リニア騒動の真相2 「140億円トンネル」ー南アルプス観光の象徴

よくやった!田辺市長

 日経ビジネス8月20日号大特集「リニア新幹線 夢か悪夢か」は川勝平太静岡県知事の発言をクローズアップ(「リニアの真相1」で紹介)、その対比で静岡市を“悪者”扱いしている。

JR東海が地元説明会で配った資料の一部

 「JR東海は、リニアの完成が遅れれば、収入のないまま巨額の投資を続けることになる。その焦りから、カネで解決しようとする。大井川の水量問題で静岡県だけが工事に入れない。そこでJR東海は静岡市と工事連携の合意を取り付けた。だが、その見返りに、地元住民が要望していた3・7キロのトンネルをJR東海が全額負担して建設する。その額は、140億円にも上る。しかし、県知事や市民団体から猛烈な批判を浴びると、市長は大井川の問題についての発言だけ撤回。結局、JR東海は巨額のカネを突っ込みながらも、着工のめどが立たない」。

 記事中にある「そこで」とか「だが、」、「しかし、」という接続詞に注意してほしい。正しくない接続詞の使い方によって、記事が悪意に満ち、内容も正確性に欠ける。

 静岡市が「140億円」の札束で、JR東海に屈したような印象を持たせる記事に仕立て上げた。そんなことは決してない。「140億円」のトンネル工事は、政治家、田辺信宏静岡市長のお手柄であり、面目躍如と言っておかしくない。

 「よくやった!田辺市長」の声が、各方面から聞こえてくる。

ポイントは静岡市の道路使用「許可権限」

 JR東海は静岡県と大井川の水量環境問題で合意形成を目指している。その話し合いが物別れに終わったとしても、水環境問題を理由にJR東海は「着工のめどが立たない」わけではなく、リニアトンネル建設の着工を強行できる。合意形成は単に道義的な責任問題であり、法律要件ではないからだ。川勝知事は怒り心頭だろうが、着工をストップさせる権限は静岡県及び大井川沿線の自治体にはない。

 「大井川の水量問題で静岡県だけが工事に入れない。そこでJR東海は静岡市と工事連携の合意を取り付けた」わけではない。

 静岡市は、リニアトンネル建設の工事車両を南アルプスエコパーク内(東俣林道)で通行させる許可権限を持っている。そのための合意である。水の問題とは全く違うのだ。記事は、あたかも田辺市長が「抜け駆け」して大井川の水環境問題で合意したかのような印象を与えている。

 そもそも、静岡市は大井川広域水道の受水自治体(島田、焼津、掛川、藤枝、御前崎、菊川、牧之原の7市)に入っていない。

南アルプスエコパーク内を走る東俣林道

  JR東海が南アルプス地域でリニアトンネル工事に着工するためには何としても静岡市の道路使用許可が必要だった。日経ビジネスはその事実を全く書いていない。静岡市は、JR東海と水面下の交渉を続け、道路使用許可などの行政手続きを速やかに進める代わりに、山間地域・井川住民の求めていた、約4キロのトンネルを整備させることに成功した。工事を進捗させるための“補償”に見えるが、JR東海は「140億円」のトンネルをリニアトンネル建設車両通過のためとしている。

 どちらであっても、静岡市民としては万々歳である。

トンネル建設で20分の時間短縮

 知事はじめ大井川流域の首長はJR東海、静岡市の「基本合意」締結を批判したが、静岡市は地域住民の生活を守る役割を果たしただけである。

 記者会見の中で、田辺市長が「(大井川の水環境問題で)現実的に対応可能な最大限の提案をしている」とJR東海の対応を高く評価してしまった。お互いに納得した上で基本合意にこぎつけたのだから、相手の取り組みを手放しで評価するのもうなずけるが、そこは大人の対応が必要だったかもしれない。

 すぐに川勝知事は「水環境問題の本質を全く理解していない」と発言の撤回を要求、4日後に田辺市長は「問題が決着したかのような誤解を受ける発言だった」と知事の要求を受け入れた。この撤回に対して、川勝知事は「(田辺は)市民、県民の信頼を失い、県職員の信用を失った」と批判、撤回を厳しく要求しておいて、これも大人の対応ではない

 リニアトンネル建設予定地の南アルプス国立公園地域は静岡市域内である。  静岡市は貴重な自然財産・南アルプスを活用したかったが、アクセスに大きな問題を抱えていた。

 約4キロのトンネル建設で、20分間の時間短縮を図ることができる。「140億円」のトンネル建設は、新東名静岡インターからのさらなるアクセス整備のきっかけにつながるはずだ。

 日経ビジネス記事で、川勝知事は「おとなしい静岡の人たち」と表現した。田辺市長もその静岡人だから、川勝知事の厳しい批判に耐えて黙っていたのだろう。今回のJR東海との交渉では、静岡市長として田辺は政治的な役割を十分果たした。ふだんは頼りないように見えるが、評価すべきところはちゃんと評価したほうがいい。

 大井川の水環境問題は、京都府出身で生粋の静岡人ではない、つまり、「おとなしくない」川勝知事が何とかしてくれるだろう。

知事の「井川地区ほったらかし」批判

 2017年川勝知事は「静岡型県都構想」を提唱、静岡市を廃止して、「県都」として「特別区」設置を訴え、「特別区を設置して、身近な行政は身近な行政体がやるべき」と静岡市に挑戦状を投げつけた。「県庁所在地の静岡市に2人の船頭は不要」と発言をした。さらに浜松市に比べ、静岡市は自立心に欠け、二重行政で県におんぶに抱っこだとも批判した。田辺市長を「クン」呼ばわりするなど、早稲田大学後輩の田辺市長を何度も貶めた。

 2017年5月県知事選の最中、川勝知事は次のように批判した。

 「静岡市は人口70万人を切った。葵区は広く、南アルプスの裾野の井川地区はほったらかしだ

井川ダムを中心とした井川地域

 そんな批判に、田辺市長はじっと耐えたのだろう。それが今回の基本合意につながり、井川住民の信頼を勝ち取った。それなのに、関係自治体の首長らは「抜け駆け」と批判、「寝耳に水」の川勝知事も怒り心頭だった。今回、JR東海との交渉を最後の最後まで川勝知事へ知らせなかったことが一番の怒りを買った要因だろう。ただ、もし、知らせていたら、基本合意はできなかったかもしれない。

 「おとなしい」静岡人でもそのくらいの意地があったのだ。お互いに刺激しあうことで人口減少に悩む静岡市に南アルプス開発の夢を与えられる。基本合意だから、今後、具体的な協議に入らなければならない。南アルプスエコパーク内の工事に入る前までに、ちゃんと140億円トンネルをまとめてほしい。

 JR東海との合意を生かして、“オクシズ”と呼ぶ山間地域へのさらなる支援につながっていくよう大きな期待が膨らむ。

 ※日経ビジネス・大特集「リニア新幹線 夢か、悪夢か」(2018年8月20日号)                              

雑誌日経ビジネス2018年8月20日号(トリミングしています)

パート1「速ければいいのか 陸のコンコルド」、パート2「安倍『お友だち融資』3兆円 第3の森加計問題」、インタビュー「どうにもとまらない 葛西名誉会長インタビュー」、パート3「国鉄は2度死ぬ」 各パートの題名の通り、リニア新幹線に対して多くの疑問、疑惑、反対運動などを紹介している。

 著者の一人、金田信一郎氏は2016年6月「巨大組織が崩れるとき 失敗の研究」(日本経済新聞出版社)を発表。日経ビジネス記事には「JR東海は『平成』の終焉の象徴になるかもしれない。平成を跋扈したのは、民間の皮をかぶった政官財複合企業だった。(略)その経営が杜撰かつ無責任な状態に陥っていく。リニアはそんな『平成』が生み出した怪物」と「失敗の予感」さえ伝える。

 1979年リニア建設を望んだ沿線9都府県(静岡県は入っていない)が期成同盟会を設立、92年に沿線学者会議も設立され推進に向けて地域一体となって積極的に取り組んできた。日経ビジネス記事の中には「東海道新幹線だって、最初は『世界の3バカ』と言われた」と紹介。静岡県は1964年の「世界の3バカ」東海道新幹線開通でさまざまな恩恵を受け、発展した。

 2027年東京―名古屋、2037年頃東京―大阪が開通予定。交通大革命と呼ばれるリニア新時代が始まる。

 日経ビジネス記事は「リニア新幹線が必要」と訴えてきた中央沿線の人々に冷や水を投げ掛けたことは確かだ。

※掲載の新聞記事は静岡新聞2018年6月20日夕刊です。

 

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