「健康長寿」の実践者ジャック・ラレーン

96歳で亡くなったジャック

モロベイの海岸

 8年前のきょう1月24日(米国時間の1月23日)、Jack LaLanne(ジャック・ラレーン)がカリフォルニアの小さな観光地モロベイ(Morro Bay)の自宅で亡くなった。行年96歳。モロベイは伊豆半島と似た温暖な地域であり、西伊豆海岸の観光地によく似ていて、小さな島が近くに点在する美しいビーチとヨットハーバーが有名な街だ。

 ジャックは1週間前から調子が悪いことを気づいていたが、同居する家族が勧める医者の往診も近くの病院へ行くことも拒否した。死ぬ前日まで、日課にしていたエクササイズ(運動)を通常と変わらぬようにやり、翌日、家族が起きてみると、ジャックは永遠の眠りについていた。

 ジャックは健康についてこんな風に言っている。「エクササイズ自体が好きだったことは一度もない。だが、健康に必要なのは頭で考えることではなく、いつまで体が自分の思うように動くかだ」

 ジャックは寿命が尽きるその日まで心身ともに「健康ライフ」を全うした。

エクササイズ推進者になるまで

ジャック・ラレーン(米ウイキペディアの画像)

 ジャックは1914年9月、カリフォルニア州の大都市サンフランシスコにフランス移民の両親のもとに生まれ、父の都合でカリフォルニアの街を転々とした。小さな頃はお菓子とジャンクフードが大好きで、いつしか砂糖中毒に冒されていた。過食症で丸ぽちゃのジャックはときどき頭痛に悩まされ、怒りにまかせて斧で弟を殺しかけたこともあった。14歳のとき、父親が54歳で亡くなった。そのころ自分自身が醜い姿であることにようやく気づいた。

 健康食品の提唱者であり、ボディビルダーのポール・バラッグ(1895~1976)の「肉と砂糖」の弊害についての話を聞いた日に、ジャックはモーセのごとく啓示を受けたのだ。その日を境にすべてが変わっていく。自分の体の潜在能力を解き放そうと、まずは肉体を完全に変えることで自分自身の世界を変えようと決意した。

 いつしかジャックの口癖は「果物と野菜を食べろ、何よりも必要なのはエクササイズだ」。

「健康長寿」とは幸せに生き続けること

 90分のウェイトリフティング、30分のランニング、20分で1千回以上の腕立て伏せをするなどをするうちにジャック独自のエクササイズを開発していく。

 1936年ジャックが発明したのが、大腿四頭筋を鍛えるレッグエクステンション・マシーンだ。筋肉を鍛えることがいかに大切かをジャック自身の隆起した腿や腕、細くしまったウエストが教えていた。

 地元サンフランシスコの健康食品店がローカル番組のスポンサーとなり、ジャックを世の中に売り出した。ダイエットの効能やあらゆる筋肉のためのトレーニングの設計を伝授すると、視聴者はテレビの前でジャックをまねするようになった。6年後、ジャックのショーは全国番組となり、米国中がジャックの「ジャンピング・ジャック」「スクワットスラスト」「レッグリフト」に夢中になり、それらは米語の語彙として使われた。

 そのころの彼のことば。「微笑むことは喜びを動力として筋肉の全組織を使うことだ」。アメリカ中の女性視聴者たちはこぞって滑稽までに口を大きく開けたり、閉じたりして微笑むことを彼に学んだ。

 「問題があれば幸せと思えるほうがいいんじゃないか。それで惨めになるよりも」。ベトナム戦争に敗れ、ニクソンに不名誉な退陣が用意され、アメリカが自信を失いかけていた時代、アメリカの男たちはジャックの言うことに素直に耳を傾けた。彼の無限のエネルギーが大好きであり、目を落とすと自分の腹が見えることにうんざりしていたからだ。頭でっかちで怠惰になりすぎた肉体は座ったまま飲食におかされた。しかも、そうなることを自分で許してしまった。いつか何もできず寝たきりになってしまうことも知っていた。ジャックのショーを見て一念発起する者も数多く、その後、彼らはジャック同様に幸せとは何かを実感した。

 寿命が尽きるその日まで健康でいるためには、ジャックにならってエクササイズをし続けなければならない。「健康長寿」とはそういうことだ。

サンフランシスコ訪問の目的

アルカトラズ島を望む

 昨年夏、サンフランシスコを訪れ、ジャックが挑戦した両手に手錠をされ、両足を拘束、450キロのボートを腰にくくりつけて泳いだ現場に立った。1955年の41歳のとき、凶悪犯を収容したアルカトラズ島からサンフランシスコのゴールデンゲートブリッジ近くを目指して泳いだ。

 19年後、ジャックは59歳(あと5日で60歳)で再び同じ挑戦をした。手かせ足かせされ、ボートを引いて水温10度の海流に逆らって3キロ以上の距離を、みずからが編み出したバタフライの変形水法で水中を突き進んだ。潮の流れに逆らって、ひと搔きひと搔きする筋肉は疲れ知らずだった。やがてジャックが波間から現れて歩き出す。手かせ足かせが解かれ、ボートを引いていた腰の縄が引き抜かれた。ジャックは妻のエレン(元水中バレエ選手、ジャックと会う前はチェーンスモーカーでドーナツばかり食べていた)を軽々と抱き上げた。

 ウォーターフロントの群衆は熱狂し、感動に打ち震えた。人間業ではないことを成し遂げた偉大な男を絶賛するしかない。特に子供たちはジャックをスーパーマンのようにあがめ、その奇跡を見たその日から水泳教室に入った者が多かった。わたしがホームステイしたシアトルの英語教師ギャレットもその一人だった。「子供のときには彼がスーパーマンに見えた。大人になって、彼がただのふつうの男だと知ってうれしかった。だから、いまも毎日水泳と自転車をやっている」と話した。アメリカンドリームとはいまや金持ちではなく、健康長寿なのかもしれない。

緑茶多飲で「健康長寿」という国

「健康社会医学大学院大学」推進委員会

 昨日(23日)健康寿命延伸のための「社会健康医学」大学院大学設置のための委員会を傍聴した。「社会健康医学」大学院大学への疑問は「ニュースの真相 社会健康医学大学院大学のなぞ」に書いた。すでに出来上がった当局のシナリオを実現していくための儀式のような委員会だった。大学院大学設置の必要性について「緑茶を多く飲むと死亡率が低下する等の統計的な結果について、科学的な視点から要因分析」を挙げていたが、本庶佑委員長は「さすがに緑茶のために大学院大学を設置するのではまずい」などと訂正を求めた。まさに真相を承知していたかのようだ。

 「健康寿命の延伸」が緑茶を多飲すれば実現するものではないことぐらい県民すべてが承知しているだろう。緑茶のカフェイン(アルカロイド)成分を問題にする医者も多い。緑茶ではなく、ミネラルを多量に含んだ水を多飲することを奨める研究者が多い。「健康長寿」の定義さえはっきりと決めないで、それを目的とした大学院大学を設置しても、その目的を果たせるとは思えない。

 「最後になってお金の話をしても(……)ここまできてお金がないというのはおかしい。川勝知事はそのような手当てをしてほしい」(本庶委員長)。一般の県民はまず、お金の算段をしたあと、いろいろな買い物をする。全くそれがなくて大学院大学設置ができるとは、静岡県財政はあり余っていることに驚いてしまった。

 「健康寿命の延伸」に行政が手を差し伸ばす日本と、ジャックらを指導者として個々人が取り組むアメリカとの違いは何か。何よりも静岡県は大学院大学の目的をちゃんと正直に話した上で事業を進めなければ、将来に禍根を残すことは間違いない。

※タイトル写真はジャック・ラレーンではありません。ジャックはジャックでも作家のジャック・ロンドンです。サンフランシスコの対岸の街、オークランドにあるロンドンスクエアにある像。残念ながら、サンフランシスコでジャック・ラレーン像を発見できませんでした。

 「晩夏の墜落」(BEFORE THE FALL、早川書房)のジャック・ラレーンの記述を参考にいたしました。

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