リニア騒動の真相21 正々堂々の「ちゃぶ台返し」

鉄道局へ強い不信感を示す

 前回の「リニア騒動20」で伝えた「『暗闘』が始まった」に対して、川勝平太知事は6日の定例記者会見で、正々堂々の「ちゃぶ台返し」に打って出た。

 知事の「ちゃぶ台返し」は、「暗闘」を仕掛けた国交省鉄道局の思惑すべてをコナゴナにくだけ散らせたようだ。国、静岡県、JR東海による三者協議は続けられるが、国の論理を一方的に押し付けることなど川勝知事に通用しないことがはっきりとした。

「非公開」三者会談後の記者会見を伝える静岡新聞の写真。会談で何があったのかは、知事が真相を語った

 知事は会見で、10月31日国交省で行われた三者協議を巡る「非公開」の会議内容を明らかにした上で、国交省鉄道局の対応を厳しく批判した。「敬愛する職員が罵倒、叱責された」として、鉄道局長を名指しで強い不信感を示した。鉄道局が調整役(行司役)として積極的に静岡県、JR東海との協議に介入することを受け入れたそれまでの姿勢を一変させ、「鉄道局だけでは仕事の整理ができない。(国交省)河川局、環境省が加わった上で国が関与すべき」と国の新たな体制を断固として求めた。

 「鉄道局長が(副知事、担当局長を)罵倒し続けた。彼らは個人ではない。(大井川流域)62万人、静岡県民370万人を代表している。極めてささいなことで、(担当局長に)土下座をさせるような言動まであった。国交省(鉄道局)の仕切りでは器に欠ける。(鉄道局への)信頼は失われた」など厳しい知事のことばが続いた。

 「絶対にわたしは許さない」。知事の怒りは頂点に達した。国交省は川勝知事から送られた強烈なシグナルに困惑するしかなかっただろう。

国の立ち位置が明らかになった

 「ちゃぶ台返し」にいたった経過を振り返ってみよう。

 10月24日、国交省の藤田耕三事務次官が突然、川勝知事に面会して、8月に決めたこれまでの役割(オブザーバー)から、国が積極的に協議にかかわることを説明した。2027年リニア開業を目指すJR東海の強い意向を受けて、国は静岡県に柔軟な対応を求めたいというのが本音である。知事も事務次官からの申し出を受け入れ、国の関与によって、”膠着状態”が打開に向かうことに期待感を抱いた。

 その後、31日に行われる三者会議を前に合意文書案のやり取りが行われていた。ところが、その文書案の中身を、第一テレビが協議前日、30日夜に報道した。つまり、内部情報をだれかが漏らしてしまった。

 テレビ報道では、当初、国からの文書案には「地元の理解を得る」という文言が入っていなかったため、県が国へ「地元の理解を得る」ことが条件である旨を伝えると、「地元の理解を得ることに努める」という文言が加わったなどと伝えている。ローカル局の第一テレビに情報提供したのは、静岡県のだれかと考えるのがふつうである。

 調整中の情報が漏れたことで、国交省は静岡県の「公文書管理」を厳しく批判、「静岡県は信頼できない」として、31日の会議は、鉄道局長による副知事、担当局長への「叱責」「罵倒」に終始したようだ。

 国の思惑は、国主導で三者協議を進め、JR東海が求める静岡工区の早期着工につなげる役割を果たすことである。県の「公文書管理」の不手際は、三者協議を国主導で進めていく口実を与えたようなものである。鉄道局長は厳しく不手際を追及することで、国の立場を有利なものにしたかったのだろう。

 一方、川勝知事は、これまで行われた議論を国に公正公平な立場で評価してもらい、ちゃんとJR東海に対応させることが国の役割と考えていた。ところが、鉄道局長による「叱責」「罵倒」は、上位官庁の国が主導して三者協議を行うことを表明したに等しい。また、はからずも国の立ち位置がどこにあるかまで明らかになってしまった。それで、知事の怒りは頂点に達したのだ。

 「リニア騒動20『暗闘』が始まった」では、国が官邸の意向を受けて静岡県へ働き掛けを強めることを伝えた。鉄道局長の「叱責」「罵倒」もその意向を受け、国の役割を果たすためのものだったのかもしれない。

国土交通大臣の「意見書」尊重求める

 知事は会見で、国からの文書案が「『地元の理解を得た上で』ではなく、『地元の理解を得つつ』にする」だったことを明らかにした上で、2014年環境影響評価書に太田昭宏国土交通大臣(当時)がつけた意見書は「地元の理解と協力を確実に得る」だったことを挙げて、「地元の理解を得つつ」は、太田大臣の意見書に相反していると2度にわたって指摘した。

 三者協議の合意文書は太田大臣の意見書(国の基本的姿勢)を尊重するのが当然であり、「地元の理解と協力を確実に得る」の文言以外では静岡県は受け入れないことを知事ははっきりさせたのだ。また、文言の修正に関わる漏洩情報そのものが「極めてささいなこと」であり、「メディアは(限られたスペース、時間で)編集するから、事実と違うことなど多々あり、メディア報道を問題にするほうがおかしい」と自分自身の経験に即した”メディア論”まで披露、「非公開」の秘密会議ではなく、三者協議はオープンにすべきだと結論づけた。

 知事会見と同じ日(6日)に、国交省の江口審議官が島田、掛川、藤枝、焼津の4市長と面会、会談している。知事はこの会談が、まさに、「地元の理解と協力を確実に得る」ことを国が初めて実践しているのだと指摘した上で、「(いままで何もしてこなかった)JR東海は反省すべきだ」と厳しく批判した。

 川勝知事の怒りの記者会見と軌を一にするように、各市長もそれぞれの立場で厳しい意見を述べている。

掛川市長との会談を伝える静岡新聞記事

 江口審議官との会談を伝えた新聞報道では、「JRが国から認可を受けるときには『地元住民の理解を得て』という文言があった。静岡市では住民説明会があったが、(島田市を含めて)他地域では一度もない。過去に何度もJRに求めたが、実現していない」(染谷絹代島田市長)、「JRは考えを地元に説明する努力をしてほしい。上から見ているだけではなく、私たちの目線に立って進めてほしい。国交省が音頭を取り、JRが説明する機会を設けてほしい」(松井三郎掛川市長)などJR東海が地元説明会を怠ってきたことに不満を述べている。

 「リニアは日本に好景気をもたすかもしれないが、この地方が衰退すれば、結果として日本全体に大きくマイナスの影響を及ぼす。JRは地元に入って信頼関係を築く努力をすべき」(北村正平藤枝市長)、「浜当目トンネル工事で一部の地域の水に影響が出ている状況から、リニアのトンネル工事への不安が上がっている。JRから地下水に関しての話をこれまで直接に聞いたことがない」(中野弘道焼津市長)など、すべての市長がJR東海の対応に疑問を呈した。

 奇しくも、知事、地元市町の発言が「一致団結」したのである。

シナリオが狂う恐れ?

 6日の「ちゃぶ台返し」知事会見後、読売新聞は8日付3面全国版で「リニア27年開業『黄信号』 静岡未着工」の大きな記事を掲載した。「国交省は年内に(静岡県とJR東海の合意)決着させる方針だったが、川勝知事の反発は予想外でシナリオが狂う恐れがある」と伝えている。

 8日までに、鉄道局から提案された三者協議の文書案の合意を経て、新たな枠組みの「三者協議」が今月中にはスタートする予定だった。その三者協議は入り口でつまずいただけでなく、知事の「ちゃぶ台返し」ですべてご破算になったが、国は積極関与して「三者協議」から始める方針に変わりないだろう。ただし、ハードルは大きく上がってしまった。

 知事は、これまでの静岡県、JR東海との環境保全連絡会議専門部会協議について、国としての評価、見解を示すことを求めた。三者協議を始めるに当たって、積み重ねてきた議論を台無しにするような、鉄道局の「暗闘」にくぎを刺したかたちである。24日に面会した藤田事務次官に同じことを求めたが、藤田次官は回答しなかった。しかし、今回の「ちゃぶ台返し」を見れば、一歩も譲らないだろう。知事は、まず、国の評価を文書でもらわない限り、三者会議を開催することを認めない姿勢である。まず、その文書をもらった上で、三者協議の合意がスタートするしかなくなった。

リニア「黄信号」を伝える読売新聞

 8日付読売新聞「リニア27年開業『黄信号』」の記事では、川勝知事の「待った」を中心にまとめているが、「残土・用地も難航」という見出しの記事(中部支社発)は静岡県以外の地域の「深刻な課題」を紹介した。長野県で残土の引受先が決まっているのは全体のたった2%しかないこと、さらに、名古屋駅での土地取得も計画通りでないことも明らかにした。「川勝知事の反発でシナリオが狂う恐れがある」と書いた当の読売が、静岡県だけでなく、他の地域でも課題山積を伝え、”シナリオ”狂いを伝えているのだ。

 10月23日付静岡新聞でも長野、山梨、神奈川、岐阜の地方紙がリニア工事を巡るさまざまな課題を紹介した。特に、静岡県とつながる南アルプストンネル長野工区では作業用トンネル(斜坑)工事に2年近くの遅れが出て、工程表の完成を「未定」にしてしまい、本線トンネル着手など全く見えてこない深刻な現状を伝えた。

 「世界最大級の活断層地域」南アルプスだからこそ当然の結果であり、国、JR東海の早期着工だけを目指す議論に、静岡県がそう簡単に乗ることはできない理由を長野区工事で明らかになっているのだ。

 国が「暗闘」を仕掛け、「風雲急を告げる」事態になったが、知事の「ちゃぶ台返し」によって、逆に、国は静岡県、JR東海の議論を評価するという面倒な作業を迫られている。しかし、この作業を着実に積み重ねない限り、議論は決して前に進まない。

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