リニア騒動の真相74「座長コメント」撤廃する?

川勝知事ら「座長コメント」厳しく批判

 リニア静岡問題を巡る国の有識者会議が7日、開催された。会議後に出された福岡捷二座長(中央大学研究開発機構教授)のコメント「山梨県側へ流出しても、椹島よりも下流では河川流量は維持される」に、オブザーバー参加した難波喬司副知事が「河川流量が維持されることはない。納得できない」などと反論した。

2月10日毎日新聞朝刊

 さらに、川勝平太知事は9日の定例会見で、「座長コメント」を徹底的に批判した。翌日の10日付朝刊は、『知事「座長談話」ずさん 国交省の運営を批判』(毎日)、『座長コメント撤廃を 国交省会議巡り 全面公開も要求』(静岡)、『県「流量維持 撤回を」 座長コメント巡り見解 国交省送付へ』(中日)などの見出しがつけられ、「座長コメントの撤廃を求める」という県の見解に共感した紙面が並んだ。

 9日の知事会見後には、難波副知事が「第8回有識者会議座長コメントについての静岡県の見解」と題した5枚の資料を配布、あらためて記者レクを行った。副知事は”精度の高くないJR東海の解析モデル”を否定した上で、そのモデルを使ったから、”誤解を生むような座長コメントの内容”がつくられたとしている。また、知事会見の中でも、リニア担当の織部康弘、田島章次の両理事が座長コメントへ強い不満を述べ、県は断固として「座長コメント」を問題にしていく姿勢を示した。

9日の川勝知事会見。座長コメントを批判

 知事は「これまで座長コメントに厳しい批判があるにもかかわらず、座長コメントが相変わらず出されている。今回のコメントは要らない。蛇足だと言うこと。座長コメントは明らかに事務官が書いている。だから、座長コメントはなしにする。座長コメントはやめなさい。事務官奴隷になるような座長というのは、福岡さん、今までの学業は泣きますよと申し上げたい」などと厳しく批判、「座長コメント」撤廃を求めた。

 この知事会見を受けて、静岡新聞は「県は近く、国交省に座長コメントの撤廃を要請する文書を送付する」とも伝えている。果たして、これだけぼろくそに批判されるほど、「座長コメント」はずさんだったのか?

「中下流で河川流量が維持される」を批判 

 有識者会議は各委員が意見を述べて、約2時間の議論を行った。その議論の方向を各委員の合意の下に、事務局が座長と相談した上で「座長コメント」としてまとめている。

 座長コメントは「1、本日の主な論議事項」、「2、次回以降の議論事項」の2項目にわかれている。「2、次回以降の議論事項」は4点あり、専門的な内容を利水者にもわかりやすく説明するよう求めるJR東海への3点の指示、もう1点は、今後、行われる予定の県生物多様性部会の推移についてだった。ただ、「次回以降」については、日にちを含めて、実際には、何も決まっていない。

 JR東海へ注文をつけた委員の意見を書いているが、JR東海への指示はJR東海に直接、確認すれば、それで済む話である。県の専門部会で、毎回、委員らはJR東海へ数多くの注文をつけている。いちいち、何を注文したのかまで言及すれば、それだけでややこしくなる。実際には、次回以降に何を議論するか、今回の県の批判などを受けて、内容は変わってくる可能性もある。予定は予定として、会議での決定事項のように書く必要はないではないか。

 重要なのは、当日の結論となる「本日の主な論議事項」。知事らが批判しているのは、その結論部分についてである。一体、何が書いてあったのか?

 『(1)前回(第7回)会議の座長コメントで今回(第8回)議論することとしていた「工事期間中における山梨県側へのトンネル湧水流出量の評価等」については、JR東海より示された以下の事項を有識者会議が確認した。

 〇トンネル掘削に伴うトンネル湧水量と河川流量の概念の整理から、以下が示された。

 ①椹島より上流側においては、トンネル掘削により、(a) 南アルプスの山体内部に貯留されていた地下水の一部がトンネル内に湧出して地下水貯留量が減少する。(b) (a)により山体内部の地下水位が低下することに伴い河川流量が減少する。(c) さらに地下水位の低下に伴い、地下から河川への地表湧出量も減少する。この結果、時間的な変化を伴いながら、上流では(b)+(c)が河川流量として減少し、(a)+(b)+(c)がトンネル内に湧出する。

 ②これらのトンネル湧水の全量を導水路トンネル等で大井川に戻せば、椹島より下流側では、トンネル掘削前に比べて(a)の湧水量が河川流量に追加され、中下流での河川の流量は維持される。』

 このわかりにくい文章を読んで、理解できる一般の人はいないだろう。この結論に異論を唱えた専門家の委員はいなかったはずだ。つまり、科学的、数学的の見地からは何ら問題ない。一般の人たちが、この文脈で理解できるのは、最後に書かれた『トンネル湧水の全量を導水路等で戻せば、中下流での河川の流量は維持される』という一項だけである。

 その一項が理論的に問題ないとしても、県は大いに不満である。

 『中下流の河川の流量は維持される』が科学的、工学的な議論の結論となれば、中下流の水資源への影響はほぼないことになる。それが有識者会議の結論となれば、利水上の支障があるとして河川法の占用許可を出さない姿勢の知事が問題になる。それでは困るのだ。

 さて、今回、議論の中心となった工事中に山梨県側へ流出する湧水についてはどうだったのか?

県も過去には「先進坑を掘って対策を決めろ」

 座長コメントでは次のようになっている。

 『〇山梨県側に流出するトンネル湧水と河川流量との関係について、解析モデルにより、以下が示された。

 ③JR東海の施工計画では、県境付近の断層帯を山梨県側から掘削することに伴い、当該工事期間中には山梨県側へトンネル湧水が流出する。その流出量を解析した結果、静岡市モデルでは約0・05億㎥程度、JR東海モデルでは約0・03億㎥程度と試算された。

 ④当該期間中の椹島より下流側の河川流量は、導水路トンネル等で大井川に戻される量を考慮すると、平均的にはトンネル掘削前の河川流量を下回らないことが両モデルにおいて示された。これにより、両モデルの予測結果としては、トンネル湧水が当該期間中に山梨県側に流出した場合においても、椹島より下流側では河川流量は維持される。

 ※今後、年変動の影響等を含め、更なるデータの提示や概念図の高度化をJR東海に指示した。』

難波副知事の資料2の図。JR東海モデルを批判。わたしには理解できない図である

 これに対して、県はどのような批判をしているのか?難波副知事が配布した資料には、『JR東海モデルの水収支解析の問題点』を挙げている。『①このモデルは、地下水位の現状を再現できていないので、地下水位が影響する事象について、このモデルの計算結果をもって直接語る(評価を下す)べきではない。(資料ー1)②椹島付近の河川流量や椹島より下流の河川流量は、椹島付近及びそれより下流の地下水の流れの変化の影響を受ける。それにもかかわらず、JR東海モデルの解析範囲は、下流側は椹島付近であり、それより下流の地下水の動きは計算していない。また、椹島付近の地下水の流れは現況とは異なる状態を想定している。(資料ー2)

 (科学的根拠についての県の見解)よって、「椹島付近及びそれより下流の地下水の動きを再現できていないJR東海モデルをもって椹島より下流(中下流を含む)の河川流量を直接、議論すべきではない」』

 まず、わかるのはJR東海モデルの0・03億㎥に問題があるかどうかを書いているわけではない。ひとえに、JR東海モデルは精度が低く、そのモデルから導きだされた結論として、『中下流域の河川流量が維持される』は間違いだと言っているようだ。つまり、ここでは山梨県外への流出云々は問題にしていない。

 副知事の指摘が科学的根拠に基づいているのか、疑問は大きい。資料では、『地下水の流れを正確に把握しない限り』、JR東海の計算に疑問を抱くと言っている。そんなことができるのか?もともと、掘削してみなければ、わからないことばかりだが、事前に議論できるのは「透水係数」などを使って、数学的に判断するしかない。つまり、「机上の理論」を議論している。JR東海へ求めるハードルは非常に高いのだが、出来ないことまで求めているように見える。

 難波副知事名で、県が2018年8月に作成した資料には、『原則、全量を戻すとし、先進坑を掘ったときの観測結果をもとに、対策を決めるべき』と主張していた。先進坑を掘って、実際の観測結果を見て、対策を決めていくべきだと県も考えていた。それが山岳トンネルの掘削では常識だったはずだ。

 それなのに、理論的な議論の末に結論となった「座長コメント」は誤解を生むとしている。難波副知事の発言及び資料は、JR東海モデルを基に議論している有識者会議の委員への批判とも言える。有識者会議は、JR東海の解析モデルによる計算結果を基に議論して、何らかの結論を導き出し、それを座長がコメントしているに過ぎないからだ。

 それではどうするのか?

難波副知事の出席を要請すべきだ

 知事は「座長コメントに厳しい批判がある」と言うが、批判しているのは県(県専門部会の委員を含める)側のみである。ところが、有識者会議に出席している森下祐一部会長らは、難波副知事と同じ視点に立って、批判をしているわけではない。少なくとも、森下氏は知見に基づいて、科学的な疑問を投げ掛けている。ただし、他の委員は森下氏の主張を相容れているわけではない。

 まず、今回の座長コメントの文章は一般には分かりにくいから、一般にも理解できるように文書を書き直した上で、『トンネル湧水の全量を導水路等で戻せば、中下流での河川の流量は維持される』を第9回会議の冒頭で委員に配布して、合意を得ていることを確認すべきだ。

 会議の場で委員は「座長コメント」の内容にすべて賛成である、という場面から始めるべきだ。どうもあやふやな議論で終えてしまった印象が強いのは否めないのだ。 

 もう一つの解決策として、国交省は、難波副知事を招請して、有識者会議の席で発言をさせたほうがいいのではないか?わたしには難波副知事の主張は昔、流行した『トンデモ科学』(疑似科学)ように見えるが、メディアは県の主張をそのままに大きく取り上げるから、流域の人たちの不安を煽り、国交省の姿勢に疑問を抱かせることになっている。

 前回の『リニア騒動の真相73「一滴の水」か「生命安全」か?』で書いたが、県は、静岡県側からの下向き掘削を行い、山梨県側へ一滴の水流出も容認しない姿勢である。まず、下向き掘削ができない理由を明らかにして、上向き掘削工法を採用するのが有識者会議の結論としなければ、山梨県側外への流出での影響を議論しても、県は納得しないだろう。

 県は、山梨県側への流出で中下流域の河川流量は維持されるかどうかではなく、湧水全量戻したとしても、中下流域の河川流量が維持されるというJR東海の主張そのものに疑問を抱いているのだ。

 その結論に不満を抱く静岡県を代表して、難波副知事に出席してもらい、作成した資料を基に科学的な根拠を示し、『中下流での河川の流量が維持されない』という根拠を主張してもらうべきだ。メディアの前だけで、正当性を主張するのとは違うだろう。

 県が文書で座長コメントの撤廃を求めるのだろうから、その対応策として、この2点をぜひ、奨めたい。

※タイトル写真は、座長の福岡捷二氏(国交省提供)

Leave a Reply

Your email address will not be published.