21日は投票日、「徳川家康」は有効か無効か?

静岡選挙区4候補はぽっちゃり系

 参院選(投票日21日)が真っ最中である。選挙候補掲示ポスターを見ると、2つのことに気が付いた。4候補者すべてがぽっちゃり系でちょっと太めであること、もう一つは徳川宗家19代徳川家広さん(54)が他候補よりもひときわにこやかな笑顔で、見る人に安心感を与えることだ。徳川家の”お坊ちゃま”とか”若殿”とか呼ばれる家広さんの人柄がにじみでる写真をうまく使ったようだ。

 全国に4つある2人区で、唯一、野党の同士討ちとなり、これだけ注目を集めている選挙区は他にはないだろう。5月28日、立憲民主から家広さんが出馬表明をしたため、静岡選挙区の構図は一遍に様変わりした。当初は現職の自民牧野京夫さん(60)、国民民主榛葉賀津也さん(52)の”指定席”と思われていたものが、一挙に混迷の度合いを増した。知名度抜群の徳川宗家19代が名乗りをあげたのだから、牧野、榛葉の両氏も安穏としていられる状態ではなくなった。

関ヶ原の戦いで勝利後の家康像、60歳くらい。当時はぽっちゃり型ではなかったらしい(久能山東照宮蔵)

 安定した自民票を考えれば、牧野さんが当確であり、残り1議席を榛葉さん、家広さんが激しく争うという見方を新聞、雑誌などはした。当初、家広さん人気に疑問符もあったが、短期間のうちに一挙に浸透した。「徳川」という名前がいかに強いパワーを持っているかだ。その結果、関係者は家広さんが断然、有利と見ていたが、直近では互角あるいは榛葉さんが頭ひとつ抜けたと予想している。しかし、投票日まで1週間以上あるから、無党派層の間で家広さん人気はさらに増すのかもしれない。(各党間で家康の関ヶ原の戦いを彷彿させる「権謀術数」策が繰り広げられている噂を聞いた)

 「徳川家康」。天下統一した日本の歴史上に不滅の存在である武将、政治家、実力者の名前はあまりにも大きく、静岡県では親しみはひときわ大きい。当然、家広さんは、偉大なご先祖さまの存在を十分に生かして選挙戦に臨んでいる。しかし、疑問がひとつある。

 有権者は、投票用紙に「徳川家康」と書いてしまわないだろうか?

「徳川家康」と投票用紙に書いてしまう?

大阪夏の陣で家康は真田幸村に殺されたらしい(大坂夏の陣4百年イベント)

 太閤秀吉人気の関西では、家康は極端に嫌われている。大坂の陣後に、関西ではやったという落首に「憎むべし 木から落ちたる猿の子(秀頼)を食って狸(家康)が腹つづみ打つ」。関西では家康を「陰険」「腹黒」「狡猾」な「狸おやじ」と呼んだ。家康の生まれ故郷愛知の出身で、義理と人情という男の世界を描いた小説「人生劇場」の作者尾崎士郎は家康をテーマに随筆「いやな男」を書いている。尾崎は、方広寺大仏殿の鐘銘に「国家安康」「君臣豊楽」の文字があったことに難癖をつけて大仏の開眼供養を中止させた裏切者として許せなかったようだ。

 ところ変わればで、関西から静岡に移れば、だれもが家康を深く尊敬する。不遇な人質時代の竹千代、天下を取ったあと、駿府城を築城した大御所の物語に親しんでいるからだろう。江戸時代270年の平和の礎を築いた「徳川家康」は1607年に駿府に移り、1616年駿府城で亡くなり、久能山東照宮に祀られた。静岡での家康人気は不動の地位にある。だから、家広さんも選挙区に「静岡県」を選んだのだろう。しかし、それだけに、有権者が誤って「徳川家康」と投票用紙に書く可能性を否定できない。

 投票所に行ってから、あまり知られていない「徳川家広」ではなく、誰もが知る「徳川家康」と書いてしまうお調子者、つい、うっかりと最後のところで間違ってしまう者など理由はいくらでもあるが、「徳川家康」票は静岡県内の開票所すべてで必ず見つかるだろう。この場合、有効票ではなく、疑問票に分類されてしまう。

 「徳川」とだけ書けば、指し示す候補は家広さんしかいないから有効票となるだろう。しかし、「徳川家康」まで書いてしまえば、家広さんを示しているとまで言えなくなる。

 1万円札ならば半分残っていれば、5千円に替えてもらえる。三分の二あれば1万円と交換だ。「徳川家康」4文字のうち、3文字は同じなのだから、「四分の三(75%)票」としてみなすのが合理的だが、公職選挙法の案分票にそのような規定はない。そのまま1票として認めるのか、全く別人なのだから無効票となってしまうかのどちらかだ。

 静岡県選挙管理委員会事務局に問い合わせたが、ずいぶん長い間、待たされた。

「答えは出ません」が回答だった

 「答えは出ません」。それが静岡県選挙管理委員会事務局の回答だった。

 えっ。それではどうするのか。静岡県選挙管理委員会が「統一見解」をつくらなければ、静岡県内の各自治体は困るだろう。まてよ、自治体ではなく、「統一見解」をつくるのは国の役割なのかもしれない。それで、総務省選挙課に問い合わせた。

 「統一見解はありません。また、これから統一見解をつくることもありません。疑問票を判断するのは開票所管理者です」。総務省の回答も同じだった。いっそのこと、四分の三(75%)票とすれば、いいのではないか。しかし、そのような規定がないのだから、有効票か無効票のどちらかに開票所責任者が決めることになる。今回選挙で開票所管理者の責任は重大である。

 開票所には各陣営から立会人が行き、疑問票があればチェックする。もし、「徳川家康」とあれば、家広さんの立会人は有効票と主張するだろうし、他の候補の陣営では別人なのだから無効票と主張するに違いない。これでは開票所で大混乱が起きる恐れはないのか?

 そうは言っても、総務省、静岡県が「統一見解」を出せば、それはそれで双方から批判が出る可能性を否定できない。非常に難しい問題だ。いつまでたっても「答えが出ない」はずだ。

 投票結果が僅差だった場合、「徳川家康」問題は浮上するかもしれない。家広さんにしろ、他の候補にしろ、そのような問題が起きないよう静岡県選挙管理委員会では祈っているだろう。裁判所で判断することになっても、これは簡単ではない。

なぜ、立憲民主を選んだのか?

 ところで、家康をまつる久能山東照宮は、家広さんが事前に何の連絡もなく、出馬表明したことに当惑している。それも自民ではなく、立憲民主から出馬したからだ。神社界は神道政治連盟を結成、伝統的に自民を支援している。現在、久能山東照宮の幹部神職が神道政治連盟静岡支部長を務めているのだから、表立って家広さんを支持することはないだろう。日光東照宮はじめ他県の東照宮も息をひそめている状態だ。

徳川康久靖国神社宮司の玉串奉奠。18代宗家のご夫婦が見守る

 家康4百年祭は2015年4月17日(家康の命日)を中心に5日間、久能山東照宮で開かれた。御三家の関係者をはじめ、徳川慶喜家の子孫にあたる、徳川康久さんが出席した。当時、康久さんは靖国神社宮司だった。徳川家もいろいろな系統があり、それぞれの考え方は違うのだろうが、家広さんの決断を現在の当主、徳川宗家18代は支持したのだろうか。

 15代将軍慶喜は静岡に謹慎したため、徳川宗家16代を田安家の家達が継いだ。家広さんの父、徳川宗家18代恒孝さんは会津藩主松平容保のひ孫に当たる。17代の養子に入って、宗家を継いでいる。

 「人の一生は重荷を負いて遠き道を行くが如し」。駿府城公園に設置されている家康遺訓碑は恒孝さんの書である。明治維新後、関西での悪評さながらに家康の評価は地に落ちた。「国家安康」をはじめとした狸おやじ伝説は明治以降に創作されている。はるか遠い先祖は家康だが、家広さんは徳川家というよりも会津松平家(三代家光の義弟、保科正之が初代)につながる血筋であり、会津と言えば、幕末に薩長と激しく戦った。その血筋が自民ではなく、立憲民主を選ばせたのだろうか。恒孝さんも家広さんの決断を強く支持したのだという。

 関ヶ原の戦い同様に、今回選挙戦に勝てる戦略を「狸おやじ」家康から学んだだろうか。明治維新の激動を経た将軍家末裔とされる徳川宗家が再び、政治の舞台で活躍できるかは21日に決まる。

 「徳川家康」と書かれた疑問票が大量にあり、すべて無効票にされたとしても、他候補を圧倒するほどの得票で勝利することを祈るばかりである。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *