認知症のなぞ1 家庭裁判所の「診断書」

成年後見開始のための「診断書」

 26日朝、NHKニュースで2025年認知症患者が約7百万人になるのを受けて、地域でどのように患者に対応していくかを紹介していた。「7百万人」は厚労省の推計だが、その数字は果たして、正しいのか?

 認知症と認定するのはだれか?医者なのか、それとも家庭裁判所なのか。難聴の高齢者を認知症患者にしてしまったわたしの母の事例を紹介する。

 3年前、母は90歳で亡くなった。そのほぼ2年前、静岡家庭裁判所から「後見開始申立書」を受け取った。5歳離れた姉の代理人弁護士が、母の成年後見を開始する審判を家庭裁判所に求めたのだ。申し立て理由は「認知症」にチェックがしてあった。「本人の希望として、自らの財産を弁護士等の専門職に管理を委ねたい」と特記事項に書かれていた。

 何よりも驚いたのは、母の主治医(脳神経外科医、睡眠導入剤の処方で何度も付き添った)が母を「認知症」と診断していることだった。申立書添付の家庭裁判所「診断書」(成年後見用)には「アルツハイマー型認知症」とあった。所見では「物忘れ症状、会話が成立しない症状あり当院受診となり加療を行っている」。

 判断能力判定について「自己の財産を管理・処分することができない」(後見相当)とされ、判定の根拠として(1)見当識 日時は(回答できない)、場所は(回答できる)、近親者の識別は(できない) (2)意思疎通(できないときが多い) (3)社会的手続きや公共施設の利用(銀行取引など)は(できないときが多い) (4)記憶力(問題が顕著) (5)計算力(計算は全くできない) (6)理解力(理解力、判断力が極めて障害されている) (各種検査)HDS-R(19点)

 さらに、「制度や申し立ての意味を理解して意見を述べることは不可能」にチェックが入っていた。「成年後見」という響きはいいが、実際には母を旧民法の禁治産者、心神喪失者と考えたのだ。それがどれだけひどいことか姉は承知していたのか?

 わたしの意思を伝える「照会書」はたった1枚紙。「ご本人に代わって財産の管理や契約等の法律行為を行う援助者(これを後見人と言います)を選任することによってご本人を法律的に支援する制度」などと書いてあった。必要、不要のどちらかにチェックするようになっていて、もし、「不要」にチェックする場合、その理由を記せ、とある。しかし、たった1行分のスペースしかないことを見れば、ほとんどは「必要」にチェックを入れるのだろう。すぐに家庭裁判所に出掛けた。

「診断書」が重要な判断資料

 書記官に面会、審判を始めるならば、「成年後見制度の手引き」に書かれている裁判所の調査員を派遣して、母に面会して状態を調査すべきだと伝えた。母には十分な判断力があり、「認知症」に当てはまらないことを調査員が確認すれば、この申立書の根拠は失われる、と説明。しかし、書記官は「不要」の理由を別紙に記述して提出するように言うだけで、調査員の派遣などの説明はなかった。

家裁に送った写真。母は新聞記事を書き写している

 「自分自身で財産管理をしたい」。母の意思を確認した上で、自筆の財産管理を望むと希望する書面、それを母が書いている写真、車いすの生活で、重度の難聴のため本当に大きな声を出せば意思疎通に問題はないが、もし、母の状況を知らずに会話しようとすれば会話が成立しない理由、また母がふだん新聞や雑誌の購読を楽しみにしていることなどを写真とともにまとめて記した。

 その書面、写真などを裁判所に持参した。担当書記官は不在だったが、別の書記官が親切に書面等を見てくれたうえで、「別の医師の診断書を提出したほうがいい」とアドバイスした。医師という専門家の診断書は、母の自筆文書よりも評価価値が高いようだ。そのときもらった最高裁判所の「成年後見制度における診断書作成の手引き」に、「診断書を判断資料とすることが原則」と記されている。つまり、主治医の診断書に対抗できるのは、認知症専門医の診断書しかないというわけだ。

全く逆転した「診断書」

 知り合いの医師に「認知症の専門医」を紹介してもらい、静岡市内の神経内科医を訪れた。この医師に記入してもらった家庭裁判所の「診断書」には「物忘れ症状に対して神経クリニックでアルツハイマー型認知症の診断を受けた。難聴があるため意思疎通困難があるが、大声でしゃべれば通じる」という所見が記された。 

 判断能力判定について「自己の財産を単独で管理・処分できる」。判定の根拠として、(1)見当識 日時(回答できる) 場所(回答できる) 近親者の識別(できる) (2)意思疎通(できないときもある) (4)社会的手続きや公共施設の利用(銀行取引など) (できないときもある)(3)記憶力(問題はあるが程度は軽い) (5)計算力(可能) (6)理解力(ある) (7)各種検査 HDS-R(25点) (9)その他特記事項 本人は財産管理可能としている。再度能力の鑑定を要す

 全く逆転した「診断書」が出来上がった。主治医のHDS-Rの点数は19点、神経内科医は25点。これは一体どういうことか?

認知症の診断は難しい

 認知症とは何か?かかりつけ医・非専門医などの医者を対象とした「事例で解決!もう迷わない認知症診断」(愛知県認知症疾患医療センター長、川畑信也著、南山堂、2013年7月発刊)を購入。この本によると、認知症を専門にしない医者たちは「自分には認知症を診断する自信がない」「不安を感じる」などと考えている場合が多いらしい。それだけ認知症診断は難しいと書かれている。

 その中でHDS-Rは、改訂長谷川式簡易知能評価スケールのことで、患者の経時的な変化を評価する際に信頼の高い検査方法とされる。30点満点で20点以下は認知症が疑われるが、総得点のみで認知症の有無を判断してはならない、軽度の認知症の段階で21点以上を獲得する患者も多いからだという。

 母の場合、主治医の脳神経外科医が19点、神経内科医が25点だった。これをどのように評価するのか?

母の状態を確認しない裁判所

 HDS-R検査はどんなものか。

静岡市の神経内科医でHDS-R検査前の母

 ①お年はいくつですか? ②きょうは何年、何月、何日、何曜日ですか? ③わたしたちがいまいるのはどこですか? ④これから言う3つの言葉を言ってみてください。あとでまた聞きますのでよく覚えておいてください。(例 桜、猫、電車、梅など) ⑤100から7を順番に引いてください。(100引く7は?それからまた7を引くと?) ⑥わたしがこれから言う数字を逆に言ってください。(6‐8‐2、3⁻5‐2‐9など) ⑦先ほど覚えてもらった言葉(桜、猫など)をもう一度言ってください。 ⑧これから5つの品物を見せます。それを隠しますので何があったのか言ってください。(鍵、ペン、硬貨、時計など) ⑨知っている野菜の名前をできるだけ多く言ってください(約10秒間待っても出ない場合はそこで打ち切る)

 さあ、あなたは何点を獲得でき、認知症の疑いを払拭できましたか?物忘れがときどきある母が「25点」である。どう考えても認知症を疑うことがおかしいだろう。再び、家庭裁判所へ神経内科医の「診断書」を含めて1件書類を持参した。担当書記官が母の元を訪れて、自分自身の目で確認すれば、母が「認知症」でないことがはっきりとするはずだ。

無責任な主治医の診断

 しばらくしてから、書記官から電話をもらった。書記官や調査官が母の元を訪問するのではなく、より高度な神経心理検査、脳画像検査が必要であり、静岡県立こころの医療センターを受診してほしいというのだ。その年の夏は猛暑で、母はなるべく外出を避けて施設でゆっくりと過ごしていた。同センターの担当医師から連絡をもらい、その旨を母に話すと、「同じ検査に行くのはもういやだ」と首を横に振った。それはその通りだろう。何かの治療ではなく、「重度の認知症」かどうかを診断するためだけの検査である。担当医師に話すと、母の心情をよく理解してくれて、そのまま家庭裁判所に連絡してくれた。

主治医の弁護士の手紙

 わたしは、母の主治医に内容証明郵便で「別の医師の診断とは全く違う。母を心神喪失状態とした診断の医学的根拠を回答ください」という手紙を送った。10日後に4人の弁護士名を連記した回答が送られてきた。その回答には「心神喪失状態などとは診断していない」、さらに「この診断はK医師の行った診断であり、他の医師が検査等を行って別の診断をされることは当然ありうる」と書かれていた。

 あまりに無責任な回答である。「アルツハイマー型認知症」と診断されることで、母の名声、信用その他、人格的価値について社会的評価が失墜する可能性が非常に高いのだ。

 もう一度、後見申立開始書の主治医「診断書」を見ていて、別紙に「鑑定に関する事項」があった。そこには、「今後、家庭裁判所から精神鑑定の依頼があった場合(鑑定医は精神科医師でなくても結構です)の問いに「鑑定を担当できる」にチェックが入れられ、鑑定費用(5万円程度でお願いしています)には自筆で「10万円で引き受ける」とあった。

 認知症の診断にはくれぐれもご注意を!医者の裁量で「認知症」患者がつくられる。主治医のさじ加減ひとつで、母は立派な「認知症」患者となってしまう。果たして、家庭裁判所は2つの診断書を見て、母を「アルツハイマー型認知症」と認定できたのか、どうか。

(審判申立事件の結果等は「認知症のなぞ2」で紹介します)

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