リニア騒動の真相92難波副知事「ダブスタ疑惑」2

静岡新聞の素晴らしい記事とは?

7月29日付静岡新聞朝刊

 7月29日付静岡新聞で長野県大鹿村を取材した『大井川とリニア 県外残土の現場から』のワッペンが付いた連載企画が始まり、『豪雨災害の懸念拭えず』という大きな見出しがついた。記事内容は相変わらず、都合のいいように会話の断片を取捨選択していた。「川沿いに盛り土を造って大雨の時に崩れないのか」「崩壊地の末端に盛土工をするのは本来は良くない」「地滑りの危険と隣り合わせの地域。安全対策と住民への説明を徹底してほしい」など、静岡新聞読者にリニア工事の不安を煽ることが目的のようだ。(写真説明には、「豪雨災害を経験した住民の中には工事に慎重な人もいる」とあるから、実際、村人のほとんどが地域の生活改善につながるリニア関連工事を望んでいることがはっきりとわかる)

 今回の熱海土砂災害で、豪雨災害の危険が予測される地域に住んでいた人たちに責任の一端があると批判する記事と同じである。一度、幸田文『崩れ』(講談社文庫)を読むべきである。「なんと日本中には、崩壊山地が多いことか。あっちにも、こっちにも崩れだらけ」「唖然というか、呆然というか、それは確かに日本という国は、せまく細長いからだへ背骨のような山並がつらなっていて、だから川は急流が多い」「こんなに崩れが多いとは、途方もないことだと思った。ひどい国なのだなあ」(『日本三大崩れ』の安倍川源流部の大谷崩れを見たあと、幸田文の素直な感想が書かれている)。そんなひどい場所にわたしたちは住んでいる。大なり小なりの危険地域に住むのは日本人すべての宿命であり、険しい山間地に住む人でも文化的で、幸福な生活を望んでいる。静岡新聞記事は、自分たちは安心、安全な都会からやってきて、「ここはひどい場所だなあ」と高みの見物を決め込むようなものである。

7月29日付静岡新聞朝刊

 がっかりして、紙面を閉じようとして、ふと、その隣の面を見ると、びっくりするような素晴らしい記事(事実をありのままに書くこと)が掲載されていた。読者の投書欄である。磐田市の文筆家伊藤寿克さんがリニア問題について、静岡新聞記者とは全く違う視点で”事実”を見極めていた。

 『(前略)リニアは、静岡県に利点がないというけれど、リニア沿線を見ると、山梨県駅(甲府市)へは富士駅からJR身延線でたどり着ける。長野県駅(飯田市)には北遠地域が沿線のJR飯田線で行くことができる。静岡県民もリニアの利用は可能なのである。

 リニアが開業すれば東部や伊豆地域、浜松市天竜区は移住を希望する人が増えてくる可能性もある。若い世代が減少し過疎化が進む地域の活性化に、リニアは起爆剤として必要な交通手段だ。県当局に方針転換を求めたい。

 国土交通省は専門家会議を設置し、水問題の解消へ死力を尽くしている。掘削工事の技術は日進月歩で向上している。県はJRを信じてほしい。日本の経済成長のために、リニア沿線自治体と共同歩調を取ってほしい。県民を肩身がせまい思いから解放してほしい。』

 熱海の土砂災害で山梨、長野の両県だけでなく、リニア沿線各県からさまざまな支援を受けている。いまこそ、リニア沿線自治体の声をちゃんと聞くべきである。静岡新聞は、読者の投書記事に救われた。

山梨の人たちは富士山を「貧乏山」と呼んだ

 山梨、静岡の違いを紹介する。 

 山梨、静岡の両県の富士山麓に生活する人たちにとって、富士山の環境保全は共通の認識である。ただ、その「保全」の意味は全く違う。1993年当時、世界で最も傷ついた「国立公園」富士山を世界遺産として保全、富士山の環境問題解決を推進する活動に取り組んだ。そこで、山梨、静岡の人たちの考えがいかに違うのかを何度も目の当たりにした。

 2001年6月に出版された『富士を眺める山歩き』(山村正光著、毎日新聞社発行)を読んで、ああそういうことか、と納得させられた。

 著者は、富士山を「貧乏山」と呼び、広大な富士山の裾野で暮らす山梨の人たちに、富士山は何のメリットもなく、どんな思いで富士山と接していたのかを紹介している。

甲府駅前の武田信玄像。信玄は海のある駿河を攻略した

 『あの山の反対側は、静岡の人たちは、南側で太陽をいっぱい浴びて、海では魚がとれ、作物も樹木も豊かだ。それに比べ、こちらの北側は何ともあわれだ。土地はやせ、作物はとれない。水も不便だ。日陰で寒くてかなわない。あの山は厄山だ。あの山のおかげで、オレたちは貧乏している。何が霊峰だ。三国一だ。あんな貧乏山は噴火でふっとんでしまえと、怨嗟の声の日々であった』(『富士を眺める山歩き』前文)

 その後、交通の便がよくなって、観光で山梨県の富士五湖はじめの富士裾野に多くの都会の人たちがやってきた。富士山は「貧乏山」から「金儲け山」に変わった。5合目の観光施設、頂上まで続く数多くの山小屋、湖上に屋形船、ボートを浮かべ、食い物屋、お土産屋、旅館、ホテル、別荘と無計画に際限のない商売が始まった。いままでの「貧乏」をすべて取り返す勢いだった。

 だから、世界遺産指定は商売の邪魔になる。観光業者だけでなく行政も反対に回った。その後、「環境保全」が時代のすう勢となり、世界「文化」遺産ならば、非常に緩い規制で「称号」を得ることができる、我慢してくれ、と説得される。当然、世界遺産にふさわしい規制強化は絶対反対である(一番分かりやすいのはオーバーユースを抑える「入山規制」)。山梨に住む人たちの生活から、自分たちとは全く違うことを実感した。

 リニア計画でも山梨、長野の人たちは早期の実現を望んでいる。そんな思いにどのようにこたえるのか、東海道新幹線の便利さを享受してきた静岡県民はそろそろ考えたほうがいいと、伊藤さんは「日本の経済成長のために、リニア沿線自治体と共同歩調を取ってほしい」と書いた。実際は、「貧乏山」の山梨、長野、岐阜など沿線各県はリニアによる経済成長に期待する。

 静岡新聞記者はわざわざ山梨、長野などへ行くのならば、そのような声にちゃんと耳を傾けるべきだった。

熱海土砂災害の議会答弁に立たなかったのは?

熱海市の藤曲敬宏議員が質問

 30日の県議会一般質問に土砂災害に遭った熱海市の藤曲敬宏県議が立った。質問の(1)行方不明者の捜索と被災地域の安全・安心の確保については、県警本部長が答えた。(2)伊豆山地区の二次災害の発生防止と社会インフラの復旧には川勝平太知事、(3)避難所から仮設住宅への早期移転には出野勉副知事が回答。(4)被災地熱海の行政サービス継続に向けた人的支援には、危機管理部長、(5)熱海観光地の復興に向けた取り組みは、スポーツ・文化観光部長がそれぞれ答えた。川勝知事はじめ、それぞれ簡潔だが、的確に答えていた。質疑、5人の回答などすべて合わせて約30分だった。

 はて、今回の熱海土砂災害対応の中心となった難波喬司副知事は現地に緊急に赴いて、議会を欠席したのか?そんなことはなかった。当局の一番前に座っていた。なぜ、難波氏が答弁に立たなかったのか?

 7日(2時間半)、8日(30分)、4日(2時間20分)、13日(2時間20分)、14日(3時間20分)、15日(1時間10分)に記者会見を行った。カッコ内は、難波氏の会見時間であり、周囲には難波氏ひとりが熱海土砂災害の対応に当たっている印象を与えた。難波氏は、「盛り土」崩壊のメカニズムがほぼ分かったとして、2次災害の発生防止、風評被害の防止を主眼として説明を行い、記者の質問に詳しく答えた。ところが、大胆な「仮定」に基づく、推論あるいは推定であり、「断定」は少なかった。これでは記事にならないから、記者たちの評判は悪かった。ただ、何時間も掛けて会見をやっているから、遠く離れた東京のメディアによる難波氏の評価は上がった。

 内容の点で唯一、評価できたのは、県リニア会議の塩坂邦雄専門部会委員のプレス発表が、「誤り」であり、「不適切」と「断定」したことだった。ところが、その後、塩坂氏の名誉を傷つけたとして難波氏は”珍妙”な謝罪をした。塩坂氏のプレス発表が風評被害を招くと「断定」したのに、名誉を傷つけた謝罪の理由はいまだ不可解である。

 連日にわたる長時間の会見について、難波氏は「担当部長が会見すべきかもしれないが、土木技術者であり、わたしの専門分野である」などと述べ、なぜ、副知事が会見を担当するのかを明らかにした。ところが、そうなると、県議会で答弁に立たなかった理由はおかしくなる。知事よりも難波氏は専門家であるのだから、二次災害発生防止等について、わかりやく議員に説明すべきだった。

 崩壊メカニズムの推論は、メディアに任せて、行政はすべての行方不明者の捜索が終えたあと、「断定」のための調査に入ればいいのだ。さらに重要なのは、県内の不適切な「盛り土」をチェックして、再発防止に当たるべきだろう。

 今回の知事らの答弁を聞いていて、十分、分かりやすかった。「仮定」に基づいた推論を行うことよりも、県民(記者)が求めていたのは、県議会で行った担当部長らの答弁だろう。

 難波氏の記者会見と知事らの県議会答弁にも、難波氏による「ダブルスタンダード」が見えてくる。

「科学的根拠が分かっていない」のは?

 難波氏は26日の「大井川の清流を守る研究協議会」(流域10市町の首長と議長で構成)の会合(非公開)に出席、会合後の囲み取材の様子が静岡、中日の2紙に報道された。

 静岡新聞の報道では『難波副知事が問題視したのは、JR東海の金子慎社長が記者会見でトンネル湧水が県外に流出しても中下流域の水利用に支障がないなどと発言した点。「(同社の)トップが科学的根拠を分かっていないのに『影響がない』と言い切っている」と批判した。

 社長の発言の根源には同社の企業体質があるとの見方も示し、「組織文化が変わらない限り対話は進まない。説明を変えないといつまでたっても解決しない」と断言した。』。ここでは「推論」ではなく、「断言」したようだ。

 金子社長は単に、国の有識者会議の中間報告案を述べたにすぎない。国の有識者会議の結論は、「トンネル湧水が県外に流出しても中下流域の水利用に支障がない」となるはずだ。難波発言は中下流域の首長らに向けての発言かもしれないが、『科学的根拠を分かっていない』のは難波氏ということになってしまう。なぜ、JR東海の企業体質、組織文化批判になるのか、これは為にする発言でしかない。

 実際の落としどころをどこにするかなど政治的な問題は、川勝知事が決めればいい。難波氏がこのような発言をしてしまえば、科学的、工学的に議論する国の有識者会議をないがしろにすることであり、熱海土砂災害対応で「専門家」と称すること自体が疑わしくなる。

 いずれにしても、難波氏の発言を聞くと、熱海土砂災害とリニアの「ダブルスタンダード」対応がはっきりとわかる。『県民を肩身がせまい思いから解放してほしい』という声にちゃんと向き合うべきだ。

 ※タイトル写真は、熱海土砂災害対応で答弁する川勝知事

Leave a Reply

Your email address will not be published.