リニア騒動の真相18 山梨県はどう変わるのか? 

リニアは地域振興の起爆剤か?

おおにぎわいの山梨県リニア見学センター

 8月23日山梨県リニア見学センター(都留市)で開かれた「リニアフェス2019」には、多くの観光客らが詰め掛けていた。リニア南アルプストンネル工事は、静岡県では未着工だが、山梨工区はすでに始まっている。山梨県ではリニアへの期待が大いに盛り上がっている様子がうかがえた。その反面、南アルプス市の市民がリニア工事中止を求める訴訟を起こすなど、市民らの一部で反対運動も起きている。沿線では、工事による河川の減水だけでなく、リニア開通後の騒音、電磁波の影響などに不安を抱く市民も多いようだ。

 また、『リニア騒動の真相15 リニアで「名古屋」衰退!』で紹介した「未来の地図帳 人口減少日本各地で起きること」(講談社)が予測したのは、リニア開業によって、ストロー現象(大都市と地方都市の交通網が整備され便利になると、地方の人口が大都市へ吸い寄せられる)が起き、名古屋の若い女性がこぞって東京へ行ってしまう暗い未来だった。ストロー現象は、東海圏の大都市、名古屋ではなく、リニア沿線の地方都市となる山梨、長野、岐阜でも起こりうるのではないか。

 静岡県の川勝平太知事は、リニア沿線の各都府県がつくる「建設促進期成同盟会」入会を求めている。同盟会は沿線への新駅設置、地域振興が大きな目的である。JR東海が静岡県の南アルプスを貫通する直線ルートを採用したのは、品川―名古屋40分、品川―大阪間67分と最短で結ぶために必要だったからであり、山梨、長野など沿線地域の経済活性化をにらんでのことではない。果たして、リニアは沿線各駅の地域振興の起爆剤になるのか?それとも「ストロー現象」を起こして、衰退の道へつながるのか?

 『リニア騒動の真相17 「破砕帯」に向き合う』取材のために黒部ダム、関電トンネル(大町トンネル)を訪れたあと、山梨県へ立ち寄った。

斬新な建物が増えたJR甲府駅周辺

 まずは、甲府駅北口前に移転したという「山梨県立図書館」に向かった。JR甲府駅から徒歩3分という便利な場所にあり、静岡駅から遠く離れた静岡県立図書館に比べ、明るく開放的で最新鋭の施設、蔵書類等も充実しているように見えた。

 施設は立派だったが、山梨県とリニアに関する最近の本は2冊しかなかった。1冊は「リニアで変わるやまなしの姿」(2018年1月、山梨県総合政策部リニア環境未来都市推進室企画・発行)。リニア開業から10年後の山梨県の姿を地元出身の漫画家吉沢やすみ氏が、わかりやすい漫画で紹介している。補足として大手銀行系のコンサルタントが数字などを使って、具体的に説明していた。(※今回のタイトル写真が表紙です)

ジュエリーミュージアムも入居するスタイリッシュな山梨県防災新館

 もう1冊は、2019年4月に出版されたばかりの「甲府のまちはどうしたらよいか?」(山梨日日新聞社)。こちらは、2012年11月に開館した山梨県立図書館を設計、その他、最近出来たばかりの山梨県防災新館、山梨県庁の庭などを手掛けた、甲府出身の建築家山下昌彦氏(1952年生まれ)の著作。2017年山梨県図書館の来訪者は92万人で、図書館としては全国2位のにぎわいのある場所になっているという。甲府市内の多くの公共建築物に関わり、高校まで過ごした街だけに、リニアが開通することで「甲府をどのようにすべきか?」を温かい視線でとらえていた。

 「リニアが通ると、山梨から若い人がどんどんストローみたいに吸い出されていなくなる―それはそうだと私も思います。しかし、東京、名古屋から入ってくる人もいる。交流人口もふえる」と「ストロー現象」について不安を抱くよりも、逆の見方をして、どのように交流人口を増やすかを考えたほうがよいという至極当然の意見だった。

 フィレンツェ、コートダジュールなどの海外の事例を多く紹介して、街づくりをどうするか提案している。さらに「カンヌのように、山梨が世界の山梨になるというイメージを持つ必要」などとあり、結論は「歩いて楽しいまちを作る」。山梨県図書館の成功例をリニアの街づくりにあてはめたいのかもしれないが、具体性に欠ける部分が多かった。

「リニアで変わるやまなしの姿」はもう古いのか?

リニア推進課入り口に掲示される「山梨期成同盟会」看板

 人口約80万人の山梨県はリニア開通によって、どのように変わるのか?山梨県庁を訪れた。県庁受付で、冊子「リニアで変わるやまなしの姿」裏表紙にある「リニア環境未来都市推進室」を探したが、見つからなかった。その代わりなのか、「リニア推進課」とあったので、そこに連絡した。受付で待つように言われ、そこへ「リニアフェス2019」で出会った職員がやってきた。リニアに関する山梨県のまちづくりの資料をもらえるのか尋ねると、リニア見学センターにあったリニア中央新幹線を紹介する資料しかないという。当然、その資料はすべてリニア見学センターでもらっていた。

 それで仕方なく、「県立図書館には昨年1月発行の『リニアで変わるやまなしの姿』という山梨県作成の冊子があった。それを1部もらえないか」とお願いした。

 「あの資料は現在とは違っているので、渡すことはできない」(担当者)、「漫画でリニア開業10年後の未来を予想しているのだから、違っていて当たり前、かまわない」、「リニア新駅に関するすべての計画は白紙で見直すことになった」(担当者)、「具体的な未来を示す漫画ではないから、構わない。ある意味、こどもたちに夢を与えるようなもの。銀行のコンサルタントによる説明も違うのか」、「それは違っていない」(担当者)、「昨年の資料だから、まだ残っているのでは。一部いただけないか」、「まだあるが、お渡しできない」(担当者)。首をかしげてしまった。

 そうだ、しばらくして、ようやくわかった。山梨県はことし1月知事選があり、自民、公明の支援した長崎幸太郎知事が新しく誕生したばかりだった。昨年1月に発刊した「リニアで変わるやまなしの姿」は前知事時代の冊子だ。もし残っているならば、廃棄処分になるかもしれない。県庁受付ではなく、推進課へおもむき、いろいろ話しているうちに、どういうわけか(貴重な?)冊子をもらうことができた。(※タイトル写真の冊子)

 前知事時代の計画等はすべて白紙にして、長崎知事主導で新たな計画をいちからつくり直す。いまからつくり直して、2027年開業に間に合うのだろうか?

「MICE」が飛び交う難しい会議

 ことし7月26日、長崎知事を議長に「リニアやまなしビジョン(仮称)検討会議」が立ち上がったばかりだった。

甲府駅前の直線道路。約20分でリニア新駅へ

 リニア新駅は、甲府駅から南へほぼ直線方向に約10キロ、車で約20分の場所に設置される。全線の86%がトンネルというリニアだが、山梨県内83・4キロのうち、トンネル部分は56・3キロの68%で、新駅も地上にできる。リニアが開通すれば、新駅から品川駅まで25分、名古屋駅まで40分と非常に便利になる。現在、特急あずさで甲府―新宿間は約1時間半掛かっている。

 一方、リニアのダイヤは明らかにされていないが、沿線の途中駅には1時間に1本しか停車しないと見られる。これでどれだけの乗客を見込めるのかは難しいところだ。2009年の山梨県調査で「1日の来県者が2万人増え、経済効果は年間140億円」という数字が出されたが、リニア駅設置だけで地域が活性化するほど甘いものではない、と長崎知事も見ているようだ。

 検討会議委員は14人で、ほとんどが東京在住のシンクタンク研究員や大学教員ら。県立図書館、県庁別館などを手掛けた山下昌彦氏を含めて建築家は含まれていない。検討会議の下にワーキンググループが置かれ、そこで具体的な構想等を提案するようだ。第1回ワーキンググループは9月17日に開催、その議事録はいまのところ公表されていない。

 第1回検討会議議事録では、委員がそれぞれの知見などを披露している。山梨県が誘致検討しているのは、1、大規模展示場・会議場、2、第4次産業の工科系大学・研究機関、3、最先端技術企業などであり、ほとんどの委員はMICE(観光視点を有した国際会議場などの複合施設)を念頭にした意見を述べていた。

 難しいのは、山梨県同様に、品川駅、名古屋駅などでも大規模な国際会議場、コンベンションセンターなどリニア開業をにらんだ同じような計画をしており、それほど、大規模展示場や会議場が増えて、需要があるのかどうかわからないことだ。委員の1人は「他の県がやっていることと同じではダメだ」という意見を述べたが、新駅に多くの人が降りる目的地となるうまい方策は、第1回会議では出されなかった。

富士山をどのように生かすか

 全国的に最近のインバウンド(訪日外国人)需要で観光客は大幅に増えている。山梨県でも、2010年約2600万人だった観光客が昨年には約3800万人と8年間で1200万人も大幅増加した。

駅前整備で武田信玄像もちょっと移転していた。信玄も地域振興に必要だ

 山梨県出身者の検討会議委員が「山梨の強みは観光資源であり、そのほとんどは富士山周辺に点在している。これをいかに戦略化できるかが大きなカギ」と述べていた。富士山の近くに新駅ができれば、非常に多くの観光客が乗降することになり、15分おきくらいにリニアが到着しなければ間に合わないかもしれない、とも述べている。山梨県リニア新駅から富士山へは近い距離ではない。ただ、甲府盆地の山々から見える富士山は美しく、絶好の眺望をどのように生かすのか、そんなアイデアに使えるのかもしれない。

 最後に、この委員は「知事は大胆なビジョンを掲げるべきだ」と述べた。これに対して、長崎知事は「次回までにそこをしっかりと整理して示したい。かなり大胆なことを考えている」と答えた。

身延線小井川駅のホーム

 リニア新駅と最も近い鉄道駅は身延線小井川駅。帰途、甲府駅から各駅停車を使い、停車した小井川駅で、その周辺をじっくりと眺めた。いまのところ、リニアの工事は行われていなかった。身延駅で特急を待ち合わせて、乗り換えた途端、激しい雷雨に見舞われ、身延駅を出発したところで延々とストップした。甲府―静岡間は特急で約3時間半。山梨県内で2時間20分も待機させられた。甲府から静岡まで6時間以上掛かってしまった。山梨県庁でもらった(貴重な?)冊子を読む時間が十分できた。何度読み返しても、まったく問題のない内容だった。1ページ目にある「知事あいさつ」の写真と名前(前知事)だけが問題かもしれない。そこに、現職知事の写真と名前を貼れば、今後も十分使える冊子である。

 川勝知事はリニア沿線各駅にとって、新駅設置が「メリット」だと強調したが、「メリット」をどのように生かすか?そんなに簡単ではないようだ。

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