コロナ後の世界2”君たち”に明日はない

コロナ後、「ブラックスワン」が現れる?

 9月5日、中国・北京の天安門広場にブラックスワンが現れた。

 ことし1月、共産党政治局集団学習会議で、習近平主席が「ブラックスワン」に触れ、今後起こり得る危機に備えるよう警告していたから、たった1羽のブラックスワンが中国で大きな話題となった。ブラックスワン(黒鳥)はオーストラリア・パースに生息する=タイトル写真=。17世紀末までヨーロッパ人は、スワンは白鳥と信じて疑わなかった。ところが、オーストラリアへ渡った英国人らがたった1羽のブラックスワンを見たことによって、西洋の常識が根底から覆されてしまった。

 現在では予見が困難で、実際に起きる確率は非常に低いが、発生すると甚大な影響を巻き起こす現象を「ブラックスワン」と呼ぶ。特に、経済現象で「ブラックスワン」と言えば、管理不能なリスク(交通事故など管理可能な確率的リスクは保険に組み込まれる)であり、マーケット(市場)に衝撃的な大混乱をもたらす不確実なリスクを指す。世界経済成長のけん引役である中国の習近平が、「ブラックスワン」の可能性に触れ、中国の発展に害を及ぼさないよう有利な環境を整え、大きな変化に備えることを警告した。

 コロナ下の中、世界中で史上例を見ない大規模な金融緩和が際限なく続いている。財政赤字というのは、収入(税収)に対して、支出(公共サービス)が大きすぎることだ。現在の政策(無料のコロナワクチン提供をはじめとする医療などの社会保障、最低1日4万円の飲食店への休業補償などさまざまなコロナ経済対策)を見れば、際限のない借金に頼り、公共サービスの大盤振る舞いしていることがわかる。

 2012年12月から始まった「アベノミクス」で、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資の喚起を3本の矢とする経済政策に舵を切り替えた。大規模な金融緩和策で「強い日本経済を再生させる」幻想を持たせ、民主党政権の暗い時代を一変させることに成功した。10年ほど前から、日銀は大量のマネーを市場(マーケット)に供給し続けてきた。

 2020年に始まったコロナ対策によって、日銀の過剰なマネー供給に歯止めがなくなった。さまざまな業種で危機的な状況が続くから、政府の補助金と助成金供給もとめどなく続く。赤字国債発行によるもので、MMT(現代貨幣理論)に基づく”錬金術”に見えるが、いまのところ、日本でインフレは起きていない。巨額の財政赤字を先送りすることで、何か破綻するきっかけが起きたとき、その副作用は大きな痛みをともなう可能性が高い。コロナ禍の中、財政規律重視の財務省も目をつむるしかない。

 習近平に言われなくても、現在のコロナ禍の世界情勢はあまりに異常である。未曽有の経済的な大混乱が、コロナ後の世界に起きる確率は非常に高い。最終的な破綻リスクを引き受けるのは政府だが、各企業への影響は計り知れない。いまのところ、誰にも見えない「ブラックスワン」が、いずれ、姿を現すだろう。

 コロナによる死亡者は、累計(9月18日現在)で約1万7千人を数える。バブル崩壊後、1998年からアベノミクスが始まる2012年まで14年連続で、毎年3万人以上の自殺者があった。当時の自殺者数を見れば、コロナ関連の死亡者数があまりにも少ないように感じてしまう。

 ”コロナバブル”崩壊後に必ず起きるのは、アベノミクス以前と同じような大規模なリストラである。企業で働くサラリーマンが対象となる。それだけは確実である。

バブル崩壊後、リストラの嵐が訪れた

山本周五郎賞受賞の「君たちに明日はない」(新潮社)表紙

 バブル崩壊後の企業社会を描いた垣根涼介著「君たちに明日はない」(新潮社)シリーズ5作(第1作目が2004年、第2作目が2006年、第3作目が2008年、第4作目が2011年、第5作が2014年前後)を読み返しながら、当時、どのようなリストラが行われていたかをもう一度、味わった。わたしが地元の新聞社を辞めたのが、2008年だから、小説で描かれたリストラの時代と重なる。

 「君たちに明日はない」は、企業からリストラを請け負い、対象者に辞職を促す専門会社の面接担当官、村上真介(第1作当時、33歳)が主人公。クビを切られるのは、東証1部あるいは東証2部など上場企業で働く主に30代から40代のサラリーマンたちである。それぞれの巻は4、5作の短編に分かれ、さまざまな企業でクビを切られる4、5人が、その短編の一方の主人公になっている。

 第5作の「オン・ザ・ビーチ」(2014年2月号「小説新潮」掲載、以下同じ)では、2020東京オリンピックを7年後に控え、日本の構造的不況に執行猶予がついたとして、クビ切りの使命を終えたリストラ請負専門会社社長は会社を畳むことを決めた。2013年の最終回の時点で、村上はリストラ請負専門会社に10年間勤め、38歳の新たな人生へ踏み出すことになる。さて、2020東京オリンピックも終わり、執行猶予期間も終わり、もう一度、リストラ請負専門会社が必要となる時代がやってくる。

 第1作収録の「旧友」(2004年12月号)は、リストラ面接官、村上が卒業した北海道にある高校の同級生が一方の主人公。一橋大卒後、東証1部の大手都銀に勤める。配偶者のいる33歳で年収約850万円、マンションのローンを抱える。旧財閥系の2銀行が合併後、30代の行員120人のうち、60人のクビ切りがリストラ専門会社に託される。小説ながら、対象企業の状況をほぼ正確にリサーチ、それぞれの企業事情を紹介している。

 第2作収録の「二億円の女」(2006年5月号)では、新宿に本店を置く東証1部のデパートで働く、マンモス私大出身の51歳の本店外商部係長がターゲット。年収約850万円で妻、大学、高校の息子2人がいる。このままデパートにいても、3年後に年収約750万円、5年後に600万円以下だと村上から宣告される。

 第2作収録の「女難の相」(2006年7月号)は、東北大文学部卒で、大手の生命保険会社勤務の36歳のシステム・ネットワーク部門係長が主人公。年収約1050万円で、独身。貯金と退職金(約1600万円)で約3000万円を確保でき、自由を求めて、勧奨退職を選んだ。3000万円を利率年7%のニュージーランド国債あるいはオーストラリア国債に運用、年210万円の収益を得て、当分の間、中央アジアや南米を旅行する胸算用を行う。(※金利の上では良い時代だった!)

 第3作収録の「やどかりの人生」(2009年11月号)は、東証1部の大手旅行代理店支店で働く、九州大文学部出身の33歳が主人公。上司である42歳の団体法人営業課長の年収が約530万円、33歳だと300万円ちょい。ただでさえ給料が安いのに、朝8時半出社、夜9時まで実質労働時間は12時間前後という厳しい労働環境が旅行代理店らしい。(※インバウンドが消え、コロナ禍の中で、旅行代理店は休業状態。コロナ後、いくつかの会社は消えてなくなるかもしれない)

 第4作収録の「勝ち逃げの女王」(2011年4月号)は、日本を代表する航空会社の40代ベテランCA(キャビンアテンダント)の女性が主人公。今回、村上はリストラではなく、会社への引き留めを請け負う。指導者として残ってもらいたいCAの年収は、約400万円。リストラを請負う村上は、35歳で年収約750万円、CAの給料がいかに安いのか嘆いている。”スチュワーデス”と呼ばれていた時代とは隔世の感がある。(※LCCの登場だけでなく、コロナ禍に見舞われた航空業界はさらに厳しい状況下にある)

おカネも大事だが、生き方はもっと大事だ 

 リストラ面接官、村上は「特別退職金の支払い規定は、社内規定分にプラス、勤続年数×基本給の1カ月分、通常退職金の約2倍で約1600万円です。今まで溜まっていた有給休暇の買い取り、再就職活動の援助金100万円などが加算されます」(第2作「女難の相」の36歳係長のケース)など、被面接者に有利な退職条件を提示する。小説だからか、退職条件は大体、どこでも同じで、通常退職金の約2倍を支払うことになっていた。

 わたしがちょうど30年間勤めて、地元の新聞社を辞めたとき、早期退職制度もないから、通常の退職金2200万円(※いま考えると本当に安かった!)を受け取った。実際に提示された金額が正しいのかどうかも計算しなかった。30年間に有給を取ることもなく、休日出勤分の未消化の休みが1年以上もたまっていた。未消化休日の2カ月分だけ、有給で休む条件を提示、会社は承諾した。まあ、いろいろな意味でおカネに困っていなかったのか、「君たちに明日はない」に比べて、ささやかな条件で退職する道を選んでしまった。

 わたしの場合、勧奨退職ではなく、自主退職。わたしの辞職の申し入れに入社同期の人事部長(※現在、某放送局の社長)は大喜びだった。彼は翌年から社内に早期退職制度を創設、社内規定の1・5倍の退職金を示して、40、50代の早期退職を呼び掛けた。(※わたしが、そのくらいの条件を出しても、受け入れたわけだ)

 小説「君たちに明日はない」の各エピソードで、作者垣根涼介は、おカネは生きていく上で大事だが、それ以上に、今という時間を納得して過ごしていくことの大切さを奨める。時間は有限だから、いまの会社から「不要だ」と言われた場所ではなく、自分の望む人生の場所で時間を有効に使うべきだ、と説いている。その通りなのだろう。多分、辞めることを考えたとき、この小説を読んでいたからだ。おカネは重要だが、おカネを死んでから使うことはできない。会社を辞めて10年以上たつが、辞めてよかった。

 しかし、当時は若い人たちには生活しにくい環境だった。わたしは、辞めた後、2009年4月、雑誌静岡人vol2「久能山東照宮」特別号(静岡旅行記者協会発行)を発刊した。その中で、「家康を旅する」特集で京都・伏見を旅して、坂本龍馬ら幕末ヒーローを取り上げた。

 幕末の閉塞感と当時の閉塞感が似ていると考えたからだ。

 当時は、就職できない若者の怒りがいろんなところに渦巻いていた。『定職はなく、低賃金で働かされ、既に10年以上がたつが、社会は逆に、若者たちにやる気がないからだと罵倒し続けている。派遣、フリーターという低賃金の格差社会が改善される見込みはない。このままでは「勝ち組」が「負け組」を支配する社会が続いていくしかない』と雑誌に書いた。フリーター赤木智弘氏の論文「『丸山真男』をひっぱたきたい―31歳、フリーター。希望は戦争」が、多くの若者の共感を得ていた。そんな時代だった。

 それだけ、自殺者が多く、毎年3万人を超えていた。

 アベノミクスが功を奏してか、当時より自殺者は1万人以上、減っている。コロナ禍が社会を襲ってはいるが、社会生活はいまのところ、政府の借金政策で何とか回っているように見える。ただ、”コロナバブル”はいずれ、終焉、リストラが始まることは誰もが承知している。そのターゲットが、30代なのか、40代なのか、50代なのかは分からない。

 ”コロナバブル”終焉後に、「君たちに明日はない」最新章が始まるかもしれない。

 だから、”君たち”は次に何をやりたいのか、いま給料をもらって会社にいる間に考えておいたほうがいい。

 会社を辞めたからといって、それぞれの人生の主役である”君たち”に明日がないわけではない。リストラ面接官を辞めた村上は、音楽業界のリクルーティングをやることを考えていた。最終回から8年を経て、46歳になった村上真介は、リストラ請負会社を起業するときと考えているかもしれない。ただ、昔ほどの好条件を出す会社は少ないだろう。

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