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芸術家・藤枝静男を知ってもらうために

藤枝静男が墨書した平野謙の愛唱詩「冷やかに」  昭和60年(1985)7月だった。『冷やかに水を湛へてかくあればひとは知らじな火を噴きし山のあととも』。藤枝静男さん自身が墨をすり、何度か新聞紙に試し書きをしたあと、わたしの持参したマット紙にさっと書き上げた。「詠 亡友平野謙愛唱詩」と添え書きした。自刻した印で落款を済ませれば完成だ。同じ詩を特製の原稿用紙に愛用の万年筆で何度か書いてもらっていた。墨書をお願いすると、何らためらうことなく受けてくれた。藤枝さんにとって、書くことも芸術創作のひとつだった。旧制高校時代からの親友、評論家平野謙の病床へ見舞った話もそれまでに何度も話題になった。  当時、藤枝さんは78歳で、わたしは30歳が目の前だった。まだ若く未熟であり、酒を飲んでは、大声を出して、けんかをしたり、毎日が『火を噴いている』状態だった。まさに自分にふさわしいことばであり、すっかり気に入ってしまった。おカネでは買えないわたしの宝物のひとつとなった。  詩の作者は生田長江という初めて聞く名前であり、翻訳、評論、小説などで明治、大正、昭和期に活躍、平塚雷鳥ら女性たちの支援者だったという。  7月初め、浜松支社から沼津支社への転勤内示(8月1日異動)を受けてから、ほぼ毎日、仕事の合間をぬって、藤枝静男さんの自宅を訪ねていた。表通りの眼科医院の裏側で、藤枝さんは奥様が亡くなられてからは、母屋にただひとりで住んでいた。玄関で大きな声で訪問を告げてから、2階に上ると、いつでも「ああ、君か、また来たのか?きょうは何の話だったかな?」が決まり文句だった。時どき、お手伝いの女性が現れて、お茶を出してくれたりしたが、ほとんどは藤枝さんと2人だけの時間が流れていた。  それまでの人生の中で、他人の話を聞くのが、こんなに楽しいと思えたことはなかった。こんなに素晴らしい経験と教養にあふれる人が世の中にいるんだなあといつも感心していた。  奈良の志賀直哉宅をはるばる訪れ、書画骨董好きの志賀さんのために購入したばかりの玉舟和尚の書を持参した話は文化欄の記事にした。せっかくの書を志賀さんからけちょんけちょんにけなされてしまい、差し上げるつもりだったのに、仕方なく、情けなく、浜松に持ち帰ったのだ。浜松在住の俳人、相生垣瓜人さんに上げたら、瓜人さんは大喜びされたのだという。記事では瓜人さんが玉舟のお礼に何かを贈ったことを書いたはずだったが、それが何だったのか、すっかり忘れてしまった。  当時、藤枝さんが書いていた原稿の題名に『今、ここ』とあった。『今、ここ』とは、時間を止めることはできない、どんなに大切な時間でも限りがある。出会いのときめきもあるが、必ず、別れのときが来ることをテーマにしていた。  平野謙愛唱詩も同じで、『火を噴いた』過去があり、いずれ、冷たい水をたたえる『今、ここ』の境地にいる。そして、この年になって気がついたのは、そのすべてが泡のように消えてしまうことだ。 「近代文学」の仲間たちとサワガニ  もうひとつ、とにかく、藤枝さんは気前がよかった。  その年の6月、舞阪町の弁天島で開かれた「近代文学」の仲間たちの会を取材した。長編小説「死霊」の埴谷雄高さんも出席していて、難解な思想小説の作者をイメージしていたから、とても怖い人かと思ったら、そんなことはなく、まだまだ『火を噴いている』最中のエネルギーに満ちた酔っ払いだった。藤枝さんより2歳若かったから、仲間たちの中でも人一倍元気だったのかもしれない。弁天島での年1回の仲間たちの会もすべて藤枝さんが提供していた。  その年限りで、弁天島の旅館が閉めてしまうから、会を休止すると藤枝さんは言っていた。ただ、休止する本当の理由は、藤枝さんの健康状態だった。「すぐにいろいろなことを忘れてしまう」と藤枝さんは正直に話していた。写真では、埴谷雄高の後ろで、藤枝さんは旧友の本多秋五と話しているが、友人らとの会話で古い記憶は確かでも、最近のことになると危なげだった。ぼけてしまい何もかもわからなくなることを一番、恐れていた。  藤枝さんはそれから、8年後に神奈川県の療養所で亡くなった。亡くなってから3年後に毎週1回、『浜名湖の恵み』という連載特集を担当、そのとき、再び、「近代文学」仲間の会と引佐町伊平地区のサワガニを紹介した。藤枝さんは「近代文学」の仲間たちと、伊平辺りまでドライブをして、たくさんのサワガニを捕まえ、空揚げにしてビールを飲んだことを随筆にした。藤枝さんが再び、10年後に訪れて、探してみたが、サワガニは見つからなかった。  当時(1996年)、いまから25年前、少なくなったと言ってもサワガニは捕獲されて、東京の料亭などにたくさん送られていた。わたしの写真でも、いっぱいのサワガニが映っている。現在、若い人たちで、サワガニを食べたことがある人はほとんどいなくなった。『浜名湖の恵み』では、ドウマンガニ(大きな泥ガニ)、ズガニ(上海ガニの一種)も紹介したが、サワガニは食べておいしいわけではなく、鮮やかな甲羅の赤を彩りとして楽しむものだったから、すっかりと消えてなくなっても話題にならないようだ。  多分、時間がたつとはそういうことで、周囲の自然も変わってしまっている。サワガニはまだ見ることはできても、食べる文化は忘れられるのも仕方ないことだ。  わたしたちが承知している自然環境の常識が若い世代には全く分からない場合も増えている。逆に、情報機器の急激な進歩にわたしたちはついていけない。だから、新しい世代によることばの意味がわからない文学作品が次から次へと生まれている。果たして、いまの学生たちが藤枝さんたちの「近代文学」を読んで理解できるのだろうか。 日本近代文学館に資料を寄贈  藤枝さんの書『冷やかに』と「近代文学の会」の写真などを公益財団法人日本近代文学館(東京・駒場)に寄贈した。渋谷駅から井の頭線で駒場東大前駅を降りて、住宅街に沿って5、6分歩くと、駒場公園があり、その一角に近代文学館があった。  近代文学館はその名の通り、明治以来の「近代文学」を収蔵しているそうだ。パンフレットを読むと、「収集・整理・保存」を業務に挙げ、「展覧会、講座・講演会」を開催している。  2018年開催した没後10年「小川国夫展」の立派な図録をもらった。そう言えば、静岡市の会社に入社したばかりのとき、小川さんの謡曲講座に通っていた。歌舞伎と違って、謡曲はちゃんと筋立てがわかっていないと見ていても何が何だかわからない。謡曲の舞台よりも、小川さんの話はとてもわかりやすく楽しかった。最後に小川さんを取材したのは、富士山世界遺産特集でインタビューしたときだった。小川さんの『新富嶽百景』(岩波書店)を読んで、初めて、若山牧水「富士よゆるせ今宵は何の故もなう涙はてなし汝(なれ)を仰ぎて」を知った。酔っ払って、ただ富士山を仰ぎ見ているだけで泣けてくる牧水がそこにいて、それが日本人の心情だと小川さんは教えてくれた。富士山を見ていて、突然、泣けてくるのが、日本人であり、だから富士山は、世界遺産などという他人様の称号がなくても、日本の象徴であり、霊山なのだ。小川さんにとって、富士山とは親しみであり、おーい、お富士さんと呼び掛ける存在だとも話してくれた。  小川さんの写真を探していたら、1996年、裾野・総在寺が創建されたとき、お祝いに訪れた立松和平さんの写真が出てきた。小説「遠雷」の自筆抜粋が刻まれた石碑の前に立っている立松さんを撮影した。最後に立松さんに会ったのは、2004年6月で、立松さんが堂主を務めた北海道の知床毘沙門堂建立10周年を祝う法要だった。  総在寺を建立した浦辺諦善さん(沼津・光長寺南之坊)、歌人の福島泰樹さんとの交流の中で、立松さんにもしばしば会う機会があったが、2010年、62歳で亡くなってしまった。法隆寺で修行中だったと浦辺さんから聞いたが、真偽のほどはわからない。  なぜ、こんな話に飛んでしまったかと言えば、浦辺さんが熱心な法華経信者だった宮沢賢治の資料を収集していたからだ。総在寺境内には「遠雷」文学碑とともに「雨ニモマケズ」詩碑が建立されている。  文学者の展覧会には人があまり入らないだろうが、宮沢賢治だけは違うようだ。「宮沢賢治展」には数多くの人が訪れる。 藤枝静男展を期待しています  2005年4月に、浦辺さんが手に入れた丸善特製の原稿用紙に書かれた賢治の手紙とはがきを賢治全集の編纂に携わる大学教授2人が沼津の光長寺で鑑定した。当然、肉筆に間違いなかった。   新発見の手紙は、盛岡中学の5年先輩から送られた手紙に対する賢治の返事だった。昭和3年(1928)に先輩は新興宗教の行者を気取って、賢治にいろいろアドバイスをしたようだ。手紙の最後には4行詩が書かれていた。『暑曇連日 稲熱続発 諸君激昂 迂生強奔』。やはり賢治を研究してきた大平宏龍・法華宗専門学校教授によると、「仏典などからの引用ではなく、賢治の創作の可能性が高い。毎日暑い日が続き、稲はイモチ病にかかり、農民らは怒り、(私は)農業指導のために走り回っている」と教えてくれた。  もうひとつの新発見のはがきは東京の詩人大木実に宛てたもので、やはり、昭和3年に起きた三陸沖地震への見舞いに対する返礼で、病床にあった賢治は地震の惨状も伝えている。  浦辺さんは高校を卒業すると、大阪で法華宗僧侶の修行に入るとともに、古書店で宮沢賢治の『グースコブドリの伝記』初版本を購入したのを皮切りに、『風の又三郎』『銀河鉄道の夜』などの初版本を集め、自筆書簡まで4千点余もの資料を集めている。  「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」。浦辺さんは賢治のことば通りの思想を広めるために「賢治文庫」を開設した。ただ、「賢治文庫」は一般に公開されていない。文学資料を公開して、多くの人に見てもらうのはなかなか大変なことなのだろう。  昨年6月から9月、熊本市現代美術館で「谷川俊太郎展」が開催、そのパンフレットが送られてきた。文学を展覧会として鑑賞させようという試みで、パンフレットを見る限りではおもしろく思えたが、コロナ禍の中、どれだけの人たちが鑑賞したのか、心配だった。文学を読むのではなく、楽しんで見せるのは非常に難しい。  小川国夫展に続いて、いつの日か藤枝静男展が開催されるのを期待したい。ぜひ、日本近代文学館を訪れて、藤枝さんの『冷やかに』を鑑賞していただければ幸いである。 ※タイトル写真は日本近代文学文学館事務局に寄贈した藤枝静男関係の資料など。電話03(3468)4181です。

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リニア騒動の真相79静岡工区差止訴訟への疑問

裁判所は「本人訴訟」を丁寧に教える  マンション管理組合理事長として、原告となり新たな管理組合員に対する管理費等の滞納金支払い請求訴訟を静岡簡裁に起こした。68万円という少額(ただし民事訴訟で「少額訴訟」と言えば、60万円以下の金銭の支払いを争う裁判を指す)のため、最初、訴訟代理人(弁護士)を依頼したほうがいいのか、知り合いの弁護士に相談してみた。弁護士は「いくら少額の訴訟であっても、手間などは同じであり、もし、依頼を受ければ、費用は68万円を超える」と言われた。他の弁護士にも聞いてみたが、100万円以下の訴訟について、よほどのことがない限り、弁護士は引き受けないようだ。  このため、弁護士に依頼しない本人訴訟を考えた。初めての裁判となるため、何度か裁判所に足を運び、訴訟の手続きについて教えてもらった。  請求額140万円以下ならば、簡易裁判所に訴えを起こすことができ、簡易裁判所では、訴訟代理人の弁護士に依頼しないことを想定しているのか、懇切丁寧に本人訴訟のやり方を教えていた。訴状の作り方を教える3枚複写の用紙(裁判所、被告、原告に同じものが必要)が用意され、そこにどのように記載していくのか、別紙で事例に沿って詳しく、説明されている。それぞれの項目に、注意事項も丁寧に記されていた。ただ、これだと、ボールペンで書くことになり、もし、間違ったりする場合には、もう一度、最初から書き直さなければならなくなる。また、紛争の要点(請求の原因)や添付書類を説明する欄も非常に狭かった。  手書きによる訴状ではなく、パソコンを使うことができ、ちゃんと納得いくまで確認した上で、体裁さえ、見本の訴状と同じになれば、問題なかった。紛争の要点についても、裁判官が理解できるようわかりやすく説明すると長くなるから、訴状全体では5枚程度になったが、こちらも、全く問題なかった。訴状に書かれていることが事実であることを示す証拠書類の写しなどを用意して、3月22日に静岡簡裁窓口に訴状を提出した。すぐに裁判期日が決まった。  これで、被告から答弁書をもらい、5月の第1回の口頭弁論を待つだけになった。実際に裁判を起こしてみてから、大井川流域の住民ら107人がJR東海を相手取った「リニア中央新幹線静岡県内工事差止請求訴訟」(民事訴訟)の訴状を読み返していたら、いくつかの疑問を抱いた。本人訴訟を起こしたことで、初めて気がついた点があり、工事差止請求訴訟に関する疑問を追及したい。 「訴訟物の価額160万円(算定不能)」とは?  昨年10月30日に住民らから提起された「リニア静岡県内工事差止請求訴訟」については、11月5日付の東洋経済オンライン『JR東海と県の対立あおる「静岡新聞への疑問」』、また、静岡経済新聞11月14日付『リニア騒動の真相62JRが”重大事実”を隠ぺい?』で記事にしている。2度の記事で、訴状に書かれたいい加減な内容について追及した。ただ、今回、本人訴訟を起こすまで、裁判について全く知らなかったことがあった。  10月30日、リニア訴訟提起後に原告団は記者会見を行い、参加者に訴状を配布している。また、当日、わたしは原告団の弁護士から同じ訴状をもらっていた。2つの訴状を見返してみると、そこに違っている部分があることに、いまになって気づいたのだ。  記者会見で配った訴状では、『訴訟物の価額160万円(算定不能) 貼用印紙類 ※空欄だった』であり、弁護士が提供した訴状では『訴訟物の価額1億7120万円 貼用印紙類53万6000円』となっていて、金額があまりにも違うのだ。  わたしの裁判では、請求額68万円が訴訟物の価額となり、貼用印紙類7000円だった。予納郵便切手5330円とともに用意して裁判所に提出した。貼用印紙類とは、裁判所に支払う申立手数料である。  100万円までは1万円であり、68万円は70万円までであり、7000円となる。これは非常にわかりやすい。ところが、リニア訴訟の場合、(算定不能)として160万円となっていた。  最高裁判所のHPでは、「財産上の請求であっても算定が極めて困難なものに係る訴えについては、訴訟の目的の価額は160万円とみなす」とある。リニア差止請求訴訟の訴状にある(算定不能)の160万円はこれを指すのだろう。それでは、弁護士が提供した訴状の1億7120万円は、どのように計算したのだろうか?  弁護士提供の訴状には、原告団すべての名前等が記されており、その人数は107人だった。人数分107人×(算定不能)160万円で、1億7120万円となる。これで計算すると、申立手数料53万6000円となるわけだ。1人当たり約5000円であり、これでは、わたしの裁判の7000円より安くなってしまう。  いくら何でも、静岡県内のリニア工事価額が1億7120万円であるはずもない。まず入り口のところで、裁判所はちゃんと、この訴訟が正しいのかどうか確認したのだろうか? 最低でも1億5000万円の申立手数料となる  訴状では、『被告は、静岡県内トンネルの約83パーセントの工事区間8・9キロを「静岡工区」とし、それよりも東側の工区を「山梨工区」、西側の工区を「長野工区」とする。しかし、被告が「山梨工区」及び「長野工区」とするものうちの一部は静岡県内における工事が含まれる。そこで、この「山梨工区」及び「長野工区」でありながら静岡県内である工区を含め、静岡県内で行われる中央新幹線工区を「静岡県内工区」とする(図1)』とあり、静岡工区8・9キロに山梨、長野工区の静岡県分を足した10・7キロを工事差止請求の対象としている。  また、「鉄道施設工事のうちの路線を構成する橋梁やトンネル、軌道など(通称「土木構造関係物」)に関する工事計画、電気設備や運行管理システムの電気設備を中心とする工事実施計画に基づいた静岡県内における全ての工事」を対象としている。  JR東海は、電気設備などの工事を抜いた線路延長285・6キロの工事費を4兆158億円を見込んでいる。これを単純に割ってみれば、1キロ当たり140・6億円が算出される。静岡県内工区10・7キロを掛けてみれば、約1504億円と計算される。電気工事設備は入っていないし、当然、リニア工事の最難関とされる南アルプスを貫通する工事なのだから、さらに多額の費用が掛かることは明らかである。「1504億円」は最低限の費用の目安と言える。  また、JR東海はゼネコンの大成建設に静岡工区8・9キロを発注しているのだから、裁判所の職権で静岡工区の請負工事額がいくらか調べることはできるだろう。まさか、1504億円などという少額ではないはずだ。工事用道路として使うためにJR東海の費用負担で整備している県道三峰落合トンネル工事は約140億円、市道東俣林道整備約80億円である。それだけの費用を本体工事とは別の準備工事に使うのだから、訴額の1億7120万円がいかに少額かはっきりと分かる。  原告団としては、支払う手数料が安く済むほうがよいから、山梨工区、長野工区の静岡県内工事を含めてしまえば、正確な算定できないと考えたのかもしれない。しかし、ある程度までの費用ならば算定可能である。裁判の入り口となる訴額なのだから、ちゃんと調べるべきではないか。  最低限の1504億円を訴額と仮定すれば、申立手数料は1億5642万円となる。原告団107人は一人当たり約146万円を支払うことになる。1人当たり5000円で起こした裁判と146万円を支払う裁判では重みも違ってくる。  「財産上の請求であっても算定が極めて困難なもの」かどうかと言えば、それほど算定が困難とは思えない。JR東海に資料を提出させれば、概算の数字は出るはずだ。  なぜ、裁判所は最も重要な訴額について調べた上で、訴状を受理しなかったのか?当然、いまからでも遅くないのではないか? 立証責任は原告にあるのでは?  もうひとつの疑問は、わたしの起こした訴訟では立証責任はこちらにあり、訴状にある事実を立証するための証拠書類の写しを裁判所に提出するところから始まった。リニア差止請求訴訟では、いまのところ、原告団が調べて明らかにした証拠書類等は提出されていない。  今回の訴状では「本件工事によって被るおそれのある原告らの不利益は広範かつ深刻なものである」として、「大井川の水量が大幅に減るおそれがあり、これによって大井川の水を生活用水や農業用水等として利用し生活してきた原告ら大井川流域の住民の生活に多大なる不利益が生じるおそれがある」などとしている。この他、南アルプスの普遍的な価値を毀損するから、自然を享受する利益が失われる、一方、リニアによって得られる利益はわずかな利便性であり、原告らに不利益を強いてまで進めるほどの公益はない、などしている。  不思議なことに、原告団から訴状を立証する証拠書類等は全く提出されていないのだ。南アルプスの地下400mを貫通するトンネル工事であり、住民側が不利益となる原因を立証することが困難を極めるのはわかる。そこでJR東海に不利益がないことを立証するよう求めているのかもしれない。  裁判とは別に、国の有識者会議、県の専門部会ではJR東海に中下流域への水の影響がないことなどの資料等を提出、説明させている。疑問点等を洗い出し、それぞれの分野の専門家で議論している。国の有識者会議でも中下流域への水への影響はほとんどないとしているが、それに対して、県は意見書を提出して、説明がわかりにくいなど反論している。そこには、訴状に書かれている事実がすでに過去のものとなり、新たな知見等が加えられている。  裁判所という司法の場でリニア問題の是非を判断してもらうならば、まずは、訴額の1億7120万円が適正なのか、そこから始めるべきではないか。実際の工事費とはかけ離れているのは、誰の目にもはっきりとわかるからだ。  リニア事業の是非までを、いくら優秀だとしても、わずか3人の裁判官がこれだけの訴状で判断するのはあまりにも難しい。多分、不可能だろう。原告団は本当に不利益を被ると考えるならば、少なくとも、申立手数料2億円程度を支払い、裁判所としてできる限りの調査を行い、判断をしてもらったほうがいいのではないか。 (※タイトル写真は静岡地裁、静岡簡裁の入り口)

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リニア騒動の真相78国交省の解決策は?

「全量戻しできない」JR東海は信用できない?   一体、これほどかみ合わない議論の原因はどこにあるのか?  国の第10回有識者会議が22日、開かれた。トンネル湧水がリニア工事期間中(約10カ月間)山梨県側に流出した場合でも、下流域の河川流量は維持されるなどの「中間報告(素案)」が提示され、静岡県専門部会の2委員を含めて、委員たちは報告案の大筋を認めた。ところが、翌日の新聞各紙の論調は全く違っていた。  23日付朝刊各紙は、『国有識者会議 湧水全量戻しならず JR代替案「10年~20年かけ」』(毎日)、『国交省専門家会議中間報告巡りJR 副社長「全量戻しできず」 副知事は反発』(静岡)などと伝えた。  報告案では「JR東海の施工計画では、工事の安全確保等の観点から、県境付近の断層帯を山梨県側から掘削するため、掘削工事の一定期間中は山梨県側へトンネル湧水が流出し全量戻しとはならない」と明記され、確かに「全量戻しできず」となっている。しかし、そのあとに「トンネル湧水が山梨県側に流出した場合においても、静岡工区で発生するトンネル湧水を戻すことで下流域の河川流量は維持される」と続く。つまり、『全量戻せなくても、下流域への影響はほとんどない』が報告案の趣旨なのだが、記者たちはそう考えなかった。  会議後の質疑でも、「全量戻しできるかどうか」が再び、焦点となり、宇野護JR東海副社長に確認していた。宇野氏は「元の位置に戻すのはでき得ない話。全量戻すという考えはない」などと述べた。  『国有識者会議 湧水全量戻しならず JR代替案「10年~20年かけ」』の大きな見出しをつけた毎日は『(中間報告案に)工事中の一定期間、山梨県側にトンネル湧水が流出することから「湧水全量戻しにならない」と記載した』と書いた。『JR副社長「全量戻しできず」 副知事は反発』の1面トップ記事の静岡は「全量戻しできない」JR東海の責任を追及した。  翌日23日の知事会見で、毎日記者は「リニア静岡工区の最大の問題は影響が大きいとか小さいとか、わかりやすい説明の以前に、山梨から戻す期間の説明に見られるように不都合な真実を積極的に明らかにしない事業主体のJR東海に対する不信感が最大の問題だ。そんな事業主体に影響がないとか、大丈夫だと言われても、一体だれが信じるのか?(川勝平太静岡県)知事はJRを信用できますか?」と質問した。毎日記者は、JR東海は”不信の塊”であることを公言して、知事の同意を求めているのだ。  さすがに川勝知事でさえ「記者が言われたような不信感を抱かせるような状態になっているのは、JR東海にとって残念なこと」などと逃げていた。(JR東海は信用できないという)予断を持てば、記事がどうなるかは推して知るべしだ。  「全量戻し」とは何だったのか?それをちゃんと理解していないのだろう。予断を持って取材に当たるのが毎日新聞社の方針としたら、あまりにも残念である。 「全量戻し」と「影響回避」のどちらが重要か?  2018年8月2日に静岡県中央新幹線対策本部長名で県が出した資料には『大井川水系の水は大井川水系に全量戻すこと。仮にJR東海が「社会的に理解可能で、県・流域市町・利水者が納得できる内容で、河川流量等への影響を特定でき、かつその影響を回避できる方策を提示できる」のであれば、協議会としてはその方策を認める』と書かれている。つまり、原則は「全量戻す」ことを求めるが、河川流量等への影響がなければ、認めるというのが県の姿勢だった。  「全量戻し」要求に対して、最初、JR東海は県外に流出する毎秒2㎥のうち、「1・3㎥を導水路トンネルから自然流下で大井川に戻し、0・7㎥は必要に応じてポンプアップして導水路トンネル等から流す」提案をしていたが、県は強く反発した。  両者の協議が進む中で、2019年7月3日の県資料は、2018年10月17日に『JR東海は「原則としてトンネル湧水の全量を大井川に流す措置を実施する」ことを表明した』と書いている。その資料を読む限りでは、この時点での「全量戻し」とは、トンネル湧水2・67㎥の全量を戻すことを指していた。つまり、工事後、湧水全量戻しをすることで、問題解決のはずだった。  ところが、工事中の県外流出が問題として浮上した。  JR東海は、工事中の県外流出はやむを得ないことを県は承知していたと述べているが、県は、環境影響評価書の知事意見にある『トンネルにおいて本県境界に発生した湧水は、工事中及び供用後において、水質及び水温等に問題が無いことを確認した上で、全て現位置付近に戻すこと』を遵守するよう求めているだけだ、という。ただ、誰が考えても「工事中に発生した湧水を全て現位置付近に戻すこと」などできるはずもない。そもそもが無理無体な主張だった。  金子慎JR東海社長は25日の会見で、県が要求する「全量戻し」と大井川下流域の水利用への影響は全く別の問題であることを詳しく説明した。(10年から20年掛かる)県外流出の対応策案を示したのは、県が工事中の県外流出分の全量の水を戻すことを求めているからであり、最も重要なのは大井川の中下流域に影響を与えないことだ、と強調した。  だからこそ、第10回有識者会議の報告案に示された方策は、県が当初求めた社会的に理解可能で、ふつうであれば、納得できる内容と見るべきである。 有識者会議の中間報告に県は異常なほど反発  ところが、県にはそんなつもりは毛頭ないようだ。  23日の知事会見の中で、織部康宏県リニア担当理事は檀上で「JR東海は県外に流出しても、河川流量に影響がないと言っている。確かに工事中は、その時点で影響がないと思われるが、将来的に、地下水は県外に出る分は減るのだから、中下流域の表流水に影響が出てくると県は考えている」と珍妙な理屈で、有識者会議の中間報告に異論を述べた。  織部理事に確認すると、『2月22日に難波副知事名で国交省に提出した「提案」別紙に、県外流出による地下水の減少で、将来、中下流域への影響が説明されている』というのだ。   別紙には、静岡県の評価として『「導水路トンネル出口(椹島)では河川流量は工事前より少し増える。その下流では、地下水の地表流出量が少し減少し、河川流量の増分が相殺される」という現象が発生する影響があると思われる。それにもかかわらず、この現象を無視して「(トンネル湧水を山梨県側に流出させても、解析結果によれば)大井川の流量は増える」との説明には、同意できない』としている。  これが、「将来的な中下流域の表流水の影響とつながる」のか、さっぱりわからない。県の地下水の動きの評価は、15km下流の畑薙第一ダム下流まで及ばないとしているのに、織部理事はどのような根拠で中下流域まで影響が及ぶとしているのか?  また、JR東海資料では、静岡工区内のトンネル湧水は、河川流量の減少量よりも約2~3割程度多くなると予測している。有識者会議の報告案でも、静岡工区に発生するトンネル湧水によって、河川流量の減少が補われていることに留意が必要などと書いている。だから、中下流域の表流水が増えるのだろう。  会見で織部理事らの意見を聞いたあと、知事は有識者会議の中間報告案に強く反発した。とうとう福岡捷二座長を悪しざまに『御用学者』とまで批判した。約1時間半の会見時間の半分以上が、JR東海への批判一色に染まっていた。  翌日の24日朝刊では、読売のみが『知事「福岡氏は御用学者」 リニア有識者会議座長 交代にも言及』と伝えた。他紙は、『知事「工事に黄信号」 湧水全量戻し困難で』(静岡)、『工事自体極めて厳しい。黄信号 知事 湧水戻し案批判』(中日)などと知事の主張をそのままに報道していた。 いくら理屈で正しくても解決しない  山梨県外への流出分を500万㎥と想定して、JR東海が10年から20年掛けて戻す代替案はどうか?難波喬司副知事は3月9日の県議会委員会で「山梨県側は大量湧水が想定される(静岡県側の)県境付近と比べて湧水があまり出ない区間」と指摘していた。もし、静岡県に水を戻すとすれば、長期のスパンとなることを副知事は承知していたはずだ。初めて聞いて驚いているのは理解不足の記者たちだけである。  リニア山梨工区の工事の実績として、副知事の指摘通り湧水がそれほど出ていないことをJR東海は有識者会議で説明している。だから、計算上は10年から20年掛かってしまうと正直に話したのだ。毎日記者の言うように「不都合な真実を明らかにしない」というならば、わざわざ記者たちに説明することもしなかっただろう。単なる計算式による答えだから、不確実性を伴うが、記者の求めに応じてJR東海は丁寧に説明した。  22日の有識者会議、23日の知事会見、25日のJR東海社長会見と続き、その議論(囲み取材)が本質から遠く離れてしまい、虚しさがただよっていた。これではいつまでも無駄な議論が続くだろう。何か解決方法はないものか?  ああ、そうだ。最近、読んだ2冊の新書が大きなヒントを与えてくれた。『「年収1400万円は低所得」の真実』を訴える『安いニッポン 「価格」が示す停滞』(中藤玲著、日経プレミア新書)、片や、コロナ恐慌下での節約生活を伝授する『年収200万円でもたのしく暮らせます』(森永卓郎著、PHPビジネス新書)。  『安いニッポン』では、デフレで物価や給料が上がらず、世界で一番安い日本経済は停滞し、人材流出、高まるリスクの中で成長や発展が望めない日本を憂える。一方、『年収200万円』では、長期のデフレが続くから、お金を使わない生活が可能となり、100円ショップや回転ずしなどで十分幸せと大喜びだ。  一体、どちらが正しいのか、それは単に立ち位置や見方によって変わってくるだけである。日経新聞の購読者層は、上級国民や経営者らであり、成長を続ける世界の中で日本だけが置き去りにされ、大変なことになると不安でいっぱいだ。一方、大多数の下級国民たちは、いくら給料が少しばかり上がっても物価ははね上がり、生活物価がバカ高いサンフランシスコ並みになってしまうよりもいまの日本がずっといいに決まっている。  さて、リニア静岡問題はどうか?有識者会議の議論が続けば、中下流域に影響を与えない結論が示されるだろう。しかし、水問題の”主役”中下流域の人たちは、リニアができても、何のメリットも見えないから、理屈ではなく、万が一を想定して、織部理事のように反対を主張するだろう。  国交省がJR東海を指導してほしいのは、中下流域に影響がないという理屈の説明だけではなく、リニア工事再開を認めることによって、中下流域の人たちに何か素晴らしいメリットが生まれるという夢を与える話ではないか。  つまり、理屈ではいくら正しくても、全く別の立場から見れば、その理屈が違ってしまう。だから、理屈だけでは解決にはならないのだ。リニア静岡問題を一度、そういう視点から国交省は考えるべきではないか。

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リニア騒動の真相77国交省はダムの話をすべきだ!

大井川最大の水問題を語ろう!  大井川最大の水問題とは何か?  「生命の水を守れ」ー川根本町、島田市の一部(旧川根町)の人たちの熱い思いを原稿にしたい。そう、ずっと考えていたところ、2019年3月末が期限だった中部電力の川口発電所(最大使用量毎秒90㎥)の国の水利権更新で期限切れから2年経過するのに、いまだ許可が下りていないことがわかった。河川法では更新許可に当たって、知事意見を求めることになっている。国からの書類が県に届いていないから、それ以前の審査がいまのところ続いているようだ。  事業継続は認められているから、これまで同様に発電所は稼働しているが、県は現在のままで「正常流量」にふさわしいのか、ちゃんと調べているのか?リニア問題で流域住民の理解が重要だと言っているのだが、県は、大井川の恩恵を受ける利水団体の下流域ではなく、水源涵養に取り組み、「水返せ」を求める中流域の住民の意見をちゃんと聞いているのか?  いまのところ、県は全く手をつけていない。  80年代、大井川で行われた全国初の「水返せ」運動を知る人たちも少なくなった。大井川には数多くの水力発電所が建設され、各ダムが導水管で結ばれている。当時、塩郷えん堤から川口発電所までの下流域は、年間約210日間も表流水がほとんど流れていない悲惨な”河原砂漠”の状況が全国に伝わり、大きなニュースとなった。流域住民と歴代知事が一緒になって、「水返せ」に取り組み、1989年3月、塩郷えん堤からの河川維持流量毎秒3㎥から5㎥を勝ち取った。それで、少しは改善したかもしれないが、昔の大井川を知る人たちからすれば、豊かな清流が戻ったとは決して言えない。  それから30年はあっという間に過ぎた。ようやく、新たな河川維持流量を議論する川口発電所の水利権更新の時期を迎えたのだ。更新期限となる2019年3月が過ぎてしまったから、住民たちは川勝平太知事は何も動いてくれなかったのか、と半ばあきらめていた。最近になってようやく、住民たちは水利権更新がストップしていることを知らされた。  21日東洋経済オンラインにアップされた『「静岡リニア」川勝知事、ダム取水になぜ、沈黙? 中部電力川口発電所、国の許可得ず稼働続ける』が記事化されたから、流域住民だけでなく、多分、知事も読んでくれただろう。  さあ、これで、「生命の水を守れ」川勝知事の新たな出番となるのか?鈴木敏夫川根本町長をはじめ全町民が知事に期待しているのだ。 導水管で「河川流量」維持は全く問題ない  東洋経済オンラインの記事を読めば、「水返せ」が大井川最大の水問題だとわかってもらえるだろう。それなのに、リニア問題を伝える報道はダム問題に全く触れようとしない。それでは、読者は「河川流量」の本当の意味を理解できないだろう。  21日静岡新聞朝刊1面『中下流域の地下水 表流水維持で「影響小」』という大きな見出しの記事を読んでみれば、それがはっきりとわかる。大井川の表流水のほとんどは、導水管を流れていく。「水返せ」をちゃんと理解していれば、表流水は維持され、下流域の利水に影響ないこともはっきりとわかるはずだ。  記事は、第8回、9回の国の有識者会議で福岡捷二座長が「中下流域の河川流量が維持されれば、中下流域の地下水量への影響は極めて小さいと考えられる」との見解を示したことに触れている。リニア工事との関係で議論されているが、当然、導水管で川口発電所までつながっているから、河川流量は維持され、下流域の利水は担保されている(詳しいことは、東洋経済オンライン記事)。  沖大幹東大教授が一度、長島ダムの役割に触れていた。井川ダムから奥泉ダム、大井川ダム、塩郷えん堤、笹間川ダムを経て川口発電所に導水管で結ばれている。長島ダムで貯水された水は、井川ダムの水位が下がり、大井川広域水道などに影響の可能性があると思われるとき、放水される。導水管で川口発電所まで運ばれ、いざという時、長島ダムが下流域の利水ための役割を果たすのだ。  静岡新聞記事は、ただ単に会議での生の議論をそのまま伝えるだけだから、一般読者にはチンプンカンプンで、一体、何を言いたいのか、さっぱり分からない。これでは、JR東海の工事で河川流量に大きな影響が出るという印象操作をしたいだけなのか、と疑ってしまう。  記事の最後に、『難波喬司副知事が「河川流量が維持されるとの前提条件付きだ。維持されなければ中下流域の地下水がダメージを受けると言っているのと同じ」と指摘した。改めて、トンネル工事に伴う湧水全量戻しの議論が重要になるとの考えを示している』となっていた。副知事は立場上、「山梨県境の湧水全量戻しは重要」と発言するだろうが、下流域の地下水等に影響はほとんどないことを承知している。  そもそも、中下流域の水問題への影響が、リニアトンネル掘削工事で最大0・05億㎥から0・03億㎥(10カ月間の工事期間中)の山梨県外流出と関係するなど有識者会議で一度も議論されていない。川勝知事の「水一滴も県外流出はまかりならぬ」発言に対応するため、JR東海は県外流出対策を有識者会議に提案している。  記事では、JR東海が提出した、1つの水循環図を使っているが、肝心の川口発電所を削除していた。また、井川ダムから長島ダム、大井川ダム、塩郷えん堤、笹間川ダムを経て、川口発電所を導水管で結ぶ、別のわかりやすい2つの水循環図(1つは拡大図)をJR東海は資料として提出している。なぜ、こちらを使わないのか不思議である。  この2つの水循環図を使い、読者に説明すれば、中流域と下流域の水問題が全く違うことを分かってもらえただろう。印象操作とともに、話を複雑化しようとしている。  国交省鉄道局が複雑怪奇にしている  専門性が高く、ある程度、わかりにくいことは仕方ないが、リニア問題をこれだけこじれさせているのは、問題を整理して、シンプルに解決の方向に導く”必殺仕分け人”のような人材に欠けているからだろう。国交省がその役割を果たすはずなのに、もしかしたら、話をさらに複雑怪奇にさせているのは、当の国交省かもしれない。  3月14日、島田市で開かれた国交省と大井川流域10市町の意見交換会(非公開)の後、上原淳国交省鉄道局長、江口秀二審議官が会議の内容を説明した。続いて、島田市、牧之原市、藤枝市、吉田町の4首長が相次いで囲み取材に応じた=タイトル写真=。記者たちの質問を聞いていて、何だか話がおかしい方向に進んでいると強く感じさせた。  会議の趣旨は、第9回有識者会議の福岡座長コメントについて、国交省が分かりやすく説明することだった。今回の会議のために資料を作成、江口審議官らが10首長に中身を詳しく解説した。  ところが、国交省が作成した資料の中で「解説3:工事期間中のトンネル湧水の県外流出に対する対応策」を読んで、首をかしげてしまった。「流出量の全量を大井川に戻す代替措置として、先進坑貫通後に県外流出量と同量の山梨県内のトンネル湧水を時間をかけて大井川に戻す方策」を図に示して、説明している。  「これらの方策の実施に関しては、今後、JR東海が静岡県や流域市町等との間で協議されるものと考える」。これが国交省のコメントである。わざわざ「流域市町等」と書いてある。流域市町とは、当然、意見交換会に参加している10市町を指すのだろう。  有識者会議の議論では、JR東海が想定した「流域市町」とは、山梨県の自治体だったはずだ。それなのに、国交省の資料は「大井川中下流域の10市町」を指していた。「水一滴」問題までJR東海は、大井川流域市町と協議しろということになっている。  流域市町との話は「中下流域の河川水量の減少」「中下流域の地下水量の減少」に限定すべきだ。そのテーマに沿って、ちゃんとわかりやすく説明をして、流域市町にほとんど影響のないことを理解してもらえばいい。山梨県外へ工事中の10カ月間、最大0・05億㎥から0・03億㎥の湧水が流出しても、「中下流域の河川水量の減少」に影響はほとんどない、という有識者会議の結論をちゃんと説明すればいい。  会議後の囲み取材に応じた4首長に「有識者会議では下流域の地下水への影響はほとんどない、という結論の方向だ、みなさんは知事と同じで水一滴の流出も容認できないのか?」と聞いた。染谷絹代島田市長が「そういうことではない」と答えていたが、回答は曖昧であり、さらに「下流域の水問題への影響だけでなく、南アルプスの自然環境も問題」など生物多様性にも触れていた。県と同じスタンスであることを強調したかったのだろう。「水返せ」の川根本町の立場が最もわかりやすいが、各市町とも事情は全く違う。  ダムの導水管問題、水利権許可は利水団体にも関係してくる。鉄道局だけでなく、中部整備局担当者も流域市町との意見交換会に出席してもらうべきである。  単に、有識者会議の議論を説明する意見交換会では前に進まない。国交省はダムの問題をテーマにすべきであり、そうすれば、解決への糸口も見えてくる。 「飲水思源」の思想に立ってみよう  流域10市町長は20日、静岡市で「流域住民の理解と協力を得ることなく、リニア工事着工をしないよう」求める要望書を宇野護JR東海副社長に手渡した。要望書の内容は県と打ち合わせた通りなのだろう。  しかし、これは一体、何なのか。もし、南アルプスの自然環境保全までJR東海に求めるならば、大井川の水の恩恵を受ける下流域の自治体は、水源涵養などで応分の負担もすべきである。  静岡市井川地区の人たちは、早期のリニア工事着工を要望している。上流と下流の経済格差や過疎の貧しさを十分に承知しているのは、中流域の川根本町の人たちかもしれない。JR東海は当然、流域のための地域貢献べきである。ただ、単にリニア工事の説明に訪れても、流域の住民たちは聞く耳を持たないかもしれない。  知事は何度も、川根本町千頭と井川地区を結ぶ市道閑蔵線トンネル建設をJR東海に求める発言をしていた。県、静岡市、JR東海が3分の1ずつの費用を負担して、閑蔵線トンネルを建設することが望ましいが、流域10市町は一体になって、閑蔵線トンネル建設を要望すべきではないか。水の恩恵を受ける人たちは、その源流を守る人たちに感謝しなければならない。「水返せ」を理解することも同じように重要である。  国交省が主体となって、シンプルに解決の方向に話を持っていくべきである。JR東海を指導するとはそういうことではないか。

ニュースの真相

”W不倫報道”静岡新聞社長「創業以来の最大危機」

静岡放送社長辞任の意向は”藪蛇”だった  3月5日発売の週刊誌フライデー(発行部数約25万部)は、『平日昼間から一緒に酵素風呂、手をつないでディナーへ その後、「別宅」で密会し、週末にはゴルフ旅行ー「静岡放送社長と女子アナがW不倫」の衝撃写真』をスクープした。前日(4日)夕方からヤフーニュースが内容の一部を紹介すると、紙媒体の雑誌をはかるかに上回る百万超のアクセスとなり、静岡新聞、静岡放送の大石剛社長(51)は全国的な注目を集めることになった。  翌日(6日)には、静岡新聞は「お詫び」を掲載した。『(大石社長は)「報道されたような不適切な関係は一切ありませんでしたが、今後は誤解を与えないような行動を取るように注意してまいります」とし、責任を取って静岡放送社長を辞任する意向です』と書かれていた。  「W不倫」という不適切な関係は一切なく、行き過ぎたスキンシップで誤解を与えただけだと言うのだ。”密会用”マンションや一泊二日のゴルフ旅行などが事実とすれば、そんな言い訳が通用するとは思えない。  朝日、毎日などの一般紙も一斉に、大石社長が8日にも静岡放送社長辞任を発表すると伝えた。当然、「W不倫」報道がきっかけだとも書いている。実際には、「W不倫」報道に対する批判があまりにも多かっただけに、静岡放送社長辞任で何とか”火消し”を図りたかったのだろう。逆に、一般紙が報道するきっかけをつくってしまった。”火消し”どころか、全く事情を知らない県民にもあまねく知らせることになり、静岡放送社長辞任の意向は”藪蛇”だった。  「お詫び」は、静岡放送社長辞任の意向のみを伝え、静岡新聞社長辞任を否定した。フライデーは新聞社社長ではなく、放送会社社長、アナウンサーの「W不倫」のほうが読者が食いつきやすいと考えただけだろう。  静岡放送は、静岡新聞と管理、営業部門等すべて一体で、新聞記者が突然、放送記者となったり、垣根のない同じ会社である。静岡放送社長を辞任しても、大石社長の強大な権力はそのままである。静岡県外の読者は静岡新聞、静岡放送の特殊な事情を知らないだろう。静岡放送社長辞任を正式発表しても、大石社長に何らのペナルティもない。放送、新聞とも同じ会社なのだから、記者たちは、なぜ、静岡新聞社長辞任をしないのかを、尋ねるべきだ。  大石社長は、昨年12月1日の創立記念日(静岡新聞の創立記念日だが、ラジオ、テレビの静岡放送も同じ日を共有する)に新聞、放送の全社員に向けたメッセージで『創業以来の最大危機』を訴えた。  「W不倫」報道で事情は一変した。「不適切な関係」や「行き過ぎたスキンシップ」といった「W不倫」報道の中身ではなく、社員たちが、雑誌フライデーにリークしたことを『創業以来の最大危機』と呼ぶべきだろう。  フライデーの誌面では『(大石社長が)社員に「てめえ、トバしてやる!」と言い放ったのは有名な話。社長のパワハラのため、ここ数年、どんどん社員が辞めています』などと書かれている。  静岡新聞、静岡放送の社内でひどいことが起きていることだけが分かる。一体、何が起きているのか? 静岡新聞の改革は「待遇の改悪」  2020年10月10日の週刊ダイヤモンドが特集『地方エリートの没落』で、静岡新聞を取り上げた。ツイッター上にアカウントを開設した「静岡新聞 リニア大井川水問題を解説!」の静岡県庁「御用新聞」批判から始まり、オーナー会社(大石家が静岡新聞、静岡放送の株の大半を有する)の社風を揶揄(やゆ)している。  昨年9月20日の週刊サンデー毎日では、下山進の「2050年のメディア」連載第26回で、静岡新聞を取り上げた。こちらは、『NYT(ニューヨークタイムズ)と静岡新聞イノベーションリポート 何が違うのか』のテーマで、大石社長をインタビューしている。  「静岡新聞が今、日本全国の地元紙から注目をあびている」と期待を抱かせる始まりだったが、中身は違っていた。NYTの調査リポートをまねてつくった『静岡新聞イノベーションリポート』に、下山はずっこけてしまい、意味がよく分からないと嘆いているのだ。  <「紙かデジタルか」という話をするつもりはありません。私たちは「デジタルファースト」になるのではない。「ユーザーファースト」になるのです>という新聞社らしくない難解な文章は、読者を混乱させるだけで全く無意味だとインタビューの中で、下山は暗に批判している。  具体的に何をやりたいのか、全く分からないと首をかしげる。2ページ連載で、大石社長の写真説明の、「執務の服装もシリコンバレー風。スーツではない。役職定年とそれに伴う給与の引き下げを実行する」だけが具体的だった。要は、「待遇の改悪」を図ることが「静岡新聞イノベーションリポート」だと、におわせている。「給与の引き下げ」はすでに行われたのだろう。  これでは、社員たちが怒るのもやむを得ないだろう。 『泥船に乗ってもらう』と社員を脅す社長  「W不倫」報道の原田亜弥子アナウンサー(40)が、イノベーションリポートに関する一文を書いていた。  『Fail Fast Fail Often 早く失敗しろ! たくさん失敗しろ! 職業柄失敗は許されない精神で来た私にとっては衝撃的な言葉でした。でも失敗していないということは、裏を返せば、毎日言われたことしかやっていない、出来ることしかやっていないということ。一瞬聞けば当たり前のような言葉ですが一つ一つの講義を重ねていくと今までの自分の生き方、仕事のやり方全てにおいて考えさせられました。今変化しようとしている会社と共に自分自身も変わりたい。失われた時間をやり直すことは出来なくても、取り戻すことは出来るのではないかと確信しました』  「自分自身も変わりたい」。昨年9月、掛川で5日間、行われた「ブートキャンプ」に参加した原田アナが成果をつづった感想である。「ブートキャンプ」とは、アメリカの軍隊式訓練だが、静岡新聞、静岡放送が「ブートキャンプ」と呼んでいる意味は不明。原田アナと大石社長が懇意になったのも、「ブートキャンプ」がきっかけだとすれば、今回の報道が結果であり、原田アナの生き方、仕事のやり方すべてが変わるだろう。  とにかく、「ユーザーファースト企業」をはじめ、「ブートキャンプ」など何をしたいのか、分からないのが、静岡新聞、静岡放送の企業改革のようだ。  昨年12月1日の創立記念日に、大石社長は現在、『我々は未曽有の危機、創業以来最大の危機』にあり、『もし、この危機を全社員一丸で乗り越えなければ、「泥船に乗ってもらう」選択しかなくなるだろう』と述べていた。それに続いて、1月11日の新聞では、『静岡新聞SBSは、マスコミをやめる。』というセンセーショナルな全面広告を4ページにもわたって掲載した。それが一体、何なのか、読者には全く伝わらなかった。  下山進のように部外者ならば、「分からない」と言っても許されるが、社内で、「分からない」「意味不明」と言えば、「トバされる」のだろう。  『泥船に乗ってもらう』と社員たちを脅す社長はあまりいない。だから、社員の有志が、大石社長に静岡放送、静岡新聞の社長を辞めて、訳の分からない企業改革から手を引いてもらいたいと願い、フライデーにリークしたのだろう。 創業者大石光之助はかっこういい新聞人だった  わたしは2008年まで、30年間、静岡新聞社に勤務した。大学時代のゼミ「1930年代の思想の研究」で、地方の新聞人、桐生悠々(1873~1941)をゼミ論のテーマにした。一番有名な論説「関東防空大演習を嗤う」で、悠々は信濃毎日を追われるが、生きざまとしてはかっこいい新聞人の理想を貫いた。  静岡新聞社を辞めたあと、2009年に雑誌「静岡人」第2号「久能山東照宮」特集号を発刊した。その中に、静岡新聞創業者の大石光之助(1896~1971)を取り上げた。桐生悠々ほど知られていないが、全国一の安売り新聞をつくった大石光之助もかっこういい言論人だった。  13歳で徳富蘇峰の書生に入った大石光之助には数えきれないエピソードがある。合理主義者であり、名目を軽蔑し、名声という空虚な飾り物に反発したから、一般にはほとんど知られることはなかった。  そんななかで、東條英機の家族への物心両面での厚い支援、東京裁判のA級戦犯、拘置中のB、C級戦犯らがひもじい思いをする中で、さまざまな物資を送り、弁護団長の清瀬一郎を支えたことは特筆に値する。敗戦後、一夜にして逆賊になった東條は無謀な戦争の元凶、国を亡ぼした罪人とされ、マスコミは国民感情をあおりたて、東條らに憎しみと非難を集中させた。大石は正義心と反骨から、敢然として援助の手を差し伸べている。  勝者が敗者を断罪するのが東京裁判だったため、国際法、国際正義は無視され、A級戦犯のみに責任を押しつけた。東條の弁護を引き受けようとする弁護士がいない中で、日本を弁護するという立場で引き受けた清瀬の弁論を一貫して静岡新聞は掲載している。現在とは違い、静岡新聞の論調はマスコミ一般の傾向とは正反対を貫いていた。東條未亡人は大石の死後、雑誌婦人公論に東條一家を守った大石の「陰徳」を発表している。  東京裁判のあと、戦後の三大冤罪事件とされる、静岡県の幸浦、二俣、小島の3事件では、清瀬が弁護団長を務め、大石の静岡新聞は全面的に清瀬の弁護を支持する論調を掲げ、無罪を勝ち取るために戦った。  ユニークなのは、その経営だった。他の新聞社と違い、専売店を持たず、販売を中央紙の専売店に任せた。中央紙がカルテルを結んだルールに逆らい、1千円以上もの安売りで部数を伸ばしたが、業界の”ギャング”と呼ばれ、各社に嫌われた。30年ほど前、わたしは中央官庁の記者クラブに加入するために、地方紙の東京支社にあいさつに回ったが、安売りの静岡新聞はクオリティーペーパーではないと、何度も非難された。   わたしが静岡新聞社にいた時代、大石イズムはほんの少しだけ残っていた。幹部役員は他の社員たちよりも早朝に出勤して、他の目に見えないところで働くよう指示されていた。幹部役員が早朝、清掃を行い、偶然の来客者はその姿を見て驚いたという話をよく聞いた。  静岡新聞は給料等すべて男女同権であり、印刷、工務など現業の職場の人々と大卒の新聞記者との給料格差のない(年齢で同じになる)現在では考えられない会社だった。家族主義と呼ばれ、協同組合的な観念で社員を大切にするのが大石イズムのモットーだった。(※いまは違います)  「まことに空しきものは名なり、真に大切なものは実体なり」と大石は日ごろ言っていた。『創業以来の最大の危機』が何かは分からないが、もう一度、大石イズムをちゃんと理解すべきだ。 ※タイトル写真は、2020年12月1日の静岡新聞創立記念日で、全社員にメッセージを送る大石剛社長(静岡新聞の@エスのHPから)

ニュースの真相

リニア騒動の真相76”印象操作”にだまされる!

知事発言には”事実”チェックを!  川勝平太知事は24日の会見で、JR沼津駅鉄道高架事業に伴う、原駅周辺の貨物駅移転先での行政代執行(強制収用)で明け渡しを拒否していた地権者の久保田豊さん(81)を、昨日(23日)訪問、謝罪したことを明らかにした。この訪問についての知事の話は、目まぐるしくあちこちに飛び、とりとめがなく、何を言っているのか理解するのは非常に難しかった。それでも、最後に知事は「帰り際に(久保田さんと)ひじタッチをして、にこやかにお別れした。(久保田さんは)ずっと丁重に見送ってくれた」などと敵対していたとばかり思っていた久保田さんと関係修復ができ、久保田さんの信念等をほめたたえ、終始、友好ムードだったことを強調した。  同行した鈴木俊直秘書課長が知事に代わって檀上に立った。鈴木課長は「これ(行政代執行=強制収用)は知事が悪いわけじゃないんだからというようなお言葉を(久保田さんから)もらった。本当に5分程度の立ち話だったが、このタイミングで会っていただいてよかった」など知事発言を補強をした。この話の通りであれば、”美談”のひとつだったかもしれない。  ところが、事情は大きく違っていた。翌日(25日)新聞各紙は知事の発言から”美談”記事として取り上げていたが、毎日新聞のみ久保田さんに直接、確認した上で、知事訪問の”真実”を伝えた。  毎日記事では、【久保田さんは「知事は冒頭、『すいませんでした』と謝ったが、あとはペラペラと勝手にしゃべっただけだ。早口で何を言っているのかよく分からなかった。私がどうこういう暇もなかった。突然、来て5分もいたかどうか」と説明。「『握手しましょう』と言うから、ケンカするつもりはないのでひじで握手した。しかし、知事に対して裏切り者で許せないという思いは今も変わらない」と心情を語った。  知事の訪問の動機については「会った、顔を見せたという実績づくりのためだろう」と推測した】。毎日新聞を読めば、知事発言は眉に唾をつけたほうがよいことがわかる。  ただ、各紙の記者たちは知事の一方的な話を鵜呑みにして、そのまま報道した。読者、視聴者は数多くの報道を比べて確かめることはない。ファクトチェックはメディアの責任であるからだ。  今回の場合、当初、「絶対強制収用をしない」「貨物駅は不要」などとと啖呵(たんか)を切って、反対者から強い支持を得ていた川勝知事が約5年後に豹変、10年以上を経て、とうとう強制収用に乗り出したのだ。強硬な反対派、久保田さんが知事の突然の訪問を歓迎したという話に疑問を抱くのがふつうである。  知事会見の席では確認しようがない。さらに、秘書課長が知事の側に立って、異例の発言を行ったから、疑問を唱える記者もいなかった。一番気になったのは「知事が悪いわけじゃやない」(鈴木課長)という、久保田さんが知事に許しを与えたかのような発言だった。  権力者の知事が強制代執行を決めたあと、いずれ元地権者に面会すると記者たちの前で約束していた。久保田さんの指摘通り「会った、顔を見せたという実績づくり」が欲しかったのだろう。両者の話で合致している「5分足らずの訪問」がすべてを物語っている。  ”印象操作”とは相手に与える情報を取捨選択して、恣意的な伝え方で都合のいいように誘導することだ。メディアはまんまと知事の術中にはまってしまった。リニア問題でも、知事の”印象操作”に注意しないと結局、誤報となってしまうことが多い。 「座長コメント撤廃」を求めた川勝知事  第8回有識者会議について、2月14日付『リニア騒動の真相74「座長コメント」撤廃する?』で取り上げた、知事の9日の記者会見での発言をもう一度、振り返ってみよう。  第8回有識者会議が2月7日開催、会議後に出された福岡捷二座長(中央大学研究開発機構教授)のコメント「山梨県側へ流出しても、椹島よりも下流では河川流量は維持される」に、県庁で傍聴したした難波喬司副知事が「河川流量が維持されることはない。納得できない」などとすぐに反論した。各紙とも難波副知事の発言をそのまま報道した。  難波発言に呼応したのが、9日の知事会見だった。知事は「これまで座長コメントに厳しい批判があるにもかかわらず、座長コメントが相変わらず出されている。今回のコメントは要らない。蛇足だと言うこと。座長コメントは明らかに事務官が書いている。だから、座長コメントはなしにする。座長コメントはやめなさい。事務官奴隷になるような座長というのは、福岡さん、今までの学業は泣きますよと申し上げたい」などと厳しく批判、「座長コメント」撤廃を求めていた。知事発言を聞いていれば、座長が勝手に「山梨県側へ流出しても、椹島よりも下流では河川流量は維持される」と言ったように聞こえてしまう。  静岡新聞は「県は近く、国交省に座長コメントの撤廃を要請する文書を送付する」と伝えた。15日に国へ送る文書の素案について、県地質構造・水資源専門部会で了解を求め、22日に難波副知事名で「リニア有識者会議における今後の議論に関する提案」という文書を国交省へ送っている。  同文書では「トンネル湧水量を大井川に全量戻す時は、椹島より下流側の河川流量への影響はほとんどない。また、トンネル湧水による地下水への影響についても、畑薙第一ダムを超えて及ぶことはほとんどない」というのが(静岡県の評価)だった。難波副知事の「河川流量が維持されることはない。納得できない」という発言は影を潜めた  まして、川勝知事の「座長コメントを撤廃せよ」は影も形もない。知事会見を受けた10日付各紙は、『知事「座長談話」ずさん 国交省の運営を批判』(毎日)、『座長コメント撤廃を 国交省会議巡り 全面公開も要求』(静岡)、『県「流量維持 撤回を」 座長コメント巡り見解 国交省送付へ』(中日)などの見出し、記事を書いている。知事会見の内容は大きく伝えたのに、県の送付文書を正確に伝えた社はどこもない。知事の発言に比べて、あまりにも分かりにくかったからかもしれない。  メディアは知事の”印象操作”ばかりを伝える。流域の住民をはじめ県民の多くは新聞、テレビから情報を得ている。「座長コメントの撤廃」を求めた紙面は非常に大きく、読者の思考はそこで止まってしまっている。 第9回有識者会議の座長コメントは?  第9回有識者会議が2月28日、開かれた。座長コメントはどうなったのか見てみよう。3時間近くに及ぶ会議後に、今回も座長コメントにまとめられた。座長コメントと会議の中身を確認してみよう。  中下流域の河川水量の減少(水質への悪影響)、中下流域の地下水量の減少(水質への悪影響)について、a、地盤、b、気象、c、設備、d、施工の4つの要因から、どのようなリスクがあるのか顕在化させ、そのリスクへの対処について、JR東海が説明した。東日本大震災のような顕在化されない千年に一度のハザード(偶然性の強い危険要素)については話し合っても、解決策は見い出せないが、顕在化できるリスクについては対応できることが明らかになったのだ。  座長コメントでは『トンネル湧水を大井川に戻すにあたり、設定されるトンネル湧水量や突発湧水量等が不確実性を伴うことから、地盤状況の差異、気象や災害、設備故障等のリスク要因と、水量や水質に対するリスク対策の考え方について議論した』となっている。まさに、その通りだが、新聞記者の頓珍漢な質問を聞いていても、これだけを読んで理解できる流域の首長はいないだろう。  今回の会議で注目したのは、静岡、山梨県境の断層帯での工事法についてである。県は、山梨県側から上向き掘削で恒常湧水だけでなく、突発湧水を想定した上で、5百万㎥(10カ月間)流出と推定しているのだから、静岡県側から下向き掘削でもできるはずだ、と主張してきた。  JR東海はNATM工法で静岡県側から下向きに掘削する工法について、山梨県側への湧水流出はなくなるが、作業員の安全性を図ることができず、経済性にも疑問点が多いこと、また、TBM、シールド工法など最新の掘削機械を使った場合には、技術的に実現可能性が低いことを説明した。  座長コメントでは『山梨県境付近の断層帯のトンネル掘削については、JR東海により複数の工法について施工上の安全性等の観点からの評価が行われ、事業主体としては静岡県側からの掘削は難しいことが示された』となっている。この通りであるが、会議後に質問する記者は、座長コメントは誤解を招く恐れがあるなどと指摘していた。  座長コメントとは、議論の概略を簡単に記したものだから、もともと専門知識のない首長はじめ流域住民は当然、誤解を招くどころか、理解できないかもしれない。だから、会議を傍聴した記者がかみ砕いて、内容を説明すべきなのだ。その後の質疑もそのために取られている。知事の座長コメントへの疑問をそのままに述べているのでは、何のために会議を傍聴したのか全く分からない。  反対のための反対をしていたのは、静岡県専門部会から有識者会議に出席していた委員である。 ”印象操作”に立ち向かうには?  「トンネル掘削に伴う水資源利用へのリスクと対処」について、JR東海の説明のあと、森下祐一委員は東日本大震災のような想定外のリスク対応はどうなるのか、と聞いていた。これには、沖大幹委員がリスクとハザードの違いについて説明した上で、顕在化できないリスクには対処できないことを指摘した。  静岡県側からの下向き掘削について青函トンネル工事などで作業員の人命安全の観点から問題があったことをJR東海が指摘したのに対して、森下委員は「第2青函トンネル計画があると聞いている。この計画でも下向きでしか掘れないのか」などの疑問を投げ掛けた。第2青函トンネル計画(計画だけで実現性の根拠はない)ではシールド工法が採用されると言われるから、JR東海がシールド工法について簡単に否定したことへ釘を刺したのかもしれない。実現性に根拠のない第2青函トンネル計画についての施工技術を持ち出すことに何らかの意味があったのだろう。  さらに、地下水涵養量や表流水とともに大井川の伏流水についてカウントしろ、と森下委員はJR東海に求めた。この要請に対して、沖委員が伏流水は河川法上、表流水としてカウントされているなどと一蹴した。  国交省は有識者会議としてのこれまでの議論をまとめる方向で素案を作成したが、森下委員はJR東海に「アドバイス」をするための会議であると主張、国交省が素案をつくることに否定的な姿勢を示した。今回の会議を聞く限りでは、森下委員は「アドバイス」をするどころか、JR東海に難くせをつけているような印象があった。  もし、県専門部会の席であれば、森下委員の主張はそのまま通るのだろう。その結果、JR東海は屋上屋を重ねる作業を強いられる。科学的な”事実”を重んじる有識者会議ではそうはいかない。今回は、森下委員の質問を聞いた記者たちはJR東海への疑問としてそのまま報道するのかもしれない。  3時間にも及ぶ議論だったが、記者の質問は的外れのものばかり。”印象操作”川勝知事の影響が大きいのだろう。国交省は”印象操作”にどのように立ち向かうべきか、それを考えないと有識者会議そのものが有名無実となってしまうだろう。

ニュースの真相

リニア騒動の真相75流域自治体の「同床異夢」?

国と流域市町との意見交換会は「完全非公開」  JR東海のリニアトンネル工事を巡り、大井川流域の島田、焼津、藤枝、掛川、袋井、御前崎、牧之原の8市、川根本、吉田の2町の首長らと国交省との意見交換会が21日、島田市役所で開かれた。昨年12月20日に同様の会議を開催、10市町は、問題解決に当たって、地元の理解を得るよう求める要望書を国に提出していた。今回は、その要望にこたえるかたちで、2回目の会議が開かれた。川勝平太知事はリニア会議の「全面公開」を原則としているが、今回の会議は、報道関係者に対しても冒頭あいさつのみ写真撮影が認められただけだった。  知事が「全面公開」を強く求める国の有識者会議は、報道関係者はもちろんのこと、各市町や利水者団体、県専門部会委員、県議、市町議員ら広い範囲で傍聴できる。終了後に速やかに座長コメントが示され、後日、議事録も公開されている。  21日付中日朝刊1面は「流域市町 議事録作らず 国交省と意見交換会 要約のみ発言者なし」という見出しで、会議の”非公開”を批判する記事を会議当日にぶつけた。中日は、昨年12月20日の意見交換会について議事録、音声データ、文字起こししたもののいずれかを情報公開するよう求めた。ところが、開示されたのは、A4判4枚の箇条書きの要約のみで、約1時間半の会議内容にはほど遠かった。ざっくばらんに意見を交わす会議であり、非公開ということだが、議事録まで作らないとなると、”秘密会議”のイメージが強くなり、会議後の囲み取材で話す首長たちが、実際の中身をどこまで明らかにしているのか全くわからないことになる。(タイトル写真は会議後に囲み取材に応じた、右から藤枝、島田、吉田、牧之原の4首長)  ”全面公開”川勝知事と10市町の首長と意見交換会も毎回、首長の要請で非公開である。10市町首長は全員一致でリニア問題の解決を知事一任という姿勢だが、”全面公開”に関して言えば、首長たちは自分たちの都合を優先しているのだから、国の有識者会議に求めることはできないだろう。有識者会議委員のざっくばらんな意見交換のために、国は限定的な全面公開としてきた。「完全非公開」に比べれば、ずっとましである。国に全面公開を求めるならば、首長たちも知事と同じスタンスで臨むべきである。  22日付の各紙朝刊は、「(工事着工は)住民の理解を得ることが前提」など同じ見出しが並んだ。「住民の理解」とは名ばかりのことがわかる。住民が問題を理解するためには、国交省とどのような話し合いが持たれたのかちゃんと知る必要があるからだ。会議内容が非公開で、各首長らが約20分ほど囲み取材で話しただけで、理解が得られるはずもない。  中日の開示請求で公開された会議の要約の中に、氏名不詳の首長が「信頼を構築するには、このような会議・議論を積み重ねることが一番ではないか」という意見が登場していた。「信頼の構築」とか「住民の理解」とか、耳障りのよい抽象的なことばばかりが並ぶが、具体的には全く何もわからない。  また、島田市担当者が「誰の発言かより、流域としての発言内容が大切」と中日記者に答えていたが、”流域”と言っても、それぞれ自治体の事情は全く違うのだ。 「水利権」が各自治体の違いを鮮明にする  第8回有識者会議で実際に大きな問題となったのは、座長コメントではなく、沖大幹・東大教授(水文学)による厳しい批判だった。この批判の中身については、東洋経済オンラインの記事で紹介する予定だが、沖教授は「(JR東海作成の水循環の概念図で)神座地点では年間19億㎥流れているとされているが、その変動幅は9億㎥である。平均値の5割の変動があり、これは非常に大きい。これは水利権量という人間が使用する方を優先しているので、川に残る流量が減ってしまうということだ」などと述べていた。  『水利権量』ということばは非常に難しい。この難しい水利権量を調べていけば、流域の事情が全く違うことがはっきりと見えてくる。  現在、大井川下流域にある中部電力の川口発電所(最大出力58000kw)の最大使用量は毎秒90㎥である。発電を終えて、表流水に還元された水は、川口発電所直下の2つの取水口から広域水道、農業用水、工業用水として毎年約9億㎥が取水されている。これが大井川流域の利水のための「水利権量」となる。リニアトンネル工事によって、10市町は水利権量に影響が及ぶと考えているようだ。  県が作成した「大井川水系用水現況図」によると、川口取水口から唯一、民間の新東海工業用水(新東海製紙株式会社)が毎秒2㎥と非常に大量に利用する権利を持つ。公共では、島田市上水道が同0・173㎥、東遠工業用水同0・072㎥、大井川農業用水が季節変動で同約14・4㎥から同35・1㎥の水利権量を有している。  長島ダムが完成したことによって、新たに新川口取水口が設けられ、大井川広域水道は季節変動で同約2㎥の水利権量を持つ。  毎秒2㎥と言えば、トンネル工事に当たって、JR東海はトンネル内の湧水は、何も対策をしなければ、大井川流量は毎秒2㎥減少すると予測した。  JR東海の毎秒2㎥減少予測に対して、川勝知事は「62万人の”命の水”が失われるから2㎥の全量を戻せ」と主張した。当初、62万人とは、大井川広域水道を利用する市町の人口62万879人(2016年12月現在)を指していたはず。知事は雑誌中央公論2020年11月号に『国策リニア中央新幹線プロジェクトにもの申す』と題する論文を掲載、「”命の水”と流域県民」という見出しをつけた章で、「流域10市町の62万人が利用しています」と書いている。これはどう考えても、勘違いである。  大井川広域水道の利用自治体は、島田市、焼津市、掛川市、藤枝市、御前崎市、菊川市、牧之原市の7市で2016年当時約62万人だった。現在では、人口減少に伴い、約60万7千人となっている。この疑問を県水利用課に投げ掛けたところ、地下水利用を含めた2018年度水道統計調査の結果を示して、地下水を揚水する吉田町の上水道人口を含めて62万809人になると教えてくれた。  ただし、これでも7市1町であり、知事の書いた「10市町」ではない。つまり、袋井市と川根本町は、知事の言う”命の水”とは関係ないことがわかる。袋井市では農業用水を使っているから、9市町の全人口となれば、72万人を超えてしまう。62万人の”命の水”にこだわるならば、8市町である。  特に、吉田町は上水道をすべて地下水に頼っているから、他の自治体とは全く事情が違う。 県の文章は複雑怪奇だ  国の有識者会議では、下流域の地下水にはほぼ影響はないという方向性を確認している。県は難波喬司副知事名で国交省の上原淳鉄道局長宛にリニア有識者会議へ今後の議論に関する提案を22日、送付した。  提出書類の1枚目に鏡があり、(参考)が裏表2ページ、(資料1)が13ページ、(別紙1)が15ページ、(参考資料1)(参考資料2)。どこが肝心の提案なのか非常にわかりにくい構成である。担当理事によると、(参考)が「考察と提案」のポイントであり、それを読めばわかるのだという。  その中に、「中下流域の地下水の涵養構造」という項目がある。そこには『全体的に、「トンネル湧水量を全量大井川に戻せば中下流域の河川流量は維持される」という内容は、専門家による分析としては理解できる』と書かれていた。「中下流域の地下水の涵養構造」と「中下流域の河川流量は維持される」とがどのようにつながるのか、全く分からない。標題と中身が全く違うのである。日本語の文章としてつながらない。「座長コメント」を批判するのであれば、県は誰が読んでも分かるようにちゃんとこなれた文章にすべきである。  流域自治体の事情の違いを念頭に読めば、大井川広域水道を利用する7市は「中下流域の河川流量は維持される」に強い関心を持つ。「中下流域の地下水の涵養構造」には吉田町は特に強い関心を示すだろう。  県の文章は、”流域”全体を意識したために非常にわかりにくくなっているのかもしれない。  (資料1)と呼ばれる文章には、「4、中下流域の地下水の涵養構造」とあり、「県の考察」として『「中下流域の地下水は上流域の地下水によって直接供給されている可能性は低い」と確認されているが、地下水学的には、「上流域の深層地下水によって…」の方が正確な表現である』と書かれている。  つまり、「吉田町の地下水」にはあまり影響が及ばないことを県も認めているようだ。とすれば、知事の「62万人の”命の水”」から、吉田町民は外したほうがいい。吉田町長は意見交換会後の囲み取材に臨んでいたが、この事実を理解していたようには思えなかった。  また、県の考察には「地下水学的」という複雑な地下水の問題を簡単に表現したことばが登場している。今回、県が国に送付した文章は、難波副知事でなければ、理解できないような表現が非常に多い。  県の文章は有識者会議の事務局宛に送付しているが、これでは有識者会議委員も理解するのに苦労するだろう。14日付『リニア騒動の深層74「座長コメント」撤回する?』に書いたように難波副知事を有識者会議に招請したほうがいい。これほど一方的で難解な文章を公開されても、「流域の住民」は全く理解できない。 大井川の本当の水問題とは何か?  「水利権」問題で利水とは全く無関係なのが川根本町である。  大井川は上流部の井川ダム直下の奥泉ダムから、長島ダム、笹間川ダムなどを水路管で結んでいる。表流水のほとんどが水路管を流れている。川根本町のある中流域の河川流量は非常に少ない。県は国に送付した文書で「中下流域の地下水の涵養構造」について「非専門家が理解できるような、よりわかりやすい説明とする必要がある」と書いているが、県は中流域をつなぐ水路管によって河川流量が維持され、また、地下水は涵養されていない事実について全く触れていない。水路管によって、中流域の地下水は表流水に戻っていないはずだ。  1980年代の「水返せ」運動は、水路管で流れてしまう表流水を大井川に戻せ、という運動だった。大井川は”河原砂漠”となり、生物は生息しない場所となり、茶の栽培に必要な川霧が立たないことで川根筋の多くの住民らが運動に参加、全国的な注目を集めた。  川根本町の塩郷堰堤からの維持流量をさらに増やしてほしい、と地元の人たちは願う。川口発電所まで運ばれる水路管の大量の水は、いずれ下流域の利水に使われる。少しでも多くの水を河川に戻すことをどう考えるかのか、意見交換会後の囲み取材で4首長に尋ねた。  結局は、下流域の利水団体の水利権量は絶対に減らさないというのが回答だった。  川根本町の住民らは「川口発電所のための水路管の末端から大量の上水道、農業用水に直接、取水され、困っていない」現状をちゃんと理解している。だから、中流域の正常流量について議論すべきなのだ。  沖教授が莫大な「水利権量」を口にしたことで、何が最大の問題か明らかになった。  今回の会議の出席者は、上原淳鉄道局長、江口秀二審議官、嘉村徹也中部運輸局長で鉄道担当者ばかりだった。これでは、リニアトンネル工事推進のための説明はできても、大井川の水利権量を巡る状況を語ることはできない。ぜひ、次回の会議には大井川の水利権を説明する中部整備局担当者を出席させるべきだ。そうすれば、リニア静岡問題は解決の方向に近づくはずだ。

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リニア騒動の真相74「座長コメント」撤廃する?

川勝知事ら「座長コメント」厳しく批判  リニア静岡問題を巡る国の有識者会議が7日、開催された。会議後に出された福岡捷二座長(中央大学研究開発機構教授)のコメント「山梨県側へ流出しても、椹島よりも下流では河川流量は維持される」に、オブザーバー参加した難波喬司副知事が「河川流量が維持されることはない。納得できない」などと反論した。  さらに、川勝平太知事は9日の定例会見で、「座長コメント」を徹底的に批判した。翌日の10日付朝刊は、『知事「座長談話」ずさん 国交省の運営を批判』(毎日)、『座長コメント撤廃を 国交省会議巡り 全面公開も要求』(静岡)、『県「流量維持 撤回を」 座長コメント巡り見解 国交省送付へ』(中日)などの見出しがつけられ、「座長コメントの撤廃を求める」という県の見解に共感した紙面が並んだ。  9日の知事会見後には、難波副知事が「第8回有識者会議座長コメントについての静岡県の見解」と題した5枚の資料を配布、あらためて記者レクを行った。副知事は”精度の高くないJR東海の解析モデル”を否定した上で、そのモデルを使ったから、”誤解を生むような座長コメントの内容”がつくられたとしている。また、知事会見の中でも、リニア担当の織部康弘、田島章次の両理事が座長コメントへ強い不満を述べ、県は断固として「座長コメント」を問題にしていく姿勢を示した。  知事は「これまで座長コメントに厳しい批判があるにもかかわらず、座長コメントが相変わらず出されている。今回のコメントは要らない。蛇足だと言うこと。座長コメントは明らかに事務官が書いている。だから、座長コメントはなしにする。座長コメントはやめなさい。事務官奴隷になるような座長というのは、福岡さん、今までの学業は泣きますよと申し上げたい」などと厳しく批判、「座長コメント」撤廃を求めた。  この知事会見を受けて、静岡新聞は「県は近く、国交省に座長コメントの撤廃を要請する文書を送付する」とも伝えている。果たして、これだけぼろくそに批判されるほど、「座長コメント」はずさんだったのか? 「中下流で河川流量が維持される」を批判   有識者会議は各委員が意見を述べて、約2時間の議論を行った。その議論の方向を各委員の合意の下に、事務局が座長と相談した上で「座長コメント」としてまとめている。  座長コメントは「1、本日の主な論議事項」、「2、次回以降の議論事項」の2項目にわかれている。「2、次回以降の議論事項」は4点あり、専門的な内容を利水者にもわかりやすく説明するよう求めるJR東海への3点の指示、もう1点は、今後、行われる予定の県生物多様性部会の推移についてだった。ただ、「次回以降」については、日にちを含めて、実際には、何も決まっていない。  JR東海へ注文をつけた委員の意見を書いているが、JR東海への指示はJR東海に直接、確認すれば、それで済む話である。県の専門部会で、毎回、委員らはJR東海へ数多くの注文をつけている。いちいち、何を注文したのかまで言及すれば、それだけでややこしくなる。実際には、次回以降に何を議論するか、今回の県の批判などを受けて、内容は変わってくる可能性もある。予定は予定として、会議での決定事項のように書く必要はないではないか。  重要なのは、当日の結論となる「本日の主な論議事項」。知事らが批判しているのは、その結論部分についてである。一体、何が書いてあったのか?  『(1)前回(第7回)会議の座長コメントで今回(第8回)議論することとしていた「工事期間中における山梨県側へのトンネル湧水流出量の評価等」については、JR東海より示された以下の事項を有識者会議が確認した。  〇トンネル掘削に伴うトンネル湧水量と河川流量の概念の整理から、以下が示された。  ①椹島より上流側においては、トンネル掘削により、(a) 南アルプスの山体内部に貯留されていた地下水の一部がトンネル内に湧出して地下水貯留量が減少する。(b) (a)により山体内部の地下水位が低下することに伴い河川流量が減少する。(c) さらに地下水位の低下に伴い、地下から河川への地表湧出量も減少する。この結果、時間的な変化を伴いながら、上流では(b)+(c)が河川流量として減少し、(a)+(b)+(c)がトンネル内に湧出する。  ②これらのトンネル湧水の全量を導水路トンネル等で大井川に戻せば、椹島より下流側では、トンネル掘削前に比べて(a)の湧水量が河川流量に追加され、中下流での河川の流量は維持される。』  このわかりにくい文章を読んで、理解できる一般の人はいないだろう。この結論に異論を唱えた専門家の委員はいなかったはずだ。つまり、科学的、数学的の見地からは何ら問題ない。一般の人たちが、この文脈で理解できるのは、最後に書かれた『トンネル湧水の全量を導水路等で戻せば、中下流での河川の流量は維持される』という一項だけである。  その一項が理論的に問題ないとしても、県は大いに不満である。  『中下流の河川の流量は維持される』が科学的、工学的な議論の結論となれば、中下流の水資源への影響はほぼないことになる。それが有識者会議の結論となれば、利水上の支障があるとして河川法の占用許可を出さない姿勢の知事が問題になる。それでは困るのだ。  さて、今回、議論の中心となった工事中に山梨県側へ流出する湧水についてはどうだったのか? 県も過去には「先進坑を掘って対策を決めろ」  座長コメントでは次のようになっている。  『〇山梨県側に流出するトンネル湧水と河川流量との関係について、解析モデルにより、以下が示された。  ③JR東海の施工計画では、県境付近の断層帯を山梨県側から掘削することに伴い、当該工事期間中には山梨県側へトンネル湧水が流出する。その流出量を解析した結果、静岡市モデルでは約0・05億㎥程度、JR東海モデルでは約0・03億㎥程度と試算された。  ④当該期間中の椹島より下流側の河川流量は、導水路トンネル等で大井川に戻される量を考慮すると、平均的にはトンネル掘削前の河川流量を下回らないことが両モデルにおいて示された。これにより、両モデルの予測結果としては、トンネル湧水が当該期間中に山梨県側に流出した場合においても、椹島より下流側では河川流量は維持される。  ※今後、年変動の影響等を含め、更なるデータの提示や概念図の高度化をJR東海に指示した。』  これに対して、県はどのような批判をしているのか?難波副知事が配布した資料には、『JR東海モデルの水収支解析の問題点』を挙げている。『①このモデルは、地下水位の現状を再現できていないので、地下水位が影響する事象について、このモデルの計算結果をもって直接語る(評価を下す)べきではない。(資料ー1)②椹島付近の河川流量や椹島より下流の河川流量は、椹島付近及びそれより下流の地下水の流れの変化の影響を受ける。それにもかかわらず、JR東海モデルの解析範囲は、下流側は椹島付近であり、それより下流の地下水の動きは計算していない。また、椹島付近の地下水の流れは現況とは異なる状態を想定している。(資料ー2)  (科学的根拠についての県の見解)よって、「椹島付近及びそれより下流の地下水の動きを再現できていないJR東海モデルをもって椹島より下流(中下流を含む)の河川流量を直接、議論すべきではない」』  まず、わかるのはJR東海モデルの0・03億㎥に問題があるかどうかを書いているわけではない。ひとえに、JR東海モデルは精度が低く、そのモデルから導きだされた結論として、『中下流域の河川流量が維持される』は間違いだと言っているようだ。つまり、ここでは山梨県外への流出云々は問題にしていない。  副知事の指摘が科学的根拠に基づいているのか、疑問は大きい。資料では、『地下水の流れを正確に把握しない限り』、JR東海の計算に疑問を抱くと言っている。そんなことができるのか?もともと、掘削してみなければ、わからないことばかりだが、事前に議論できるのは「透水係数」などを使って、数学的に判断するしかない。つまり、「机上の理論」を議論している。JR東海へ求めるハードルは非常に高いのだが、出来ないことまで求めているように見える。  難波副知事名で、県が2018年8月に作成した資料には、『原則、全量を戻すとし、先進坑を掘ったときの観測結果をもとに、対策を決めるべき』と主張していた。先進坑を掘って、実際の観測結果を見て、対策を決めていくべきだと県も考えていた。それが山岳トンネルの掘削では常識だったはずだ。  それなのに、理論的な議論の末に結論となった「座長コメント」は誤解を生むとしている。難波副知事の発言及び資料は、JR東海モデルを基に議論している有識者会議の委員への批判とも言える。有識者会議は、JR東海の解析モデルによる計算結果を基に議論して、何らかの結論を導き出し、それを座長がコメントしているに過ぎないからだ。  それではどうするのか? 難波副知事の出席を要請すべきだ  知事は「座長コメントに厳しい批判がある」と言うが、批判しているのは県(県専門部会の委員を含める)側のみである。ところが、有識者会議に出席している森下祐一部会長らは、難波副知事と同じ視点に立って、批判をしているわけではない。少なくとも、森下氏は知見に基づいて、科学的な疑問を投げ掛けている。ただし、他の委員は森下氏の主張を相容れているわけではない。  まず、今回の座長コメントの文章は一般には分かりにくいから、一般にも理解できるように文書を書き直した上で、『トンネル湧水の全量を導水路等で戻せば、中下流での河川の流量は維持される』を第9回会議の冒頭で委員に配布して、合意を得ていることを確認すべきだ。  会議の場で委員は「座長コメント」の内容にすべて賛成である、という場面から始めるべきだ。どうもあやふやな議論で終えてしまった印象が強いのは否めないのだ。   もう一つの解決策として、国交省は、難波副知事を招請して、有識者会議の席で発言をさせたほうがいいのではないか?わたしには難波副知事の主張は昔、流行した『トンデモ科学』(疑似科学)ように見えるが、メディアは県の主張をそのままに大きく取り上げるから、流域の人たちの不安を煽り、国交省の姿勢に疑問を抱かせることになっている。  前回の『リニア騒動の真相73「一滴の水」か「生命安全」か?』で書いたが、県は、静岡県側からの下向き掘削を行い、山梨県側へ一滴の水流出も容認しない姿勢である。まず、下向き掘削ができない理由を明らかにして、上向き掘削工法を採用するのが有識者会議の結論としなければ、山梨県側外への流出での影響を議論しても、県は納得しないだろう。  県は、山梨県側への流出で中下流域の河川流量は維持されるかどうかではなく、湧水全量戻したとしても、中下流域の河川流量が維持されるというJR東海の主張そのものに疑問を抱いているのだ。  その結論に不満を抱く静岡県を代表して、難波副知事に出席してもらい、作成した資料を基に科学的な根拠を示し、『中下流での河川の流量が維持されない』という根拠を主張してもらうべきだ。メディアの前だけで、正当性を主張するのとは違うだろう。  県が文書で座長コメントの撤廃を求めるのだろうから、その対応策として、この2点をぜひ、奨めたい。 ※タイトル写真は、座長の福岡捷二氏(国交省提供)

ニュースの真相

リニア騒動の真相73「水一滴」か「人命安全」か?

『毎秒2トン減る』から問題が始まった  2月7日、リニア静岡問題を議論する国の有識者会議が国交省で開かれた。最も重要な議題は、『工事期間中(先進坑貫通まで)の県外流出湧水の影響評価』である。その前提となるのが、今回のタイトルに使った『「水一滴」か「人命安全」か?』。この難しい問題が有識者会議で話し合われることを大いに期待した。  『「水一滴」か「人命安全」か?』については、静岡県地質構造・水資源専門部会が2019年10月4日、県境の畑薙山断層帯について山梨県側から上向きで掘削するトンネル工法が適当かどうかを議論する予定だった。山梨県側から上向きに掘削すれば、県外へ湧水は流出してしまう。県は湧水への影響を最大限に抑えるため、静岡県側から下向き掘削ができるのではないかと主張していた。ところが、当日、議論はほとんど行われず、終了してしまった。会議の最中に、県が「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」と題した一枚紙を配布したことが大きな原因だった。  その紙に何が書いてあったのかは後ほど説明するとして、「水一滴も県外へ流出させない」を主張する県と「工事の一定期間中、作業員の安全確保を優先させたい」JR東海との真っ向から対立する主張の結論は出ていない。  ただ、この難しい問題について理解するためには、1月31日「リニア騒動の真相72」でお伝えした『リニアトンネル設置によって毎秒2㎥減る』議論まで戻らなければないだろう。  JR東海は2013年9月、環境アセス法に基づき公表した環境アセス準備書の中で、リニアトンネル設置によって、大井川上流部の流量が『毎秒2㎥減る』と予測した。  この予測に対して、2014年3月、川勝平太知事は毎秒2㎥減少することで、住民生活や産業活動に大きな影響を及ぼす恐れがあるとして、『毎秒2㎥減少するメカニズムを関係者に分かりやすく説明するとともに、環境保全措置の実施に当たっては、鉄道施設(山岳トンネル、非常口(山岳部))への技術的に可能な最大限の漏水防止対策と同施設内の湧水を大井川へ戻す対策を取ることを求める』という知事意見を提出した。  知事はさまざまな席で、毎秒2㎥は大井川広域水道の7市人口62万人に当たるため、「静岡県の6人に1人が塗炭の苦しみを味わうことになる。それを黙って見過ごすわけにはいかない」など『生命の水を守る』などの表現を使い、『毎秒2㎥=全量戻し』を想定した発言を行っていた。  このため、JR東海は当初、椹島までの導水路トンネル設置によって毎秒1・3㎥を大井川に戻し、残りの0・7㎥を必要に応じてポンプアップして戻す対策を提案した。ただ、トンネル湧水全体は毎秒2・67㎥であり、湧水全量を戻すと表明したわけではなかった。  県の「全量戻し」の要請に対して、2018年10月17日、JR東海は「原則としてトンネル湧水の全量(すなわち毎秒2・67㎥)を大井川に戻す措置を実施する」ことを表明した。これで、「全量戻し」問題は解決したはずだった。  ところが、そうではなかった。 「県外流出は一滴たりともまかりならぬ」  2019年8月20日の会議について書いた『リニア騒動の真相13「水一滴」も流出させない』で、難波喬司副知事が県外流出を問題にした経緯を記している。その席で、県は一滴たりとも県外流出はまかりならぬと主張、その後の県知事会見を経て、各メディアは『毎秒2㎥減る』や『湧水の全量戻し』の本質論を忘れてしまった。そもそもは、中下流域への影響が出るのは、表流水の減少だったのだ。  そして、JR東海が主張する作業員の人命安全のために、県外流出はトンネル工法上やむを得ないのかどうか話し合うのが10月4日の会議だった。そこには、トンネル工法の専門家安井成豊委員(施工技術総合研究所)も特別に招請されていた。ところが、安井委員の発言はほぼ遮られてしまい、議論は尻切れトンボで終わった。  そこに登場したのが、県の作成した1枚紙「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」。内容は主に3つあり、県はここで下り勾配を強く主張している。  1点目<静岡県が疑問に思っていること>は、静岡県は下り勾配のトンネル工法ができるはずではないか、と疑問を呈していた。『JR東海は「毎秒3㎥を上限にリスク管理を行うことは技術的に可能」としながら、下り勾配で工事をすれば「水没するリスクがあり、安全性に問題がある」のは矛盾している』と指摘する。  JR東海は、畑薙山断層帯の脆い地質では、毎秒3㎥を超える可能性を念頭に、作業員の安全確保から山梨県側からの下り勾配での工事を想定している。毎秒3㎥のリスク管理では問題がある、と言っているのだが、県は静岡県側からの下り勾配でも、毎秒3㎥のリスク管理を行えば、安全な工事ができるのではないか、と疑問を呈している。  2点目の<静岡県等が懸念していること>では、『畑薙山断層帯を下り勾配で工事した場合、想定外の湧出量となり、大量の地下水が抜けきってしまう恐れがある。水資源や自然環境に与える影響は極めて甚大だ』と言っている。ここでは、湧水への影響だけでなく、自然環境の面からも県はあくまでも下り勾配でトンネル工事を行うように求めているのだ。  そして、3点目は『私たち(県)が問題にしているのは、トンネル近傍河川の表流水だけでなく、地下水を含めた大井川水系全体の水量だ』と言うのだ。こんなことを言い出せば、トンネル工事そのものはできないだろう。第7回の有識者会議でも、JR東海は大井川水系の水循環図を作成、一般の人たち向けに説明をするための資料を用意した。しかし、突き詰めて行けば、大井川水系には、2500m以上の水源となる南アルプスの山々は50座以上もあり、その全体がどうなっているのか調べる必要が出てくる。間ノ岳の源流だけの問題ではなくなってしまうのだ。  当初、JR東海が大井川の表流水について毎秒2㎥減少を公表したため、県は「全量戻せ」と言い、JR東海は毎秒2・67㎥の湧水全量を大井川に戻すことを表明した。毎秒3㎥までは、リスク管理できるとJR東海は説明した。いまでは大井川水系全体の話となり、表流水だけの問題ではなくなってしまった。  県はさらにハードルを上げて、工事中の「湧水一滴の県外流出はまかりならぬ」と主張、県は作業員の人命の安全確保に疑問を抱き、下り勾配で掘削すれば、静岡県の水は県外流出の恐れはなくなるのだ、と主張してきた。  2014年3月の知事意見書では、『水資源』について、『トンネルにおいて本県境界内に発生した湧水は、工事中及び供用後において、水質及び水温等に問題が無いことを確認した上で、全て現位置付近へ戻すこと』と書かれており、県はこれを『湧水全量戻し』の根拠としている。  さて、今回のタイトルである『「水一滴」か「人命安全」か』の判断を、国の有識者会議に求めているはずだが、果たして、結論は出たのだろうか? 県の疑問、懸念事項を解決すべきだ  結論から言えば、国の有識者会議は、『「水一滴」か「人命安全」か』の議論を一切、行わなかった。  福岡捷二座長(河川工学)は、県の作成した1枚紙「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」を全く承知していなかったのだろう。今回は、水収支解析を従来のJR東海モデルだけでなく、新たに静岡市モデルも使い、山梨県側から上り勾配での工事を前提に、トンネル湧水が県外流出するとして、10カ月間の工事期間中の河川流量の変化を計算した。  JR東海モデルでは、約0・03億㎥が山梨県側へ流出するが、湧水全量戻しによって、椹島下流側の河川流量は約0・02億㎥増加、また、静岡市モデルでは約0・05億㎥山梨県側へ流出するが、椹島下流側の河川増加分は約0・04億㎥増加する計算を示した。「両モデルの予測結果としては、トンネル湧水が工事期間中に山梨県側に流出した場合でも、椹島より下流側では河川流量は維持される」(座長コメント)を、有識者会議で確認した。つまり、山梨県側からの上り勾配のトンネル工事でも中下流域の表流水に影響を及ぼさないことが正式に認められたのだ。  JR東海は県専門部会でも、繰り返し、同じ主張をしていた。つまり、2018年10月、湧水全量戻しを表明した時点で、大井川中下流域の表流水は逆に増える可能性さえあり、全く問題ないと説明していた。県専門部会では全く相手にされていなかったが、沖大幹東大教授(水資源工学)、徳永朋祥東大教授(地下水学)、西村和夫東京都立大学理事(トンネル工学)ら国の有識者会議の錚々たるメンバーが科学的、数学的に認めたのだ。  しかし、それと県の疑問、懸念事項とは全く別の問題である。  会議後の会見で、「県外へ湧水が出ることを川勝知事はやむを得ないと思っているのか?」という質問が出た。江口秀二審議官は「河川流量が維持されるのかどうかを議論してきた。トンネルの掘削の仕方は次回の会議で行う」などと話した。さらに、「川勝知事は納得するのか?」という疑問に、江口審議官は「利水者の理解を得ることが重要だ。水を使っている人たちがどう考えるのかが重要」などと答えた。  江口審議官の回答はすべて正しいのだが、これでは県の「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」に答えてはいないのに等しい。  有識者会議には県側委員として森下祐一委員(地球環境科学)、丸井敦尚委員(地下水学)が出席していた。彼らは静岡県の疑問、懸念事項にはひと言も触れていなかった。これでは、もし、有識者会議で中間報告や結論が出たとしても、県専門部会は2019年10月4日の時点に戻って、再び議論を始めるだろう。  川勝知事は12月23日の会見で、たとえ有識者会議の結論が出ても、県専門部会に諮り、さらに中下流域の住民の理解を得るとしていた。今回の有識者会議の議論は、知事に絶好の理由を与えたことになる。山梨県側からの上向き工法で河川流量に問題ないことはすべての人が理解できたかもしれない。しかし、なぜ、山梨県側から上向きでトンネル掘削するのかを誰も理解していない。  『「水一滴」か「人命安全」か?』の結論を出したほうがいい。多分、川勝知事は問題にするだろう。  タイトル写真は2月7日開催された国の有識者会議(国交省提供)

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リニア騒動の真相72岩波書店「世界」の間違いは?

川勝知事『62万人の生命の水』の意味は?  岩波書店の月刊誌「世界」は、1946年1月号創刊であり、ことし1月号で75年目を迎えたそうだ。1月号の編集後記で「いま日本では批判的にものを考えて生きることが奨励されない。本当に批判的に考えて、考え抜くという立場をつらぬいている雑誌は『世界』だけになった。(中略)『世界』は75年かけて読者と執筆者の協力で批判性をみがきあげてきた。われわれ市民知識人の雑誌である」という和田春樹氏(歴史学者、東大名誉教授)の推薦のことばを編集長が紹介していた。また、「一号たりとも手を抜いて編むことはできない、との思いを強くします」と編集長が決意のことばを書いていた。  40年以上前、「世界」は学生たちにとって権威ある雑誌だったが、長い間、手に取ることはなかった。今回、12月号の『「オール静岡」が問うリニア建設』を読んでみて、暗澹たる思いにさせられた。「市民知識人の雑誌」としてはあまりにずさんだったからである。本質的な問題『毎秒2トン減る』は、12月号の57ページ小見出しに使われていた。その57ページを読んでいて、不思議な数字がたくさん出てきて違和感を覚えた。調べてみると、多くの数字が間違いだった。  最初に違和感を覚えた、「世界」の明らかな数字の間違いを指摘したい。2013年9月、JR東海は環境影響評価準備書の中で、リニアトンネル工事完了後に大井川の流量が、環境対策を取らなければ、「毎秒2㎥減る」と予測した。「世界」では『これ(毎秒2㎥減少)は、生活用水や農工業用水を大井川に頼る中下流の八市二町(島田市、焼津市、掛川市、藤枝市、袋井市、御前崎市、菊川市、牧之原市、吉田町、川根本町)の六二万人の水利権量に匹敵する膨大な量だ。』と大井川流域に与える問題の大きさを紹介していた。この一文の中にある間違いは、大井川流域に住む人ならば、注意して読めば、すぐに気がつくだろう。  大井川流域に住んでいなくても、こんなことは、ネットで調べれば、簡単にわかる。ことし1月1日現在の「8市2町」の合計人口は、62万人よりも10万人以上多い72万9444人である。いくら何でも数字の違いが大きすぎる。著者は何の確認もしなかったのだろう。リニア静岡問題をずっと追ってきたから、わたしはすぐに気がついたが、「世界」読者は、全く違う地域に住んでいるから、何の疑問も持たないだろう。編集者たちは、手を抜いてしまったのか?  『62万人の生命の水』とは川勝平太知事がよく使うフレーズだから、著者はそれに引きずられて、思い込んでしまったのか。2017年1月当時、大井川広域水道を利用する島田、焼津、掛川、藤枝、御前崎、菊川、牧之原の7市人口は合計62万879人で、7市は「毎秒2㎥」の水利権を持っている。多分、知事はその数字を使ったのだろう。  もし、大井川広域水道を念頭にしたならば、現在では人口減が続き、7市の合計は約60万7千人としなければならない。農工業用水まで含めると、8市1町であり、これも8市2町ではない。その場合の人口でも、72万人を超えてしまう。これでは、著者が「水利権」「8市2町」の意味をよく分かっていないことが明らかである。  こんな簡単な間違いを見れば、リニア静岡問題の実情を踏まえていないことは明らかだ。いくら批判的であってもリニア建設反対という立場だけで、リニア静岡問題を論じるのはあまりに危険である。 「毎秒2㎥減る」が大問題だった!  57ページの数字の間違いはこれだけではなく、5カ所もあった。『たとえば、2018年度には147日間もの節水期間が設定された』と書いているが、調べれば、2018年度の節水期間は95日間しかない。2019年度の52日間を入れて147日間だが、これでは節水期間を誇張したことになる。「世界」編集部は、すべての間違いをもう一度、調べて確認すべきだ。「世界」編集長宛に手紙を送るつもりだが、読者の信頼にこたえるよう、ちゃんと対応することを望みたい。  「世界」12月号を読んだことで、『毎秒2トン減る』とは一体、何だったのかをもう一度、考えてみるきっかけとなった。「毎秒2㎥減る」は本質的な大問題だからである。  『毎秒2トン減る』は、「世界」でも、最初、小見出しをつけたように最も大きな問題と考えていた。57ページでは「毎秒2㎥」を「全量戻し」の意味で使っていたが、途中から何の説明もなく「全量戻し」の意味を変えてしまう。これでは、読者には何もわからないだろう。「世界」の記事は、リニア静岡問題を反リニアの立場から都合よい情報に変えて提供しているだけで、和田氏の言う物事を考え抜く姿勢には欠けている。  JR東海が2013年9月、アセス準備書で大井川の表流水が「毎秒2㎥減少」することを初めて明らかにしたことで、川勝知事は2014年3月、大井川の河川流量の確保について『毎秒2㎥減少するメカニズムを関係者に分かりやすく説明するとともに、環境保全措置の実施に当たっては、鉄道施設(山岳トンネル、非常口(山岳部))への技術的に可能な最大限の漏水防止対策と同施設内の湧水を大井川へ戻す対策をとることを求める』などの意見書を送った。  これに対して、JR東海は「毎秒2㎥減少」のうち、導水路トンネル設置で「毎秒1・3㎥」、残りの「0・7㎥」は必要に応じてポンプアップで戻す、という対策を公表した。知事意見書には『トンネル湧水をポンプにより排水して川へ戻す場合は、温室効果ガスを抑制する方法を採用すること』となっていたため、豊水期にはポンプアップしなくても大井川表流水は十分に水量が満たされているとして、「0・7㎥は必要に応じて戻す」とJR東海は考えたようだ。  しかし、この「0・7㎥」が問題になった。「世界」では次のように指摘した。  『2018年10月、JR東海は、県に送った「大井川中下流域の水資源の利用の保全に関する基本協定(案)」のなかで、それまでの「必要に応じて」との努力目標ではなく、「トンネル湧水の全量を大井川に流す措置を実施する」という「全量戻し」を約束した』  ここでは「全量戻し」とは「毎秒2㎥減少」と書いている。導水路からの「1・3㎥」だけでなく、ポンプアップの「0・7㎥」を加えて、常時、毎秒2㎥を大井川に戻すことを県が求め、JR東海はそれを約束した。川勝知事の「62万人の生命の水」はまさに、「毎秒2㎥減少」を問題にしていた。  ところが、「毎秒2㎥」が「全量戻し」ではなくなってしまうのだ。 8月20日会議で「全量戻し」の意味が変わった  「世界」の記事も突然、「全量戻し」を「毎秒2㎥」から変えてしまう。以下の記事である。  『ところが、わずか4日後の10月4日、事態は急変した。JR東海は連絡会議の委員である有識者との意見交換会の場で、「トンネル湧水の一部は流出する。だが、大井川の流量は減らない。むしろ、湧水を大井川に戻すので流量は増える」と表明したのだ。  静岡工区は両隣の山梨工区と長野工区よりも標高が高い。JR東海の発言は、工事中に両県に流出するトンネル湧水があると説明したものだが、「全量戻し」を反故にする発言にその場が「え!」とざわつき、学識者のひとりは「水が減らない。どういうことか?」とかみつき、難波副知事は「すべての議論を振り出しに戻すとは」と驚きを隠さなかった』  JR東海は、毎秒2㎥の全量戻すことを反故にしたわけではない。県が「全量戻し」の意味を『工事中に両県に流出するトンネル湧水をすべて戻せ』にしたのは事実だが、「世界」が書いているように10月4日の会議の席ではない。だから、学識者も副知事もそんな反応をしていない。  事実を振り返ってみる。2019年6月6日、県は大井川水系の水資源の確保などに関する意見書をJR東海に送った。その中で、「既に着手している山梨工区と長野工区のトンネル工事で、静岡県内の水が県境を越えて流出する可能性があるので、対策を示せ」と書いている。これまで、この問題は県環境保全連絡会議で議論されていたから、県は他県への流出を想定して、その対策を示せと書いていたのだ。  JR東海は7月12日、中間意見書に対する回答案の中で「工事期間中、作業員の安全を配慮をした上り勾配での工事を行うため、薬液等で対策しなければ、山梨県側に最大毎秒0・31㎥、長野県側に毎秒0・01㎥が一定期間流出すると想定する。地下水への影響をできる限り低減したい」と従来通りの答えを述べている。  県が「全量戻し」を「毎秒2㎥」から「水一滴」に変えてしまったのは、10月4日ではなく、8月20日の会議である。その会議については、『リニア騒動の真相13「水一滴」も流出させない』(8月26日)に詳しく書いてある。  当日は、JR東海と県地質構造・水資源専門部会の森下祐一部会長との意見交換の場だった。森下氏と工事中の地下水への影響について議論している最中、オブザーバーとして出席していた難波喬司副知事が「全量戻せないと言ったが、認めるわけにはいかない。看過できない」などと発言、厳しく反発したのだ。会議後の囲み取材で、難波副知事は「JR東海は全量戻しの約束を反故にした」などと述べ、メディアは難波発言を一斉に報じた。この「全量戻せない」が、工事中の他県への流出だった。  3日後の定例会見で、川勝知事も「湧水全量戻すことが技術的に解決しなければ掘ることはできない。全量戻すことがJR東海との約束だ」など追い打ちを掛けた。メディアは知事発言もそのままに取り上げた。この時から、「全量戻し」が「毎秒2㎥」から、「水一滴」となったのだ。  2019年8月23日の『リニア騒動の真相13「水一滴」も流出させない』には、「血の一滴も流してはならぬ」とする「ヴェニスの商人」の物語にたとえ、これは単なる詭弁であるとわたしは書いた。メディアは県の主張をそのままに書いたから、「全量戻し」の意味が変わったのだ。  そして、「水の一滴も流出させてはならぬ」を10月4日の会議で、県はあらためて求めた。 県が求めるのは「血の一滴」と同じだ!  静岡経済新聞は、10月4日の会議について、『リニア騒動の真相19「急がば回れ」の意味は?』(10月7日)で紹介した。その内容は「世界」の記事とは全く違う。  この日の県地質構造・水資源専門部会では、森下部会長が「JR東海が上り勾配でのトンネル工法を選択する理由について科学的に議論することに限る」と冒頭、議題を述べた。そのために、トンネル工法の専門家委員も出席していた。ところが、会議をぶち壊したのは、県だった。突然、「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」と題した1枚の文書を配布したのだ。この日の議題ではないから、この文書について議論はされなかった。  会議中にいくら読んでも分かりにくい長い文書だったが、その最後の一文だけは何を言いたいのか理解できた。  『9月13日の意見交換会において、JR東海がトンネル工事中の表流水は減少しないといった内容の説明をしていましたが、私たちが問題にしているのは、トンネル近傍河川の表流水だけでなく、地下水を含めた大井川水系全体の水量です。JR東海が、そういう認識を共有しているのかも懸念されるところです』  つまり、「全量戻し」は「毎秒2㎥」ではないことをあらためて、県は10月4日、文書で表明したのだ。「地下水を含めた大井川水系全体の水量」であり、山梨、長野両県に流出する「水一滴」も含むのだ。「ヴェニスの商人」の「血の一滴」同様に、こんなことが可能であるはずもなく、静岡県の権限(権力)の恐ろしさを感じた一瞬だった。ただ、JR東海も全く、静岡県への「誠意」を見せることなく、単に科学的な議論の場に臨んでいたから、この問題は既に政治決着を図る段階にあったのだ。これ以上、議論しても結論は出ないと県は言いたかったのかもしれない。  2019年の夏から秋に掛けて、『リニア騒動の真相』を読み返して、その時々の疑問や不信な点を思い出した。それはすべてそのまま現在につながっている。  ※「世界」12月号は、リニア工事差止訴訟原告団の立場で原稿を書いたことが分かる。タイトル写真は、提訴後の記者会見