リニア騒動の真相66「捏造」指示の狙いは?

何をもって「捏造」と言うのか?

 23日、東洋経済オンラインで『驚きの事実、静岡県リニア文書に「捏造」あった 議事録に記載ないのに委員意見として文書作成』の見出し、記事をUPしてもらった。東洋経済では何と「捏造」の見出しをつけた。県が送ってきた文書を会議に参加していない国交省に、まるで会議で合意を得た意見と錯覚させるような作為もあったから、このでたらめな文書を「捏造」と考えたのだろう。東洋経済の記事は一般読者に向けて、担当者がわたしの原稿をわかりやすく直してくれた。ただ、紙面の関係もあり、工法等に関する細かい部分を省略しているため、正確に伝わらない点も多い。

 今回の問題は「(JR東海の資料に)大変な矛盾点がある」と指摘した塩坂邦雄委員の意見は「仮定」を積み重ねていき、ありえない結論をつくり、その文書を国に送ったことだが、国交省に塩坂氏の意見が「仮定」だとは気がつかないくらいに、県の送った文書は巧妙にできている。なぜ、そんなことをしたのか?それを説明していきたい。

 まず、わたしの最初の驚きは、12月8日、国交省で開かれた第7回有識者会議後の記者会見である。江口秀二審議官の囲み取材で、静岡新聞記者が「静岡県が送った(塩坂氏の指摘を含む)リニア環境保全連絡会議の意見書についてどう対応するのか」と疑問を投げ掛けたことだ。その疑問を聞くまで、そのような文書があること自体、全く知らなかった。すぐに、静岡県HPで、この意見書を探したが、見当たらないのだ。なぜ、静岡新聞記者だけ県が意見書を送ったことについて知っていたのか?

森下祐一部会長らの囲み取材

 わたしは11月27日の県リニア環境保全連絡会議後の森下祐一部会長の囲み取材で、「塩坂氏の指摘を県専門部会で問題にして議論するのか」と尋ねた。もし、塩坂氏の「大変な矛盾点」を問題にするのであれば、県専門部会の席だろうと考えた。その後、県リニア担当理事にも尋ねた。

 ところが、県はいつの間にか塩坂氏の意見を国交省に送り、有識者会議に諮るよう求めていたのだ。その事実を静岡新聞のみに伝え、わたしを含めてそれ以外の記者を無視した。静岡新聞が県の「御用新聞」だからと言えば、それで済む問題と県は考えたのだろうか。川勝平太静岡県知事がリニア問題についてはすべて公開を唱えているのだから、このような”特別扱い”は許されるはずもない。

 翌日の9日に、県リニア担当理事に説明を求めると、「12月3日に事務連絡として送ったが、内容は問題にならないようなものだから、HPでも発表しなかった」と回答した。「静岡新聞記者が聞きに来たから、教えた」などととぼけていたが、「内容は問題にならない」事務連絡の文書と当該意見の議事録をもらった。

森下、安井両氏が塩坂氏に「異論」「反論」

 事務連絡は、やはり、塩坂氏の「大変な矛盾点」を会議の意見にしていたから、塩坂氏の発言議事録を森下部会長に送り、「大変な矛盾点」についての見解を聞いた。

右がコア採取率50%のJR資料

中央付近の断層に赤丸が付いていないのが「矛盾」だと指摘。(図25)

 県が国に送った塩坂氏の意見は2つある。最初の意見が、その「大変な矛盾点」に当たる。資料38(図25)について「ボーリング調査の結果、(大井川支流の西俣川直下の断層)690mから700mにかけて、(JR作成の資料写真で)コアの採取率が50%であることから、当該地域に約10mの破砕帯が存在しているといえるが、その場所には湧水がない結果(図25の赤丸で示された掘削時の湧水増加区間となっていない)となっており、矛盾があるので、検証が必要である」と書いてあった。

 塩坂氏の「矛盾点」指摘については、『リニア騒動の真相64JR東海批判の「無責任報道」』で詳しく書いているが、やはり、一般読者には非常にわかりにくいのだろう。

 塩坂氏の指摘に対して、森下氏は「矛盾はない。(JRは)湧水したかどうかの計測値を記入したのであり、(湧水がなかったのは)JRの勝手な解釈ではない。湧水がなかったことで、逸水があったかもしれない。断層=湧水ではない」などとコメントしてくれた。これで、塩坂氏の指摘が正しいと言えないことが分かった。

 もし、県が森下氏に意見を聞いていれば、塩坂氏の意見に異論、反論があることが明らかだった。ふつう、そんな異論、反論のある意見を県は一方的に「重要」とは考えない。検証しなければならないからだ。この点だけでも、今回の県の姿勢に疑問を抱くはずである。

ボーリング時の口元湧水量を示した図

 塩坂氏の2番目の意見は、資料46ページ(図26)について、「ボーリング時の口元湧水量について、約600mのセメンチングを行った後も湧水量が上がっている。つまり、大量の出水が予測される690ー700m間の約10mにおいて、薬液注入による止水ができないと思われるので、その議論が必要である」(2番目の塩坂氏の意見は、12月9日にわたしがもらった文書をそのまま書いている。実際には、会議で議論しなかった意見に文書を「捏造」してしまった。その「捏造」については東洋経済オンラインの記事でも紹介している)

11月27日の県リニア環境保全連絡会議

 「ボーリングのセメンチング(セメントを塗るなどで固める)と実際のトンネル施工ではセメンチングの方法も違い、薬液注入等で湧水があっても止水できる」と同会議の席で、トンネル工学の専門家、安井成豊・施工技術研究所部長が述べている。そもそも、「大量の出水」について、森下氏が否定し、さらに、出水があったとしても、止水ができるとそれぞれの専門家が異論、反論を述べているのだ。塩坂氏の意見は、他の専門家から見れば、ずさんなぼろぼろの意見だと言われたのに等しい。

 会議の席での安井氏の意見を無視して、県はなぜ、塩坂氏の意見が正しく、重要と考えたのだろうか?2人の異論、反論を見れば、塩坂氏の意見が正しくも、重要でもないと、静岡経済新聞の記事を読む読者には分かるが、静岡新聞だけを読んでいれば、全く、理解できないだろう。

「山梨県側へ流水する」は可能性ゼロ

 そして、最大の問題は「薬液注入による止水ができなく、結果的に先進坑で水を抜くことになり、山梨県側に流水してしまうことになる」という塩坂氏個人の意見を県が会議での意見として「捏造」したことである。

 安井氏は「止水ができる」と主張した。それなのに、この文書では「止水ができなく」となっている。さらに、結果的に「水を抜くことになり」とは、水没してしまう状態なのだろう。

 JRは下り勾配でトンネル掘削を行う予定であり、もし、万が一、トンネル内の10m区間のみが水没するような湧水に見舞われても、排水作業を行い、薬液等で対応できると説明してきた。水没しても大丈夫と言っているのに、塩坂氏は水没してにっちもさっちいかない状態を「仮定」している。もし、そんな「仮定」をするならば、塩坂氏は、JRの主張に問題があることを科学的な根拠をもって示さなければならない。

県境付近の地質縦断図(JR東海作成)

 最も大きな問題は、下り勾配の掘削では「山梨県側へ流水する」可能性はゼロであることだ。ここで、タイトル写真を見てほしい。現在、議論しているのは、西俣川直下の断層である。図には赤字で「脆い区間は延べ約200mで確認(短いスパンで繰り返し出現)」という注意書きのある場所で、この区間は下り勾配で工事をすることになっている。水は止まってしまうから、たとえ、大量湧水があったとしても山梨県側へ流水することは絶対にありえないのだ。

 塩坂氏の意見は、大量湧水によってにっちもさっちもいかなくなり、下り勾配では工事ができなくなった緊急事態を「仮定」している。その結果、静岡県で下り勾配の工事から、山梨県側から上り勾配での工事に工区変更を行うことを「仮定」している。だから、「山梨県側へ流水してしまう」という結論が導き出されるが、これでは、とんでもなく飛躍していることがわかるだろう。

 次回の有識者会議で議論になるのは、タイトル写真の山梨県境付近にある畑薙山断層帯の800m区間についてである。赤字で「脆い区間を約800mの区間で確認」とあるから、南アルプストンネル工事の最難関区間であり、この区間は静岡工区ではなく、山梨工区として、上り勾配で掘削していくことになっている。だから、「山梨県側に流水してしまう」のである。その流水に対して、川勝知事は「水一滴たりとも山梨県側への流出は許可できない」としているから、有識者会議でどのような結論となるのか注目される。

 ところが、県の文書は、この800m区間ではなく、約10m区間の西俣川断層について塩坂氏の大きな問題があるとの指摘を取り上げたのだ。県は塩坂氏の「仮定」が重要であるとしたが、その科学的な根拠は全く持ち合わせていない。これは、振り返って考えると、「中下流域の地下水への影響」問題と非常に似ているのだ。

 当初、知事は湧水全量戻しについて、山梨県側への流出のみを問題にしていた。いつの間にか、県リニア環境保全連絡会議で、ふつうではありえない約100㌔離れた中下流域の地下水への影響を問題にするようになった。わたしは、「リニア問題の真相」で何度もそんな事態は、「ブラックスワン(金融危機や自然災害で極端に確率が低い予想外のことが起こり、それが大きな波及効果をもたらす現象)」と同じだと書いてきた。たとえ、「ブラックスワン」であったとしても、JRは科学的な根拠を示さなければならなくなってしまった。

 西俣川直下の断層についても、静岡新聞は塩坂氏の指摘に合わせて、何度も報道している。実際には「仮定」に基づく可能性を指摘しているだけなのだ。今回のように森下部会長や安井委員らが異論、反論をしてくれているから、塩坂氏の指摘がとんでもないことだとわかるが、県や静岡新聞が何度も言えば、中下流域の住民らは大きな不安を抱くだろう。いつの間にか、住民の不安解消のために、JRは西俣川直下の断層に大量湧水が発生しないことを科学的な根拠で示せ、ということになっていただろう。

 こんな議論は、為にする議論でしかないが、「中下流域の地下水への影響」についても証明するのに有識者会議は非常に苦労しているから、もし、そのまま塩坂氏の意見がまかり通っていれば、「地下水への影響」の二の舞になっていたかもしれない。

 23日の知事会見を聞いていても、リニア問題について、川勝知事の発言に進歩は見られない。有識者会議での議論を聞いて、正確に理解しているわけではない。とにかく、説明責任はJR東海にあるの一点張りだ。挙句の果てに、静岡工区のリニア工事凍結を求める発言まで飛び出した。とにかく、JRに対して、何らかの問題を提起することが知事の役割のように思っているのだろう。こんな政治的な動きではなく、ちゃんと科学的に理解して、この問題の真相が何かを見極める目をより多くの人たちが持つべきであり、そのためには、JR東海もちゃんとやるべき説明をしていかなければ、今回のように新たな問題を突き付けられることになるだろう。

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