リニア騒動の真相46国交省「情報戦」に完敗

昨年と同じパターンの藤田事務次官訪問

午後5時2分前に藤田次官らが知事室に到着

 10日午後5時2分前、静岡県庁5階の知事室前に国交省の藤田耕三事務次官、水嶋智鉄道局長らが到着した。昨年10月24日以来、藤田次官は川勝平太知事と2度目の対談にのぞむために来静した。定刻で対談を始めるのにピッタリの到着だった。その後の「対談」の中身とともに、藤田次官らのあまりにも律儀な到着時間などを見ていて、まてよ、昨年と全く同じパターンではないか、と気がついた。

 まず1点目は「官邸の指示」である。昨年10月、藤田次官訪問の数日前に葛西敬之JR東海名誉会長は安倍晋三首相と面会、「リニア工事の静岡県での早期着工に向けて政府の積極的な関与」などを求めたという。その要請にこたえ、事務方トップの藤田次官が乗り出したというわけだ。結局、藤田次官の積極的な関与は奏効しなかったが、今回も1週間前、葛西会長は東京・赤坂で安倍首相と約2時間、会食、そこで静岡県のリニア問題がテーマになったのは間違いない。県自然環境保全条例を根拠にストップを掛けるヤード(宿舎を含む作業場)工事について、藤田次官が川勝知事に”談判”して、何とかしろというのが官邸の指示ではなかったか。

 6月26日、金子慎JR東海社長が川勝知事に面会して、ヤード工事についてトンネル本体工事と切り離して認めるよう”懇願”した。川勝知事の県条例、保全協定の説明が言葉足らずで、金子社長に一縷(る)の期待を抱かせ、JR東海はあらためて文書で照会した。この照会について難波喬司副知事が3日、県条例の解釈、運用でヤード整備はトンネル本体の一部であると回答した。JR東海は昨年5月県担当者から受けた説明と違うため納得できないなど、その夜、再度確認を求める文書を提出した。

 葛西会長は静岡県の姿勢が変わらないと見て、安倍首相に応援を求めたのだろう。まずは、担当の国交省が対応するのが筋であり、藤田次官の再度の出番となった。しかし、藤田次官の”談判”も金子社長の”懇願”同様に川勝知事に軽くいなされ、静岡県の厚い壁に跳ね返されてしまった。

 7月中の「次官退任」の話題が出てしまえば、”談判”も迫力に欠ける。今回も官邸の期待にこたえられなかった。

「要らぬ手間」ばかり増やす国交省

 昨年の同じパターン2点目は、国交省は「要らぬ手間を増やしたこと」である。

2019年10月27日付静岡新聞写真

 昨年10月の訪問で、膠着状態の打開を目指した藤田次官は、国が主導する静岡県、JR東海との「新たな三者協議の場」設立を提案した。この提案を了承する代わりに、川勝知事は、口頭で「国は静岡県の中間意見書、JR東海からの回答に対する見解を文書で示してほしい」と要請。このあと、10月31日の三者会議で協議されるはずだった国交省作成の合意文書案が、前日夜、地元テレビにスクープされた。31日の会議は公文書管理で紛糾、国交省から県担当者が厳しく批判されたことで知事は硬化してしまう。

 川勝知事は12月末、国交省主導の「三者協議の場」に「環境省など関係省庁すべての参画」と「静岡県とJR東海との対話の内容について評価」の2点を文書で要請した。その結果、国交省はことし1月、静岡県の2つの要請を拒否するかわりに、水環境などの専門家による「新たな有識者会議」設置を提案した。その有識者会議設立でもごたごたは続いたが、その後6月までにようやく「有識者会議」は3度開催された。議論は始まったばかりで、結論を得るまでに遠い道のりだけが見える。また、次官提案の「三者協議の場」がどうなってしまったのか明らかでない。

 今回のヤード整備について、国交省提案は「JR東海はトンネル本体工事に着手しないので県は認めてほしい」だった。新たな内容を全く含んでおらず、「ヤード工事をさせてほしい」金子社長の”懇願”を国交省が整理、担保しただけのものだった。「流域市町の理解が得られない」など川勝知事が提案を拒否すると、藤田次官は「直接、流域市町に説明したい」などと述べた。また「要らぬ手間」が増えただけである。

 昨年の藤田次官訪問のあと、江口秀二審議官が大井川流域の10市町長と静岡市長に面会して、今後、リニア問題に国が関与していくことで理解を求めた。川勝知事は江口審議官の面会について「地元の理解と協力を確実に得ることを国が初めて実践している」など褒め称えた。この面会ではっきりとしたのは、「リニア問題解決を川勝知事に一任」だった。今後、ヤード整備について国が各市町長に理解を求めたとしても、当然、結果は同じだろう。また同じことを繰り返すのか?

 昨年10月の次官訪問後、一見、国交省はさまざまな取り組みを行い、静岡県のリニア問題解決に苦労しているように見えるが、あまりに無駄が多く、膠着状態打開につながっていない。

「対談」に川勝知事は十分な準備をした

 昨年の訪問と同じパターン3点目は「対談に対して全く準備をしていない」ことである。

知事は対談に当たって当日の新聞を用意した

 昨年10月24日の藤田次官訪問の際、静岡県は10月12日から13日の台風19号による東俣林道や西俣ヤードの大きな被害について、写真等で詳しく説明した。現地がいかに困難な場所か藤田次官らはうなづくしかなかった。今回の訪問前、6月30日から続く大雨で被害が出ていた。知事の机には付箋のついた新聞が積まれ、一番上に「豪雨で作業用道路崩落」の大見出しのついた10日付静岡新聞朝刊があった。川勝知事は「崩土や冠水など4カ所の被害を確認し、そのうち1カ所は路肩が崩落して復旧に数カ月間かかる」「千石ヤードの作業員用宿舎の水道施設が使えない」を読み上げて、その被害の深刻さを説明した。

今回の大雨で仮設道路は冠水したが、台風19号のような路肩崩落は起きていない(東海フォレスト提供)

 静岡市が10日、被害状況を発表した。大雨が続き、担当者が現地調査できるのは来週の13日以降であり、静岡新聞記事の「路肩が崩落して復旧に数カ月かかる」には、「路肩欠損により幅員減少、規模及び復旧の見込みは調査ができないため不明」と発表した。まだわからないのだ。今回の大雨ではいまのところ、台風19号のような「路肩崩落」もなく、静岡新聞記事は台風19号被害と今回の大雨をごちゃまぜに書いたようだ。大雨被害が安全確保の観点で最も重要な話題の一つだった。藤田次官は同日午前に金子社長と面会しているのだから、新聞情報以上の詳しい情報を頭に入れて、”談判”にのぞむべきだった。

 今回の「対談」で、川勝知事は「県自然環境保全条例では委員会を設けて、専門部会で許可する。条例について金子社長はご存じなかった」などと述べた。知事の勘違いは、金子社長との対談でも同じだったが、藤田次官はこの点についてそのまま聞き流した。県条例では、委員会を設けることも専門部会で許可することもない。

「静岡県の条例解釈、運用に問題なし」と答えた藤田次官

 静岡県は最近になって、自然環境保全条例の解釈、運用を変えてしまったから、川勝知事が勘違いする原因となったのだろう。藤田次官は静岡県の解釈、運用に問題なしとしたが、知事の勘違いを追及することで、政治家の知事から何らかの言質を取ることはできたのかもしれない。ヤード整備を認めさせるためにエリート事務官僚ができるのは法的根拠を追及するくらいしかない。金子社長「対談」のとき同様に、知事が勘違い発言をした場合、どのように対応すべきか準備しなかったのだろうか。

「ルート変更」を話題にした意図は?

 今回の「対談」で、川勝知事は県議会委員会で「ルート変更」の議論が出たことなどを紹介、「リニアが他の公益を阻害するならば、う回したらどうか?」とまで話した。藤田次官の心中は穏やかではなかっただろう。

6日開かれた県議会くらし・環境委員会

 6日に開かれた県議会くらし・環境委員会はメンバー変更に伴い、新たに委員となった県議が質問に立ち、「JR東海にルート変更してもらったらどうか」などと述べるなど、これまでリニア問題に全く関心の薄かったことをうかがわせた。昨年9月5日、川勝知事が吉田町で開かれた会合などでJR東海にルート変更をうながすような発言をしたため、20日に開かれた県議会本会議の代表質問で「ルート変更」について知事の姿勢が問われた。川勝知事は「JR東海と対話を続けている最中にルート変更を働き掛ける考えはない」とはっきりと述べている。その後の記者会見でも、「ルート変更」について否定した上で、「ちゃんと議論してほしい、急がば回れ」の意味などとしている。

 その他の県議が「金子社長はリニアは新幹線のバイパス機能を持ち、災害リスク上重要だと述べたが、南アルプスは年間4ミリ、10年間で4センチも隆起する非常に危険な地域であり、大問題ではないか」「JR東海は静岡県内で垂直ボーリングを行っておらず、危険な断層の調査が不十分ではないか」などの質問が出ている。

 県議たちが正確な情報を得ていないのは、JR東海が情報提供の努力をしていないからなのだろう。3日難波副知事は回答に際して、約1時間半も掛けて詳しい説明を記者たちに行った。同日夜、JR東海からの再質問に対して、県は7日、再回答した。時間を掛けて記者会見を行い、担当理事は「県民に理解できる形で対話を進めることが一番の近道」と述べた。JR東海は、県が昨年5月の説明と違い、今回突然に条例の運用、解釈を変えたという肝となる主張について、単に文書が出されただけである。県が何度も記者会見を行い、詳しく説明するのと大違いである。

 「多くの県民に情報を伝える」県議、記者たちがちゃんとJR東海から説明を受けていれば、今回の条例の運用、解釈、ヤード工事の是非の判断も違っていたのかもしれない。

12日付毎日新聞社説

 7日の記者会見で浜松商工会議所会頭は「JR東海は具体的な地元貢献策を示さないで、自分たちの都合ばかりを言う」「リニア開業に間に合わないのは(静岡県に)関係ない」などと苦言を呈した。また、12日付毎日新聞社説は「リニア開業延期見通し 計画ありきの姿勢脱皮を」もまさに同じ意見を述べるとともに、藤田次官の知事訪問、提案について拙速な対応と批判した。つまり、「県民に理解できる」提案ではなかったのだ。

 対談後の次官会見で、いまだに静岡県が求める有識者会議「全面公開」について記者から質問が出た。国交省の説明がわかりにくいからだろう。それで川勝知事は「約束を守らない」「詭弁を使う」などと批判、その映像を多くの人たちが見て納得してしまう。川勝知事は金子社長の対談でも使った「万機公論に決すべし(国家の政治は世論に従って決定せよ)」を藤田次官にも投げ掛けた。世論を味方につけるために、国交省、JR東海は何をすべきか?

※タイトル写真は、今回の大雨で冠水した赤崩前の東俣林道(東海フォレスト提供)

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