リニア騒動の真相35「ブラックスワン」が起きる?

アスティ静岡は14店舗が閉店した

アスティ静岡西館

 「新型コロナウイルスの影響でJR静岡駅アスティ西館にある多くの店舗が閉めってしまった」。びっくりするような話を聞き、行ってみると、アスティ西館の飲食店などが板囲いに覆われていた。14店舗があった白い壁面に「閉店」あいさつが掲示されていた。ついこの間まで各店舗とも客でにぎわっていた様子だったのに、何らかの理由で契約を解除したのだ。「閉店」は本当に新型コロナの影響なのか?

 アスティ静岡に聞いてみると、「新型コロナ影響」は単なる噂で、全く関係ないようだ。2月13日に今回の閉店を発表した。新型コロナの深刻な影響が出る前である。担当課によると、古くなった空調設備などを含めた15年ぶりの大改装を以前から予定、各店舗の契約終了が2月末からであり、新型コロナの影響が大きくなった時期と重なったという。

 新店舗のラインアップは5月中旬に発表され、8割の店舗が7月頃、残り2割が秋頃までにリニューアルオープン予定という。新型コロナに不安を抱く市民が事情を知らずに、勘違いしたようだ。これまでは「閉店」の貼り紙だけだったが、担当課は「新しいフードテラスの様子を飾ってリニューアルを強調したい」と話していた。静岡駅でもインバウンド需要がなくなったから、この時期、改装工事に当たったのは僥倖(ぎょうこう)だったかもしれない。

 世界保健機関(WHO)が3月11日、パンデミック(世界的流行)を宣言、欧米へ感染が拡大すると、新型コロナへの不安は急速に高まった。特にひどいのは、株価である。NY市場のダウ平均は2月初めに3万ドル寸前だったのが、一気に1万9千ドルと30%以上も値を下げた。東京市場も日経平均が2万4千円から1万6千円台にまで下落している(3月19日現在)。

 経済に対する市場の危機感や将来の動向を表すのが恐怖指数(VIX指数)。リーマンショック後に起きた世界金融危機時には89・53という最高値を付けた。現在は80前後。日本の株式市場で恐怖指数を表す日経VIは世界金融危機時に92、現在、60前後まで高まっている。今回の恐怖指数がこのままおさまるはずもなく、世界中で金融危機が起きる兆しから、恐怖指数はさらに高くなるはずだ。

 新型コロナウイルス感染のパンデミックによって、「ブラックスワン」が起きてしまった。

「大不況」に襲われるのが確実となった

パース近郊モンガー湖のブラックスワン

 17世紀末オーストラリアでブラックスワンが発見されるまで、スワンは「白い鳥=白鳥」とヨーロッパの人々は信じて疑わなかった。英国からのオーストラリア入植者が「黒いスワン(白鳥)」が存在することを伝えると大騒ぎになった。スワンは白鳥という常識が覆されたのだ。たった1羽のブラックスワンが世界の常識(姿)を大きく変えてしまった。オーストラリアと言えばコアラやカンガルーが有名だが、西オーストラリアの州都パースを訪ねる機会があれば、ぜひ、ブラックスワン見学に行かれることをお薦めする。(※タイトル写真もモンガー湖のブラックスワン

 西洋社会の常識を変えた「ブラックスワン」は、金融危機や自然災害で極端に確率が低い予想外のことが起こり、それが大きな波及効果をもたらす現象に使われるようになった。2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災などがそれに当たる。

 日本の原発は五重の安全策が施され、絶対にメルトダウンのような重大な事故は起こらないと信じられてきた。東日本大震災によって、福島第一原発事故という未曽有の大災害が起きた。3機の原子炉がメルトダウンを起こし、使用済み核燃料を保管していたプールが崩壊して大量の放射性物質が飛散、東日本全域が高濃度の放射能に汚染される深刻な事態に発展した。原発は「絶対安全」ということばは使われなくなり、すべての原発は一時停止に追い込まれた。放射能に汚染されたがれき処理や土壌の除染費用などは巨額に上り、いくら費用を掛けても事故前の住環境を取り戻すことは不可能である。

 そしていま現在、新型コロナウイルス感染によって、世界中を巻き込んだ「ブラックスワン」(常識を覆す大きな変化)が起きているのだ。

 歴史の授業で習った「The Crash of ’29(1929年の大暴落)」以上の「The Crash of ‘2020(2020年の大暴落)」が将来、名前を残すはずだ。1929年の大暴落は世界大恐慌の引き金になり、多くの企業倒産、失業者があふれ出した。今回の「ブラックスワン」に世界が協調して対応するはずだが、財政破綻などで「国家破産」が起きる可能性を否定できない。世界全体が大不況になるのは間違いないが、実際にはどうなるのか、「ブラックスワン」が始まったばかりで予測がつかない。 

100キロ離れた「地下水」の影響はない?

 新型コロナウイルス感染の起きる前から静岡県とJR東海のリニア問題の「対話」を聞いていて、何度も「ブラックスワン」が頭をよぎった。

 リニア中央新幹線南アルプストンネル静岡工区から約100キロも離れた大井川中下流域の地下水への影響についての議論である。静岡県は、トンネル工事によって地下水の流れを切断、または流れを変える可能性、重金属等の有害物質が地下水に流出する可能性を指摘してきた。

 JR東海は「中下流域の地下水は掘削される南アルプストンネルから約100キロ離れており、影響は全く生じない」と説明する。当然、これまでの大規模な土木事業で100キロも離れた地下水の影響について議論されたことは一度もない。そんなことが起こるとは誰も考えたことがなかったからだ。

3千㍍級の山々が連なる(鵜飼一博撮影)

 大井川は間ノ岳(3189㍍)を源流に駿河湾まで約168キロの長さ、流域面積1280キロ平方㍍の大河川だ。間ノ岳だけでなく、大井川の水源には日本第2位の白根北岳(3192メートル)、荒川岳、赤石岳、聖岳など3千メートル級の南アルプス13座の山々が連なる。北アルプスに比べて降水量も多く、リニアトンネル建設地の下流域に数多くの支流があり、豊富な水が本流に流れ込み、下流域の利水の役割を果たす長島ダムに水を供給している。

 さらに、大井川地域の地中に蓄えられている地下水賦存(ふぞん)量は58・4億㎥、そのうち地下水障害を発生・拡大させることなく利用できる地下水量は3・4億㎥と莫大な量を有する。約430の事業所が地下水を利用している。静岡県は中下流域の15本程度の井戸によって、地下水の経年変化を調べている。現在まで大井川地域の地下水に大きな異常は見られない。そもそも地下水量に大きな影響を及ぼすのは、ほとんどはその地域に降る雨量や取水量である。

 約百㌔離れた河川上流部の水の変化が中下流域の地下水にどのような影響を及ぼすのかという研究は行われたことはなく、水循環に携わる水文学専門家の研究対象ではない。JR東海の説明通り、「中下流域の地下水への影響はない」と判断するのがふつうの考え方だろう。

 地下約4百㍍に建設される南アルプストンネル(約8・9キロ)が100キロ以上離れた地域の地下水に影響を与えてしまうのか?科学的な常識を超えたばかげた疑問のようにさえ思える。

流域の首長も「公募」を望んでいた

3月18日付静岡新聞の写真

 17日国交省の「新有識者会議」人選を巡り、水嶋智鉄道局長は静岡県が勝手に公募を始めたことに不信感を示した。国交省の「新有識者会議」にいちゃもんを付けたのだから当然である。それに対して、難波喬司副知事は「公募をやめるつもりはない」と明言した。今週中にも静岡県は公募に踏み切った理由などを国交省へ説明しなければならない。公募の目的に「水循環の科学的知見を持つ人」を挙げたが、国交省は水循環研究の第一人者を提示したと反発した。

 1月20日の川勝平太知事と大井川流域10市町首長とのリニア関連意見交換会は非公開だったため、事務局の島田市に議事録を情報公開したところ、3月18日になってようやく文書開示が行われた。この中で、「鉄道局はリニア推進の立場であり、公平・公正な調整役ではない。第三者委員会(国の新しい有識者会議)のメンバーを公平・公正にするために、県からメンバーを入れる必要がある」という意見があった。流域の首長も静岡県の公募を望んでいたのだ。

 そうか、やはり静岡県は「ブラックスワン」が起きることを心配しているのか。『リニア騒動の真相32川勝知事「戦略」の”源”は?』で水循環研究者でも中下流域の地下水の影響を判断できない、と書いた。それだけ難しい問題である。

 2014年の水循環基本法成立後に設置された、フォローアップ委員会座長を務める沖大幹・東大教授(水文学、水資源学)は国交省が太鼓判を押す水循環研究の第一人者であることに間違いはない。静岡県の専門家会議に水循環研究者は見当たらない。

 「ブラックスワン」が起きてしまえば、波及する影響は甚大であり、川勝知事の指摘通り62万人の生命に危機が及ぶだろう。「新有識者会議」は過去に一度も議論されなかった100キロも離れた中下流域の地下水影響が重大なテーマとなる。だからこそ、静岡県は「国の新有識者会議」に、公募までして水循環の専門家を入れたいのだろう。沖教授だけでなく、南アルプスをフィールドにし、大井川の個性などについてよく知る水循環の専門家が必要なのだ。

 「全量回復と水質保全を大前提とした上で、JR東海の責任において、不測の事態に対し恒久的な対策を行う確約がない限り、基本協定の締結は認められない」、「想定外の事態(地下水の枯渇)に対し、誰も責任を取り続けることができない。JR東海は100年、200年、300年、400年と責任を取り続けてくれない」(流域首長の意見)

 国の「新有識者会議」が静岡県民の不安をすべて取り除くことができるよう期待したい。

※ブラックスワンは優雅な白鳥と違い、ドナルドダックみたいにコミカルである。人間を恐れる様子もなく、「何か餌を寄越せ」とばかり、大きな赤いくちばしで突っついてくる。原生自然保護地域を中心とした南アルプスエコパークにも常識を覆すようなブラックスワンが生息するかもしれない。生物多様性についてはこれから調査すべきことが多い。

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