財布盗難。「慣れ」にご用心!

治安の悪い街ナポリの実情

  ことし6月、ミュンヘン(ドイツ)、ナポリ(イタリア)、ウィーン(オーストリア)の順番で各都市を初めて訪れた。そのうち、ナポリのガイドブックは非常に少なく、ネット情報では治安が悪く、すり、かっぱらいなど頻繁にあり、非常に物騒なイメージばかりだった。2018年出版された、アメリカのミステリー作家ジェフリー・ディーヴァー「ブラック・スクリーム」(池田真紀子訳、文藝春秋)がナポリを舞台にしていたので読み返した。ニューヨーク市警の元鑑識課長、四肢麻痺のリンカーン・ライム(「ボーン・コレクター」でデビュー)は、ニューヨークで起きた事件がナポリに飛び火したため、ナポリに出向き、事件解決に当たる。車椅子の旅行者リンカーン・ライムの目でナポリを紹介していた。

宿泊した駅前ホテル屋上のレストランで

 リンカーン・ライムシリーズには犯罪捜査がつきものだから、カンパニア州ナポリ周辺を本拠にする4大マフィアの1つ、”カモッラ”について、詳しく書いてあった。カモッラは独立したいくつかの組織の集合体であり、ナポリ駅周辺にも本拠地を置き、食品とワインの闇商売、ごみの回収などを牛耳り、資金源としている。シチリア島の「マフィア」、ナポリ周辺の「カモッラ」、イタリア南東部プーリア州の「サクラ・コロナ・ウニタ」、特に危険とされる、ナポリの南側に本拠を置く「ンドランゲタ」が4大マフィア。ナポリのカモッラも危険であり、旅行会社の友人に聞いても、ナポリの治安はあまりよくないと言うから、「おカネよりも生命が大事」という旅の鉄則を守り、カモッラ地域には近づかないと決めた。

 ミュンヘンからナポリ空港に着いて、きょろきょろ見回し、直行バスでナポリ中央駅に向かい、ホテルを予約した駅前で降りた。怪しげな物売りが立ち並ぶ汚い路上を歩きながら、周囲に気を配り、スーツケースだけでなく、上着ポケットにしまったパスポートや財布には十分注意を払った。

ブリューゲル「盲人の寓話」の部分。「盲人が盲人を案内したら2人とも穴に落ちる」という聖書の寓話

 ナポリでの一番の目的は、国立カポディモンテ美術館にあるブリューゲルの「盲人の寓話」、「人間嫌い」。朝タクシーを使い、狭い道路を抜けて、目的地に着いた。駅前を中心とした街の中はごちゃごちゃしてきれいではないが、道を聞いてもみな親切だ。街には小銃を構えた軍警察官がたくさんいて、警戒に当たっていた。ナポリ2日目で分かったのは、食べるものは安くて、おいしい、ガイドブックがお薦めしない下町「スパッカナポリ」、「スペイン街」を歩いてもまったく危険な感じはしなかった。サンタルチアの卵城など観光地は駅周辺とはひどく違い、高級リゾートの雰囲気さえした。ただし、昼間だ。

 ナポリ3泊4日、危険な夜の外出は控え、何らトラブルに合わなかった。そのあと訪ねたウィーン4泊5日は全く安全で、トラブルに遭うこともなく日本に戻ることができた。

おふろカフェ美肌湯で盗難に遭う

 海外ですりや盗難はつきもので、もし、そんな目に遭ったとしても仕方ないとあきらめるしかない。それが、まさか、静岡で盗難に遭うとは思いもしなかった。

 11月1日朝6時起床、6時半ころ、昭府町にある銭湯おふろカフェ美肌湯(びじんゆ)に行った。2時間半くらい、サウナ、水風呂を繰り返して楽しみ、8時50分ころに銭湯を出て、帰宅した。そして、帰って気が付いたら、財布がなくなっていた。

 財布がなくなったことは自宅に戻って気づいた。財布はズボン(作務衣)の左ポケットに携帯電話とともに入れていた。銭湯入館にカードが必要なので、財布からカードを出して、チェックを受け、再び、ポケットにしまった。帰りに代金を支払うのに、その日はたまたま、6百円小銭で右ポケットに入っていた。朝風呂は580円、お釣りを20円もらった。左ポケットの財布に意識が行かず、右ポケットにある車のキーを取り出して、自宅に戻った。戻る途中、財布の存在について、何ら意識していなかった。当然、左ポケットにあるものと思い込んでいた。

 そして、自宅で気が付いたら、財布が消えてなくなった。

 銭湯に電話して、財布の届け出がないことを聞いたが、念のため、銭湯にもう一度出掛け、早朝に使ったロッカーを確認した。当然、財布の置き忘れなどあるはずもなかった。

 もしや、車のどこかに落ちているのではと期待したが、当然、そんなこともなかった。

現金2万5千円などが入った財布

 盗難に遭った以外、他に理由は見当たらなかった。銭湯、車、自宅以外にどこへも寄っていないし、銭湯で財布を取り出したのは、入館時の一度しかない。帰りは、そのまま車で自宅に戻り、ポケットに財布がなかったのだ。

 財布が盗難にあったことで混乱、ショックを受けたのはほんの少しの時間だった。自宅で一生懸命探したが、ムダだった。さて、どうするのか?

 現金は2万5千円くらい。まず、現金が戻ってくる可能性はゼロだろう。財布には8枚ものカードを差し込むことができた。まず、何を差し込んでいたのか思い出さなければならない。免許証、保険証、クレジットカード5枚、図書館カード、デパート10%割引カードなど。その他、理容店、パン屋、マツキヨなどのポイトンカード、お守り、タクシーチケットなどが入っていた。本当に面倒くさい。もっと大切な何かが入っていたのかもしれないが、忘れてしまっている。

 何よりもその革財布が気に入っていた。2012年ロンドンで購入した英国王室御用達の文具メーカー・スマイソンのブランド品、イニシャルも入れてもらっていたし、本当に使いやすかった。

 まず、昼前に静岡中央警察署に出向き、会計課で落とし物の届を出し、そのあと、刑事一課に出向き、財布紛失は「盗難」以外に考えられないと伝えた。「盗難」であれば、現場検証をするとのことだが、昭府町交番の警察官とおふろカフェに出向いたとしても、単に記録を取るだけで、財布が見つかる可能性は非常に低い。

 「もし、どこか別の場所で、財布が見つかったり、身分証明書やクレジットカードを悪用された場合、盗難がはっきりとする。そのときにちゃんと捜査対象にしてもらえればいい」と話すと、「盗難記録」として受理してくれた。なかなか賢い女性警官だった。

 現金だけを抜き取って、財布だけ捨ててくれ、という淡い期待を抱いて、連休明けの5日まで待った。「財布発見」の連絡はなかった。

免許センターで即日再交付

 6日にまず、免許センターへ行き、免許証の再交付手続きを行った。中央署ならば、1カ月掛かるが、免許センターへ出向けば、即日交付とのこと。料金3500円。その後、保険証再交付(無料)、図書館カードの再交付(100円)を済ませた。クレジットカードのうち、アメックス(年会費7千円)は無料ですぐに送ってくれるとのこと。デビットカード機能を持つソニー銀行カードは、盗難の受理番号を知らせたので、1650円の再発行料が無料となった。

 Tカード、鈴与スマイルカード、静銀アプラスカードは有料。それで、いっそのことカードを整理することにした。カードを持ち過ぎていた。自宅にも1枚置いてある。6枚も持っていても実際には使うことはない。デビットカード機能(クレジット)を持つソニー銀行カードは、使った料金の2%分がバックされる。それを使えば他のカードのようにポイントをためるのと同じだ。

 おふろカフェに電話を入れて、最後に使ったレシートがちゃんと残っているので再発行すれば、ポイントがそのままつくのか確認した(ポイントがずいぶんたまっていた)。ポイントの継続はできず、単に200円の再発行費用が掛かるだけのこと。盗難に遭った現場なのに、おふろカフェの管理責任は何もないらしい。これにはちょっと腹が立った。カギを掛けたロッカーに入れておいたのに盗難にあったのだから、もっと十分な管理が必要だ。貴重品を銭湯に持っていった自分自身の責任は十分に感じているがー。

 最後に残ったのが、「財布」?それ以外は「再交付」をしたので、以前と同じ日常が戻ってきたような気がする。

ナポリを見ずして死ぬことなかれ

 スペインのバルセロナですりに遭ったときには、現金だけが抜かれて、財布とカードは戻ってきた。今回もそうなればいいなと考えたが、そんなにうまくはいかないようだ。

 若いときであれば、財布を盗まれたら、もっと大きなショックを受けていたかもしれない。だんだん、感性が鈍くなってきている。「慣れ」は怖い。「慣れ」てしまうから、ときどき旅に出て、初めての場所での緊張を強いられることで「慣れ」ることを用心するのだろう。

卵城からのナポリ風景

 「ナポリを見ずして死ぬことなかれ」。See Naples and then die.直訳では「ナポリを見てから死ね」。ナポリ湾の美しい風景をたとえて、世界中で一番美しい場所を見る幸せをあらわしている。ナポリを訪ね、いろいろ見て、食べて楽しんだら、生きているうちに実現すべきことのリストはそれで終わりという意味らしい。この世で経験すべきことはもうない。そんなはずはない。新鮮な驚きを楽しむのが旅のだいご味だが、盗難に遭うのは人生のやり直しを自覚するのにはちょうどよい。

 年を取っていくと人生は悪いことのほうが多いことに気づく。でもよいことも少しはある。クレジットカードの悪用もいまのところはなく、現金その他がなくなったことだけで済んだ。財布だけでも戻ってくることを期待して、しばらく、新しい財布を購入することを待ってみる。

カポディモンテ美術館の忘れられない作品

 きっと何か別のよい知らせが来るような気がする。新たなよい経験が未来にあることを期待する。年取ってくると、「慣れ」の連続で、この世で経験すべきことはすべて済んだような気がしてしまう。新鮮な感動を持つには、「慣れ」に慣れないこと。大切な財布が戻ってくれば、きっと感動するのだがー。いまのところ(16日現在)免許証、保険証等が悪用されたという、ドキッとさせられる情報もない。

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