リニア騒動の真相7 「不確実性」のバトル

JR東海「”不確実性”解消できない」

 リニア南アルプストンネルにかかわる静岡県とJR東海との連絡会議が1月30日に県庁で開かれた。JR東海の澤田尚夫・環境保全統括部長は「前回の会議(25日)でアセス(環境影響評価)のやり直し、あるいはアセスの追加措置を求められた。南アルプスは厳しい地形にある難所で、どんなアセスをやっても”不確実性”を解消できない。いまの段階でアセスの追加措置などを求められるのは心外であり、アセス法の趣旨にそぐわないのでは」と述べたあと、「これではいつまでたっても工事着手ができない。湧水の全量を戻すことで中下流域の利水者の不安は取り除かれたのでは」と強調した。

 これに対して、会議を主宰する難波喬司副知事は「会議でアセスの不備について委員の意見は出たことは事実だが、アセスのやり直しや追加を求めた発言はしていない」と、逆に澤田部長の表明が誤解に基づいていることを厳しく追及した。

 JR東海は「2027年までの工期に間に合わせる」ために、一日でも早い着工を望んでいる。そのために、現地で試掘してデータを取りながら、再度計算し直して、”不確実性”を取り除いていくのが最善と考えている。

 これに対して、静岡県はJR東海と協定を結び、着工を容認してしまえば、あとはJR東海にすべて一任する危険性を承知している。このため、大井川水系の水資源確保、南アルプスの自然環境保全の2つの専門部会による”不確実性”解消に取り組む議論を重視する姿勢を貫いている。

 どちらの主張が正しいのだろうか。

”不確実性”こそ議論の対象にすべき

 先日、健康寿命延伸のための「社会健康医学」大学院大学設置推進委員会の会合を取材。静岡県の健康寿命は男性72・15歳、女性75・43歳と全国ベスト3の健康寿命だが、男性約9年間、女性約12年間、健康上の問題で日常生活が制限される。その期間を縮めることが設置目的という。

 それで、担当者に「健康寿命」とは何かを問いただしたが、的確な回答をもらえなかった。

 英国ニューカッスル大学のコホート(年齢や地域を同じくする集団)研究で、1991年から2011年の20年間に、65歳時点の高齢者の平均余命が男性4・7年、女性4・1年増加したが、同増加分の期間で「自立」は男性36・3%、女性に至ってはわずか4・8%であり、残りは介護を必要とする状態だった。医学・医療が進歩すれば平均寿命は延びる。しかし、その結果、介護を必要とする期間も延びていくという疫学調査の成果である。(「ランセット」2017年8月24日)

 1990年、米国で「科学的根拠に基づく医療」(EBM)は医療の”不確実性”を解消するための概念として提唱された。30年を経て、エビデンスということばが医療現場でふつうに聞かれるようになった。

 いくらEBMが普及しても、認知症に関して言えば、高血圧や糖尿病を防ぐという時間のかかる、しかも”不確実性”をぬぐえない予防法しかないことを医療者は承知している。高血圧、糖尿病は認知症リスクを高めるが、高血圧症や糖尿病患者すべてが認知症になるわけではないからだ。

 認知症を完全に予防することはできない。認知症ひとつ取っても、「健康寿命の延伸」とは一体、何なのか全く見えてこない。

 認知症の最大の原因は加齢である以上、さらに高齢化が進む日本で認知症が増えることは避けられない。究極を言えば、「健康寿命の延伸」とは「平均寿命を下げる」ことしか方法はないのだ。それを本当に目的とするのか?

 2つの議論を聞いていて、リニア環境問題では”不確実性”を問題にしていることで相互の姿勢が理解できた。しかし、一方の大学院大学推進委員会という最も”不確実性”を問題にしなければならない会合で、”不確実性”を無視した議論を進めることは、果たして、この施策が県民のために大きな効果をもたらすのかという疑問が見えてくる。つまり、大学院大学設置の目的をごまかしていることがはっきりする。

”確実”に静岡県は衰退する

 もう一度、リニア環境問題に戻る。この”不確実性”の問題は相互の入り口が違うことをJR東海が自覚せず、目先の方法論のみに終始していることで解決を遅らせている。結局、相互の入り口が違う”不確実性”を問題にする以上、それを取り除くための議論は続いていくしかない。

 川勝平太知事はリニア中央新幹線南アルプストンネル建設は「県民の生死に関わる」影響をもたらし、「静岡県の6人に1人が塗炭の苦しみを味わうことになる」と述べ、「ルートを変えることを考えたほうがいい」とまで提案した。この議論は「静岡県民62万人の生命の問題」から始まっている。

 62万人には高齢者もいれば、子供たちもいる。リニア新幹線の南アルプス通過によってそのだれもが恩恵を被らない。逆に、貴重な南アルプスの自然環境は開発の危機にさらされ、JR東海が湧水の全量を戻すと表明した水環境問題でも実際には工事に取り掛かってみなければそのリスクははっきりとしない。川勝知事の言うように「62万人の生命」が危機にさらされる可能性がないとは言い切れない。

 この地域はお茶を中心とした農水産業に適した温暖な気候、東名阪に連なる太平洋ベルト地帯の一角にあり、観光産業、企業立地も活気があった。食べ物がおいしく、所得水準もまあまあだった。しかし、ほとんどすべての産業は衰退傾向にあり、人口流出が続く。過去の栄光の歴史を振り返っても仕方はないのだ。2000年を境に、静岡県は大型公共事業を積極的に展開してきたが、将来の展望は明るいとは言えない。

 JR東海との関連で言えば、毎日百本以上の「新幹線のぞみ号」が素通りしていく。静岡空港の真下に新幹線新駅の計画をもくろんだが、JR東海は「東海道新幹線に新駅などまったくあり得ない」と一蹴した。

 リニア中央新幹線はまさに、静岡県の衰退を推進する国家プロジェクトとなる可能性が高い。JR東海は川勝知事の「静岡県民62万人の生命の問題」の背景に思いを馳せることで、ようやく相互の対話が始まるのだ。JR東海がちゃんと理解しなければ、この”不確実性”の議論は続き、再び「いつまでたっても工事着手できない」(澤田部長)との不満をもらしかねない。

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