リニア騒動の真相87「う回ルート」どこにある?

いまさら「ルート変更」と言えるのか?

 戦い済んで、日が暮れて、勝者が敗者に償いを求めるのは世の習いか。自民党推薦、前参院議員岩井茂樹氏は「国交副大臣を務めたが、リニア推進派ではなく、ルート変更、工事中止も選択肢だ。まず流域住民の理解を得るのは(川勝平太氏と)同じスタンス」などと述べ、立候補予定者公開討論会でリニアの争点外しを図った。そこで「ルート変更」「工事中止」と言ってみせたから、川勝氏も驚きの表情を隠せなかった。内心では、いずれ、落とし前をつけると決め、この発言を胸に刻んだのかもしれない。

 だから、川勝氏が当選後の会見で、「ルート変更」「工事中止」を自民党の認めた”公約”だったと繰り返し、流域住民らの民意が明らかになれば、自民党と連携して、JR東海へ「ルート変更」「工事中止」を求めるという絶対ありえない提案まで口にしたのも想定の範囲だった。そのありえない提案が翌日(23日)の新聞各紙を飾った。メディアは、勝者の川勝発言をそのままに取り上げたのだ。

 「ルート変更」発言は、新聞報道と同じ日に開催されたJR東海の株主総会にひと騒ぎを起こした。リニア工事責任者の宇野護副社長は「ルート変更などありえない」と火消しに追われることになった。

 宇野氏と言えば、ルート選定を前に地元対応に当たった責任者である。いまや静岡県のリニア問題に欠くことのできない重要人物だが、10年以上前、その立場は全く違っていた。

 リニア計画が本格化した1980年代には、長野県へう回する木曽谷ルート(Aルート)と伊那谷ルート(Bルート)のどちらかしか選択肢がなかった。諏訪、茅野、岡谷の3市など6市町村の「諏訪広域連合」地域に長野県駅を設置するBルートが有力となり、89年に長野県知事はBルート誘致を正式に表明した。当時、宇野氏はBルート沿線の地権者らの理解を得るために奔走していた。

宇野社長の姿(向かって右端)が見える。2011年6月6日(諏訪広域連合HPから)

 ところが、2008年になって、突然、静岡県の南アルプスを貫通する直線のCルートが浮上する。2011年5月、JR東海はBルートではなく、Cルートを選択した。6月に入り、Bルートを外した経緯を諏訪広域連合へ説明したのが、宇野氏だった。納得できない長野県民の怒りがいかに大きかったか、諏訪広域連合HPの写真から伝わってくる。宇野氏らJR東海側は、当時の諏訪市長らと向かい合い、神妙な面持ちで頭を下げている。諏訪市長らは「約束が違うじゃないか」などと激しい剣幕で怒りをぶつけた。宇野氏らは「もう決まったことですから」としか言えなかった。

 それから、ちょうど10年がたつ。いまさら、宇野氏が再び、諏訪市を訪れ、「静岡県を説得できなくなったので、Cルートをやめて、Bルートを採用したい」など口が裂けても言えるはずがない。

長野県ではほぼすべて工事契約完了

 CルートはBルートより、どこが優れていたのだろうか?

伊那谷ルートのみが示されたJR東海のパンフレット(諏訪広域連合HPから)

 長野県知事の表明に続いて、東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、愛知、三重、奈良、大阪の沿線9都府県のリニア建設促進期成同盟会は伊那谷ルートのBルートを採択した。諏訪地域では、リニア誘致がほぼ決まりと考え、それから20年近くさまざまなリニア誘致への取り組みを展開した。2006年まではJR東海のパンフレットでもBルートのみが示されていた。

 JR東海は、2008年10月になって、1990年から行ってきた「地形・地質調査」報告を行った。「南アルプスにおける土被り(地表からトンネルまでの深さ)の大きい長大トンネルの施工について、ボーリングなどの調査結果とトンネル専門家による委員会の見解を踏まえ、南アルプスの掘削が可能であると判断した」と公表した。この調査報告を受けて、南アルプスを貫通する直線の「Cルート」が新たに加えられたのだ。

 交通政策審議会は2010年2月、ルート選考の諮問を受けて、委員らの議論に入った。翌年の2011年5月、審議会はCルートを選択、国交相に答申した。

 JR東海の試算によると、CルートはBルートに比べ、東京ー名古屋間で7分短縮され、建設費は6300億円減となった。毎年の維持運営費190億円減、設備更新費100億円減、年間の収入では9千億円増という圧倒的に優位な「費用対効果」が示された。水環境などへのダメージなどでもCルートに軍配を上げた。これだけの材料を示されれば、審議会がCルートを選ばない理由が見当たらない。

 この答申に長野県は裏切られた思いを抱いた。「20年以上リニア応援団としてのこれまでの努力は何だったか」、「時間差はわずか7分ではないか。それほどの差ではない」、「工事費などの積算根拠が分からない」など疑問、不満が渦巻いた。最終的に、”決まったこと”であり、諏訪地域と山梨県駅とのアクセス道路を充実することなどを条件に矛を収めるしかなかった。

 過去にうらみはあっても、いまや遠い昔の話でしかない。

 長野県は、リニア工事の進み具合を概略図で公表している。202104_jigyoushinchoku (1)。ことし4月現在、長野県内52・9㌔のうち、2橋梁、高架橋の3カ所などを除き、すべての工事契約が済んでいる。静岡工区とつながる南アルプス長野工区8・4㌔は、鹿島、飛島、フジタのJVによって、2017年4月からすでに工事に入っている。

 リニア中央新幹線建設促進長野県協議会(会長・長野県知事)は「長野県内の工区では、当初の計画通りに着実に進めていくこと」を決議していて、「長野県がルート変更を求めることはない」。諏訪広域連合事務局を務める諏訪市担当者は「いまさら、こちらからルート変更を求めることはない。この地域の期成同盟会も長野県協議会に参加、現在のルートで2027年開業を求めている」。

 長野県内で、県協議会に参加しないで、過去の経緯を納得できない団体、個人が「ルート変更」を求めているわけでもない。長野県での「う回ルート」議論は、いまさらの声にかき消されるのが落ちである。

「ルート変更」を求めるのは静岡県のみ

 ところが、静岡県では「ルート変更」は選択肢のひとつである。選挙戦での岩井氏の十八番ではなく、川勝氏が何度も口にしてきたからだ。昨年7月、国交省の藤田耕三事務次官(当時)が静岡県庁を訪れた際、準備工事を認めないついでに、川勝氏はあえて「ルート変更」を話題にした。

 鈴木敏夫・川根本町長が「流域市町でもルート変更を1つの案としてはどうかとの意見もある」と発言したことや県議会くらし・環境委員会で自民所属の杉山盛雄県議が「これだけもめるのならばルート変更したらどうか」などと発言したことを川勝氏が紹介したのだ。

 藤田次官はCルート決定までの長い議論を踏まえ、ルート変更は問題外であることを説明した。その後の記者会見でも語気強く、ルート変更を否定した。つまり、国交省にとっても「いまさら」、ルート変更に手を付けることはできないのだ。

 当選後の22日の記者会見で、「ルート変更」「工事中止」を問われた川勝氏は「昨年11月号の中央公論に書いたものがわたしの考えです」と回答した。

 中央公論には「う回ルート」について、リニア車両基地を予定する中津川(岐阜県)の北に松本空港(長野県)があり、そこまでリニアを延伸すれば空港と連結できる。日本には新幹線と空港とを連結させているところはどこにもない、松本空港はリニアと連結できる唯一の候補地などとしている。つまり、A、Bルートではなく、さらに北まで延伸させる「松本空港ルート」が川勝氏の独自ルート案である。

 こうなると、最初からリニア計画は練り直さなければならない。つまり、川勝ルート変更案は「白紙にしろ」と言っているに等しい。

静岡県内通過のDルートならば問題解決だ!

 川勝氏の松本空港ルート案を、長野県が求めているわけではないから、実現の可能性はほぼゼロに等しい。静岡県内だけが「ルート変更」を求めているとしたら、他県に迷惑の掛からない「う回ルート」を提案しなければならない。

 そこで登場するのが、「Dルート」である(タイトル写真に掲げた地図の緑色で線を引いたルート)。山梨県駅から南下して、静岡県に入り、新東名付近の内陸部を通過、長野、岐阜の両県を飛ばして、愛知県を通過、名古屋に至るルートである。静岡県駅は、静岡市北部あるいは川根本町に設置されれば、最難関工事とされる南アルプスの断層地帯を貫通することもなくなる。

 当然、大井川は鉄橋で越えるから、下流域の水環境に影響を及ぼすこともない。南アルプスエコパークを通過しないのだから、現在、国の有識者会議、県の専門部会で議論している環境問題すべてが関係なくなる。

 新東名のインターに近ければ、新たなアクセスポイントになり、また、南海トラフ地震の影響も非常に少なく、新幹線のバイパス機能を果たすことは間違いないなどすべてに都合のよいルートとなる。

 長野県が「ルート変更」を求めていないのだから、鈴木川根本町長が「流域市町でもルート変更が1つの案」とした発言との整合性もつく。Dルートならば、大井川流域の水環境問題に全く影響もなく、地域振興も図れる。当然、流域10市町はこぞって大賛成だろう。これで流域市町はまとまるだろう。ただ、静岡県にとって、大いにハッピーであっても、これまでリニアの現計画を進めてきた長野県、岐阜県の人たちは怒り心頭となることも間違いない。(※長野、岐阜両県の反リニアの人たちは大喜びかもしれない)

 また、もし、万が一、Dルートが採用されたとしても、リニア開業は大幅に遅れることは間違いない。コロナ禍の中で、テレワークの推進、国内出張の抑制、国内観光旅行者の減少、インバウンド(訪日旅行客)の消失などで新幹線需要がますます失われている。時間がたてばたつほど、すべての事情が変わり、リニア計画は時代の変化や要請に追いつけなくなる可能性が高い。

 事業の継続が損失の拡大につながると気づいても、過去の労力や投資、時間を惜しんで立ち止まれない状態をイギリスとフランスが共同開発して失敗した超音速ジェット旅客機にちなんで「コンコルド効果」と呼んでいる。JR東海は現行の建設費5・5兆円に、1・5兆円の追加を発表した。リニア静岡問題が長引けば、新たな損失拡大を生むだろう。

 現実を踏まえれば、「ルート変更」ではなく、「工事計画の中止」を求める声がさらに大きくなりそうだ。

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