リニア騒動の真相9「地域振興」とは何か?

「地域振興」ー考えるのはJR東海?

 リニア中央新幹線の南アルプストンネル建設工事にからんで静岡県の川勝平太知事がJR東海に対して、「地域振興」を求めたのに対して、JR東海の金子慎社長は静岡県の求める「地域振興」にこたえることはないと切り捨てた。県環境保全連絡会議でのJR東海とのやり取り同様に、両者の主張は平行線のまま噛みあうことはないように見える。

 リニアは大井川の水源を横切るために静岡県民の水環境に悪影響を及ぼしかねない。「リニアには賛成だが、静岡県にデメリットはあってもメリットはない。(静岡県の)メリットを示してほしい」。6月5日、突然、川勝知事は中部圏知事会議でリニア中央新幹線建設促進期成同盟会への入会を大村秀章愛知県知事に申請した。期成同盟会の目的は、リニア新駅設置と地域振興。当然、静岡県にリニア新駅設置は不可能である。川勝知事の入会目的はJR東海に「地域振興」要請を見えるかたちで示したのだろう。

 6月28日の記者会見で川勝知事は「地域振興」についてさまざまな質問を受けた。その中で静岡県が長年、JR東海に求めてきた東海道新幹線「静岡空港新駅」とは関係がないと明言している。それで、記者たちは「地域振興」とは具体的に何かと尋ねると、川勝知事は「JR東海に考えてもらいたい」と謎めいた回答で終えた。

 静岡県の求める「地域振興」とは一体、何なのか?

地域振興の象徴ー「日本橋」復活に1兆円

 先日、日本橋三越前で友人と待ち合わせた。日本橋を渡り、その周辺を歩くと一帯が美しく様変わりしていることに気づいた。そうか、1999年に設置された「日本橋地域ルネッサンス100年計画検討委員会」による街の振興への取り組みが大きな成果を上げているのか。日本橋に住む友人は「この辺りが銀座以上の繁華街になるのももうすぐ」と自慢げに話した。

日本橋復活に1兆円?

 20年前、「日本橋」の復活が大きな話題となった。当時、「飲水思源」という中国の諺を教えてもらった高橋裕・東大名誉教授(静岡市清水区興津出身)は「首都高速道路公団に全部地下に入れる工事費を計算してもらったら、1兆円という数字が出た。日本橋川への高速道路の地下化は20~50年でやれば、毎年の経費はそれほどの額ではない」と話してくれた。しかし、50年でも毎年2百億円という巨額の費用が必要となる。(※「飲水思源」については、『リニア騒動の真相4 川勝知事の「飲水思源」』で紹介しています)

 1964年、アジア最初の東京オリンピック開催に合わせて「日本橋」を全部高速道路で覆ってしまった。東京オリンピックに間に合わせるために景観への配慮という思想は貧しい日本にはなかった。「日本橋」復活は、2020東京オリンピック後に本格的にスタートする見込みだ。「21世紀は20世紀に失ったものを取り戻す時代だ」と高橋教授が強調した。日本橋というシンボルに合わせて、官民合わせて「地域振興」に取り組んでいる姿は驚くばかりである。

 五街道の起点、日本橋復活への力強い動きを見ていて、リニアの通過する大井川の果たしてきた役割に思いを馳せた。

大井川ー東京を支えた地方の象徴

 江戸時代、ミカン伝説で有名な紀伊国屋文左衛門(紀文)の実像は諸説紛々で定かではないが、元禄10年(1697)、将軍綱吉から上野東叡山寛永寺の根本中堂建立の命が下り、紀文は一世一代の仕事と請け負った。

紀文が目を付けた大井川上流部

 戦国時代が終わり、江戸時代に入ると江戸城、駿府城、名古屋城などさまざまな公共工事が行われ、用材調達は困難を極めた。そこで紀文が目を付けたのが手つかずの大井川上流部だった。大井川の寸又川合流点から奥の幕府御用林と隣接山域、さらに井川の奥山まで及ぶという広い範囲で伐採をすることが決まり、現在のリニア工事と同様に当時、最大の大規模プロジェクトとなった。紀文の搬出によって川根から大井川の河口まで材木で埋め尽くされたという記録が残っている。ミカン伝説同様に紀文の大井川材木の伐り出しは諸説紛々というが、ただ、いかに膨大で多量の材木が大井川から江戸に送られたことだけは確かである。

 「箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川」。大井川には明治時代になるまで橋が架けられなかった。その大きな理由は「江戸を目指す軍勢を止めるために幕府は大井川に橋をつくらせなかった」説が一般的だった。

 その通説を覆す「大井川に橋がなかった理由」(松村博著、創元社)が20年近く前に出版された。日本橋をはじめとする江戸時代の主要な橋はあまりに高額な費用が掛かり、幕府は公共投資を江戸に集中させる理由から大井川への架橋は見送られたという。当時の架橋がいかに高価だったか、江戸・両国橋の資料を例に上げて、同書では説明してあった。高額な費用とともに、「橋を架けるほどの通行量がなかった」「地域社会や地域経済が橋を必要とするほど発展していなかった」「簡易な橋では流失の可能性が高かった」などの理由には十分な説得力があった。

 江戸に大量の材木を送り、華やかな江戸文化を支えたが、川越し人足に象徴される「大井川」は貧しい地方の象徴でもあった。

 明治に入ると、大倉財閥の大倉喜八郎が大井川源流部の間ノ岳、農鳥岳をはじめとする南アルプス大半の森林を手に入れ、日露戦争による戦時景気などで巨額の富を得る木材事業に使われ、その歴史が特種東海フォレストにつながる。

 戦後になると、東京オリンピック開催で日本橋を全部覆う高速道路建設などが始まり、高度経済成長時代を支えるために、大井川の質の高い砂利が大量に東京へ運ばれた。江戸、明治、大正、昭和と大井川の果たした役割は地元ではなく、すべて日本の中心部発展のためだった。

 日本という国の発展のために東京がしっかりとしてくれなければならない。そう地方は考え続けてきた。そのために地方はありとあらゆる資源を人材を東京に送り続けてきた。まさに、大井川はその象徴的な存在だった。

大井川源流部の様変わりを実感

「赤崩れ」を望む

 6月13日、川勝知事はリニア建設予定地を視察した。畑薙ダムを抜け、畑薙橋を越えたところで川勝知事の先導車は停止した。川勝知事の隣で、神戸大学の大石哲教授が指し示したのが「赤崩れ」だった。その崩れを止めることはできないから、大井川の河床堆積が続き、いずれ、畑薙橋を埋め尽くす可能性さえ否定できない。

 川勝知事は同行した若い記者らに赤崩れの現状を知ってもらいたかったようだ。多分、この地域(断層帯)が地質的に非常に弱いところであり、リニア工事はまさにそのような場所で行われていることの証拠だからだ。

 東俣林道は準備工事でも車両の通行が頻繁にあり、本工事がスタートすれば、通行車両は大幅に増える。その狭隘で危険な道路について、川勝知事は「ガタガタ道を立派な道にしてほしい。将来的には観光道路として使え、皇太子時代に訪れたことのある天皇陛下を迎え、喜んでもらいたい」とJR東海に注文をつけていた。静岡市は7月1日付で東俣林道の改良工事についてJR東海と協定を締結、JR東海は80億円の事業費を見込み、詳細設計が9月頃に示される。どのような安全確保をはかるのか課題は大きい。

JR東海の説明会資料

 川勝知事の一行のみが千石宿舎から西俣宿舎まで入った。さらに狭隘な道路が続くために、千石から西俣方向に新たな「輸送用トンネル」が設置される。幅10メートル、高さ6・5メートル、断面積50平方メートルで約4キロもの大トンネルについては民有地を貫通するため、法律的な縛りはなく、県、市とも詳細については知らされていない。計画だけを見ても、秘境とも言える大井川の源流部が様変わりすることだけは実感できた。

20世紀発展のために失ったもの

 わが国最大の山地、南アルプスに源を持つ大井川の地下4百メートルを通過する東京ー名古屋、大阪を短時間で結ぶリニア「交通大革命」のために、その自然環境が様変わりすることを確認できた視察だった。 

 「21世紀の公共事業は20世紀に失ったものを取り戻す時代」(高橋教授)。その思いを川勝知事が共有していることは確かだろう。20世紀には、丹那トンネル開通(1934年)、佐久間ダム完成(1956年)、東名高速道路、東海道新幹線開通(1964年)という静岡県に関係の深い公共事業が続いた。すべての土木技術がリニア工事にも関連するが、その中でも特に「丹那トンネル」について、川勝知事は記者会見等で何度も言及している。

丹那トンネル(丹那神社奉賛会提供)

 御殿場線の急勾配を迂回していた東海道線は、丹那トンネル開通によって時間も距離も大幅に短縮され、輸送効率は一挙に上がった。しかし、この工事は軟弱地盤や高圧湧水に悩まされ、世界トンネル史上まれな16年にも及ぶ難工事だった。この経験が世界初の海底トンネル、関門トンネルや数知れない鉄道、道路トンネルに生かされたが、その代償とも言える多くの犠牲者をはじめとする負の影響を地元・静岡県に与えた。

 高度成長時代には経済効率と機能に徹するだけでよかったが、その代わり失ったものはあまりに大きい。20世紀に失った「日本橋」復活だけでも1兆円が掛かる。リニアは21世紀を代表する公共工事となるのだろう。だからこそ、環境の世紀と言える21世紀、川勝知事はリニアよりも南アルプスエコパークを選ぶと宣言できた。JR東海がどんなに環境に配慮したとしても、静岡県が失うものはあまりに大きいからだ。川勝知事が他県との比較で挙げた「地域振興」の金額など大した額ではないのである。

 JR東海は、いま一度、静岡県にふさわしい「地域振興」が何かを考え、そして提案することを期待したい。

 ※タイトル写真は、川勝知事のリニア工事現地視察。知事の隣はJR東海の宇野護副社長

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