リニア騒動の真相32川勝知事「戦略」の”源”は?

今度は「水循環」という難題を突き付けた

 今度は「水循環」である。12日の定例記者会見、翌日13日の来年度予算案記者会見でも「水循環」が川勝平太静岡県知事の重要なキーワードとなった。特に、定例会見で川勝知事は「国の新有識者会議」の座長は、水循環基本法に携わった専門家であることが望ましい、と述べた。水循環基本法?記者たちの何人が「水循環基本法」について理解していたのだろうか。

「事前協議」後の記者会見を伝える13日付静岡新聞朝刊の写真

 翌日の13日、国交省鉄道局との「事前協議」で、川勝知事発言を踏まえ、難波喬司副知事は新有識者会議の委員構成に「中立性に疑義がある」と表明した上で、「水循環」の専門的な知識を持つ委員を要請、さらに、環境省の専門家を委員に加えるよう求めた。これで「水循環」は避けて通れなくなった。

 「水循環基本法」は2014年3月、水行政の縦割りを排除、健全な水循環を保つことで持続可能な社会を築くのが目的。リニア南アルプストンネル工事による下流域の地下水影響については、「地下水は国民共有の財産であり、公共性の高いもの」(同法3条の2)であり、最も重要な位置づけにある。下流域の地下水枯渇に不安を抱く流域市町を念頭に、川勝知事は「水循環」が議論の最大のテーマと述べた。

 日本では、上水道は厚労省、農業用水は農水省、工業用水、水力発電や水ビジネスは経産省、河川や水資源、下水道は国交省水管理・国土保全局、地下水や湖沼の水質管理は環境省、雨水は気象庁(国交省外局)、大規模水害対策は内閣府中央防災会議、自治体の水道事業の民間委託は総務省、海外の水問題解決は外務省などが窓口。水循環基本法は水行政を一本化、統合的な水資源管理を目指すものである。

 地下水の価値は法律の理念で示されたが、地下水の保全に関わる法律は存在しない。公的管理を担っているのは国ではなく、静岡県などの自治体である。大井川地域も「地下水の採取に関する県条例」で管理される。担当するのは、リニア南アルプストンネル建設での静岡県側窓口となる環境局水利用課。

 一方、リニア南アルプストンネル建設を推進するJR東海を指導する立場の国交省鉄道局は「水循環」に何らの関わりを持たない。いくら「水循環」を求められても、所管から大きく外れ、どのように対応するのか、簡単ではないだろう。

 昨年11月11日『リニア騒動の真相21正々堂々の「ちゃぶ台返し」』で紹介した通り、川勝知事は「鉄道局だけでは仕事の整理ができない。環境省、農水省などが加わった上で国が関与すべき」と、「3者協議」に国の新たな体制を求めた。その無理な要請をかわすためか、国交省は「新有識者会議」設置を提案した。その提案に、待ってましたとばかり、静岡県は5条件を求めた。

 5条件を受け入れるとした国交省の「新有識者会議」設置は遅れに遅れている。そこに新たに「水循環」を持ち出されては、さらなる遅れも生じるはずだ。

川勝戦略は”河勝”にさかのぼる

 静岡工区の着工が見通せず、鉄道局は「新有識者会議」設置を事態打開の切り札としたかった。10月に当時の”打開策”だった「3者協議」を提案したが、それも空振りに終わり、すでに3カ月以上が過ぎてしまった。

 責任者の水嶋智鉄道局長は、1月23日静岡来訪で川勝知事に面会、さらに今月12日、急きょ静岡を訪れ、川勝知事と面会した。何とかしたい鉄道局の焦りがはっきりと見える。この意見交換の席で、水嶋局長は環境省官房長に働き掛け、オブザーバーで参加するのは問題ないとの回答を得て川勝知事に了解を求めた。

 ところが、「事前協議」の難波副知事はオブザーバー参加ではなく、意見を発言できる正式な委員として環境省専門家の参加を要請した。それに加えて「水循環」専門家である。これでは、「事前協議」のままいつまでも終わらないかもしれない。

 次から次へと川勝知事は新たな「難題」を国交省に突き付ける。国交省の提案した「3者協議」は宙に浮いたままであり、新たな「有識者会議」設置も「事前協議」段階で難航する。関係者以外で「3者協議」「有識者会議」「事前協議」が実際には何なのか説明できる者はいないだろう。

 そこに、宇野護JR東海副社長が静岡県の自民県議団で表明した「無期限の補償」問題も登場した。鉄道局は、宇野副社長を呼び、その内容を確認する。これも簡単な話ではない。

 補償申請に期限を設けないとしたが、補償を受けられる期間を30年以上とするのかどうかが焦点となる。もし、JR東海が補償期間を30年以上とした場合、既に枯渇が問題となっている山梨県リニア実験線沿線の河川の補償に影響する。単に、静岡県のトンネル区間だけの問題ではない。

2月14日付静岡新聞

 「水循環」が混乱に拍車を掛けるのは間違いない。川勝知事はすべてを了解して、新たな戦略を打ち出しているかのようだ。なぜ、次から次へとリニアに関わる水環境戦略が生まれてくるのか?

 もしかしたら、川勝知事のルーツに関係しているのかもしれない。その答えを「秦河勝」に見つけたのだ。

「伏見の闘い」は「リニアの闘い」である

 川勝知事の出身は、京都府亀岡市であり、祖父の代には醸造業を営んでいたという。渡来人の秦河勝は酒の醸造を日本へもたらした。河勝一族は酒造の名手で「秦大酒君(はたのおおさけのきみ)」と呼ばれた。当然、川勝知事の一族はその流れをくんでいる。

 家康没後4百年事業に向けて、久能山東照宮の落合偉洲宮司とともに川勝知事をインタビューした際、「東照宮の前身となる久能寺を創建したのが、秦一族であり、深い縁を感じる」と話していた。(タイトル写真は、2009年雑誌静岡人vol2に登場してもらった川勝知事)

 聖徳太子のブレーンとなった秦河勝は太子の死後、播磨(兵庫県)に流され、その地域で繁栄する。酒造業の富をもとに上水道の敷設などに尽くしたとされる。

 今回のリニア南アルプストンネル工事について、大井川の地下水を使う焼津の磯自慢、藤枝の喜久酔など酒造メーカーから訴えられた南アルプスの大切さを川勝知事は、国交省の藤田耕三事務次官らに紹介している。醸造業にとっていかに水が大切かを誰よりも知るからであろう。

 そして、京都の酒造家が忘れてはならないことは、酒どころ伏見の「鉄道の地下化反対運動」である。「伏見酒造組合125年史」によると、昭和3年(1928)昭和天皇の即位礼が京都で行われることになり、京都、奈良間に新しい鉄道敷設計画が浮上した。計画では伏見桃山の陸軍練兵場を通過することになったが、陸軍が強硬に反対、鉄道側はその地域を地下鉄にすることにした。

 この計画を聞いた伏見酒造組合は「地下鉄による地下水の影響調査」を京都大学に依頼、地下水掘削業者を指揮して、260カ所も試掘して、地下水の流動方向と水質を調査した。その結果、伏見には北東から南西に掛けて伏流水の大水脈があり、地下鉄の敷設工事で、水脈はずたずたになり、酒の醸造用水に深刻な影響が出ると報告された。

地下鉄を免れた伏見地区の鉄道(月桂冠HPから)

 伏見酒造組合は当時の京都府知事を先頭に「計画変更」を求めた。生命の水を守る運動は府民全体の運動となり、鉄道の地下鉄計画は阻止される。鉄道は陸軍練兵場を高架式で通過する案に変更された。

 伏見酒造組合の勝利は、1、綿密な調査を行ったこと。2、関係機関と根気強い交渉を続けたこと。3、京都府民の世論を味方につけたことなどが挙げられている。

 伏見酒造組合の「闘い」はまるで、現在のリニア南アルプストンネル工事計画での川勝知事の「闘い」につながっているように見える。川勝知事は、文句を言わない県民性が挙げられる「おとなしい静岡人」の先頭に立ち、流域の市町を巻き込み、生命の水道水を守るための政治責任を果たそうとしている。川勝知事の戦略を支えるのは、日本に醸造をもたらした祖先の秦河勝であり、歴史事実として伝えられる伏見酒造組合の地下鉄反対運動ではないのか。

 川勝知事は一筋縄ではいかないことを鉄道局はそろそろ理解すべきだ。このまま行けば、新たな「水環境戦略」を突き付けるだろう。

「水循環」専門家でも地下水への影響はわからない

 7日の自民県議団の勉強会で宇野副社長が「中下流域の地下水は掘削される南アルプストンネルから約百㌔離れており、影響は生じない」と述べた通り、JR東海は一貫して中下流域の地下水への影響は生じない、としてきた。

 大井川地域など県中部地域の地中に蓄えられている地下水賦存(ふぞん)量は58・4億㎥、そのうち地下水障害を発生・拡大させることなく利用できる地下水量は3・4億㎥。1960年代後半から焼津、吉田などで盛んに行われた養鰻業によって地下水の減量が顕著になったことから、71年に地下水採取に関する県条例を制定、77年に改正、さらに2018年にも改正されている。

 15本程度の井戸によって、地下水の経年変化を調べているが、条例制定後、現在まで大井川地域の地下水に大きな異常は見られない。地下水量に大きな影響を及ぼすのは、雨量や地域の取水量であり、約百㌔離れた河川上流部の水の変化が地下水にどのような影響を及ぼすのかという研究は行われたことはない。

 2014年の水循環基本法成立後、フォローアップ委員会が設置され、その座長を務めたのは、静岡市出身の高橋裕東京大学名誉教授(河川工学)。ことし93歳になられるが、高橋先生が「新有識者会議」座長を務められるならば、大井川の「個性」までご存知なだけにふさわしい人選と言えるだろう。ただし、2016年にフォローアップ委員会座長は沖大幹東大教授(水文学、水資源学)に引き継がれている。 

大井川上流部の水が下流域の地下水にどのような影響があるのか?

 中下流域の地下水の影響について、静岡県は何かあったときの不安を強調し、JR東海は全く影響はないと断言する。両者の主張は真っ向から食い違う。しかし、誰もどちらが正しいという結論を下すことはできないでいる。「水循環」を専門にする水文学、水資源学の専門家らに聞いても、リニアトンネルが地下水にどれだけの影響をもたらすのか正確に把握するのは困難ではないかという説明を受けた。

 静岡県の有識者会議の議論は「当事者」であり、鉄道局は「新有識者会議」でたたくとした。ところが、逆に新有識者会議の人選で「中立性に疑義」と言われてしまう。鉄道局にトンネルや土木工学の専門家はいても、河川、地下水の「水循環」専門家はいないのは当たり前である。

 10日に静岡県とJR東海との議論が再開されたが、JR東海の回答は静岡県の専門家には満足のいくものではなかった。議論すればするほど新たな疑問が生じてくる。これでは、新たな有識者会議を設けても、静岡県が納得することはないだろう。

 鉄道局は「新有識者会議」設置よりも、まずは、静岡県が求めているこれまでの議論をちゃんと評価できる専門家を見つけてくるほうが早いのではないか。

 大きなお世話かもしれないが、鉄道局は「川勝戦略」の”源”をちゃんと押さえた上で、対抗できる「戦略」を考えたほうがいい。いまのままでは、川勝知事の術中にはまり込んだまま身動きできなくなるだろう。

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