リニア騒動の真相3 ”越すに越されぬ大井川”

静岡県は”切り札”を隠している?

 「山梨県へ流れ込む地下湧水の全量すべて戻せ」。そのためには「リニアのルートを変えることを考えたほうがいい」と“脅し”とも取れる発言をした川勝平太静岡県知事。

 そんな強硬な発言とは裏腹に、日経ビジネス特集記事では「立派な会社だから、まさか着工することはないだろう」と弱気な一面も見せていた。

JR東海の提案を伝える中日新聞の記事

 知事の発言からは、静岡県はJR東海の「着工強行」をストップさせる“切り札”を持っていないようにも見える。しかし、JR東海は静岡県と協定書を結ぶために、知事の発言に沿うよう「全量を戻す」と発言、驚くほどの低姿勢に徹している。しかし、11月7日の記者会見で川勝知事は「全量回復」表明でようやく対話の段階に入ったと、さらにハードルを上げた。両方の綱引きを冷静に見れば、静岡県が何らかの許可権限を持っていると考えるしかない。

4百m地下トンネルと河川の関係

  南アルプスを貫通するリニアトンネルは全25キロのうち、静岡市内10・7キロを通過する。

 もう一度、大井川水系用水現況図を開いてみよう。リニア中央新幹線の南アルプストンネルは、大井川の本流(東俣川)と支流(西俣川)の地下約4百メートルを通過する計画である。

 東海道新幹線では、大井川を鉄橋でわたるが、リニア新幹線の場合、地下約4百メートルの地中深くのトンネルを通過する。リニアトンネルの通過は深い地下のことであり、はるか上を流れる大井川とは全く無関係のように見える。

 本当にそうなのか?

 地下深くを通過するトンネルだとしても、河川に建設される工作物である。そんな事例は過去にあったのか。この点を調べていくと、思いもしなかった許可権限が明らかになった。

地下トンネルも河川法の対象

 大井川は、中下流域約40キロまでを国土交通省、そこからの上流域約130キロを静岡県が河川法に基づいて管理している。となると、リニア建設予定地の大井川最上流部は静岡県が管理している。

 静岡県河川砂防局に出向き、その法律について説明してもらった。

 大井川の管理は国と都道府県が行い、河川区域内の土地を占用しようとする者は、河川管理者の許可を受けなければならない。これが基本だ。

 河川区域内の土地に、工作物を新築する者は河川管理者の許可を受けなければならない。焦点は「河川区域内の土地」に、約4百メートルの地下も含まれるかどうかだ。

 担当者ははっきりと「どんな深い地下でも含まれる」と回答した。

審査基準は「利水上の支障」

 国土交通省にも確認した。こんな地下深くのトンネル建設は前例のないケースであり、そんな地下トンネルが河川法の対象になるなど、誰も考えなかっただろう。

 橋や発電所だけでなく、地下深くのトンネルも河川管理者の許可を得なければ、建設できないと、法律が定めている。

 JR東海は、静岡県との合意がなくても、静岡県内の南アルプス地域でリニアトンネル建設の着工はできる。しかし、いざ、大井川本流、支流部分に近くなり、その部分を貫通するためには、静岡県へ申請を行い、許可を受けなければならない。

 静岡県と「水環境問題」で対立するJR東海は、この面倒な問題を抱えていることを十分承知しているのだろう。だから、川勝知事の強硬発言にも低姿勢を貫いている。

 静岡県によると、JR東海から申請は出されていないとのことだ。申請書が提出されれば、静岡県はすぐにでも審査に入る。重要なのは許可のための審査基準となってくる。法律には「治水上又は利水上の支障を生じないものでなければならない」と記されている。

トンネル建設は完全にストップ

 地下トンネルによって「利水上の支障」が生じるのかどうかは、現在の静岡県とJR東海の議論を見れば、一目瞭然である。

 いま一度、JR東海と静岡県の争点をおさらいしてみたい。

 リニアトンネルで想定される大井川の減少流量について、JR東海は約2トンと推定して、「1・3トンは導水路をつくって戻し、残りの0・7トンは必要に応じてポンプアップして戻す」という対策を説明、これに対して、知事は「減少流量を毎秒約2トンとした根拠が全く分からない。山梨県側に流れていくだろう湧水全量を戻せ」と主張、真っ向から対立してきた。毎秒2トンの根拠をすべて提出したうえで静岡県の有識者会議で精査するとまで言っている。JR東海は「大井川の中下流の水資源利用に影響はない」と主張してきたが、川勝知事は「静岡県民62万人の生命の問題」と反発、双方の入口が違うので折り合いはつかない可能性は高い。

 JR東海は県と協定を結び、合意を図ることを目指しているが、実際には県との合意がなくても、トンネル工事に着手できる。日経ビジネスの記事に腹を立てたJR東海幹部の「着工強行」という発言が報道された。

 しかし、JR東海がトンネル工事に入ったとしても、もし、静岡県が河川法に基づくJR東海の申請を「利水上の支障」に当たるとして却下できる。川勝知事が何度も繰り返す「県民の生命の問題」は立派な”大義名分”となり、「利水上の支障」を理由に許可しないだろう、とJR東海も見ているだろう。

 いくら着工できても、肝心の許可が出ない以上、一歩も先へ進まない。リニアトンネル建設は”越すに越されぬ大井川”となる。

 その時点でリニアトンネル建設は完全にストップしてしまうのだ。

JR東海の申請はこれから

 リニアトンネル建設予定地の大井川本流は標高約1400m、支流の西俣川は標高約1450m辺りだ。2つの川は、中部電力の二軒小屋発電所近くで合流するまで、他の河川同様に滝のような急流なのだろう。

大井川上流部

 静岡県担当者に、それぞれの川幅はどのくらいあるのか聞いた。大井川本流は川幅8m、西俣川は川幅8~15mとの回答を得た。西俣川の源流部は烏帽子岳(標高2726メートル)の頂上付近まで伸びているが、実際にそんな場所へ行ったことのある人は数少ないだろう。そんな場所での問題だ。

 万が一、川幅がたった1メートルだったとしても、静岡県が首を横に振れば、リニア新幹線の建設は1メートルのために前に進まない。JR東海が「着工強行」に踏み切れない理由はここにあった。

 河川法の審査期間は標準28日間。担当者によれば、審査は、河川への影響対策が「十分」か「不十分」かについて判断する、という。いつJR東海が申請するのか、工程表が明らかにされていないので、その工事内容を含めて全く分からない状態だ。

 一般的に、公共性の高い橋やトンネルを建設するのであれば、書類の要件が整っていれば「申請」の時点で、右から左へ「許可」が出される。

 ところが、今回は全く事情は違う。「県民の生命の問題」として強硬発言をしてきたのだから、JR東海の対応によっては川勝知事は首を大きく横に振るだろう。

県知事はなぜ、沈黙しているのか

 不思議なのは、川勝知事はこの許可権限を一言も記者会見で明らかにしていないことだ。記者たちの質問もないから、知事のほうから積極的にこの許可権限の存在を口にすることはない。沈黙に徹している。

 先日、静岡県水利用課に出向いて、この許可権限の話をしたが、担当者は全く承知していないように振る舞った。取材していて、実際に担当者は知らないのかもしれない、と疑った。いくら担当課が違うと言ってもこれはおかしい。

 多分、この水環境問題で重要なカギを握るのは、「難波喬司副知事」をトップに“オール静岡”と知事が呼ぶ、関係自治体の要請を受けた県庁組織なのだろう。そこでたたいているのかもしれない。

 川勝知事は河川法の許可権限について沈黙を守っている。もしかしたら、この”切り札”ともいえる許可権限を“オール静岡”の戦略会議で、どのように使うのか、まだ固まっていないのではないかと疑ってしまう。

 知事は記者会見で「鉄道のトンネル工事が計画通りにいかないことはよくある」とトンネル工事がいかに難しいかを承知している。JR東海の「『原則的に』静岡県内に湧出するトンネル湧水の全量を大井川に流す措置を実施する」という回答書の『原則的』の文言に不満を示したが、『原則的』が鉄道のトンネル工事ではやむを得ないことも腹の底では理解して、そう言っているとしか思えない。

 知事はJR東海に一体、何を求めているのだろうか?

川勝知事の次の一手は?

 「ニュースの真相 リニア騒動の真相3」で紹介したから、いずれ、この許可権限は表面化するだろう。もし、静岡県がストップを掛ければ、1分1秒の遅滞なく、東京、大阪間をリニアで結びたいJR東海だから、静岡県に政治的なプレッシャーを掛けてくるだろう。

  ただ、川勝知事は記者会見で「日経ビジネスの記事がリニアの本質的な問題をついたから経済界に激震が走った。これでリニア推進という環境に変化が起きた」と話し、「2027年開通はJR東海の事情であり、単に企業目標」と、何よりも静岡県の水環境問題の解決を優先する姿勢を示した。たとえ、安倍首相の強い要請があったとしても、知事は柳に風と受け流すだろう。

 もし、静岡県が不許可にすれば、JR東海は不服審査を国へ申し出る。国は静岡県の不許可理由を聞いた上で、もし、JR東海の申請に問題がないと判断すれば、意見を付けた上で申請を静岡県に差し戻す。それでも、静岡県が不許可と判断すれば、JR東海は法的措置を取るしかない。法廷闘争に移り、長い時間がさかれるだろう。

 そんな悠長なことをやっている余裕がリニア建設にあるとは思えない。しかし、静岡県が黙って許可を出さなければ、実際にはそうなるだろう。リニアトンネル建設に際して、田辺信宏静岡市長は「140億円のトンネル」の“補償”をJR東海から勝ち取り、南アルプス観光の糸口をつけた。

 JR東海は南アルプストンネルの直線ルートに決めたとき、静岡県の存在を全く考慮に入れていなかった。JR東海は長い間、静岡県を甘く見てきた。今度も「大人しい」静岡県は黙って許可を出すものと踏んでいたのかもしれない。いまや、「大人しくない」川勝知事がひと筋縄ではいかないことを痛感しているはずだ。

 1970年代に始まったリニア計画。東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、愛知の各都県は期成同盟会をつくり、「交通大革命」リニア開業が中央沿線に大きな恩恵をもたらすと確信、積極的な役割を果たしてきた。

 2011年5月、南アルプスを貫通する「直線ルート」の採用によって静岡もリニア地元県となった。しかし、リニア開業静岡県の「衰退」に拍車が掛かると誰もが知っている。川勝知事の「深慮遠謀」に大いに期待したい。

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