「本人訴訟」入門⑥”嘘”まかり通る?

「理事長ではない」を争うとは!

 第1回口頭弁論は7月21日に開かれた。

 静岡地裁には審理開始の15分ほど前に到着、3階の書記官にあいさつをすると、「時間になったら、法廷に入ってください。同じ時刻に3件ほど別の事件の判決があり、そのあと、原告席に座ってください」と教えられた。

 静岡簡裁の調停期日呼出状では、出頭する場所に「相手方待合室」と書いてあったので、そう書かれた部屋でずっと待っていたが、音沙汰がないので、簡裁書記官室へ行くと、担当書記官から「あなたを待っていた」などと言われた。「本人確認」のために、まずは書記官室に顔を出さなければならないのだろう。

 このあと、原告の席は、裁判官に向かって、左側であり、被告席は右側だと教えてくれた。刑事事件では、右側が検察官、左側が被告人の弁護人席で、被告人は正面に座る。訴状を提出した原告が右側の席とばかり思っていたので、聞いてよかった。初めての「本人訴訟」だから、あらゆることが初めてであり、何か重大な失態を起こさないよう、できるだけ何でも聞いておくべきである。新たなことを知る度、緊張感が増してくる。

 第203号法廷のある2階に降りて、法廷の場所を確認してから、エレベーター前のソファに座っていると、廣田育英会の理事、事務局Hが姿を見せ、隣には彼とよく似た背格好の年配男性が目に入った。その年配男性がHの父親であるT弁護士だろう。20年近く前、管理費等の滞納金督促で事務所に何度か電話を掛けた。声だけだが、相手の印象はよくなかった。当然、お互いにあいさつすることもなく、そのまま視界に入らなかったように無視した。

 もう一度、準備書面を読み返してみた。「わたしは理事長ではない」を争うのは、民事訴訟法に基づいて手続きの不備を突く弁護士テクニックなのかもしれない。しかし、この”戦略”は被告Kと協議した結果なのかしら、と疑問を抱いた。

 7月7日、裁判所に提出した準備書面に「もし、これから長くマンション管理組合という共同体に生活するのであれば、わたしが理事長ではないという、とんでもない主張が、新たな所有者となったばかりのKの管理組合内の立場や信用を失うことにつながる」と書いた。民事裁判だからと言って、どんな方法であれ、勝てばよいわけではない。これまでの3階キャバクラ寮の契約解除問題で廣田育英会による社会常識とかけ離れた対応と重なり、何か怒りにも似た思いが胸にふつふつと沸いてきた。

 定刻の5分前に法廷に入ると、広い傍聴席にはT弁護士とHだけでなく、離れたところに男性3人が座っていた。当然、その3人は、別の裁判の判決を聞くために来たのだろう。時間通りに裁判官(女性)と書記官が法廷に現れ、書記官が事件番号を読み上げて、判決が下されていく。緊張と興奮のせいか、わたしの耳に入ってこなかった。

 すぐに書記官に呼ばれて、わたしは原告席に座った。被告席にはT弁護士のみで、Hは傍聴席に座っている。どういうわけか、被告Kの姿は見えなかった。

 これからいよいよ裁判が始まるのだ。

「住民活動協力金」決議に不備はない?

 民事裁判の通例通りに訴状、答弁書、準備書面を「陳述」したこととして、「陳述」手続きは簡略化される。このあと、裁判所に提出した管理規約、2018年度管理組合臨時総会、2019年度管理組合通常総会、2020年度管理組合通常総会、2021年度管理組合通常総会の原本を見せろ、というT弁護士の求めに応じた。

 この裁判後に、橘玲著『臆病者のための裁判入門』(文春新書)を読んでみると、口頭弁論では書面の陳述(実際は読んだものとして省略)のあと、提出された証拠が原本と相違ないかを裁判所が確認する、とあった。「証拠の原本を見せろ」は、T弁護士のわたしに対するいやがらせかと思っていたが、裁判では通常の手続きである。証拠を提出する度に、必ず裁判官が原本を確認するのか、書記官に聞いておいたほうがいい。

 その後、裁判官がわたしに求めたのは、わたしが理事長に就任した1995年当時の議事録である。当然、前理事長から引き継ぎはなく、わたしは「当時の管理会社だった株式会社アイワ不動産(管理会社はアイワマネジメント)に問い合わせてみます」と回答した。あまりに古いことで記憶になかった。

 この議事録は、T弁護士が争点にする「わたしは管理組合理事長ではない」に関連しているのは間違いない。原告としての適格性に問題がないことを当時の資料を証拠として裁判官が確認したいのだろう。

 そう考えていたところ、ひとつ思い出した。

 わたしが何度も、3階のキャバクラ寮の契約解除を廣田育英会に求めたことに対して、廣田育英会は合計8通の内容証明などの文書を送ってきた。そのうち、2通はT弁護士(廣田育英会常務理事)からである。当然、わたしを理事長であることを前提に、さまざまな批判や中傷をしていた。

 この件を持ち出して、「廣田育英会常務理事のT弁護士から何度も理事長として認める文書をもらっている」とわたしが述べると、T弁護士は「そんなものは書いていない」と即座に否定した。証拠が目の前にあるわけではないから、わたしが何を言っても、裁判官に真実かどうかはわからない。後日、T弁護士の送ってきた文書を証拠として提出することにした。

 裁判官は2019年3月の管理組合総会で「非居住者の住民活動協力金」を管理規約に入れる決議に不備があるのならば、その点を明らかにするようT弁護士に求めた。手続きに不備のない総会で決まった管理規約を遵守するのは、管理組合員の責務である、と裁判官は言ったようだ。(これは正確でないかもしれない。実際に、裁判官が正確にどのように言ったのか、自信がない。当事者のわたしはメモ書きに集中できる状態ではなかった。裁判所はICレコーダーの持ち込みを禁止している)

 覚えているのは、裁判官の求めに、T弁護士は不満を表明するために立ち上がった姿だ。わたしの訴状に民事訴訟法上の不備がある「答弁書」の主張を繰り返しているようだが、発言の意図は理解できなかった。裁判官はT弁護士の主張を却下して、8月末までに管理組合総会の手続きに不備があるのかどうか準備書面で提出するよう求めた。

「うるさい黙れ」と怒鳴ったT弁護士

 裁判官は次回期日が9月9日に決まったことを告げた。コロナ禍の中、T弁護士には東京・新橋の事務所からリモート参加できることを伝えていた。

 わたしは裁判前から最も気になっていた「準備書面」に書いたことをT弁護士に問いただした。

 「被告(K)の主張は、滞納金に法的根拠があるかどうかだった。わたしが理事長かどうかを被告は主張していない。被告の主張と違うのではないですか?」

 これに対して、T弁護士は「うるさい、黙れ」と法廷内で怒鳴った。これにはびっくりとした。さらに、閉廷したあと、被告席を離れて、傍聴席を通過する際、原告席のわたしに向かって「お前は理解力がない」など捨て台詞を吐いた。一体、どうなっているのか、首を傾げた。老練な「弁護士先生」からこのようなきつい脅しを受ければ、ふつうの人であれば、いたたまれなくなってしまうだろう。T弁護士の対応は、自分の思い通りの理屈で裁判が進んでいないことが原因なのかもしれない。

 ところが、裁判が終わって、三浦和義著『弁護士いらず』(太田出版)をもう一度、読み返して、ああ、しまったと思った。やはり、失敗しているのだ。

 「法廷では、裁判長に答える時、あるいは質問する時、または、発言する時は必ず起立します」とあったからだ。「必ず起立する」。それなのに、わたしは裁判中、一度も起立することがなかった。すべて、偉そうに座って受け答えしてしまった。

 T弁護士への質問も座ったまま、裁判官の許可を取らない不規則な発言だったため、T弁護士は「うるさい。黙れ」と怒鳴ったのかもしれない。知らないとは言え、これは法廷では失礼なことだろう。民事裁判は、原告、被告の言い分を裁判所に聞いてもらい、お互いの主張したことだけに基づいて裁判官の心証で審判する。だから、このような初歩的な点こそ注意すべきである。

 細かいところを書記官に確認してみよう。裁判官から発言を求められた場合は、すぐに起立すればいい。それでは、被告代理人に対して質問を行う場合、挙手して、裁判官の了解を得た上で発言するのだろうか?

被告KとT弁護士の利害関係は? 

 第1回口頭弁論を終えたあと、7月24日夕方にアクシス91管理組合臨時総会を開催した。「わたしは理事長ではない」について、Kから説明を受けた上で、その主張が被告代理人のT弁護士だけでなく、Kの主張であれば、管理組合としてどのような対応するのかが主要議題だった。

 自主管理組合へ加入した(つまり、当マンションを購入した)Kもマンション管理の責任を組合員として負わなければならない。そもそもKは、T弁護士らから「滞納金は法的に存在しない」と聞いて、滞納金の支払いを拒否した。もし、滞納金不払いの理由を「わたしは理事長ではない」としてしまえば、Kは”嘘”をついたことになってしまう。いくらお金を払いたくなくても、社会生活の中で、嘘をつくことは許容されない。

 総会前日夜になって、Kは「欠席」通知をポストに入れてきた。「先日、訴訟代理人より裁判内容の報告を受けた。今回の招集内容にある理事長であるかどうかの疑義は裁判官により解消された」などと書いてあった。従って、「被告であり欠席する」。これはある意味、嘘つきであることを認めたことになる。

 T弁護士からKがどのような説明を受けたのか分からないが、Kの書いた”疑義”がすっかりと解消されたわけではない。裁判官は、わたしが理事長に就任した当時の議事録(アイワマネジメント作成)を求めている。新たな証拠を提出して、T弁護士の疑いを払拭するよう求めているのだ。

 「被告であるから欠席する」。管理組合員でないならば、それで問題ないが、組合員として「わたしが理事長ではない」について発言する義務をKは持っているのだ。再度、3階ポストに組合員としての義務を果たすよう要請する手紙を入れた。「欠席するのは、そちらの都合が悪い場合はやむを得ないが、今回の総会で議決したことは遵守してもらう」と書き添えた。「理事長ではない」を争点にするのが、Kの本意でなければ、KはT弁護士に指示して、本来の主張をするよう求めればいいのだ。泥仕合を演じるのはKの希望ではないだろう。

 Kが問題の本質を理解しようとしない無責任さにあきられるばかりだ。実際に、T弁護士がKにちゃんと説明したのかどうかも分からない。KはT弁護士らから「滞納金は法的に存在しない」と聞いて、このマンションを購入している。現在、T弁護士は「わたしは理事長ではない」を問題にしてしまった。

 「滞納金は法的に存在していない」と言ったT弁護士はKの訴訟代理人としては、”異例の存在”であることを理解すべきだ。

 もし、管理組合の主張が認められ、Kが滞納金を支払ったあと、Kは廣田育英会に損害の返済を求めることができるからだ。利害相反する可能性のあるT弁護士が被告訴訟人であるのは、原告(管理組合)を敵に回しているときだけである。だから、Kはちゃんと裁判を傍聴して、自分の目と耳ですべてを確認すべきだった。

 T弁護士は8月末までに「準備書面」を提出して、原告の主張が間違っていることを証明しなければならない。

 裁判所作成の第1回口頭弁論「調書」に、「被告は2019年3月の総会決議の有効性、同総会決議が有効である場合の支払義務の有無について準備書面を提出する」と書いてあった。

 「滞納金は法的に存在しない」根拠をT弁護士が主張してくるはずだ。Kはすでにその内容を承知しているのか?

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