「嘘つきは、戦争の始まり。」の嘘

宝島社のメッセージ広告

 1月7日(月曜日)付朝日新聞朝刊の中面を見て、本当にびっくりした。16、17面の2面にわたる全ページ。強烈なインパクトを持つ紙面だった。「嘘つきは、戦争の始まり。」。大きな白抜きの見出し、左ページの中央に油まみれの鳥の大きな写真があった。見出しに比べてあまりに小さな白抜き文字の記事を読んだ。

「イラクが油田の油を海に流した」 その証拠とされ、湾岸戦争本格化のきっかけとなった一枚の写真。 しかしその真偽はいまだ定かではない。ポーランド侵攻もトンキン湾事件も、嘘から始まったと言われている。 陰謀も隠蔽も暗殺も、つまりは、嘘。 そして今、多くの指導者たちが平然と嘘をついている。 この負の連鎖はきっと私たちをとんでもない場所へ連れてゆく。 今、人類が戦うべき相手は、原発よりウィルスより温暖化より、嘘である。 嘘に慣れるな、嘘を止めろ、今年、嘘をやっつけろ。

 大きな紙面の右下隅に「宝島社」。これが広告だとわかった。なぜ、広告なのに自社の広告ではなく、印象的なメッセージを読者に投げ掛けるのか。

 「嘘に慣れるな、嘘を止めろ、今年、嘘をやっつけろ。」そのために何をどうすればいいのか?まず、この紙面を疑うことから始めよう。「嘘つきは戦争の始まり。」は本当なのか?

「イラクが油田の油を海に流した」の真偽

「イラクが油田の油を海に流した」 その証拠とされ、湾岸戦争本格化のきっかけとなった一枚の写真。 しかしその真偽はいまだ定かではない。

 いままでそんな疑惑があったことを知らなかった。もしそうならば、「嘘つき」は誰なのか?米軍を中心とした多国籍軍か?それとも本格的な湾岸戦争を望んだ別の誰かなのか?

 1990年8月2日イラクはオイル利権をめぐる意見の衝突をきっかけにクウェートに侵攻、全土を占領して併合してしまう。世界中の非難が続く中、イラクはクウェート国内の日本人を含む外国人を監禁、「人間の盾」という非人道的な行為を続けるなど国際社会のさらなる反発を呼んだ。1991年1月17日国際連合が米軍を中心とした多国籍軍を派遣、イラクへの空爆で湾岸戦争が始まった。「砂漠の嵐」作戦などさまざまな戦いが繰り広げられた結果、3月には「クウェートへの賠償」「大量破壊兵器の廃棄」などをイラクが受け入れ、停戦協定が結ばれた。

 湾岸戦争の原油汚染はイラク軍がクウェートからの撤退に際して、アメリカ海兵部隊の沿岸上陸を阻むためにクウェート停泊中のタンカー3隻、原油ターミナルを破壊したことで6百万バーレル以上の原油がアラビア湾に流出した、とされる。多国籍軍によるイラクのタンカー攻撃でも数十万バーレルの原油がアラビア湾に流れ出たことも知られている。

 イラク軍、多国籍軍が戦争のさなかに原油をアラビア湾に流出させた事実に疑問があるのだろうか?

28年前の「アラビア湾岸環境復元調査団」

 湾岸戦争直後の1991年3月日本政府の調査団がサウジアラビアを訪れ、湾岸戦争の原油汚染を調査した。翌月の4月21日から、静岡大学教授を団長とした「アラビア湾岸環境復元調査団」に同行した。朝日、読売、共同通信社、NHKの記者も一緒だった。WWF(世界自然保護基金)による情報で、原油流出で約2万羽の野鳥が被害に遭い、野生生物レスキューセンターに搬送された野鳥のうち、約3百羽が救済された、と聞いていた。

 当時のスクラップ記事を取り出してきた。特集記事「自然からの警告 進む地球汚染」を断続的に連載した。サウジアラビアで撮影した油まみれのペルシャウの印象的な写真から始まった。クウェート国境のカフジまでセスナ機で訪れ、アラビア湾の汚染を確認している。野生生物レスキューセンターでは環境庁のレンジャー、ボランティアの獣医師ら3人が2カ月間の予定で油まみれの野鳥を洗い、治療などを行っていた。記者たちの関心はそれぞれに違い、NHK記者は大気汚染の深刻さを追い、共同通信記者は入国困難だったクウェートへひそかに入り、取材を続けたようだ。

 当時、多くの読者からの反響をいただいた。「フセイン大統領のやったことが許せません」(13歳女性)、「美しい自然環境を残すには戦争は絶対にしてはならない」(55歳女性)、「戦争に反対し、平和であればよいとかの議論は過ぎ去り、地球をどう救済するかが問われている」(60歳男性)などの率直な怒りの声をそのままに、紙面に掲載した。当時、そこに嘘があることなど誰も疑っていなかった。

「メディアの主張」が大げさなのか?

 サウジ気象環境保護庁副長官らによる論文「1991年湾岸戦争による油流出時の国際協力」の中で「破局的な事象を未来の破滅として取り上げたメディアの主張が大げさだと判明した。戦時のプロパガンダの一環として環境破壊が誇張された」と記されている。続いて、「その結果、一般の関心は急速に薄れ、アラビア湾は破壊された環境を取り戻すための重要な味方を失った」とも書いている。

 そこに「嘘つき」の正体が示唆されていた。「メディアの大げさな主張」こそが、油まみれの野鳥をつくりあげたのではないか。

 朝日新聞の全国版一段広告約326万円×30段で、約9800万円。カラー料金は1段135万円×30段=405万円。それにデザイン、コピーなどの値段も入る。ふつうに計算すれば、ゆうに1億円を超える。いまの時代、大幅な値引きは当然だとしても、半端な額ではない。

 同じ日に読売新聞にも30段広告を掲載している。2社の広告料だけで約2億円。「敵は、嘘。」言わんとしていることは同じだろうが、「嘘つきは、戦争の始まり。」と違い、こちらは単なるメッセージであり、アラビア湾の油まみれの野鳥は登場していない。「メディアの大げさな主張」に読者がまどわされなければいいが、「大げさな紙面」を見て、歴史事実を誤る恐れは大きい。

 昨年12月19日「リニア騒動の真相 ヤマトイワナを救え」を本サイトにUPした。リニア南アルプストンネルは高速鉄道プロジェクトの開発であるとともに、自然環境の破壊につながることは間違いない。開発による環境破壊をどこまで許容できるか。ことし1月25日第9回静岡県中央新幹線環境保全会議が開かれる。静岡県、JR東海のそれぞれが科学的な根拠に基づき主張しても、事実関係は対立する場合がある。

 果たして、どちらが真実なのか、記者たちはどこまで判断できるのか。「嘘つき」が誰かを見極めることではなく、どちらの立場に立って主張するかだが、渦中にいるときは判断に苦しむことが多い。28年前のことを振り返って真偽をただすのさえ非常に難しいのだから、いま現在の「ヤマトイワナを救え」という記者の主張は正しいのか、会議の行方に注目しなければならない。

Leave a Reply

Your email address will not be published.