リニア騒動の真相38 『今は来ないで!静岡県』?

静岡県の対応は「法律の趣旨に反する」?

 「南アルプスの環境が重要であるからといって、あまりに高い要求を課して、それが達成できなければ、中央新幹線の着工も認められないというのは、法律の趣旨に反する」(金子慎JR東海社長)

会議を傍聴する静岡県を取材するメディア

 「新型コロナ」の影響を受け、ウエブ方式で国交省と各専門家、静岡県などをつないだリニア問題「有識者会議」(国交省鉄道局主催)が4月27日、初めて開かれた。第1回会議はこれまでの議論を整理することだけで本格的な論戦は次回以降に行われる予定だった。ところが、会議の前に「工事を進める事業責任者」としてあいさつをした金子社長の発言が、地元の強い反発を生んでしまった。金子発言には、JR東海が単に謝罪することだけでは済まされない内容を含んでいた。鉄道局は第2回会議で十分な時間を取り、適切な対応を迫られている。

5月1日付中日新聞

 島田市の染谷絹代市長は28日の会見で「(金子発言は)いかにJRが地元を理解していないかという表れ」とあきれ、さらに30日、川勝平太知事は金子発言を厳しく批判した。翌日5月1日新聞各紙の紙面を見れば、メディア(世論)がどちらについているのか一目瞭然である。お互いに名古屋市に本社を持つJR東海にとって、特に親しい関係を築いているはずの中日新聞が『JR東海社長の県批判 知事「無礼」と抗議』と社会面3段の大きな見出しをつけた。金子発言がいかに常識外れにとらえられたかを物語っている。

 川勝知事を筆頭に、大井川流域の2市8町、大井川土地改良区など11の利水者団体連盟は1日、国交省の水嶋智鉄道局長宛に「抗議文」を送った。

 静岡県が作成した分厚い「抗議文」を手にして、すぐに頭に浮かんだのは、1930年代の大恐慌下のアメリカを舞台にしたノーベル賞作家ジョン・スタインベックの小説「怒りの葡萄」だった。

 「怒りの葡萄」の原題は「The Grapes of Wrath」。一般に「怒り」と来れば、「Anger」だが、「神の怒り」を象徴するWrathが使われている。Wrathは並大抵の「怒り」ではなく、「激怒」「憤怒」を指す。その分厚い「抗議文」はまさに「Wrath」(激怒、憤怒)そのものを感じさせた。抗議文を手にした水嶋局長は困惑するだけでは済まされない。静岡県側の「Wrath」に適切に対処しなければ、「有識者会議」メンバーがJR東海への反発を強めるだけでなく、会議の趣旨そのものに疑問を抱くことになってしまうのだ。

 「有識者会議」開催は静岡県側がいくつかの注文をつけて遅れに遅れた。1月に鉄道局が提案してから、4カ月近くもたってようやく初会合となった。当然、JR東海は静岡県が意図的に開催を遅らせているのではといういらいらを募らせた。それだけに「有識者会議」は苦境に立つJR東海の援軍であり、会議での結論がJR東海に有利に働くと考えたのか、初会合開催を手放しで喜んでしまった。それが金子発言につながった。

 JR東海トップの金子社長は、その発言の意味を理解しているのだろうか?静岡県の「抗議文」が金子発言の常識外れを事細かく明らかにした。

「有識者会議」に「政治的」役割を求める?

有識会議を傍聴する難波副知事

 難波副知事が起案した「抗議文」は、A4判用紙7枚、8項目に分けてびっしりと書かれている。金子社長の発言内容を6項目で指摘、その問題点を詳細に明らかにした上で、最後の7、8項目で厳しい抗議を表明している。

 1項目の「環境に関する法制としては、環境影響評価法に基づいて、資料の作成をしております。私どもは、中央新幹線の事業は、有益な事業であるからと、環境保全を軽んずるつもりは全くございません。果たして、逆に、南アルプスの環境が重要であるからといって、あまりに高い要求を課して、それが達成できなければ、中央新幹線の着工も認められないというのは、法律の趣旨に反する扱いなのではないかと考えているものです」、6項目の「有識者会議におかれては、静岡県の整理されている課題自体の是非、つまり、事業者にそこまで求めるのは無理ではないかという点を含めて、ご審議いただければ幸いです。併せて、それが達成できなければ、工事を進めてはならないという(静岡)県の対応について、これは、事業を所管されるのは国土交通省でありますけれども、こういった趣旨を踏まえて、適切に対処をお願いしたい」という金子発言が特に川勝知事らにとって「無礼」であり、「激怒」に至った内容である。

 裏を返せば、JR東海が「有識者会議」に期待する「本音」そのものに違いないだろう。

 ただ、トンネル工学や水文学の専門家で構成する「有識者会議」について、水嶋局長は「会議の趣旨はこれまでの議論の検証、政治的ではなく科学的、工学的な議論の場にしていただきたい」とその趣旨、役割を述べている。つまり、金子社長が「有識者会議」に「法律の趣旨に反するかどうかなど、適切に対処を願いたい」と求める役割にはほど遠いのだ。

 水嶋局長の発言から読み取るべきは、『有識者会議は科学的、工学的にとどめ、「政治的な働き掛け」は水面下で行うべき、とくぎを刺している』ことである。「有識者会議」初会合で有頂天となった金子社長は、まさに「政治的な発言」にまで踏み込んだことに気づかなかった。

 昨年10月、リニア南アルプストンネル静岡工区の早期着工を図るために、鉄道局主導の三者による「調整会議」設立を目指した。しかし、12月末、川勝知事が「環境省や農林水産省などすべての省庁の参画」「これまでの静岡県とJR東海との対話内容の評価」を求めたため、鉄道局は「調整会議」ではなく、水文学などの専門家による「新有識者会議」を立ち上げることとした。

 1月20日付『リニア騒動の真相30「北風作戦」は失敗』で、『国は苦肉の策として「新有識者会議」設立という”奇策”に打って出た。藤田次官まで出張って事の解決に当たろうとしたが、時間の掛かる面倒な”宿題”を増やしただけである』と書いた。金子社長の”活躍”もあって、鉄道局はまさに時間の掛かる面倒な”宿題”ばかりを増やしている。第2回会合で鉄道局は設立の趣旨について、もう一度、ちゃんと有識者委員に説明しなければならない。設立の趣旨が「JR東海に有利で適切な対処をする」ことであれば、静岡県はさらなる”抗議文”を提出するだろう。

「論理」を説くのではなく、「感情」に訴える

 このままでは、国の有識者会議も川勝戦略の”土壺”にはまって身動きできない状態が続いてしまうだろう。

 2027年開業を目指すリニア工事は「新型コロナ」問題が絡み、各地で遅れている。いまのうちに、最大の課題とされる南アルプストンネル静岡工区の着工問題を解決したいのがJR東海の「本音」だろう。その解決のために金子社長は「企業論理」を全面に打ち出した。「企業論理」に立てば、金子社長の発言は間違っていない。しかし、いくら「論理的」に正しくても、世論が味方しなければ大衆の支持を得られない。

 日経ビジネス2018年8月20日号で、川勝知事は「静岡県の6人に1人が塗炭の苦しみを味わうことになる。それを黙って見過ごすわけにはいかない」とJR東海を批判、リニア工事が大井川中下流域の62万人の利用する地下水へ影響を及ぼす危険性を指摘した。それで、「立派な会社(JR東海)だから、まさか着工を強行することはないだろう」とも訴えた。知事発言は「論理的」な部分の代わりに、わかりやすいことばで「感情」に訴えた。だから、県民から多くの支持を得たのだ。

パソコン画面で会議を傍聴。コロナ後も会議形態は変わるのかもしれない

 今回の金子社長の発言で、何度も「蓋然性(がいぜんせい)」ということばが使われた。「蓋然性」とは「事象が実現されるか否か」であり、類語に「可能性」「実現性」とあるが、一般にはあまり使われない。金子発言は「有識者会議では、専門的な知見から、これまで心配な事態が起こる蓋然性について、どの程度なものなのか、また、発生する可能性が大きいと考えておいでなのか、あるいは小さいものなのかを、お示しいただければありがたい」。静岡県は不測の事態が起きないようJR東海に求めているが、いくら科学的、工学的に議論をしたとしても、「不測の事態」が起きないと断言できる専門家は、存在しないだろう。金子社長は有識者会議の議論の行方にまで踏み込んでしまったのだ。

 JR東海トップである金子社長は「論理的」に話すのではなく、現在の窮状のみを「感情的」に訴えれば、まだ違っていたのではないか。トップの役割は議論に介入するのではなく、深く頭を下げるだけで十分である。

JR東海に「一定の合理的な負担を」指導すべき

 4日に新型コロナでの「緊急事態宣言」延長が決まった。生活困窮者への30万円給付ではなく、国民全員に一律10万円給付が始まった。中小企業、自営業者への持続化給付金、各県での休業要請に対する補償など「緊急事態宣言」延長で、さらなる財政出動を求める声が高まるだろう。

 財政出動が繰り返され国債を発行し続ければ、いずれハイパーインフレ(物価高騰)などを招く恐れがある。ほとんどの人は政治の話には無関心だが、10万円を再び、もらえるという話であれば、目を輝かせる。政治家の話に耳を傾け、喝采を送る。そんなにお札を刷って大丈夫かと心配する向きもあるが、”コロナ”だから目をつむるしかない。すべて「論理」ではなく、「感情」が優先する。

2019年12月3日付産経新聞

 大衆が支持するのは「論理」ではなく、「感情」である。1月20日付『リニア騒動の真相30「北風作戦」は失敗』で産経新聞主張(2019年12月3日付)を紹介した。『リニア新幹線は静岡県内に駅がなく、その経済的なメリットは小さいとされる。川勝氏は今年(2019年)6月にJR東海による経済的な代償を求める考えを示唆した。同社による一定の合理的な負担を含め、国交省が主導して環境対策などでも真摯な協議を進めるべきだ』。

 鉄道局はJR東海に対して、『(静岡県へ)一定の合理的な負担する』よう指導すべきと産経は書いている。これも「論理」の話ではない。有識者会議の議論とともに、JR東海が『静岡県への一定の合理的な負担』を行うことは、静岡県民の「感情」に訴える一つの方策なのだろう。

「今は来ないで!静岡県」を指し示す川勝知事

 「今は来ないで!静岡県」。東西の県境道路沿いに幟や旗などで静岡県が県外ナンバーの車などに要請している。「緊急事態宣言」延長で、そのまま同じ要請を続けていくのだろう。リニアに対して、『今は来ないで!静岡県』といつまで叫び続けるのか分からないが、JR東海の「無礼」(川勝知事)な対応が続く限り、『今は来ないで!静岡県』は続くはずである。

※タイトル写真は、国交省で開かれた有識者会議。ウエブで結ばれた(鉄道局提供)

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