リニア騒動の真相85”公約”を果たせ!

「日本一住みやすい静岡県」って?

 静岡県知事選公報で、岩井茂樹氏は『「日本一住みやすい静岡県!」実現へ。』を訴え、未来をひらく8プランを提案している。具体的に何をどのように取り組むのかの公約ではなく、「女性の笑顔が輝くように!」などすべて曖昧な目標を掲げている。8プランの「安全・安心なまちづくり」の中に、小さな文字で「リニア問題」を取り上げ、命の水を最優先に建設的な対話とのみ記されている。いずれにしても、何らかの具体策を示さないで、「日本一住みやすい静岡県!」を実現できるのか、はなはだ疑わしい。

 川勝平太氏は「レインボーマニフェスト」として「リニア問題」を筆頭に7つの項目を掲げているが、こちらも具体的な政策ではない。『「言うべきことは、はっきりと言う!」これが、私の知事就任以来、変わらぬ信念です。』とあるが、「言うだけ」くらいならば、誰でもできる。それを実現できるかどうかだが、川勝氏は言い放しのことが多い。

 『静岡県はリニアに反対していません。静岡県のエゴで工事を止めているわけでもありません。時間が掛かっているのはJR東海による環境影響評価が不十分であるためで、現在はそうした状況を打開するために国土交通省が設置した有識者会議で議論が行われている最中です。

 大事なのは「工事によってどのような影響が起きる可能性があるのか」「それをできる限り回避または低減するにはどうすればよいのか」といった当たり前のことを、国やJR東海にはっきりと伝えることです』など、それこそ当たり前の主張を繰り返している。

 国の有識者会議を取材していればわかるが、専門家たちは、JR東海による環境影響評価の説明について具体的に検証を行い、下流域への地下水等の影響がないことなどに科学的な根拠を与えている。一方、川勝氏は有識者会議が「全面公開」ではないなど議論の本質とは関係のないことにいちゃもんをつけて、国交省の姿勢を厳しく批判、メディア受けを狙う。山梨県、長野県へ一滴の湧水も流出させないことがJR東海の約束だったなど、無理難題を唱え、下流域の影響回避とは全く違う議論に終始する。政治家ならではの駆け引きかもしれないが、いつまでも同じ姿勢となれば、静岡県外からは反対のための反対ーエゴとしか見られない。

 一体、有権者は何をもって、選択の基準とすればいいのか迷うだろう。連日のように、県知事選のアンケート調査結果が新聞各紙で報道される。記事を読んでも、選挙公報同様に両候補の主張内容の貧しさだけが目立つ。各紙とも投票率の低下に不安を抱く。有権者の関心の薄さは候補者の責任でもある。

 10日付産経新聞は『静岡県は全国的にも医師不足が顕著だが、医療の充実に向けた対策』を両候補に問い掛けていた。

 『医師不足』は静岡県にとって、一番、切実な問題である。本当にこの問題を解決できるのならば、静岡県知事にふさわしいはずだ。

静岡県に「早稲田大学医学部」?

 川勝氏は2009年7月の知事選挙で、「医師不足」の解決策を掲げて、初当選した。

雑誌「静岡県の良い病院」巻頭

 『2009年夏、さまざまなマニフェスト(公約)を掲げた川勝平太知事が誕生した。新知事として積極的、広範囲に活動、女性たちを中心に圧倒的な人気を誇っている。川勝知事のマニフェストのうち、最も注目が集まるのは「県東部地域に医科大学誘致」である』で始まる記事を、2010年に発刊した雑誌『静岡県の良い病院2010ー2011』(発行:NPO法人Qネット)の巻頭言に掲げた。それだけ、川勝氏への期待が大きかったからだ。川勝氏の写真は非常に若い。と言うのも、2008年、県知事選に出馬前、静岡文化芸術大学学長時代であり、いまから、13年も前である。

 川勝氏は民主党公認だったから、2009年10月に、国の事業仕分けにならって「県の事業仕分け」を始めている。2007年から石川嘉延前知事の時代に始まった「県の医師確保対策」事業費4億2400万円も事業仕分けの対象だった。県は「人口比率から全国平均進学率を出せば、静岡県では、250人が医科大学へ進学する計算だが、現実は150人~160人にとどまっている」と説明、浜松医科大学しかない悲惨な結果を数字が裏付けていた。「医学生の偏在は中堅勤務医の偏在に関係する」(武井義雄・元エモリー大学教授)の指摘を根本的に解決するには、医科大学新設しかないのだ。石川知事が医科大学新設に消極的だっただけに、川勝氏への期待は大きく高まった。

 『川勝知事は関係の深い、母校の早稲田大学に協力を依頼した。早稲田大学も医学部設置は悲願である。ぜひ、早稲田大学医学部を静岡県東部につくってほしい。

 「カネはいくら掛かってもいい」。県民の多くが川勝知事を応援している。頑張れ、頑張れ!川勝知事。』と記事に書いた。

 川勝氏は本当に、頑張ったのか?しかし、いまだに医科大学設置の声は聞こえてこない。川勝氏は「早稲田大学から(静岡県の方角が)都の西北ではないので、断られた」など珍回答をした。一体、医科大学新設はどうなったのか、いまでも取り組んでいるのか、川勝氏は説明していない。

 今回の産経新聞の「医療の充実に向けた対策」に川勝氏はどう答えたのか?

医科大学新設はどうなった?

 『県内における医師偏在が課題。地域の実情に応じ、効果的な配置を図っています。(略)医療従事者は「ふじのくにバーチャルメディカルカレッジ」(本庶佑学長)の展開が奏功し、県内勤務者が平成22年の18人から今年は578人に大幅増加。医系大学の地域枠設置数は全国1位です』など回答している。一般の人たちには、この説明では全く理解できないだろう。

 まず、「ふじのくにバーチャルメディカルカレッジ」(本庶佑学長)と大層な名前を使っているが、医科大学とは全く関係のない、有名無実の組織。県の「医学生奨学金」制度を促進するための施策の1つに過ぎない。月額20万円を貸与、医学部6年間で学生は1440万円を受け取り、貸与期間の1・5倍期間(9年間)を静岡県の公的医療機関で勤務すれば、全額返還免除となる石川知事時代に始めた制度である。2007年度から、これまでに1308人に貸与したところ、今年4月1日の時点で、578人が県内の病院に勤務している。10年以上たって、578人の費用対効果については記されていない。

 分かるのは、川勝氏は、医科大学新設をあきらめ、いまや石川知事の施策を受け継いで、「医学生奨学金」制度を積極的に推し進めていることだ。

 2009年県の事業仕分けで、公募委員(勤務医)は「医学生奨学金」制度について「効果が薄い」などと指摘していた。もともと静岡県で働くことを目指していた学生にはボーナスのような制度であり、また、カネをやるから、卒業したら、静岡県で働け、と若い医師たちに強制することがいいことかどうか。

 防衛医科大学校は、医学科・看護科ともに入学金、授業料とも無料であり、月額11万7千円の学生手当、年2回の期末手当が支給される。静岡県の奨学金制度など比較にならないほど優遇されている。医学科の場合、9年間(看護科は6年間)に満たず離職する場合、卒業までの経費を償還しなければならない。それだけの責任を持つのだ。静岡県と一番違うのは、防衛医科大学校の場合、卒後の臨床研修などの指導等でもレベルが非常に高い。

 静岡県の場合、返還免除のために指定した病院での臨床研修(2年間)、専門研修(3~5年間)を求めているだけである。卒後研修の内容を保証しているわけではない。

 医師は国家試験に合格すれば、医師の資格を得る。そこから研修医制度はスタートする。一人前の医師になるまでに、少なくとも6年間は掛かる。少なくとも、最初の6年間、研修医はあまりに未熟の場合が多い。

 10万人当たりの医師数調査では、静岡県は全国で40番目であり、全国平均を大幅に下回る。この統計に使う病院勤務医の約20万8000人のうち、約1万7000人が研修医である。未熟な研修医でも、統計の数字では1人に数えられる。

 静岡県では医師の数合わせのために、「医学奨学金」制度を創設したとしか思えない。「医者は3人殺して、一人前になる」。医師であり、作家久坂部羊氏の医療小説「破裂」のキャッチコピーである。久坂部氏だけでなく、数多くの医師が同じ証言をしている。ヒヤリハットだけでなく、表面に現れないが、深刻な医療ミスは数多いのだ。もし、研修医にすべてを委ねることになったら、患者はあまりにも不幸である。

医学生奨学金制度の欠点とは? 

 他国の医療教育制度を見れば、日本の研修医制度がお粗末なことがわかる。

 アメリカでは、生物学専攻の単位を取得することを条件に4年制大学を卒業したあと、MCATと呼ばれる統一試験を受けて、初めて、医科大学へ進学することができる。MCATは一般教養だけでなく、面接が重んじられ、将来、どのような医師を目指すのかを見極め、良き臨床医になる学生を選抜する。

 医科大学では実践が重んじられ、ほとんどの時間が臨床教育に費やされる。4年間の医科大学を卒業したあと、医師免許を獲得するために義務付けられた臨床研修(インターンシップ)がスタートする。主要な科目の経験を積んだあと、免許をようやく取得できる。この免許で、一般医(家庭医)として開業できる。

 専門医となるためには、さらに3年間の徹底的な臨床研修(レジデンシ)を受ける。臨床研修プログラムは、第三者の審議会が厳しく管理し、症例数、その種類、教官数とそのレベル、サポート状況などすべてをチェックする。医学生たちは最高レベルの臨床研修を目指して、自分の望んだプログラムに必要書類を送って、面接の通知を待つ。東海岸で教育を受け、西海岸で卒後臨床研修を受けるのが人気だが、アメリカの臨床研修は非常に厳しい。

 とにかく、アメリカの医学教育は「医療のプロ」をつくることを目指している。それに対して、日本では、6年間の医学教育のあと、筆記だけで医師免許を与えている。何回も書くが、その時点では、まだ、ほとんど使いものにならない。卒後9年間静岡県での病院勤務を求めるが、6年間をどう過ごすのか、研修医にとっては大きな問題である。もし、わたしが患者とだったならば、研修医だけの診察等は避けるだろう。

 卒後研修をどのように受けて、プロの臨床医を名乗るのか、あまりにも大きな問題だが、静岡県の医学生奨学金制度はその点を全く考慮していないのだ。

早稲田の田中総長と連携してほしい!

 さて、一方の岩井氏は何と回答したのか?

 『現在の医師不足は、「医療費亡国論」に基づく国の政策の失敗が原因であり、その方針転換を国に求めたい。また、県内に感染症や災害時の対応を兼ね備えた国と県の連携による医療施設を作りたい。ただ、医師育成には時間が掛かるので、知事がトップセールスで医師確保に動き回ることが、現時点は最も重要と考える』。本当に静岡県の医師不足について理解しているのか、こちらも疑問だらけだ。(「医療費亡国論」とは、1983年医療費の膨大が、国を滅ぼすとして、医療保険制度の改革や都道府県の病床数規制につながった厚生官僚の主張)

 リニア騒動の真相84で、今回の知事選は川勝氏がほぼ決まりだと書いた。このままでは、川勝県政がさらに4年間、続くことになる。今回は、川勝氏の公約は反リニアのみである。

 医科大学新設を阻んでいるのは、まさに国の岩盤規制である。「言うべきことは、はっきりと言う!」のが川勝氏の信念ならば、リニア問題ではなく、医師不足の対応にちゃんと責任を果たすよう、医科大学新設を求めて、国と真っ向からけんかするくらいの気概ではっきりと主張べきだろう。

 ちょうど、早稲田大学の田中愛治総長は、2018年の就任以来、医学部創設を唱えている。まさか、元総長のように「都の西北」など方角のことは言わないだろう。ぜひ、いま一度、初心に帰り、医科大学新設に立ち向かってほしい。

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