リニア騒動の真相73「水一滴」か「人命安全」か?

『毎秒2トン減る』から問題が始まった

 2月7日、リニア静岡問題を議論する国の有識者会議が国交省で開かれた。最も重要な議題は、『工事期間中(先進坑貫通まで)の県外流出湧水の影響評価』である。その前提となるのが、今回のタイトルに使った『「水一滴」か「人命安全」か?』。この難しい問題が有識者会議で話し合われることを大いに期待した。

 『「水一滴」か「人命安全」か?』については、静岡県地質構造・水資源専門部会が2019年10月4日、県境の畑薙山断層帯について山梨県側から上向きで掘削するトンネル工法が適当かどうかを議論する予定だった。山梨県側から上向きに掘削すれば、県外へ湧水は流出してしまう。県は湧水への影響を最大限に抑えるため、静岡県側から下向き掘削ができるのではないかと主張していた。ところが、当日、議論はほとんど行われず、終了してしまった。会議の最中に、県が「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」と題した一枚紙を配布したことが大きな原因だった。

 その紙に何が書いてあったのかは後ほど説明するとして、「水一滴も県外へ流出させない」を主張する県と「工事の一定期間中、作業員の安全確保を優先させたい」JR東海との真っ向から対立する主張の結論は出ていない。

 ただ、この難しい問題について理解するためには、1月31日「リニア騒動の真相72」でお伝えした『リニアトンネル設置によって毎秒2㎥減る』議論まで戻らなければないだろう。

 JR東海は2013年9月、環境アセス法に基づき公表した環境アセス準備書の中で、リニアトンネル設置によって、大井川上流部の流量が『毎秒2㎥減る』と予測した。

 この予測に対して、2014年3月、川勝平太知事は毎秒2㎥減少することで、住民生活や産業活動に大きな影響を及ぼす恐れがあるとして、『毎秒2㎥減少するメカニズムを関係者に分かりやすく説明するとともに、環境保全措置の実施に当たっては、鉄道施設(山岳トンネル、非常口(山岳部))への技術的に可能な最大限の漏水防止対策と同施設内の湧水を大井川へ戻す対策を取ることを求める』という知事意見を提出した。

 知事はさまざまな席で、毎秒2㎥は大井川広域水道の7市人口62万人に当たるため、「静岡県の6人に1人が塗炭の苦しみを味わうことになる。それを黙って見過ごすわけにはいかない」など『生命の水を守る』などの表現を使い、『毎秒2㎥=全量戻し』を想定した発言を行っていた。

 このため、JR東海は当初、椹島までの導水路トンネル設置によって毎秒1・3㎥を大井川に戻し、残りの0・7㎥を必要に応じてポンプアップして戻す対策を提案した。ただ、トンネル湧水全体は毎秒2・67㎥であり、湧水全量を戻すと表明したわけではなかった。

 県の「全量戻し」の要請に対して、2018年10月17日、JR東海は「原則としてトンネル湧水の全量(すなわち毎秒2・67㎥)を大井川に戻す措置を実施する」ことを表明した。これで、「全量戻し」問題は解決したはずだった。

 ところが、そうではなかった。

「県外流出は一滴たりともまかりならぬ」

県作成の資料でも「湧水全量戻し」の意味ははっきりとしていた

 2019年8月20日の会議について書いた『リニア騒動の真相13「水一滴」も流出させない』で、難波喬司副知事が県外流出を問題にした経緯を記している。その席で、県は一滴たりとも県外流出はまかりならぬと主張、その後の県知事会見を経て、各メディアは『毎秒2㎥減る』や『湧水の全量戻し』の本質論を忘れてしまった。そもそもは、中下流域への影響が出るのは、表流水の減少だったのだ。

 そして、JR東海が主張する作業員の人命安全のために、県外流出はトンネル工法上やむを得ないのかどうか話し合うのが10月4日の会議だった。そこには、トンネル工法の専門家安井成豊委員(施工技術総合研究所)も特別に招請されていた。ところが、安井委員の発言はほぼ遮られてしまい、議論は尻切れトンボで終わった。

 そこに登場したのが、県の作成した1枚紙「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」。内容は主に3つあり、県はここで下り勾配を強く主張している。

 1点目<静岡県が疑問に思っていること>は、静岡県は下り勾配のトンネル工法ができるはずではないか、と疑問を呈していた。『JR東海は「毎秒3㎥を上限にリスク管理を行うことは技術的に可能」としながら、下り勾配で工事をすれば「水没するリスクがあり、安全性に問題がある」のは矛盾している』と指摘する。

 JR東海は、畑薙山断層帯の脆い地質では、毎秒3㎥を超える可能性を念頭に、作業員の安全確保から山梨県側からの下り勾配での工事を想定している。毎秒3㎥のリスク管理では問題がある、と言っているのだが、県は静岡県側からの下り勾配でも、毎秒3㎥のリスク管理を行えば、安全な工事ができるのではないか、と疑問を呈している。

 2点目の<静岡県等が懸念していること>では、『畑薙山断層帯を下り勾配で工事した場合、想定外の湧出量となり、大量の地下水が抜けきってしまう恐れがある。水資源や自然環境に与える影響は極めて甚大だ』と言っている。ここでは、湧水への影響だけでなく、自然環境の面からも県はあくまでも下り勾配でトンネル工事を行うように求めているのだ。

 そして、3点目は『私たち(県)が問題にしているのは、トンネル近傍河川の表流水だけでなく、地下水を含めた大井川水系全体の水量だ』と言うのだ。こんなことを言い出せば、トンネル工事そのものはできないだろう。第7回の有識者会議でも、JR東海は大井川水系の水循環図を作成、一般の人たち向けに説明をするための資料を用意した。しかし、突き詰めて行けば、大井川水系には、2500m以上の水源となる南アルプスの山々は50座以上もあり、その全体がどうなっているのか調べる必要が出てくる。間ノ岳の源流だけの問題ではなくなってしまうのだ。

 当初、JR東海が大井川の表流水について毎秒2㎥減少を公表したため、県は「全量戻せ」と言い、JR東海は毎秒2・67㎥の湧水全量を大井川に戻すことを表明した。毎秒3㎥までは、リスク管理できるとJR東海は説明した。いまでは大井川水系全体の話となり、表流水だけの問題ではなくなってしまった。

 県はさらにハードルを上げて、工事中の「湧水一滴の県外流出はまかりならぬ」と主張、県は作業員の人命の安全確保に疑問を抱き、下り勾配で掘削すれば、静岡県の水は県外流出の恐れはなくなるのだ、と主張してきた。

 2014年3月の知事意見書では、『水資源』について、『トンネルにおいて本県境界内に発生した湧水は、工事中及び供用後において、水質及び水温等に問題が無いことを確認した上で、全て現位置付近へ戻すこと』と書かれており、県はこれを『湧水全量戻し』の根拠としている。

 さて、今回のタイトルである『「水一滴」か「人命安全」か』の判断を、国の有識者会議に求めているはずだが、果たして、結論は出たのだろうか?

県の疑問、懸念事項を解決すべきだ

 結論から言えば、国の有識者会議は、『「水一滴」か「人命安全」か』の議論を一切、行わなかった。

 福岡捷二座長(河川工学)は、県の作成した1枚紙「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」を全く承知していなかったのだろう。今回は、水収支解析を従来のJR東海モデルだけでなく、新たに静岡市モデルも使い、山梨県側から上り勾配での工事を前提に、トンネル湧水が県外流出するとして、10カ月間の工事期間中の河川流量の変化を計算した。

国の有識者会議。表流水の問題は解決したようだ(国交省提供)

 JR東海モデルでは、約0・03億㎥が山梨県側へ流出するが、湧水全量戻しによって、椹島下流側の河川流量は約0・02億㎥増加、また、静岡市モデルでは約0・05億㎥山梨県側へ流出するが、椹島下流側の河川増加分は約0・04億㎥増加する計算を示した。「両モデルの予測結果としては、トンネル湧水が工事期間中に山梨県側に流出した場合でも、椹島より下流側では河川流量は維持される」(座長コメント)を、有識者会議で確認した。つまり、山梨県側からの上り勾配のトンネル工事でも中下流域の表流水に影響を及ぼさないことが正式に認められたのだ。

 JR東海は県専門部会でも、繰り返し、同じ主張をしていた。つまり、2018年10月、湧水全量戻しを表明した時点で、大井川中下流域の表流水は逆に増える可能性さえあり、全く問題ないと説明していた。県専門部会では全く相手にされていなかったが、沖大幹東大教授(水資源工学)、徳永朋祥東大教授(地下水学)、西村和夫東京都立大学理事(トンネル工学)ら国の有識者会議の錚々たるメンバーが科学的、数学的に認めたのだ。

 しかし、それと県の疑問、懸念事項とは全く別の問題である。

 会議後の会見で、「県外へ湧水が出ることを川勝知事はやむを得ないと思っているのか?」という質問が出た。江口秀二審議官は「河川流量が維持されるのかどうかを議論してきた。トンネルの掘削の仕方は次回の会議で行う」などと話した。さらに、「川勝知事は納得するのか?」という疑問に、江口審議官は「利水者の理解を得ることが重要だ。水を使っている人たちがどう考えるのかが重要」などと答えた。

 江口審議官の回答はすべて正しいのだが、これでは県の「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」に答えてはいないのに等しい。

 有識者会議には県側委員として森下祐一委員(地球環境科学)、丸井敦尚委員(地下水学)が出席していた。彼らは静岡県の疑問、懸念事項にはひと言も触れていなかった。これでは、もし、有識者会議で中間報告や結論が出たとしても、県専門部会は2019年10月4日の時点に戻って、再び議論を始めるだろう。

 川勝知事は12月23日の会見で、たとえ有識者会議の結論が出ても、県専門部会に諮り、さらに中下流域の住民の理解を得るとしていた。今回の有識者会議の議論は、知事に絶好の理由を与えたことになる。山梨県側からの上向き工法で河川流量に問題ないことはすべての人が理解できたかもしれない。しかし、なぜ、山梨県側から上向きでトンネル掘削するのかを誰も理解していない。

 『「水一滴」か「人命安全」か?』の結論を出したほうがいい。多分、川勝知事は問題にするだろう。

 タイトル写真は2月7日開催された国の有識者会議(国交省提供)

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