リニア騒動の真相12 政治力による「トンネル」

「100億円の負担」をチャラにした!

 8月4日付中日新聞の「考えるリニア着工」ワッペンの付いた田辺信宏静岡市長インタビューで、「当初、総工費140億円のうち100億円の負担を求められた」と水面下でのJR東海との交渉を明らかにした。「政治とは利害調整。それができるのが政治家」などと述べ、何と「100億円の負担」をチャラにしたと言うのだ。「政治の力」には驚くべきものがあるようだ。

 昨年(2018年)6月20日、田辺市長は、JR東海の金子慎社長とリニア南アルプストンネル(静岡工区)建設の円滑な推進と「地域振興」に寄与するための基本合意書を取り交わした。

京塚橋付近の山道

 その合意書に書かれた「地域振興」の目玉が、県道三ツ峰落合線の京塚橋付近(標高約690メートル)と県道南アルプス公園線の大沢戸橋付近(標高850メートル)の約4キロを結ぶトンネル。JR東海は、140億円事業費すべてを負担することに合意した。トンネル新設によって、井川地区と静岡市街地の距離が約10キロ短縮、約25分間掛かっていた山道を20分も短縮、5分で通過できる。「地域振興」策の代わりに、静岡市は、リニア工事に関わるあらゆる行政手続きを速やかに対応することを約束した。

 その合意の約半年前、2017年12月6日の井川地区説明会で、JR東海は県道トンネルではなく、市道トンネル構想を約70人の地元住民らに示し、「50億円」の負担をすると表明している。

 不思議な話である。当時は「100億円のうち、50億円負担するので理解してほしい」と述べたが、その後の交渉で、県道トンネルならば、JR東海「40億円」、静岡市「100億円」と負担額を下げてしまったようだ。事務方は一切承知していないし、地元への説明もない。いつ、どこで、そのような話し合いがあったのだろうか?

市道トンネルのほうが「地域振興」に寄与?

井川と川根本町を結ぶ市道閑蔵線

 2017年12月井川地区の説明会で、JR東海は地元の要望する「県道トンネル」に触れ、時間帯が違うので工事車両が一般車両の通行に影響を与えない、またトンネルではなく一部拡幅など改良を行えば大きな支障はないなどの理由で「県道トンネル」の代わりに、井川地区と川根本町を結ぶ市道閑蔵線の約2・5キロトンネル新設を提案した。

 こちらの費用が「100億円」。このトンネルによって、新東名島田金谷ICまで町道閑蔵線をはじめ国道362号、国道473号など二車線の高規格道路と接続、非常に便利になり、費用対効果が高いと力説した。

 JR東海は、県道の改良工事とトンネル新設費用の半分「50億円」を負担するので、この提案を受け入れてもらえるよう求めた。しかし、「もし、静岡市が市道閑蔵線を整備するのであれば、半分を負担する」と仮定形であいまいな提案だった。住民から厳しい意見が続いた。静岡市との調整もできていないことも判明、JR東海担当者は「理解を得られるよう議論を引き続き行いたい」と言い、引き上げた。

 そして、半年もたたないうちに、50億円「市道トンネル」から、一挙に3倍近い、大盤振る舞いとも言える140億円を負担する「県道トンネル」という、まさに地元住民が求めた「地域振興」に化けてしまった。JR東海は「市道トンネル」新設こそが、リニア工事を進めるのに大きな効果があると言っていたのだが、驚くべき「政治力」に屈したのだろうか?

 一体、その半年間に何があったのか?

自民静岡市議団の「環境保全が絶対条件」

 2013年9月、JR東海はリニアに関わる「環境影響評価準備書」を公開した。その公開を受けて、自民党静岡市議団は11月、工事予定地となる南アルプスを視察、井川地区の住民たちの意見を聞き、「南アルプスの保全が図れない工事計画は認めることができない」とする提言書をまず、田辺市長に提出している。

 その提言書をもとに、2014年2月議会で「リニア中央新幹線建設事業に関する決議」を議員提案した。決議は全会一致で採択。その決議には「南アルプスの自然環境の保全、ユネスコエコパークの整合を図ることが絶対の条件」としている。「環境保全が絶対条件」と、まるでリニアに反対するような勢いである。

 さらに、JR東海は環境影響評価書では「本事業による水資源への影響の程度は小さい」としているが、「毎秒2トンの水量減少が、流域全体の生態系や居住する住民生活にどのような影響を及ぼすのか、より詳細で多面的な調査・検討を行うべき」と、こちらは、いままさに静岡県とJR東海で行われている議論を彷彿させる。

 このような決議で、自民党を中心とする市議会が全会一致でリニアへの強い懸念を表明したのは全国初だった。自民党を中心に超党派の国会議員が「リニア建設促進議員連盟」をつくっているだけに、リニア建設へストップを掛けるような異例な決議ととらえられてもおかしくなかった。

 「環境保全が絶対条件」自民市議団は2017年12月の説明会後に、井川地区連合自治会長らとともに井川地区に向かう県道を視察した。自治会長は「国家プロジェクトとして進めるならば、JR東海は地域貢献についてよく考えてほしい」と要望、自民市議団はその要望実現のために粘り強く交渉することを約束している。

 2018年3月7日、JR東海の柘植康英社長(当時)は名古屋市で開いた定例記者会見で井川地区から要望のあった県道トンネル整備に触れ、「折半ではなく、JR東海は一定の工事費を負担する。(トンネルを整備するかどうかは)静岡市が判断すべき」と述べた。3月の時点では、JR東海は全額負担で、県道トンネル整備を決めていなかったようだ。

 3カ月後、急転直下、県道トンネル140億円全額負担というJR東海の「地域振興」策が示され、静岡市と合意書が結ばれたのである。

 その3か月間にどのような交渉が行われ、どのような綱引きがあったのか?田辺市長が中日新聞インタビューで明らかにしたように、JR東海「40億円」、静岡市「100億円」負担が最初の提案であれば、その交渉は難航するのがふつうであり、そんな簡単に決着するはずがない。

 その交渉過程に水面下で、「環境保全が絶対条件」自民市議らが名古屋に出向き、JR東海幹部と強硬に談判したといううわさが流れた。その仲裁に官邸も間に入ったというのだ。田辺市長の話同様に、水面下の話を確かめることはできないが、うわさといえ、まことしやかに取りざたされた。

「3兆円財投」の国家的プロジェクト

 2027年開業を目指すリニア中央新幹線整備は国家的プロジェクトであり、その象徴が「財政投融資3兆円」のJR東海への貸し付けである。無担保で30年間元本返済を猶予という破格の条件なのだから、安倍総理の官邸がいかにリニア計画を後押ししているかはだれもが承知しているところだ。だからと言って、国が地方自治体にJR東海の要望通りにすべて協力しろと求めるわけではない。

東俣林道は許可車両のみ通行できる

 静岡市は東俣林道の通行許可権限を有している。その通行許可、また工事許可がなければ、JR東海はリニア南アルプス静岡工区のトンネル工事だけでなく、その準備工事にさえ入ることはできない。「切り札」の許可権限をどう使うかが、「政治力」の背景にある。

 JR東海は「国家的プロジェクト」なのだから、黙っていても静岡市が協力すると見ていたようだ。説明会の配布資料で「市道閑蔵線を工事用ルートとして使用可能にしたい、市道整備は、当社としてのメリットが大きい」とJR東海側の都合を述べている。だからこそ、「市道トンネル」新設が必要とはっきりと書かれていた。その上で「静岡市に相応の費用を負担するので、早急に市道閑蔵線の整備をお願いすると伝えた」。

 JR東海の都合なのに、静岡市に市道整備の要請(折半の50億円負担)は上から目線でもある。この文書からは国家的プロジェクトだから、静岡市が協力するのが当然というニュアンスを読み取ることができる。その国家プロジェクトに、地元の強い抵抗に遭うなど思ってもみなかったのだろう。あまりにも甘く見ていたとしか思えない。

 「環境保全が絶対条件」は、当然、自民市議団の駆け引きである。JR東海が高飛車な姿勢に出れば、自民市議団をはじめ市議会は一枚岩で戦える。2017年12月の地元説明会で、「当社のメリット」や「相応の費用の負担」など奥歯に何かが挟まったような言い方をしないで、「100億円の『市道トンネル』整備をすべてJR東海の負担で行うので、ご理解をしてほしい」と頭を下げれば、その時点で話は大きく違っていただろう。

 JR東海は駆け引きに慣れていないのかもしれない。自分たちの主張をあくまでも通そうとするのは、静岡県との議論を見ていてもわかる。

静岡県民も「地域振興」求める

国道362号から眺める川根本町千頭の街

 先日、静岡市街地から国道362号を使い、市道閑蔵線を使ってみることにした。新間トンネルを抜けると新東名静岡SAスマートICが左折方向すぐにあるので、362号は南アルプスエコパークに向かうのに便利な道路である。県道川根寸又峡線まで一部狭隘な区間もあるが、山道は県道三ツ峰落合線よりもはるかに短い。川根本町に入ると、長島ダム建設のおかげか周辺の道路は非常に広く、しごく快適である。

狭い道が続く市道閑蔵線

 さて、新接阻峡橋の真ん中、川根本町と静岡市の境に到着した。ほんのしばらく行くと、大井川鉄道閑蔵駅付近から市道は急に狭隘な道の連続となった。約4キロ区間は対向車とすれ違うのさえ困難な場所が連続する。JR東海がどのようなトンネルを新設する計画だったのか明らかにされていないが、「市道トンネル」の必要性は十分理解できた。

 JR東海の説明通り、市道トンネルによってSLの終点、千頭駅、寸又峡、接阻峡など川根本町の一大観光地と結ぶのだから、観光面では「市道閑蔵線トンネル」のほうが地域振興にふさわしいのだろう。しかし、井川地区の住民たちは生活道路として「県道トンネル」を強く要望、JR東海は「地域振興」の位置づけで地元の意向にこたえた。

 ところが、静岡県がJR東海に「地域振興」を求めると、JR東海は「そのような要求は一切受け付けない」と切り捨てる。静岡市とどこが違うのか?

 静岡県の場合、驚くべき「政治力」とつながっていないことは確かだ。

 JR東海の金子社長と合意書を取り交わしたあと、田辺市長は「(毎秒2トンの水量減少を導水路トンネルによって戻すのは)現実的に対応可能な最大限の提案」とJR東海を褒めたたえ、蚊帳の外に置かれた川勝知事らが厳しく批判した。140億円県道トンネルを勝ち取った「政治力」を見せつける舞台だっただけに有頂天になったのだろう。実際には、140億円県道トンネルを実現した真の功労者がだれかは分からない。大きな「政治力」が水面下で働くのが国家的プロジェクトということだけは分かった。

 JR東海が静岡県と決着するためには、静岡県民が納得できる「地域振興」を提案したほうが早道となるだろう。

 ※タイトル写真は、8月4日付中日新聞の田辺信宏静岡市長インタビュー

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