リニア騒動の真相1 ”塗炭の苦しみ”-嘘か真実か

JR東海の説明を受け入れない静岡県

 日経ビジネス2018年8月20日号特集「リニア新幹線 夢か悪夢か」。川勝平太知事の真剣な表情をとらえた写真とともに「静岡県の6人に1人が塗炭の苦しみを味わうことになる」という発言が載った。リニア中央新幹線南アルプストンネル建設は「県民の生死に関わる」影響をもたらし、「ルートを変えることを考えたほうがいい」と提案。いまさら「ルート変更」ができないことを承知しての“脅し”に聞こえた。
 なぜ、知事はそんな“脅し”めいた発言をしたのか?

 南アルプストンネル建設予定地は、大井川の中下流域から百キロ以上も上流部に位置する。約百キロの間には、二軒小屋発電所から始まって20の発電所、畑薙第一、井川や長島など14のダムがひしめく。その中でも、2002年に完成した多目的用途の長島ダムは、知事が「塗炭の苦しみを味わう」と表現した約60万人へ水道用水を供給する。
 「リニアのルートを変えろ」と求める静岡県に対して、長島ダムは“水がめ”の役割を果たせなくなると大騒ぎしていない。どう考えても知事の“脅し”には無理がある。
 JR東海との綱引きを行う真相はどこにあるのか?

JR東海はすべての資料を明らかにせよ

 JR東海はトンネル建設に伴う大井川の減少流量を毎秒約2トンと推定、西側に導水路トンネルをつくり1・3トンを大井川本流に戻し、山梨県側に流れていく残りの0・7トンを「必要に応じて」ポンプアップで戻す対策を提案した。つまり、毎秒2トンの減少流量がなければ、ポンプアップの必要性がないというのがJR東海の説明。
 これに対して、静岡県は、JR東海が毎秒2トンの減少流量を試算した根拠を公表していないことに不信感を抱き、大井川の減少流量2トン分だけでなく、山梨県側に流れるだろう地下湧水すべてを常時ポンプアップして戻せ、と訴える。

 JR東海は工事着手後及び工事完了後にもモニタリングをした上で、何か不都合があれば改善していくと説明する。一方、静岡県水利用課は「本当かどうか分からない数字に基づいており、その対策が有効かどうかさえ疑わしい。JR東海側がすべての資料を明らかにした上で検討しなければ、いつまでも疑問は解決されない」と一歩も引かない。
 JR東海が主張する通り、実際にやってみなければ分からないことも事実だ。

河川の正常な機能「維持流量」守る

トンネル直下にある中部電力の二軒小屋発電所

 そもそも、知事の発言に大きな疑問を抱くのは、百キロ以上も離れた中下流域のことであり、本当に中下流域に甚大な影響を及ぼすものだろうか?
 大井川水系用水現況図を広げてみて、すぐに気づくことがある。
 リニア新幹線南アルプストンネルからいちばん近いのは、二軒小屋発電所(中部電力)である。
 同発電所は毎秒11トンの最大使用量を許可されている。来年3月末に水利権の更新を迎える。水利権で最も重要なのは、「維持流量」である。
 維持流量とは、河川における流水の正常な機能を維持するために必要な流量とされ、当然、中下流域の水利用の影響を踏まえて決められる。発電できるのは、維持流量以上の流水がある場合に限られる。JR東海が計画する導水路は、二軒小屋発電所の下流にある椹島とつなぐのだから、大井川の流量減少の影響をもろに受けるのは、二軒小屋発電所となる。毎秒2トン減少したとしても、中電は維持流量を守らなければならない。

 大きな影響を受ける中部電力が大騒ぎして、JR東海とこの問題で交渉している話は表面化していない。中部電力に問い合わせたところ、「その件はノーコメント」という回答。多分、名古屋に本社がある民間同士だから水面下での交渉を続けているのだろう。
 発電量が減るようなことになれば、何らかの“補償”になるのかもしれないが、二軒小屋発電所は利水に対する義務は果たし、大井川の維持流量を守るだろう。

南アルプスから豊富な水を供給

標高3千メートル以上の高峰が連なる南アルプス。わが国最大の山脈の降水量は非常に多く、大井川を潤している

 大井川の本流は間ノ岳(3189メートル)を源流に駿河湾まで約168キロの長さ、流域面積1280キロ平方㍍の大河川だ。その間には日本第2位の高さ、白根北岳(3192メートル)、荒川岳、赤石岳、聖岳など3千メートル級の南アルプス13座の山々が連なり、北アルプスに比べて降水量も多く、リニア建設地から下流域の数多くの支流から本流に流れ込み、長島ダムなどに水を供給している。
 山梨県側へ流れるという地下湧水が大井川本流部にどのくらい影響するのか、それはあまりに難しい話だ。また、山梨県側に流れ込む地下湧水は、いずれ富士川水系に入り、静岡県へ供給される。もし、西側へ地下湧水が流れ込んだとしても、いずれ天竜川水系に入り、これも静岡県を潤すのだ。
 JR東海は少なくとも大井川の減少流量毎秒約2トンの対策を立て、国に環境影響評価書を提出、認可を受けた。環境影響評価書が科学的正確性を欠くのは、約4百メートル地下に建設されるリニアトンネルは工事以前には不明なことが多いというのが本当のところだろう。

国の長島ダムは“水がめ”の役割

建設中の長島ダム。この開発のために周辺地域へさまざまな”補償”事業を行った

 1億トン以上の貯水量を誇る井川ダムを経て、国交省は大井川で初めての洪水調節、流水の正常な機能の維持を図り、水道、工業用水利用などを行う長島ダム(有効貯水量6800万トン)を建設した。もし、水量減少で“水がめ”の役割を果たせなくなる恐れがあるとしたら、長島ダムは真っ先に大騒ぎしなければならない。上水道への目的で利水関係7市に最大毎秒5・8トンを供給しているからだ。
 国交省は「河川への影響が出ない対策をJR東海が採るべきだ」と話すが、今回の流量減少毎秒約2トンの対策については一応評価している。
 「静岡県とJR東海の合意形成を図ってほしい」と話し、それが地下湧水の減少を常時ポンプアップすべきとまで話していない。これは、ポンプアップすることでの環境への負荷、その費用対効果の問題や地下湧水の減少が果たして大井川にどのような影響を与えるのかまで図りきれないからではないか。

リニア計画では“蚊帳の外”静岡

 川勝知事の“塗炭の苦しみ”という表現には驚いた。
 水量が大幅に減少、水道水として利用する下流域にある七市(島田、焼津、掛川、藤枝、御前崎、菊川、牧之原)約62万人が「泥にまみれ、炭火に焼かれる」(塗炭)ような、ひどい苦しみを味わうことになるというが、どうも過剰な表現のような気がする。
 大井川だけでなく、天竜川、富士川、狩野川、安倍川の5大河川に恵まれ、富士山という自然の“水がめ”もあり、他県に比べれば、水はうらやましいほど豊かだ。
 JR東海の対策について、川勝知事は「(地下湧水)全量を常時戻してもらわなければ、県民の生死に関わる」と握りこぶしを振り上げたが、他県の人たちから見れば、何とも説得性に乏しい。

 2011年5月、国は「リニア中央新幹線」整備計画を決定、静岡県の南アルプスを貫通する「直線ルート」が採用された。
 1970年代に始まったリニア計画。中央線沿線の東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、愛知の各都県は、静岡を通過しない茅野、伊奈周辺の「迂回ルート」を強く要望した。ところが、蓋を開けてみると、最も採算性の高い東京-名古屋間を40分で結ぶ「直線ルート」を選択した。

 40年以上も過ぎ、最後の最後に静岡もリニア計画の地元になった。長年さまざまに取り組んできた、静岡を除く各県は、リニア新駅設置で驚異的な恩恵を得るとして、各県民とももろ手を挙げての大歓迎ムードに包まれた。静岡県はお祭り騒ぎを黙って見ていたにすぎない。

 しかし、いまや他人事ではなく、静岡県もリニア新幹線建設の地元県である。

厳しい要求を通す“権限”は?

 川勝知事は南アルプスに登って現地を視察、リニア長大トンネルが静岡県に何ら利益をもたらさず、下流域に深刻な影響を与える可能性を知るや、JR東海と真っ向から戦うことを決めた。政治家として真っ当であり、地域のために、開発者に厳しい要求をするのは政治家の使命だ。
 何よりも、リニア工事で道路使用の許可権限を持つ静岡市が「140億円の地域振興トンネル」をJR東海から勝ち取ったことに負けん気の強い川勝に火を付けた。

 果たして、「山梨県へ流れ込む地下湧水の全量すべて戻せ」という静岡県の主張が通るのかどうか。政治家川勝平太がJR東海に最大限の譲歩を引き出すための切り札があるのか。
 強硬な発言とともに、日経ビジネスの特集記事で「立派な会社だから、まさか着工することはないだろう」と弱気な一面を見せた知事。

 つまり、利水者との間に法的な縛りはないから、道義的な問題に目をつむってしまえば、JR東海はリニアトンネル建設を強行できる。静岡県はそれをストップさせる権限を持たないと言うことだ。
 本当にそれでいいのか?知事は“脅し”発言に見合う県の“許可権限”を隠しているのではないか?戦いはこれからだ。

※知事の写真は日経ビジネス2018年8月20日号特集誌面からです。

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