リニア騒動の真相95「物申す」から1年

「国家破産」で何が起きるのか?

10月13日付毎日新聞

 月刊文藝春秋11月号の『財務次官、モノ申す「このままでは国家財政は破綻する」』の論文が衆院選を前に、大きな波紋を呼んでいる。財務省の矢野康治事務次官が、与野党各党による赤字国債に頼った「ばらまき合戦」のような選挙公約発表を憂えるかたちで、「まるで国庫には、無尽蔵にお金があるような話ばかり」と批判した上で、「今の日本の状況をたとえれば、タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなものだ。氷山(債務)はすでに巨大なのに、この山をさらに大きくしながら航海を続けている。(巨大な)債務の山の存在はずいぶん前から気づいている。ただ、霧に包まれているせいで、いつ目の前に現れるのかわからない。そのため衝突を回避しようとする緊張感が緩んでいる」などと述べている。国の長期債務973兆円で地方の債務を合わせると1166兆円に上るのだという。

 日本の財政赤字が深刻であることを承知の上で、コロナ禍の中でばらまきに近い借金を繰り返してきた。矢野氏の主張通り、今回の選挙戦の公約を見れば、大盤振る舞いの現金給付策が並び、無限に借金を続けていくように見えてきてしまう。当然、そんなことはできない。このまま行けば、矢野氏が予言する危機(タイタニック号のように氷山に衝突して、日本が沈没するような状態)はいずれ、現実化する可能性もある。日本は「国家破産」するのかもしれないのだ。(※実際にはMMTはじめ、日本の「国家破産」などありえないと主張する勢力は数多い)

 矢野氏の論文は、「国家破産」の不吉な未来は分かるが、一体、わたしたちの周囲に何が起きるのかは書いていない。お隣の韓国をはじめ「国家破産」という経済的な混乱は世界中でしばしば起きている。ただ、その混乱を克服して、「国破れて山河在り」のたとえ通りに、国民はたくましく生き抜いている。特に韓国の状態はそう思える(2018年の韓国映画「国家が破産する日」は、1997年のIMF管理下に入った実際の韓国経済を描いている。当時、韓国民は85%以上が中間層と考えていた、という)。さて、日本の「国家破産」でどんな暗い未来が待ち受けているのか?

 国が債務超過に陥る財政破綻を憂慮して、財政規律を重視する矢野氏が「モノ申す」のは、政治家に対してなのだろう。と言っても、中央官僚トップの責任は非常に大きく、中央官僚も公務員(パブリック・サーバント)なのだから、天下国家を論じるとともに、国民の生活、個々人の生活への影響、国民がどんな対応をすべきかもちゃんと説明する責任もあるのではないか。

 ”説明責任”を考えていたら、「モノ申す」の字面から、そうか、1年前、川勝平太静岡県知事も「モノ申していた」ことを思い出した。昨年10月9日発行の月刊中央公論2020年11月号に『静岡県知事の「部分開業」案 国策リニア中央新幹線プロジェクトにもの申す』が掲載された。

 「物申す」とは、文句を言う、抗議するなどの意味がある。川勝知事の「もの申す」は一体、誰に、何を言っていたのか?

「命の水」問題は解決したのか?

 雑誌論文で「物申す」相手は、国交省鉄道局のようである。有識者会議の運営に不信感を示した上で、『有識者会議での検討結果は、県の専門部会に持ち帰り、専門部会で「全面公開」のもとに地元住民・利水者に再確認し、流域県民の理解を得るという段取り』が知事の考えのようだ。

 最後のひと言として、『”命の水”を戻すことができないのであれば、リニア・ルートのうち南アルプス・トンネル・ルートはあきらめるべきです。具体的には、国の有識者会議と県の専門部会で、南アルプス・大井川・地域住民の抱えている「命の水の問題」が科学的・技術的に解決できないことが判明すれば―その可能性は高いと言わねばなりません―、迂回ルートへの変更なり部分開業なりを考えるのは「国策」をあずかる関係者の責務でしょう』と厳しく締め括っている。

 ここで最も気になるのは、迂回ルートや(品川―甲府までの)部分開業などいった突飛な提案を止めるのは、有識者会議によって「命の水の問題」を科学的・技術的に解決できたのかにかかっている、と主張したことだ。

 9月26日に開かれた有識者会議では、リニアトンネル工事による「中下流域の表流水への影響 」、「中下流域への地下水への影響」について中間報告案が示された。つまり、知事の言う「命の水の問題」に対する解決策が示された。

第12回有識者会議(国交省提供)

 『リニア騒動の真相93「地域の理解」を得るとは』で詳しく説明したが、「中下流域の表流水への影響」について、『導水路トンネル出口(椹島地点)よりも上流の河川流量は減少する。一方、導水路トンネル出口(椹島地点)より下流側の河川流量は、山体内に貯留されている地下水が導水路トンネル等により大井川に戻されるため一時的に増加し、トンネル掘削完了後はやがて正常に落ち着くことになるが、いずれの段階においてもトンネル湧水量の全量を大井川に戻すことで中下流域の河川流量は維持される』

 また、「中下流域への地下水への影響」は『下流域の地下水位は取水制限が実施された年も含めて安定した状態が続いていることや、中下流域の地下水の主要な涵養源は近傍の降水と中下流域の表流水であり、椹島より上流の深部の地下水が直接供給されているわけではないことなどを考慮すると、大井川中下流域の河川流量が維持されることで、トンネル掘削による中下流域の地下水量への影響は河川流量の季節変動や年―年変動による影響に比べて極めて小さい』(『』内は、いずれも中間答申案)

 リニア工事による中下流域への水環境の影響はほぼないというのが、有識者会議の結論である。つまり、「命の水の問題」は科学的・技術的に解決されたのであり、議論は次の段階に入るべきである。

 ところが、川勝知事は国の有識者会議のまとめる今回の中間報告案を蹴飛ばしてしまった。

「一滴の湧水」も県外流出してはならぬ?

 川勝知事は6日の会見で、「掘ったあとプールにためてそれをポンプアップして20年あるいは30年かけて戻す案を受け入れるかと聞いたら、とうてい受け入れられない、と即座に染谷(絹代)島田市長が言われた」、「トンネルを掘るときの3百万㌧、5百万㌧(水収支解析によって数字に違いがある)は(山梨県へ)流出して戻ってこない。トンネルを掘ったあと、プールにためて、それをポンプアップして、数十年かけて戻す、というのが案なわけです。流域の方たちは、これはとんでもない話だと」、「全量戻しの提案、これは戻せません、はい、わかりました(と有識者会議)、トンネルを掘ってから戻すんですね、はい、わかりました(と有識者会議)、有識者会議の人たちはそれ以外の方法はないんですか、ありませんと。それは我々のいう全量戻しではありませんから、これは受け入れられない」と同じことを何度も繰り返し述べた。

 川勝知事は、従来の「水一滴の県外流出も許可できない」姿勢を崩さず、それができないのであれば、約束違反だ、受け入れられないと主張する。JR東海の環境影響評価書への知事意見に、トンネル湧水の全量を大井川に戻すよう記したことなどを根拠にしている。

 静岡経済新聞で何度も書いているが、JR東海は作業員の安全確保から、静岡県側からの掘削は行わず、山梨県側から掘削するために静岡県の水3百万㌧あるいは5百万㌧が山梨県側へ流出する。トンネル開通後に山梨県内のトンネルで生じた水3百万㌧あるいは5百万㌧をポンプアップして静岡県側に戻し、計画されている導水路を使い、大井川に戻すことを説明した。

 どう考えても、知事意見のトンネル湧水の全量を大井川に戻すことに変わりない。

 冒頭の「国家破産」で書いたが、もし、国家破産が起きて、最大の関心事は、わたしたちの生活への影響である。リニア問題も同じで、リニアトンネル工事によって、中下流域にどのような影響があるのかが最も重要である。有識者会議は、1年以上にわたって、中下流域への影響について議論を行い、中下流域の表流水、地下水への影響はほぼない、と結論づけた。沖大幹東大教授は科学の限界について話したが、それはどんな分野でも同じである。現在の科学力は万能ではなく、絶対はない。現在の最高の科学水準で水環境には影響はない、と言っているだけだ。

 科学的・技術的に問題は解決されたはずなのに、「一滴の水も静岡県外流出は許可できない」は新たな難題を投げ掛けて、駄々をこねているだけだ。有識者会議の議論は専門的であり、流域住民らには理解できていないから、国、JR東海は、わかりやすいかたちで中下流域への水環境の影響がないことを住民に説明していくしかない。(※JR東海の資料をそのまま見せても、ほとんどの人には理解できない)

”命の水”を取り戻す絶好の機会

 ちょうど1年前、10月18日付『リニア騒動の真相59”命の水”守る川勝知事の責任』という記事で「田代ダム」問題を取り上げた。田代ダムから、リニアトンネル工事中の水量減量など問題にならないくらい大量の”命の水”が山梨県へ流れているからだ。それもJR東海と違って、ただ、大量流出するだけで、何年たっても戻ってはこない。

 田代ダムは1928年建設された大井川で最も古い発電所用のダム。1955年、従来の毎秒2・92㎥から4・99㎥に取水が増量されると、大井川の「川枯れ」の象徴となった。”命の水”が毎秒2㎥以上も山梨県側へ取水され、大井川の放流量が大幅に減ってしまった。高度成長期に入る首都圏での電力需要を優先したから、流域住民たちは「水返せ」運動を始めた。

 1975年12月の水利権更新に当たり、当時の山本敬三郎知事は「4・99㎥のうち、2㎥を大井川に返してほしい」と要求。東電は「オイルショックによるエネルギー危機で水力発電を見直す時代に入った。水利権は半永久的な既得権であり、一滴たりとも渡すわけにはいかない」と蹴る。流域住民の”命の水”なのに、東電の姿勢を変えることができなかった。

 その後も「水返せ」運動は続き、静岡県は東電と粘り強く交渉、2005年12月、ようやく、0・43㎥から1・49㎥(季節変動の数値)の”命の水”を勝ち取った。水増量が始まってから50年もの歳月が掛かった。それまで30年間だった水利権更新期限を10年間に短縮、今後の交渉の余地を広げたのも大きな勝利と取られた。

 川勝知事『国策リニア中央新幹線プロジェクトにもの申す』に、2014年春、”命の水”を守るために立ち上がったのだと書いてあったが、2015年の田代ダムの水利権更新で知事は何らの働き掛けも行わなかった。そもそも論文に「田代ダム問題」はひと言も触れていない。

 “命の水”に色がついているわけではないから、山梨県へ流出する田代ダムの水を取り戻すことは、JR東海との議論とは別に川勝知事の最大の政治課題であるべきだ。

 知事の4期目の任期を迎える2025年に田代ダムの水利権更新を迎える。リニア問題で焦点となった”命の水”以上に、流域の住民らの期待は大きく高まるだろう。もうすぐである。

 『田代ダム問題に物申す ”命の水”を取り戻す静岡県の使命』。川勝知事の次の論文の題名は決まった。いつから取り掛かるかだけだ。

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