リニア騒動の真相29田辺市長が「闘えない」理由

リニア問題で「批判の嵐」受ける

 昨年12月20日、静岡市の田辺信宏市長をインタビューした。雑誌静岡人vol4「JR東海リニア南アルプストンネル計画 なぜ、川勝知事は闘うのか?」特集号の発刊にともない、市長インタビューを申し込んだところ、なかなか日程調整が進まず、再三再四、当局へ要請した。担当者から「リニア問題」絡みではなく、もう一つの特集「川勝vs田辺 静岡市歴史文化施設」に限った質問にしてもらえないかという打診があり、了承した。

ブルーシート部分が静岡市歴史文化施設建設地

 特集「川勝vs田辺 静岡市歴史文化施設」。旧青葉小学校跡地に約60億円の事業費で建設される「静岡市歴史文化施設」について、川勝平太知事は「駿府城跡地の遺構が博物館機能を有し、旧青葉小学校跡地に歴史文化施設を建設すれば二重投資になる」として「いったん棚上げすべき」と記者会見で述べるとともに、2度にわたる意見文書を送り、中止を求めたが、田辺市長は建設計画をそのまま進める意向をはっきりと示している。 

 雑誌静岡人vol4では、新施設の目玉展示が久能山東照宮所蔵の重要文化財「家康所用の歯朶具足」などのレプリカばかりであり、当初の「歴史博物館」構想としてスタートした施設内容と大幅に違っていることを指摘した。さらに、駿府城天守台の発掘による跡地保存、活用などもはっきりとしない現状を踏まえ、川勝知事の意見に従い、いったん中止すべき決断を求めた。今川氏遺構を含めた駿府城跡地整備には多額の費用も掛かるのだから、川勝知事へ費用負担を要請して、静岡県と連携して整備を進めるべきとした。(詳しい内容は雑誌をご覧ください)

JR東海が建設する県道トンネルのイメージ図(JR東海資料)

 一方、「リニア問題」について言えば、川勝知事と同一歩調を取る、大井川流域の8市2町長は、田辺市長の姿勢に厳しい意見を持つ。井川地区と静岡市中心部を結ぶ「140億円」県道トンネル建設を条件に、許可権限を持つ東俣林道使用などの便宜を図るとした静岡市は2018年6月、JR東海と合意書を結んだ。この合意書締結を全く知らされていなかった静岡県、流域市町は、静岡市長の”抜け駆け”に反発、各首長からは県全体の将来を考えていないと批判の嵐が巻き起こった。「政治家の魂を売り、後世まで恥をさらした」という意見まであった。

 こんな状況の中で「リニア問題」質問を控えてくれ、という事務方の意向も理解できる。「静岡市歴史文化施設」についても批判的な論調だが、田辺市長がインタビューに応じたのは、政治家の「議」を重んじる姿勢を持つからなのだろう。

「リニア問題」で1つの要望をした

 「リニア問題」質問を控えた。その代わりに、田辺市長に「リニア問題」に関して1点だけ要望した。

 静岡県とJR東海との議論は、主に南アルプストンネル掘削による下流域の水環境への影響について。破砕帯を有する特殊な山岳トンネルでは、川勝知事も認識するように掘削して初めて分かることが多い。

 昨年10月24日、国交省の藤田耕三事務次官、水嶋智鉄道局長が静岡県庁を訪れた際、水嶋局長は「静岡県の対応は、理学的対応に偏っていて問題。工学的対応で、掘削しながら問題が出たら対応するやり方にすべきだ」と注文をつけた。掘削する前にあれこれ議論するよりも、掘削して何か問題が発生したならば、そこで立ち止まって対応すべきというのだ。

 この注文に対して、川勝知事は「問題はそういうことではない。安全、安心をどのように確保するのかということ」と回答した。つまり、下流域の水枯れ問題は、もしかしたら、30年以上経過後、遠い将来に起こりうる可能性もある、だから、安全、安心を工事着工前に担保すべき、と知事はいうのだ。両者の議論は全くかみ合わっていない。

大井川最上流部、東俣川の地下にトンネルができる。その影響は?

 国交省の意向は、なるべく早い段階で静岡工区着工こぎつけたい、早期着工を静岡県に要請することであり、一方、静岡県は水環境を「遠い将来」においても担保するようJR東海に求めていく姿勢だ。「遠い将来」に下流域で水枯れが起きたとしても、リニアトンネルによるものか、他に原因があるのか、100キロ以上も離れた下流域の水枯れ発生について、因果関係を明らかにするのは非常に難しい。「遠い将来」の水枯れまでJR東海は担保するわけにはいかない。

 そんな状況の中で、将来にわたる水環境の重要性を示すものとして、川勝知事は「南アルプスエコパーク」保全は「リニア南アルプストンネル」着工よりも優先すると、さまざまなメディアインタビューに答えてきた。「南アルプスエコパーク」は水源地の役割を有する自然環境として重要であり、エコパークはリニアにも勝ると知事は考えているのだ。

 本当にそうなのか?

世界遺産として水源地の森を守るを提案

大井川の水源地となる森が連なる

 リニア南アルプストンネルが建設される地域(エコパーク)を有するのは静岡市、当然、その地域の保全の役割を担う。エコパーク地域を含めて大井川の水源地である森林等を有するのは静岡市、川根本町、100キロ以上離れた下流域の市町は表流水、湧水などでその恩恵を受けている。リニア南アルプストンネルのあるなしに関わらず、水源地をどのように保全するのかは大井川流域全体の重要な問題である。

 田辺市長に要望したのは、水源地としての南アルプス保全を静岡市がアピールすることの大切さだった。「エコパーク」とは日本のみの呼称、実際は「ユネスコBR(生物圏保存)地域」。同地域は、地元の経済的利益を図る広大な「移行地域」を抱える。当然、リニアトンネル工事も経済的利益をもたらすのだから、ユネスコはリニア工事を否定しない。リニア工事によるユネスコBR地域の取り消しなど決してあり得ない。「エコパーク」と「リニアトンネル工事」は対立するものではないのだ。

光岩周辺は世界自然遺産にふさわしい

 本当に水の大切さを求めた自然環境保全を訴えるならば、BR地域ではなく、世界自然遺産を目指すべきである。雑誌静岡人vol4でも紹介した通り、光岳周辺を中心とした南アルプスの南限地域は、その可能性が高いのだ。流域市町が連携して、特徴的な光岳周辺の原生自然環境保全地域を全面に出して、「水源地」としての森林保全を推進する姿勢こそ重要である。

 「水源地」森林を保全する役割を持つことのできる静岡市が、世界遺産運動の旗頭になり、大井川の水を利用する下流域の市町と協力すべきと、田辺市長に要望した。「遠い将来」にわたって水環境の保全を訴え、「水源地」森林を守る静岡市の姿勢をアピールすることで、下流域の市町長から感謝されこそ、批判を受ける筋合いはなくなる。リニア議論の中心「水環境を守る」田辺市長の姿勢に期待したい。

ぜひ、「川勝vs田辺」公開討論会の場を

 「静岡市歴史文化施設」についても質問ではなく、1つの要望をしただけである。「ぜひ、川勝知事と公開で討論してほしい」。それだけである。

今川館跡の発掘調査を伝える当時の静岡新聞写真

 1982年12月、静岡県が県立美術館建設に際して、発掘調査を行っていた最中、小和田哲男静岡大学助教授(当時)が「駿府城跡地発掘で今川館跡と見られる遺構が見つかった」と独自の記者会見を行った。県立美術館建設は中止され、県立美術館は谷田丘陵に変更された。

 当時の発掘を行ったのは静岡県教委であり、発掘よる文化財資料はすべて県埋蔵文化財センターに保管されている。駿府城跡地発掘では、静岡県との関係は深く、ぜひ、静岡市は連携して整備を進めるべきだという主張を雑誌静岡人vol4に掲載した。

 「駿府城跡地を巡る公開討論会を行ってほしい」。その要望に対して、田辺市長は「静岡県の発掘のあとに静岡市が独自で発掘を行って、多くのことがわかっている」と説明した。本当なのか?その後の静岡市発掘については、全く知らなかったから、驚いてしまった。

 約40年前、小和田氏の発言後に専門家による特別委員会が設けられ、県立美術館建設中止とともに、「さらに精密に調べれば、今川氏との関係がはっきりとする」と意見が付けられた。田辺市長によれば、その後に静岡市が発掘調査を行ったというのだ。

 本当にびっくりした。駿府城跡地周辺ではさまざまな発掘調査が行われていることは承知していたが、静岡市が「今川館跡」関連で再び、発掘調査を行ったという事実を知らなかった。それであれば、さらに多くのことが分かっているはずである。

 「全く知りませんでした。あとで、担当課に聞いてみます」。「公開討論会」云々以前に静岡市の発掘調査について認識していなかったから、そう答えるしかなかった。

本当に、市長の「勘違い」なのか?

 「県教委の発掘調査後に静岡市が独自で発掘調査などしていません」。駿府城跡地の発掘調査担当の歴史文化課長はそう言った。田辺市長は「嘘」をついたのだろうか?

 そのあと、田辺市長インタビューに立ち会った秘書課担当者に連絡して、田辺市長が、静岡市による今川氏関連遺構の調査をしたと言ったことは間違いないと確認した。それで、歴史文化課長に問いただすと、「市長の勘違いではないか」と答えた。一体、どうなっているのか?

発掘調査で「秀吉の技術」まで分かるとは?(1月8日付静岡新聞)

 正月明けに、歴史文化課は「豊臣方の小天守台」発見の記者発表を行った。2018年10月、豊臣秀吉配下の武将中村一氏の天守台石垣が発掘されたという報道があり、話題になった。「家康の駿府城の内側から、豊臣秀吉が築かせた城を発見!」。静岡市の発表は3年前の報道発表に沿って、「秀吉の技術」がなければできない城だった、としている。そのときも違和感を覚えた。

 中村一氏は家康が天正時代に築いた最初の駿府城に、家康が江戸へ移った翌年に入城した。一氏は関ヶ原の戦いでは東軍の家康方に加わり、戦場で病死した。駿府在城は11年、翌年息子の一忠は米子城に国替えされ、後任に内藤信成が入っている。5年後に家康は江戸から移り、駿府城を改修、その天守閣は五層七階の大天守閣がそびえ、大天守閣の周囲に櫓や小天守閣を巡らせた環立式とされていた。今回の発掘では、おかしなことに慶長時代の小天守台石垣について発表されていないのだ。

 そもそも城郭構造は最高機密の一つであり、秀吉が家康に築城技術を伝授したなどの「事実」があったとは知らなかった。「なぜ、秀吉なのか」という問いに、担当課長は「石垣によってその事実がわかった」という。

 12月31日に静岡新聞に、『「秀吉の城」小天守か』という発表前の独自ネタが掲載された。担当課長の話を聞いていて、何よりもマスコミに大きく取り上げられることが至上命題のようで、今回の発表でも「江戸時代より前の城跡で天守が2基並ぶ遺構が発見されたのは全国初」が大きなポイントだった。「秀吉の城」という表現は非常にあいまいでわかりにくい。しかし、発表には必ず「秀吉」がついている。

 科学では確率統計論などに基づいて「蓋然性が高い」という判断をする。考古学の世界では(行政の意向に沿った)一部の専門家による意見がまかり通り、検証作業はなおざりだ。雑誌静岡人vol4で紹介した静岡市歴史文化施設建設予定地発掘で「道」発見の報道発表でも同じだった。

 科学的な証拠のある「事実」を重んじるのが行政だが、歴史文化課は違うようである。マスコミ受けを狙った底の浅い報道発表を見ていると、田辺市長はいつも「勘違い」ばかりしてしまうだろう。「市長の勘違い」で済ませられる世界は、本当に恐ろしい。田辺市長が「闘う」ことなど到底できるはずもない。

 田辺市長は「闘う」ために、雑誌静岡人vol4をじっくりと読んでほしい。担当の歴史文化課長は、駿府城跡地整備で静岡県との連携を望んでいると言っていたのだから。

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