リニア騒動の真相19「急がば回れ」の意味は?

「みんな違って みんないい」

 10月4日に開催されたリニア南アルプストンネル(静岡工区)の水環境問題で、静岡県とJR東海の会議を傍聴していて、なぜか、金子みすゞの詩「みんな違って、みんないい」の一節を思い出してしまった。

 「わたしが両手をひろげても お空はちっとも飛べないが、とべる小鳥はわたしのように 地面をはやく走れない(中略) みんな違って、みんないい」

 静岡県、JR東海は「わたしと小鳥」のように、全く別次元の世界で別々のことばで議論を交わしているようだ。ふつうのことばでは理解し合えない。ただし、だからといって「みんな違って、みんないい」と気楽な感想を述べたいわけではない。

 今回の会議では、静岡工区のトンネル掘削は山梨、長野両県とも上り勾配で施工するため、先進坑が貫通するまでの間、山梨県側へ最大で約0・15㎥/秒(平均0・08㎥/秒)、長野県側へ最大で約0・007㎥/秒(平均0・004㎥/秒)流出することがトンネル工法上、やむを得ないのかを議論することだった。10カ月で山梨県側2百万㎥、7カ月で長野県側10万㎥の合計210万㎥流出してもいいのかが焦点だった。

 静岡県は「トンネル湧水の全量戻し」を前提に、静岡県側からの下り勾配で掘削ができないのか、もし、上り勾配の工法しかないならば、湧水流出をおさえる代替工法の検討をしたのかどうかの説明を求めていた。そのために、トンネル工法の専門家を招請すると難波喬司副知事は明らかにしていた。

 ところが、静岡県が出席を要請したトンネル工学の専門家、安井成豊・施工技術総合研究所部長の存在は、会議ではほとんど無視されてしまった。安井氏が発言を続けようとしても、さえぎられてしまう場面さえあった。

 静岡県の思惑はどこにあるのだろうか?

「ルート変更」は「急がば回れ」?

9月30日の知事会見

 9月30日静岡県庁で開かれた川勝平太知事の記者会見で、3人の記者がそれぞれに「知事はJR東海にルート変更を求めるのか」などと確認した。知事は「JR東海が直面しているのは、不測の事態、想定外の事態であり、そんな事態にあるのに現状のままでいいのかを求めた。『急がば回れ』の意味。ルート変更を求めたのではない」と否定した。

 今月初旬、吉田町で開かれた会合で、知事が「JR東海はルート変更をしたほうがいい」などと述べたことに反応して、新聞、テレビは「知事がルート変更の必要性に初めて言及」などと報じた。それで、記者たちはあらためて、記者会見の席で知事の意向を確認したかったようだが、3人もの記者が同じ質問をするとは驚いた。

 そもそも、昨年8月日経ビジネス「リニア特集」でも川勝知事は「もうルートを変えた方がいい。生態系の問題だから。水が止まったら、もう戻せません。そうなったら、おとなしい静岡の人たちがリニア新幹線の線路に座り込みますよ」という発言をしている。それ以来、知事は「JR東海はルート変更を考えたほうがいい」と何度も繰り返し発言してきた。

 知事の発言が変わったり、同じ発言を強調して繰り返すことがしばしばある。行政の長ではあるが、政治家でもある。記者たちを煙に巻くこともあり、真実がどこにあるのか、見えない場合も多い。過去の発言を踏まえて、発言の真実がどこにあるのか、押さえておき、知事自身が説明した「急がば回れ」のメタファー(暗喩)はどんな意味があるのか、明らかにしなければならない。少なくとも、読者、視聴者を間違った方向に誘導してはならない。 

なぜ、「リニアには賛成」なのか?

 「ルート変更」発言とともに、知事は「リニアには賛成」と何度も同じことを述べてきた。それでは、知事の述べる「リニアには賛成」とはどう意味だろうか?

 日経ビジネス「リニア特集」では、「ルートを変える―。リニアを知り抜いた川勝は、それが不可能に近いと分かっていて発言しているに違いない」として、知事発言の裏の意味を解明しようとしている。一体、知事はリニアの何を知り抜いているのか?

 JR東海が進めているリニア計画の目的から考えれば、はっきりするだろう。目的は主に2つある。1つは「東海道新幹線の老朽化・経年化と予想される南海トラフ巨大地震に対応すること」である。

 リニア開業は品川―名古屋間を2027年、大阪までを最短で2037年と見込んでいる。一方、南海トラフで発生する巨大地震の発生確率が高くなるのは2030年から2060年ころと想定。そのために、JR東海は巨大地震の影響の少ないルートを選び、リニア建設を急ぎたいのだ。

 国の有識者会議による被害想定では、南海トラフによって引き起こされる巨大地震はマグニチュード9・1、最悪32万人死亡としている。赤石山脈をすっぽりと囲むように南海トラフ、駿河湾トラフが続くから、もし、巨大地震が発生すれば、静岡県内では大きな被害が想定される。2030年以降、毎年、発生確率は上昇していく。東海地震説が発表された1976年当時、多くの人が東海道新幹線で静岡県内に入ると、息をひそめて通過するのを待つ光景さえ見られた。2030年に入ると、同じことが繰り返されるかもしれない。

 巨大地震が直撃する東海道新幹線の「う回ルート」として、リニア中央新幹線建設の目的は理解しやすい。

リニア見学センター付近で時速500キロ

 もう1つが、「時速500キロという高速化によって、品川―名古屋間を40分、大阪間を67分で結ぶ、移動時間の短縮化を図ること」。そのために、ほぼ直線である南アルプスルートを採用した。当初、長野県の茅野・伊那をう回するルートを沿線の地元は強く要望していた。静岡県の南アルプスを貫通する、直線ルート採用はJR東海の規定路線だった。直線ルートでなければ、品川―名古屋間を40分で結ぶことは不可能だからである。

 巨大地震への対応は、茅野・伊那への「う回ルート」、つまり、川勝知事発言の「リニアのルート変更」でも可能だ。しかし、2つ目の「移動時間の短縮、品川―名古屋間40分」には対応できない。時速500キロ区間は直線ルートだから可能であり、「ルート変更」してしまえば、高速リニアの存在意義は失われる。そして、新幹線ではなく、リニアを採用したJR東海にとっては、世界最速の移動手段(地上)の目的がより重要なのだろう。

 静岡県を通過しなければ、JR東海はその目的を果たせない。そのことを川勝知事は知り抜いて、「リニアには賛成」と発言している。

大井川水系全体の責任がJR東海に?

 10月4日の会議に戻る。最初に、この日の議論は「JR東海が上り勾配でのトンネル工法を選択する理由について科学的に議論することに限る」と司会を務める森下祐一部会長が述べた。

10月4日県庁で開かれた会議

 ところが、会議が始まるや否や、突然、事務方は「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」という一枚紙を出席者全員に配った。「9月13日の意見交換会において、JR東海がトンネル工事中の表流水は減少しないといった内容の説明をしていましたが、私たちが問題にしているのは、トンネル近傍河川の表流水だけでなく、地下水を含めた大井川水系全体の少量です」と記されていた。

 最後に「JR東海には、上記の疑問や懸念を払拭できる科学的根拠に基づいた資料を作成し提示願います」とあった。もし、本当に、その科学的根拠を示すとなれば、1年や2年で簡単に提示できるはずもない。

 JR東海が提出した当日の資料「まとめ」に「9月13日の会議で説明した通り、工事完了後はもとより、工事のどの段階においても、大井川の河川流量は減少しない」と書かれていることに、森下部会長がかみついた。「河川流量」を問題にしているのではなく、「地下湧水すべて」を問題にしているなどと述べた。

 これは、県作成の一枚紙「地下水を含めた大井川水系全体の少量という水環境問題」の認識をJR東海がまったく共有していないということになってしまうからだろう。部会長がJR東海の「気楽さ」に水を掛けたかっこうだ。そして、会議の囲み取材で難波副知事は「まともに対話する資質があるのか問いたい」などと批判のボルテージを上げた。

 最初に書いた「みんな違って、みんないい」の詩が浮かんだ瞬間である。もう、議論どころではない。そもそもの認識論の問題であり、リニアの早期建設にこぎつけたいJR東海には、大井川水系全体の問題など頭にあるはずもない。大井川水系全体まで影響が及ぶかどうか、もし、本当にそうならば、すべての開発行為はできなくなるかもしれない。

厄介な問題「民意」を抱え込むJR東海

 なぜ、このような状況に陥っているのか?過去の知事発言を見て行けば、その理由が分かるかもしれない。

 大井川の水環境問題で協定を結ぶための議論が始まった2017年10月に戻ってみよう。

 「JR東海道新幹線、東京と大阪を結ぶ、全走行距離のおおむね三分の一が通っている静岡県はJR東海にとって重要な経営基盤だ。にも関わらず、しっかりとした説明がないまま、ルートが設定され、静岡県には全くメリットがない」

 「あたかも水は一部戻してやるから、ともかく工事をさせろという、そもそも極めて傲慢な態度で臨まれている。そういった態度であり、私の堪忍袋の緒が切れました」

 「協定を結ぶことによって工事が進むことなんですが、工事によって何のメリットもない。すべてデメリットしかない、この工事を静岡県下ですることに対して、断固猛省を求めたい。考え直せということだ。370万人に何のメリットもないリニア新幹線など静岡県には要らない」

 「誠意を示すことが大事」(具体的には?)「JR東海が考えるべきこと」

 ちょうど2年前の知事の発言であるが、その趣旨は一貫して変わっていない。

 沖縄の米軍基地問題や韓国の徴用工問題のように、国益の優先や国際社会共通のルールが決められていたとしても、民主主義社会では「民意」を無視するわけにはいかない。同じように、どこまでも科学的な議論を続けても、そこで「民意」と言えば、無視することはできない。「地下水を含めた大井川水系全体の問題」が「民意」としたら、JR東海は本当に厄介な問題を抱え込むことになる。

 「急がば回れ」。「民意」とは「みんな違って みんないい」の世界でもある。その仲良しこよしの世界に引き込むためには、JR東海はまずは、「誠意」を示すしかないだろう。

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