リニア騒動の真相59”命の水”守る川勝知事の責任

『県が黙認する東電「ダム取水」の謎』

 東洋経済オンラインで10月15日付『静岡県が黙認する東電「ダム取水」の謎』というタイトルで、川勝平太静岡県知事は「リニア静岡」問題を解決しようとする姿勢に欠けるのではないか、と指摘した。なぜ、この記事を書こうとしたのか、その背景説明をしたほうがより分かりやすい。

県環境くらし委員会で答弁する難波副知事

 10月5日県議会くらし環境委員会リニア問題集中審議で、杉山盛雄県議が「田代ダムについての議論がこれまでなかったのか?」と質問したのに対して、難波喬司副知事は「一切ない」と回答した。杉山県議は再度、確認したが、難波副知事は強く否定した。

 会議終了後、難波副知事に確認したが、「ない」と強く否定、隣にいた織部康宏リニア担当理事は「過去4年間に一度もない」と回答した。たったいま、杉山県議に「一切ない」と答えたばかりで、「実はあった」などとは言えるはずもないだろうが、7日に織部理事にもう一度、確認すると、「2014年春から2018年夏までの4年間」だという。そんな姑息な理屈が通るはずもない。知事野党である自民県議団は田代ダム問題に全く詳しくないから、難波副知事の発言に疑義を唱えることはできなかった。県に都合の悪い田代ダム問題を否定するやり方には、大きな疑問が残った。

 2019年6月6日、難波副知事名で宇野護JR東海副社長に送付した「リニア工事における大井川水系の水資源の確保及び水質の保全等に関する中間意見書」に、「田代ダム」が登場する。県は水量の全量戻し方として、「戻し方として、導水路トンネル出口、及びポンプアップによる非常口出口から全量を戻すとしているが、上流部の河川水は、その一部が東京電力管理の田代ダムから早川へ分岐し、山梨県側へ流れている。このことを踏まえた上で、静岡県の水は静岡県に戻す具体的な対策を示す必要がある」と指摘している。

 非常にわかりにくい文章である。ふつうに読めば、JR東海に東電と交渉して、田代ダムの水を大井川に放流するよう求めているよう理解できる。ただ、JR東海には、東電とそのような交渉をする権限もないから、水面下で何とかうまくやってほしい、と取れてしまう。

 7月12日付JR東海の回答は「当社から取水の制限を要請することは難しい」となっている。このあと、中間意見書の回答について専門部会などで議論が行われる。

3度も専門部会等で議論された「田代ダム」

 8月20日県地質構造・水資源専門部会の意見交換会で、大石哲委員が田代ダム問題を取り上げた。JR東海は詳しい資料に基づいて、「工事中、一時的に西俣非常口から西俣川へ流したトンネル湧水は、大井川と合流し東電が管理する田代ダムに水利権の範囲内で取水されるが、トンネル湧水は河川の流量の減少量よりも多いことから、トンネルがない状況と比べても取水地点より下流での流量が減ることはない」と珍妙な回答をしている。質問の意図が理解できないのだ。

 8月29日大井川流域の利水団体による意見交換会が開かれた。首長で出席したのは、染谷絹代島田市長、鈴木敏夫川根本町長の2人のみだった。田代ダム問題に深い関心を寄せるのも、この2人であり、染谷市長は田代ダム問題を取り上げたが、議論は全くかみ合わなかった。

2019年9月12日の専門部会であいさつする難波副知事

 9月12日専門部会合同会議が開かれ、再度、田代ダム問題が取り上げられた。森下祐一部会長から「具体的には田代ダムからの取水の問題ですけれど、JR東海からは新たな内容や資料を追加された部分がある」などとして説明を求めている。

 大石委員が「渇水時期に田代ダムへの流入量が少なくっているところを、このトンネルからの湧水が入って、それが直接田代ダムに入り、田代ダムで使われて県外に流れてしまう。その点を懸念している」などと質問している。

 JR東海は「田代ダムイコール東京電力と捉えておりますけれども、そこに対するアプローチは、なかなかちょっと難しいという答えを書かせていただいた」などと回答している。つまり、中間意見書の回答通り、JR東海が「東電に対して、取水の制限を要請することは難しい」と答えるしかないのは、技術的な問題を論議している場で、政治的な解決策を求めているのかJR東海には判断つかないからだろう。

 部会長から意見を求められた難波副知事は「(JR東海の)全量戻しが前提で、全量戻さないから田代ダムから返すんだ、という話を今ここでしても議論が十分されていない」など、どちらが田代ダム問題を提起したのかあいまいな回答をしている。

 ただ、これだけの議論をしているのに、難波副知事が県議会委員会で「一切ない」と答えてしまう姿勢は一体、何だろうか?

田代ダム問題こそ”命の水”問題である

 そもそも田代ダム問題とは何か。大井川の「水返せ」運動の原点なのだが、非常に分かりにくい。宣伝を兼ねるが、雑誌静岡人vol4『なぜ、川勝知事は闘うのか?』を読まれることをお薦めする。

 大井川の「水返せ」運動は河原砂漠となってしまった中部電力の大井川、塩郷、笹間川ダムの影響によるものと、東電・田代ダムの「水返せ」運動は性格を異にする。

 中電の3つのダムは導水管によって川口発電所まで送られるから、その中間の大井川が河原砂漠となり、水生生物、魚類の生息ができなくなり、また、中流域のお茶は朝夕の川霧でおいしく育ってきたのに、水が一滴もなくなると、川霧が立たなくなり、お茶の味に影響を及ぼしていたのだ。「大井川の昔の姿を取り戻してほしい」と茶農家はじめ多くの流域住民が1987年8月に立ち上がったのが、中電の水力発電所ダムに対する「水返せ」運動である。

 田代ダムの「水返せ」運動は、川勝知事の言う”命の水”を取り戻すことと同じ位置づけとなる。人々の飲料水に深く影響を及ぼすからである。

田代ダムの説明には東電管理などが記されている

 田代ダムは1928年建設された大井川で最も古い発電所用のダム。1955年、従来の毎秒2・92㎥から4・99㎥に取水が増量されると、川枯れ問題の象徴となってしまう。”命の水”を毎秒2㎥以上も山梨県側へ取水され、大井川の放流量が大幅に減ってしまったのだ。現在、議論しているリニアトンネル工事中の水量減量など問題にならないくらい大きな量である。高度成長期に入る首都圏での電力需要を優先したのだから、流域住民たちは大井川が犠牲になることに内心の怒りを抑えて、「水返せ」運動を始めた。

 水利権更新時しか交渉できないのだから、1975年12月の水利権更新に当たり、当時の山本敬三郎知事は「4・99㎥のうち、2㎥を大井川に返してほしい」と要求した。東電は「オイルショックによるエネルギー危機で水力発電を見直す時代に入った。水利権は半永久的な既得権であり、一滴たりとも渡すわけにはいかない」と蹴ってしまう。山本知事の政治力が負けて、東電の主張がそのまま通ってしまったのも時代の要請があったのだろう。

 その後も「水返せ」運動は続き、静岡県は東電と粘り強く交渉、2005年12月、ようやく、0・43㎥から1・49㎥(季節変動の数値)の放流を勝ち取った。水増量が始まってから50年もの歳月が掛かった。

 このときの交渉で、それまで30年間だった水利権更新期限を10年間に短縮、今後の交渉の余地を広げたのも大きな勝利と取られた。

なぜ、2015年冬の水利権更新を黙認したのか?

 2015年冬、田代ダムは水利権更新を迎えた。織部理事の言う2014年春から2018年夏の4年間ならば2015年冬は含まれる。田代ダム水利権更新の県の責任者は、誰だったのか尋ねた。難波副知事である。

 そして、9日発行の雑誌中央公論に川勝知事『国策リニア中央新幹線プロジェクトにもの申す』というリニアの部分開業やルート変更を求める挑発的な論文が掲載された。そこに2014年春、”命の水”を守るために立ち上がったのだと書いてあった。ところが、2015年冬は”命の水”を守るために最も大事な年であったはずだったが、論文には「田代ダム問題」にはひと言も触れていなかった。

 “命の水”に色がついているわけではないから、山梨県へ流出する田代ダムの水を取り戻すことは、JR東海との議論とは別に静岡県の最大の政治課題であるべきだった。

 ところが、せっかく10年間に短縮された水利権更新だったが、難波副知事が黙認したのか、放流条件はそのままで更新された。県議会委員会で「田代ダムについての議論は一切ない」というのは、まさに、2015年冬の水利権更新で何もしなかったということを言いたかったのか。水不足が常態化している要因のひとつが、田代ダムから山梨県側への流出であることは言うまでもない。これは静岡県の責任である。

 ”命の水”を守ると言うならば、トンネル工事期間中、JR東海が東電に金銭的な代償を支払い、田代ダムから大井川への放流を増量すれば、問題は解決する。

 川勝知事は声を大にして、“命の水”を取り戻すと東電とJR東海の両者に強く働き掛ければ、同じ大井川の水なのだから、現実的な解決策となり、流域県民の生命は守られるのだ。国は積極的に関与するだろうから、2025年の水利権更新を待たずに田代ダムの放流は増量される可能性が高い。現実的な解決方法のひとつである。ところが、静岡県は田代ダム問題を封印してしまい、ただ単にJR東海のみに”命の水”を求めている。

静岡県民の利益を優先した政治をしてほしい

 「学問の自由」とは全く関係ない菅首相の日本学術会議問題に口を挟んで「菅義偉という人物の教養レベルが露見した。学問立国に泥を塗ること」などと川勝知事は批判した。16日には発言の一部を訂正したが、6人の学者の任命拒否に対する批判を続けている。発言の一部撤回後の会見で「私は権限や能力を持った人が間違っているならはっきり言う。そのスタンスは変わらない」と述べている。

 まさに、リニア静岡問題で、絶対の「権限」を握る川勝知事にそのまま返したいことばである。政治力を行使して、リニア問題を解決できるのは知事しかいないのだ。自民県議の質問に対して、嘘とも取れる発言をしてごまかしていることをどう考えるか、知事ならばはっきりと分かっているだろう。

 最近の静岡経済新聞が川勝知事の味方ではなく、JR東海の味方をしているなどと的外れな批判をする知事の周辺がいるようで、がっかりとさせられている。

 2011年3月、『順天堂 仁の誕生』(やさしい患者学研究会発行)を書いた。順天堂(現在の順天堂大学)の創始者佐藤泰然について、天保時代の歴史的な事実を踏まえ、現地を訪れて調べた。山形県遊佐町、東京・両国界隈、本郷・湯島、千葉県佐倉市、印旛沼周辺などさまざまな場所を回り、びっくりするような事実を知らされていく。もし、内容に関心のある方はぜひ、連絡ください。1冊2500円だが、その価値が十分にある本だから、ぜひ、読んでほしい。

 この中で、儒教の「仁・義・礼・智・信」を「五常」と呼び、日本人の守るべき道と説くことを佐藤一斎ら多くの儒学者から学んだ。家康の朱印も、「仁」の心を広めることを旨に押されている。リニア反対でも構わないが、静岡県の県益を考えて政治をしてほしい。「仁」とは、周囲に対するいたわりの心を広めることだが、権力者は自分自身の立場を優先することなく、県民全体の利益を考えた政治に専念することを心掛けてほしい。

※タイトル写真は、10月7日菅首相批判をする川勝知事の記者会見

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