リニア騒動の真相84これでは川勝圧勝だ!

陳腐なキャッチフレーズが並んだ!

JR静岡駅で川勝平太氏の出陣式

 静岡県知事選が3日、スタートした。正味17日間で、圧倒的に有利な戦いを進める現職の川勝平太氏に対して、前参院議員の岩井茂樹氏が形勢逆転を演出できるかに掛かっている。立候補者の出陣式が静岡市内で開かれ、第一声を聞いたが、いずれも抽象的なイメージばかりで、有権者が「これだ!」と選択を促す具体的な公約はひとつもなかった。どちらもどちらだが、これは川勝氏の思う壺なのかもしれない。

 象徴的なのは、キャッチフレーズにも現れていた。岩井氏の『まっすぐに、力あわせ 静岡県を前進させる』(タイトル写真)に対して、川勝氏は『東京時代から静岡時代へ』。選挙とは一にも二にも、目立つこと。『静岡県を後退させる』であれば、誰もがあっと驚くが、”前進させる”は子供でもつくれるキャッチコピー。『コロナに打ち勝つ 給付金10万円を約束!』とあれば、誰もが「おお!」と大歓声を上げた。岩井陣営は危機的状況に目をつむっているのか、あまりにも楽観的である。

 一方の川勝氏も『東京時代』を賛美して、これから『静岡時代』では、これまでの12年間の県政を総括しろ、と言いたくなる。有権者の顔が見えない独りよがりだが、川勝氏はこれでいいのだろう。

川勝平太氏の第一声

 翌日(4日)の新聞各紙は、両氏の演説の中身を簡単に紹介していた。川勝氏は、相変わらず「リニア」「リニア」を連呼していたことがよく分かる。『大井川の水源は南アルプス。62万人の命を育む水。命の水を守らなくてはならない』(毎日)、『前国土交通大臣が「ルートの変更」「工事の中止」に言及した。推薦をした自民党は責任を取る立場にある。JR東海は全量戻す約束を反故にした。私は約束を必ず守る』(読売)、『(南アルプスの)希少な水が工事で毎秒2トンなくなると言われたら、許せるはずがありません。ユネスコエコパークに認定されている南アルプスや命の水を守るために、私たちは立ち上がらなければならない』(朝日)など、これまで何度も何度も述べてきたことの焼き直しである。

 川勝発言を検証すれば、さまざまなぼろを指摘できるが、国の有識者会議、県の専門家会議を傍聴することのない有権者に、”仮想の敵”JR東海と「闘う」知事を印象付ければいいのだ。川勝選対本部はJR静岡駅への動員を呼び掛けていないが、「リニア」反対のコアな面々が応援に駆け付けた。”確信犯”のコア層が投票行動に迷う有権者に強く働き掛けるのだろう。

陣営発表は「1200人」だが?

 岩井氏は「リニア」に何ら触れなかった。これまで川勝氏との対談で、何度も「ルート変更」「工事の中止」発言を行い、とりあえず、「リニア」の争点外しに成功していた。第一声でも『川勝さんは何も分かっていない。ただ、反対だけを連呼すればいいものではない。わたしはリニア問題に真剣にちゃんと向き合う』などと訴えれば、リニア問題に関心を持つ有権者らは岩井氏の姿勢を見直すだろう。

岩井氏の奥様にも何か言わせたかった

 翌日の各紙を見ると、『最優先でやりたいことは(コロナ)ワクチン対策だ。ワクチン接種率はあまり高くない。県が中心となって、国や市町と連携を取ることが重要』(読売)、『この県は自動車産業が命。産業構造が変わっていく中で、国と連携して産業を守ります。トップセールスで県産品を国内や世界に広げ、企業誘致などで、活力を呼び込んでいきます』(朝日)、『静岡の未来のため、今、新しい風を入れないと間に合わない」(毎日)などだが、そのまま川勝氏の演説だと説明されても、何ら違和感がなく、岩井氏独自の政策が全く見えてこなかった。キャッチフレーズでも書いたが、『コロナ支援金10万円を約束』とでも言えばいい。財政の裏付けは、現職知事の肝煎り事業計画を一時中止すればいい。おカネは後からついて来る。

 朝日によると、静岡市常磐公園には、「陣営発表で約1200人の支持者らが集まった」とある。現場にいたテレビ局の政治記者に聞くと、せいぜい7、800人だと答えた。まあ、どんなに多く見積もっても1000人以下である。つまり、自民県連は1200人程度の動員を静岡市内の支持者に働き掛けたのだろう。

 せっかく動員を掛けて集まったのに、一番、肝心な、新知事となった暁(あかつき)に、静岡県民に具体的などんな奉仕ができるのかはさっぱり伝わらなかった。川勝氏を必死で追い掛ける知名度の低い岩井氏が、特に無党派層に浸透させ、自分自身に投票させるために、一体、何と言うべきだったか?

岩井氏の理想は、石川嘉延前知事? 

 静岡市での出陣式のあと、岩井氏は沼津市に移り、県東部の首長らを集めた出陣式を行った。『理想は石川嘉延前知事。石川さんは53歳で知事になった。私も昨日(2日)53歳になった。天命を感じる』(静岡新聞)など具体的な名前を挙げたのだという。まさか、石川氏と立候補の年齢が同じだけと言うことだけではないだろう。石川氏を理想とする”天命”とは何を指すのか?

静岡空港が知事選の争点に?(静岡県提供)

 石川氏の県知事選と言えば、2001年7月、3期目選挙の鮮烈な記憶が残る。当時、2006年開港を予定する静岡空港に対して、県内だけでなく、中央のメディアなどが公共事業の「無用の長物」論を唱え、空港計画中止の議論が巻き起こっていた。そんな中、静岡空港反対の機運を知り、いち早く出馬表明したのが、東京在住だが、静岡とゆかりの深い、前参院議員の水野誠一氏。元西武百貨店社長であり、石原慎太郎東京都知事(当時)はじめ石原軍団などさまざまな人脈をバックに持つ水野氏に、静岡空港反対で「嵐」が吹き荒れる予感が起きた。

 石川氏は、「嵐」をどう抑えたのか?

 石川氏は空港反対勢力が求める住民投票条例案に賛意を示し、「住民投票の結果に従う」と突然、表明したのだ。知事選前の6月、市民グループは空港建設の是非を問う住民投票条例案を27万人の署名とともに直接請求した。石川氏は条例案を受け取ると、「賛成」の付帯意見をつけて県議会に委ねたのだ。県民の多くは、空港の是非を問う住民投票が実施されると期待した。石川県政が積極的に推進してきた事業を否定される可能性が高いのに、住民投票に「賛成」するという離れ業に、少なからぬ県民が拍手を送った。静岡空港問題の争点外しであるが、有権者の目にはそう映らなかった。

 石川氏に有利に働いたのは、小泉(純一郎)旋風が吹き荒れ、参院選と同日選挙になったため、知事選への関心は薄れてしまったことだ。マスコミ報道は、選挙と言えば、参院選一色に染まった。結果、石川氏の得票は102万票を超え、水野氏の約57万票を大きく引き離し、3期目を軽々と決めた。水野氏だけでなく、空港反対を唱えた共産など4候補の合計得票数は約78万票で、石川氏の静岡空港の争点外しはまんまと成功した。ただ、新聞各紙は石川氏に投票した相当数に「空港反対」が含まれると分析している。

 「住民投票をしたら、静岡空港計画はつぶされる」。自民県議らはそう考えた。それでも、石川氏は住民投票条例案を上程した。空港建設事業費1900億円のうち、すでに約1000億円を投入、2001年度にも167億円を予算化していた。当然、JR東海は静岡空港新駅に聞く耳を持たなかった。それでも、静岡県はまっしぐらに空港計画を進めた。結局、自民県議団は知事提案を否決、住民投票の大騒ぎは終わりを告げた。

 したたかな石川戦略から、岩井氏は何を学んだのか?

のぞみの静岡駅停車を公約にすべきだ!

 しかし、まわりまわって、石川氏を辞職に追い込んだのも、静岡空港問題だった。

 4期目の最終盤になって、石川氏は静岡空港開港を妨げる立木問題で辞職を余儀なくされた。5期目に向けて、着々と準備を進めていた矢先だった。石川氏は、立木問題で空港開港のさらなる延期を避けるために、自らの首を差し出すことで、地権者の了解を得たのだ。公共事業として「無用の長物」というだけでなく、環境アセスにも大きな問題があったが、すべて目をつむり、政治家として静岡空港開港を優先した。

 2000年当時、マスコミが「静岡空港」開港への批判を繰り広げたのに対して、「静岡県の交通事情に見る―静岡空港への期待」と題して、石川氏が県民向けに訴えたトーク文書が残されている。

 『静岡駅ホームにいると、通過する新幹線のぞみ、ひかりは往復14本であり、県庁所在地なのに静岡駅の「ひかり」は1時間に1本しか停止しない』と石川氏は嘆いた。結果、「のぞみ」に対して”通行税”を徴収する提案を行った。また、静岡空港新駅設置をJR東海に要望するのは「身勝手で厚かましい要求」ではなく、JR東海にもプラスだとも述べ、JR東海に何とか悲願の空港新駅設置に聞く耳を持ってほしいと訴えた。それだけ静岡県にとっては、空港新駅が必要と懇願したが、JR東海は無視した。それが、現在のリニア反対につながっているのかもしれない。

 石川氏は、空港開港時の利用者は160万から170万人と予測したが、開港当初から予測の半分にも満たない惨憺たる結果となってしまう。現在のコロナ禍の中、静岡空港に明るい先行きは見えてこない。新幹線を見れば、毎日約200本ののぞみが静岡県内を通過していく。その通過ごとに、こだま、ひかりは各駅停車を強いられ、5、6分の待ち時間につきあわされる。

 石川氏を理想とする岩井氏は、リニア問題の解決だけでなく、のぞみ、ひかりの停車を何とかすると訴えるべきだ。川勝氏と違い、政治力で解決できるのだ、と訴えてほしい。

岩井氏の後ろに3人の自民国会議員が並んだ

 リニア問題では、JR東海の環境影響評価は甘く、流域の住民の理解を得ていない、と批判した。その発言を通して、「ルート変更」や「工事の中止」も選択肢のひとつだと述べた。国とのパイプを強調するのならば、ただ単に批判するのではなく、石川氏の悲願を受け継いで、のぞみ停車の道すじをちゃんと示すべきだ。

 自民党推薦の最大の強みは政治力なのだろう。川勝氏とは全く違う岩井氏の強みを見せつけることではないか。岩井氏が静岡県内にのぞみを停止させることを”公約”にすれば、当然、有権者はJR東海が素直に従うと見るのがふつうだ。

 リニア工事で静岡県へのメリットは何も見えてこない。JR東海はリニア沿線の新駅設置に取り組んでいる。東洋経済オンラインに、静岡県知事選、「リニア」が争点にならない不思議 | 新幹線 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準 (toyokeizai.net)を掲載した。

 まだ間に合うのかどうか分からないが、県知事選に勝つ”天命”のためには、岩井氏は、静岡県内へののぞみ停車を公約とし、必ず、実行できると自信満々に訴えるべきだ。

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