「中国の夢」を託された子供たち

習近平「中国の夢」をかなえる豆記者日本訪問

 8月5日から15日まで、静岡県と友好提携を結ぶ中国浙江省の8歳から15歳までの子供たち(男子14人、女子26人)で構成する浙江電視台(China Blue)主催「中国豆記者日本訪問団」を迎えた。浙江省は人口5477万人、杭州市797万人で、静岡県368万人だから規模的には中国に遠く及ばない。14億人の中国全土をカバーする浙江電視台は中国では有数の視聴率を誇り、訪問団メンバーは富裕層の子弟から選抜したようだ。

 超大国中国はアメリカに次いで、世界第2位のGDPだが、現在のところ国民1人当たりのGDPは日本の4分の1程度。そのGDPが逆転して、「中国が日本より豊かな国となる」のはいまから30年後と予想される。今回、訪れた子供たちは、「中国が世界を指導する国になる」という習近平主席の打ち出したスローガン「中国の夢」がかなえられる世代の中心層として成長を期待される。

着物体験を楽しむ中国訪問団

 8月5日夜に来日後、6日に広島市で開かれた平和祈念式典に出席、被曝者インタビュー、翌日は愛知県のトヨタ自動車を見学後、静岡県に入り、8日に川勝平太静岡県知事インタビュー、9日につくば市でノーベル物理学賞受賞者の小林誠氏インタビュー、再び、静岡県に戻り、富士山体験など盛りだくさんのスケジュールをこなした。ちょうどお盆の時期で、当初の人選通りには行かず、静岡県と茨城県との往復では交通渋滞も重なり、予定通りこなすのもひと苦労だった。15日お茶の郷ミュージアムで茶道体験を行い、静岡空港から帰国する予定だったが、大型台風10号の影響で上海便は欠航、金谷での茶道体験をキャンセル、急きょ成田空港から帰国した。

 わたしがつきあったのは、12日駿府城公園紅葉山庭園茶室での「着物(浴衣)体験」、森育子さん、理世さん(2007年ミスユニバース優勝者)主宰のダンススタジオでのダンス交流、13日平山佐知子参院議員インタビュー、国会見学の2日間だった。

 浙江電視台はプロデューサー、カメラマン、記者、アナウンサーの4人(平均年齢35歳前後と推定)を派遣、日本各地で要人にインタビューする豆記者の様子を取材、編集して中国へ送っていた。最も重要なことは、その4人が子供たち40人の指導的な教育係を兼ねていたことだ。

 「中国の夢」という国家の目的に貢献できる子供たちを教育する?たった2日間であったが、「自由」が当たり前の日本の子供たちと「中国の夢」を背負った子供たちとの違いを強く感じることができた。

35年前、中国の貧しい状況

武漢の黄鶴楼に登る(1985年の絵葉書)

 1985年上海、武漢経由で、湖南省にある沼津市の姉妹都市岳陽、毛沢東の生地、長沙などを訪問した。当時、日本人旅行客がよく訪れていた桂林からの漓江下りなども楽しんだ。上海の屋外トイレ事情(公園にぽこっと穴があるだけで建物も壁も何もない)に象徴されるように「貧しい国」の現実を行く先々で経験した。帰途、香港に立ち寄り、そこで食べた中華料理が本場の中国とは段違いにおいしい(日本人の舌に合う)ことを実感した。

浙江省麗水市での歓迎ぶり(2004年)

 2002年4月NPO法人「中国の眼科医療を支援する会」を立ち上げ、眼科医師たちとともにしばしば中国を訪れることになる。静岡県内をはじめ、長野、山梨、千葉など眼科医らの予定を調整、毎年中国側の要請にもとづいて、日本の眼科医療機器(中古)などを持参した上で、白内障手術などの医療ボランティアに取り組んだ。眼科医療機器を中国の病院に寄付するとともに、中国人眼科医師の日本での研修受け入れを支援してきた。

 1985年訪問から比べると、中国の発展ぶりは目をみはるばかりだった。つまり、中国本土で食べる料理と香港との違いは縮まり、ホテルやトイレ事情なども急速に改善された。

 2007年静岡県と浙江省友好締結25周年記念で、浙江大学医学部眼科医局との交流を行ったことで、眼科医療ボランティアの使命が終わったことを実感した。日本と中国の医療レベルがほぼ同じでこちらのボランティアを期待する声が聞かれなくなった。中国への強いあこがれを持った眼科医らも高齢となり、南京にある中日友好記念病院から度々招待を受けたが、現在韓国で起きている状況などが続き、訪問を断念した。

日本はなぜ、中国にあこがれるのか?

司馬温公(左)の甕割り(久能山東照宮)

 日本人の中国へのあこがれについては、徳川家康をまつる久能山東照宮(静岡市)などで容易に見ることができる。拝殿に向かって、正面には「司馬温公の甕割り」、左側に「瓢箪から駒」、右側に「三賢人の水の味比べ」の色彩彫刻が施されている。司馬温公は中国北宋時代の政治家、儒者。子供のとき遊んでいた友人が水甕に落ちた際、他の子供たちが何もできないでいるのに司馬温公は落ち着いて近くの石を投げて、甕を割って友人を助けた故事に由来。

拝殿の上に「司馬温公の甕割り」。左右の上に「瓢箪から駒」、「三賢人水の味比べ」

 「三賢人水の味比べ」は、岡倉天心「茶の本」などに登場する、北宋時代の寓話。人生の象徴・神仙境の水を味比べをする三賢人、実際家の孔子は「何の味もない」、釈迦は「苦い」、老子は「甘い」と言う。老子の「甘い」に孔子、釈迦は瓢箪の水をもう一度、飲ませるように頼んでいるようである。天心は孔子(中国)、釈迦(インド)、老子(日本)に託して文明の違いを端的にこの寓話で言い表したのだが、いずれにしても中国からの精神性を尊ぶ姿勢に変わりない。

 1616年4月に亡くなった初代将軍家康をまつる東照宮は、約19カ月後に久能山の頂上付近に建立されている。本殿につながる、その最も重要な拝殿に中国からの故事にちなんだ彫刻を施した。中国へのあこがれはこのようなかたちでさまざまな日本の文化の中に息づき、中国の高い精神性がいまも日本の中に残っている。

 天心は英文著書「東洋の理想」で「アジアはひとつ」を唱え、西洋人が精神面よりも物質面を重んじ、人生の目的よりも手段に関心があると考え、アジアは精神性では優れていても物質面で遅れ、植民地化され、屈辱を味わい、近代化が遅れたと分析する。アジアの語源は古代ギリシャ語の「日が昇る地方」であり、世界の中心にほど遠かった。アジアが中心となる理念を「東洋の理想」として天心は唱え、現在、習近平は「中国の夢」に託す。

”教育係”の厳しい姿勢が目立つ

森理世さんへのインタビュー取材

 川勝知事インタビュー、森理世インタビュー、平山参院議員インタビューを見ていて、あらかじめ創られたシナリオに基づいて入念なリハーサルを行い、もし、少しでも齟齬があれば、すべて終わったあと、主役の子供たちだけがもう一度、質問シーンを繰り返していた。その中で4人の”教育係”の子供たちへの厳しい姿勢が目立った。シナリオの言い間違いは許されない。選抜された子供たちは、そうでなかった子供たちよりも優秀でなくてはならない。”教育係”の厳しさは、暗記教育が得意な、ひと昔前の日本の教師に似ていた。教育にも中国、日本には共通点が多いのだろう。

 子供たちは”教育係”の期待に応えるのに必死だった。そのように教育されていくことで将来どうなるのか。多分、習近平「中国の夢」を実践するエリートに成長するのだろう。

右がナサニエル8歳(2018年4月当時)

 昨年4月に米国ニュージャージ州の小学校で、ホームステイ先の母親と一緒に「THE GREAT DEBATE(偉大な討論)」という特別授業を見学した。8歳の息子ナサニエルら3人、彼らと対立する意見を持つ3人が分かれて討論する。どちらの主張を支持するのかは、討論が終わったあと、傍聴した他の生徒及び父兄らが投票する。何よりも驚いたのはテーマで、「自由のための戦い」となっていた。副題に「自由のための戦いに生じる死の危険性に価値はあるのか?」とあり、独立戦争の戦いで犠牲者が出たことの是非について相互の立場で議論した。ナサニエルらは「価値がある」賛成派、相手の3人は「価値がない」反対派だった。

 まず、それぞれが意見を披露し、その後議論となり、最後に結論に持っていく。自分自身、8歳のとき、ナサニエルらのような議論をした経験もなく、わたしたち世代の日本人には不得意な分野であると実感した。

 「ディベート」に代表されるアメリカの自主性を重んじる教育と日本の暗記教育、そして中国のエリート教育のどちらがいいのか全く判断はできない。「偉大なアメリカ」(トランプ)や「中国の夢」(習近平)といった国家を担う政治家は強い経済力こそが自立、繁栄のために必要と訴え、それに貢献できる人材育成を目指す。 

 2020年頃に中国の総人口が減少に転じ、人類史上最大という中国の不動産バブルは崩壊するという予測は最近、現実味を帯びている。経済的に強い国家の存続は政治家に託すとしても、どんなに貧しい時代になったとしても高い精神性を持ち続けられる教育が求められる。

※タイトル写真は、浙江省豆記者団に川勝知事があいさつ。子供たちの手の位置に注目してほしい。手の置き方まで指示されていたようだ

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