リニア騒動の真相58新聞記事に、ご注意を!

なぜ、インチキ記事が横行するのか?

 毎日の新聞は、記者が原稿を書き、デスクが記事の判断をして、事実関係を確認させた上で、その日の紙面でどのように扱うのかを編集会議で決めて、整理部へ回して、見出しとともに新聞紙面が出来上がる。7日の川勝平太静岡県知事会見を取材した。わたしは記者たちと全く同じ情報を得た上で、翌日になって各社の新聞記事を読んで、あんたんたる思いにとらわれてしまった。あまりに新聞記事の質がひどいのだ。

9月10日付静岡新聞朝刊1面

 もともとは9月10日付静岡新聞1面トップ記事に端を発した問題である。もう一度、おさらいしよう。9月10日付記事は「大井川とリニア 築けぬ信頼」のワッペン付きで、大見出し『大井川直下「大量湧水の懸念」 JR東海非公表資料に明記 想定超える県外流出』などで紙面のほぼ3分の2を占める大分量の記事が掲載された。この記事についての詳しい批判は、10月2日にアップした東洋経済オンライン『静岡リニア「非公表資料」をリークしたのは誰だ 怒り心頭の川勝知事発言はマッチポンプか』にあるので、確認ください。

 また、「リニア騒動の真相57県と新聞社がマッチポンプ?」でも補足している。いくつかの疑問点のうち、『大井川直下「大量湧水の懸念」』という記事に登場する専門家は、『南アルプスの地質に詳しい狩野謙一静岡大防災総合センター客員教授(構造地質学)』のみで、他の専門家の固有名詞はない。

 記事中の「談話」では『「追加調査の必要がある」と指摘している。』とあった。狩野教授に電話で確認すると、「大井川直下の断層については✖✖✖が言っているが、わたしには関係ない」などと言う。よく聞いてみると、以前取材を受けた記事とは全く関係ない断層について指摘したことが「談話」として使われたことが分かった。1面トップのスクープ記事のニュースバリューを高めるために”権威”による箔付けが欲しかったのだろうか、ふつう、そんなインチキなことは決してしない。そんなことが分かれば、新聞記事としての質どころか、信頼性が問われてしまうからだ。

 一体、なぜ、こんなインチキが起きてしまったのか?狩野教授に直接、会って聞いたほうがいいと考えた。

「井川ー大唐松山断層」は存在しない!

 狩野教授と面会する前に、ちゃんと地質学のことがわかるようにさまざまな宿題をもらった。雑誌静岡人vol4『なぜ、川勝知事は闘うのか』の「7つの謎を巡る旅」のうち、7番目の『光岳を「世界遺産」にしよう』は唯一、地質学のことを紹介している。

 「日本地質学の父」と呼ばれるドイツの地質学者ナウマンが鳳凰岳や駒ケ岳、赤石岳、塩見岳などの赤石山脈がちょうど壁のように続くのを見て、こんな光景は世界にはない、世界唯一の大地溝帯として発見した「フォッサマグナ(大地溝帯)」などについて紹介した。南アルプスが「世界最大級の活断層」の巣であるのだが、フォッサマグナとは何かを含めて、中央構造線、糸魚川静岡構造線など解明されていないことのほうが多いことも承知しておいたほうがいい。

 まず、驚いたのは、狩野教授らの書いた「南アルプス南部、大井川上流部のジオサイト・ジオツアーガイド」という論文の中に、1988年狩野教授らが命名した「井川ー大唐松断層」が登場するが、そこに「井川ー大唐松山断層は存在せず、地層は走向を南北方向に、変えながら、北北東に連続するとする見解もある」(徳嶺・久田、2005)とあったことだ。

 静岡県が国交省に提出した「県境付近の断層の評価」について、JR東海が「畑薙山断層帯」としているのに対して、「もっと大きな構造で見ると、山梨県境付近の断層は井川ー大唐松山断層の一部であると考えるのが妥当である」と自信たっぷりに書いてあった。当然、「井川ー大唐松山断層」は科学的に証明されているとばかり考えていた。(写真は県提出の資料。赤い点線が井川ー大唐松山断層)

 ところが、そうではないのだ。

 2005年の筑波大学発行、徳嶺庄一郎、久田健一郎の両氏論文「大井川上流域(井川湖~畑薙湖)に分布する四万十帯の地質」に確かに、井川ー大唐松山断層は認められなかったと書かれていた。筑波大学の演習林が東河内川の上流域にあり、その周辺が筑波大学の研究フィールドである。久田氏は現在、筑波大学地圏変遷科学分野教授(地質学分野)を務めている。論文の中身は、ほとんど地質学の専門用語であり、全く理解できなかった。

 新聞記者、県庁、国交省の役人含めて地質学を専門にしていない限り、内容の理解、評価はできないだろう。あとで書くつもりだが、県が「JR東海に公表しろ」と言っている資料はその類のものである。新聞記事同様に評価した上で、一般にも分かりやすいように紹介することをJR東海がやり、会議資料として提出している。それでもほとんどの参加者には理解できないのだ。

 久田教授たちの調査フィールドは畑薙湖までであり、リニアトンネル建設の地域ではない。だからと言って、井川湖ー畑薙湖までの地域については井川ー大唐松山断層を否定する研究者もいることを承知しておかなければならない。科学的に考えるというのはそういうことであり、地質学の場合、科学的証拠をどのように判断するのか非常に難しいのだ。

地質学では「推定」はするが、断定できない

 最近の地質学教科書には、「断層とは、1本ではなく、短いセグメント(小分け)の集まりであることが分かっている」とある。狩野教授が命名した「井川ー大唐松山断層」は非常に長い断層として線が伸びている。その一部分を調査した筑波大グループは、少なくとも井川湖から畑薙湖までを否定している。では、その北側はすべて狩野教授が調べたことで正しいのか?医療のようなエビデンス(科学的な証拠)は全くない。セカンドオピニオン、サードオピニオンを受けることができないからだ。

 南アルプスの険しい地形の中で、フィールド調査を簡単にできるはずもない。そもそも、リニア工事がなければ、この地域に注目が集まることもなかったからだ。

南アルプスをフィールドとした狩野謙一教授

 狩野教授によると、フィールドの経験と地形の連続性から全体の地質構造を推定したのだ、という。つまり、「推定断層」ということになる。すべての断層が絶対に正しいなどと言えないのだ。地質学はあまり科学的ではないのではと疑問を抱いてしまう。そんな疑問に答えてくれたのが、 藤岡換太郎氏の『フォッサマグナ 日本列島を分断する巨大地溝の正体』(講談社ブルーバックス)。

 同書の「地質学とは何か」という章で、「地質学者が研究を行う手法は、いわば探偵が殺人事件の全貌を明らかにするのとよく似ています。いわゆる『5W1H』について、証拠捜しや聞き込みなどによってあらゆる材料を手に入れます」。そして、地質学が殺人事件と違うのは、「何万年(南アルプスの場合、何十万年前)も昔に起こった事柄に対してただ1つの解答を求めること自体が無理なことで、3つくらいの可能性に絞ることができれば、上出来であろう」と記している。

 だから、JR東海になるべくたくさんのボーリング調査をやってもらいたいのだ。そうすれば、「可能性」が「事実」に近くなるからだ。フィールド調査とは、足で歩いて周辺の岩層や地形を見ていき、その材料を持って仮説を立てることであり、井川ー大唐松山断層、畑薙断層もすべて仮説でしかないのだ。

 2019年9月16日付『リニア騒動の真相16「筋違い」議論の行方』で紹介したように、県地質構造・水資源専門部会で、複数の委員が「畑薙断層で鉛直ボーリングをやれ」「畑薙断層西側でもやれ」などJR東海に求めているのだ。狩野教授も当然、「井川ー大唐松山断層」でのボーリング調査を求めている。つまり、地質調査でおカネが掛かるのはボーリング調査であり、ほとんどボーリング調査はやっていない。

狩野教授は大井川直下を調査すべきとは言っていない

 南アルプスの険しい地形の中では、資機材を運搬して、鉛直ボーリングを行うのは費用的な問題だけでなく、物理的にも難しい。通常の山岳トンネルは先進坑を掘って、その地質構造をすべて把握した上で、本坑を掘っていけばいいのだが、今回は静岡県が許可を出さないから、事前の調査が必要であり、地質学者の出番というわけである。何をどのようにやるのかは、専門部会で議論すればいいことである。

 狩野教授に確認したかったのは、それでは、7日に知事会見で問題になった静岡新聞記事の指摘する東俣川直下の断層についてはボーリング調査をやるべきかどうかである。南アルプスのフィールド調査を長年、やってきた研究者は非常に少ない。さまざまなハードルがあるからだ。だから、狩野教授のことばは重いのだろう。

 「ノーコメントにしてくれ」。つまり、やる必要はないと狩野教授は考えているが、相手のことがあるからはっきりとは言えないわけだ。

 中日新聞1面トップ記事『JR、資料公開拒否 湧水「大井川流域住民に不安を与えかねない」』、静岡新聞1面準トップ記事『湧水資料 JR非公表 県に回答「不安を与える」』、毎日新聞地方版『「大量湧水」資料は非公開 県要望にJR東海が回答』などなど。

 県、県専門部会委員は、何度も資料を手にしているのだ。本当に重要な資料であるならば、県専門部会で議論していたはず。JR東海が回答に書いてあるように、評価もできない生資料のメモには住民に不安を与えるような記述ばかりだ。あらゆる文献を調べた地質調査会社はいろいろ書かなければ、おカネをもらって南アルプスの調査をしたことにならない。現地調査をしたわけではない。これまでの地質資料に基づいた仮説の類でいっぱいである。確実なことは何もない。

 JR東海は資料メモを評価した上で、県専門部会に畑薙断層などをテーマにして議論していた。大井川直下の断層を問題にしたのは、✖✖✖だけである。記者たちが取材すべきは、静岡新聞の談話に登場していた狩野教授だった。本当に1面トップで伝え、読者に不安や恐怖を与えるような印象の記事を提供すべきかどうかの判断を仰ぐべきだった。

 県がJR東海の印象操作をやりたかったのだろう。それにそのまま、乗っかってしまうのは記者という職業にある者ではない。ちゃんと取材するのが記者のはずである。

 ただし、これまで何度も書いてきたが、JR東海の広報の仕方に問題があることは確かだ。県が情報操作をすることは分かっているのだから、墓穴を掘るような回答を寄せるべきではない。

 別の中日記事には本当に驚いた。『川勝知事一問一答』があり、知事は『一部の文献にのっぴきならないことが書いてあって、多大な関心がある。全文を知りたい。当然知る権利がある。南アルプスに関わることだから。巨大な湧水が発生する可能性があると書いてある。根拠を知りたいし、知る必要がある』と言っている。当然、県も県専門部会委員もデータで資料を持っている。川勝知事は全文を知る立場にある。いくら教養が高い知事でも生の地質資料は簡単に理解できない。一部のメモのみを見て、判断すべきではない。

 教訓。わたしはこの記事の内容についてよく承知しているので、このような意見を言える。しかし、わたし自身全く知らない記事を読んで、そのままに信じてしまっていることも多い。つまり、新聞記事には眉につばをつけたほうがいい、ということだ。

※タイトル写真は県庁”リニア三銃士”のうち、2人を従えた川勝知事の会見

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