リニア騒動の真相51川勝知事「反リニア」へ転向?

「リニア大推進論者」は過去の話だった

JR静岡駅設置のリニア説明パネルのうち、メガリージョン構想図。意味は分かりにくい

  12日から14日までの3日間、朝日新聞静岡版に寄せた川勝平太知事のリニアに関する「手記」が大きな反響を呼んでいる。第1回は、リニア新幹線整備に政府側の委員として賛同してきた経緯、特に、国土審議会委員を約20年間務め、リニアが開く「スーパー・メガリージョン(京浜・中京・阪神の7千万人巨大都市圏)」構想をうたう「国土形成計画」の策定に加わった。リニアを「空飛ぶ新幹線」と呼んで宣伝、2011年静岡県も通過するリニアルートが発表され、南アルプス視察に赴いたときまでは「リニア大推進論者」だったという。その後、大井川の「命の水」の重要性を知ったことで、「水・南アルプス・地域住民」の三者を守ることに専心している。

 第2回は、現在行われているJR東海の水環境議論で有識者会議の中立性などに疑問を地元が持っていると指摘、有識者会議のまとめる「方向性」を尊重するが、県専門部会で再確認し、流域住民の理解を得る段取りを紹介した。

 結論の第3回は、新型コロナを経験している現実を踏まえ、リニアに対する6つの疑問を書いた。

 (1)コロナ禍問題は「東京問題」であり、東京一極集中からICT(情報通信技術)を活用する地方への多極分散が望ましく、いまや「スーパー・メガリージョン」は必要ないのでは?

 (2)リニアのトンネル工事は南アルプスの自然環境破壊であり、リニアを取るのか、エコパーク「南アルプス」を取るのかならば、「南アルプス」を守るべき?

 (3)リニアの電力源は原発を前提にしているが、福島第一原発事故などで原発依存モデルは崩壊した。リニアが消費する莫大な電力源確保はできるのか?

 (4)「南アルプストンネル」避難路は直線3㌔を登り、出口は南アルプス山中であり、非常に危険ではないか?

 (5)超電導コイルに必要な希少金属は世界中で取り合いであり、超電導磁石の原料は確保できるのか?

 (6)リニア計画の審議会答申前に行われたパブリックコメントでは73%が否定的だった。コロナ禍の中でリニア計画の根本的見直しの声が各界から上がっている今こそ、政府はリニア計画の中間評価・見直しを行うべきではないか?

 (1)から(6)までの疑問を読んでいて、現在の川勝知事が「リニア大推進論者」と考える人はいないだろう。「スーパーメガリージョン」構想の策定委員だった知事がすでに時代遅れと言うならば、同構想を推進するためのリニア計画は不要となる。「手記」を読めば、川勝知事は立派な「反リニア論者」である。

「井川ー大唐松山断層が妥当」に疑問?

 さらに、13日、難波喬司副知事はJR東海が国の有識者会議に提出した資料批判をした意見書を国交省の上原淳鉄道局長宛に送った。月内にも開かれる第5回有識者会議が中下流域の地下水への影響はほとんどないという「方向性」がまとめられるのに対して、議論の基礎となっているJR東海提出の「水収支解析」データへの厳しい批判や注文を投げ掛けた。

17が畑薙山断層。16の長い大断層が中央構造線。農鳥岳の隣に大唐松山はあり、井川から続くという大断層は記されていない(「日本の活断層」から)

 疑問が多い。まず、県地質構造・水資源専門部会で一度も名前が上がったことのない「井川ー大唐松山断層」が登場することだ。県意見書は「JR東海は、南側にある畑薙山断層を北側に延長し、山梨県境付近も畑薙山断層としているが、井川ー大唐松山断層の一部であると考えるのが妥当」と指摘した。JR東海が「畑薙山断層」を挙げたのは、”活断層の教科書”「日本の活断層」(活断層研究会、1991年)からだが、同書には県意見書の”大断層”「井川ー大唐松山断層」は姿かたちもない。1980年に初版、91年に新編が登場して以来、約30年間、「日本の活断層」は改訂されていないから、新たな断層として認定されているかもしれないが、JR東海と一度も議論したことのない「井川ー大唐松山断層が妥当」との結論はあまりに一方的だ。この意見を基に、県は「ボーリングを行い、データを得るなど、さらに十分な調査・検討が必要である」と注文をつけている。

長い赤点線が井川ー大唐松山断層らしい。産総研DBが出典と言うが、ヒットしない?

 「井川ー大唐松山断層」は産業技術総合研究所活断層データベースが出典とある。同データベースに何度も当たったが、どういうわけか「井川-大唐松山断層」はヒットしなかった。7月31日付静岡新聞で狩野謙一静岡大防災総合センター客員教授が「現地調査を踏まえると南北方向の井川ー大唐松山断層と推定される」と述べた記事で、初めて「井川ー大唐松山断層」の存在が明らかになった。新聞報道による地元研究者による「推定」を、「妥当」と結論してしまうのは恣意的だと疑われても仕方ない。「井川ー大唐松山断層」は存在するだろうが、一般的でないことは確かだ。

 南アルプスはどこに断層があってもおかしくない。県意見書の図に、中央構造線のように、非常に長い「井川ー大唐松山断層」が描かれるが、もし、そんなに”有名な断層”だとしたら、なぜ、いままで議論の対象にならなかったのか不思議で仕方がない。新しく認定される断層、認定を取り消される断層は数多い。また、科学者によって、断層の調査方法、認定の仕方も違う。一般の人が理解、納得できる説明を県はJR東海に求めている。

 今回の県によるJR東海への批判を見ると、川勝知事だけでなく、静岡県全体がまるで「反リニア論者」のように見えてくる。

「反リニア」市民団体が行政訴訟へ

 川勝知事「手記」や難波副知事の記者会見報道でも、リニア工事を認めるのは地域住民の理解が大前提となっている。そのためか、大井川の利水者たちの「反リニア」活動も大義名分を得たように勢いづいている。

革新系市議らが参加した反リニアのアピール

 6月26日金子慎JR東海社長、7月10日国交省の藤田耕三事務次官が川勝知事との対談に訪れた際、静岡県庁本館玄関前で「大井川の水を守れ」「南アルプスに穴を開けるな」を訴えた「リニア新幹線を考える静岡県民ネットワーク」「南アルプスとリニアを考える市民ネットワーク静岡」など市民団体、地域住民が「静岡県リニア工事差し止め訴訟の会」を結成する。9月末を目途に、リニア工事認可の取り消しを求める行政訴訟を起こす準備を進めている。共産、社民など革新系政党が支援する。9月初め、静岡市でも勉強会を開き、出来るだけ多くの訴訟委任状を集めたいようだ。

 2016年、品川から名古屋までのリニア中央新幹線沿線の「反リニア」住民ら約8百人が「ストップ・リニア」を訴え、リニア差止訴訟を起こした。今回は、大井川広域水道を享受する島田、焼津、掛川、藤枝、御前崎、菊川、牧之原の7市の住民らを中心に大井川の水環境を損なう生活被害、南アルプスの自然環境を破壊するとしてリニア工事差し止めを国に求める。行政訴訟の場合、原告適格性が問題となるが、川勝知事が問題にする「命の水」につながる大井川の利水者、また、南アルプスを享受する登山者らの権利侵害として訴訟提起するようだ。

 現在、国の有識者会議、県環境保全連絡会議で行っている議論がそのまま、裁判の争点となる。大井川の中下流域への地下水への影響、南アルプスの自然環境への影響など司法の場で結論を出すのか興味深い。市民団体にとって、何よりも、訴訟提起が大きな意味を持つのだろう。それが、川勝知事の求める「リニア見直し」につながるのかどうか?

川勝知事「リニアに反対していません」

 「私はリニアに反対していません」。川勝知事は、朝日新聞連載の第3回「手記」最後で、わざわざ「反リニアではない」と断っている。

 第3回「手記」では、「政府はリニア計画の見直しを行うべき」としたあと、話題を転換して、山梨県にとってのリニアの有効性、身延線「世界で最も遅い特急」を使い、静岡駅で新幹線に乗り換えて首都圏に戻る「鉄道旅」を提案している。最初に疑問を呈した「東京問題」はどこかに置き忘れたようだ。さらに、”知事独自”の松本空港を結ぶ「ルート変更」を説明した上で、「南アルプス・大井川・地域住民の抱えている問題が解決できないのであれば、リニアのルートを変えることも1つの解決策」と締め括っている。

 「なんなんだ、これ」。多くの人は疑問を抱くだろう。9日付『リニア騒動50川勝知事”Dルート”提案か?』で書いた通り、ほとんどの長野県民は現在のルートで早期開業を望んでいるから、川勝知事の唐突な提案に耳を貸すはずもない。延伸すればするほどリニア工事がもたらす自然環境への影響は大きくなるから、問題を他の地域に持っていくだけである。「リニアに反対しない」川勝知事の真の意図は何かだ。

 哲学者ニーチェは著作『反キリスト者』で、イエス・キリストの死後、イエスの弟子たちがイエスの教えをねじまげ、キリスト教をでっち上げたとして、「キリスト教」を否定した。その一方で、イエスを「超人」の手本したからあまりに複雑である。リニアをイエスに、JR東海をイエスの弟子たちに置き換えて、知事はニーチェのような”哲学的戦術(レトリック)”を使っているのもかもしれない。

 経済優先で水を含めた自然環境を顧みないでリニア計画を推進しようとする「JR東海」を強く批判する。「リニア」は将来の日本に必要であるのに、その生かし方を「JR東海」は分かっていないとでも言いたいのだろうか。長い間、政府委員などを務め、権力の側にいたから、「JR東海」が簡単に方向転換ができないことも承知している。 

 「反リニア」のポーズも”川勝戦略”だろうが、JR東海や国交省を批判、罵倒することで静岡県民に何をもたらそうとしているのか、それが何よりも一番、重要である。

※タイトル写真は、6月26日、金子社長の来静に合わせてリニア反対運動を展開した市民団体

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