となっているのは外来種である。在来種をしのぐ高い環境適応力や繁殖力を持ち、在来種を駆逐するなど生態系のバランスを崩すとして、外来種の多くが駆除されている。ほとんどは、食用やペットなど「人間の都合」で持ち込まれたものである。  「人間の都合」つまり、農業や林業の敵となるほど数が増えると、動物の駆逐が奨励される。ことばで言えば簡単だが、「生物多様性」とは何かを考えると、非常に難しい。生物多様性、生態系維持はいつでも「人間の都合」によって左右される。  リニア工事によって3百㍍の地下水位低下の影響を議論する県生物多様性部会で大きな問題になるのは、県レッドデータブックに記載される在来種「ヤマトイワナ」である。  県水産・海洋技術研究所によれば、ヤマトイワナの減少理由について、県内には生息していなかった繁殖力の強い、在来種のニッコウイワナを地元の漁協が頻繁に放流したからだと説明する。大井川源流部では、ヤマトイワナとニッコウイワナの混雑種が誕生するとともに、ヤマトイワナは減少傾向の一途をたどった。ただ、ヤマトイワナは、渓流釣り禁止の大井川原生自然保護地域をはじめ水系の別のところに生息する。源流部で減少してしまったヤマトイワナを、JR東海に是が非でも守れというのは不思議な話である。農業、林業ではないが、リニア開通を期待する沿線の住民は数多く、また、リニアがさまざまな雇用を生む。この場合も「人間の都合」を優先するかどうかだけの話ではないか。  ふじのくに地球環境史ミュージアムを訪れると、「ふじのくに生物多様性」コーナーにはほ乳類や鳥類のはく製が置かれていた。増えすぎて困っているニホンジカはここにはたった1頭しか展示されていなかった。ニホンオオカミが絶滅、自然界での食物連鎖はすでに崩壊した。ニホンジカが”動物界の王様”となったことが分かる展示だった。(タイトル写真)  お花畑と呼ばれる南アルプスのいくつかの自然生態系は消え、別のところから移植している。シカが増えすぎたのも、ヤマトイワナの減少もリニアが原因でも何でもない。ヤマトイワナの生息のためにニッコウイワナは”外敵”となるから、駆除するのか?JR東海にすべての「生物多様性」の責任を押し付けるわけにはいかない。川勝知事は県民に「生物多様性」とは何かを分かりやすいように説明しなければならない。「人間の都合」でころころ変わるのが「生物多様性」ならば、専門部会の議論に政治家やジャーナリストも呼ぶべきである。

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リニア騒動の真相54静岡県は「全面公開」を!

県が国を批判する「全面公開」とは?   静岡県はことし1月、国交省提案の有識者会議を受け入れる前提として、5条件を挙げた。県が真っ先に挙げた条件は「会議は透明であること」。「(生物多様性、水環境など)47項目を議論する」「会議の目的は、国によるJR東海の指導」「委員選定は中立公正に行う」「座長の中立性担保」を含めて、国は5条件を了承した。ところが、会議がスタートしたいまでも、県は最初の条件「会議の透明性」に見解の相違があるとして、対応を改めるよう国に厳しく求める。有識者会議にさまざまな注文を付けるのは、当然、「命の水」問題解決に向けての”川勝戦略”だろう。  国交省は「会議の透明性」を、有識者会議委員の自由な発言を担保するためにメディアのみに会議傍聴を限定、会議後に議事録をなるべく早く公開するとし、これまで原則非公開だった国の会議としては異例の対応だった。その対応では満足できない県の再三にわたる批判に応じて、国は県環境保全連絡会議専門部会委員、県議、利水者、市町議員らの傍聴を順次、認めてきた。  しかし、県が求めているのは、不特定多数の視聴であり、希望するすべての人が自由に傍聴できる「全面公開」。関係者のほぼ全員が傍聴できるようになった第5回会議終了後の会見でも、川勝平太知事は「全面公開」を国に断固として求めた。  「県民にわかりやすい議論が行われること」。県が「全面公開」を求める理由である。もし、本当にそうであるならば、逆に、県はリニア問題に関してはすべての情報を県民に開示しなければならない。  川勝知事はJR東海、国交省が相次いで求めたヤード(宿舎などを含む作業基地)の準備工事を認めなかった。「流域市町の理解が得られない」を理由に、県自然環境保全条例の解釈、運用を根拠にしたが、これは非常に分かりにくい。「県民にわかりやすい議論が行われている」のかどうかを念頭に、県に対して2つの情報開示請求を行った。  果たして、県の「全面公開」が県民にとって満足のいくものだったか? 墨塗りされた県会議録の”秘密”発言?  昨年5月31日、県庁で行われたリニア問題をテーマにした「大井川利水関係協議会」会議録を県情報公開条例に基づいて開示請求した。会議録では、まず、6月6日にJR東海に送る「中間意見書」について、県中央新幹線対策本部長の難波喬司副知事が説明している。さらに、担当者から「準備工事」に関わる県自然環境保全協定の締結などの説明が行われ、協定を締結する準備工事は、あくまでも利水者の理解が得られた範囲であり、本体工事における保全協定は、準備工事とは全く別に改めて結ぶなどの説明があった。また、難波副知事が「準備工事の取り扱いの考え方」についての見解を示している。  利水者から発言があったのは、染谷絹代・島田市長、鈴木敏夫・川根本町長(その他の首長は出席していない)の2人のようだが、発言者の欄は墨塗りされ、誰の発言かわからない。『「準備工事と本体工事の境界って何なんだ」。本体工事にかかる前の準備工事として、樹木の伐採や整地を認める。だんだんだんだん、印象としては、堀を埋められていくような感じでね。準備工事といって、堀を埋めていくことを認めておいて、いざ本体といったときに、「本当にそれで断れるの」』と氏名不詳者が漠然とした不安を述べている。  また、別の氏名不詳者が『初歩的な問題として、やはり静岡県には、リニア絡みでメリットは一つもないじゃないかという意見が非常に多いということを聞いております』と述べた後、9行にわたって墨塗りされて発言が隠されている。いずれの氏名も県が本人に確認した上で、「個人情報」として非開示とした。墨塗りした発言は、県情報公開条例7条(非開示の理由)第5項「公にすることにより率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ、不当に県民の間に混乱を生じさせるおそれ又は特定の者に不当に利益を与え不利益を及ぼすおそれ」を理由に非開示とした。  また、難波副知事の発言でも、2カ所で12行、7行にわたり墨塗りされ、内容は全く分からない。やはり、こちらの発言も県情報公開条例7条第5項が非開示の理由。取材すると窓口の県水利用課は「会議のテーマとは別件を話題にしたため」などと説明した。いくら別件と言っても、当然、リニア問題に関する話題である。  川勝知事は「中下流域の市町の理解が得られない」と述べたが、議論のほとんどは当局の説明である。会議は、冒頭のみ報道関係者に公開されたにすぎない。このため、「県民にわかりやすい」議論が行われたのかを議事録に求めたが、非開示部分でどのような発言があったのか、墨塗り個所に何か重大な”秘密”が隠されているのでは?  県の「非開示」は、国が有識者会議委員の発言に配慮した理由とほぼ同じである。流域市町長の発言だけでなく、難波発言まで墨塗りするのでは国に「全面公開」を求める理由「県民にわかりやすい議論」とはかけ離れている。 「自然環境保全条例」は県の許可権限ではなかった!  6月26日、ヤード(宿舎などを含む作業基地)工事の再開を求めた金子慎JR東海社長との「対談」で、川勝知事は「県自然環境保全条例で5㌶以上であれば、自動的に委員会にかけて許可、不許可が決まる。県の権限はこれだけである」と述べ、さらに囲み取材で「ヤード工事は明確にトンネル工事ではない。5㌶以上の開発であれば、(県自然環境保全)条例を締結すれば、問題ない。条例に基づいてやっているので、協定を結べばよい。活動拠点を整備するのであればそれはよろしいと思う」などとと述べた。  JR東海「ヤード工事」は県条例の解釈、運用で認められないことになったが、果たして、他の「自然環境保全協定」でも同じような取り扱いなのか。ことし6月10日、川勝知事と中部電力安倍川火力発電所の河戸義之所長との間で交わされたばかりの「自然環境保全協定書」を開示請求、1カ月以上掛かって8月31日にその一部が開示された。  この結果、分かったのは県自然環境保全条例に基づいて、交わされた協定書はたったの2枚であり、事業名、所在地、面積のみが中電の事業を示している。ひな型があり、内容はどの事業でも全く同じである。  中電は「協定」を裏付けるための「自然環境保全計画書」を提出、その中に「具体的に動植物などに配慮する措置」や「緑化実施計画」を示している。つまり、中電が企業努力として「自然環境」を保全する内容を示し、県はその計画書通りに保全を行ってもらえるよう「協定」を結んだ、というのである。  県が強制的に何かを求めている内容は全く見えてこない。川勝発言「県自然環境保全条例で5㌶以上であれば、自動的に委員会にかけて許可、不許可が決まる。県の権限はこれだけである」。まるで県条例が許可権限を持ち、県がJR東海と協定を結ぶような手続きを持つ錯覚を受けたが、実際には、許可権限でも何でもない条例上の単なる手続きである。  県が企業に要請(お願い)して作成してもらう「保全協定」を根拠に、ヤード工事をストップさせることはできないことも明らかになった。  ところで、県が開示した中電との「保全協定書」はほとんど墨塗りとなっていて、全く何が何だか分からない。134枚(開示費用1440円)のうち、全面真っ黒なページばかりが続いていた。非開示理由は県情報公開条例7条第3項目「法人の機密に関する情報」、6項目「希少種の保全のため」。  本当にそうなのか? 江口審議官訪問は、なぜ、”非開示”?  自然環境保全協定の“肝“となる、中電が植物、鳥類、昆虫類、両生類について具体的に講ずる措置を見てみる。すべて「どの種においても、固有の特別な保全対策は必要としない」と記されている。つまり、中電は保全対策を一切、何もしないと述べている。それにも関わらず、県はすべての生物名を墨塗りしている。生育が確認された場所以外にも周辺に広く分布し、特別の対策をしない「調査対象外の重要種」は当然、「希少種ではない」はず。さらに、開発周辺に繁殖に適した場所もない生物名まで墨塗りをしている。図面に限って言えば、何でもすべて「墨塗り」には驚いてしまった。緑化計画平面図、えん堤の現況写真、植生現況図などすべて真っ黒なのだ。まさか、中電の電力ダム緑化計画平面図まで”秘密”にする理由があるのか?  担当者は「紳士協定として中電が出してきたものだから」と説明した。つまり、開示するのには、開発地域を管理する中電の許可が必要と受け取れる発言で、どんな些細な情報でもすべてが”企業秘密”と県は判断したのだ。あらゆる情報をなるべく隠すことに努めるのが行政であり、今さら驚くべきことではないが、リニア関する情報は「全面公開」するという”川勝戦略”の掛け声とはほど遠い。  7月10日の国交省の藤田耕三事務次官との「対談」でも、中下流域の市町の理解が得られないとして、知事は県条例を根拠にヤード工事を認めなかった。その結果、藤田次官はヤード整備についての理解を求めるために流域市町へ個別に説明する了解を求めた。県がその要請に応じたため、現在、江口秀二技術審議官が各市町長を訪問している。  各市町長の要請で、江口審議官の訪問は”非開示”とされ、報道機関にも知らされていない。昨年、江口審議官が各市町を訪問した際、連日、大きく報道された。今回はなぜ、”非開示”なのか?今回の江口審議官の流域市町訪問で、国交省は県に許可を取る”仁義”を切ったのだ。それなのに、県は知らんぷりで全くタッチしていないという。「リニア問題は知事一任という」各首長たちの判断としているが、これでは、有識者会議委員が限定的な公開を希望したことを県は批判できない。  川勝知事はリニアに関する情報はすべて「全面公開」と言うが、県担当部局の「全面公開」は絵に描いた餅である。国に「全面公開」を求めるのが”川勝戦略”ならば、足元でも「全面公開」を徹底すべきである。「命の水」問題で戦略を誤れば、解決の方向性も誤ることになる。 ※タイトル写真は、ことし1月20日に県庁で開かれた川勝知事と10市町長のリニア関係協議会。冒頭のみ公開で、会議そのものは非公開だった

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リニア騒動の真相53安倍首相辞任と「静岡問題」?

『安倍「お友だち」融資 3兆円』とは?  28日夕方、安倍晋三首相が突然、体調を理由に辞意表明した。表明と同時に政治の主導権争いが始まった。JR東海の葛西敬之名誉会長と安倍首相との関係は深く、リニアは着工前から政治的な色彩が強かった。総工費9兆円の工事費のうち、3兆円は財政投融資を活用した資金が投入されたからだ。JR東海にとっては、安倍路線をそのまま継承してもらえる政治家が新首相に望ましいだろう。コロナ禍の中、苦境に立たされているJR東海に強い支援を差し伸べる新首相が登場するかどうか?  葛西会長と安倍首相との深い関係にメスを入れたのは、2018年8月20日号日経ビジネスのリニア特集。パート2『安倍「お友だち融資」3兆円 第3の森加計問題』は題名通り、衝撃的だった。『森友学園、加計学園の比ではない3兆円融資。(略)安倍と葛西は頻繁に会合を重ねていた』の太字の前文から、『第3の森加計問題』を詳しく伝えていた。  安倍首相は2016年6月、「新たな低利貸付制度で、リニア計画を前倒しする」と発表した。日経ビジネス記事は、『日本政策金融公庫の幹部が(異常な融資スキームに)首をかしげる。「そもそも、30年後から返すって、貸す方も借りる方も責任者は辞めているでしょうし、生きているかどうか分からないですよね」』と財投融資に疑問を投げ掛けた。静岡県の一般会計予算が約1兆2千億円、3兆円は県予算の2倍以上の膨大な金額である。日本政策投資銀行は、「相手先が倒れたら、銀行も一緒に死んでしまう。大手銀行は1社2千億円がぎりぎりのライン」として貸し出しをしなかった。森友学園や加計学園の問題とはケタ違いの”疑惑”である。  鉄道建設・運輸施設整備支援機構から無担保、金利は平均0・8%を支払い、元本返済30年猶予という破格の条件を問題にした。安倍首相は新低利貸付制度の発表前、懇意の葛西会長と頻繁に会合を重ねていることから、安倍首相の”忖度”があったのではないかと日経ビジネス記事は推測している。2016年度に5千億円、17年度に2兆5千億円の計3兆円の融資がすでに実行された。3兆円となると、金利0・8%と言っても半端な額ではなくなる。どのように支払っていくのか不明だが、単純に計算すれば、毎年240億円支払わなければならない。  安倍首相を巡る”疑惑”を取り上げた日経ビジネス記事を、他の大手メディアはどこも追い掛けなかった。まあ、”疑惑”があったとしても、リニアが順調に開通して、JR東海がちゃんと3兆円を返済すれば問題ないからかもしれない。しかし、リニア開通には暗雲が立ち込めている。「静岡県が着工を認めてもらえないので、2027年開業は難しい」(金子慎JR東海社長)とメディアが伝える「静岡問題」が最大の暗雲らしい。「静岡問題」が「3兆円融資」に大きな影響を与えるはずだ。  「静岡問題」を解決できずに辞任するのは、安倍首相にとって内心忸怩たる思いだろう。 コロナ禍の影響で苦境に立たされるJR東海  「静岡問題」に追い打ちを掛けるのがコロナ禍である。日経ビジネス2020年8月17日号は、リニア「静岡問題」を再び、取り上げている。「不信の連鎖、リニアにブレーキ」というタイトルだが、最初にコロナ禍による悲惨な数字を挙げている。ことし4~6月期の連結最終赤字726億円となり、大幅な最終赤字は避けられず、21年3月期の業績予想を見送った、とJR東海の窮状を伝えた。  2027年品川ー名古屋間開通後、大阪までの開通を当初2045年を計画していたが、3兆円の借り入れで最大8年間の前倒しを見込んでいた。ところが、JR東海収入の約7割を稼ぎ出している東海道新幹線が赤字に転落してしまった。この苦境が長引けば、前倒し計画にも影響が出てくる。前倒しどころか、2027年開業が「静岡問題」で絶望的である。  金利分の毎年平均240億円返済だけでなく、2027年開業が遅れれば、総工費は毎年千億円単位で膨らみ、一方でリニアによる収入は一銭も入ってこないのだ。「静岡問題」やコロナ禍の影響で当初の計画は大きく狂っている。2年前の日経ビジネスのリニア特集は、金子社長に「3兆円返済」について問い質していた。その最後の問いは、「JR東海はちゃんと返せるから借りたのか?」だった。  『金子:はい。』(「いいえ」と答えるはずもない。元本返済が始まるのは2046年から。金子社長は90歳を超える。誰もそんな先のことはわからないだろう)  もし、現在、同じ質問を受けたとしても、金子社長は「はい」と答えるだろう。この2年間、JR東海は「静岡問題」の解決の糸口さえつかめない。2年前と違い、「静岡問題」を解決して、リニア工事を無事着工するという、現社長としての責任を明確にしなければ、「はい」と回答しても説得力はない。  昨年10月から、国交省が「静岡問題」に介入している。だから、政府を挙げて「静岡問題」を解決してくれることに金子社長は期待しているのかもしれない。 有識者会議は期待に応えているか?  金子社長はことし4月、国交省の有識者会議の役割に強い期待をにじませ、「静岡問題」を解決してくれるよう要請した。有識者会議は金子社長の期待にこたえられているのか?  第5回有識者会議が25日、国交省で開かれた。今回も、JR東海は分厚い資料を用意、限られた時間の中で丁寧な説明をした。用意したのは、資料2「大井川水資源利用への影響回避・低減に向けた取り組み(素案)」、資料2(別冊)データ。資料3-1「大井川流域の現状(素案)」、資料3-2「当社が実施した水収支解析について(素案)」、資料4「畑薙山断層帯におけるトンネルの掘り方・トンネル湧水への対応(素案)」。新たな資料4は、トンネル掘削によって、山梨、長野両県への湧水流出を想定したものだった。  第4回会議で、「大井川中下流域の地下水への影響はほとんどない」という議論が進んでいた。第5回会議は、「地下水への影響」問題の決着が図られるのかどうかが最も大きな関心だった。ところが、第4回会議からの進展は全く見られず、単にJR東海がトンネル掘削についての新たな資料について説明したことにとどまった。4回から5回への議論で何ら収穫はなかったのだ。  資料はちゃんとそろえられているのだ。なぜ、もっとじっくりと議論して、ひとつ、ひとつ結論を得るような方向にもって行かないのか?  「中下流域の地下水への影響はほとんどない」。JR東海は「水収支解析」によって、トンネル掘削に伴う地下水位の低下は、上流部の椹島以北の範囲にとどまっている、と説明。さらに、①上流域の岩盤内の地下水の多くは、中下流域に達するまでに河川に流出している、②地質モデルでは、「南アルプスは付加体と呼ばれる地質構造であり、鉛直方向の連続性が卓越していることから、上流域の帯水層が中下流域まで伸びているとは考えにくく、地下水が下流域へ流れていかない」と専門機関の見解をもらっている、③中下流域の地下水は、降水と大井川の表流水が地下に浸透することにより涵養されているから、「中下流域の地下水への影響はない」と、図を含めて、非常に分かりやすく説明していた。当然、説得力もある。  「概括的に」「相対的に判断すれば」「おおむね」などの言葉を使い、福岡捷二座長は「地下水への影響はない」という結論に誘導しようとしたが、森下祐一静大客員教授は県地質構造・水資源専門部会長の立場で、さまざまな反論を試みた。  結局、会議の結論は「座長コメント」でまとめられた。「地下水への影響は概括的に問題ないと言えるのではないかとの複数の意見があった。これを確かにするために、今後、化学的なデータや静岡市による解析結果等を用いて、追加の検討を行うよう指示があった」。何だ、これ。結論をまとめるどころか、これではいつまでたっても結論に到達しないだろう。  「中下流域の地下水への影響があるのか、ないのか」を徹底的に議論すべきだった。賛成か、反対かを問えばいいのだ、まず、結論を得た上で、それぞれが専門家としての矜持をかけて、意見をぶつけ合うべきだ。今回の議論でその片鱗が見られたのは、たった一度、沖大幹東大教授が森下氏に直接、何が納得できないのか質問したときだけである。焦点ボケの議論をいつま続けていても結論を得ることはできないだろう。 「静岡問題」議論に終わりが見えない  28日、川勝平太知事は「水環境だけが問題ではない。水環境問題が解決すれば終わりではない。(残土処理、生物多様性など)47項目すべてを議論しなければならない」と述べた。これでは、いくら時間を掛けても、議論の終わりは見えてこない。  さらに、28日、難波喬司副知事名で江口秀二鉄道局審議官宛に「座長コメント」に対する意見書を送った。13日、有識者会議の議論の基となっているJR東海の「水収支解析」批判を意見書として、上原淳鉄道局長宛に送ったのに続いて、「会議の運営について、地域住民に不信感を与える恐れがある」など、今回は国交省を批判している。国交省主催の会議に関わらず、これだけ県が疑問を投げ掛ければ、会議そのものの存在について県民の多くが不信を抱くだろう。  川勝知事は「有識者会議の検討結果は尊重するが、専門部会に持ち帰り、流域住民の理解を得ることを優先する」としている。さまざまな県のプレッシャーからか、第5回有識者会議で福岡座長は、はっきりとした方向を示すことができず、あいまいなままで議論を終えてしまった。有識者会議に過度の期待は掛けない方がいい。  第5回有識者会議を終えた27日、金子社長は会見で「議論はある程度の時間が掛かるので、これは必要な時間だ」などと会議が長期化するのを容認する発言をした。「ある程度の時間」や「必要な時間」がどれくらいを指すのか分からないが、川勝知事の発言や難波副知事の意見書を見れば、1年や2年というスパンでは無理だろう。「議論(線路)は続くよ、どこまでも♪」で、本当にいいのか?  さて、安倍首相辞任に戻る。慢性の潰瘍性大腸炎は完治しないが、寛解(症状が治まる)と再燃(症状が悪化)を繰り返し、平均寿命を全うできるようだ。新首相は、総裁選への出馬を明らかにした菅義偉官房長官にほぼ決まりか?菅長官が来年9月までの安倍首相の任期を全うし、静養後、元気を取り戻した安倍首相が再々登板するシナリオが一番、JR東海にとってはよさそうだ。白血病で長期休養した競泳の池江璃花子の復帰が、安倍首相辞任の日と重なったのも偶然ではないだろう。  「お友だち」安倍首相のおかげで3兆円もの融資を受けているのだから、JR東海は国交省に頼らず、「静岡問題」を自らの手で解決したほうがいい。そのためには、地元の人たち(首長を指していない)と虚心坦懐に話をすることである。 ※タイトル写真は、安倍首相の辞任を伝える28日静岡新聞号外から。首相としての再々起を期待したい。首相退任後、安倍氏は72歳になった元気な川勝知事に会いに来静したほうがいいだろう

ニュースの真相

リニア騒動の真相52「伝家の宝刀」抜くとき?

県意見書、有識者会議の結論に「待った」  13日、静岡県はJR東海が行った「水収支解析」の疑問点を意見書として、国交省鉄道局長宛に送った。4月にスタートした国の有識会議は、JR東海の提出したデータを基に議論を行ってきた。そのデータの根幹となるのが、「水収支解析」であり、その解析方法が信頼性に欠けると指摘した。JR東海は、水収支解析モデルの精度が高いとして、「トンネル湧水による河川水や地下水への影響」を説明しているが、モデルの適用範囲に限界があることを認めるべきだと県の意見は非常に辛辣だ。  また、環境省総合環境政策統括官宛にも文書を送り、JR東海の水収支解析によって、南アルプス国立公園の地下水位が300m以上低下するという「環境影響評価書」に示されていない大幅な低下を予測していることに対して、生態系への影響などに、環境省はどのように対応するのか尋ねている。  25日、第5回有識者会議が開催される。JR東海の説明を基に議論を行ってきただけに、この意見書をどのように取り扱うのか、議論は振り出しに戻る可能性さえ出てきた。また、川勝平太知事は、有識者会議の結論は尊重するが、県専門部会に持ち帰り、流域住民の理解を得ることを求めている。第4回有識者会議で、「中下流域の地下水への影響はほとんどない」という方向に議論が進み、次回の会議でまとめるよう議論は進んでいた。県の意見書は、有識者会議の結論に待ったを掛ける狙いがあるのだろう。  第1回有識者会議で、金子慎JR東海社長は「南アルプスの環境が重要であるからといって、あまりに高い要求を課して、それが達成できなければ、中央新幹線の着工も認められないのは、法律の趣旨に反するのではないか」、「静岡県の整理されている課題自体の是非、つまり、事業者にそこまで求めるのは無理ではないか、それが達成できなければ、工事を進めてはならないという県の対応について、適切に対処をお願いしたい」など、有識者会議の役割に強い期待をにじませた。  金子発言は川勝知事らの猛反発を受け、謝罪、撤回に追い込まれたが、実際に「県の対応」を見ると、金子発言を否定できないほど”攻撃的”である。国交省は静岡工区の早期着工を進める立場で有識者会議を設置したが、このままでは有識者会議自体が存在の意味を失う可能性さえある。  一体、どうすればいいのか? 河川法「許可権限」を県から召し上げる?  6月26日、金子社長は川勝知事に面会、ヤード(宿舎を含めた作業基地)整備の準備工事再開を要望した。7月10日には、国交省の藤田耕三事務次官も準備工事再開を要請したが、川勝知事は地元の理解が得られないとして、準備工事がトンネル本体工事の一部とみなすなど県自然環境保全条例を拡大解釈、運用することによって、藤田次官の要請を拒否した。  実際には、約4㌔の輸送用トンネル、導水路トンネル、先進坑、8・9㌔のトンネル本体工事などで、河川法の県知事許可(占用)が”大関門”。準備工事再開を認めたとしても、それほど問題でないのだが、県は”攻撃的”な姿勢を崩したくなかったのだ。ただ、金子社長はその後の記者会見で「静岡県が着工を認めてもらえないので、2027年開業は難しい」など発言しているから、準備工事さえ認めてもらえれば、トンネル本体工事もなし崩しに着工できると、内心、期待していたのだろう。多分、河川法の許可権限が大きく立ちはだかっているのを忘れたかったのかもしれない。  2018年10月、JR東海幹部が「強行着工」を口にしたことが一部新聞で報道された。当時、JR東海は本体トンネルから導水路トンネルを設置する椹島まで水を戻すことで、100㌔も離れた中下流域への影響はないと強く主張、県との議論はかみ合わなかった。利水者との合意は道義的な問題と考えていた。いまでも中下流域への影響は全くないという姿勢が根本にあるから、今回の県意見書のように矛盾点を突かれることになってしまう。  静岡工区の着工に向けて、一番手っ取り早い方法は知事の許可権限を国交大臣が召し上げてしまうことである。河川法の許可権限は工事をストップできるが、県自然環境保全条例では何らの規制もできない。許可権限さえなくなれば、県がいくら反対しようが、JR東海は「強行着工」が可能になるのだ。 「法定受託事務」としての河川管理と権限  1級河川の大井川は、河口から中下流域約40㌔までを国交省、そこから上流域、源流部までの約130㌔を県が管理している。リニア建設予定地の大井川最上流部は県の管理区間となる。県が管理している約130㌔区間は、本来ならば国が管理するところだが、「法定受託事務」(機関委任事務の廃止に伴い、新設された事務区分)として県が管理する。全国63の1級河川は、「法定受託事務」として都道府県の管理区間を持つ。  本来は、国が直轄管理することになっているのだから、県知事の許可権限を召し上げることが難しいはずはない。今回のようにリニア問題でもめている場合でも、法的に可能なのか?  河川法は、「1級河川の管理は国交大臣が行うが、国交大臣が指定する区間(指定区間)を都道府県知事が管理を行うことができるとしている。指定区間を指定しようとするときは、あらかじめ関係都道府県知事の意見を聞かなければならない、これを変更し、又は廃止しようとするのも同様とする」などと定めている。  つまり、赤羽一嘉国交大臣が川勝知事の意見を聞いた上で、大井川の指定区間(県管理の区域)を国管理に変更すればいいだけである。知事の同意を必要としないから、いくら川勝知事が反対意見を述べようが、手続きさえ踏めば、河川法の許可権限を召し上げることができる。  第4回有識者会議で、長島ダムが果たす下流域約62万人への「水道用水の供給」役割に注目が集まった。1989年着工され、2002年に完成した長島ダムは、国が直轄で管理している。89年以前には、県の管理区間だったが、長島ダム建設に伴い、国から「法定受託事務」として管理を任されていた区間が県知事の意見を聞いた上で国の管理に戻ったのである。  河川法施行規則で、ダムなどの施設がある場合は都道府県の指定区間とならないと定められているから、長島ダムが県から国に移管されたのは、非常にわかりやすい事例である。  リニアトンネルの静岡工区に関わる河川区域では、どのような理由を挙げられるだろうか? 「貴重な自然環境保全」を理由に国の直轄に  河川法施行規則に「水系における貴重な自然環境、優れた景観等その整備又は保全を行うことが特に必要と認められる河川環境が存する区間」は国が直轄で行うとしている。  県生物多様性部会は、南アルプスエコパークの自然環境保全が重要なテーマ。つまり、「水系における貴重な自然環境」を有している地域であり、その保全を国が行うことが特に必要と認められる、と理由を挙げることができる。  国の有識者会議では「中下流域の地下水への影響はない」という結論が出るだろう。工事期間中、長野、山梨両県への湧水流出問題もJR東海側に立って解決が図られることは予測できる。有識者会議で最も難しい議論は、この「貴重な自然環境の保全」である。いくら議論しても、解決できるはずがないからだ。人による開発が入れば、自然環境が損なわれることを避けることはできない。全長約25㌔にも及ぶリニア南アルプストンネルを建設して、自然環境保全対策が十分と考える研究者は一人もいない。どれだけ、ダメージを抑えられるかだけである。つまり、リニア(開発による経済効果)を取るか、自然環境の保全を取るかは、選択でしかない。  自然環境の保全を理由に、国は南アルプスエコパークの区域内(静岡市、川根本町)に限って、指定区間の変更を求めることができる。しかし、実際には、南アルプスエコパークを保全する役割を国交省は持たないから、そのような理由では変更できないかもしれない。  環境省は国立公園区域内のみ保全を担当する。エコパーク内の自然環境の保全の役割を担うのは静岡市である。静岡市が大井川の河川管理をすることができるのか? 静岡市の実力を見せるチャンスだ  2003年、静岡市の政令指定都市移行で県の権限移譲の調整が進められている最中に、1級河川の管理を県から市へ移譲する議論が激しく交わされた。当時の石川嘉延知事は県議会等で「財源、人的支援も惜しまないので全国のモデルケースとなるよう1級河川の管理を行うことを勧める」と静岡市へ権限移譲する姿勢を示した。ただし、これは大井川ではなく、安倍川を念頭にした発言だった。結局、流木処理費用などの財政負担がネックとなり、静岡市は首を縦に振らなかった。  大井川(南アルプス地域は静岡市葵区)ならばどうか?  河川法では「政令指定都市の区域内にある指定区間について、国交大臣は、都道府県知事が行うものとされている管理について、河川法の規定に関わらず、1級河川の部分の存する指定都市の長が行うこととする」と定めている。つまり、静岡市は源流部から井川地区までの大井川の管理を行うことができるのだ。  河川法施行令では、国が定める整備基本方針を変更することで可能だから、静岡市が手を挙げれば、大井川の河川管理が移譲され、河川法の許可権限も静岡市長に移ることになる。流木問題は、畑薙、井川などのダム湖で処理されているから、静岡市の財政負担は非常に少ないだろう。  河川管理は流木処理だけでなく、災害復旧、維持管理、草刈りなどが主な仕事であり、静岡市が手を挙げるかどうかは田辺信宏市長の判断に任せられる。川勝知事は田辺市政に厳しい批判を繰り返してきただけに、静岡市の実力を見せるのにはよい機会かもしれない。  2年以上にわたって、「リニア騒動の静岡問題」を取材してきたが、県とJR東海の膠着状態はますますねじれ、県の”攻撃的”対応で国交省の思惑はすべて外されている。  国は、県の権限を召し上げるという「伝家の宝刀」を抜くときが来たのか?鉄道局が有識者会議をまとめているが、いまのところ、河川担当部局と何らかの話し合いを持っているとは思えない。旧建設省、旧運輸省の寄り合い世帯の国交省が一枚岩ではないことも確かであり、「伝家の宝刀」を抜くのも容易ではないかもしれない。  もし、国交省が強硬策に出れば、「やられたら、やり返せ」のゲーム理論が展開されるはずだ。コロナ禍でますますリニアの必要性が色褪せつつある中、何とかしなければならないことだけは確かである。 ※タイトル写真は、静岡県庁を訪れた国交省事務方トップの藤田耕三事務次官。7月に退任したが、リニア問題では何の成果も上げられなかった。次回は、国交大臣が乗り出すのか?

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リニア騒動の真相51川勝知事「反リニア」へ転向?

「リニア大推進論者」は過去の話だった   12日から14日までの3日間、朝日新聞静岡版に寄せた川勝平太知事のリニアに関する「手記」が大きな反響を呼んでいる。第1回は、リニア新幹線整備に政府側の委員として賛同してきた経緯、特に、国土審議会委員を約20年間務め、リニアが開く「スーパー・メガリージョン(京浜・中京・阪神の7千万人巨大都市圏)」構想をうたう「国土形成計画」の策定に加わった。リニアを「空飛ぶ新幹線」と呼んで宣伝、2011年静岡県も通過するリニアルートが発表され、南アルプス視察に赴いたときまでは「リニア大推進論者」だったという。その後、大井川の「命の水」の重要性を知ったことで、「水・南アルプス・地域住民」の三者を守ることに専心している。  第2回は、現在行われているJR東海の水環境議論で有識者会議の中立性などに疑問を地元が持っていると指摘、有識者会議のまとめる「方向性」を尊重するが、県専門部会で再確認し、流域住民の理解を得る段取りを紹介した。  結論の第3回は、新型コロナを経験している現実を踏まえ、リニアに対する6つの疑問を書いた。  (1)コロナ禍問題は「東京問題」であり、東京一極集中からICT(情報通信技術)を活用する地方への多極分散が望ましく、いまや「スーパー・メガリージョン」は必要ないのでは?  (2)リニアのトンネル工事は南アルプスの自然環境破壊であり、リニアを取るのか、エコパーク「南アルプス」を取るのかならば、「南アルプス」を守るべき?  (3)リニアの電力源は原発を前提にしているが、福島第一原発事故などで原発依存モデルは崩壊した。リニアが消費する莫大な電力源確保はできるのか?  (4)「南アルプストンネル」避難路は直線3㌔を登り、出口は南アルプス山中であり、非常に危険ではないか?  (5)超電導コイルに必要な希少金属は世界中で取り合いであり、超電導磁石の原料は確保できるのか?  (6)リニア計画の審議会答申前に行われたパブリックコメントでは73%が否定的だった。コロナ禍の中でリニア計画の根本的見直しの声が各界から上がっている今こそ、政府はリニア計画の中間評価・見直しを行うべきではないか?  (1)から(6)までの疑問を読んでいて、現在の川勝知事が「リニア大推進論者」と考える人はいないだろう。「スーパーメガリージョン」構想の策定委員だった知事がすでに時代遅れと言うならば、同構想を推進するためのリニア計画は不要となる。「手記」を読めば、川勝知事は立派な「反リニア論者」である。 「井川ー大唐松山断層が妥当」に疑問?  さらに、13日、難波喬司副知事はJR東海が国の有識者会議に提出した資料批判をした意見書を国交省の上原淳鉄道局長宛に送った。月内にも開かれる第5回有識者会議が中下流域の地下水への影響はほとんどないという「方向性」がまとめられるのに対して、議論の基礎となっているJR東海提出の「水収支解析」データへの厳しい批判や注文を投げ掛けた。  疑問が多い。まず、県地質構造・水資源専門部会で一度も名前が上がったことのない「井川ー大唐松山断層」が登場することだ。県意見書は「JR東海は、南側にある畑薙山断層を北側に延長し、山梨県境付近も畑薙山断層としているが、井川ー大唐松山断層の一部であると考えるのが妥当」と指摘した。JR東海が「畑薙山断層」を挙げたのは、”活断層の教科書”「日本の活断層」(活断層研究会、1991年)からだが、同書には県意見書の”大断層”「井川ー大唐松山断層」は姿かたちもない。1980年に初版、91年に新編が登場して以来、約30年間、「日本の活断層」は改訂されていないから、新たな断層として認定されているかもしれないが、JR東海と一度も議論したことのない「井川ー大唐松山断層が妥当」との結論はあまりに一方的だ。この意見を基に、県は「ボーリングを行い、データを得るなど、さらに十分な調査・検討が必要である」と注文をつけている。  「井川ー大唐松山断層」は産業技術総合研究所活断層データベースが出典とある。同データベースに何度も当たったが、どういうわけか「井川-大唐松山断層」はヒットしなかった。7月31日付静岡新聞で狩野謙一静岡大防災総合センター客員教授が「現地調査を踏まえると南北方向の井川ー大唐松山断層と推定される」と述べた記事で、初めて「井川ー大唐松山断層」の存在が明らかになった。新聞報道による地元研究者による「推定」を、「妥当」と結論してしまうのは恣意的だと疑われても仕方ない。「井川ー大唐松山断層」は存在するだろうが、一般的でないことは確かだ。  南アルプスはどこに断層があってもおかしくない。県意見書の図に、中央構造線のように、非常に長い「井川ー大唐松山断層」が描かれるが、もし、そんなに”有名な断層”だとしたら、なぜ、いままで議論の対象にならなかったのか不思議で仕方がない。新しく認定される断層、認定を取り消される断層は数多い。また、科学者によって、断層の調査方法、認定の仕方も違う。一般の人が理解、納得できる説明を県はJR東海に求めている。  今回の県によるJR東海への批判を見ると、川勝知事だけでなく、静岡県全体がまるで「反リニア論者」のように見えてくる。 「反リニア」市民団体が行政訴訟へ  川勝知事「手記」や難波副知事の記者会見報道でも、リニア工事を認めるのは地域住民の理解が大前提となっている。そのためか、大井川の利水者たちの「反リニア」活動も大義名分を得たように勢いづいている。  6月26日金子慎JR東海社長、7月10日国交省の藤田耕三事務次官が川勝知事との対談に訪れた際、静岡県庁本館玄関前で「大井川の水を守れ」「南アルプスに穴を開けるな」を訴えた「リニア新幹線を考える静岡県民ネットワーク」「南アルプスとリニアを考える市民ネットワーク静岡」など市民団体、地域住民が「静岡県リニア工事差し止め訴訟の会」を結成する。9月末を目途に、リニア工事認可の取り消しを求める行政訴訟を起こす準備を進めている。共産、社民など革新系政党が支援する。9月初め、静岡市でも勉強会を開き、出来るだけ多くの訴訟委任状を集めたいようだ。  2016年、品川から名古屋までのリニア中央新幹線沿線の「反リニア」住民ら約8百人が「ストップ・リニア」を訴え、リニア差止訴訟を起こした。今回は、大井川広域水道を享受する島田、焼津、掛川、藤枝、御前崎、菊川、牧之原の7市の住民らを中心に大井川の水環境を損なう生活被害、南アルプスの自然環境を破壊するとしてリニア工事差し止めを国に求める。行政訴訟の場合、原告適格性が問題となるが、川勝知事が問題にする「命の水」につながる大井川の利水者、また、南アルプスを享受する登山者らの権利侵害として訴訟提起するようだ。  現在、国の有識者会議、県環境保全連絡会議で行っている議論がそのまま、裁判の争点となる。大井川の中下流域への地下水への影響、南アルプスの自然環境への影響など司法の場で結論を出すのか興味深い。市民団体にとって、何よりも、訴訟提起が大きな意味を持つのだろう。それが、川勝知事の求める「リニア見直し」につながるのかどうか? 川勝知事「リニアに反対していません」  「私はリニアに反対していません」。川勝知事は、朝日新聞連載の第3回「手記」最後で、わざわざ「反リニアではない」と断っている。  第3回「手記」では、「政府はリニア計画の見直しを行うべき」としたあと、話題を転換して、山梨県にとってのリニアの有効性、身延線「世界で最も遅い特急」を使い、静岡駅で新幹線に乗り換えて首都圏に戻る「鉄道旅」を提案している。最初に疑問を呈した「東京問題」はどこかに置き忘れたようだ。さらに、”知事独自”の松本空港を結ぶ「ルート変更」を説明した上で、「南アルプス・大井川・地域住民の抱えている問題が解決できないのであれば、リニアのルートを変えることも1つの解決策」と締め括っている。  「なんなんだ、これ」。多くの人は疑問を抱くだろう。9日付『リニア騒動50川勝知事”Dルート”提案か?』で書いた通り、ほとんどの長野県民は現在のルートで早期開業を望んでいるから、川勝知事の唐突な提案に耳を貸すはずもない。延伸すればするほどリニア工事がもたらす自然環境への影響は大きくなるから、問題を他の地域に持っていくだけである。「リニアに反対しない」川勝知事の真の意図は何かだ。  哲学者ニーチェは著作『反キリスト者』で、イエス・キリストの死後、イエスの弟子たちがイエスの教えをねじまげ、キリスト教をでっち上げたとして、「キリスト教」を否定した。その一方で、イエスを「超人」の手本したからあまりに複雑である。リニアをイエスに、JR東海をイエスの弟子たちに置き換えて、知事はニーチェのような”哲学的戦術(レトリック)”を使っているのもかもしれない。  経済優先で水を含めた自然環境を顧みないでリニア計画を推進しようとする「JR東海」を強く批判する。「リニア」は将来の日本に必要であるのに、その生かし方を「JR東海」は分かっていないとでも言いたいのだろうか。長い間、政府委員などを務め、権力の側にいたから、「JR東海」が簡単に方向転換ができないことも承知している。   「反リニア」のポーズも”川勝戦略”だろうが、JR東海や国交省を批判、罵倒することで静岡県民に何をもたらそうとしているのか、それが何よりも一番、重要である。 ※タイトル写真は、6月26日、金子社長の来静に合わせてリニア反対運動を展開した市民団体

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リニア騒動の真相50川勝知事”Dルート”提案か?

なぜ、決まったCルート(南アルプスルート)?  6日から始まった中日新聞1面「考えるリニア着工 なぜ決まったCルート」の3回にわたる連載企画に本当に驚かされた。「2027年開業は風前のともしびになっているリニア中央新幹線。大井川の水資源問題をはじめ、今日まで解決の糸口が見えない数々の問題を抱えるCルート(南アルプスルート)は、なぜ、どう決まったのか」(前文)が企画意図。6、7日の2回連載はCルート決定までのプロセスを紹介、8日の最終回では、はっきりと「リニア計画の再検討」を求めているのだ。「問題の原点」とは何だったのか?  リニア計画が本格化した1980年代には、長野県駅を諏訪市、茅野市、岡谷市など6市町村の「諏訪広域連合」地域に設置するBルート(伊那谷ルート)が最有力だった。2008年になって、突然、南アルプスを貫通する直線のCルートが浮上、結局、う回ルートとも呼ばれた「伊那谷ルート」は外されてしまう。その経緯について長野県民ならいざ知らず、静岡県民は全く知らない。第1回「諏訪地域はしご外され」(6日付)写真(2011年6月)は、国の有識者会議、県リニア環境保全連絡会議でなじみの深い宇野護JR東海副社長が「もう決まったことですから」と、当時の諏訪市長らを前に神妙な面持ちで対面している。一方、諏訪市長らの「約束が違うじゃないのか」と激しい剣幕の様子も伝わってくる。(タイトル写真は6日付中日新聞1面連載記事から)  「JRはわれわれをあおっておいて、連絡はなく、はしごを外した。人が代わっても、われわれは覚えている」。この怒りはただ事ではない。JRの「誠意不足」をいまだに憤る元諏訪市長の談話で、第1回は終わっている。この連載は静岡版のみであり、長野県で読むことはできない。長野県庁の担当課に連絡すると、すでに中日連載を承知していて、第1回をネットで読んだとのことだった。  中日は、静岡県民に過去の出来事からJR東海の「誠意不足」を警告したかったのだろうか? リニアは「陸のコンコルド」か?  第2回「結論ありき審議足りず」(7日付)は国の交通政策審議会が環境への影響をほとんど顧みることなく、JR東海の思惑通りにCルートを決めた状況を明らかにした。第3回「単体の収支見通しなく」(8日付)では、3兆円の財投を決めた財政制度等審議会への批判やリニア反対論者の橋山禮次郎アラバマ大学名誉教授のインタビューで構成、過去の労力や投資を惜しんで、事業を進めると損失は拡大することを訴えた。  日経ビジネス2018年8月20日号の大特集『リニア新幹線 夢か、悪夢か』を彷彿させる連載企画だった。その特集にも橋山教授は登場、リニアを「陸のコンコルド(スピードばかり追求したが、赤字続きで事故を起こして失敗)」にたとえた。中日インタビューでは、コロナ禍での新幹線需要落ち込み、財政指標の悪化を踏まえ、やはり「このまま進めばリニアは陸のコンコルドになる」と語る。2027年開業延期必至のいまこそ、計画再検討を求めているのだ。  リニア計画再検討を求める連載の背景には、水環境問題で議論が続く静岡県との交渉の長期化が避けられないことがある。国の有識者会議で議論が続く水環境問題に加え、生物多様性の議論が始まれば、地下水位の低下などが大きな問題となり、いつまで続くのか見通せない。そのような状況の中で、JR東海に解決策がないならば、長野県全体で推進していたBルート(伊那谷ルート)のほうが良かったのではないかという意図が中日連載に見えてくる。静岡県では「ルート変更」が過去のことではないからだ。  川勝平太知事は7月10日、国交省の藤田耕三事務次官との対談で、鈴木敏夫川根本町長「流域市町でもルート変更を1つの案としてはどうかとの意見もある」発言や県議会くらし・環境委員会で自民所属県議の「これだけもめるのならばルート変更したらどうか」発言を紹介した。当然、藤田次官はCルート決定までの長い議論を踏まえ、「ルート変更」は問題外であることを知事との対談で説明、その後の記者会見では語気強く、「ルート変更」を否定した。  果たして、「ルート変更」は本当にできないのか? 経済優先で選ばれたCルート(南アルプス貫通ルート)  1979年、9都府県で設立したリニア中央新幹線建設促進期成同盟会設立当時は、糸魚川静岡構造線、中央構造線が通る”世界最大級の断層地帯”南アルプスを通過するルートは技術的に困難とされた。このため「伊那谷(Bルート)」か「木曽谷(Aルート)」のどちらかが本命視された。1989年、長野県知事は「伊那谷ルート」誘致を正式に表明した。沿線9都府県「期成同盟会」も伊那谷ルートを採択すると、諏訪地域はリニア誘致がほぼ決まりと考え、20年近くさまざまなリニア誘致への取り組みを展開した。2006年まではJR東海のパンフレットでも伊那谷ルートのみが示されていたという。  ところが、JR東海は2008年10月、1990年から行ってきたとされる「地形・地質調査」報告で、「南アルプスにおける土被り(地表からトンネルまでの深さ)の大きい長大トンネルの施工について、ボーリングなどの調査結果とトンネル専門家による委員会の見解を踏まえ、可能であると判断した」と公表、この報告を受けて、南アルプスを貫通する直線の「Cルート」が新たに加えられた。  2010年2月、交通政策審議会が諮問を受けて、ルート選考の議論に入り、翌年の2011年5月Cルートを選択、国交相に答申した。JR東海の試算で、CルートはBルートに比べ、7分短縮され、建設費6300億円減、毎年の維持運営費190億円減、設備更新費100億円減、年間の収入では9千億円増という「費用対効果」で圧倒的な優位に立ち、判断材料となった。長野県では「20年以上リニア応援団としてのこれまでの努力は何か」「時間差はわずか7分ではないか」「工事費などの積算根拠が分からない」など不満が続出したが、最後は山梨県駅とのアクセス道路を充実することなどを条件に矛を収めるしかなかった。  中日連載第1回で紹介されたように、諏訪地域にJR東海への不満が残っていることは確かだが、現在でも長野県で「ルート変更」を望む声が大きいのか? 「長野県がルート変更を求めることはない」  長野県は、リニア工事の進み具合を概略図などで公表している。7月現在、長野県内52・9㌔のうち、86・8%に当たる45・9㌔区間の工事契約が済んでいる。静岡工区とつながる南アルプス長野工区8・4㌔は鹿島、飛島、フジタのJVによって、2017年4月から工事に入り、昨年8月からは先進坑の掘削も始まっている。飯田市に設置される長野県駅など未着工区間もあり、7月豪雨による土砂崩れや大鹿村だけでも約300万㎥と言われる膨大な残土処理など未解決の問題は山積のようだがー。  7月16日には、リニア中央新幹線建設促進長野県協議会(会長・長野県知事)が開かれ、「長野県内の工区においては、当初の計画通りに着実に進めていくこと」を決議した。静岡県内で「ルート変更」議論が出ていることに対して、「長野県がルート変更を求めることはない」と担当者は否定した。  いまだにJR東海の「誠意不足」を忘れない6市町村で構成する諏訪広域連合。事務局を務める諏訪市担当者は「いまさら、こちらからルート変更を求めることはない。この地域の期成同盟会も長野県協議会に参加しており、現在のルートで2027年開業を求めている」と話した。山梨県駅とのアクセス道路計画も進んでいる。もし、ルート変更となれば、さらに開業が10年近く延びることになる。リニア開業が長野県全体に大きな恩恵をもたらすとされるだけに、諏訪地域でも1日でも早い開業を望む声が大きいようだ。  川勝知事は、伊那谷でも木曽谷でもなく、諏訪よりももっと北に位置する松本空港まで延伸する”独自”の「ルート変更」を口にしていた。長野県駅が設置される飯田市の関係者は「川勝知事は、”Dルート”を考えているのかもしれない」と教えてくれた。  えっ、”Dルート”とは? ”Dルート”ならばすべての問題は解決する?  ”Dルート”とは、山梨県駅から南下して、静岡県に入り、新東名付近の内陸部を通過、長野、岐阜県を飛ばして、名古屋に至るルートである。静岡県駅は、静岡市北部あるいは川根本町に設置されれば、最難関工事となる南アルプスの断層地帯を通過することはなくなる。当然、大井川は鉄橋で越えるから、水環境に影響を及ぼすこともない。南アルプスエコパークを通過しないから、現在、国の有識者会議、県の専門部会で議論している問題すべてが関係なくなる。新東名に近ければ、新たなアクセスポイントになり、また、南海トラフ地震の影響も非常に少なく、新幹線のバイパス機能を果たすことは間違いない。  長野県が「ルート変更」を求めていないのだから、鈴木川根本町長が「流域市町でもルート変更が1つの案」とした発言にも納得がいく。”Dルート”ならば、大井川の水環境に全く影響もなく、地域振興が図れるのである。当然、流域10市町はこぞって大賛成だろう。  そうか、川勝知事が沿線9都府県「期成同盟会」への入会を求めているのも、静岡県のリニア新駅設置を目指そうとしているのか?いつもながら、”川勝戦略”には驚かされる。  前回の『リニア騒動の真相49「科学者たちの無責任」?』で書いたが、1979年のリニア「期成同盟会」設置当時は、いつ起きてもおかしくないとされた「東海地震」説で静岡県は大揺れだった。リニア計画に参加できる状況ではなかったのだ。冷静に考えれば、環境問題だけでなく、”Dルート”のほうが、JR東海の経済的負担も少なくて済むだろう。しかし、いくら最善策だとしても、これだけ事業が進んでいるとき、”Dルート”提案にやすやすと乗ることはできないだろう。  「事業の継続が損失の拡大につながると気付いても、過去の労力や投資、時間を惜しんで立ち止まれない状態を(中略)コンコルド効果と呼ぶ」(8日中日連載の結論)。  中日の主張通りならば、”Dルート”選択はいまからでも遅くない。

ニュースの真相

リニア騒動の真相49「科学者たちの無責任」?

「データ不足」指摘が繰り返される  7月31日、静岡県庁で開かれた県中央新幹線環境保全連絡会議「地質構造・水資源専門部会」「生物多様性専門部会」合同会議で、第4回有識者会議(16日、国交省で開催)に提出されたJR東海の新資料などに対する各委員の疑問や意見を聞いていて、デジャビュ(既視感)ではないが、同じ場面を見ているような錯覚に襲われた。  今回、蔵治光一郎・東京大学大学院教授(森林水文学)が新たにウェブ参加、表流水、地下水の水源となる降水量について、JR東海の取り扱い方が許容範囲を超えているとして、「データ不足」を指摘した。過去の県専門部会でも、「データ不足」指摘がJR東海側に雨霰(あられ)のように降り注いでいた。蔵治教授同様に、別の専門家が加われば、その研究分野の知見からJR東海の資料は十分ではなくなり、新たなデータを求めるのが必然となる。同じ分野の科学者でも専門範囲は細分化され、その専門分野を追求すれば別の新たな疑問が生まれる。科学の追求は際限がない。  「リニア騒動の真相49」のタイトルを『科学者たちの無責任?』としたのは、合同会議に出席している科学者たちが「無責任」だと言っているのではない。ある委員の「リニア工事によって動植物は絶滅する」とびっくりするような発言を聞いていて、ずいぶん昔に書いた月刊文藝春秋『東海地震 科学者たちの無責任』(2001年10月号)の記事を思い出したからである。当時といまがそれほど違っているわけではない。  「東海地震」を知らない人はいないはずだったが、いつの間にか、東海地震は「南海トラフ地震」に吸収され、いまや公文書から「東海地震」の名称が消えた。若い人たちの間では、東海地震と言っても分からない人がいる。リニア南アルプストンネル建設地(静岡、長野、山梨約25㌔)が糸魚川静岡構造線、中央構造線が通る”世界最大級の断層地帯”にあるだけに、「水環境問題」「自然環境問題」だけでなく、リニアトンネル建設が活断層を刺激することで、大地震を誘発する恐れを指摘する声さえある。また、東海地震説の根拠となった、3百年以上前の宝永東海地震では、安倍川源流部の大谷崩など南アルプス地域の大崩壊をもたらした。もし、南海トラフ地震が起きれば、新たな大崩壊を誘発し、リニアそのものにも影響があることも否定はできない。地震と崩れは日本列島の宿命である。  『科学者たちの無責任』を書いたのは2001年9月。2021年は、2020東京オリンピック開催予定であり、ちょうど20年目を迎える。またぞろ、最近、大地震発生の”臭い”が報道されている。なぜ、当時、『科学者たちの無責任』と批判したのか? 「東海地震」説は否定されたのか?  2001年4月3日深夜、静岡市で震度5強を記録するM(マグニチュード)5・1の地震が発生した。その後、M4以上の地震が4回続いたため、気象庁は「東海地震とは無関係」の見解を示し、東海地震の兆候を否定した。  1854年11月4日、M8・4の安政東海地震が東海沖で発生、翌日には、南海沖でも同じM8・4の巨大地震が起きた。東海地震はプレートのひずみにたまったエネルギーが100年から150年の周期で跳ね上がるという「プレートテクトニクス理論」が根拠とされた。これまでの東海地震の間隔は、107年、102年、147年ごとに起こり、2001年は安政東海地震からちょうど147年目を迎えていた。1976年の東海地震説発表から25年も経過、いつ起きてもおかしくないとされた巨大地震への不安は高まっていた。  静岡県を中心に地震防災対策強化地域とされ、静岡県内では海底地震計など367カ所の地震観測体制が敷かれ、巨額な対策費用が投じられた。観測データに異常が見られると、気象庁は科学者による「判定会」を招集、内閣総理大臣を通じて警戒宣言が出される段取りだった。「判定会」模擬訓練は毎年9月1日の防災の日に大々的に報道されたが、実際の「判定会」が招集されることはなかった。  2001年9月当時、学会や研究会で東海地震の発生について、数多くの科学者が具体的な予測を発表していた。「2001年11月頃」(富山大学K教授)、「2002年暮れから2004年」(防災科学技術研究所M室長)、「2004・3年±0・8年」(東大大学院I助教授)などであり、東海地震説を唱えた石橋克彦氏は相模トラフによる小田原地震が起きたあと、東海地震発生のシナリオを主張していた。ご存じのように、いまに至っても東海地震の発生はない。  1905年東大地震学教室の今村明恒・助教授が、東京は50年以内に大地震に襲われると予測、早期に地震対策を取ることを主張した。その18年後に関東大震災が発生、死者約10万人という史上最悪の災害となった。「プレートテクトニクス理論」が確立されていなかった1928年、今村氏は、過去の地震活動を基に将来の地震活動もほぼ同じ場所で、ほぼ同じ周期で起きるとして、東海・南海の大地震活動を予測した。現在の南海トラフ地震説は今村氏の研究が出発点にある。  最近の報道は、南海トラフ地震の発生ではなく、関東大地震の震源となった相模トラフ地震が近いうちに起きるのではと騒がれている。死者約10万人という巨大地震が近いうちに繰り返されるのか? 原因不明の「異臭」が続く三浦半島地域  6月4日、三浦半島の横須賀市などで「ゴムが焼けるようなにおいがする」などの異臭騒ぎが起こり、約5百件もの苦情が消防署などに寄せられた。警察、消防で原因を調べたが、現在も不明のままで、7月17日にも同じような異臭騒ぎが起きた。この異臭騒ぎと相模トラフを結び付けたのは、立命館大学の高橋学教授(災害史、環境考古学)。高橋教授は「三浦半島周辺は活断層が非常に多く、活断層が動いたことで『異臭波』がつくられた可能性がある」と指摘、1995年の阪神淡路大震災でも少なくとも1カ月前から同様の異臭が複数回確認されたという。  2011年3月の東日本大震災以降、日本列島では地震が頻発、活動期に入っている。このため、今回の異臭騒ぎが大地震の前兆だとする科学者も高橋教授だけではない。ただし、2001年『科学者たちの無責任』で批判したように、もし、大地震を予測するのであれば、科学者はその良心に従って、即刻、2021東京オリンピックの中止を求めるべきである。世界中からアスリート、観光客が集まっている最中に大地震に見舞われれば、コロナ禍どころではなくなる。  2001年当時、5百万人以上の人出を予想した「しずおか国際園芸博覧会」が浜名湖の広大な埋め立て地で開催準備が進んでいた。大地震が起きれば、浜名湖周辺を大津波が襲い、園芸博を訪れるほとんどの人は亡くなる可能性が高かった。もし、科学者たちが自信を持って東海地震予測をするならば、園芸博中止を求めるべきだと書いた。  結局、科学者たちの予測はすべて外れた。つまり、予測には科学的根拠が欠けていただようだ。さて、リニア建設に対する科学者たちの予測はどれだけ信頼できるのか? 県との「対話」はいつまでも終わらない?  県は7月16日JR東海提出の水収支解析についての疑問点を詳細にまとめ、専門部会委員に対して、「事務局」提案をした。  1、「水収支解析によれば、中下流域の地下水は変化しない」という説明は適切ではない。2、トンネル湧水量の推定精度は検証が必要である。3、トンネル掘削による付近の河川流量への影響について、より詳細なデータ開示を求める。4、地下水位の大幅低下による生態系への影響を評価するためのデータを開示を求める、としている。  この提案は、16日の第4回有識者会議で、水文学の専門家らが「大井川の渇水時に取水制限したとしても中下流域の地下水は減っていない」「大井川下流域扇状地の地下水はそのほとんどは降水で涵養されている」などとして、JR東海提出のデータを基に、「中下流域の地下水への影響はない」という方向が会議でも大勢を占めたことに対するアンチテーゼ(反対の主張)と言える。  JR東海は環境影響評価(環境アセスメント)の手続きを行ってきた。環境アセスメントは出来るだけ影響を小さくするための手続きであり、一般的にはその手続きは通り一遍であり、すべてを網羅することはできない。  県は、「今後の進め方」として国の有識者会議と県の専門部会との関係を図で示した。有識者会議は「方向性」を提示し、国交省はJR東海に「方向性」を指導する。その指導を受けたJR東海はあらためて県専門部会で説明を行い、すべての疑問が解消された上で、環境アセス調査結果を踏まえた具体的な「施工計画」「環境保全の計画」「発生土置き場の管理計画」を提出する。続いて、県自然環境保全条例に基づく協定を結び、さらに、河川法に基づき県知事がトンネル工事を許可していくという段取りである。事務局「提案」を見れば分かるが、県リニア会議専門部会は国の有識者会議の「方向性」さえ容認していない。国交省はこの「方向性」でJR東海を指導できないわけだ。これでは、生物多様性の議論までにどれほどの時間が掛かるのか、全く見えてこない。  7月26日付『リニア騒動の真相48「ドーダの人、川勝平太」』を紹介した。川勝知事が「ドーダ、参ったか!」と、JR東海、国交省、自民党議員団らを前に静岡県の主張を堂々とするためには、中下流域市町の団結だけではなく、県専門部会の科学的な主張は欠かせない。  国有識者会議の科学者は解決のための「方向性」の議論を求められているが、県専門部会の目的はそうではないから、科学者たちの疑問点はさらに増えていくだろう。国の有識者会議の設置目的、県専門部会との関係が、県の作成した図式の通りであるならば、たとえ、リニア開業を2030年に延長したとしても、その実現が難しいことくらい関係者ならば誰でも分かるだろう。この議論は1年や2年で終わるはずもないからだ。  昨年10月の台風19号、ことし7月の豪雨の影響で準備工事さえ完全にストップしている。それにコロナ禍が追い打ちを掛け、リニアの必要性に疑問を投げ掛ける意見も多くなっている。そこに、巨大地震でも起きれば、東京オリンピックだけでなく、リニアにも決定的な打撃となる。「東海地震」同様に「科学者たちの無責任」を祈ったほうがいいのかどうか。