静岡県「社会健康医学大学院大学」のなぞ2

県民はマグロを大好きだが…

 静岡県HPを見ていて、2016年から2018年の3年間連続でマグロ購入量、支出額とも全国1位、それも2位、3位を引き離し、全国平均の2倍以上を上回るダントツの日本一であると自慢していた。冷凍マグロ、冷凍ビンナガマグロなど全国約90%の輸入量を誇り、こちらも当然、圧倒的な全国1位だ。この数字を見れば、”日本一のマグロ自慢”はしばらく続くだろう。さらにHPで「マグロは生で食べても、調理して食べてもおいしく栄養満点で、頭に良いと言われるDHA(ドコサヘキサエン酸)を多く含む健康食品」と説明している。

 それで納得した。静岡県の子供たちは、頭脳明晰になるためにおいしいマグロを食べるのが大好きなのだ。

 ところで、冷や水を差すようで悪いが、マグロを多く食べる地域の人たちは、タイやヒラメなどをよく食べる関西や九州の人たちに比べて体内の水銀量がぐんと高くなっていることをご存じだろうか?

 和歌山県太地町のイルカ追い込み漁を批判的に描いたアカデミー賞映画「コーヴ(入り江)」(2009年)でもイルカ肉の水銀値が非常に高いことを問題にしていた(こちらのニュースは「IWC脱退 食と文化の未来」でご覧ください)。

 熊本県の水俣病の原因物質はメチル水銀だった。たんぱく質と相性がよく、メチル水銀は生物の体内に取り込まれやすい。海水から栄養素を吸収するプランクトンがメチル水銀をため込み、プランクトンを餌にする小さな魚へ、小さな魚を餌にする大きな魚へ取りこまれていく。食物連鎖の上位にあるイルカやマグロなど大型で寿命の長い生物ほど体内の水銀濃度は高くなる。水俣湾では、多くの魚が弱って浮かび、それを食べた人間、猫、カラスなどが水銀中毒になった。

 水銀含有量の多い魚はマグロだけでなく、キンメダイ、メカジキなども含まれる。よりによって、静岡県民はキンメダイもメカジキも大好物だ。

 本当に、そんなに危険な魚をたくさん食べて大丈夫なのか?

メチル化水銀の健康被害は?

 水銀に敏感な人には神経症状が出現するとして、WHO(世界保健機構)は人体含有量50ppmを危険域の下限値として定めている。水俣病では手足のしびれや震え、熱さなどを感じにくくなる感覚障害、思うように身体が動かない運動失調、見える範囲が狭くなる視野狭窄などの神経症状を訴える人が相次いで見つかり、その後激しい痙攣や錯乱状態に襲われるなどの重篤な症状で亡くなった人も出ている。50ppm超の人に水俣病の初期症状が出るのだろう。

 メチル水銀は妊娠中の場合、胎盤を通して胎児に吸収され、脳性小児マヒに似た症状を引き起こすとされる。精神発達の遅れ、筋肉の異常な緊張、言語障害などとして出現する。

 本当にマグロをたくさん食べて大丈夫なのか?実際にはマグロを食べても、メチル水銀は健康への影響はないのかもしれない。だから、静岡県はHPで自慢しているのか?次から次へと疑問が浮かんでいく。当然、こんな重大な問題を静岡県が放っておくはずがない。

 マグロをよく食べる人たちの水銀含有量は毛髪によって調べることができる。静岡県民の場合、どうなっているのだろうか?

「健康寿命」とマグロの関係

基本構想案が明らかにされた

 先日「大学院大学」設置推進委員会で、設置目的を「県民の健康寿命延伸」であると何度も聞いた。そのために、県内約2万2千人の高齢者の生活実態調査を行ったそうだ。全国で、どこよりもマグロ好きな県民が感覚障害や運動失調などの神経症状を訴えるようなことはなかったのか。当然、マグロと「健康寿命」には深い関係があるはずだ。生活実態調査でも、明らかにされているかもしれない。

 県は「緑茶を多く飲むと死亡率が低下する」から5年間も掛けて2百人に緑茶パウダーを飲ませて血圧、血管、心機能改善効果の研究を行う、と発表。エビデンスのはっきりしない「緑茶効果」について「その科学的な要因分析」を大学院大学で行う必要性が高いのだ、と基本構想に書いている。マグロは緑茶という嗜好品ではなく、子供から大人まで食べる静岡県民の大好物であり、産業にも大きくかかわっている。そうか、マグロについてはすでに研究は尽くされているのかもしれない。

 早速、県民の毛髪水銀調査とマグロの健康影響について、静岡県健康福祉部の社会健康医学推進担当に聞いてみた。残念ながら、担当者は、良質なたんぱく源であるマグロと水銀の関係などいままで考えたこともなかったようで、「これから考えていきたい」と回答した。

 なぜこんな緊急性の高いテーマに取り組まないのか。不思議な話だ。

「セレン化水銀」研究の重要性

 ところで、わたしの知り合いに毎日マグロばかり食べる人がいる。しかし、その人は手足のしびれや震えを訴えてはいない。そもそもマグロは水銀値が高いのに、なぜ、あんなに元気に泳ぎ回ることができるのだろうか?

 いろいろ探していて、そんな疑問に答える最新の論文を見つけた。国立水俣病研究センター(熊本県)の疫学研究部長らが、水銀値の高い歯クジラの健康状態にメチル水銀がどのような影響をもたらしているのか調べた。2015年11月国際的な専門誌に発表。その結論は次の通りだ。

 「歯クジラ筋肉中に含まれる高濃度の水銀は、一定濃度(3~8ppm)のメチル水銀と残りは無機化された毒性がないセレン化水銀であることが明らかになった」

 メチル水銀は低い濃度で体内に残り、筋肉組織にある高濃度のセレン(肉や植物に含まれる必須栄養素)が毒物の防御システムとして働き、残りのメチル水銀と1対1で結合するため、ほとんどのメチル水銀は無害化されているという説だ。無害化された水銀を「セレン化水銀」と呼び、人間がセレン化水銀を大量に含むマグロやイルカをどんなに食べても水俣病のような症状を引き起こさないというわけだ。

 残念ながら、この研究成果が魚類の水銀含有量との関係にパラダイムシフト(その分野で支配的だった考え方に対する劇的な変化)をもたらしてはいない。厚労省HPを見ると、マグロ、キンメダイ、メカジキなどは1回80gとして週1回限りで食べることを推奨しているからだ。厚労省HPはセレン化水銀について言及していない。多分、定説にはなっていないのだろう。

 だからこそ、この研究でのさらなる取り組みが必要となる。

 静岡県は水銀含有量の多いマグロを食べても安全なのかどうかを早く調べて県民に知らせるべきだ。本当に「社会健康医学」大学院大学の設置が緊急性、優先度の高い施策なのか疑問は大きい。

※グラフ、マグロ市場、刺身写真とも静岡県HPの写真です。

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