静岡県立病院に「老年センター」設置を

「健康寿命」87歳が死傷事故起こす

 「健康寿命」延伸を目的に、静岡県は「社会医学健康」研究のための大学院大学開設を進めている。「ふじのくに型人生区分」を提唱、76歳までを「壮年」とし、社会で元気に活躍する世代と位置づけている。従来の区分では高齢者に含まれる「壮年熟期(66~76歳)」を「健康寿命」現役世代として活躍してもらい、「支えられる」側から「支える」側へ転換する機運を盛り上げるというのだ。

池袋で母子死亡事故を起こした87歳の飯塚幸三被疑者

 先日東京・池袋で、東大卒の元通産省キャリア官僚がアクセル操作を誤り、百キロ以上のスピードで暴走、31歳の母親、3歳の女児の自転車に衝突、2人を死亡させ、8人に大けがをさせる痛ましい事故を起こした。アクセルとブレーキペダルの踏み間違えではなく、ブレーキペダルのことは全く語られていない。彼は87歳だった。高齢ドライバーが重大な事故を起こすリスクは若いドライバーの3倍を越える。いまや高齢者は道路で最も危険な存在だ。

 「ふじのくに型人生区分」では、老年は77歳からであり、87歳を「中老」と呼ぶ。87歳ドライバーは自分自身をまさに「健康寿命」世代と過信して、ハンドルを握っていた。アクセルとブレーキペダルの踏み間違え、逆走など「健康寿命」高齢者の事故が毎日のように報道される。「健康寿命」高齢者が「老化」を免れていない証拠だ。そこをちゃんと把握して、県は施策を進めるべきである。「健康寿命」とは何かの定義をあいまいにして、莫大な事業費を投じることは県民にとってあまりに不幸だ。

「老化」には勝てない

 高齢者の脳は萎縮する。30歳で脳は1・4キロあり、頭蓋骨にぎりぎり収まるぐらいの大きさである。40歳ころから灰白質(脳の表面の神経細胞の集まるところ)が喪失しはじめ、70歳になると、脳と頭蓋骨の間には2センチ以上の隙間ができてしまうほど灰白質は失われている。頭蓋骨の中で脳がゴロゴロと回ってしまうから、頭部への衝撃で、高齢者が脳出血を起こしやすい大きな原因となる。

 最初に萎縮を起こす脳の部分は一般的には前頭葉である。前頭葉は判断と計画を司るところ。次が記憶を整理する海馬だ。高齢になると、作業記憶が失われる。いくら若いときに優秀だったとしても、悲惨な死亡事故を起こした87歳男性ドライバーの脳は昔のようには働いてはいない。彼は「アクセルが戻らない」と事故後に訴えたが、アクセル機能には何ら問題はなく、実際は前頭葉、海馬の機能に大きな問題があったことがうかがわれる。

 87歳男性は足の関節を痛め、1年ほど前から病院へ通院していたという。老化の問題はパーツごとに起きる。骨や歯が軟化するのに合わせて、血管や関節、筋肉、心臓だけでなく、肺までもカルシウムが蓄積して柔軟さを失っている。40歳ごろから筋肉量と筋力が低下しはじめ、80歳になると筋肉の重量は若いときのほぼ半分に減ってしまう。

 手足の関節は変形関節炎による破壊を受けて、関節の表面はガタガタになり、すり切れた状態になっている。「アクセルが戻らなくなった」という主張こそ、自分自身に起きている老化による運動神経の喪失結果(当然、脳にも及んでいる)を自覚できていなかった証拠だ。右足の不調というサインが出ていたが、「健康寿命」を過信して車を運転した。

 この87歳男性のように「健康寿命」を過信した高齢者ドライバーが増えた場合、いくらテクノロジーが進歩しても、今回のような悲惨な事故が繰り返される結果を招くだろう。「健康寿命」が「老化」に勝てるはずもないのに、いつまでも若いという幻想だけを想起させることになる。

老年科医の役割こそ重要だ

 衰えはすべての人の運命である。

 わたしの母は80歳を過ぎてから、睡眠不足、食欲不振、ふらつきなどを訴えた。クリニックへ行っても、自律神経失調症と診断され、さまざまな薬を投与されるだけだった。このため、母の不調は改善されず、静岡県立総合病院をはじめ多くの病院を渡り歩いた。母の状態は一向によくならなかった。

 浜松で開業する「老人」を専門にする医師を受診した。日本では珍しい老年科部門のクリニックである。

 「今日はどうされましたか」。医師は彼女にちゃんとあいさつをしたあと、優しく質問していった。お互いの会話はにこやかに続き、母の顔には医師を信頼している表情が浮かんだ。血圧を調べたら、正常範囲。目と耳を調べ、開口させ、聴診器を出して心音と呼吸音を聴診した。母からすべての事情を聴いた。医師は、母に投与されていた5種類以上の処方薬をやめるよう指示した。それぞれが有用なことは間違いないが、有用性よりもふらつきの副作用を生じさせる原因だった。健康によいからと低カロリー・低コレステロールと銘打った健康食品を食べていたが、きょうからは高カロリーの食事をするよう勧められた。

 医師はたっぷりと時間を取って話をするとともに、何と丁寧に母の耳垢を掃除してくれ、母が靴下を脱ぎ、爪を切り、そのあと、片足ずつどのように靴を履くのかなどを注意深く見た。医療の目的は特定の個別の問題-認知症、がん、高血圧、膝関節症、糖尿病など、それぞれに対して何かをすることは得意だが、老人の基本的な生活機能障害についてケアしていないのだ、と医師は話してくれた。

 薬をシンプルにして、もし関節炎があるならばそれが収まっているのかどうか、足爪が切られているのか、耳垢をちゃんと掃除しているのか、どのような食事をして、食べる量が体力を維持するのに適しているのかなどをチェックする。老年科医の役割は患者が生活機能障害に陥らないように目配りすることのようだ。

 人は余分な腎臓、余分な肺、余分な生殖腺、余分な歯を持ち、細胞はたびたびダメージを受けても修復を繰り返す。しかし、時間がたつにつれて、どんな優秀な修復システムでも全体を止めてしまうときが来る。老年科医の役割はそれをいくらか遅らせることである。

 調べてみると、日本では老年科医の数は非常に少ない。もし、まじめに老年科医の使命を果たそうとすれば、病院のもうけはなくなるからだ。高血圧の薬をやめさせ、さまざまな処方をしなければ診療報酬を得られず、病院経営が成り立たないからだ。

「老年科医」の育成ならば理解できるが…

 静岡県立総合病院に必要なのは「社会健康医学」研究のための大学院大学ではなく、高齢者にちゃんと対応する「老年センター」である。

 「社会健康医学」研究の大学院大学有識者委員会委員長は、2018年ノーベル医学・生理学賞受賞者の本庶佑氏(77)。がんの免疫治療薬「オプジーボ」開発のきっかけとなるタンパク質を発見した。現在、小野薬品工業と「オプジーボ」の特許対価が低すぎるとして厳しく争っている。いくら有名人であっても、「老化」問題の専門家というわけではない。本庶氏自身が「老化」についてどのように考えているのか聞いてみたい。

 大学院大学は疫学、医療統計学、環境科学などの教育を行い、県内の病院で働く医師、看護師らに社会健康医学修士を授与するというのだが、これで県民の「健康長寿」に役立つのか全く不明である。また、本庶氏は記者会見で「大学院大学は大きな投資であるが、将来静岡県の医師不足の解決につながる」と話した。本庶氏自身が静岡県の施策に疑問を抱いていることは確かだ。優先すべきは社会健康医学修士を育てることではなく、早急に医師確保をしていくための施策をすべきだと分かっているようだ。

県立病院の大学院大学施設

 静岡県立総合病院にはさまざまな診療科があるが、残念ながら老年科はない。最も多い患者は高齢者であるが、老年科の専門医が患者を診ていないのは、経営の点からというよりも、老年科医の役割が知られていないからだろう。

 タイトル写真は、静岡市内でアクセルとブレーキを踏み間違えてコンビニに突っ込んでしまった高齢女性による事故直後の様子だ。今後、「健康寿命」高齢者が増加すれば、このような事故は増えていくのだろう。「健康寿命」と「老化」は、全く別のものであることをちゃんと説明できる老年科医こそが必要である。

 静岡県立総合病院に必要なのは「大学院大学」ではなく、老年科医の育成も目指す「老年センター」であることを「壮年熟期」の川勝知事は理解すべきなのだろう。

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