リニア騒動の真相34 JR東海「いばら道」へ第一歩

JR東海株、昨年4月から1万円以上の急落

 昨年(2019年)4月1日に2万6255円の最高値を付けたJR東海株は、その後2万2、3千円前後で推移、2月17日に2万円を割ると、3月13日終値1万5180円と1万円以上も値を下げてしまった。

2020東京オリンピックはどうなるのか?

 3月10日、金子慎社長は東海道新幹線の利用半減(3月1~9日)という厳しい状況を伝えた。11日になってWHO(世界保健機関)がパンデミック(世界的な大流行)を宣言、新型コロナウイルスの勢いはおさまりそうにない。今後もJR東海に逆風が吹き荒れる可能性が高く、どこまで影響が出るのかの見通せない状況だ。

 静岡県との「対話」が続くリニア計画から見れば、2018年10月、JR東海の「原則的に静岡県外に流出する湧水全量を戻す」表明は、JR東海株が好感される材料の一つとなった。昨年1月30日の県有識者会議で、JR東海は「湧水の全量を戻すことで中下流域の不安を解消できた。”不確実性”の高い議論ではなく、工事着手をして何かあれば対応したい」と自信のほどを示していた。

 株価が最高値をつけた4月初めは、5月1日の令和天皇即位にともない「10連休」という祝日が組まれ、令和新時代誕生に向けて観光旅行への期待が高まり、JR東海へ追い風が吹いていた。一方、リニア工事着工に異議を唱える川勝知事に対して、週刊誌、ネットメディアなどが厳しい批判を続け、中日新聞リニア特集は「国交相、沿線知事らの静岡包囲網はできつつある」とまで書き、川勝知事に対して四面楚歌の様相を呈していた。

 ところが、8月に入り、JR東海が「工事期間中の湧水全量を戻すことはできない」と湧水の一部は山梨、長野に流出することをはっきり認めると、潮目が変わる。それまでの川勝知事への逆風はぴたりと消えた。

 そして、10月12日から13日に掛けての台風19号の影響でリニアトンネル建設の工事道路となる静岡市東俣林道が崩落、西俣ヤードまでの特種東海の私道もずたずたになってしまい、準備段階の工事計画は大きく狂い始める。

 そんな厳しい状況の中で、官邸の指示を受けた国交省鉄道局はJR東海と静岡県との間に積極的に調整に入ってきた。

国交省「新有識者会議」は打開策にならない

静岡市東俣林道崩落の影響は大きい

 『リニア騒動の真相20「暗闘」が始まった』(11月4日)、『リニア騒動の真相21正々堂々の「ちゃぶ台返し」』(11月11日)、『リニア騒動の真相22早期着工の「視界」ゼロ』(11月18日)を読んでもらえれば分かる通り、川勝知事は国交省との「闘い」を始めたことがわかる。

 昨年12月25日、国交省が提案した新たな枠組み「三者協議」設置に向けて、川勝知事は「環境省など他省庁の参画」「これまでの対話の評価」を求める2つの要請をした。「2つの要請」をうやむやにするかたちで、国交省は1月17日、新たな「国の有識者会議」設置を提案してきた。

 トンネル工学や水文学の専門家で構成、県有識者会議の議論を検証する「新有識者会議」について、静岡経済新聞は『川勝平太知事がただ黙って、それを受け入れるはずもないだろう、たとえ、「新有識者会議」が設立されたとしても、屋上屋を重ねるムダな時間をさらに費やし、国交省が望む「解決策」に至るのにほど遠いことははっきりとしている。なぜ、国交省がそんな”奇策”(愚策?)に出たのか分からない』(1月20日『リニア騒動の真相30「北風」作戦は失敗』)と疑問を投げ掛けた。

 『これ(新有識者会議)では、川勝知事の術策にはまって、土壺にはまった現実に変わりない。”奇策”は打開策にはならない』。新有識者会議の行方まで予測した。

再び、川勝知事の「ちゃぶ台返し」

 まず、静岡県は、5条件(①会議の全面公開②議題は県の求める47項目③会議の目的はJR東海への指導④委員は中立公正を旨として、県の専門家部会長らも参加すること⑤会議の長は中立性を確認できる者)を提示、国交省の”思惑”をはずそうとした。2月6日難波喬司副知事らが国交省に出向き、「事前協議」という腹の探り合いが行われた。「事前協議」が繰り返されることで、「新有識者会議」設置は不透明になっていく。

 そんな状況を打破したい国交省はやむを得ず5条件を飲むこととし、今月6日「新有識者会議」人選案を示した。この協議でも、難波副知事は人選案を検討して、回答するとしただけで結論めいたことを避けた。一方、何が何でも「新有識者会議」発足にたどり着きたい国交省は、静岡県の了解なしに人選案を決定事項のように報道各社に配布してしまう。

県議会委員会に出席した宇野護JR東海副社長

 9日には、宇野護副社長が昨年9月に約束した西俣ヤードでの鉛直ボーリングについて、工事開始の見通しがつかない状況を明らかにした。東俣林道終点から西俣ヤードへの道路まで台風19号の影響でずたずたになり、その修復工事に時間が掛かっているのだという。なるべく早く着工したい希望だが、見通しは立っていない状況を説明した。

 昨年12月初め、JR東海は東俣林道沼平ゲート近くの約1・5キロ間で舗装改良工事を始めたが、それさえもいまだに完了していない。冬季に西俣ヤードで工事に入ることなどできるはずもなかった。

 翌日の10日、金子社長は南アルプストンネル静岡工区の2019年度着工を断念すると発表した。どう考えても、昨年10月の時点でトンネル本体工事はおろか準備工事にさえ入れないことは明らかだった。年度ぎりぎりになって本体工事の「着工断念」を宣言した。今後の見通しが不透明な中で、「新有識者会議」を唯一の打開策として「期待したい」と述べた。

 その3日後、13日に川勝知事は金子社長の「期待」をこなごなに打ち砕いてしまった。

13日の川勝知事の記者会見

 川勝知事は、記者会見で「有識者会議」人選案を否定、さらに、静岡県による「新有識者会議」委員公募まで発表した。国交省に事前連絡を行わない川勝知事の”独断専行”である。その掟破りが何を意味するのか?「新有識者会議」人選案を決定事項のように報道各社に配布したしっぺ返しだが、これによって川勝知事”独断専行”に国交省は文句をつけられなくなってしまった。

 再び、川勝知事の見事な「ちゃぶ台返し」が行われたのだ。

静岡県「新有識者会議」委員候補の公募? 

 「新有識者会議」人選案に、「リニア新幹線を推進する人物が入っていることで中立性が疑われる」「土木系に偏っている」などと県の有識者会議委員が意見を寄せたことを説明。ただし、大成建設社外監査役以外の他の委員候補を了解したのかなど全く明らかにしていない。国交省の人選案を大問題にしているというシグナルには十分だった。

静岡市出身の高橋裕東大名誉教授

 2月の定例会見で川勝知事は「新有識者会議」座長は、水循環基本法に携わった専門家であることが望ましい、と述べた。川勝知事は水循環基本法に関わった中川秀直・元自民党幹事長に面会、「新有識者会議」委員候補に高橋裕東大名誉教授(河川工学)、稲場紀久雄阪大名誉教授(環境文化史)、蔵治光一郎東大教授(森林水文学、森と水と人との関係)の3人を推薦してもらった。国交省はこの推薦候補を無視できないだろう。面倒な作業と手間が課せられることになった。

 そして、もっと面倒なのは、寝耳に水の静岡県による委員候補公募が始まったことだ。3月末までを締め切りとして、候補者が出そろったところで県有識者会議委員が「委員」候補にふさわしいのかどうかを選定するのだという。それから、国交省に提案するらしい。川勝知事は「国民全体に論点を広げて、科学的技術的知見を持つ人が科学的エビデンスに基づいて問題を解決しようとしなければならない」と述べた。静岡県が推薦する「委員」候補が出そろったところで、その後に難波副知事らとの「事前協議」が開かれるのだろう。これでは「新有識者会議」発足はいつになるのか見えてこない。水嶋智鉄道局長は川勝知事の術策にはまってしまったのだ。

 国交省はこのまま身動きできないだろう。めちゃくちゃにひっかき回された「新有識者会議」が発足したとしても、その存在理由に官邸などから疑問の声が上がるのは言うまでもない。

 『「新有識者会議」という”奇策”は打開策にはならない』。予測した通りの結果になった。

JR東海「借金」5兆円に迫るがー

 「東大教授の場合には国の施策を支援するのは重要な役割」(沖大幹著「東大教授」新潮新書)と書いてある通り、国交省が設置する以上、国交省の意向を受けた委員会構成になるのが当然である。静岡県の有識者会議メンバーを「当事者」と鉄道局審議官が口を滑らせたというが、事実、全くその通りである。「謝金」を払う側の意向を忖度するのが世の常である。

 静岡県の求めた5条件の1つ「会議の目的はJR東海への指導」を遵守するのならば、「中立性」は無用であり、JR東海の事情をよく知っていたほうがいいに決まっている。トンネル工事を請け負った大成建設社外監査役こそぴったりの人選である。「新有識者会議」の真の目的、静岡県のこれまでの議論にいちゃもんを付けることが丸見えなのだろう。「川勝戦略」で見事にこなごなにされてしまったがー。

 沖・東大教授は「(東大教授は)年度初めには一年間のスケジュールがほぼ埋まってしまう」と書いている。これから手間暇かけて候補を決めたあと、正式に委員委嘱できても会議開催は早くても夏以降だろう。その上、どんなに時間を掛けても国の思惑通りに「新有識者会議」は進行しないのも確かだ。『大きなお世話かもしれないが、鉄道局は「川勝戦略」の”源”をちゃんと押さえた上で、対抗できる「戦略」を考えたほうがいい。いまのままでは、川勝知事の術中にはまり込んだまま身動きできなくなる』(『リニア騒動の真相32川勝知事「戦略」の”源”は?』)。ぜひ、記事を読み返してから「戦略」を立ててほしい。

 最初にJR東海の株価を示したのは、約6千億円の経常利益を稼ぎ出す東海道新幹線が、新型コロナでがたがたになっている事実をちゃんと押さえておいたほうがいいからである。大黒柱の新幹線に危機が及ぶ事態は初めてだろう。リニア工事が始まり、JR東海の借金は5兆円近くに膨らんでいる。もし、リニア開業が1年延びれば、数千億円単位で総工費はかさむ。2019年度静岡工区着工は断念したが、「新有識者会議」混乱の3月時点で、2020年度着工の危険性まではっきりと見える。

 いずれ、新型コロナの「非常事態」は収束し、株価も上昇に転じるかもしれない。しかし、経済的損失も半端ではないことが分かるだろう。数字の力は絶対である。JR東海は「いばらの道」へ第一歩を踏み出す可能性が高い。

※タイトル写真は、3月2日朝、静岡駅に到着した新幹線こだま号。新幹線に繁忙期料金はあるが、閑散期料金は設定されていない。「閑散期」など想定しない東海道新幹線でさえ危機に見舞われているのだ

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