リニア騒動の真相11 南アルプスを世界遺産に!

知事”腹案”は南アルプスの「世界遺産」登録?

7月9日付中日新聞

 「考えるリニア着工」というワッペンの付いた中日新聞インタビュー(7月9日付)に、川勝知事は「リニア開業と南アルプス保全を両立させる腹案がある」と明かしたことで、7月26日の記者会見でも、その中身を明らかにするよう何人かの記者が求めた。2016年7月川勝知事が提唱した「環南アルプス・エメラルド・ネックレス構想(静岡、山梨、長野3県の10市町村の連携的な地域振興)」が、その腹案かという問いには「別個の脈絡で、リニアとは全く関係ない」と否定、”腹案”について「万機公論に決すべし」と述べるにとどめた。

 川勝知事は「南アルプスとリニア新幹線なら南アルプスエコパークを選ぶ」と、6月静岡市で開かれた中部圏知事会議で述べ、強い決意を示した。その席には、リニア開業の遅れを懸念して静岡県の対応に不満を述べ続ける愛知県の大村秀章知事も出席していた。さらに、中日新聞インタビューで「(求めるのは)南アルプスの保全以上に具体的なものはない」と述べた。このような発言から、知事の”腹案”に「南アルプス」の世界自然遺産登録推進があるのではないか?

 「ユネスコエコパーク」は日本国内のみの通称で、実際は「Biosphere Reserve(生物圏保存地域)」を指し、ユネスコMAB(人間と生物圏)計画の一事業。MAB国際調整理事会の審査・登録は、世界遺産委員会の審査・登録に比べるとはるかに緩やかであり、世界的な知名度も低い。リニア南アルプストンネル静岡工区は、ほぼMAB計画の移行地域(自然と調和した地域発展を目指す地域)に当たり、県自然環境保全条例のみで担保している。つまり、ほとんどの規制が掛からない地域である。

白神山地の保存が世界遺産運動のきっかけ

 日本で最初に世界自然遺産に登録された、屋久島(鹿児島県)、白神山地(秋田、青森県)とも保護、保存に対する地元の自然保護家、研究者らの強い危機感がきっかけとなり、「世界遺産」運動が始まった。富士山の場合も同じで、1994年「世界一汚い山」を何とかしたいという数多くの人たちの熱意から世界遺産運動がスタートしている。(※「現場へ行く」7月21日「『世界一汚い山』富士山は変わったのか」で紹介)

 南アルプスの場合はどうか?

静岡市などの世界遺産運動は消滅

 2007年2月、静岡市、川根本町など静岡、山梨、長野3県の10市町村長が「南アルプス世界自然遺産登録推進協議会」を設立、行政主導型の世界遺産運動がスタートした。2010年3月研究者らで構成された「学術検討委員会」が自然景観・共生、地形・地質、生物多様性などさまざまな南アルプスの魅力を紹介する冊子を作成した。この冊子をきっかけに世界遺産登録に向けて学術的価値を高めるとしたが、2014年ユネスコエコパーク登録で所期の目的を達成したのか、南アルプスの「世界遺産」運動は消滅したようだ。

 静岡市に問い合わせると、南アルプス世界遺産登録推進協議会はすでに存在せず、世界遺産運動は全く行っていないという。屋久島、白神山地、富士山などと違い、当時、南アルプス地域では保護、保全を求める動きそのものがなかった。

 なぜ、南アルプスは世界遺産にならなかったのか?

世界遺産運動は富士山のトイレを変えた

 簡単に言えば、富士山のように「過剰利用」による危機感もなく、また世界遺産登録に関わる専門家が推進協議会に参加していなかったからだ。当時の10市町村長らは「世界遺産」というブランドによって、南アルプスの魅力を高め、地域振興を図りたいという意向だけが強く、南アルプス地域をどのように保全していきたいのかコンセプトに欠けていた。

世界遺産レベルの保存管理のために

 2013年9月JR東海が「リニア」に関わる環境影響評価準備書を公開、南アルプスを貫通する「リニア」によるさまざまな問題が明らかになると、山梨、長野、静岡3県で南アルプス地域の保全がいかに重要か、目に見えるかたちではっきりとした。

 世界遺産運動はこのようなときに有効なのだ。「リニア」が南アルプスの地下を貫通したとしても、南アルプス本体の価値を損なわなければ、当然、世界遺産登録は可能だ。しかし、世界遺産レベルの厳しい保全管理計画が必要であり、それこそが川勝知事の求めているものではないか。

 自然遺産の登録基準のハードルは文化遺産に比べて非常に高い。

 自然遺産の場合、世界で一番高いとか、世界唯一の貴重な動植物が存在するとか、その基準は他との比較で、世界中でここだけという主張をしなければならない。当然ハードルが高いことが分かっていたはずだが、2010年当時、南アルプス学術検討委員会の冊子には、世界で一番とか唯一とかいう登録基準が話し合われた痕跡もなく、世界遺産運動にどのように取り組んでいくのか戦略も示されていない。単に南アルプスの魅力を日本人の目で紹介したにすぎない。

 1996年富士市で富士山の「文化的景観(富士山が日本人に与えた文化的影響)」を話し合う「富士山国際フォーラム」を開催した。その席にベルトン・フォン・ドロステ世界遺産センター所長、IUCN(国際自然保護連合)のジム・ターセル世界遺産担当責任者、ICOMOS(国際記念物遺跡会議)のジョアン・ドミッセル副会長ら主要メンバーを招請した。日本からは版画家の池田満寿夫氏らが出席した。

 その席で、ドロステ氏はじめ出席者全員が、コニーデ型の美しい火山は世界中にあるにも関わらず、富士山の世界遺産としての価値を認め、いかに保護、保全するかが重要な課題、すべて日本の国内問題だと指摘した。環境庁、文化庁の担当者らは世界遺産を審査するメンバーの意見を聞き、どのように取り組むべきか理解した。「過剰利用」富士山の保全について地元の理解を得るのに、それから15年以上も掛かり、紆余曲折を経て、2013年6月世界文化遺産に登録された。

世界遺産運動のために専門家結集を! 

 「リニア」との関係で南アルプスの保全がいかに重要か、いま全国から注目されている。もう一度、世界自然遺産運動に乗り出すことで南アルプスの価値とその保全の重要性をはっきりと内外に示すことになる。JR東海は世界遺産運動に全面的に協力することで、「リニア」の価値そのものを高めることができるはずだ。

 南アルプスの場合、世界遺産の資格は十分にあるが、それが何かを世界に向けて分かりやすいことばで訴えていかなければならない。

ウルル・カタジュタ国立公園の「ウルル」

 ジョアン・ドミッセルICOMOS副会長は、なぜ、「ウルル・カタジュタ国立公園」が世界遺産として、すべてのオーストラリア人に大切かを話してくれた。悲しいことに、「ウルル」をいまでも日本人の多くが「エアーズロック」と呼んでいる。現地でその名前を使うことは非礼であり、恥ずかしいことである。エアーズとは当時の南オーストラリア統治者の名前だからだ。ウルル、カタジュタとも原住民アボリジニたちの聖地。植民地時代、各地で虐殺があり、信仰の土地だけでなく、その大切な名前さえ奪われた歴史をアボリジニの人々は忘れない。現在も「ウルル・カタジュタ」近くの特別区に居住するアボリジニは昔ながらの生活を守る。アボリジニの尊厳を守るために「ウルル・カタジュタ」を世界遺産(自然、文化の複合遺産)として、ドミッセルたちは大切に保全しているのだ。

 ネパールのエベレストも同じで、英国人ジョージ・エベレストにちなんでいるため、世界遺産登録名は「サガルマータ国立公園」。過去の植民地時代の歴史に、日本人だけが無頓着では済まされない。

 一方、「南アルプス」は明治時代初め、英国人ウィリアム・ガウランドが「Japanes Alpes」と呼んだことから、赤石山脈の通称として使われ始めた。北アルプス(飛騨山脈)は「中部山岳国立公園」が正式名称。ところが、南アルプスはそのまま、南アルプス国立公園だ。アルプスと言っても、ヨーロッパ・アルプスと区別して考えることができるのは日本人だけである。「南アルプス(英語名:Minami Alpes)」という呼称自体が世界遺産登録の際、大きな障害になるだろう。

富士山とよく似たトンガリロ山

 ニュージーランドのトンガリロ国立公園(自然、文化の複合遺産)を取材したとき、マオリ族酋長のツムテ・ヘウ・ヘウ氏は「世界遺産はヨーロッパ人のヒューマニズムから生まれた。彼らの心に訴えるのが重要だ。わたしはその地域がマオリにいかに大切かしっかりと話した」と教えてくれた。

 だからこそ、最も大切な地域を外国人の付けた通称で呼ぶことなどありえない。

 もし、世界遺産登録を目指すならば、南アルプスの場合、日本人として本当にその名前でよいのか、議論するところから始めなければならなかった。静岡市などが取り組んだ世界遺産運動にはその分野の専門家が欠けていたようだ。

 「『森は海の恋人』水の循環研究会」設置も、川勝知事の南アルプス保全への強い気持ちの現れだろう。ただ、その議論を聞いていると、「富士山の海底湧水に注目」(秋道智弥さん)、「富士山に降った雨が地下水となって、富士川となって駿河湾に流れ込む」(畠山重篤さん)など南アルプスの保全とかけ離れている。南アルプスの保全に軸足を置かなければならない。

 JR東海が南アルプスの世界遺産登録推進に全面的に協力するならば、川勝知事の求める「地域振興」にもかなうのではないか。ぜひ、世論喚起を行い、川勝知事の”腹案”に沿うようにしたい。

 ※タイトル写真は「大井川の源流(間ノ岳山頂近く)」(鵜飼一博さん提供)

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