リニア騒動の真相65「御用新聞」では生き残れない

「完全な御用新聞」と批判した週刊ダイヤモンド

 国交省の第7回有識者会議が8日開かれた。座長コメントは「想定されている湧水量であれば、トンネル掘削完了後にトンネル湧水量の全量を大井川に戻すことが可能な計画となっていることを有識者会議として確認した」などの結論が出された。JR東海はトンネル掘削によって、大井川流量2㎥/秒が減少すると予測、工事後は導水路トンネルを設置して、ポンプアップなどを併用してトンネル湧水量の全量を大井川に戻す措置を立てた。この計画を有識者会議が支持したわけだ。

 今後は、トンネル工事中について、川勝平太静岡県知事の「”命の水”は一滴たりとも県外流出は許可できない」発言に対する議論が行われることになる。これまでの県専門部会の議論で、JR東海は、先進坑が開通するまで、工事中の作業員らの安全上、山梨県側に10カ月間0・08㎥/秒、長野県側に7カ月間0・004㎥/秒の流出があることを明らかにしている。第8回有識者会議からは「湧水の県外流出」が議論の俎上に載せられる。

 これまでの有識者会議の議論で「中下流域の地下水への影響等はほとんどない」とする結論が得られ、問題解決へ一歩前進した。今後、知事の「水一滴でも流出は許可できない」発言に対しては、委員らがどのような意見を持つのか?果たして、JR東海が知事発言に対応した対策を打ち出すのか?大きな注目が集まる。

 有識者会議の議論は順調に進んでいるが、その議論とは別にさまざまな”場外乱闘”が繰り広げられている。県と共闘して”場外乱闘”のタネをつくってきた静岡新聞だが、今回の有識者会議でも問題のタネをまいた。

 会議後の記者会見で、静岡新聞記者が江口秀二審議官に最初に投げ掛けた質問はまさに”場外乱闘”のタネだった。11月27日に第9回県リニア環境保全連絡会議が開かれ、その席で塩坂邦雄委員(株式会社サイエンス技師長)がJR東海の資料に「大変な矛盾点、欠陥があった」と指摘した。静岡新聞記者は「静岡県が送った(塩坂氏指摘を含む)意見書にどのように答えるのか」と尋ねたのだ。

 県が国交省に「意見書」を送ったことを静岡新聞記者の質問で初めて知らされた。リニアに関係する資料はすべて公開すると、県は主張してきたから、わたしが静岡県HPを見落としただけだったのかもしれないと最初は思った。

 すぐに、静岡県HPを何度も探したが、そのような「意見書」を見つけることができなかった。県の環境保全連絡会議後、森下祐一県地質構造・水資源専門部会長の囲み取材で、塩坂氏の意見について、県専門部会で問題にして議論するのかを尋ねた。さらに、県リニア担当理事にも同じ質問を投げ掛けた。

 それなのに、県担当者は静岡新聞記者だけに、県の作成した「意見書」を渡し、国交省へ送付したことを伝えたのだ。わたしを含めて誰も、その「意見書」を読んでないから、静岡新聞記者が何を言いたいのかさっぱりわからなかった。あまりにも不公平である。

 「これでは、県の言い分を垂れ流す完全な御用新聞ですよ」(週刊ダイヤモンド2020年10月10日)。先日、リニア問題にからんだ静岡新聞を批判した記事が掲載された特集(「ジャーナリズムとは程遠い?地方紙”トンデモ”列伝」)を教えてもらったばかりだった。まさに、ダイヤモンドの記事の通りだった。

 静岡県の「御用新聞」記者が、県の主張をそのままに質問したのだ!川勝知事は記者会見等で、この「御用新聞」記者を特別扱いするのは周知の事実である。県政記者クラブで問題にしないのは不思議で仕方ないが、今回のような”特別扱い”が許されるものではない。

新聞発行以外の分野に乗り出す静岡新聞

 この記者による、9月10日付静岡新聞1面トップ記事『大井川直下「大量湧水の懸念」 JR非公表資料に明記 想定超える県外流出』についての問題点を何度も批判した。東洋経済オンラインの10月2日『静岡リニア「JR非公表資料」リークしたのは誰だ』、11月5日『JR東海と県の対立をあおる「静岡新聞」への疑問』、「リニア騒動の真相」連載では10月2日『県と新聞社マッチポンプ?』、10月11日『新聞記事にご注意を!』などで詳しく報じている。

 県リニア環境保全連絡会議の翌日、11月28日付静岡新聞は『大量湧水止める工法限界 県有識者会議指摘 支流直下 掘削時 区割り影響、水量減も』という大きな見出しで、塩坂氏が「大変な矛盾点、欠陥があった」と指摘した意見をそのまま記事にしている。まさに「御用新聞」の本領発揮と言ったところか。この記事を受けて、県は「意見書」を作成、国交省に送ったことになる。

 塩坂氏の意見等についての反証は、11月29日『リニア騒動の真相64JR東海批判の「無責任報道」』として報じた。また、静岡新聞については『政治部記者として、流域住民の不安を煽ることだけが記事の目的なのだろうか。いくら紙幅の制限があるとしても、事実を正確に読者に伝えようとする科学記者の視点に欠ける。24日の記事内容も塩坂氏の指摘だろうが、どういうわけか、記事に塩坂氏の名前は登場していない。(素人の)政治部記者の視点だけで記事が構成されている。静岡新聞では、科学的な議論についてのチェック機能が全く働いていないようだ』と書いた。最近の静岡新聞の質の低下を多くの読者らが指摘している。

 12月2日付静岡新聞経済面に『新事業創出・育成へ 「未来創造工房」新設』の3段見出し記事を見つけた。「来年1月1日、静岡新聞社・静岡放送は新聞発行や番組製作など従来のメディア事業と異なる分野で新しい事業に挑戦し、育成する専門部署フューチャー・クリエーション・スタジオ(未来創造工房)を新設する」とあり、すぐ下に2人の社員が同部署に異動することになっていた。やはり、静岡新聞自体が危機感を抱いているのだ。

 新聞でも放送でもない、新たな分野とは?一体、何をするのか?

静岡新聞の「イノベーションリポート」とは?

 フューチャー・クリエーション・スタジオをネットで調べると、大石剛社長が12月1日、社員に送ったメッセージが見つかった。

 「(コロナ禍の中)この未曽有の状況で昔のように家族的な温かさでは社を存続させていくこと、ここで働くみなさんを守っていくことはできない。この危機を乗り越えるには企業変革であり、新たな事業の創出である。志を一緒にできない方、知恵も汗も出せない方には泥舟に乗っていただく」などと述べていた。「志」とは「ユーザーにとって価値あることを提供しつづけること」であり、ユーザーのことを一番に考える「自分ごと化」をしてもらう、ともあった。

 メッセージの中で「自分ごと化」や「オープンイノベーション」「ジョブ・ディスクリプション」などといった単語は初めて聞き、具体的には理解できなかった。

 調べていくと、静岡新聞社がことし8月に発表した「イノベーションリポート」が全国の地元紙の注目を集めていた。昭和の終わり頃を舞台に、日経新聞と時事通信社の生き残りを賭けた記者らの姿を追ったノンフィクション「勝負の分かれ目」の著者、下山進氏が大石社長をインタビューした記事を見つけた(2020年9月20日サンデー毎日の記事「NYTと静岡新聞のイノベーションリポートは何が違うのか」)。

 NYタイムズが「イノベーションリポート」によって、デジタル化を進め、デジタルの収入が紙の収入を上回るまでになったように、「静岡新聞版イノベーションリポート」に下山氏は期待を寄せたようだが、実際は、「ずっこけた」などと書いている。締めくくりに『静岡新聞の最新の部数は51万部まで落ち込んでいる。特にこの2年半、10万部以上の部数を失った。決算は直近二期連続の赤字決算。「イノベーション」は確かにまったなしに見える。リポートは議論の出発点となるか』とあるから、大石社長の危機感に共感しているようだ。ただ、下山氏は中身があまりにも具体的ではない、とも指摘している。

 いずれ紙媒体は凋落してしまう。そんな中で、静岡新聞は生き残りを賭けて何をするのか?

リニアに日本型「イノベーション」の可能性

 Fake it til you make it(できるまではでっちあげろ、成功するまでは成功しているふりをしろ)。2018年6月、初めてシリコンバレーを訪れ、「シリコンバレーの信条」を知った。スタートアップ文化とも呼ばれ、シリコンバレーには一攫千金を狙うベンチャーが数多くいて、その多くが、VC(ベンチャーキャピタル)などに嘘や都合のいい話ばかりをしているようだ。

 わずか一滴の血液で200種類以上の病気の診断法を開発したベンチャー企業「セラノス」を立ち上げて、弱冠31歳で資産45憶ドルを築いた女性起業家エリザベス・ホームズをサンフランシスコ滞在中に知り、シリコンバレーを訪ねた。エリザベスを詐欺容疑で起訴する記事をウオールストリートジャーナル(WSJ)で読んだからだ。「一滴の血液」診断はまさに「でっちあげ」だったのだ。

 エリザベスの”嘘”をあばくために調査報道を続けたWSJのジョン・カレイロウ記者の著書「BAD BLOOD Secrets and Lies in a Silicon Valley startup」は、捜査当局が入るまでの一連の調査過程を描いている。ハリウッドで映画化も予定されている。シリコンバレーは光の世界だけでなく、数多くの闇の世界が渦巻いている。

 シリコンバレーで、スタンフォード大学のインターンとして研修する化学者の卵や日産研究所の自動運転の研究者らと話をすることができたが、実際には、シリコンバレーのコミュニティへの参加は非常に難しい。エリザベス・ホームズのような事件は大小とりまぜて数多くあるが、日本にはそんな情報は全く入ってこない。

 静岡新聞の目指すところを、シリコンバレーのスタートアップ文化から学んでいるならば、リニアについてもちゃんと理解すべきだ。日本では、「GAFA」「GAFAM」といったプラットフォーマーは創造できない。米国を受け入れるだけで、中国のように自国でつくることはできないからだ。新たなイノベーションによる大変革を何に求めるのか非常に難しい。

 近い将来、電気自動車が従来のガソリン車を駆逐するように、テクノロジーはビジネスモデルを変える。現在、リニアは時速500㌔と言っているが、開業段階に時速600㌔を目指し、東京ー大阪間を約50分で結ぶ。すでに次世代交通システムは、電気自動車のテスラ創業者イーロン・マスクがぶち上げた「ハイパーループ」(空気抵抗をなくして真空状態をつくる)を目指している。時速1200㌔で、東京ー大阪間は25分に短縮される。韓国では17分の1モデルが時速1019㌔を実現、米国ではバージン・ハイパーループがたった500mだが、有人走行に成功している。まだ、多くの課題が山積している。

 トヨタのハイブリッドカーが一時代をつくったが、近い将来、電気自動車がとって代わる。リニアは「ハイパーループ」の時代が来る前の新交通システムとなりうる可能性を持つ。時速600㌔のリニアの時代はすぐ目の前にあるからだ。日本の革新技術が早急に実現しなければ、中国、韓国などが追い抜いていくだろう。

 大石社長が目指すところが、日本の「イノベーション」であるならば、リニアを理解できない「御用記者」による”場外乱闘”ばかりでは正しい方向を導くことはできない。個々の会社が存亡の危機にあるように、日本の国そのものに強い危機感を抱くべきである。

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