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静岡の未来

21日は投票日、「徳川家康」は有効か無効か?

静岡選挙区4候補はぽっちゃり系  参院選(投票日21日)が真っ最中である。選挙候補掲示ポスターを見ると、2つのことに気が付いた。4候補者すべてがぽっちゃり系でちょっと太めであること、もう一つは徳川宗家19代徳川家広さん(54)が他候補よりもひときわにこやかな笑顔で、見る人に安心感を与えることだ。徳川家の”お坊ちゃま”とか”若殿”とか呼ばれる家広さんの人柄がにじみでる写真をうまく使ったようだ。  全国に4つある2人区で、唯一、野党の同士討ちとなり、これだけ注目を集めている選挙区は他にはないだろう。5月28日、立憲民主から家広さんが出馬表明をしたため、静岡選挙区の構図は一遍に様変わりした。当初は現職の自民牧野京夫さん(60)、国民民主榛葉賀津也さん(52)の”指定席”と思われていたものが、一挙に混迷の度合いを増した。知名度抜群の徳川宗家19代が名乗りをあげたのだから、牧野、榛葉の両氏も安穏としていられる状態ではなくなった。  安定した自民票を考えれば、牧野さんが当確であり、残り1議席を榛葉さん、家広さんが激しく争うという見方を新聞、雑誌などはした。当初、家広さん人気に疑問符もあったが、短期間のうちに一挙に浸透した。「徳川」という名前がいかに強いパワーを持っているかだ。その結果、関係者は家広さんが断然、有利と見ていたが、直近では互角あるいは榛葉さんが頭ひとつ抜けたと予想している。しかし、投票日まで1週間以上あるから、無党派層の間で家広さん人気はさらに増すのかもしれない。(各党間で家康の関ヶ原の戦いを彷彿させる「権謀術数」策が繰り広げられている噂を聞いた)  「徳川家康」。天下統一した日本の歴史上に不滅の存在である武将、政治家、実力者の名前はあまりにも大きく、静岡県では親しみはひときわ大きい。当然、家広さんは、偉大なご先祖さまの存在を十分に生かして選挙戦に臨んでいる。しかし、疑問がひとつある。  有権者は、投票用紙に「徳川家康」と書いてしまわないだろうか? 「徳川家康」と投票用紙に書いてしまう?  太閤秀吉人気の関西では、家康は極端に嫌われている。大坂の陣後に、関西ではやったという落首に「憎むべし 木から落ちたる猿の子(秀頼)を食って狸(家康)が腹つづみ打つ」。関西では家康を「陰険」「腹黒」「狡猾」な「狸おやじ」と呼んだ。家康の生まれ故郷愛知の出身で、義理と人情という男の世界を描いた小説「人生劇場」の作者尾崎士郎は家康をテーマに随筆「いやな男」を書いている。尾崎は、方広寺大仏殿の鐘銘に「国家安康」「君臣豊楽」の文字があったことに難癖をつけて大仏の開眼供養を中止させた裏切者として許せなかったようだ。  ところ変わればで、関西から静岡に移れば、だれもが家康を深く尊敬する。不遇な人質時代の竹千代、天下を取ったあと、駿府城を築城した大御所の物語に親しんでいるからだろう。江戸時代270年の平和の礎を築いた「徳川家康」は1607年に駿府に移り、1616年駿府城で亡くなり、久能山東照宮に祀られた。静岡での家康人気は不動の地位にある。だから、家広さんも選挙区に「静岡県」を選んだのだろう。しかし、それだけに、有権者が誤って「徳川家康」と投票用紙に書く可能性を否定できない。  投票所に行ってから、あまり知られていない「徳川家広」ではなく、誰もが知る「徳川家康」と書いてしまうお調子者、つい、うっかりと最後のところで間違ってしまう者など理由はいくらでもあるが、「徳川家康」票は静岡県内の開票所すべてで必ず見つかるだろう。この場合、有効票ではなく、疑問票に分類されてしまう。  「徳川」とだけ書けば、指し示す候補は家広さんしかいないから有効票となるだろう。しかし、「徳川家康」まで書いてしまえば、家広さんを示しているとまで言えなくなる。  1万円札ならば半分残っていれば、5千円に替えてもらえる。三分の二あれば1万円と交換だ。「徳川家康」4文字のうち、3文字は同じなのだから、「四分の三(75%)票」としてみなすのが合理的だが、公職選挙法の案分票にそのような規定はない。そのまま1票として認めるのか、全く別人なのだから無効票となってしまうかのどちらかだ。  静岡県選挙管理委員会事務局に問い合わせたが、ずいぶん長い間、待たされた。 「答えは出ません」が回答だった  「答えは出ません」。それが静岡県選挙管理委員会事務局の回答だった。  えっ。それではどうするのか。静岡県選挙管理委員会が「統一見解」をつくらなければ、静岡県内の各自治体は困るだろう。まてよ、自治体ではなく、「統一見解」をつくるのは国の役割なのかもしれない。それで、総務省選挙課に問い合わせた。  「統一見解はありません。また、これから統一見解をつくることもありません。疑問票を判断するのは開票所管理者です」。総務省の回答も同じだった。いっそのこと、四分の三(75%)票とすれば、いいのではないか。しかし、そのような規定がないのだから、有効票か無効票のどちらかに開票所責任者が決めることになる。今回選挙で開票所管理者の責任は重大である。  開票所には各陣営から立会人が行き、疑問票があればチェックする。もし、「徳川家康」とあれば、家広さんの立会人は有効票と主張するだろうし、他の候補の陣営では別人なのだから無効票と主張するに違いない。これでは開票所で大混乱が起きる恐れはないのか?  そうは言っても、総務省、静岡県が「統一見解」を出せば、それはそれで双方から批判が出る可能性を否定できない。非常に難しい問題だ。いつまでたっても「答えが出ない」はずだ。  投票結果が僅差だった場合、「徳川家康」問題は浮上するかもしれない。家広さんにしろ、他の候補にしろ、そのような問題が起きないよう静岡県選挙管理委員会では祈っているだろう。裁判所で判断することになっても、これは簡単ではない。 なぜ、立憲民主を選んだのか?  ところで、家康をまつる久能山東照宮は、家広さんが事前に何の連絡もなく、出馬表明したことに当惑している。それも自民ではなく、立憲民主から出馬したからだ。神社界は神道政治連盟を結成、伝統的に自民を支援している。現在、久能山東照宮の幹部神職が神道政治連盟静岡支部長を務めているのだから、表立って家広さんを支持することはないだろう。日光東照宮はじめ他県の東照宮も息をひそめている状態だ。  家康4百年祭は2015年4月17日(家康の命日)を中心に5日間、久能山東照宮で開かれた。御三家の関係者をはじめ、徳川慶喜家の子孫にあたる、徳川康久さんが出席した。当時、康久さんは靖国神社宮司だった。徳川家もいろいろな系統があり、それぞれの考え方は違うのだろうが、家広さんの決断を現在の当主、徳川宗家18代は支持したのだろうか。  15代将軍慶喜は静岡に謹慎したため、徳川宗家16代を田安家の家達が継いだ。家広さんの父、徳川宗家18代恒孝さんは会津藩主松平容保のひ孫に当たる。17代の養子に入って、宗家を継いでいる。  「人の一生は重荷を負いて遠き道を行くが如し」。駿府城公園に設置されている家康遺訓碑は恒孝さんの書である。明治維新後、関西での悪評さながらに家康の評価は地に落ちた。「国家安康」をはじめとした狸おやじ伝説は明治以降に創作されている。はるか遠い先祖は家康だが、家広さんは徳川家というよりも会津松平家(三代家光の義弟、保科正之が初代)につながる血筋であり、会津と言えば、幕末に薩長と激しく戦った。その血筋が自民ではなく、立憲民主を選ばせたのだろうか。恒孝さんも家広さんの決断を強く支持したのだという。  関ヶ原の戦い同様に、今回選挙戦に勝てる戦略を「狸おやじ」家康から学んだだろうか。明治維新の激動を経た将軍家末裔とされる徳川宗家が再び、政治の舞台で活躍できるかは21日に決まる。  「徳川家康」と書かれた疑問票が大量にあり、すべて無効票にされたとしても、他候補を圧倒するほどの得票で勝利することを祈るばかりである。

ニュースの真相

リニア騒動の真相9「地域振興」とは何か?

「地域振興」ー考えるのはJR東海?  リニア中央新幹線の南アルプストンネル建設工事にからんで静岡県の川勝平太知事がJR東海に対して、「地域振興」を求めたのに対して、JR東海の金子慎社長は静岡県の求める「地域振興」にこたえることはないと切り捨てた。県環境保全連絡会議でのJR東海とのやり取り同様に、両者の主張は平行線のまま噛みあうことはないように見える。  リニアは大井川の水源を横切るために静岡県民の水環境に悪影響を及ぼしかねない。「リニアには賛成だが、静岡県にデメリットはあってもメリットはない。(静岡県の)メリットを示してほしい」。6月5日、突然、川勝知事は中部圏知事会議でリニア中央新幹線建設促進期成同盟会への入会を大村秀章愛知県知事に申請した。期成同盟会の目的は、リニア新駅設置と地域振興。当然、静岡県にリニア新駅設置は不可能である。川勝知事の入会目的はJR東海に「地域振興」要請を見えるかたちで示したのだろう。  6月28日の記者会見で川勝知事は「地域振興」についてさまざまな質問を受けた。その中で静岡県が長年、JR東海に求めてきた東海道新幹線「静岡空港新駅」とは関係がないと明言している。それで、記者たちは「地域振興」とは具体的に何かと尋ねると、川勝知事は「JR東海に考えてもらいたい」と謎めいた回答で終えた。  静岡県の求める「地域振興」とは一体、何なのか? 地域振興の象徴ー「日本橋」復活に1兆円  先日、日本橋三越前で友人と待ち合わせた。日本橋を渡り、その周辺を歩くと一帯が美しく様変わりしていることに気づいた。そうか、1999年に設置された「日本橋地域ルネッサンス100年計画検討委員会」による街の振興への取り組みが大きな成果を上げているのか。日本橋に住む友人は「この辺りが銀座以上の繁華街になるのももうすぐ」と自慢げに話した。  20年前、「日本橋」の復活が大きな話題となった。当時、「飲水思源」という中国の諺を教えてもらった高橋裕・東大名誉教授(静岡市清水区興津出身)は「首都高速道路公団に全部地下に入れる工事費を計算してもらったら、1兆円という数字が出た。日本橋川への高速道路の地下化は20~50年でやれば、毎年の経費はそれほどの額ではない」と話してくれた。しかし、50年でも毎年2百億円という巨額の費用が必要となる。(※「飲水思源」については、『リニア騒動の真相4 川勝知事の「飲水思源」』で紹介しています)  1964年、アジア最初の東京オリンピック開催に合わせて「日本橋」を全部高速道路で覆ってしまった。東京オリンピックに間に合わせるために景観への配慮という思想は貧しい日本にはなかった。「日本橋」復活は、2020東京オリンピック後に本格的にスタートする見込みだ。「21世紀は20世紀に失ったものを取り戻す時代だ」と高橋教授が強調した。日本橋というシンボルに合わせて、官民合わせて「地域振興」に取り組んでいる姿は驚くばかりである。  五街道の起点、日本橋復活への力強い動きを見ていて、リニアの通過する大井川の果たしてきた役割に思いを馳せた。 大井川ー東京を支えた地方の象徴  江戸時代、ミカン伝説で有名な紀伊国屋文左衛門(紀文)の実像は諸説紛々で定かではないが、元禄10年(1697)、将軍綱吉から上野東叡山寛永寺の根本中堂建立の命が下り、紀文は一世一代の仕事と請け負った。  戦国時代が終わり、江戸時代に入ると江戸城、駿府城、名古屋城などさまざまな公共工事が行われ、用材調達は困難を極めた。そこで紀文が目を付けたのが手つかずの大井川上流部だった。大井川の寸又川合流点から奥の幕府御用林と隣接山域、さらに井川の奥山まで及ぶという広い範囲で伐採をすることが決まり、現在のリニア工事と同様に当時、最大の大規模プロジェクトとなった。紀文の搬出によって川根から大井川の河口まで材木で埋め尽くされたという記録が残っている。ミカン伝説同様に紀文の大井川材木の伐り出しは諸説紛々というが、ただ、いかに膨大で多量の材木が大井川から江戸に送られたことだけは確かである。  「箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川」。大井川には明治時代になるまで橋が架けられなかった。その大きな理由は「江戸を目指す軍勢を止めるために幕府は大井川に橋をつくらせなかった」説が一般的だった。  その通説を覆す「大井川に橋がなかった理由」(松村博著、創元社)が20年近く前に出版された。日本橋をはじめとする江戸時代の主要な橋はあまりに高額な費用が掛かり、幕府は公共投資を江戸に集中させる理由から大井川への架橋は見送られたという。当時の架橋がいかに高価だったか、江戸・両国橋の資料を例に上げて、同書では説明してあった。高額な費用とともに、「橋を架けるほどの通行量がなかった」「地域社会や地域経済が橋を必要とするほど発展していなかった」「簡易な橋では流失の可能性が高かった」などの理由には十分な説得力があった。  江戸に大量の材木を送り、華やかな江戸文化を支えたが、川越し人足に象徴される「大井川」は貧しい地方の象徴でもあった。  明治に入ると、大倉財閥の大倉喜八郎が大井川源流部の間ノ岳、農鳥岳をはじめとする南アルプス大半の森林を手に入れ、日露戦争による戦時景気などで巨額の富を得る木材事業に使われ、その歴史が特種東海フォレストにつながる。  戦後になると、東京オリンピック開催で日本橋を全部覆う高速道路建設などが始まり、高度経済成長時代を支えるために、大井川の質の高い砂利が大量に東京へ運ばれた。江戸、明治、大正、昭和と大井川の果たした役割は地元ではなく、すべて日本の中心部発展のためだった。  日本という国の発展のために東京がしっかりとしてくれなければならない。そう地方は考え続けてきた。そのために地方はありとあらゆる資源を人材を東京に送り続けてきた。まさに、大井川はその象徴的な存在だった。 大井川源流部の様変わりを実感  6月13日、川勝知事はリニア建設予定地を視察した。畑薙ダムを抜け、畑薙橋を越えたところで川勝知事の先導車は停止した。川勝知事の隣で、神戸大学の大石哲教授が指し示したのが「赤崩れ」だった。その崩れを止めることはできないから、大井川の河床堆積が続き、いずれ、畑薙橋を埋め尽くす可能性さえ否定できない。  川勝知事は同行した若い記者らに赤崩れの現状を知ってもらいたかったようだ。多分、この地域(断層帯)が地質的に非常に弱いところであり、リニア工事はまさにそのような場所で行われていることの証拠だからだ。  東俣林道は準備工事でも車両の通行が頻繁にあり、本工事がスタートすれば、通行車両は大幅に増える。その狭隘で危険な道路について、川勝知事は「ガタガタ道を立派な道にしてほしい。将来的には観光道路として使え、皇太子時代に訪れたことのある天皇陛下を迎え、喜んでもらいたい」とJR東海に注文をつけていた。静岡市は7月1日付で東俣林道の改良工事についてJR東海と協定を締結、JR東海は80億円の事業費を見込み、詳細設計が9月頃に示される。どのような安全確保をはかるのか課題は大きい。  川勝知事の一行のみが千石宿舎から西俣宿舎まで入った。さらに狭隘な道路が続くために、千石から西俣方向に新たな「輸送用トンネル」が設置される。幅10メートル、高さ6・5メートル、断面積50平方メートルで約4キロもの大トンネルについては民有地を貫通するため、法律的な縛りはなく、県、市とも詳細については知らされていない。計画だけを見ても、秘境とも言える大井川の源流部が様変わりすることだけは実感できた。 20世紀発展のために失ったもの  わが国最大の山地、南アルプスに源を持つ大井川の地下4百メートルを通過する東京ー名古屋、大阪を短時間で結ぶリニア「交通大革命」のために、その自然環境が様変わりすることを確認できた視察だった。   「21世紀の公共事業は20世紀に失ったものを取り戻す時代」(高橋教授)。その思いを川勝知事が共有していることは確かだろう。20世紀には、丹那トンネル開通(1934年)、佐久間ダム完成(1956年)、東名高速道路、東海道新幹線開通(1964年)という静岡県に関係の深い公共事業が続いた。すべての土木技術がリニア工事にも関連するが、その中でも特に「丹那トンネル」について、川勝知事は記者会見等で何度も言及している。  御殿場線の急勾配を迂回していた東海道線は、丹那トンネル開通によって時間も距離も大幅に短縮され、輸送効率は一挙に上がった。しかし、この工事は軟弱地盤や高圧湧水に悩まされ、世界トンネル史上まれな16年にも及ぶ難工事だった。この経験が世界初の海底トンネル、関門トンネルや数知れない鉄道、道路トンネルに生かされたが、その代償とも言える多くの犠牲者をはじめとする負の影響を地元・静岡県に与えた。  高度成長時代には経済効率と機能に徹するだけでよかったが、その代わり失ったものはあまりに大きい。20世紀に失った「日本橋」復活だけでも1兆円が掛かる。リニアは21世紀を代表する公共工事となるのだろう。だからこそ、環境の世紀と言える21世紀、川勝知事はリニアよりも南アルプスエコパークを選ぶと宣言できた。JR東海がどんなに環境に配慮したとしても、静岡県が失うものはあまりに大きいからだ。川勝知事が他県との比較で挙げた「地域振興」の金額など大した額ではないのである。  JR東海は、いま一度、静岡県にふさわしい「地域振興」が何かを考え、そして提案することを期待したい。  ※タイトル写真は、川勝知事のリニア工事現地視察。知事の隣はJR東海の宇野護副社長

お金の学校

謎の「マンション管理士」に気をつけろ!

「マンションは管理を買え」とは?  マイホームは人生最大の買い物である。35年もの長い住宅ローンを組んで借金を返済していくのが通常だ。ところが、マンション購入に関して、多くの専門家が次のように言う。 「マンションは管理を買え!」  そう言われても、マンションは購入して住み始めないと、マンション管理の重要性は全くわからない。費用、立地、間取り、環境などを見て、ほとんどの場合、マンション購入を決める。しかし、質の高い「管理」こそが重要だと言うのである。そのために、「マンション管理士」という国家資格さえある。  「マンション管理士」と言っても、どのような職業か知る人は非常に少ない。合格率8~9%の国家資格「マンション管理士」(難関度は社会保険労務士などと同じくらいという)とは、委託されたマンション管理組合(区分所有者が全員加入でつくる組合)側の立場でコンサルティングするのが主な仕事のようだ。ほとんどのマンション管理組合は管理会社に任せきりの現状だから、管理会社社員が名刺に「マンション管理士」の肩書をのせて、マンション管理組合の信用を得て、各マンション管理組合の相談などに乗っている。独立して個人事務所を構えるマンション管理士は非常に少ない。  今回、ある「マンション管理士」に出会い、マンション管理士とは何かを考えさせられる事件が発生した。  わたしが理事長をつとめるマンションは8階一棟建てマンション(1階が駐車場)のため、区分所有者は7世帯しかなく、管理会社に管理を丸投げする費用はなく、長い間、自主管理を貫いてきた。いくら居住者が少なくても、マンションにはさまざまなトラブルがつきものだ。  今回のトラブルはまさに、「マンション管理士」であった。 マンション一室がキャバクラ寮に  トラブルの発端は、7世帯のうち、唯一、賃貸に出している3階区分所有者(育英会を運営する一般財団法人H)との問題である。2017年9月末、突然、Hから空室だった3階に居住者が入るという電話連絡が入った。当然、どのような入居者が聞いたが、プライバシーの侵害に当たるので職業さえ言うことができないと説明。翌日、入居のあいさつに来た若い男に聞くと、キャバクラ従業員と名乗った。前日提出された届け出書類にある氏名、電話番号はキャバクラ会社の社長のものだった。  その後、3階居住者によるびっくりするようなさまざまなトラブルが発生した。3階を除く、すべての区分所有者の要請で、昨年9月臨時総会を開催して、Hに対して3階のキャバクラ寮としての契約を解除するよう求めた。  このマンションでは2011年総会で、「事務所、仕事場など」及び「不特定多数の出入りする寮」としてのマンションの使用禁止をするルールを決めていた。Hは管理規約、使用細則で決められていないと言ってきたが、管理規約第63条で「規約、使用細則又は法令のいずれにも定めのない事項について、総会の決議により定める」とあり、当時はHも含めて賛成したルールだった。  昨年9月に臨時総会を開催、キャバクラ寮としてのさまざまなトラブルを挙げて、「不特定多数の寮としての使用はできない」ルールを守るため、即刻契約解除を求めた。理事の一人が次回の更新時に、契約を解除するまで待つという妥協案まで示した。  ところが、Hはこちらの求めをすべて無視したため、何度か書面で求めたが、逆に理事長宛に弁護士名の内容証明郵便などが送られ、契約解除に応じることはなく、総会での決議は無視されたままとなった。  再三再四、「寮としての使用不許可」を求めたが、これまで通り無視されれば、3階のキャバクラ寮は続いていくことになる。さらに、Hからキャバクラ会社との契約は「自動更新」である旨も告げられた。未来永劫、従業員の顔触れは変わってもキャバクラが存在する限り、3階は「キャバクラ寮」として使われることになってしまうのだ。  そんな状況の中、ことし3月総会で「不特定多数の出入りする寮としての使用不許可」を求めたあと、「非居住者の住民活動協力金」をHに求める議案が出され、出席したHの事務局員を除く全員賛成で可決された。この結果、4月から通常の管理費等に加えて、Hには「協力金」の支払いが決まった。Hが3階を賃貸に出しながら、自主管理の業務に全くタッチしていないことが主な理由だった。また「キャバクラ寮」との契約解除が行われるまで、「協力金」を支払えというのが提案した理事の主張だった。 マンション管理士が不公平だと言っている  4月末頃、Hは管理組合宛に「マンション管理士に相談し、このような根拠がなく、また一区分所有者だけの負担が増えるなどの、平等性のない管理費の実質的な値上げ要求に応じらない」と文書で通知してきた。  「非居住者の住民活動協力金」は最高裁の判例でも認められていて、問題ないはずだった。それなのに、マンション管理士が公平公正ではないと言っているという。そのような無責任な発言をするマンション管理士などいないだろうと考え、Hに対して、名前等を教えるよう依頼した。メールでマンション管理士名がTだと告げられた。  Tに面会して、2時間半もマンショントラブルについて、事細かく説明した。Tが一方的にHからの主張を聞いていて、実際の事情等を不承知であることを懸念したからだ。「協力金」の額が一般に比べて高いという指摘には、もしそうでなければ、Hは「契約解除」に応じることはないからだと説明した。Tは中立の立場であり、相互の意見を聞いて、最も良いアドバイスをするのが業務である。Tはマンショントラブルの事情を理解してくれた旨を管理組合員に知らせたが、何らかの解決策を見出すことはできないだろうとも考えた。  ところが、Tは「わたしではなく、別の理事に会いたい」旨を、Hから当該の理事へメールで伝えてきた。わたしの頭越しの話だったので、Tに連絡すると、「マンショントラブルを解決したいのだが、あなたでは妥協点がなく、別の理事に会って妥協点を探りたい」などと話した。理事全員がわたしと同じ意見であり、また管理者はわたしなのに、なぜ、別の理事に会いたいのか不信感を抱き、「なぜ、当マンションのトラブルにそこまで対応するのか」と聞いた。TはHの無料相談を受けたあと、わたしに面会して、マンションの事情等を聴いている。すべて無料であり、別の理事に会うのも当然、無料ということになる。  Tは「相談業務を受けている静岡市に報告義務があるから」と答え、報告実績を重ねることで現在、「無償」の相談業務を「有償」にさせる目的がマンション管理士会にあるのだと説明した。 相手側の意向に沿ったマンション管理士の発言  電話で話していて、前回の対応と違うことを実感した。Tは「区分所有法は共有部分のみを規制できるが、個々人の専有部分には及ばない」と何度も強調したからだ。つまり、「不特定多数の出入りのある寮としての使用禁止」を決めた総会のルール、管理規約、使用細則は法律違反に当たるかの発言を繰り返した。区分所有法は専有部分の規制はできないのだから、管理規約等で専有部分を規制することはできないというのだ。  さらに、「協力金」について、総会で決めた金額が一般的な「協力金」に比べて高いことを問題にした上で、Tは個人的な意見として「違法と思われる(金額)」と何度も繰り返した。あまりに踏み込んだ発言だっただけに、疑問を呈すると、「『違法』であると断定していないのだから、別に問題ない」と言うのだった。前回の話し合いでは、「協力金」を請求することに違法性等はないと断言していたのが、金額が高いことをもって「違法と思われる」と意見を変えたのだ。  これではたと気づいた。もし、別の理事がこの2点の発言を聞けば、どうなるか。「マンション管理士」という専門家による「違法と思われる」という発言であり、自分たちのしたことは「違法」と思い込んでしまうかもしれない。だからこそ、Tはわたし以外の別の理事との面会を求めたのだろう。一般的には専門家の意見は非常に重い。Tのいう「妥協点」とはマンション管理組合側に「非」があるのだから、H側の主張が正しい、と言っているように聞こえた。   本当にそうだろうか? 「違法」かどうかの判断は裁判で決めるしかない  国交省が定めた標準管理規約では、専有部分について「専ら住居として他の用途に供してはならない」と規定している。ペット飼育禁止も専有部分の話である。国交省は専有部分についての規定を許可している。当マンション管理規約でも「専有部分を住居以外の目的に使用することはできない」「ペット飼育はできない」などの規定があり、それについてHは反論していない。区分所有法は共有部分についてのみ規定しているかもしれないが、管理規約で専有部分の使用制限をすることに問題はないのだ。  また、Tに会った当初から、わたしは「協力金」は最高裁判例(2500円)に比べて非常に高い(3万4千円)ことを承知している、と述べた。キャバクラ寮としての賃料をこちらは知らないが、この負担がH側に高いとは思えず、十分対応可能だと説明した。「協力金」の目的はマンションルールに反して、「不特定多数の出入りのある寮」としての使用不許可を続け、マンションの資産価値を下げるなど区分所有者として「共同の利益」を守る原則に反していることへの制裁の意味が強い。  国交省担当課に聞いたところ、専有部分の寮としての規制は「違法とまでは言えないのではないか」と回答した。個々のトラブルの事情まで承知していないから断定はできないとしても、少なくともマンション管理士Tの説明とは大きな違いである。 「嘘」をつくマンション管理士とは?  「キャバクラ寮」については、個人それぞれの見解は違うだろう。そのマンションを平和な終の棲家としている住人たちにとっては大きな問題である。街中にあるマンション生活は便利なことが多いが、どのような管理をしているのか、住民の顔が見えるのかなどちゃんと調べてからマンションを購入することをお薦めする。  マンション管理士に聞いてみるのもいい。しかし、どのようなマンション管理士に聞くのか、十分注意すべきだ。  マンション管理士Tの「静岡市に報告義務がある」発言は、静岡市担当者に確認すると、真っ赤な嘘だと判明した。「嘘」をついてまでわたしたちのマンショントラブルに介入して、相手側(H)の意向に沿うような発言をするのはなぜか?  Hの常務理事は弁護士である。だから、今回のトラブルに関して、さまざまな書面を理事長宛に送ってきている。それが最後には、マンション管理士に相談して、「違法と思われる」発言をするのは全くもって謎である。

取材ノート

「ブリューゲル探訪の旅」への誘い1

「旅する時間」へあこがれ  「人生は旅のようなものだ」。   旅の恥はかき捨てと言われるが、長く生きていると、人生そのものが恥のかき捨てと気がつく。「旅する時間」が多ければ多いほど、恥の経験ばかりで、少しばかりタフな人生観を持つことができる。年のせいもあって、めったなことでは動じなくなる。若い時代(現代では50歳くらいまでか?)にこそ何度も旅の恥をかくことをおススメしたい。  大学3年になると1年半ほど、新聞社系旅行代理店の(アルバイト)添乗員として国内各地を回った。現在、添乗員の仕事をするには「旅程管理主任者資格」が必要だが、40年前は会社の簡単な試験を受けるだけで「添乗員」を名乗った。就職活動は大学4年10月からと決まっていたから、いまの時代の状況とはまったく違っていた。  旭日旗に似た旅行会社の旗を振り振り、ツアー客一行を先導、電子機器が発達していない時代だから、各地の旅館やレストランでは持参の現金で精算するのも役割。そんな旅行には大小のアクシデントは必ずつきもの。添乗員に資格試験を設けたのは、アクシデント対応が主な理由だったかもしれない。(責任意識の希薄で恥知らずの学生)添乗員だったから、ツアー客と一緒の「旅する時間」を十分に楽しんだ。  サラリーマンになって、仕事が忙しければ、忙しいほど「旅する時間」こそ最高の息抜きとあこがれた。決まりきった日常生活を離れ、どんな苦労や失敗が待ち受けていても、異質な世界を回る旅の魅力を知っていたからだ。30年ほど前から、海外旅行へ出掛けるようになって、国内旅行とは全く違う恥を何度もかくようになった。語学が堪能ではないからこそ、どきどきハラハラする「旅する時間」が海外では待ち構えていた。 「旅する時間」にはテーマが必要  いまの時代、働き方改革が叫ばれているから、忙しいサラリーマンでも「旅する時間」の余裕は十分にあるはず。ところが、「どこかへ旅に行きたい」そんな同僚たちの愚痴もよく聞いた。会社にいると、なかなか自分の都合で「旅する時間」をつくることができないのだろう。そんな愚痴を聞いていて、旅行業の資格試験(ペーパーテスト)を受け、「一般旅行業取扱主任者」の資格を取得した。「旅する時間」を提供する側から考えてみたかったからだ。  リタイア後、旅行業を仕事にすることはなかったが、”旅コンシェルジュ”と名乗ることにした。「旅する時間」をススメるのが”旅コンシェルジュ”。どんな場合でも「旅する時間」にはテーマが必要。今回は「ブリューゲル探訪の旅」。何かテーマがあるとさらに楽しいからだ。  約30年前に出版された「ブリューゲルへの旅」(中野孝次著、河出文庫)表紙の「雪中の狩人」は教科書でもおなじみ。中世の暗いヨーロッパの長い冬を連想させた。芸術新潮2013年3月のブリューゲル大特集で、現存する42点のブリューゲル作品がどこにあるかわかった。「雪中の狩人」はじめ「バベルの塔」「農民の婚宴」など最も多い12点を有するのがウィーン美術史美術館、大好きな「怠け者の天国」ほか2点がミュンヘンのアルテ・ピナコテーク、ナチスに収奪された「盲人の寓話」「人間嫌い」を取り返したナポリのカポディモンテ美術館。14点の作品を見学するために、2週間の予定で3都市を訪れることにした。 航空券を賢く買うには?  旅のテーマが決まったら、旅の準備が始まる。まずは、旅費の大部分を占める「航空券を買う」。  航空券をめぐる環境は時代によって様変わりする。過去(約20年前、ネットが主流でない時代。当然LCCもなかった)の安売りチケット購入は、HISなど旅行代理店に電話で値段を確認した上で、航空会社、トランジット(乗り継ぎ)時間などを比較して自分の旅に合ったチケットを購入した。旅行の間際になると、さばけなかったツアーの団体チケットが市場にどっと出てきて、HISなどに安売りチケットが出回るという仕組み。そんな時代が終わり、いまや、旅行代理店の経営は厳しい時代に入った。  旅行代理店を通じなくても、ネットで航空会社に直接、旅行代理店と同じ価格で航空券を購入できる。旅行代理店を通せば手数料を取られるから、手数料分高くなってしまう。最近では旅行代理店を使う人が少なくなっている。  その航空券を安く買おうとすれば、出発日よりも前であればあるほど価格は安い。ただし、シーズン、曜日などで値段は違うことも考慮に入れる。  今回の航空券は、ANAのサイトで羽田からミュンヘン(ルフトハンザ航空)、ミュンヘンからナポリ(同)、ナポリからウィーン(オーストリア航空)、ウィーンから羽田(ANA)への直行便を約4カ月前に購入した。合計26万円弱だった。ミュンヘンーナポリ間が早朝便だったので、昼間便に変更するのに約1万円余分に掛かっている。すべて乗り継ぎなしで、時間も深夜早朝はないから、手ごろな値段と考えていい。  エコノミーだが、同じエコノミーにS、W、Vなどさらに細かいクラスがあり、値段が変わる。日々そのクラスが変わっていく。エコノミーだけでも10クラスはある。クラスが変わるごとに値段は上がるが、その詳細は旅行代理店でも分からない。1年前に予定が決まっているのならば、最安値のクラスで購入できる。出発日に近づけば、近づくほど最高値のクラスに変わっていく仕組みのようだ。  スターアライアンス(3大航空会社連合の1つ)加盟のANA(ルフトハンザ航空、オーストリア航空など)のほうが、ワンワールド(同)加盟のJALよりも航空便の都合がよく、値段もずっと安かったので、今回はANAを使うことにした。  いつ旅行をするのか決めたら、なるべく早く航空券を購入すれば安くなるのが原則。1週間ほど迷っていたら、同じエコノミーチケットでクラス変更になり、約1~3万円も値段が上がっていた。1日違うだけでも値段は変わっていく。 ホテルはネットで探すのがベスト  ホテル紹介サイトがこんなに便利で使いやすくなったのも最近になってからだ。人気の高いAirbnb(民泊の大手サイト)を使ってみたが、わたしにはホテルのほうが向いているようだ。多分、わたしたち世代の日本人はみな同じだろう。  ミュンヘンはエクスペディア(アメリカに本部のある世界最大級のホテル予約サイト)、ナポリはアゴダ(アジアを中心としたホテル予約サイト)、ウィーンはotel.com(オーストラリアのホテル予約サイト)を使い、クレジット決済した。すべて同じホテルを比較して、最安値のサイトを選んだ結果、それぞれの都市で違う予約サイトを使うことになった。多分、部屋のグレードも同じなのでそれほど違いはないはずだ。  最大手のエクスペディアだけバウチャー(予約確認書)がメール送信されなかったが、他の2社からは必ずバウチャーを持参するようにとメール送信。これは大手かどうかの信用性の問題だろう。ただし、昔と違って予約が取れていないことはほとんどないはずだ。  ホテルの価格は航空券と違い、旅行間際のほうがずいぶん安くなる可能性が高い。ホテル側は空室を売るより、破格の値段でも売ったほうがいいと考えるからだ。しかし、良いホテルであれば満室になってしまい、その地域で宿泊できるホテルがなくなる場合もある。価格ではなく、安心を求めるならば、早いうちに予約するほうが無難だろう。  さあ準備は済んだ。次回は実際に旅に出て、恥のかき捨てについて書いていく。 

ニュースの真相

リニア騒動の真相8 川勝知事、”怪挙”に出る!

「期成同盟会」入会は川勝知事の戦略?  あまりに唐突で思い掛けない申し入れだった。  5日静岡市で開かれた「中部圏知事会議」のリニア中央新幹線に関する議題の中で、川勝平太・静岡県知事は「建設促進期成同盟会」へ入会申請したことを明らかにした。  「入っていただくのはいいのではないか」。当日出席していた「期成同盟会」会長の大村秀章・愛知県知事は表面上、そう賛成の意向を示さざるを得なかった。「期成同盟会」は1979年の発足当初からリニアが通過する9県で構成していた。ところが、2011年5月の整備計画決定によって、JR東海は最も採算性の高い直線の「南アルプスルート」を採用、この結果、静岡県もリニア通過県となったのだ。ただし、山梨県と長野県の間、南アルプスの山岳地帯10・7キロを貫通する地下4百メートルに造るトンネル部分のみで、地上部分はない。「期成同盟会」の目的はリニア新駅設置、地域振興であり、整備計画決定以降も静岡県は全く蚊帳の外に置かれていた。  「早期開業を求める会の趣旨に賛同してくれれば問題ない」。大村知事は静岡県の突然の申し出に警戒感を露わにした上で、「他の都府県の意向を聞きたい」と逃げるしかなかった。  川勝知事は「2027年開業はJR東海の企業としての都合」と何度も繰り返してきた。JR東海と静岡県との対立を大村知事は承知しているだけに、どんな思惑で「期成同盟会」へ入会表明したのか、疑問を抱いたのだろう。金子慎JR東海社長が5月30日の記者会見で、静岡区間での未着工を挙げて「2027年開業に影響を及ぼす」と困惑を示したばかりだった。  しかし、リニア通過県の静岡県が「期成同盟会」入会の権利を持つことに疑いをはさむ余地はない。だから、疑問を抱きながらも大村知事は表面上は「賛成」と言い、「他の意向を聞きたい」と判断を避けたのだ。  なぜ、川勝知事は「期成同盟会」入会という思い切った行動に出たのか?  その日の朝、中部圏知事会議の予定を聞いた知事は県庁知事室から富士山の美しい姿に触れていて、突如として「期成同盟会」へ入会すべきという強い閃きを感じたという。だからこそ、”怪挙”とも言える川勝知事の行動だが、優れた政治家としての戦略だったのである。 川勝知事「静岡にメリットがない」  川勝知事の”怪挙”に、理屈で動く県庁職員たちは慌てふためくしかなかった。  通常の場合、事務方が「期成同盟会」事務局と連絡を取り、段階を経て、関係者の合意を取り付けた上で入会申請に持っていく。もし入会となれば、分担金などを含めて予算付けをする担当部局を決める必要もあるが、突然の知事の決断に事務方が追い付けるはずもなく、とりあえず、南アルプストンネル工事の影響解消をJR東海と話し合う環境保全連絡会議担当の「くらし・環境部」に申請依頼書を作成させた。  くらし・環境部にはリニア建設促進の役割を担う課は存在しない。その証拠に、織部康宏環境局長は「大井川の水環境問題について共通理解を求めるため」と期成同盟会の趣旨とかけ離れた入会理由を説明した。  川勝知事名の入会申請書には、リニアの意義を褒めたたえた上で「リニア中央新幹線の整備実現に向けて、本県も沿線に位置する県として、同盟会へ加盟したく取り扱いのほど、よろしくお願い致します」とある。大井川の水環境問題を理解してほしいなど一切、触れられていない。  もし、静岡県が「早期開業」に賛成ならば、大井川中下流域の水環境での基本協定にこだわる静岡県の姿勢に疑問を感じないほうがおかしい。  水環境の保全問題では、最初から入り口の違うJR東海と静岡県の主張は平行線をたどっている。静岡県がJR東海の主張を了解しない以上、両者の溝は埋まりそうにない。「早期開業」を求める愛知県知事、JR東海の願いと静岡県の主張が逆行していると考えるのがふつうである。  リニア進捗遅れの”元凶”静岡県がなぜ、「期成同盟会」に入会したいのか。大村知事にも、川勝知事の行動は”怪挙”に映ったはずだ。  川勝知事は「リニア推進派」であることを公言してきた。しかし、「リニアには賛成だが、静岡県にデメリットはあっても、メリットは何もない」。今回の”怪挙”の中で、川勝知事は「リニア建設での『静岡県のメリット』を示してほしい」と初めて言及、水環境問題ではなく、「静岡県のメリット」論をはっきりと展開したのである。 「1県1駅」を約束したJR東海  リニア計画は1970年代に始まり、中央新幹線建設促進期成同盟会がちょうど40年前、79年沿線9都府県(東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、愛知、三重、奈良、大坂)で設立された。リニア計画の当初から静岡県を通過せず、茅野、伊那周辺を通過する「迂回ルート」を長野県などは強く要望してきた。  「期成同盟会」各県の働き掛けが功を奏して、2009年8月、JR東海の松本正之社長(当時)は「期成同盟会」総会の席上、リニア通過県には「1県に1駅ずつ設置するのが適当」と停車駅の設置方針を示した。JR東海は、通過する各県に「1県1駅」設置を約束したのだ。  「期成同盟会」への入会とともに、2011年「南アルプス」ルートを採用したのはJR東海なのだから、通過県の静岡県から見れば、当然「1県1駅」の権利があると考えることはできる。川勝知事もそう考えたのもかしれない。  南アルプス直下約4百メートルのトンネル内に新駅設置はほぼ不可能であり、当初、JR東海の要請を受けた静岡県は、東海道新幹線に余裕が生まれ、静岡空港に接続する新駅構想に追い風になるとの理由だけでリニア支援を決めていた。「静岡空港新駅」は静岡県の悲願の一つと言ってもいい。  しかし、JR東海は「リニア開業後、東海道新幹線に余力が生じた場合は検討の対象」としただけで、実際は、「静岡空港新駅」計画を真っ向から否定してきた。リニア開業に協力することで、JR東海が静岡県の意向に忖度してくれるものと静岡県は大いに期待した。 静岡県の切り札は「河川法許可権限」  2010年12月、川勝知事は東海道新幹線トンネルの西側出口付近に地上駅を整備する費用負担の少ない「静岡空港新駅」構想を提案した。この提案に呼応するように、国交省交通政策審議会はリニア整備の意義の中に、広域防災拠点として「静岡空港新駅」の可能性を初めて盛り込んだ。知事は国交相に強く陳情したが、肝心のJR東海はそれまでの姿勢を崩さなかった。リニア整備が始まったが、静岡県へ協力を求めるJR東海の口から「静岡空港新駅」設置についてはひと言も触れられなかった。「聞く耳を持たぬ」姿勢から一歩でも変化が生まれることを静岡県は期待したが、JR東海の姿勢に変わりなかった。  その期待が見事に裏切られた結果が、現在の静岡県の強硬姿勢につながっているのではないか。  昨年8月、川勝知事は「リニア南アルプス工事での水減量分はすべて戻してもらう。これは県民の生命に関わる問題」と強い姿勢を見せると、JR東海は「減量分すべてを戻す」とあっさりと知事のことばに従うことを表明した。しかし、問題は解決しないのだ。なぜならば、JR東海にとって、大井川の利水者協議会の議論が問題ではない。静岡県の持つ河川法の許可権限こそが厄介な代物なのである。  「リニア騒動の真相3 ”越すに越されぬ大井川”」で詳しく紹介した静岡県の唯一、絶対の強みである。JR東海は静岡県にその許可権限がなければ、とうの昔に南アルプス区間の工事に着手していたはずである。  6日午前、静岡県はリニア工事で大井川の水資源や自然環境にどんな影響が出るのか議論した結果を「中間意見書」にまとめ、JR東海に送付した。その同じ日の午後、「期成同盟会」総会が東京で開かれ、JR東海の金子社長は「2027年開業に影響を及ぼしかねない」と再び、静岡の未着工区間を懸念材料に挙げた。そんな中で、会長の大村知事は国による調整を求めた。いずれも静岡県の持つ河川法許可権限に手出しはできないからだ。  期成同盟会総会は川勝知事の「入会依頼書」を棚上げにした。総会へ出向いた担当者は大井川の水環境に関する中間意見書を持参したが、総会への出席は認められず、中間意見書も持ち帰った。大井川の水環境保全を求める中間意見書が配布されれば、期成同盟会の趣旨と異なると静岡県の入会拒否の理由にすることができたかどうか?あいまいなままに「入会依頼書」は来年6月の期成同盟会総会まで棚晒しにされ、何ら議論されることはない。  だからと言って、静岡県の期成同盟会入会への権利を奪うことはできない。 「誠実に対応する」はどんな意味か?  一方、静岡県の中間意見書に対して、JR東海は「中身を確認した上で、これまで通り誠実に対応いたします」とコメントした。  「誠実に対応すべき」は、過去にJR東海が約束した「1県1駅」と川勝知事は言ってくるかもしれない。そのためにこそ、知事は期成同盟会入会の意思を示したのである。リニア通過県の静岡県が「1県1駅」を求める権利も奪われない。ただし、その1駅がリニア新幹線ではなく、「静岡空港新駅」であることをJR東海もそろそろ承知すべきなのだ。大井川の利水者協議会メンバーの島田、焼津、藤枝、掛川、牧之原、多くの企業もこぞって期待しているのだから。  川勝知事が期成同盟会入会の申請という”怪挙”に出たことで、ようやく、JR東海との議論は新たな局面に入り、その中身もはっきりとしてきた。JR東海の誠実な対応を静岡県は求めている。これまで、JR東海への「期待」は裏切られてきただけに、川勝知事のさらなる手腕に「期待」は高まる。 静岡市は140億円トンネルを勝ち取った  「静岡には残念ながらリニア駅は造られない。(ユネスコ)エコパーク指定を受けた南アルプス地域とリニア新幹線なら、静岡はエコパークを取る。なぜならリニアには何のメリットもないからだ」。川勝知事の口調は滑らかとなり、ようやく「静岡県のメリット」論を明らかにして、議論を始めている。  そのためにか、川勝知事は13日、南アルプスエコパーク内のリニア準備工事を視察する。  当然知事は県道189号線(三ツ峰落合線)を通るはずだ。1年前の6月20日、田辺信宏静岡市長がJR東海の金子社長と基本合意書を締結した。当初、JR東海は市道閑蔵線の全線二車線化(約100億円)を提案したが、静岡市は強く県道三ツ峰落合線トンネル(約140億円)を求め、とうとう140億円トンネルを勝ち取った。  ことし4月、静岡市は道路計画課に「中央新幹線関連道路推進室」を設けた。現在、トンネル建設に向けて調査に入っている。すべてJR東海の費用負担である。静岡市の許可権限(東俣林道使用など)に対する「メリット」(補償)が140億円トンネルだとだれもが見ている。  さあ、次は、JR東海は「静岡県のメリット」を川勝知事にちゃんと示してほしい。そうでなければ、いつまでもJR東海は静岡県との議論を続けることになるだろう。  ※タイトル写真は中日新聞6月6日付朝刊。にこやかな川勝知事の左隣が大村愛知県知事。心なしか暗い表情に見える

ニュースの真相

「森は海の恋人」は本当か?

「流木」はシラス漁船の大敵  タイトル写真は用宗漁港で、生シラスではなく流木の大漁を撮影したもの。安倍川河口部はほとんど閉鎖された状態だが、出水時には大量の土砂とともに流木が駿河湾に吐き出される。流木はシラス漁船の網に掛かり、シラス漁ならぬ”流木漁”となり、シラス網が使い物にならなくなるだけでなく漁船エンジンなどに影響を与え、大きな被害をもたらす迷惑な存在。だから、洪水時のあと、駿河湾に押し寄せた大量の流木に向かい用宗漁港の漁師らは総出で集める作業に汗をかかざるを得ない。  大量の流木は駿河湾の生物たちには森の植物プランクトンを運ぶ「贈り物」かもしれない。ただ、安倍川上流部の森が荒廃して、「流木」の発生原因となっていることをご存じない方が多い。  1944年、終戦の前の年から、唱歌「お山の杉の子」が日本全国で歌われた。戦時中に供用され、全国いたるところで丸裸になった山々の杉、檜の植林が奨励された。ことし70回目を迎え、新天皇、皇后両陛下の初仕事となった愛知県での全国植樹祭は、戦後の復興を目指す象徴的なイベントとして始まった。  しかし、明治大正期から現在までの日本列島の環境変化を見ると、現在ほど森林が豊かな時代はない。山を植林で守ろうという考えを持つのは日本人だけだが、戦後の燃料革命、化学肥料などの多用によって、日々の生活は森林から得られる資材に頼ることなく、またパルプなどの原料は安い輸入材を使うことで豊かになった日本の森林は放置されるままになった。  全国植樹祭は70回目を迎えたが、いまや林業は一部地域を除き、「業」として成り立たない。静岡県庁でも林業を担当する課は大幅に縮小され、森林整備課の役割は三保の松原の保全などであり、林業に対する役割は極わずかである。除間伐の行われない森林が安倍川上流にも数多く見られ、そこから発生する「流木」が駿河湾の漁業などに深刻な影響を与えている。  用宗漁港のシラス漁師らは「森は海の恋人」などとは呼べない。 安倍川の「濁流」が流木を運ぶ  安倍川は静岡、山梨の県境の大谷嶺(標高1999・7メートル)に源を発する、流域面積567平方キロ、流路延長は51キロしかなく、大井川の168キロ、富士川の128キロなどに比べ非常に短い河川だが、日本屈指の急流河川であり、高低差約2キロの急こう配を一気に流れ下る。それだけに、洪水時の土砂供給は半端ではなく、森林荒廃による大量の流木も駿河湾に流れ込む仕組みだ。   1707年10月宝永地震が発生、安倍川源流部の「大谷崩れ」の大崩壊が始まった。その1カ月後に富士山は宝永噴火を起こした。記録に残る宝永地震は倒壊家屋6万棟、死者2万人以上とされ、大谷崩れによっても約5キロ下流の赤水の滝まで一気に流下し、大きな土砂災害をもたらした。約1億2千万トンもの土砂が崩壊したと推定される。  フォッサマグナの西側である糸魚川静岡構造線に位置し、並行する2本の断層に挟まれ、2本の断層の横ずれ運動などで風化しやすく崩れやすい地層で水分を含みやすい。上流域の年間降水量は2800ミリを超える多雨地帯だから、日本三大崩れの一つに数えられる大谷崩れなどから大量の土砂が駿河湾に流れ込んでいる。  安倍川上流に行けば、大谷崩れだけでなく、五色崩れ、大ナギ崩れ、ヨモギの頭崩れなどさまざまな崩壊地を見ることができる。大雨、特に豪雨があった時、安倍川上流の山々では耐え切れずに新たな崩れが起きて、川には濁流が押し寄せている。用宗漁港に打ち上げられた大きな流木によって安倍川の濁流の勢いを想像することができるだろう。  洪水のたびに堆積と移動を繰り返しながら駿河湾に土砂を吐き出すことで静岡海岸、清水海岸、さらに「白砂青松」で知られる三保の松原を形成してきた。「濁流」は、このような自然の大きな恵みでもある。 サクラエビ不漁は「濁り」が原因?  静岡県は、サクラエビ不漁と富士川支流の濁りなどの因果関係を究明するために、南アルプスから駿河湾沿岸までの生態系の循環構造について研究する「森は海の恋人」研究会を近く、設立する。委員長に東海大学海洋学部の鈴木伸洋・元教授、顧問に秋道智弥山梨県富士山世界遺産センター所長(非常勤、人類学)のみ知事の直々の指名で決まっているが、他の委員らは未定のようだ。  記者会見で川勝知事は「豊かな森林は駿河湾を豊穣な海にする。サクラエビの不漁の原因を探りたい」と述べたが、担当課に聞いても、何をどのようにやっていくのか全く決まっていない。「森は海の恋人」は1989年から気仙沼湾に注ぐ大川上流の地域で、カキ養殖の漁民らの広葉樹の植林活動に付けられた名前だ。広葉樹の多い森からの養分は鉄分が多く、それがプランクトンから始まる食物連鎖に重要で、カキは植物プランクトンを食べて育つから森林の働きは欠かせないという理由だった。  三陸海岸には気仙沼湾だけでなく、釜石湾、大船渡湾、石巻湾など大小12もの湾、それぞれの湾に注ぎこむ河川があり、駿河湾との規模は全く違う。駿河湾の場合、東から狩野川、富士川、安倍川、大井川、天竜川の5大河川をはじめ多くの河川がある。  「漁民は山を見ていた。海から真剣に山を見ていた。海から見える山は、漁民にとって命であった」(畠山重篤著「森は海の恋人」)。  気仙沼湾の漁師にとって命の山は、安波山(標高239メートル)、川は二級河川大川(流路延長29キロ)のことである。駿河湾のサクラエビ漁師から見える山は浜石岳(標高707メートル)、二級河川由比川(4・8キロ)、和瀬川(2・5キロ)が駿河湾に流れ込んでいる。  サクラエビ漁師たちは3千メートル級が連なる、はるかに遠い南アルプスの山々、川は大井川、富士川を思い描くのだろうか? リニア工事とサクラエビ不漁の因果関係は?  当初、川勝知事は「早川の上流でリニアの工事をしていて、濁りをなくすための凝集剤を使っている」ことを挙げ、リニア工事の「濁り」とサクラエビ不漁の因果関係を調べると発言していた。当然、JR東海は「排水処理は基準を守っている」など早川の濁りとリニア工事は無関係と明言した。  そもそも「濁り」は地表の粘土性物質、土壌粒子、有機性物質、プランクトン、微生物などを含む駿河湾への森からの「栄養」成分を含んでいる。  静岡河川事務所によると、洪水時の濁流によって河口から排出される土砂量を調べることはできないが、シミュレーション予測で、安倍川の場合、過去33年間で24万トン程度、大井川では過去15年間で40万トン程度が駿河湾に排出されたと推測する。洪水時に大量の土砂とともに多くの流木などが駿河湾に流れ込んでいる。早川支流の濁流などはるかに超える量である。  南アルプスから駿河湾までの生態系の循環構造を調べると言っても、これだけ大量の土砂、流木を駿河湾へ供給する安倍川を除外しては正確な調査にはならないだろう。「豊かな森林は駿河湾を豊穣にする」と言うが、気仙沼湾の養殖漁業と駿河湾深海に生息するサクラエビでは全く事情が違う。豊かな森林は大井川、安倍川にもあり、その恵みがどのようになっているのかの調査となれば、大規模で何年も掛けなければならない。駿河湾の濁流による土砂量調査が国交省でも簡単にできていないから、静岡県がどこまで「濁り」を調査できるのかハードルは非常に高いだろう。  もしかしたら、川勝知事はその辺の事情をすべて承知した上で、担当課に「森は海の恋人」研究会設立を指示したのかもしれない。  昨年8月の日経ビジネスで、リニア新幹線南アルプス工事の影響で川勝知事は「おとなしい静岡の人たちがリニアの線路に座り込みの反対をする」などと、リニア工事による影響の不透明さを訴えた。  大井川、富士川などに比べて、非常に短い安倍川上流部でもさまざまな自然の現象が起こり、駿河湾に大きな影響を与えている。駿河湾は世界でもまれな豊穣な海と言われ続けてきたが、何らかの変動が起きているのかもしれない。川勝知事は、南アルプスで始まるリニア工事は東海道新幹線などとは比較できない大規模開発であり、思い掛けない災厄が起きる予兆をサクラエビ不漁に見たのかもしれない。川勝知事の呼び掛けに、記録的な不漁に見舞われるサクラエビ漁師たちはリニア工事に筵旗を持って抗議へ行くときがあるかもしれない。  国の未来へ警告を発することは、優れた政治家が行うべき使命なのだろう。ただ、理屈に慣れている県庁職員たちは川勝知事の真意をはかるのに時間が掛かるだろう。

ニュースの真相

静岡市民は”レプリカ”でいいのか?

「静岡市歴史博物館」の目玉がレプリカの理由  静岡市歴史博物館に展示される”目玉”はレプリカである。静岡市民はレプリカ展示の博物館だと承知しているのだろうか?  昨年11月の記者会見で川勝平太静岡県知事が、静岡市が計画を進めている歴史博物館建設について「一時、棚上げすべき」という意見を述べた。その意見を受けて、本サイトでは「川勝VS田辺 静岡市歴史博物館建設は棚上げを!」という記事をUPした。川勝知事の意見に賛成するとともに、展示の目玉が家康所蔵の歯朶具足(国重要文化財、久能山東照宮)及び紅糸威腹巻(県指定文化財、静岡浅間神社)のレプリカであったからだ。  静岡市担当課はレプリカではなく、「復元模造」と呼んでいるが、要するに本物ではなく「複製品」。約7千万円も掛ける、本物みたいなレプリカだという。しかし、事業費約60億円もの博物館建設でレプリカがその目玉では、市民すべての賛同は得られない。  調べていくと、静岡市は10年ほど前に歴史博物館基本構想の策定とともに、展示品についてさまざまな検討を始めていた。その結果、鉄舟寺に伝わる国宝・久能寺経を博物館の”目玉”の1つにするために交渉していた。  家康を祀る東照宮のある久能山は、平安時代、久能寺として繁栄、大小7百もの塔頭が築かれた。繁栄の歴史を語るのが厳島神社に伝わる平家納経(国宝)と並ぶ、華やか装飾経として知られる久能寺経。久能寺は東照宮建立後、現在の鉄舟寺の場所に移され、久能寺経も守られてきたが、国宝を保存管理するために東京国立博物館に預託された。現在17巻が鉄舟寺所蔵。温度、湿度管理などの最先端設備を有する静岡市博物館開設とともに、久能寺経は本来の場所に里帰りすれば、博物館建設に大いに意義があるのだろう。  ところが、目玉になるはずだった久能寺経は静岡市へ戻ってこない。 静岡市歴史博物館は文化庁ルールに対応できない  いくら久能寺経所有が静岡市の鉄舟寺であっても、国指定文化財となると文化庁がルールを決めて、移動を含めた保存管理まで細かく指導している。国宝、重要文化財の移動(現状変更)は文化庁の許可が必要となる。通常、国宝、重要文化財のダメージを配慮して年間60日のみ展示が許可される。展覧会の会期中に国宝、重要文化財の展示替えをするのは、文化庁の”60日間ルール”を守るためである。  久能寺経と並行して、新たな目玉の文化財も探したはずだ。しかし、そのやり方に問題があった。  2021年秋頃と静岡市博物館のオープン予定は決められているが、実際にはどのように運営していくのか、その中身は全く決まっていない。本来ならば館長、学芸員などの運営スタッフを決めて、その収蔵品をどのように展示、保存管理するのかなど早い段階で準備を進める。それがいまだ白紙に近い状態では、文化庁は久能寺経だけでなく、どんな指定文化財であっても静岡市歴史博物館への現状変更を許可するはずもない。  これでは、国宝、重要文化財を所蔵できないから、歯朶具足、紅糸腹巻のレプリカ展示でお茶を濁したと批判されても仕方ない。担当課長は「『駿府と家康、今川氏と東海道のつながり』をストーリーにして目玉にするしかない」と述べた。この発言の背景は10年近くさまざまな検討、交渉をしてきたが実を結んでいないからだが、レプリカならば、文化庁許可など全くなく自由にやることはできる。  それでは一体、そのストーリーはどのようなものであり、どんな展示をするのか。ところが、レプリカをどのように使うのか、肝心なところが全く見えてこない。 「家康朱印状」レプリカの意義  レプリカであっても感動を与えることは数多い。著名な例は、戦後すぐの貧しい時代、評論家小林秀雄が東京近代美術館を訪れ、ゴッホの「烏の群れと麦畑」複製画を見て感動したことをきっかけに、「ゴッホの手紙」という長編評論を出版したことだ。小林の随筆によって、多くの読者がゴッホ作品に親しみを持ち、理解を深めることができた。感動するのに、本物である必要はないかもしれない。それだけでなく、レプリカをつくる意義が重要な場合もある。  久能山東照宮では家康没後4百年記念事業で朱印状レプリカを作製した。1613年英国初の使節団が駿府城を訪れ、家康はオランダに続き、英国との通商を許可、その記念に英国王ジェームズ一世へ甲冑などを贈るとともに、朱印状をサーリス大使に手渡している。  家康の渡した朱印状は英国オックスフォード大学ボドリアン図書館日本研究図書館に現存する。関税の免除、日本国内の港への往来など7項目の通商許可が記され、その朱印状は4百年前以上に交わされた初の日英通商条約の証拠と言える。  当時はスペイン、ポルトガルが日本でキリスト教布教を熱心に進めていたが、その背景には植民地化して日本をカトリック国にしようという意図が隠されていた。家康はプロテスタント国のオランダ、英国との交流を優先して、カトリック国と決別することを決め、1614年キリスト教禁令を発布した。その転換点となったのが英国使節団の駿府城来訪であり、オックスフォードに残る朱印状は日本をめぐる国際情勢を物語る重要な証拠である。  東照宮からの依頼に、日本研究図書館のイズミ・タイラー館長は実物データを無償で貸与した。川勝知事がオックスフォード大学留学当時、イズミ館長との交流があったことで、その交渉がスムーズに進んだ。  朱印状に使われていた大高檀紙(岡山県)は廃業してなくなっていたが、その和紙に近い、土佐手漉き和紙を使い、静岡県内では唯一の大型校正機による印刷で本物に近いレプリカが出来上がった。2013年久能山東照宮では「日英交流4百年特別展」を開催、朱印状レプリカを展示した。最終的には、朱印状レプリカは2013年11月ティム・ヒッチンズ英国大使(当時)に寄贈、大使公邸の玄関に展示され、新たな交流が生まれている。  ストーリーとはいまにつながることであり、静岡市がどのようなストーリーを考えているのか、残念ながら大きな期待はできないかもしれない。 川勝知事の力を借りたほうがいい!  ことし3月、静岡県は経営管理部長名で「静岡市歴史文化施設の建築計画に関する意見」を静岡市に手渡した。「歴史博物館を整備すること自体を否定しないが、現行の計画をいったん棚上げ、駿府城公園内の発掘調査を踏まえ、利活用を再考すべき」などとしている。さらに、「本物の遺構と近距離にある博物館の建設は二重投資になるリスクがある」とも強調した。  田辺市長は「着々と整備を進める」として、予定通りに歴史博物館建設を進めることを明言した。再度、静岡県の意見に耳を貸さなかった。  実際の静岡市歴史博物館の進捗状況(窮状)を、田辺市長は承知しているのだろうか?この際、川勝知事の意見に耳を傾けたほうがいい。知事は単に批判的な意見を述べるだけにとどまらないはずだ。歴史博物館の窮状をちゃんと承知して、手を貸す準備をしているだろう。知事の人脈を使えば、歴史博物館にふさわしい人材を探してくれるかもしれない。博物館の目玉も考えてくれるかもしれない。英国最大の観光スポット・ロンドン塔に展示される家康がジェームズ一世に贈った「元茶糸威胴丸具足」(英国王立武器博物館蔵)を長期貸与させてもらうなどいくつもの方法が考えられる。  「拙速に施設の建設に着手すべきでない」。知事の批判はその通りであり、静岡県、静岡市の両者が手を携えるきっかけにしたほうがいい。  建物は著名な建築事務所によって、その概容は決まった(タイトル写真)。しかし、肝心なのはその中身である。いましばらく開館が遅れたとしても、市民だけでなく、静岡県民すべてが納得できる”目玉”を用意した歴史博物館を期待したい。

静岡の未来

静岡街中に温泉は見つかったのか?

「温泉掘削中」看板消える?  2017年10月静岡県環境審議会温泉部会は静岡市葵区の昭和通り沿いに建設される「ホテルオーレイン静岡(仮称)」棟の西側空き地(常磐町)での温泉掘削を許可した。この空き地はホテルの駐車場が建設される場所だ。その年暮れには掘削のための高い鉄塔のやぐらが設置され、「温泉掘削中」の大垂れ幕がお目見えした。静岡市郊外にはいくつかの日帰り温泉施設があるが、中心街に温泉施設はない。JR静岡駅から北西に約650メートルの場所での温泉ボーリングがスタート、道行く人たちは「温泉掘削中」という大垂れ幕に大きな関心を寄せていた。  ところが、最近になって、「温泉掘削中」の大垂れ幕だけでなく、掘削のための鉄塔やぐらなどすべてが撤去、元通りの更地になっていた。この空き地を見ると、ついこの間まで大掛かりな掘削が行われていたとは思えないほどの静けさだ。まさか、「温泉」は見つからずに、ボーリングは中止されたのか。  温泉掘削には多額の費用が掛かるが、最近の温泉探査は進んでいるから事前に多くのことが分かっていただろう。と言っても、静岡市の街中は温泉未発見地域だから、かなり深い地層を掘削した場合、固い岩盤など何らかの理由でボーリングがとん挫することもあるだろう。  温泉法では、水温25度以上の地下水あるいは総硫黄など19成分のいずれかを一定量以上含む地下水を「温泉」と定義している。掘削工事で温泉を確認すると、揚湯試験とともに温泉分析を通常は行っている。  そのあと温泉をくみ上げるための動力装置許可、可燃性天然ガスが出ているかどうかの確認、もし可燃性天然ガスの発生があれば、そのガスを分離するためのガスセパレーター設置許可などを経て、温泉をくみ上げるための採取許可が出される。さらに公衆向け施設となると保健所による温泉法、公衆浴場法などの細部にわたる厳しい指導が入り、ようやく温泉利用許可が出される。  静岡県担当課によれば、温泉が発見されれば、温泉分析などを行い、正式に温泉と認めてもらうのがふつうだが、ホテルオーレからは何らの申請は出されていないという。  やはり、大掛かりなやぐらを設置してボーリングしたが、温泉は見つからなかったのか? ”温泉”工事は一時ストップに  藤枝市にあるホテルオーレ本社に聞いたが、温泉についてははっきりとしたことを教えてくれなかった。ただ当初2020年2月末オープン予定だったが、オープンが半年近く遅れることになったと話してくれた。今回の温泉ボーリングは期待外れに終わり、もう一度挑戦するために、オープンが遅れるのだろうか?  もう一度、現地に出向いた。更地にさまざまな重機が入れられ、いろいろな工事に入っていた。駐車場棟建設のための準備らしい。恐る恐る「温泉」について聞くと、その中の一人が「温泉は見つかりました」との明るい返事をしてくれた。25度以上の地下水だったらしいから、”温泉”に間違いない。しかし、温泉分析など温泉に関わる作業は一時ストップして、150台以上を収容する駐車場建設を行い、それが終わってからあらためて揚湯試験、温泉分析を行い、静岡県に晴れて”温泉”と認めてもらう段取りらしい。  安倍川伏流水による豊かで冷たい地下水で静岡市のサウナは評判が高く、首都圏等から「サウナー」と呼ばれる熱心な愛好家らが”聖地”静岡市を訪れている。効能の高い温泉とともにサウナ、水風呂に期待は高まる。  ところで、ホテルオーレイン静岡は地上14階307室の客室を備え、14階屋上に天然温泉を楽しむ静岡市では最大級のホテルとなる。隣の駐車場からホテル屋上まで温泉をくみ上げるパイプ設置などこれからが本番となり、それで工事に遅れが出るのだろう。その工事現場を見ながら昭和通りを歩いていくと、別のホテル工事現場にぶつかった。  看板に「東横イン オープン予定」とある。東横イン本社に聞くと、ことし12月開業を目指して建設真っ最中だという。こちらは14階建て、客室数155室という。その現場からホテルオーレイン静岡をのぞむと、その向かいに三交イン静岡(177室)が見えた。さらに七間町通りを越えて進むと、昭和通り沿いにホテルオーク(人宿町)が昨年3月にオープンしたばかり。こちらの客室数は64室。驚くなかれ、すぐ近くの昭和町にことし3月アパホテル(88室)が既存ホテルを買収、リニューアルオープンした。 昭和通りは「ビジネスホテル街」に  いつの間にか、昭和通りにビジネスホテル建設ラッシュが起きていた。ホテルオーレイン静岡が開業すれば、約900室ものベッドを提供する「昭和通りビジネスホテル街」がお目見えする。  従来から静岡市の宿泊施設不足が嘆かれていた。  ある審議会で、グランシップ館長が「大きな学会や国際会議などを誘致しようとしても、静岡市には十分な宿泊施設がないからと断られてしまう」事例を紹介した。5年ほど前、わたし自身も知人の医科大学教授主宰によるグランシップでの大きな学会開催のお手伝いをしたところ、やはり、宿泊施設確保が問題となった。参加者は歓迎パーティを終えたあと、新幹線で首都圏に戻り、翌日学会発表で来静するなどてんやわんやだった。静岡市を観光などで売り出そうとしている市長らは、観光施設整備より宿泊施設の充実が必要なことを承知しているのか疑問に思った。  さて、今回のビジネスホテル建設ラッシュは業界の側が静岡市の宿泊施設不足に狙いをつけたのだろう。にわかに起きた”ビジネスホテル戦争”の主人公とも言えるホテルオーレ。ここから屋上の天然温泉を売り物に静岡市の魅力を売り込んでくれるだろう。日本人ほど温泉、裸のつきあいが好きな民族はいない。景気の先行きに暗雲が漂うが、東京オリンピック開催の2020年、屋上温泉のあるビジネスホテルがお目見えすると、青葉シンボルロード、青葉おでん街に近い”静岡ビジネスホテル街”はフル回転するはずだ。屋上温泉からの景色をいまから楽しみにしてほしい。

お金の学校

「浜名湖うなぎ」ブランドが消える日

うなぎはどんなに高くても食べる?  先日近くの鰻店「池作」店頭の貼り紙「値上げのお知らせ」を見て、「ああそうか」という深い感動を覚えた。シラスウナギ不漁の影響で、6月からうな丼もうな重も2百円値上がりする。年に数回、この店を利用するのは近くにある他店よりも値段が安いからだ。この店が6月に値上げすると、うな丼2200円、上3000円、特上3700円、うな重3000円、特上3700円。  10月から消費税8%が10%に上げられるから、便乗値上げがなければ2%分の物価上昇だ。うなぎ価格の2百円アップは、6%から10%もの値上げになる。だから、いまのうちに一度食べておこうという気持ちにさせられた。  すぐ近くにある老舗鰻店がこの近辺では値段が一番高い。「ブランドうな重7千円、国産うな重4500円」。この値段だから、わたしはこの店に一度も入ったことがないが、多くの客でにぎわっている。駒形通りにある刺身、天ぷらなども提供する鰻店は「うな丼2300円、うな重3300円、特うな重4000円、棚うな重(2串)5100円」。ちょうど中間くらいの値段で、こちらも決して安くはないが、客入りはまずまずだ。  20年前浅草の老舗高級鰻店で、うな重特2200円~2300円、お安い店では1500円~1700円で食べることができた。浜松の老舗で棚うな重(2串)が2900円だった。デフレが定着した平成時代、すべての商品が安くなった。ところが、うなぎだけは別格である。うなぎは約70%も値上がりしたことになる。うなぎと同じように物価が値上がりすれば、インフレターゲット2%を大幅に超えるから、日本のデフレ脱却も可能だ。もしかしたら、うなぎは日銀政策に大きなヒントを与えるかもしれない。  鰻店の客入りが悪くてつぶれたという話を聞かないから、どんなに高くなっても日本人はうなぎを食べたいのだろう。 シラスウナギの謎は解明できない  20年前に浜名湖うなぎを取材したとき、養鰻業組合の代表が「日本人は年間に1人当たり5匹のウナギを食べている」と教えてくれた。いまも変わりないだろう。  これまでに 吾(われ)に食われし鰻らは仏となりて かがよふらむか  歌人の斎藤茂吉は鰻が好きで好きで仕方がなかった。この歌について「これまでずいぶん鰻を食べた。自分は必ずしも高級上品を要求しない。鰻であればどんなものでもよかった。自分の食べた鰻のことごとくが成仏して天国で輝いている」と説明。茂吉の日記を調べると、年5匹どころではなく、年50回以上も鰻を食べていた。「鰻のおかげで仕事がはかどった」と書いているから、茂吉の業績を鰻が支えたのだろう。そんな茂吉のように1週間に一度、鰻を食べるうなぎ好きも結構多い。  ウナギは初夏に外洋で誕生し、約半年間掛けて体長5、6センチに成長、シラスウナギと呼ばれる稚魚に育つ(タイトル写真が”白いダイヤ”と呼ばれるシラスウナギ)。冬になると、シラスウナギは浜名湖、天竜川、大井川などの沿岸にたどりつく。シラスウナギを網で捕るのだが、「池作」の貼り紙にあったように不漁が続いている。特に今シーズンは大不漁で値段が上がり、その影響で養鰻業者は高い値段でシラスウナギを買わざるを得ないのだろう。  いまから約120年前、浜名湖で養鰻業は始まった。近くでシラスウナギがたくさん捕れたことも理由の1つだった。静岡県水産試験場浜名湖分場が戦前の1934年、ウナギ研究を最大テーマに設立された。シラスウナギの好漁、不漁に左右されることから、浜名湖分場では人工ふ化研究を62年にスタートした。  30年以上を経て、96年浜名湖分場で2万匹以上、大量の人工ふ化成功のニュースが流れた。しかし、ふ化した幼生はすぐに全滅した。浜名湖分場だけでなく、国の研究機関や大学など日本中でこぞってウナギ完全養殖を目指して、大量の人工ふ化技術を競った。しかし、幼生からシラスウナギに成長させることがいまもできない。結局、明治の昔と同じで天然のシラスウナギが頼りで、ことしのような大不漁が続くと、シラスウナギ価格は上がり、うな丼、うな重に大きな影響を与える。  京都市東山区に全国で唯一、ウナギ(水蛇=みずち)を信仰する三島神社がある。平安時代創建の神社の言い伝えでは、神の使者であるウナギが付近の魚をすべて食べてしまい、三島の大神が激怒、ウナギの子縁を召し上げてしまった。このために、ウナギは、子縁が少なく、どこで産卵するのかも不明なのだという。  1200年前から続く謎は、どんなに科学が進歩しても解明できない。 愛知、鹿児島、宮崎産が”浜名湖”に化けた時代  フランス料理には70種類以上のうなぎ料理があるが、日本でうなぎ料理と言えば、鰻を焼いた蒲焼きに決まっていた。茂吉も蒲焼き以外は食べなかった。福岡の「鰻のせいろ蒸し」、京都の「鰻雑炊」などもあるが、やはり日本人は茂吉同様にうな丼かうな重で決まりだ。  江戸時代初めに、香りのよい醤油が生まれ、美酒かみりんに鰻を浸し、醤油の中に突っ込んだ。徳川家康はウナギの天国のような湿地帯だった江戸を切り開いた。江戸城に入り、山を崩し、川を埋め、用水路を掘ったため、住民が増え、江戸は大都会になったが、天然ウナギの宝庫で、うなぎ蒲焼きは日本人の生活に欠かせないものになった。  ウナギ養殖が家康に関係の深い浜松で始まり、江戸だけでなく日本全国で鰻料理が食べられるようになった。戦後、「浜名湖うなぎ」はウナギの一大ブランドに成長した。1961年「うなぎパイ」が誕生したのも、浜松がうなぎ産地だったことと大きく関係している。「うなぎパイ」はウナギ由来の「うなぎエキスパウダー」が含まれ、「夜のお菓子」と呼ばれている。  20年前「浜名湖うなぎ」ブランドにあやかって、愛知、鹿児島、宮崎などのうなぎがいつの間にか「浜名湖うなぎ」に化けて店頭に並ぶこともしばしばだった。ところが、今回調べてみると、「浜名湖うなぎ」を売り物にしているうなぎ店はめっきり少なくなった。浜名湖うなぎに代わり、愛知、宮崎、鹿児島産などのうなぎ蒲焼きがそのまま店頭に並び、中国産に比べ高値で売られている。  駿河湾では、サクラエビ不漁が大きな問題になっている。浜名湖でもアサリ不漁が伝えられる。いずれも駿河湾、遠州灘、浜名湖の環境変化に原因があるのだろうが、これまでの乱獲がその大きな理由であるのは間違いない。  すべては「異変」ではなく、これが自然の本来の姿である。静岡県水産試験場浜名湖分場は50年以上もシラスウナギの謎を追い掛けてきたが、その成果を得られることはできなかった。浜名湖(浜松市西区舞阪)のウナギ養殖池はほとんど埋め立てられ、浜名湖うなぎは風前の灯火だ。いくら科学が進歩しても、自然を人間の力で何とかしようとすることに限界はある。鰻という日本人が大好きで、いくら高くても購入する商品であっても、ブランドを守ることなく、手をこまねいていれば、その運命はおのずと決まる。  約百年間続いた「浜名湖うなぎ」ブランドの消える日はもうすぐである。

ニュースの真相

静岡県立病院に「老年センター」設置を

「健康寿命」87歳が死傷事故起こす  「健康寿命」延伸を目的に、静岡県は「社会医学健康」研究のための大学院大学開設を進めている。「ふじのくに型人生区分」を提唱、76歳までを「壮年」とし、社会で元気に活躍する世代と位置づけている。従来の区分では高齢者に含まれる「壮年熟期(66~76歳)」を「健康寿命」現役世代として活躍してもらい、「支えられる」側から「支える」側へ転換する機運を盛り上げるというのだ。  先日東京・池袋で、東大卒の元通産省キャリア官僚がアクセル操作を誤り、百キロ以上のスピードで暴走、31歳の母親、3歳の女児の自転車に衝突、2人を死亡させ、8人に大けがをさせる痛ましい事故を起こした。アクセルとブレーキペダルの踏み間違えではなく、ブレーキペダルのことは全く語られていない。彼は87歳だった。高齢ドライバーが重大な事故を起こすリスクは若いドライバーの3倍を越える。いまや高齢者は道路で最も危険な存在だ。  「ふじのくに型人生区分」では、老年は77歳からであり、87歳を「中老」と呼ぶ。87歳ドライバーは自分自身をまさに「健康寿命」世代と過信して、ハンドルを握っていた。アクセルとブレーキペダルの踏み間違え、逆走など「健康寿命」高齢者の事故が毎日のように報道される。「健康寿命」高齢者が「老化」を免れていない証拠だ。そこをちゃんと把握して、県は施策を進めるべきである。「健康寿命」とは何かの定義をあいまいにして、莫大な事業費を投じることは県民にとってあまりに不幸だ。 「老化」には勝てない  高齢者の脳は萎縮する。30歳で脳は1・4キロあり、頭蓋骨にぎりぎり収まるぐらいの大きさである。40歳ころから灰白質(脳の表面の神経細胞の集まるところ)が喪失しはじめ、70歳になると、脳と頭蓋骨の間には2センチ以上の隙間ができてしまうほど灰白質は失われている。頭蓋骨の中で脳がゴロゴロと回ってしまうから、頭部への衝撃で、高齢者が脳出血を起こしやすい大きな原因となる。  最初に萎縮を起こす脳の部分は一般的には前頭葉である。前頭葉は判断と計画を司るところ。次が記憶を整理する海馬だ。高齢になると、作業記憶が失われる。いくら若いときに優秀だったとしても、悲惨な死亡事故を起こした87歳男性ドライバーの脳は昔のようには働いてはいない。彼は「アクセルが戻らない」と事故後に訴えたが、アクセル機能には何ら問題はなく、実際は前頭葉、海馬の機能に大きな問題があったことがうかがわれる。  87歳男性は足の関節を痛め、1年ほど前から病院へ通院していたという。老化の問題はパーツごとに起きる。骨や歯が軟化するのに合わせて、血管や関節、筋肉、心臓だけでなく、肺までもカルシウムが蓄積して柔軟さを失っている。40歳ごろから筋肉量と筋力が低下しはじめ、80歳になると筋肉の重量は若いときのほぼ半分に減ってしまう。  手足の関節は変形関節炎による破壊を受けて、関節の表面はガタガタになり、すり切れた状態になっている。「アクセルが戻らなくなった」という主張こそ、自分自身に起きている老化による運動神経の喪失結果(当然、脳にも及んでいる)を自覚できていなかった証拠だ。右足の不調というサインが出ていたが、「健康寿命」を過信して車を運転した。  この87歳男性のように「健康寿命」を過信した高齢者ドライバーが増えた場合、いくらテクノロジーが進歩しても、今回のような悲惨な事故が繰り返される結果を招くだろう。「健康寿命」が「老化」に勝てるはずもないのに、いつまでも若いという幻想だけを想起させることになる。 老年科医の役割こそ重要だ  衰えはすべての人の運命である。  わたしの母は80歳を過ぎてから、睡眠不足、食欲不振、ふらつきなどを訴えた。クリニックへ行っても、自律神経失調症と診断され、さまざまな薬を投与されるだけだった。このため、母の不調は改善されず、静岡県立総合病院をはじめ多くの病院を渡り歩いた。母の状態は一向によくならなかった。  浜松で開業する「老人」を専門にする医師を受診した。日本では珍しい老年科部門のクリニックである。  「今日はどうされましたか」。医師は彼女にちゃんとあいさつをしたあと、優しく質問していった。お互いの会話はにこやかに続き、母の顔には医師を信頼している表情が浮かんだ。血圧を調べたら、正常範囲。目と耳を調べ、開口させ、聴診器を出して心音と呼吸音を聴診した。母からすべての事情を聴いた。医師は、母に投与されていた5種類以上の処方薬をやめるよう指示した。それぞれが有用なことは間違いないが、有用性よりもふらつきの副作用を生じさせる原因だった。健康によいからと低カロリー・低コレステロールと銘打った健康食品を食べていたが、きょうからは高カロリーの食事をするよう勧められた。  医師はたっぷりと時間を取って話をするとともに、何と丁寧に母の耳垢を掃除してくれ、母が靴下を脱ぎ、爪を切り、そのあと、片足ずつどのように靴を履くのかなどを注意深く見た。医療の目的は特定の個別の問題-認知症、がん、高血圧、膝関節症、糖尿病など、それぞれに対して何かをすることは得意だが、老人の基本的な生活機能障害についてケアしていないのだ、と医師は話してくれた。  薬をシンプルにして、もし関節炎があるならばそれが収まっているのかどうか、足爪が切られているのか、耳垢をちゃんと掃除しているのか、どのような食事をして、食べる量が体力を維持するのに適しているのかなどをチェックする。老年科医の役割は患者が生活機能障害に陥らないように目配りすることのようだ。  人は余分な腎臓、余分な肺、余分な生殖腺、余分な歯を持ち、細胞はたびたびダメージを受けても修復を繰り返す。しかし、時間がたつにつれて、どんな優秀な修復システムでも全体を止めてしまうときが来る。老年科医の役割はそれをいくらか遅らせることである。  調べてみると、日本では老年科医の数は非常に少ない。もし、まじめに老年科医の使命を果たそうとすれば、病院のもうけはなくなるからだ。高血圧の薬をやめさせ、さまざまな処方をしなければ診療報酬を得られず、病院経営が成り立たないからだ。 「老年科医」の育成ならば理解できるが…  静岡県立総合病院に必要なのは「社会健康医学」研究のための大学院大学ではなく、高齢者にちゃんと対応する「老年センター」である。  「社会健康医学」研究の大学院大学有識者委員会委員長は、2018年ノーベル医学・生理学賞受賞者の本庶佑氏(77)。がんの免疫治療薬「オプジーボ」開発のきっかけとなるタンパク質を発見した。現在、小野薬品工業と「オプジーボ」の特許対価が低すぎるとして厳しく争っている。いくら有名人であっても、「老化」問題の専門家というわけではない。本庶氏自身が「老化」についてどのように考えているのか聞いてみたい。  大学院大学は疫学、医療統計学、環境科学などの教育を行い、県内の病院で働く医師、看護師らに社会健康医学修士を授与するというのだが、これで県民の「健康長寿」に役立つのか全く不明である。また、本庶氏は記者会見で「大学院大学は大きな投資であるが、将来静岡県の医師不足の解決につながる」と話した。本庶氏自身が静岡県の施策に疑問を抱いていることは確かだ。優先すべきは社会健康医学修士を育てることではなく、早急に医師確保をしていくための施策をすべきだと分かっているようだ。  静岡県立総合病院にはさまざまな診療科があるが、残念ながら老年科はない。最も多い患者は高齢者であるが、老年科の専門医が患者を診ていないのは、経営の点からというよりも、老年科医の役割が知られていないからだろう。  タイトル写真は、静岡市内でアクセルとブレーキを踏み間違えてコンビニに突っ込んでしまった高齢女性による事故直後の様子だ。今後、「健康寿命」高齢者が増加すれば、このような事故は増えていくのだろう。「健康寿命」と「老化」は、全く別のものであることをちゃんと説明できる老年科医こそが必要である。  静岡県立総合病院に必要なのは「大学院大学」ではなく、老年科医の育成も目指す「老年センター」であることを「壮年熟期」の川勝知事は理解すべきなのだろう。