リニア騒動の真相88「責任者出てこい!」

川勝圧勝は”自民党がだらしないから”

 当初の予想通り、川勝平太氏が自民党推薦候補に約33万票の大差をつけて当選、川勝県政の4期目は5日、スタートする。

 6月30日に始まった県議会6月定例会で川勝氏は「(リニア問題を議論する国の有識者会議が下流域へ工事の影響がほぼないとする中間報告を出す見通しについて)JR東海が約束した湧水の全量戻しを守らないでトンネルを掘削することになる。到底納得できない」などこれまでと同じ姿勢を崩さない。「コロナ禍の中、従来の国土づくりの発想は見直されている。リニアの進め方についても一度、立ち止まって見直すべきときだ」。当選によって、今後、4年間リニア工事”凍結”となる見通しが非常に強くなった。それどころから、95万票余の民意を背景にリニア計画全体の見直しを迫っているのだ。

 今回の知事選がリニアの運命を決めることくらい、国、JR東海は先刻、承知していた。ただ、こんな大差での川勝圧勝を予想もしなかったのだろう。一体全体、川勝氏がこれほどまでに選挙に強い理由はどこにあるのか?

 そんな疑問に答えてくれる「コラム」が知事選のはるか前、ことし3月30日付静岡新聞に掲載されていた。

3月30日付静岡新聞から

 『「座長は御用学者にちかい」「(JR東海と有識者会議、鉄道局は)臭い関係。腐臭を放っている」。川勝平太知事は(3月)23日の記者会見で、県内のリニア工事を巡り、強い言葉でJR東海や国土交通省を批判した。

 あえて刺激的な言葉を発して論争を巻き起こし、事態の転換を図るのは川勝知事の政治手法。悲しいことに、長く取材するうち、こちらも少々の発言では驚かない耐性ができてしまっている。ともあれ、よくまあ、物騒な言葉が次から次へと出てくるものだ。

 舌禍を繰り返しながらも、選挙で圧勝を重ねて3期12年。「なぜ川勝知事は選挙に強いのか」とよく聞かれる。正直、よく分からない。自民党がだらしないから、と答えることにしている。(政治部・宮嶋尚顕)』

 まさに今回、川勝氏が圧勝した理由は、静岡新聞の政治部記者コラムの通りだろう。『自民党がだらしがないから』と、炯(けい)眼の記者は鋭く指摘した。知事選の2カ月以上前、自民党はそこまで貶(おとし)められた。なぜ、奮起できなかったのか?

自民党に具体的な「公約」がなかった

 川勝氏はこれまでの3回の選挙をどう戦ったのか?

 2009年7月に行われた知事選は、自民推薦の石川嘉延知事の後継を決める選挙だった。当時、石川氏は68歳で5期目出馬に意欲的だった。ところが、静岡空港の立木問題で政治責任を問われ、任期を待たずに辞職した。後継候補として石川県政で副知事を務め、三島市出身、元中央官僚の坂本由紀子氏が立候補した。自民、公明の推薦を得ただけでなく、地元出身のエリートで、初の女性知事への期待などから、坂本氏が優勢だと見られた。

 一方、川勝氏は民主、社民、国民新の推薦を得て、”民主旋風”の追い風に乗っていた。保守王国とされる静岡県でも自民への逆風が強かった。また、川勝氏の天性の雄弁家ぶりは県内各地で大きな評価を得た。1万5千票余の僅差ながら、川勝氏は激しい選挙戦を制した。戦いらしい戦いはその1期目の選挙だけだった。

 2期目は問題にならなかった。64歳の川勝知事の対抗馬は、57歳で元電通マンの広瀬一郎氏。何と75万票もの大差がついた。自民県連が広瀬氏の推薦を求めたが、党本部は難色を示し、すったもんだの末、結局、「支持」にとどまった。自民は最後まで一枚岩とならず、選挙戦の大差につながった。自民というメッキがはがされ、烏合(うごう)の衆であることがはっきりとした。強い指導力を発揮できる議員が県内にはいないことがわかった。

 3期目も、最後まで、自民は候補擁立でもめ、結局、自民候補を断念した。そんな騒ぎを横目にオリンピック柔道銀メダリスト溝口紀子氏が出馬、自民静岡市支部などいくつかの支部の推薦を得た。徒手空拳ながら、静岡市などでは川勝氏に迫る勢いを見せて、溝口氏は健闘した。

 さあ、3期までの知事選を振り返って、自民党のだらしなさを静岡新聞記者は指摘した。どうすれば勝てるのかの示唆もしていた。つまり、十分に準備を重ねて、川勝氏に勝てる候補を出せばよかったのだ。

 ところが、4期目の今回は自民候補不在の3期目よりもひどい結果となってしまった。前参院議員で、国交副大臣を務めた岩井茂樹氏が出馬を決めたのは投票日の約2カ月前、そこから、自民党推薦を得るまで党内部でごたごたが続いた。

 勝てる候補としての魅力に乏しい岩井氏の出遅れとともに、選挙戦中に何度も書いた通り、自民党は有権者を引きつける具体的な選挙戦略をひとつも打ち出せなかった。ただ、世代交代を訴え、抽象的なお題目を唱えるだけで、リニアからも逃げた岩井氏を推す有権者は少なかった。消去法から、おのずと川勝氏しかいなかったのだ。

 自民党は当選ラインを75万票に設定したが、岩井氏の得票数は目標に10万票以上も届かなかった。得票数から見てもこの惨敗は、”自民党がだらしない”結果でしかなかった。

 惨敗の理由がだらしない自民党ならば、誰かが責任を取らなければならない。いまのところ、自民県連は誰も責任を取っていない。と言うよりも、曖昧な言い訳をするだけで、うやむやに済ませようとしている。これでは惨敗を重ねるのはやむを得ないだろう。

 「この惨敗の責任者は一体、誰なのか?」。そんな声が聞こえてくる。

川勝5期目に自民は対抗できるか?

 惨敗の責任を明確にした上で、自民党は4年後を見据えて、いまから「闘い」を始めなければ、5期目選挙でも川勝氏に勝てないだろう。そのために、いま、一体、何をすべきか?

 川勝氏は2014年春、JR東海の環境影響評価書について「トンネル湧水の全量戻し」を知事意見に記している。ただ、この「トンネル湧水の全量戻し」は、毎秒2㎥減少に対して、JR東海は1・3㎥を戻し、必要に応じて0・7㎥は戻す、としたことに「全量戻せ」と主張したことに始まる。つまり、工事終了後の「全量戻し」を指していた。いまや工事期間中の「全量戻し」を求める静岡県に対して、JR東海は作業員の生命の安全を優先して、工事期間中の山梨県外への流出を譲っていない。

 実際に、工事期間中の「全量戻し」が問題になったのは、2019年秋になってからである。ところが、川勝氏の「全量戻し」を県民は信じ込まされている。自民党はまず、リニア問題について正確な情報と知識を得るべきである。その上で、川勝氏との討論を行わなければ、川勝氏の主張に屈し、岩井氏のようにリニア問題から逃げるしかなくなってしまう。

 さて、リニア問題を通じて、過去の記録を見ているとさまざまなことが明らかになる。

 3期目の当選直後に開会した県議会6月定例会で、川勝氏はリニア問題について一切、触れていなかった。川勝氏がリニア問題を俎上に載せたのは、2017年秋頃である。リニア問題の先に、4期目の知事選をにらんでいたことは確かだ。そして、その時々に、リニア、リニアを連呼しながら、大きく発言を変えるとともに、『刺激的な言葉を発して論争を巻き起こし、事態の転換を図る政治手法』が発揮されたのだ。

 6月22日の定例会見で「選挙期間中に何回か、この4期目が最後で後進に道を譲ると言ったが?」と問われと、川勝氏は「最初のときから1期4年でやる、と言った。2期目のときは、前編と後編、3期目のときはホップ、ステップ、ジャンプで、ジャンプした後は海に落ちるしかなかった。4期目は起承転結である。現在も新陳代謝を望んでいる」と曖昧に答えた。つまり、4年先はどうなるか分からないという意味である。

 4年後には76歳となるが、静岡県の人生区分では「壮年熟期」であり、「経験を積み、さまざまなことに挑戦し、社会で元気に活躍する世代(働き盛り世代)」としているから、目ぼしい後進が見当たらなければ、5期目に挑むことを意味する。(あるいは川勝指名の後継候補)。

 自民党が5期目を阻止したいならば、いま、まず今回の選挙の総括を行い、惨敗の責任を問うべきである。曖昧にしたまま、4年間が過ぎてしまったから、今回の結果を生んだと言える。4年後も、同じ轍を踏むことになるだろう。

「話さなければ、らちが明かない」最高責任者

 「最高責任者に出てきてほしい」。川勝氏は22日の定例会見の席で、その胸のうちを明かした。

 こちらは自民党ではなく、JR東海への呼び掛けだ。『リニア問題について、JR東海の意思決定者は誰か、通常は社長だが、本当はJR東海創設の立て役者である葛西敬之名誉会長である』とまず、川勝氏は葛西氏を名指しにした。リニア工事の責任者である宇野護JR東海副社長から、『葛西さんがリニアを進めていると聞いている』として、『その方(葛西氏)と話さなければ、らちが明かない』と対談を求める宣言をしたのだ。

 『JR東海の場合には、明確に(最高責任者は金子慎代表取締役社長ではなく、取締役からも外れた名誉会長の)葛西さんであることを確信している』などと述べた。つまり、最高責任者の葛西氏と対談しなければ、らちが明かないというのだ。

 記者から、「知事から葛西名誉会長と対談を求めるのか」と問われると、川勝氏は『相手(葛西氏)が望まれるならばいつでも』と回答した。これは知事選で圧勝した川勝氏の余裕なのだろう。相手に解決の糸口を示したのである。

 さらに、川勝氏は『葛西さんとは25年以上のつき合いがあり、葛西氏から個人的な厚意を得ていて、”ツーカー”であり、初めて会う方ではない』などと述べた。『葛西さんがJR東海の本当の立て役者であり、国士ふうの立派な見識を持った方、それなりの筋の通った方である』などと葛西氏を立てた上で、メディアを通して、葛西氏との面談を要請した。

 川勝氏の”ラブコール”が葛西氏に伝わったのは間違いないが、葛西氏が応じるのかどうかは不明である。切羽詰まった状況に追い込まれれば、屈辱的と思われても、解決策を求めるだろう。

 「闘い」に勝つためには、最高責任者の戦略が大きな意味を持つ。自民党、JR東海ともいまのところ、最高責任者が出てきていない。『刺激的な言葉を発して論争を巻き起こし、事態の転換を図る川勝知事の政治手法』が分かっているのに、手も足も出ないままでは勝てるはずがない。

 『責任者出てこい!』。そう言う多くの人の声が聞こえる。

※タイトル写真は6月22日の当選後、初めての会見に臨んだ川勝知事

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