リニア騒動の真相89静岡新聞1面記事の”誤報”

リニア専門家の見解を1面トップ記事にした静岡新聞

 静岡新聞は9日の夕刊で、リニア問題を議論する静岡県中央新幹線環境保全連絡会議地質構造・水資源専門部会の塩坂邦雄委員(株式会社サイエンス技師長)が発表した熱海の大規模土石流の起点地域で大崩壊に至ったメカニズムを伝えた。記事では「逢初(あいぞめ)川上流部の盛り土について、付近に造成された道路から雨水が断続的に流れ込み、大量の水を含んで崩壊に至った可能性がある」ことが塩坂氏の調査で明らかとなり、「人為的な流域変更で、盛り土周辺に向けて雨水が集まる面積は約6倍に広がっていたとみられる」と塩坂氏の新見解を前文で伝えた。

 本文では、塩坂氏が4、6日に現地調査を行い、開発行為によって、人為的な盛り土があった約4万㎡の集水域だけでなく、雨量が一定以上になった際は盛り土のあった北側の尾根を越えた斜面約21万㎡も集水域であることを確認したという。合計約25万㎡もの集水域から大量の水が盛り土付近に流入したため、大規模な土石流を起こしたのだという。

 『塩坂氏は「本来の集水面積から、これほどの大災害になるのか疑問があった」とした上で、「結果的に分水嶺を超えて造成が行われており、人為的な河川争奪(河川の流域の一部分を別の川が奪うこと)が起こった。あってはならないことだ」と述べた。』という塩坂談話を掲載した。

 通常、メディアが専門家の新見解などを記事にする場合、専門分野の権威者の評価を求める。この記事では『今回の土石流をめぐっては複数の専門家が「盛り土を含めた周辺の開発行為に伴う複合的要因で引き起こされた」と推定している』とあるだけで、塩坂氏の見解に対する、権威者の評価などを求めていない。少なくとも、国、県など現在、調査を行っている行政機関のコメントを求めるのだが、それも一切なかった。

7月9日付静岡新聞夕刊1面

 「熱海土石流 道路影響 集水面積6倍か 雨水、分水嶺を超え盛り土に 地質学者・塩坂氏が見解」の見出し、増えた集水域を含めた土砂崩壊の起点となった周辺の大きな写真とともに、塩坂氏の顔写真も掲載されていた。また、塩坂氏の見解を分かりやすく示した大きな図が付いていた。権威者や国、県などのコメントを求めず、静岡新聞記者は塩坂氏の調査を全面的に信頼したから、夕刊1面の大きなトップ記事としたのだろう。他の新聞は報道していないから、静岡新聞の特ダネだと思った読者が多いだろう。

 しかし、その日のうちに特ダネ記事の評価は地に落ちる。

難波副知事が静岡新聞”誤報”を指摘した

 難波喬司副知事は9日夕方の会見の席で、この記事を厳しく批判したのだ。

 難波氏は「ある新聞(静岡新聞)を見て、驚愕した。不確定な情報で危険性を指摘するのは非常に不適切だ」など厳しい口調で、塩坂氏の新見解を問題にした上で、「流域面積に6倍もの水が入っているのは、はっきりと申し上げるが、誤りである」と強い口調で否定した。

 つまり、塩坂見解は間違いであり、それを伝えた静岡新聞記事の”誤報”を難波副知事が明らかにしたのだ。難波氏が指摘したあと、原稿を書いた記者が何らかの疑問を投げ掛け、塩坂氏の正当性を訴えることはなかった。

 難波氏の会見は、9日午後5時45分から始まり、「崩落のメカニズムがほぼ分かった」として、崩落の起点となった盛り土付近の状況、すぐ近くにある太陽光発電施設が今回の土石流に関係ないこと、また同施設が何らかの影響を与えないことなどを説明していった。約1時間20分の詳しい説明が続いたあと、静岡新聞夕刊に掲載された塩坂氏の見解を厳しく批判した。

 「わたしはそこ(約4万㎡の集水域となる崩落の起点など)に行って、(現地の状況から)水がどう流れているのかを確認した。6倍とか7倍とかの流域面積の水がここに集まっているとは思わない。2倍の水が集まっているとも思わない。排水が適切でなくて(同所に)来ている量は、せいぜい1割を超えることはない。6倍の面積の水がここに来ているのではなく、1・1倍の水が来ている可能性はある」

 「もし、6倍の水が来ているとしたら、令和元年の台風(約300ミリの雨量があった)でここは崩壊していた。令和3年の雨(7月1日から3日までで約500ミリの雨量)で壊れたのは、その雨量に耐えられなかったからだ。(だから)よそから来ている水はほとんどない。(約500ミリの雨量で)盛り土付近(約4万㎡)の総雨量を計算すると2万㎥となるが、6倍の水を集めたら、(総雨量は)12万㎥となる。そんな水がここに入っていたら、ここが保(も)つはずがない。もし、そうであるならば、崩壊する前に大水害となっている。6倍もの水が入っているのは、はっきり申し上げるが、誤りである」

 「(数日前)塩坂氏からこの辺り(盛り土付近より上流域)の水が入っているという話があった。『そうですか、それは大変ですね。その状況が確認できたら、わたしに教えてください』と申し上げた。それは、我々は(捜索活動などに対する)ここの安全性に対して責任を持っているからだ。我々、県に説明することなく、ここに6倍の水が入っている話を記者にするなんて非常に不適切だと、はっきりと申し上げたい」

 「調査をしてもらうのは大いに結構だが、不確定な情報で危険性を指摘するのは、不適切だ」

 難波氏から丁寧な説明を聞いた記者たちは、静岡新聞の”誤報”をはっきりと認識したのだろう。会見では、記者たちはいくつかの質問をしたが、塩坂氏の見解や静岡新聞記事については、原稿を書いた静岡新聞記者を含めて誰ひとり確認の質問さえしなかった。

静岡新聞はメディアの責任を果たしたか?

 難波氏の説明、質疑応答が2時間半近くに及んだあと、最後に産経新聞記者が「仮定」に基づいた「推定」なのか「断定」なのか曖昧な部分があることをただした。「先ほど、昼間の専門家(塩坂氏)の話を基にした記事の件があったが、我々の記事がミスリードすることにならないように」と釘を刺した。

 「ミスリード」とは、新聞では、見出しと記事の内容が著しく異なっていることを指すが、産経記者は、「専門家の間違った説明で記者が誤った方向に読者を導くこと」で使っている。つまり、記者がそのまま言われた通りに記事を書いても、結果的に”誤報”にならないよう”事実”のみをしゃべってほしい、と要望したかったようだ。

 新聞記者の仕事は、相手の話を疑うことだから、さまざまな確認を行う。さらに、新聞社には記者の原稿をチェックするデスク(役職)などを置いているが、その能力には自ずと限界がある。

 ただ、今回のように記事の真偽を明らかにして、”誤報”との指摘を真摯に受け止めるならば、静岡新聞社はメディアとしての責任を果たすために、ちゃんと対応しなければならない。

 ところが、翌日の10日付静岡新聞朝刊を見て、愕然とした。”誤報”を伝えた9日付夕刊紙面については「土砂成分分析 原因究明へ 県、行政手続きも調査」という見出しをつけた地味な記事の中で、小さく扱ったに過ぎなかったからだ。

 記事では、難波会見の内容などに触れたあと、塩坂氏の新見解を否定したことを伝えた。

 『また、地質専門家の塩坂邦雄氏が主張する、逢初川と別の流域から雨水が流れ込んで盛り土上流側の集水面積が約6倍になったとする可能性について(難波副知事が)「6倍の水が流れるような状況ではない」と指摘。「不確定な情報で不安をあおっている」と批判した。』と、前日の夕刊1面トップの特ダネ記事とは全く関係ない他人事の扱いだ。夕刊記事の訂正がどこにも載っていないから、たった12行のベタ記事で訂正に替えたのかもしれない。

 前日の夕刊1面記事を読んだ人がこの記事を読んでも、何が何だか分からないだろう。静岡新聞社はメディアの責任を果たしたと言えない。

毎日新聞記者は居眠りしていたのか?

7月10日付毎日新聞地方版

 ところが、10日付毎日新聞朝刊を開いて、静岡新聞の件はぶっ飛んでしまった。目を疑ったが、地方版トップ記事に塩坂氏の発表がそのままに掲載されていたのだ。他紙の記者たちも塩坂氏の会見を取材したはずだが、当然、各紙は1行も触れていない。難波氏の厳しい批判を聞いていたからだろう。だから、一番、びっくり仰天したのは難波氏本人だったかもしれない。

 静岡新聞夕刊が”誤報”であることは、難波氏の会見を聞いた記者は理解できる。だから、塩坂氏の”ミスリード”を各紙の記者たちは十分承知していた。ただ、難波氏の指摘を知らなければ、デスクや編集委員が何人いても、黙って原稿を通してしまう。いまでも、毎日新聞社内では、塩坂氏を巡る記事が問題になっていないだろう。

 『熱海土石流 造成で尾根削られ 盛り土側に雨水流入 地質学者「人災だ」』という見出しに、記者会見のために作成した現地のパネルを説明する塩坂氏の大きな写真が使われていた。「小さな流域(4万平方㍍)で、なぜ土砂が滑り落ちたのかと思った。4万平方㍍に降った雨で滑り落ちるわけがない」と塩坂氏の談話を紹介した上で、「逢初川の集水域よりさらに北部にある、鳴沢川の集水域約20万平方㍍に降った雨も、盛り土側に流れ込んだと分析している」など静岡新聞夕刊”誤報”とほぼ同じ内容の記事が掲載された。

 ひとつ大きく違うのは、毎日新聞は、塩坂氏の『人災だ』という主張に重きを置いたことだ。川勝平太知事はいまのところは、「天災」との見方をしている。前日の会見で、難波氏は「天候要因に人的要因が加わって大災害が起きてしまった」との見解を示した。ところが、毎日新聞は「人災だ」という塩坂氏の主張をそのままに掲載、読者はこれで「人災」がはっきりとしたという思いを強くするだろう。ただし、「人災」主張の根拠が間違いならば、これも虚偽となってしまう。

 原稿を書いた毎日新聞記者は、前日夕方、難波氏の2時間半にも及ぶ会見を取材していた。難波氏から、塩坂氏への批判や静岡新聞”誤報”を聞いていたはずである。それとも、ちょうど、静岡新聞”誤報”を説明した時間に、居眠りでもしていたのか?

 ただ、居眠りであれば、それでも罪は軽いかもしれない。もし、難波氏の指摘等を十分、承知した上で、塩坂氏の発表を記事にしたとしたら、これこそ”人災”である。毎日新聞記者は、塩坂見解を信用して、難波批判を退けたことになり、その理由をちゃんと説明しなければならない。もし、それができないならば、”記者失格”である。

 なぜ、今回の「熱海土石流災害」の記事が「リニア騒動の真相」かと言えば、静岡新聞、毎日新聞の記者は、リニア問題の担当記者でもあるからだ。リニアの議論でも、塩坂氏のいい加減な”飛ばし”をそのまま記事にしている。これまでは県にとって、そのほうが都合がよかったのだろう。

 塩坂氏が馬脚を露したことで、難波氏が面と向かって批判する側に回った。「熱海土石流災害」をきっかけに、さまざまな面でリニア問題の議論が大きく変わるかもしれない。

 ※タイトル写真は9日付静岡新聞夕刊トップ記事から

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