リニア騒動の真相67JR東海に欠けているもの?

国交省異例の「人事異動」とは?

 静岡県リニア環境保全連絡会議生物多様性専門部会が12月25日、開かれた。1年3カ月ぶりの会合だったが、JR東海から目新しい資料等の提出はなく、各委員もこれまでの意見を繰り返すだけだった。県が年末になって、今回の会合を開いたのは、「水環境」だけでなく、「生物多様性」問題も忘れているわけではない、今後、必ずテーブルに載せる方針をJR東海に確認させる意味のほうが強かったのだろう。国の有識者会議で、「水環境」についての結論が見えてきただけに、迷路に入るのに等しい「生物多様性」をちゃんと県民らに向けて見せたかったようだ。

 ただ、今回、まず紹介したいのは、当日、国交省から驚くべきニュースが飛び込んできたことからだ。

藤田事務次官のあとに続く水嶋局長(7月)

 赤羽一嘉国交相は25日の閣議後会見で、来年1月6日付で鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)副理事長に水嶋智官房長を充てる人事異動を発表した。元鉄道局長の水嶋氏は昨年10月、ことし7月の2回、当時の藤田耕三事務次官とともに川勝平太静岡県知事に面会するなど、リニア静岡問題の打開を図ろうとしていただけに静岡県でもなじみが深い。2度目の知事面会直後に、水嶋氏は鉄道局長から官房長へ移った。官房長に就いて、たった半年を過ぎたばかりでの今回の異動はあまりにも異例である。

 なぜ、今回の人事が行われたのか?北陸新幹線金沢―敦賀間の建設工事遅延で開業が23年春から1年遅れ、追加工費2658億円が必要となるなど地元からの厳しい批判を受けて、国は22日に同機構へ業務改善命令を出した。その直後、電光石火の人事異動によって理事長、副理事長更迭を発表、新しい理事長が決まらないまま、実質的な責任者となる副理事長に水嶋氏を充てたのだ。2003年に同機構が設立されて以来、初めてとなる現役職員というのは、国交省の危機感を現わしているのだろう。

 鉄道畑の水嶋氏には、官房長に就いたあとも、膠着したリニア静岡問題の解決を図ることは大きな使命であり、宿題でもあった。国のリニア有識者会議責任者だった水嶋氏に対して、川勝知事は「(水嶋氏は)会議の運営が拙劣である。マネジメントの不誠実さが現れている」「水嶋局長は筋を曲げている。約束を守らない、やる気がない」「あきれ果てる運営で、恥を知れ」など言いたい放題の罵詈雑言を浴びせたから、水嶋氏は何としてもリニア静岡問題を解決したかっただろう。

 タフな水嶋氏の対応を厳しく批判することで、知事は赤羽大臣が(水嶋氏の更迭などを含めて)動くものと期待していたようだ。ところが、逆に、赤羽大臣は「県民を代表する知事職にある方が、公開の場で自身の部下でない者を名指しで非難されたことは、これまでなかったのではないか」と断固とした姿勢を示した。

 この発言前まで、知事は赤羽大臣に是非にも面会したいと言っていたが、いつの間にか、その発言をどこかに仕舞ってしまった。逆に言えば、今回の人事を含めて、タフな水嶋氏に対する期待が赤羽大臣らには大きいようだ。

「成田空港」に地域連携を学べ! 

 同機構は山梨リニア実験線の整備に携わり、山梨県、長野県、岐阜県など45㌔区間の工事を請け負っているから、水嶋氏とリニアとの関係が切れるわけではない。ただ、水嶋氏が赤羽大臣に期待されているのは数多くの問題を抱える北陸や九州などの国の整備新幹線建設工事だろう。その地域に入ってみないとわからない事情や深刻な問題を抱えているから、水嶋氏の手法に期待が掛かるのだ。

 昨年12月、水嶋氏はJR東海幹部らを呼び、「成田空港勉強会」を開いた。勉強会は非公開だったため、その内容が分からず、成田と言えば、どうしても「成田闘争」のイメージが強かっただけに、昨年の12月15日「リニア騒動の真相26」で『「成田」ではなく、「流木」に学べ!』と地域とのつながりを重視するよう求めた。あとで聞いてみると、「成田空港勉強会」もわたしの関係してきた安倍川、大井川の流木イベントと同様に地域との信頼関係をどのように築いていくのかが大きなテーマだったようだ。

 水嶋氏は長年、成田空港問題に携わり、その解決に当たって、大規模な交通インフラ整備には事業者が地域としっかりと信頼関係を築くことが不可欠だという信念を持っている。お祭りやイベントなど日常的なつきあいを重ねて、地域とコミュニケーションを取るために成田空港株式会社は担当セクションを設けた。リニア静岡問題でも成田空港問題で培ってきた経験とノウハウをJR東海に理解してもらい、具体的に生かしてもらいたいという意図が強かった。

 今回のタイトルは、水嶋氏の人事異動というニュースに触れたからではなく、県生物多様性部会を傍聴していて「JR東海に欠けているもの?」と付けた。県生物多様性部会で一体、何があったのか?

増澤委員の不在が意味するものは?

会議後の板井氏の囲み取材。増澤氏の欠席についての質問はなかった

 今回の生物多様性専門部会で、板井隆彦部会長(静岡淡水魚研究会会長)は会合が始まってから、何度も、増澤武弘委員(静岡大学客員教授)の不在について事務局に問い合わせた。午後3時の定刻になっても増澤氏の姿が見えないことで、板井氏は事務局にどうなっているのか尋ねた。事務局は「増澤氏は少し遅れているが、会議を始めてください」と促した。増澤氏は交通など何らかの理由で到着が少し遅れるだけなのだろう、と推測された。まさか、増澤氏がそのまま欠席するとは、そのときには板井氏は考えもしなかっただろう。

 JR東海に対する4人の質疑が終わると、あらためて増澤氏はどうなっているのか、板井氏は尋ねた。事務局の回答はあまりに曖昧なものだった。各委員は都合2回ずつ、質疑を行った。板井氏は最後のまとめ前にも増澤氏の不在について、事務局に聞いたが、曖昧な回答しかなかった。

 増澤氏は大学教員として南アルプスの植物研究に取り組んできた。専門部会の植物研究者は増澤氏ひとりであり、他の委員は動物を専門にする。県の他委員選考には疑問が残るが、植物と言えば、増澤氏ほどふさわしい人材は見当たらない。11月27日の県リニア環境保全連絡会議の全体会議に出席、増澤氏は塩坂邦雄委員がJRの資料に「大きな矛盾点がある」と発言したのに対して、地質構造・水資源専門部会全体の意見なのかどうかを聞いていた。つまり、増澤氏は発言が科学者の視点に立っているのかを大切にするのだ。だから、板井氏は増澤氏の意見を尊重する姿勢を持ち、今回の重要な専門部会を欠席するなどとは思えず、都合4度も増澤氏の不在について会議中に関わらず、事務局に聞いたのだ。

 そして、会合は終えてしまった。事務局からは増澤氏の不在について何ら説明はなかった。多分、分からなかったのだろう。

 もしかしたら、県にとって、増澤氏の不在はそれほど大きな問題ではなかったのかもしれない。23日会見で、川勝知事はJR東海に静岡工区の工事凍結を求めた。その理由のひとつが、南アルプスの重要性であり、今回はその重要性を訴えるための会合だった。だから、県は内部で何度も打ち合わせを行ってきた。その主な調整事項は会合の運営についてだった。

 一体、どのような運営だったのか?

県が最も優先したのは何か?

 まず、時間配分である。午後3時から4時半までが会合、その後5時半過ぎまでの1時間以上が囲み取材である。会合の中身よりも、メディアがどのように報道してくれるのか、それが県にとって一番重要な問題だったのだろう。つまり、副知事の囲み取材こそが最も重要なイベントだったのだ。副知事の主導によって、記者たちは会合の内容を理解するからである。

この写真の最後部が記者席である

 それが分かるのは、報道席である。県担当者、市町などの関係者があって、その後ろだから、はるかに遠い位置に設定された。それぞれがマイクを使っているのに、マスク着用もあってか、肝心の委員の質問は何を言っているのか聞こえてこないのだ。事務局はそんなことに頓着していなかった。そのため、記者たちのほとんどが報道席を離れてしまい、テレビカメラと同様に立っているか、窓際の近くに椅子を持ってきて座っていた。そんな状況で会議内容を理解するのは非常に難しい。だから、会議を終えたあとの副知事説明を記者たちは期待したのだ。

 また、地元の報道陣のほとんどの顔触れが変わり、東京からのフリー記者も生物多様性部会は初めてのようだった。囲み取材で、質問内容は当日の会議とはかけ離れ、基本的な問題が多かった。ある記者がJR東海に対して、「なぜ、生物多様性部会の開催が1年3カ月も離れたのか」と聞いた。傍らで聞いていた板井氏が「県の主導でやっているのだから、そんな質問をJRに聞くべきではない」と言っているのが、聞こえた。

 とにかく重要なのは、副知事の囲み取材だった。だから、副知事の囲み取材が真っ先に行われた。その際中に、小声で板井氏と話していると、事務局の自然保護課長が厳しく注意をしてきた。廊下に出たのだが、それでも何かまずい雰囲気でドアの前に立っていた。ところが、午後5時半近く、板井氏の囲み取材になった途端、リニア担当理事が会議室の電話を使い、何やら大きな声で話していた。それも2度に渡ってである。部長職の理事に課長含めて誰も注意をする者はいなかった。県職員にとって、何が重要で優先しているのかがはっきりとしている。

 シナリオ通りに会議は終えた。どんな開発であれ、それなりの自然環境への負荷が出て、深刻な影響を与えるのは県の事業も同じである。ユネスコエコパークの南アルプスがそれほど重要ならば、世界文化遺産の富士山の自然環境を守るために、スバルライン、スカイラインの閉鎖などを話し合うべきである。富士山の保全措置を見る限り、JR東海に求めているような厳しい対策を講じてはいない。

 JR東海は、県に会議方法を学ぶべきである。内容はともあれ、知事のように自分のことばを選ぶことも重要であり、県民らに訴える力は非常に大きいのだ。自分たちで記者会見を開くべきであるが、いまのままでは訴える力はゼロに等しい。批判の集中砲火を浴びるだけだ。

 JR東海は理屈のみで説明しようとするが、それでは説得力に欠ける。県は会議の組み立てから職員総出で予習を行い、どのように目的を達成できるのかを検討している。今回の会議でも、JR東海が説明すれば、するほどボロが出ていた。専門家ばかりの席で、理屈や論理のみで応酬するのであれば、JR東海は間違っていないが、会議に出席しているのは、南アルプスの特性も環境問題もほとんど知らない記者たちである。副知事は彼らに向けてしゃべっているが、JR東海は目の前の専門家さえ分かればいいと思っているようだ。だから、囲み取材でもボロが出てしまう。

 昨年12月、水嶋氏の主導で「成田空港勉強会」を開いたが、JR東海には何ら響かなかったようだ。水嶋氏が今後、民間の立場でJR東海を指導できるのか、分からないが、何よりもJR東海は自発的な取り組みをしなければならない。

 29日アップの予定で、東洋経済オンライン『JR東海が見習うべき地域連携の姿』という記事を書いた。いま一度、リニア静岡問題にどのように取り組むべきか、JR東海は考えてほしいのだ。金子慎JR東海社長も読んだほうがいいだろう。

Leave a Reply

Your email address will not be published.