リニア騒動の真相83「BAD BLOOD」な関係?

「リニア」外しの意外な選挙戦略とは?

5月26日付静岡新聞

  6月3日告示の県知事選(20日投開票)で、「リニア」を争点から外すという元国交副大臣の岩井茂樹氏(自民党推薦)の姿勢は、25日の公開討論会ではっきりとした。川勝平太知事から「(大井川流域住民の理解を得るために)厳しい姿勢で臨む選択肢」を問われた岩井氏は「場合によれば、ルート変更、工事の中止も含めて毅然と対応したい」などと切り返した。流域住民が理解しない限り、国の有識者会議による(下流域への影響はほとんどないと結論づけている)中間報告案を認めない立場を強調したかっこうだ。

 川勝氏は「ルート変更」や「工事の中止」と言った岩井氏の発言を予期していなかっただろう。「リニア」推進の立場を取る国や自民党をバックにしているから、まさか、川勝氏の得意技である「ルート変更」や「工事一時凍結」というお株を奪い、さらに踏み込んだ「工事の中止」にまで岩井氏が言及するなど思いもしなかったはずだ。

 川勝氏が「(自民党推薦であり)自民党全体の責任で話しているのか」と追及すると、岩井氏は「その時の状況を踏まえて選択肢の中で(工事の中止も)ありえる」とかわした。

 討論会会場の約150人、テレビ、新聞報道を見た県民が岩井氏の発言を額面通りに受け取ったのだろうか?当然、「ルート変更」も「工事の中止」も、「場合によっては」という前提があり、数ある「選択肢」のひとつに過ぎない。これが「リニア」の争点外しの選挙戦略であり、岩井氏が当選すれば、「リニア」推進に舵を切ることはほとんどの関係者が了解済みだ。反「リニア」の川勝氏に対して、「リニア」推進の岩井氏という構図を一番承知しているのは、リニア工事中止を求めた日本山岳会など反「リニア」の団体である。

 さて、本当に「リニア」推進を訴えることが選挙戦でマイナスになるのか?川勝氏が「リニア」凍結を求めるのは、リニア工事が「命の水」と「南アルプスの自然環境」をおびやかすから、と訴える。”環境保全派”の川勝氏が岩井氏との違いを出す戦略だろう。と言っても、川勝氏は表面上、「リニア」には賛成の立場を取ってきた。それが、コロナ禍の中、「リニア」の必要性を見直すときに来ていると発言、反「リニア」色をさらに強める。川勝県政が継続すれば、今後4年間、静岡県内のリニア工事の着工は見送られるのは確実である。それでいいのか?

 いまの日本に、リニアが必要であることをシリコンバレーで起きた事件を基に紹介したい。「BAD BLOOD」は、その事件を追ったドキュメンタリーのタイトル。ちなみに、「BAD BLOOD」とは、「悪い血」のダイレクトな意味だけでなく、悪感情とか反目とかでも使う。まさに、川勝、岩井両氏の関係も表わす。

美女エリザベス・ホームズを支えた大物たち

2018年5月発行BAD BLOOD表紙

 「BAD BLOOD Secrets and Lies in a Silicon Valley Startup」は2018年5月、米国で出版された。著者はウオール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の調査報道記者ジョン・カレイロウー。血液一滴で200種類の病気を判別する革新的な血液検査装置を開発したというスタートアップ企業、セラノスの創業者エリザベス・ホームズの真実を追う物語であり、2015年10月15日付WSJ1面トップ記事「もてはやされたスタートアップの行き詰まり」(見出し)を世に出すことで、セラノスの秘密と嘘を暴いていくドキュメンタリーでもある。

 エリザベス・ホームズ=タイトル写真=は見栄えがよく、フォトジェニック(写真うつりのよいこと)が大きな特徴だ。ブロンドヘアの白人、大きな青い瞳、落ち着いたバリトン・ボイス、スティーヴ・ジョブスをまねた黒いタートルネックのセーターなどのイメージ戦略がシリコンバレーの女王を創り上げている。取締役会の高名なベンチャーキャピタリスト、ドン・L・ルーカス、ラリー・エリソンやスタンフォード大学の花形教授チャニング・ロバートソン、元国務長官ジョージ・シュルツらはセラノスの秘密や嘘が暴露された後でも、WSJの記事や内部通報者ではなく、エリザベスをとことん信用する。大物政治家らは、彼女の若い魅力的な才能に惹かれ、絶対的な庇護者となってしまった。

 彼女はスタンフォード大学化学工学部に進学したが、19歳で中退、2003年22歳の時、セラノスを設立、彼女らの発明したとされる「痛くない血液キット」によって、アメリカの大手薬局チェーンと業務提携するなど急速に拡大した。10年間で医療費が約2千億ドル節約できると予想され、世界中の注目を集め、セラノスの企業価値は9000億円を超え、弱冠31歳で資産50億ドルを稼ぎ出し、雑誌フォーブスは「自力でビリオネアになった史上最年少の女性起業家」ともてはやした。ホワイトハウス、米商務省などが協力して国際的起業を支援する機構メンバーにも選ばれ、オバマや現大統領のバイデン(当時、副大統領)らもエリザベスを絶賛した。

BAD BLOOD翻訳版。何やら説明だらけの表紙となっている

 ことし2月になって、『シリコンバレー最大の捏造スキャンダル全真相 BAD BLOOD』(集英社)という邦題で日本語版が出版された。2006年11月の革新的な血液検査装置をスイスの製薬会社への売り込んだ成功の瞬間から2018年3月の証券取引委員会(SEC)の詐欺罪提訴までが詳しく描かれている。第1章「意義ある人生」から第18章「ヒポクラテスの誓い」まで、セラノスの不正に満ちた内部で何が起きているかを追っている。第19章「特ダネ」から第24章「裸の女王様」までの後半4分の1で、WSJのジョン・カレイロウー記者とセラノスとの対決が描かれる。米国弁護士の役割や秘匿特権などだけでなく、とにかく、登場人物が多く、仕事、家族や友人などの関係も複雑多岐にわたり、カタカナの分かりにくい名前ばかりだから、人間関係を理解するだけでも日本人にはひと苦労かもしれない。WSJへ通報したジョージ・シュルツの孫タイラー・シュルツは弁護士費用を40万ドルも支払った。社会正義遂行のために破産する可能性さえあったのだ。日本とは全く違うのである。

 静岡経済新聞は2018年10月28日付「取材ノート エリザベス・ホームズの正体を暴いたのは?」で一度、紹介しているので、こちらを読んでほしい。

GAFAMも大風呂敷のスタートアップだった

 なぜ、リニアが日本には必要なのか?その理由は、日本には「セラノス」が誕生しないからである。

 GAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)など、現在、世界を支配するIT企業も最初はスタートアップだった。Fake it, until you make it!(そうなるまでは、そうであるふりをしろ)。1980年代につくられた造語、Vapor-ware(ベイパーウエア)とは、制作中と発表しながら、なかなか実用にならないソフトウエアやハードウエアを指す。つまり前宣伝だけは華々しいが何年たっても実現しない霞や幻のようなソフトウエアやハードウエアで、大風呂敷を広げるだけ広げてあとは成り行き任せにするIT業界の傾向を指す。

 マイクロソフト、アップル、オラクルもかつてはそんな大風呂敷を広げた。シリコンバレーのテクノロジー業界では大風呂敷はお家芸であり、資金調達の手段として許容されているという。

 GAFAMに追い付こうとするスタートアップの一つがセラノスだった。スタンフォード大学教授のロバートソンはエリザベスに対して「第二のビル・ゲイツかスティーヴ・ジョブスの瞳をのぞき込んでいることに、わたしは気づき始めた」と言っている。エリザベスをはじめ、多くの若者たちがシリコンバレーを中心に数多くいて、大風呂敷を広げているのだ。

 同書は、『2013年の秋までには、シリコンバレーの生態系に凄まじい勢いで資金が流れ込み、ここから生み出された新種のスタートアップを表わす造語「ユニコーン」ができた。ユニコーンとは、評価額が10億ドルを超える巨大スタートアップを指す言葉だ』とあり、当時、その数は100社を超えたのだ。

 ユニコーンの代表格が、配車アプリのウーバーであり、当時35億ドルの評価額で3億6100万ドルを調達した。音楽配信サービスのスポティファイは40億ドルの評価額をもとに2億5000万ドルを調達していた。セラノスはこれらのスタートアップの評価額を一足飛びに追い越し、60億ドルと評価され、その差を広げていた。2014年には評価額90億ドルに達し、エリザベスの個人資産は50億ドルに膨れ上がった。とにかく、大風呂敷を広げることで資金を集めまくるのがスタートアップということだ。

 大風呂敷を広げたままのセラノスが許されなかったのは、その製品が単なるソフトウエアではなく、人々の血液を一滴で分析、検査する医療器具だったからだ。医師は臨床検査の結果に基づいて治療方針を決める。臨床検査室の機能がちゃんと果たされていなければ、誤診を招き、多くの患者の死を招く恐れがあった。多くの人の生命を危険にさらすと承知して、エリザベスは自社技術がすでに完成しているように嘘をつき、大風呂敷をさらに広げようとした。

 著者のジョン・カレイロウーはエリザベスを「稀代の売り込み屋(大風呂敷に酔う者)」と呼んでいる。工学用語も検査室用語も難なく自在に操り、新生児治療室の赤ちゃんが採血されずに済みますように涙ながらに訴えかけることで信頼を勝ち取り、あっという間に人々に魔法を掛けてしまう。

 ちょうど、セラノスが事件化され、WSJで大きく報道されていた2018年4月から7月までアメリカの各地(ニューヨーク、シアトル、サンフランシスコなど)を回った。そこで実感したことの一つが、ウーバー(配車プラットフォーム)がなければ、アメリカでは生活できないことだった。GPSがなければ、自分自身の立っている場所がどこか分からないのだ。ホテルだけでなく、エアビーアンドビー(民泊プラットフォーム)も使った。ホストファミリーはアレクサ(アマゾンの音声サービス)を使い、スマホがなければ、生活ができないのだ。アメリカではスマホがなければ旅行(生活)できないから、わたしもスマホの契約をした。

 日本に帰国して、すぐにスマホを解約して、ガラケイに戻した。便利で親切な国、日本ではスマホの必要性がないと実感したからである。PCがあれば、スマホがなくても何の不便もない。政府がこぞって高齢者らにスマホを持つように呼び掛けるが、必要性が薄いのだから、契約してもスマホの機能を使いこなせない高齢者が多い。スマホに道案内を頼むよりも、誰かに聞いたほうがずっと楽しい。アメリカと違い、日本はそういう国であり、公共交通、タクシーなど整備され、ウーバーを必要としない。(※法的にも縛られている)

 日本の個人生活で、ITのお世話になることは最小限で済む。そんな国で、シリコンバレーのスタートアップが生まれる可能性は非常に小さい。

 セラノスも日本のような国民皆保険の国では必要ない。つまり、成長分野が望めるIT産業は日本ではなかなか誕生できない。

リニアをインバウンドに生かすために

 一体、日本の成長産業分野で何が残っているのか?コロナ禍が終息すれば、インバウンド需要が再び伸びて、観光産業がけん引していかなければ、他に目ぼしい産業はないだろう。4000万人以上のインバウンドに期待するしかない。

 トヨタが30年後にいまのままであるのかどうかわからない。もしかしたら、潰れているかもしれない。トヨタは水素自動車に賭けているが、シリコンバレーを含めて世界では電気自動車にすべてターゲットを合わせている。エジソンのつくったGEやワトソン・シニアがつくったIBMがそうだったように、アップルもグーグルも現在の形を変えているだろう。

 日本は中国と違い、GAFAMにすべてを頼っている。このプラットフォーム分野ではすべてアメリカの専売特許に任せている。だから、日本を売るしかないのだ。青函トンネル、本州四国連絡橋、東京湾横断道路などムダな公共事業かもしれないが、日本でしか体験できない。リニアも全く同じである。南アルプスの地下約4百㍍を貫通するリニアは日本に来なければ体験できない装置となるだろう。

 約80年前、太平洋戦争で230万人の戦死者と80万人の一般市民が亡くなった。日本全土が焼土と化した。敗戦後、日本の復興が始まった。高度成長期が続いたが、バブル崩壊後、長い停滞期が続き、2011年の東日本大震災で約2万人の人命が失われると、また、日本の復興が始まった。日本人は不幸と幸福の狭間の中で生きている。コロナ禍という不幸が終えたあと、日本の復興にリニアはどうしても必要となるだろう。それが予測できるだけに、いまの若い人たちの未来にリニアは必要となると断言できる。

 リニアについては、さらに詳しく書く機会があるだろうから、そのときに詳述する。今回、「BAD BLOOD」という優れたドキュメンタリーでシリコンバレーの現実を垣間見たことで、いまの日本に何が必要なのかをリニアに結び付けて、簡単に紹介した。

 月刊WiLL7月号(ワック)が『リニアの夢を砕く 川勝平太静岡県知事はズブズブ親中派』(白川司)という論文を掲載していた。”ズブズブ親中派”かどうかの証拠には欠けるようだが、川勝氏が反「リニア」であることは間違いない。6月20日投開票の知事選では川勝氏が圧倒的に有利であり、工事凍結どころか、リニアはこのまま宙に浮いてしまう可能性さえある。本当にそれでいいのか、有権者が判断する。

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